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 サッカーのルールはよく分からない。

 元々スポーツはやらないし、我が家にはサッカーファンもいない。試合中継でさえも見ないのだ。

 あえて挙げるとすればワールドカップの時にお母さんが応援するだけで、それだってお兄ちゃんにルール説明をしてもらいながらというミーハーぶり。格好良い話題の選手に熱を上げるだけだ。

 それどころか、テレビから聞こえてくるブブゼラの音にパブロが怖がることがあり、以降我が家のサッカー観戦はパプロ次第となっている。

 そんな私だが、志摩君が一人でも多く応援に来てほしいと言うなら行かないわけにはいかない。興味が無いと言い切る友人に無理を言って付いてきてもらい、試合を見に行くようになった。



 試合中の志摩君は普段より恰好良く、コートの中を誰よりも早く走る。

 ボールを取れば向かってくる相手選手を巧みに避けて走り、囲まれればほんの僅かな隙をついて味方にパスをする。時には仲間を助け、時には自らも果敢に攻め、声をあげてチームを鼓舞する姿はまさにエースだ。

 恰好良い……と見惚れつつ、それでも応援の声をあげる。

 だけどコートと応援席は距離があり、そのうえ他の人も声をあげている。私の声はきっと彼には届かないだろう。

 それでもと志摩君がボールを取って駆け出した時に声を出そうとし……、キャー! とあがった高い歓声に思わず言葉を飲み込んでしまった。


 志摩君はサッカー部のエースだ。

 ゆえに女の子からも人気があり、彼が活躍すると一際黄色い声がわく。

 改めて志摩君の人気を見せつけられたような気分で、私がムググと唸っていると、ニヤリと笑った友達が肩を叩いてくる。そんなやりとりが、いつの間にか定番になっていた。

 それどころか、試合後に声をかけないのかだの、タオルを渡しに行かないのかと冷やかしてくる。着いてきてもらっている恩があるにせよこれは聞き流すことができず、そのたびに私は怒り、パブロの写真を見せつけていた。




 サッカー部は強く、順調に試合を勝ち進んでいた。

 私も試合を見に行くたびに応援のノウハウを覚え、日焼け対策はもちろん、首に濡れたタオルを巻いて、凍らせたペットボトルを保冷材付の鞄に入れて……と気付けば応援スタイルを極めつつあった。

 だがそこまで極めても焼けるものは焼ける。クッキリとした境目を見せる腕を擦っていると、私よりも焼けた志摩君が笑いながら首元の境目を見せてくれた。まるで線を引いて塗り分けたようではないか。


「志摩君、凄い焼けてるね」

「俺なんかまだマシな方だよ。酷い奴は真っ赤になって痛々しいぐらいだからな」


 話しながら志摩君が己の腕を見る。健康的に焼けたその肌は彼が太陽のもと走り続けた証でもあり、苦笑しながら話す表情はどことなく誇らしげに見える。

 私もまた自分の腕を見て、少しだけ笑みをこぼした。以前であれば日焼けなど御免だと考えていたが、彼を応援していた証と思えばどことなく嬉しくさえあった。


「でも、せっかくの一日休みなのに身体を休めたりとかしないで良かったの?」

「ここに来ると心が休まる」


 なぁ、と志摩君が近くを通りかかったログに話しかけてその背を撫でれば、話しかけられるとは思わず気を抜いていたのかログがきょとんと目を丸くさせ「ンニャ」と鳴いた。

 まるで返事をしたかのようなタイミングに思わず志摩君と顔を見合わせて笑ってしまう。

 そんな中で、私は先ほどの「心が休まる」という彼の言葉を思い出し、ほんの少し胸が暖かくなるのを感じながら志摩君の姿を眺めた。

 彼の心を癒やしているのは猫達だ。だけど少しでも、欠片程度でも、私と過ごして話すことでも安らいでくれたら……と、そんなことを思う。


「志摩君、相変わらずだね」

「ん?」

「相変わらず、猫好きだね」


 そう話せば彼が笑う。その表情はいつもの志摩君だ。


 勝ち進むサッカー部の練習量は日に日に増していく。そんな中での貴重な一日休みを猫カフェで過ごそうと考えるのだから志摩君は本当に相変わらずだ。

 試合で活躍する姿を見ているとまるで別世界の人のように思えるのに、土鍋の中で詰まるようにして眠るコモモとアルドを撫でる姿はいつもの私の知る志摩君で、なんだか不思議な感覚を覚えてしまう。

 そんなことを話しつつ、私も土鍋の中の二匹を撫でる。クリームタビーの淡い色合いのコモモと黒一色のアルドが寄り添い――若干アルドが敷かれているあたり寄り添うと言っていいのか微妙なところだが――眠る姿は可愛く、そして毛色の違いがハッキリとする。

 まるで私たちの日焼けの跡のようだと話せば、志摩君が笑いながら頷いた。


「俺達も猫みたいに毛で覆われてたら日焼けしないで済むのにな」

「そうしたら毛繕いが大変だよ」

「確かに。長毛種なんかになったら一日仕事だ」


 クツクツと笑いながら志摩君が視線をキャットタワーへと向ける。

 そこではアメリアが今まさに毛繕いをしている真っ最中で、ラグドールの彼女は長毛種だけあって毛繕いも大変そうだ。

 なにせ長毛種。お腹も足も、もちろん尻尾もふかふかでボリューム満点である。ベロンとお腹に舌を這わせて舐めあげ、再びベロン……と、毛が長いだけにその動きは豪快とさえ言える。これは長丁場になるだろう。

 そんなアメリアを眺め、そしてその顔を見て志摩君が「日焼け止めの塗り忘れだ」と笑った。その言葉に私もアメリアの顔を覗き込み、言わんとしていることを察して小さく吹き出してしまう。


 アメリアは鼻の周りが灰色になっている、所謂ポイントカラーという毛色だ。確かに言われてみれば鼻の周りだけ日焼けしてしまったように見え、思わず笑ってしまう。

 もっともアメリアは自分が笑われているなどとは露ほども思っていないのだろう。豪華な毛繕いを続け、その最中にキョトンとした瞳で私達に視線を向けてきた。それがまた可愛く、アメリアに手を伸ばしてポイントカラーの鼻周りを擽るように撫でる。


「顔って塗りにくいよね。汗で落ちてきちゃうし。でも男の子も日焼け止め塗るんだね」

「普段は塗らないけど、流石に一日試合や練習で外に居る時はな。焼けること自体は別にいいんだけど、日焼け跡が痛くて動けなくなったらまずいだろ」


 アメリアのふかふかの足先を撫でながら志磨君が話す。確かに、日焼けの痛みは酷い時には動きに支障がきたすほどだ。サッカーの練習で日焼けして、そのせいで試合で動けない……なんて事になってしまったら本末転倒である。

 そんな話をアメリアは理解しているのかしていないのか、ツンと澄ました表情で再び毛繕いに戻ってしまった。

 まるで「人間は大変ね」とでも言いたげだが、ベロンベロンとお腹を舐める毛繕いは私からしてみればやはり大仕事だ。思わず「アメリアも大変だね」と労いながら頭を撫でた。


 そうして手近な席に座り時折は通りがかる猫を撫でていると、志摩君がポツリと「でも」と呟いた。

 見ればその表情はどこか暗く、伏せがちに視線をそらしている。普段の彼らしくない様子に、いったい何があったのかと窺うように彼の名前を呼んだ。


「志摩君、どうしたの……?」

「次の試合、やばいかもしれないんだ……」

「次の試合?」

「あぁ、去年インターハイで準優勝してる高校でさ、卒業してプロ入りする人もいるくらいなんだ。何回か練習試合したけどやっぱりレベルが違う、一度も勝てたことないんだ」

「そっか。凄く強いチームなんだね」


 緊迫感すら抱かせる志摩君の声色から、高校サッカー事情に疎い私でもそのチームがどれだけ強いか分かる。

 自然と私の口調も重くなり、それに気付いたのか志摩君が慌てたように顔を上げた。


「でも負けるって決まったわけじゃないからな。俺もまだ部活続けたいし、次も頑張って勝つよ」

「うん、そうだね。私も応援に行くよ! 猫達の分も応援するからね!」


 不安な気持ちを掻き消すように意気込んで伝えれば、志摩君が笑いながら頷いた。


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