16
「まさか俺とユダのことを勘違いするなんて、七瀬って結構そそっかしいんだな」
とは、猫カフェでの志摩君の言葉。
彼の隣にはコモモが座っており、志摩君が「そう思うだろ」と同意を求めて頭を撫でれば、まるで同感だと言いたげに瞳を細める。
そんな志摩君とコモモと並んで座り、私は何とも言えない居心地の悪さと恥ずかしさを感じていた。思わず助けを求めるように通りかかった店員さんに声をかけてしまう。
注文したのは『猫用のおやつ』。その響きに一部の猫達が顔を上げた。この猫カフェにおいて人気者になれるアイテム、そして窮地を脱することの出来るアイテムだ。
「コモモ、七瀬は冷やかすとおやつを買ってくれるみたいだな」
「ち、違うよ。ただ、その……久しぶりに頼んでみようかなって思っただけだもん」
取り繕いながら答えるも、志摩君は苦笑を浮かべている。
だがこれ以上冷やかす気にはならなかったようで、タッパーを持ってきた店員さんとその後をいそいそと着いてくる食いしん坊達に視線をやると「群がられるな」と笑った。
私の膝にログが乗ってくる。店員さんがタッパーを渡してくるより先に一等席を陣取り、それどころか店員さんからタッパーを直に受け取ろうとするのだ。これには私も志摩君も、そして店員さんや周りのお客さんも笑ってしまう。
そんなログから死守しつつタッパーを開け、志摩君にも渡す。彼の隣にはパディが行儀よく座り、彼の手元のささみと彼の隣に居たコモモを交互に見て、最後に志摩君を見上げた。
『一番はコモモでいいから、次にちょうだい』と、そう強請っているのだろう。
「七瀬が頼んだのに俺の隣に来るなんて、パディは頭が良いな」
「一緒に来てるから、どちらかが頼んだら半分こするって分かってるんだね」
「そうだな。だからユダと来たら混乱しちゃうな」
「……もう、言わないでよ」
志摩君にタッパーを渡しながら訴えるも、彼は依然として楽しげに笑うだけだ。
……悔しいから、背もたれ伝いにアルドが近付き今まさに志摩君の肩に乗ろうとしていることは黙っていよう。
そう考え、右前足でちょいちょいと私の腕を突いてくるアメリアの口にササミを寄せてあげる。ふかふかで可愛らしいアメリアの顔が私の手に向かい、ペロリと舌で舐めとるのが伝った。ザラッとした小さな舌に擽られるこの感覚はなんとも愛おしい。
そうしてアメリアは顔を上げると、美味しかったと言いたげにピンクの舌で口元を拭う。もちろんもっとちょうだいと無理に強請るような事はせず、ちょこんと座ったまま大人しく次を待つのだ。
なんて上品なのだろうか。タッパーに鼻を押し付けるログや、志摩君の肩に乗って耳元でンナンナと強請るアルドにはない品の良さである。
「猫に肩に乗られたのなんて初めてだ。結構重いんだな」
「猫によって体格が違うからね。アルドは骨格もしっかりしてるし、この猫カフェの中でも重いほうだと思うよ」
「あとなんかフガフガうるさい」
耳元の鼻息がくすぐったいと志摩君が笑いながら身をよじり、ササミで誘導してアルドを肩から降ろす。
そうして他にも群がってくる猫達に一通りおやつをあげ、最後の一欠片を志摩君はコモモにあげ、私は半ば取られるようにログにあげた。
「やっぱり、おやつをあげると手がベタベタになるな」
「みんな舐めてくるからね」
そう話しながら一度席を立ち、洗面台で手を洗う。
空になったタッパーを店員さんに返せば、それでおやつタイムの終わりを悟ったか猫達が好き好きに離れていった。続くようにおやつを頼んだお客さんのところへ向かう子も居れば、満足したのかキャットタワーや猫ちぐらの中でコロンと丸くなる子も居る。
そんな中で、コモモとアメリアだけが私達の席に残っていた。
片や丸くなって眠りながら、片や澄ました表情で上品に座りながら。そんな二匹の頭を撫でつつ、再び席に腰を降ろす。
「俺も何か食べようかな」
コモモのお腹を撫でながら、志摩君が壁に貼られているメニューに視線を向けた。
このお店のメニューはどれも美味しく、そして猫絡みで可愛らしい。だからこそ迷ってしまうのだ。そんな私に対して、志摩君はメニューを一通り眺めた後「俺、オムライスにする」と直ぐに決めてしまった。
私は……とメニューを二度三度と見直す。元々の優柔不断さがあって少し焦ってしまうが、それでもカップケーキに決めて店員さんに声をかけた。
そうして選んだものを順に注文するのだが、
「志摩くん、ちゃんとメニュー通りに注文しなきゃ」
と私が言うのは、もちろん志摩君が店員さんに「オムライス」と告げたからだ。
このお店のオムライスはオムライスでありながらオムライスにあらず。なにせ正式名称は『オムニャイス』なのだ。
もちろんそれが猫を模したデザインだからなのは言うまでもなく、メニューには『きちんとオムニャイスと注文しない場合、猫が怒ってしまう可能性があります』という遊びの忠告がされている。
「……さすがに、それは恥ずかしくて言えないだろ」
志摩君が頬を少し赤くさせながら答える。どうやら高校生の男の子にとって『オムニャイス』は恥ずかしくて言い難いらしい。……まぁ、私も恥ずかしいけれど。
それでも先程のお返しだと、アメリアに「志摩君は恥ずかしがりやだねぇ」と話しかければ、彼はどうしたものかと迷ったような表情を浮かべた後「そういえば」と無理に話題を変えてきた。
「そういえば、もうすぐ最後の大会があるんだ」
「大会だって、ねぇアメリア聞いた? オムニャイスより大事な大会なのかな?」
「……七瀬、頼むから俺の話にのってくれ。さっきは冷やかして悪かったよ」
弱々しい志摩君の言葉に、思わず苦笑してしまう。小さく舌を出して見せれば、彼もまたしてやられたと笑っていた。
そうして改めて私が「大会?」と聞き返せば、今度は頷いて返す。曰く、サッカー部の三年生が引退の区切りにするインターハイという大会が始まるらしい。
トーナメント式のその大会は勝てば先に進められるが、一度でも負けてしまえば終わり。練習にも熱が入り、ゆえに猫カフェに来られる日も減ってしまうのだという。
なにより、私達は三年生、受験を前にしているのだ。
中には既に推薦枠で結果を出している子も居て、そういった話を聞くと焦りを抱いてしまう。
「部活組は引退してから受験に切り替えるから、引退したら流石に今みたいに頻繁には来られなくなるかもな」
「そうだね。私も勉強しなきゃ」
幸い私の親は勉強に口を挟んだりあれこれと管理するタイプではなく、相談にはのってくれるが基本的には私の自由にさせてくれる。
かといってそれに胡坐をかいて自由気ままにいられるわけでもなく、そろそろ進学について真剣に考えなくてはいけないだろう。資料を集めて、オープンキャンパスに行って……そういえば近々進路相談もあるらしい。その時までにはある程度決めておきたい。
「これから忙しくなって、きっとあっという間に卒業なんだね」
「そうだな。焦りはするけど、俺はやっぱり一試合でも長く続けたいな……。そうだ、七瀬も今度応援に来てくれよ」
「応援?」
志摩君の提案に、私はキョトンと目を丸くさせてしまった。
応援というのは勿論サッカー部の試合のことだろう。それに、私が……?
「行って良いものなの?」
「一人でも多く来て欲しいぐらいだ。やっぱ声援が大きいと励みになるからな」
「そっか、それなら私も応援に行く!」
そう意気込めば、志摩君が「よろしく」と笑った。
次いでふと視線を上げたのは、店員さんが注文したメニューを持ってきてくれたからだ。
私のカップケーキと、志磨君のオムニャイス。
カップケーキはカップから膨らんだ部分を猫の顔に見立て、アイシングで目と鼻と口が描かれている。膨らみの左右には耳を模した三角形のチョコレートがささっており、まるでカップから猫が顔半分を覗かせてこちらを見つめているような可愛らしさだ。
しっとりとした食感と甘さがなんとも言えない可愛くて美味しいケーキである。お皿に添えられている生クリームを猫の頭に乗せてやればより可愛くなり、そしてより美味しくなる。
志摩君のオムニャイスも、ケチャップライスを覆うようにトロリと掛かった卵にケチャップで猫の顔が描かれている。その顔がちょっと不機嫌なのは、きっと志摩君が『オムライス』と言ったからだ。
そんな可愛さに私が歓喜していると、対して志摩君が「これは……」と頭を掻いた。
「なんか、これは流石に恥ずかしいものがあるな……」
「恥ずかしい?」
どういうこと? と首を傾げて問えば、志摩君が苦笑を浮かべながらオムニャイスの端っこを崩した。
曰く、デザートが可愛いのはまだ分かるが、普通の食事であるオムライスまで可愛く施されているのを見て、途端に意識してしまい場違いとさえ思えてきたらしい。
私からしてみればまったく理解できないところだ。美味しいものが可愛くなって、いったい何が恥ずかしいのだろうか?
男の子は大変だね、と労えば、まったくだと笑ってまた一口オムニャイスを頬張った。そんな彼に対してカップケーキを一つ差し出す、こちらの猫はウィンクをしており、それを見た志摩君がふっと柔らかな笑みを浮かべた。
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