15

「七瀬さんと一緒に過ごすと落ち着くんだって」

「……志摩君、そんな風に思ってくれてたんだ」

「サッカー馬鹿の志摩が猫カフェってだけでも驚きなのに、あんなにはっきり言うなんてねー」


 ニヤニヤと笑いながら泉谷さんが話す。

 その表情はなんとも楽しそうで、逆に私は頬が熱くなるのを抑えられず誤魔化すようにそっぽを向いた。出来るだけ平静を取り繕い、なんとか高揚感を隠しながらも当たり障りのない相槌を返す。

 だけどそんな私の反応も泉谷さんからしてみれば楽しいのだろう。我ながら分かりやすい反応、そして分かりやすい誤魔化しだ。もうちょっと上手くやれないものかと、熱を持つ頬をペチペチと叩きながら自分に言いきかせる。

 それを見た泉谷さんが更に笑みを強め、追撃を掛けようと再び話しだした。


「七瀬さん、志摩のどこが」

「猫カフェ! 猫カフェは一人で行っても大丈夫だよ!」


 これ以上泉谷さんを喋らせてはいけない! そう判断し、咄嗟に彼女の言葉に被せるように話しだした。

 かなり無理があり強引な手段ではあったが、そのおかげで泉谷さんは話を止め、僅かながら目を丸くさせている。あまりに突然過ぎたのだろう、まさに喋っている途中だったと言わんばかりに彼女の口が半分ほど開いている。

 ここは泉谷さんの返事を待っている場合ではない、畳み掛けなければ。


「志摩君は男の子だから入りにくいだけで、一人で来る女性のお客さんは結構多いよ。それに普通のカフェと違って歩き回れるし、漫画もあるから一人で過ごせるし。私、志摩君と一緒に行く前は一人で行ってたし今もたまに一人で行くけど、別に変な目で見られないよ」

「そ、そうなんだ。漫画もあるって、本当に普通のカフェとは違うんだね」

「猫がメインのお店だからね。中にはゲームやってるお客さんもいるよ。そういうふうに過ごしてたほうが猫も近付きやすいのかも」

「そっかぁ。なにか注意することある?」

「あんまり香水は付けない方がいいかな。前に店員さんが香水によっては猫が近寄らないって言ってたし。あと足元にいる猫を撫でるためにしゃがんだりするから、短いスカートも履かないほうが良いかな」


 話題を変えられないよう猫カフェの話を続ければ、泉谷さんも話を聞きながら頷き次第に質問をしてくる。そうして決断するかのようにパッと表情を明るくさせ「楽しそうだし、今度行ってみる」と告げた。

 聞けば、今週末に美容院の予約をしているらしい。いつも美容院の帰りに猫カフェに寄ろうと考え、実際にお店を前にすると未知の場所ゆえに尻込みしてしまい、次こそは……と繰り返していたのだという。そんな中で志摩君が猫カフェに通っていると知り、これはと考えたらしい。

 朝方彼女が「聞きたいことがある」と言っていたのはまさに猫カフェの事であり、そして私が心配するような事は何一つ無い『猫カフェの事だけ』だったのだ。

 だがそれを聞いて次いで疑問に思うのは、志摩君に猫カフェの事を聞いたはずの泉谷さんが何故私に話を聞きに来たかだ。それも、わざわざ私が教室に戻ってくるのを待ってまで。


「志摩に聞いたんだけど、七瀬さんの方が詳しいって言われてさ。『俺は七瀬に教えてもらってばっかだから』って』


 だから、と話す泉谷さんに、対して私は自分の頬が再び熱を灯しだすのを感じながら誤魔化すように頷いた。

 志摩君からしてみれば理由あって一緒に行っているだけだと考えていたのに、まさかそんなふうに思っていてくれたなんて……。

 彼もまた二人で過ごす時間を大事に思っていてくれたのかと考えれば胸が高鳴り、それが顔に出ていたのだろうニヤニヤと笑う泉谷さんの視線に気付いて慌てて冷静を取り繕った。


 そうして親しげに礼を告げ、猫カフェに行ったら報告すると告げて泉谷さんが教室を去っていく。

 去り際にヒラリと揺れるスカートと少しウェーブの掛かった髪はとてもお洒落に見え、私は見惚れつつもそれでも「またね」と返して手を振りながら彼女を見送った。




 もしも泉谷さんと仲良くなれたら、勘違いしてしまったことを謝ろう。

 校舎裏に呼び出されて……なんてことまで考えていたことを話せば、きっと彼女は大笑いするに違いない。


「良い子なのに失礼なこと考えちゃった」


 そう反省しながら、今日も今日とてひとの部屋でデロンと伸びるパブロに話しかける。

 その口元にはパステルカラーのクッション……ではなく、水色のシュシュ。どうやら昨日まで気に入って噛んでいたクッションは飽きてしまったらしい。

 なんて贅沢なイグアナだろうか。思わずシュシュをさっと口元から取り上げれば、パブロは奪い返そうと……はせず、そのままの体制でゆっくりと瞳を閉じた。

 なぜだかとても切なげで、その表情に胸が痛む。−−他の人から見れば無表情のイグアナが目をつぶっているだけかもしれないが、私には切なく哀愁さえ漂わせているように見えるのだ−−


「そんな顔しても駄目だからね」


 そう心を鬼にしてパブロに告げる。

 他のシュシュならまだしも、これは買ったばかりだ。少しくすんだ水色と白いレースが可愛く、まだ何回かしか着けていない。どんなに悲しげな顔をされてもこれはあげられない。

 噛むならせめて古いシュシュかクッションを、そう考えて何かないかと部屋を見回していると、傍らに置いておいた携帯電話が振動と共に音楽を鳴らした。何かメッセージが来たのだ。いったい何だと画面を覗き込み……そこに映る名前に小さく息を飲んだ。

 思わず手にしていたシュシュをぎゅっと強く握りしめてしまう。

 なにせ携帯電話の画面に表示されているのは志摩君の名前。

 彼からのメッセージが届いたのだ。恐る恐る携帯電話を手に取り、そっと指を滑らせてメッセージを表示させる。


『七瀬、今日大丈夫だった?』


 と、その簡素なメッセージに胸がしめつけられる。

 私が勝手に勘違いをして、勝手に傷ついて、勝手に彼への想いを諦めようとしていたのだ。その果てに独り善がりなことを言ってしまったというのに、志摩君はそんな私を疑問に思って心配までしてくれた……。

 それを考えると申し訳なさが募り、早く返事をしなくてはと慌てて入力画面を開き……。


「どうしよう、なんて返事しよう……」


 と悩みだしてしまった。

 正直に全てを言えたらどんなに楽か。だけど全て話せば私が志摩君を好きなことを知られてしまう……。

 それは困る。だけどこのまま何も返さずにはいられない。


「パブロ、どうしよう」


 我ながら情けない声をあげてパブロの横に寝そべれば、パブロがうっすらと瞳を開け……そしてまた閉じてしまった。

 聞いてよ、と訴えつつ目の前にシュシュを差し出す。そうすれば再び瞳を開け、アムッとシュシュを咥えてこちらに視線を向けてきた。

 どうやら相談にのってくれる気になったようで、「パブロォ……」と情けない声と共にその体に擦り寄った。


「志摩君、変に思ってないかな。好きだって気付かれてたらどうしよう。誤魔化さないで正直に勘違いしてたって言ったほうが良いのかな? でもなんて言ったら良いんだろう」


 ねぇ、ねぇ、とパブロを揺すりつつ話しかける。

 だがパブロはシュシュを咥えたまま微動だにせず、私のことをジッと見つめているだけだ。

 だがその表情はどこか私の背を押しているように見える。頑張れと、大丈夫だと、素直になれと言っている……ような気がする。あくまで、私にはだけど。

 そんな勝手な解釈ながらにパブロから勇気をもらい「そうだよね!」と意気込むと共に携帯電話の画面に指を滑らせた。


『今日はごめんね、私なんだか勘違いしちゃってた』


 そう入力をして送信ボタンに触れれば、数分と経たない内に返事が返ってくる。

『勘違いって?』と。それに対して私は少し臆しつつも、「ちゃんと正直に言うよ」とパブロに宣言をして再び携帯電話を操作した。





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