12

 

 そうして彼等が去っていくのを見送り、残された私達もどちらからともなく歩きだした。

 普段より少しだけ足取りが遅いのは彼等に追いつかないため。そして互いに無言で他所を向くのは、先程の彼等の言葉がまだ胸に残っているからだ。――私の胸には志摩君の言葉も残っている。……いや、志摩君の言葉だけが残り、胸を絞めつけているのだが――


 私も何か説明すればよかった。

 せめて志摩君の言葉を肯定するような事を言えれば良かった。


 そんな後悔ばかりが募る中、志摩君が「ごめんな」と呟く様に謝罪してきた。横目で覗えば、彼はこちらを見ることもなく気不味そうに視線をそらしている。

 彼等に言われた冷やかしより、二人で居るところを見られたことより、今の志摩君の困惑の態度がなにより私の胸に重く深く響く。それでも、なんとか取り繕って「謝ることないよ」と笑って答えた。

 

「七瀬、変な思いさせてごめんな。あいつらには言い触らすなって言っておくから」

「別に大丈夫だよ、志摩君が謝ることじゃないし。それに……前から皆ちょっと気付いてたみたいだし」

「えっ! 気付いてたって、俺の猫カフェ通いに!?」


 どうして!と慌てだす志摩君に、とりあえず猫カフェ通いではないことを教えて落ち着かせる。

 皆が気付いていたというのは、私と志摩君が仲良くしていることにだ。

 なにせ、志摩君は自分で猫カフェのことは秘密にしたいと言ったくせに、クラス替え以降も頻繁に私に話しかけてくる。

  授業のことやテレビのこと、時には人目のある場所で私の週末の予定を聞いて来たり――もちろん猫カフェに行くためだ――果てにはパブロの話までしてくる……。

 男女隔てなく友人の志摩君からしてみれば『クラスメイとの雑談』なのだろうけれど、いつも女の子数人と固まっている私側からしていれば重大なことだ。

 周囲も意外な繋がりだと思ったようで、志摩君が話しかけてくるたびに友人達がもの言いたげに見つめ、そして志摩君が去るや今のはどういうことかと尋ねてくる。先程の男の子達同様ニヤニヤとしたその笑みや探るような視線はなんとも居心地悪く、時に誤魔化し、時に逃げ、そして時には最終手段を行使して今日までやり過ごしてきたのだ。


「そっか……。悪い、俺あんまり気にせずに話しかけてたな」

「大丈夫だよ、別に気にしてないし。……嫌じゃないから。それに、聞きだそうとしてくる友達はパブロの写真見せると黙るし」

「あ、それで黙るんだ」

「可愛く撮れてる写真なんだけどね。この間はうちに遊びに来てまでしつこく聞いてきたから、直でパブロを見せつけたよ」


 どんなにしつこく尋ねてきても、パブロを抱っこしながら聞けるなら話すと脅せばすぐに謝罪に変わるのだ。もっとも、その謝罪が笑いながらなあたり、きっと友人達も深く聞きだそうとは考えてないのだろう。

 私が怒ってパブロを話題に出す、ここまでを様式美めいたやりとりと考えているに違いない。

 もちろん私も本気で怒っているわけではなく、当然だが怖がる人には危なくてパブロを抱っこさせる気も無い。−−落としでもされたパブロが怪我をしてしまうし、怖い気持ちが伝わるのか恐る恐る抱かれるとパブロも不安そうな表情をする−−

 それを話せば、申し訳なさそうな表情を浮かべていた志摩君が小さく笑みを浮かべた。


 その表情は安堵の色さえ感じさせ、私もまた柔らかく微笑みながら、

「他の女の子からの視線は気になるけどね」

 という言葉を飲み込んだ。それと、胸に湧く不安も。


 そんな胸の内を隠し志摩君と並んで駅へと向かう。別れ際に彼が念を押すように、

「あいつらに何か言われたら、すぐに俺に教えてくれ」

 と告げてきたが、それに対しても私は「心配性だね」と笑い、バスに乗り込む彼を見送った。

 上手く笑えていただろうか、そう考えて頬に触れる。触れた肌はどことなく冷たく、志摩君の姿が見えなくなってようやく私は深い溜息をついた。




 そうして家に帰り自室に向かえば、ベッドの上にはコロンと丸くなるふかふかの猫……ではなく、デロンと伸びるイグアナのパブロ。

 私が帰ってきたことに気付いて少しだけ頭を上げるが、すぐさまクッションに頭を戻してしまった。これが猫ならばニャーンと鳴いて駆け寄ってきてくれただろうに……そんな無駄な妄想をしてしまう。

 だがどんなに妄想をしようがベッドに居るのはパブロ、そして口元には私のクッション。パステルピンクの可愛いハートのクッションは、まさに爬虫類という見た目のパブロには驚くほど似合っていない。


「また私のクッション噛む……」


 もう、と鞄を机に戻しながらパブロを睨みつけ、ベッドに近付いてその身体を持ち上げ……はせず、その横に倒れ込むようにして寝転がった。

 ベッドがボスンと音をあげ、パブロが僅かに揺れる。


「志摩君と猫カフェに行ってる事、知られちゃった……」


 そうパブロに話しかけながら頭を撫でる。

 なんとも言えない皮膚の感触。少しざらっとしていて、硬いとも柔らかいとも言い難い。温かさも無ければどう撫でて良いのかも未だに分からない。それでも数度撫でていればパブロがゆっくりと瞳を閉じた。

 コモモが丸まって眠るときとも、ふかふかのアメリアが心地よさそうに寝そべる時とも、ログが店員さんの腕の中で眠る時とも違う。そのままの体勢で瞳だけを閉じるのだ。寝ているのか起きているのか考え事をしているのか、よく分からない。

 それでもお構いなしに頭を撫でてて、ねぇと話しかけた。


「ねぇパブロ、もう志摩君は私と一緒に猫カフェに行ってくれないかな……」


 もしかしたら、今日会った男の子達の中に猫カフェに行きたがる子がいるかもしれない。仮に彼等の中に居なくても、志摩君が猫カフェに行っていると知れば一緒にと望む女の子はたくさんいるはずだ。

 男女問わず友人の多い志摩君のことだ、一度知られればきっとたくさんの人から猫カフェの話を聞かれて誘われることだろう。


 そうしたら、私と一緒に行く理由が無くなる……。


 それを考えれば鼻の奥がジンと痺れるように痛み始め、視界が滲む。

 猫カフェに行けなくなるわけでもないのに。志摩君と会えなくなるわけでもないのに。

 二人だけで過ごしたあの時間がもう無いのだと考えれば胸が痛み、耐えきれなくなった涙がポタポタと落ちていく。

 彼は変わらずサッカー部のエースで、人気者で、そしてきっと一緒に猫カフェに行く人が出来ても私をぞんざいに扱ったりなどしない。それが分かっていても胸が痛み、そしてこの胸の痛みを理解した。


 いつの間にか私は恋をしていたんだ。

 二人で過ごしたあの緩やかに流れる優しい時間の中で、志摩君のことを好きになっていたんだ……。


 そう自覚するも、もう遅いと自分の中で生まれた気持ちを否定する。涙が止まらず枕に顔を埋めれば、隣に居たパブロが僅かに動いた気がした。


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