「……な、七瀬、助けてくれ」

「志摩君、猫のおやつ買ったの?」

「さすが常連、言わなくても分かるのか……」


 猫達は志摩君に群がり、それどころか体に乗り、数匹は背もたれを利用して肩にまで乗ってくる。

 そんな状態ではおやつの入ったタッパーを開けることも出来ないのだろう、志摩君が再び助けを求めてくる。その姿はなんだか面白くて、ンニャンニャと強請る子達の鼻先をちょいと突っついてどかして、再び彼の隣に腰を下ろした。

  猫のおやつとは、店員さんに頼むと買える猫カフェでモテモテになれるアイテムだ。中身はカリカリドライフードだったり煮干しだったりと様々で、猫達の健康を考えて一日数食やグループにつき一回と限定しているお店もある。このお店のおやつは鳥のササミで、時間ごとに数量を限定している。

 そんな黄金アイテムの集客効果ならぬ集猫効果は抜群で、寝ていた猫も飛び起きて、普段はツンツンとすましている子もこの時だけは愛らしく鳴いて擦り寄ってくる。だが集う数が数なだけに、慣れていないと身動きが取れなくなってしまうのだ。


「この状態でタッパーを開けたら恐ろしいことになりそうなんだが」

「少しずつ手に取ってあげると良いよ。指で摘んであげると噛まれちゃうから、掌に乗せて顔の前に差し出すようにあげるの」


 ンナンナと志摩君にアピールするログを撫でながら教えれば、群がれていた志摩君がなるほどと頷いた。そうしてタッパーからひとつまみササミを取ると手の中に落とし、次いでタッパーを私に向けてきた。

 私にも分けてくれるのだろうか? 問うようにタッパーと志摩くんを交互に見れば、胸元までのしかかってくる猫達に圧倒されながらも彼が笑った。


「レクチャー代」


 猫に群がられながら告げてくる志摩君の言葉に思わず笑みを零しつつ、お礼を言って少しだけササミを分けて貰う。その動きで察したか匂いを嗅ぎつけたか、さっそく私の膝にも数匹乗ってきた。

 周囲のお客さんもこちらを眺め「いいなぁ」とメニューを眺めている。気まぐれでクールな所が猫の魅力とは分かっているが、こうやって群がられて強請られているのを見ると羨ましくなってしまうのだ。


「他のお客さんもおやつ買ってくれるかもね。志摩君にお礼言いなよ」


 そうログに話しかける。ササミを貰ったログはペロリとピンクの舌で口元を舐めとり、お礼どころかもっと頂戴と私の手を舐めてきた。


「残念だけど、私は皆にあげる主義なの。ログだけ贔屓はしないよ」


 ちょんちょんと鼻先を突いてログを下らせ、後ろに控えていたパディにササミをあげる。

 行儀よく待っていたパディは優雅に手のひらを舐めとり、がっつくことなく次の順番を待つように座りなおした。対してログは未だに私の腕でンナンナと鳴いている。

 同じ猫とは思えないその差は、どちらも甲乙つけがたい。


「予想以上に群がってくるな。俺も出来れば全員にあげたいんだけど、どれにあげたか……」


 私の手が空になったタイミングでタッパーを差し出してくれる志摩君にお礼を言いつつ、私も他にあげていない子はいないかと探す。私の隣にピッタリと並びつつツンと澄ましているアメリアには二回あげた、食いしん坊のログは私と志摩君を上手いこと往復して何度も食べている、お行儀のよいパティにもあげたし……。この際、いまだひっくり返って寝ているアルドには食いっぱぐれてもらおう。

 そんなことを考えつつ、ふと志摩君の後ろに視線をやった。

 彼の背後、陰になったそこにちょこんと座り、時折短い前足を伸ばすのは……。


「志摩君、コモモにもあげた?」

「コモモ?」

「ほら、後ろに居る子」

「……後ろ?」


 言われるままに志摩君が振り返り、そこに控える小さな姿に一瞬目を丸くさせ、次いで苦笑を浮かべた。

 コモモは短い手足が特徴的なマンチカンだ。クリームタビーの柔らかな色合いの毛とクリッとした丸い瞳、そして小柄な姿がなんとも可愛らしい。なによりその短い手足が愛らしく、おっとりとした性格からおやつ争奪戦の輪に入れず控え目に前足を伸ばす姿は見る者の庇護欲を誘う。その前足が短すぎて届いていないのだから尚の事。

 志摩君もその魅力にやられたのだろう「気付かなくて悪かったな」とコモモの頭を撫で、特別大きなササミの塊を手に乗せて差し出した。

 ようやくおやつを貰えたからか、むしろ気が付いて貰えたからか、コモモが嬉しそうに志摩君の手に顔を寄せてササミを食べる。



 ひとしきりササミをあげ終えれば、私の手も志摩君の手もベトベトだ。

 あれほど群がっていた猫達も、タッパーが空になったと分かれば次におやつを買ったお客さんのもとへと向かってしまう。そのシビアさもまた猫らしく、ひとまず手を洗おうとどちらともなく立ち上がった。

 そうして再び席へと戻り、腰を下ろした志摩君が「あれ」と傍らを見る。そこには先程同様ちょこんと座るコモモの姿。


「まだお腹空いてるのか? 俺もう持ってないぞ」


 ほら、と志摩君が両手を広げてコモモに見せる。それでも彼女は去る様子無くちょこんと座って志摩君を見上げていた。

 まるでぬいぐるのように愛らしく、蒼い瞳がジッと志摩君に注がれる。


「膝に乗りたいんじゃない?」

「膝? でもどうすれば良いんだ? 抱き上げたら駄目なんだろ」

「軽くポンポンって膝を叩いてみなよ」


 そう私が話せば、志摩君が促されるように軽く己の膝を叩いた。

 まるで「どうぞ」とでも言っているかのような彼のその仕草に、ジッと見ているだけだったコモモがゆっくりと動き出した。

 丸みのある体がもったりと動き、短い手足でポテポテと志摩君の膝に乗る。そうして数度居心地を直すように動くと、落ち着ける位置を見つけたのかコロンと横になった。

 その瞬間に「おぉ」と志摩君が感動の声をあげる。


「凄い、膝で寝た」

「おやつ貰えたのが嬉しかったのかもね」

「でもなんか変わった猫だな。妙に足が短いし」


 撫でるようにコモモの耳を擽りながら志摩君が覗き込む。

 マンチカン特有の短い足のことを言っているのだろう。確かに誰だって猫と言えばスラリとした体つきとしなやかな四肢を想像するだろう。現に、来客の気配を察していそいそとお出迎えに向かうバディはモデル猫も顔負けのスタイルをしている。

 だがバディとコモモを比べるのは酷というもの。


「コモモはマンチカンっていう種類だよ。マンチカンの中には短い足の子がいるの」

「へぇ、知らなかった。初めて見るな」

「人懐っこくて甘えん坊で穏やかな子が多いらしいよ」

「穏やかかぁ」


 コモモを撫でながら志摩君が呟く。

 そんな彼を眺めつつ、私は記憶の中のマンチカンの情報を引き出していた。この間コモモを撫でながら店員さんに色々と教えてもらったのだ。猫カフェに勤めるだけあって店員さんの知識は豊富で、猫に構ってもらえなくても店員さんの話を聞いているだけで堪能できる

 マンチカンは社交的で甘えん坊、でも臆病だから怒るときは気をつけなきゃいけない。案外に活発で、毛色が豊富で……。

 でもやっぱり一番は、


「なんといっても短い手足だよね」

「なんだか七瀬みたいだ」



 ……その瞬間、私達の間に妙な静けさが伝った。



「……それは、私の手足も短いってことかな?」

「ち、違う! 今のはタイミングが悪かっただけだ!」


 俯きがちに嘆けば、志摩君が慌ててフォローを入れてくる。

 曰く、おやつが無くなっても膝に乗ってきてくれるコモモが私に似ていると思ったらしい。−−二回ほど「他の意味はないから!」と念を押されてしまった−−

 そうして、ウトウトとしながら時に寝て時に毛繕いを続けるコモモを撫でながら「似てるよ」と笑う彼の言葉に、思わず頬に熱が灯ってしまう。

 他愛も無い言葉のはずなのに、胸が高鳴る……。


「そ、そうかな……似てるかな……」

「今のコモモの姿なんてそっくりだよ。七瀬、よく日の当たる席でウトウトしてるもんな。友達がずっと話してるのに七瀬だけ半分寝てるのを良く見るし」


 思い出しているのか、志摩君がクツクツと笑う。

 そんな楽し気な表情に私は頬に熱を……どころではない。


 志摩君に見られてた! いつ見ていたの!?


 と記憶を引っくり返すが、思い当たる節が多すぎる。

 いつも一緒にいる友人達は、やれ彼氏とデートがどうの、やれ漫画やアニメの展開がとうのとひたすら語ってくるのだ。それもみんな好き好きに、なぜか私を巻き込んで。

 彼女達の会話は一方的すぎて、彼氏が居たこともなく漫画やアニメもよく分からない私には未知の言語。むしろ子守歌なのだ。

 ゆえに『マシンガントークを続ける友人達とウトウトする私』という図が教室でも頻繁に目撃される。――他のクラスメイトから「本当に仲が良いの?」と聞かれるが、これ以上心地よい友人関係は無い――

 だがそれを志摩君に見られていたとなると途端に恥ずかしく思え、せめて「ちゃんと話を聞いてる時もあるからね」とフォローを入れておいた。


 それを聞いて、志摩君が更に笑みを強める。それがまた恥ずかしく居心地が悪くて、誤魔化すように足元を歩いていた猫に手を伸ばして名前を呼んだ。

 ふわふわの真っ白な長毛と紫がかった蒼い瞳が美しい、店員さんが認めるこのカフェいちの美猫アメリアだ。

 ツンと澄ました彼女はそれでも私の必死な呼びかけに気付き、ヒョイと隣の席に飛び乗ってきた。なんて優しい子だろうか、感謝しつつ頭を撫でれば、志摩君の気もそれたのか「綺麗な猫だな」と話題を変えてきた。

 思わず心の中でガッツポーズをし、それだけでは足りずに心の中でアメリアとハイタッチをする。

 もちろん彼女が運んでくれたこの千載一隅のチャンスを逃すわけがなく「この子はラグドールっていう種類だよ」とアメリアを撫でながら会話を彼女に切り替えた。


 アメリアのふかふかの尻尾が一度ふぉんと揺れる。

 まるで「感謝しなさい」とでも言いたげで、窮地を救ってくれたお礼代わりに頭だけでなく喉も指で擦ってやった。



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