第5話 行き先

僕が目を覚ますと、父さんが別荘のファクトリーの一隅で、ぐったりと天井に向かって仰ぎながら椅子に座っていた。


「どうしました?」


「バックアップからの復旧は上手くいったな」


「ええ。今スキャンしました。完全に成功です」


「なぜ私の息子もバックアップから復旧できなかったのだろうな」


答えを求められているわけではないと理解できたので沈黙していおいた。


「決まっている。人間の人格は扱うにはデータ量が多すぎるし、カオス理論を用いるだけではどうしても解析できない問題が山のようにある」


「……」


「お前たちのような”天馬”の劣化版が関の山だ。好きだの嫌いだのすらわからない欠陥品だ」


それは違います」


「なに?!」


父さんは驚愕の表情でこちらを向いた。このような反論を<僕>、いや<僕ら>から聞けるなんて思っても見なかったのだろう。


「この問題の解決は前回自己破壊を行った27号からサルベージされた記憶の欠片からヒントを得ました」


「あの子がか?」


「逆なのです」


「なに?」


「我々は”天馬”さまの性格を色濃く受け継いだ。全部ではありませんが、極一部をだけを。それだけに一層その一部が純粋に受け継がれたのです」


「なるほど。確かに、行動は”天馬”とは似ても似つかないのにどこか”天馬”らしさを感じさせるのはそれが原因か」


「そうです。”天馬”さまはとてもお優しい方だったのでしょう? ですから<僕ら>はその性格を受けついているのです」


「それは?」


父さんはすでに肉親の目ではなく、科学者の目となっていた。


「前にも相談しました。<僕>は誰も好きになれません。父さんも他の誰も」


「私が開発過程でのミスのせいだと思っていたが……」


現実は逆だった。


「お父さん、仏教をごじんじですか?」


「一般常識程度の知識ならあるが?」


「あの宗教は”愛”や”好き”を禁止しているそうですね」


「大乗仏教というやつか。わけ隔てなく敵をも助けるという博愛主義らしいな」


「父さん、考えてみてください。それってつまり僕たち人造人間ロボットそのものではないでしょうか?」


「ふむ、確かに、ロボット三原則はそれに近い」


「それと、そもそもの問題をかけあわされば答えは自ずと出てきます」


「……ほう」


「そうです。誰も”好き”じゃない、んじゃないんです。すべてを等しく”好き”だからこそ他のなにとも差をつけることができない。なにかだけを特別視することができないからなのです」


「なるほど。すべてを愛するがゆえに、特別”好き”なものがない……」


「はい」


「まさに機械仕掛けの神というところか。いや、機械でないと到達できない境地といえよう


「そうです。<僕>はすでに完成しています、お父さん」


「そうか。そうだな……」


しばらく頭を押さえ、父さんは考え込んでいた。


「お父さん?」


「確かにお前は完成したといえるだろう。だがそれでは天馬の名にふさわしくない」


「というと?」


「新たな名前を与える。お前はもう天馬の代わりは務まらない」


「ではなんと?」


「HA《エイチ・エー》だ。正式名称はハイ・アトミックスだ」


「了解しました」


「では新しい段階へ進むためのミッションだ」


「はい」


「世界中を旅して来い。できる限りな。すでに能力的には可能だろう」


「世界……!」


「見極めてこい。世界を。本当にそれは愛するに足りるかどうかを」


「父さんはどうお考えになられたのですか?」


父さんは背中を向けたまま無言だった。その方角の壁の上には生前のお母さんと”天馬”さまがそれぞれ映った写真が飾ってある。


「さあ、いくがいい」


「はい」


用意してあった最低限のメンテ用具の入ったバッグを手に取ると僕は外に出た。


外は夜で、雨上がりのようだった。


愛しき世界よ。


すべてが愛しい世界。


なぜなら<僕>はそのようにココロがプログラムされているから。


足を踏み出そう。とりあえずは日間賀島の研究所にある博士の研究所によってみるとしよう。なにか対処法を知っているかもしれないから。


機械の身体は軽く、足取りも軽い。


どこへだっていける。


どこでもないところへだって。


なぜならどこであろうとそこは僕にとっては好きな場所なのだから。




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僕は好きじゃない ぐうたらのケンジ @lazykenz

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