第3話 鉄のココロ

ロボット三原則というものをご存じだろうか。


第一条

ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。


第二条

ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。


第三条

ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


という大変有名なものである。


僕は普段は隠してある脚部のバーニアをジャンプの補助に使いながら、先ほどの海岸へ最短距離になるよう家々の庭先などを一直線に移動し続けた。


風向きによって母娘の声が途切れ途切れになるのは風速が強くなってきた証拠だ。僕の人間の最大150倍の聴力を誇る集音機でもはっきりと拾いきれない。


父さんにはすでに電波で情報を送ってある。それによりすでに島全体に母娘の危機は伝わっているはず。


僕は砂浜へと再度降り立った。バーニアは酷使したせいでひどい熱を持っている。


僕はすぐに夜の海の上を両目で走査した。生憎、赤外線感知機能は持ち合わせていないので、人間と同じ程度の認識力しかない。まぎらわしいことに流木などのゴミなど

も流れており、認識を狂わせる。


いた。


もう見失うことのないよう、ジャイロ機能を用いて視界の中心点に対象をロックオンさせる。


すでに周囲から駆けつけるひとびとの声。その中には父さんの声もあった。


それには関わらずロボット三原則の第一条に則り、母娘を救うべく、夜の闇の海へと足を踏み出した。


父さんの悲鳴が上がった。僕が防水仕様になっていないのを知っているのだから当然だろう。


しかし僕は無謀な行為をしたわけではない。今は運よく潮の流れで近くいるが、この気まぐれな波では次の瞬間にはどこにふたりが運ばれるかわかったものではない。救いは今すぐ必要であるし、それをできる位置にいるのは僕だけなのだ。


それに防水仕様でないといっても最低限の生活防水程度はしてある。母娘を助けるまで持ちさえすればいい。人間は僕と違い、修理が利かない場合もあるというから。


足を踏み入れてみると、予想外に遠浅だった。確かにこれで足を取られてしまえば大事になってしまうが、深さ自体は大してないので救出そのものは難しいことはなにもない。


僕の救出プランはこうだ。


まず娘を抱きしめている母親を捕まえ、水面の上まで持ち上げる。とりあえず空気さえあれば人間は問題ないだろう。


とはいえ、海水中のナトリウムが僕の電子機器に徐々にダメージを蓄積させていく。皮膚から浸透して容赦なく僕の身体を蝕む。


それに構わず、僕はぐったりしている母娘のそばにいった。声をかけると反射的に抱きつかれ、こちらも動けなくなりかねないので背後から声をかける。


「大丈夫ですか?」


「娘が……とても冷えて」


「助けはすぐに来ます。それまで僕が支えます」


「あっ……」


僕はぎりぎりの力でなんとか母娘を持ち上げ、少なくとも海水に濡れる心配がないようにした。


これであとは関節部をロックすればなんの労もなく、救出を待てばいいだけだ。


「あの……ありがと」


「……当然なので」


感謝の言葉にどう応えるべきか迷ったので、無難そうな言葉を選択した。


「あ!」


「え?」


母親の悲鳴に顔を上げる間もなく、僕は背中から強い力で突き倒された。


流木か?!


もっと早く関節をロックしておけばこんなショック程度……!


そしてなお悪いことに、踏み出した足の先に海底がなかった。


深みにはまった。


僕と母娘は荒れ狂う海流渦巻く海水の真っ只中へと突き落とされた。


娘の体温はかなり低くなっているというのに。


海中へ飛び込む瞬間目にした砂浜の光景は、漁師たちがようやく救助道具をそれぞれ手にして海へと走り出そうとしていたところだった。

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