十文字物語

色眼鏡の世界

　この世界は生きにくい。

　そう感じ始めたのは、いつからだっただろうか。

　ある日のイベント終わり。私の唯一何でも話せる相手であるユズキに、あることを言われた。

「ユウコは大人っぽいよね」と。

　私はこの国の制度であれば十分に大人の年齢だ。だからこそ『○○ぽい』という表現に、私は首をかしげた。

「意味わかんない」

つい、素っ気ない言葉を返してしまう。

「いやいや、別に老けて見えるって訳じゃないよ。なんとなく目の前のことだけじゃなくて一歩先を見据えているって感じかなあ……」

　なんとなくで言われても、しっくりとこない。それに感情がこもっていないように思えて仕方がなかった。

　だから、あえてユズキを試す意味で訊いてみた。

「それなら、そこの公園のベンチに座っている人……どう思う？」

　一瞬戸惑ったが、言い直すのも面倒になったので私はそのまま訊いた。するとしばらくの間が空いてから、ユズキは答えた。

「うーん、真面目な感じ。仕事にばかりで、ひと言で言うとつまらなそう」

　最後のひと言は余計な気がしたが、ユズキにとってつまりはそういう風に見えているということなのだろう。

　正直なところ、私には違って見えた。

　公園のベンチに腰掛けている男性。きちっとしたスーツを纏（まと）い、黒縁の眼鏡をかけスマートフォンを片手に電話をかけている。その様子から、彼がつまらない人間と思えるような要素は感じられない。むしろああいう人ほど、心の奥に人には見せない趣味趣向を持っていて、休日などはそれに嗜んでいるものではないだろうか。

　だから、何を持って人を判断するのか。それはその人それぞれで、基準というものは誰かが勝手に作り出し、それを誰かが勝手に決めてしまうものなのだ。

　特にこの世界では、その基準が曖昧だ。曖昧だからこそ良いのかもしれないが、その曖昧なもので、勝手に判断され決めつけられてしまうのは納得がいかない。

　この不条理な世界で、私は生きている。――笑顔をも作らずに。

　するといつの間にかベンチに座っていた男性はいなくなっていた。辺りを見回してもどこにもいない。私たちの会話を聞かれてしまったのだろうか。

「やっぱりね」

　冷めた様子で言うユズキに、私の気持ちも冷めていた。だからといって、私はまだ、ユズキと別れるつもりはなかった。

「もう少し第一印象で、かわいく見られるには、どうしたら良いんだろう？」

　私の悩みに、ユズキはあっけらかんと答えた。

「アイコン変えれば良いじゃない？」

　私のアイコンは、昔から気に入っている病的な印象の少女のイラストが描かれた自作のファンアートだ。

「そうなんだけど、これ気に入ってるんだよね」

「でも、そのせいで実際に会った人がみんなあんたの容姿とのギャップに驚くんじゃないの？　まあわたしも人のこと言えた立場じゃないけど」

「ギャップねえ……私には本当にやっかないな案件よ。もういっそのこと私は私の世界で生きていたい。そのほうがイキイキできるし」

　この世にはたくさんの世界が存在する。その世界だけで生きていけたら、どれだけ幸せなんだろうか。でも、現実はそうはいかない。生きにくい世界で生きていかなきゃいけないこともあるし、生きやすいと思っていたら急に生きにくくなることだってある。

　私の世界も、嫌になったらいつだって逃げ出せる。アカウント削除。そうしてしまえば、いつだって。世界は意外と簡単に消せるんだ。そう考えたら、世界の支配者になった気分じゃない。いや、そんなことはないか。