お金をくわえた犬
とある旧市街のバザールで、手作りのアクセサリーを販売していた一人の婦人がいました。閑古鳥が鳴く婦人のお店はとても質素で、置いてあるアクセサリーも、どこかその本来の輝きを失っているようでした。
そんなある日、その婦人のお店に一匹の老いた犬がやってきました。見ると犬の口には煤汚れた袋がくわえられています。婦人は恐る恐るその袋の中を確認すると、現金が入っていました。
「あらまあ、これはどうしたの?」
婦人の問いかけに、犬が答えるはずがありません。しかしその犬は、婦人を見つめ何かを求めているようでした。もしかしたらと、婦人はその現金に見合った価格のアクセサリーをひとつ、袋の中に入れてあげました。すると、犬はその袋をくわえ、どこかへ行ってしまったのでした。
それから数日後、再び袋をくわえた犬が婦人の前に現れました。婦人が袋を受け取ると、前回よりも少し多い金額の現金が入っていました。婦人はその現金に似合った価格のアクセサリーを入れて犬に渡しました。
そんなやり取りが何度か繰り返さる度、婦人は一抹の不安を抱きはじめていました。それは、日に日に袋の中に入っている現金が増えていたからです。
最初は小さなイヤリング。ブレスレット、そしてネックレス。商品が売れていくことは有り難いのです。しかし少しずつ増えていく現金。いつかその現金に見合ったアクセサリーがなくなってしまうことは、わかっています。その時、何を袋の中に入れてあげればいいのか、婦人は悩みました。
そしてその日は訪れます。婦人は悩んだあげく、お店で売っている一番高価な指輪とともに一通の手紙を添えて、犬がくわえる袋の中に入れました。この犬の飼い主に読んでもらうためです。恐らくこの犬の飼い主は、アクセサリーを買いたいけれど、自由に外を歩けない状況なのでしょう。なので飼い犬にお使いを頼んだと、婦人は判断しました。
手紙の内容は謝罪文と、どうして自分のアクセサリーを買ってくれるのかという素朴な疑問を投げかけたものでした。
するとその翌日、その犬が婦人の前に姿を現しました。しかし、犬がくわえていた袋の中には何も入っていません。婦人はどうしたものかと悩んでいると、どこからともなく低い声が聞こえてきました。
「その首輪はいくらだ?」
「はい?」
よく聞くと、その声は目の前の犬のものでした。とてもはっきりした声です。婦人は驚きながらも、その言葉に答えます。
「これは……廉価なんです。他の物のほうが良いかと」
「ものの価値は自分で決めるもんじゃあない。価値はそれを求める者が決めるべきだ」
「しかし、これはもう長いこと売れずに残っている物なので、まさかこれを欲しがる方がいらっしゃるとは。でも、どうしてこれを?」
「俺たちの社会じゃ、アクセサリーは高く売れる。皆、アクセサリーをつけたがるんだ。着飾って人間に気に入ってもらえるようにな。特に首輪は高級だ。お前ら人間に、その価値はわからないだろう」
「それなら、これは差し上げます」
「いや、曲がりなりにも俺も商売を生業にしている身。ただで譲り受ける訳にもいかない。明日また出直してくる」
そして翌日、その犬は袋の中にお金を入れて持ってきました。その額は、今までで一番大きな額でした。さすがにそんなにお金は受け取れないと婦人は断るも、犬は言いました。
「人間は物の対価として金を望む動物だろ。俺はこのアクセサリーを食べ物の対価としていただいている。俺みたいな老いた犬は、着飾ったところで誰も養ってはくれない。だから、まだ若い犬たちにくれてやるのさ」
渋々お金を受け取った婦人は、空いた袋の中に首輪を入れました。そして、ひと言添えます。
「ねえ、ひと言言わせてもらうけど、私たち人間もお金が全てってわけじゃないのよ」
「それじゃ、他に何を求める」
「愛情よ」
「綺麗事だな」
「いいえ、そうじゃない。だってあなたはすでに受け取っているわ。私の愛情を」
婦人はそう言って、犬を優しく抱きしめます。すると犬は言いました。
「俺はもう長くない。小汚い俺の面倒なんかみる意味は無いぞ」
「あら、あなたの価値は私が決めていいんでしょ?」
それ以降、犬は言葉を話すことはありませんでした。しかし犬は婦人の傍に寄り添い、そのおかげかどうかわかりませんが、婦人の店は以前より潤ったそうです。
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