ピースという名の小品文

 パズルのピースをはめていた私は、ふと残りわずかのところで後ひとつピースが足らないことに気づく。

 この瞬間、ぷつりと集中の糸が切れ手が止まる。しばらくの思考の停止の後、はっとして辺りの捜索を始める。


 見当たらない。


 本来、真っ先に疑うべきは自分自身。最近物忘れが激しいのもある。無意識のうちにどこかの物影に弾いてしまったのかなどと。しかし、どうしても他の要因を当たってしまう。


 子どもが遊んだ時になくしてしまったのか。

 それともペットの猫がどこかへ持っていってしまったのか。


 あるいは、妻が意図的に抜いておいたのか。


 部屋に隠してあったカメラを手に取る。渦巻く疑念をすっきりさせたくて。そして録画されている映像を遡る。

 映像にはこのパズルで遊ぶ妻と子どもたちの姿。側には猫もいる。数分後にはパズルが完成する。この時にはまだ、パズルのピースは欠けていない。


 別の日。

 妻が部屋の掃除をしている。すると、インターホンが鳴る。妻が掃除機ごと部屋を出て行く。部屋の扉は開けられたまま。入れ替わりに猫が入ってくる。猫は部屋のベッドの上で丸くなる。

 しばらくして、その部屋に妻と一緒に見覚えのある男が入ってくる。猫はその男の存在に気づいているのかいないのか、よくわからないがじっとしたままだ。

 そして、二人でパズルを始める。二人は寄り添い語り合いながら穏やかな時間を過ごす。パズルが完成に近づいた頃、妻がピースがひとつ足らないことに気づく。辺りを捜してそれでも見つからないと、「子どもたちのせいかもしれない」と諦めたかのように呟く。



 しかし、それは違う。確実にカメラは捉えていた。――


 そしてそのピースは今もずっと、男のポケットの中で眠っているのだろう……。



 疑うことで解決への道筋が見えてくる。しかし、信じることが大切だと謳う者もいる。そのふたつを天秤にかけたところで、揺らぎ方は人それぞれなのかもしれない。

 ただ、今の世の中、他人を疑うことで秩序が保たれていると言ってもいい。法律、警察、医者、そして夫婦だって。


 私は額の汗をぬぐい、自分のポケットから残りひとつのピースを取り出して、未完成のパズルにはめ込んだ。


 ひとつ言っておく。私は、平和主義者である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る