第23話 初夜

毎年大嫌いだった冬が

今年はちょっとだけ暖かいのは、

年間を通じて

あの人の長い休みが年末年始しかなかったから。


互いに翌日の仕事を気にせず

じゃれ合うことが出来たんだ。




今年最後にあの人に会った日は、

並んで歯磨きをして、

あの人の家に

買ったばかりの歯ブラシを預けてきた。




夕食はキムチ鍋にするっていうのに、

嫌いなキノコを買わない人。



私が好きなお菓子が

あの人と全く同じだったのに、

真似しないでよって照れ隠しする人。



買ったものをビニールに詰めてる私が、

歯ブラシだけ入れ忘れてるのに気づいて、

「おっちょこちょいだなあ」


また子供扱いするんだ。




まだ制服姿のあの人と、

ついこの間もらったエプロンを

ぎこちなく身に着ける私だったから、

あの人の家でお鍋を作るだけなのに

こんなにも新鮮なんだ。



切った白菜を床に落とし

豆腐で台所を水浸しにする私を

笑って手伝ってくれる人。


白菜の芯に近い硬い部分が

好きじゃないとか言い出して、

一旦お鍋に入れたのに、

菜箸で探しだして

全部捨てちゃう人。




夕食を食べ終えると

二人しか居ない広い部屋は

あっという間に本来の静寂を取り戻していく。




「俺の部屋行く?」


あの人はあの聖夜と同じように誘ってくれた。


あの人の部屋に入っただけで

身体中が熱くなっていく私は、

きっと今夜あの人と同じことを望んでいるんだ。



あの人の長いソファの上では

あの人が私の膝に顔を乗せて、

思いっきり甘えてきた。


あの人に触れる度に

とろけてしまいそうな私は、

促されるままベッドに入った。



あの人の香りをたくさん吸い込んだ毛布は

私の肌に吸いついて

甘酸っぱい柔らかさで優しく刺激する。



恥ずかしがり屋のあの人は

ベッドに入ると

さりげなく部屋の明かりを消した。




薄暗い天井を見上げると

あの夜のようにあの人に覆われ、

やっぱりあの人の瞳は澄んでいて

とてもキレイだったんだ。



あの人の唇が微かに動く度に

さらにあの人が欲しくってたまらない私は、

その続きがもう分かっているかのように

高く結んでいた髪をほどき、

破れそうなくらいに薄いストッキングを脱ぎ去った。




今夜のあの人は

唇だけで留まることなく

遠慮もなしにその続きをくれたんだ。



いつもは照れ屋で穏やかなあの人の

他の誰にも見せない男の姿、

私が見たかったもの全てを

飾ることなく開いてくれた。




私が洋服の下に来てきたキャミソールを

可愛いって言ってくれた人。



ベッドの上では少し意地悪で大胆なくせに

ふとした瞬間に

「恥ずかしい・・・」


はにかんで照れてしまう

やっぱり可愛い過ぎる人。




あっという間に夜中の一時を過ぎてしまい、

「泊まっていけばいいのに」


すっかりくつろいだあの人が呟いた。

本当は私だってあの人と一晩過ごしたかった。


だけど、

きっと今頃

彼氏は暗い部屋で独り涙を流しているんだ。

そう思うと身勝手にも胸がチクリと痛んだ。




仕事で疲れてるくせに、

寝ぼけていながらも、

冷えきったハンドルを握りながら

私をきちんと送り届けてくれた人。



あの人の家の二階の

がらんと空いている部屋を眺める私に、

「部屋空いてるよ」

さりげなく言ってくれた人。



こんな年末に、

私の心にも身体にも

あの人との初めてを

優しく刻みこんでくれた人。

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