第22話 二つの鍵

あの人がくれたキスは恋の香りがして、

あの人が私に求めるものは

包み隠さず全部あげたくなったんだ。



純粋なあの人は

私の部屋に行ってみたいって可愛く言うけれど、

身体を求めている訳でもなく、

単純に私の謎を紐解いてみたいだけだった。




これから心だけでなく

身体だって深くなっていく二人には、

誰にも知られることなく

愛を育んでいく空間が必要なんだ。



私もそうなることを望んでいたから、

まるでわざと予定を入れてなかったかのように、

ぽっかり空いてしまったクリスマスイブの日に

新しい部屋を探しに出掛けた。


遅すぎるけれど

せめてものけじめをつけたんだ。




こんな年の瀬に

慌てて新しい部屋を見つけていたから、

引っ越しするのは

年明け以降になってしまった。



あの人にたくさん通ってほしくって

あの人の家から教習所までの

通勤路沿いを探したんだ。


だけど、

やっぱり中途半端な私は、

彼氏と暮らすこの場所からも

簡単に行くことが出来てしまう場所を

敢えて選んでいた。




もう何年も

ずっと彼氏と一緒に暮らしていたから、

必要なものは全部

一つしか持っていなかった。


唯一私専用のピアノだけは

今すぐどこにだって運び出せた。




彼氏と居ることが

こんなにも当たり前になっていたから、

ベッドも

テーブルも

テレビも

冷蔵庫に

洗濯機だって

二人で一緒に使っていたことに

今更ながらに気づいたんだ。




あの人のために準備する新しい部屋は

甘い希望に満ち溢れていた。


彼氏を脇目に遠慮しながらも

ウキウキを隠しきれない私だったから、

引越しの日取りはまだ先なのに

新しい家具を次々に買っては、

二人分なんて到底入りきらない

彼氏と私のこの部屋を

無情に埋めつくしていくんだ。



独りで暮らすのに必要なものは意外と多くて、

そんな私を見かねた彼氏は

購入代金の半額を負担していたんだ。


彼氏と暮らすこの部屋には、

今まで通り好きな時に出入りしていいよなんて

そんなことを言ってしまう彼氏だったから、

私は鍵を返すことなく

この手にぎゅっと握りしめた。




愛は一体どこまで寛大で深いんだろう・・・




クリスマスの日は

こうなる前から約束していた

プロポーズ記念のホテルで

彼氏と一夜を過ごした。



夜景の綺麗な最上階の特等室を予約したのに、

心も身体も

交わせることのないベッドは

無意味にただ広くって、

虚しさだけが転がっていた。


私の心は

今すぐにでもあの人を求めているのに

遠く離れたあの人を想い浮かべ、

彼氏と一夜を過ごしたんだ。




クリスマスプレゼントなんて

要らないって言う私に

彼氏は指輪なんて買おうとするから、

それを振り切るかのように

キーホルダーを買ってもらった。



彼氏と暮らす部屋の鍵に付けていた

古いお揃いのストラップを外し、

買ってもらったキーホルダーに

その鍵を付け替えた。



しばらくしたらこのキーホルダーには

あの人のために用意した

新しい私の部屋の鍵も

ごく自然に付けられていくのだろう。



ずっしりと重い二つの鍵を

こっそり持ち歩く私は、

その罪の重さをひしひしと感じていくんだ。

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