第21話 聖夜

あの人と約束した聖夜は

クリスマスイブの一日前だった。


あの人は祝日の出勤日だったから

いつもより二時間も仕事が早く終わって、

普段は真っ暗な待ち合わせが

この夜は薄明るかったんだ。



あの人は車のリアシートに

昼休みに買ってくれたクリスマスケーキを載せ、

制服のスーツをまとった

紳士なサンタクロースだった。


クリスマスを意識して

今年初めて履いた

赤いチェックのスカートを、

「クリスマスっぽくしてくれたんだ」

ちゃんと気づいてくれた人。



二人しか居ないのに

ケーキをなぜか三つ買ってくる人。


ショートケーキが大好きと言うくせに

イチゴが嫌いで、

そのイチゴを私にくれる人。




私がふいに出すプレゼントの包装を

丁寧に剥がして、

「ハンカチタオル、助かります」


すかさずキッチンの奥から

私へのクリスマスプレゼントを出した人。



その場で開けた

ピンクのレースエプロンを私は身に着けた。


「思った通り似合う」

私に手料理を作ることを押し付ける訳でもないのに

可愛いエプロンをくれた人。




今宵の聖夜は

あの人にとっても聖夜だったのか、

「テレビあるし、俺の部屋行く?」


いつもぎこちないくせに、

ここぞという時は意外にスマートな人。



初めて入るあの人の部屋には

長いソファーと

まだ起きたての毛布が

ぐしゃっと置かれたベッドがあった。


リビングとは全く違う

あの人の空間だったから、

私の大好きなあの人の香りが

たくさん残っていた。




静かな部屋につけたテレビの音だけが鳴り、

「ソファーにおいで」


あの人に従うと、

いつもぎこちなく空いている二人の空間を

今夜はそのぬくもりで埋めつくしてくれたんだ。


靴下が嫌いで、

こんな寒い冬の日に裸足で過ごす人。




制服から着替えたジャージは、

より一層あの人の香りがした。


背中も、

お腹も、

足も、

ソファーの上で

あの人が全部温めてくれたけど、

私より一回り以上大きなあの人の身体だったから、

いくら私が頑張っても、

小さなこの身体と腕じゃ

あの人を全部包み込むことなんて出来なかった。



そんなもどかしさが

冬の寒さを余計際立たせるから、

あの人は

まだ今朝のぬくもりが残る毛布に入り、

寒そうな私の全部を優しく包んでくれた。




薄暗くなった部屋には

足元にある

つけっぱなしのテレビだけが

私達を照らすんだ。


私が見上げたあの人の笑顔は

いつになく大人びていて、

私がまだ知らないあの人の

脆く真っ直ぐな瞳だった。


その近づく瞳を避けるように

私が一度顔を横に逸らすと、

あの人は

いつも通りの笑顔でふっと微笑んだ。



あの人に「好き」と

言葉でちゃんと伝えていなかったんだ。


「俺も好きだよ」


こんな夜に

一番聞きたかった言葉をやっとくれた人。




薄暗い部屋で

私を真っ直ぐに見つめる

あの人の瞳と唇が少しずつ近づく

この刹那は時のない一瞬だった。



こんな聖夜に

あの人のぬくもりが残る毛布と

あの人に包まれて、

息苦しさと

甘酸っぱさと

とろけるような名残惜しさをくれた人。



唇が薄くって、

私からのお返しのキスで

歯を軽くぶつけちゃって、

照れたように痛がってる人。


「来年のクリスマスイブは一緒に過ごすもん」


可愛くメールしてくれた人。

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