第20話 嘘と真実

あの夜を境に、

あの人のメールは、

「僕」から「俺」になった。



「俺が暖めてあげるよ」


風邪をひいた私に

あの人が男っぽくキュンとするメールをくれた。


近くのファミレスに連れて行ってくれて、

私の食べ残したハンバーグを代わりに全部食べて、

あの人のステーキを切り分けて一口くれた人。




L字型ソファーに腰かけてる私に

横から優しく微笑みながら、

撮り溜めた

あの人の家族や、

職場の友達、

実家の犬、

あの人の大切な写真を

惜しげもなく私に開いてくれた。



あの人の心の奥に

ほんの少しだけ近づいた気がして、

思わずあの人に微笑み返していた。


あの人は、

私と永く付き合えたらって、

そんな風に照れながら言ってくれたんだ。




まだ告白の返事なんてしてなかったけど、

「私のどこが好きなの?」


遠慮がちに尋ねると、

「えっ!?もう聞く!?」


一瞬はにかんだ後、

目線を逸らして真顔になった。


「一緒に居て居心地がいい。

 真面目で一生懸命なところ」



お返しに、

あの人のキレイなとこが好きと告げた私に、

「そんなこと言われたの初めて。

 心がキレイってこと?」

あの人は意外そうに

キョトンとしちゃって

いつも通り可愛く照れてくれた。



「本当は手紙もらう前から気になってたよ。

 教習所のロビー通る時、

 居るかなって見てたし、

 トイレとか行くついでに、

 今日も来てるなって意識してたよ」


真顔のあの人が照れながら真剣だった。




互いの好きなとこを言い合いながら

互いに照れちゃう私達は、

呆れるくらい恋の渦に呑まれていたから、

こんな季節の中で心踊っていたんだ。



「クリスマスパーティー、二人でしたいね」


クリスマスなんて気にも留めてなかったあの人が、

イブを目前にして

ようやくこの季節を満喫していた。



あの人は半分冗談で

私の部屋でパーティーしようって

軽い気持ちで言い出すんだ。


まだ彼氏と二人で暮らす部屋だったから

そんなこと出来る訳もないのが、

身勝手にたまらなく切なかった。




私はなぜか

あんなにあの人と過ごしたかった

イブの日を敢えて避け、

その前日にあの人と約束を交わした。



クリスマスイブの日は

結局何の予定も入れていないから、

必然的に彼氏と暮らす部屋に

ただ帰っていくだけなのだろう。


その翌日だって、

今となっては何の意味も持たない

彼氏とのプロポーズ記念の約束さえ、

律儀にも守る気でいたんだ。




メールでは

「ぎゅっと暖めてあげたい」

とか書いてくるくせに、

実際逢うと最後まで紳士的な人。


「メールでは色々書けるけど、

 逢うとなんか恥ずかしくて」

照れながら言うんだ。




暖めてあげると言ってくれたその言葉に

期待し過ぎて

どうしようもない私は、

送ってもらった車を降りる直前に思わず、

パーキングの位置に入れた

シフトレバーを握っているあの人の左手に

私の右手を軽く重ねた。


「手くらい暖めてください」


小さな声であの人の横顔を見ると、

一瞬びっくりしたあの人の表情が

たちまち笑顔に変わっていった。




あの人の前では

無邪気な恋の始まりを

堪能しているように見えたって、

部屋に戻ってしまえば

以前と何ら変わることなく

そこには彼氏が居るんだ。


夜が訪れれば

当たり前のように

使い慣れたベッドに枕を並べた。



このベッドの上で

一つの布団を分け合いながらも、

一方通行の愛だけがそこに残っていた。




彼氏との身体の関係を絶つことだけで、

あの人への恋の忠誠と誠実を

必死に守りぬいていたんだ。



夜中時折うなだれながら

布団の下で

私の手を握りしめる彼氏の手を

振り払うことなんて出来ずに、

虚しい繋がりだけがベッドに残った。




あの人との恋の始まりは

こんな嘘だらけの泥沼に

どっぷり浸かってしまっていたんだ。



もしかしたら、

これ以上踏み込んではいけない、

たとえそう思っていたとしても、

「握った手がすごく温かかったよ」


メールで告げた私に、

「俺は以外に手が小さいなって思ったよ」


返信してくれたあの人の

温かく少し厚い手の感触だけが、

今の私に残る真実になっていた。

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