第16話 抑制と独占

夜しか逢えないあの人と

朝から一日中逢える日は、

澄みきった晴天で、

寒さが厳しい冬の早朝なのに

私の身体はポカポカしていた。


早起きしたのに

ちっとも眠くなんかなくって、

ショートパンツと

ショートブーツを履いて、

出掛ける直前に

黒いショートコートを

真っ白なニットパーカーに変えた。




朝日に照らされてやって来た

あの人の黒くがっちりした車は、

夜見るよりもなんだか柔らかく優しかった。



県をまたいで南東に進むから、

助手席に座っている私の頬には

昇り始めた太陽が眩しく照らし、

すでにほんのり紅く染まっている素肌を

さらに紅くした。


車内に流れるあの人が好きな歌は、

このキラキラと眩しい朝の記憶とともに

今でも耳に残っている。




ディズニーシーには

今まで電車でしか行ったことがなくって、

「東京湾を渡る橋を電車でくぐると、

 辺り一面に拓ける夢の国の景色がたまらなく好き」


そう言う私に、

「車から見える景色も格別だから見せてあげたい」

そんな風に

目を輝かせて言ってくれた人。




車を降りると夢の国が広がっていて、

入口から踏み出す私達には、

ぎこちない距離感と

二人の間に残る僅かな隙間が

妙にしっくりしていた。


夢と魔法に包まれたこの時は、

照れ屋なあの人が無邪気にはしゃいでいた。


隣同士で乗った時、

軽くくっついた肩を

そのまま離さないでいてくれた人。


長い待ち時間に

私のお腹を何度も触る人。


後ろに並ぶ私の方に

わざと倒れてもたれかかろうとする人。


乗り物から降りた後、

よろけた私の腰に優しく腕を添えてくれた人




こんなにも一緒に居るのに

どこか抜けてるあの人だったから、

退屈してる暇なんてなかった。


ハチミツ味のリップクリームを

何度も何度も塗り直す人。


私の電話番号は登録してるくせに、

私には自分の番号を教えていないことに

今になって気づいた人。


あの人が買ったチュロスを

私にもかじらせてくれた人。


その後私が買った

少しぬるくなったミルクティーを

ためらわず一口飲んでくれた人。




冬の太陽はあっという間に眠ってしまうから、

クリスマスを控えた色とりどりのネオンが灯り始めると

あたり一面星の世界になった。


辺りに静けさが戻ると、

キラキラしたこの夜に誘われて、

この胸いっぱいに溢れる何かが

抑えきれなくなりそうだよ。



近いけど遠い

あの人の心と身体の温もりに触れたくて、

笑顔も振舞いも全部欲しかったけど、

ここは夢の国だから、

一歩外に出てしまったら

きっと抱えきれずにこぼしてしまうね。




最後の乗り物は私に譲ってくれた人。


眠そうな目を一生懸命開いて

帰りも安全運転してくれた人。


疲れてた私の寝顔を見てないようで見てた人。




家の前で私が降りる直前に、

車のダッシュボードから

小さなピンクのラッピング袋を

照れながら渡してくれた人。


初めてもらったあの人からのプレゼントは、

私の大好きなワインレッドと

あの人の大好きな深い青の

二つのシュシュだった。

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