第17話 イブの重圧

クリスマスを間近にひかえたこの季節は、

いつも独特の緊張と不安が入り交じり、

夜の訪れが

より一層切なかったんだ。


あの人への留まることのないこの想いと

まだ微かに残る心のブレーキを押さえたまま、

何日も逢えない日が続いたから、

冬夜の暗闇に押し潰されそうな私は

張り裂けそうなほどにアクセルを踏んでしまう。




いつになってもマイペースなあの人は、

クリスマスなんて気に留めもせず、

何ら変わらない調子で

毎日メールが届くんだ。



暗黙の了解って訳じゃないけど、

恋愛話だけはしない私達だったから、

あの人は

私の好みも

恋人の存在も

過去の経験も

尋ねては来なかった。



私は私で、

知りたいようでまだ知る勇気なんてない

あの人という現実と、

聞かれないことに甘んじ秘匿し続ける

私自身の今を抱えていたんだ。


だから、

あの人にも何一つ聞くことが出来ないまま

この時期を迎えていた。




答えをこんなにも急かしてしまうのは、

この曖昧な関係に疲れた訳じゃなくって、

照れ屋なあの人に物足りなさを覚えた訳じゃなくって、

ただ怖かったんだ。


この迫り来るイブが

何事もなく過ぎ去って行くということは、

つまりそれが

あの人の私に対する

無言の答えになってしまうから。




彼氏からプロポーズされた今年のクリスマスは

何ヵ月も前から

飛びっきりのホテルを予約していた。


素に戻ってしまえば

何事も無かったかのように振る舞う私は、

ホテルのキャンセルなんかしないくせに、

このイブに何を期待するのだろう。




何の汚れもないあの人に

身勝手にも情熱を求めてしまう私は、

こんな矛盾だらけの欲望を

恋の盲目のせいにしていたんだ。




衝動的に「相談がある」なんて、

鈍感なあの人を惑わせてしまったから、

「なんか意味深だね」


呟くあの人に

ただ逢いたくて、

伝えたくて、

どうしようもなくって、

気づいたら

あの人の暮らす街へ向かう電車に揺られていた。


夜の田舎街は

微かなネオンと静けさに包まれていて、

電車のガラスに映る

私の隠れた鼓動だけが

電車の振動に合わせて小刻みに揺れた。


あの人の街もあの人そっくりで、

クリスマスなんか気にも留めていなかった。




車で駅まで迎えに来てくれたあの人は、

ちょうど仕事が休みだったから、

覚悟を決めた私を前にして

なんだかいつもより飾らない

素のままのあの人だったんだ。



車を静かに走らせながら、

ちょっと遠慮がちに、

「せっかく来てくれたんだから」

照れながら家に誘ってくれた人。




この静かな夜を前にして

私は何をしようとしているのだろう。


心はすでに覚悟を決めているはずなのに、

ほんの少しの躊躇が

この胸を駆け回る。




あの人は、

こんな私の儚い不安定さを

なんとなく感じとっていたのかもしれない。



こんな冬の闇夜に

たった独りで住んでいる広い家の玄関を

そっと開けてくれたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る