第14話 逢瀬

教習所で見るあの人しか知らなかったから、

制服を着ていないあの人は

これから少しずつ知っていく

あの人の姿なのだろう。



初めて踏み入れたあの人の車は

教習車より格段に広くって、

ブルーライトに包まれて

甘酸っぱい恋の香りがした。


積もる話もままならないまま

運転席にいるあの人の横顔をチラチラ見ていると、

いつも見慣れた街の景色は

あの人の車のブルーライトに照らされて

キラキラと別世界だ。


あの人の運転は

教習の時と同じように丁寧で、

とてもとても優しかったんだ。




予約した個室は広いから、

まだ掴めないあの人との距離感に

戸惑ってしまうけど、

こんな秋の夜に

男女で来店したのに

お酒も頼まない、

子供みたいな二人だった。


いつも食べるのが早い私の料理が

全然減らないくらいに、

ずっと求めていたあの人を

いっぱい近くに感じていた。



お互いの仕事のこと

車のこと

教習所のこと

まだまだあの人の心の奥には届かないけど、

こんなちっぽけな事さえも

あの人を知っていく喜びになった。


好きなお酒は私と同じ梅酒で、

キノコとサザエが苦手な人。


お酒を飲まない時は

ジンジャーエールを飲んじゃう人。



デパートはすぐに閉店してしまうから

話し足りないまま駐車場に戻ったけど、

酔っぱらってもいないのに

広い駐車場で車を停めた場所が分からなくなっちゃう人。




あの人も

この秋の長夜を名残惜しく感じてくれたのか、

このまま別れるのがなんだかもったいなくって

コンビニの駐車場に車を停めた。


あの人の車は

さらに小さな個室になったから、

戸惑っていたあの人との距離は

ごく自然に縮まっていった。


コンビニで私が買ったポカリスエットを

可愛いって言ってくれた人。


私が勤めている自動車会社の車を

大事に乗ってくれている人。


擦りむいてかさぶたになっている私の膝を

遠慮がちに照れながら触ってくれた人。


私があの時渡した手紙を

嬉しかったと、

言葉に出して言ってくれた人。




この逢瀬には

決まりごとも約束も何一つ無い

不安定で始まったばかりの二人だったけど、

あの人がまた逢いたいと言ってくれること、

私もまた次という日を待ち遠しく願うこと、

今はそれだけできっと良かったんだ。

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