第13話 再開の時

あの人との未来や

肩書だけの関係性が

欲しい訳じゃなくって、

ただあの人と

こうして繋がって居たいんだ。


あの人は肝心なことを

何一つ尋ねることはしないから、

心の中を覗き見ることは出来なかった。




だけど、

恋心は私を少し欲張りにして、

その繋がりは

無言の文字じゃなくって、

かっちりした記号じゃなくって、

柔らかく暖かいあの人の温もりに

逢いたくなってしまった。



あの人も

私とちょっぴり同じ気持ちだったのか、

初めての返信から一週間ちょっと経った日曜の昼、

「良かったら今度ご飯でもどうですか?」


唐突で控えめな

あの人らしいお誘いだった。


この秋空は雲一つ無くて、

黄色い日差しが空高く降り注いでいた。

そんな空の下、

あの人にもらったそのメールを

何度も何度も見返してたんだ。




あの人との約束の日までの毎日は

まるで時間を巻き戻したみたいに、

初デートを待ち焦がれる少女のような

甘酸っぱいワクワクとトキメキに溢れていた。



待ち合わせはどこにしよう

何を話そう

何を食べよう

どんな服を着て、

バッグや靴はどうしよう

晴れるかな

風は強いかな


こんな遥か昔の記憶に眠る

初々しい楽しみをもう一度くれた人。



あの人は

何が食べたいですかって尋ねるけど、

あの人に逢えるなら何を食べても美味しいんだ。

私が選んだお店を一生懸命予約してくれた人。


「僕に遠慮しないで呑んでくださいね」

車で来るあの人はお酒なんて飲めないのに、

私に気を使って事前に言ってくれた人。




再会の日は風が強く

肌寒い秋の夕方だった。


ただでさえせっかちな私は、

この日のために買った真っ白いジャケットと

教習所に通うようになって以来

ほとんど履かなくなったハイヒールを久々に履いて、

二十分も前に到着してしまった。



待ち合わせのコンビニは

教習所の送迎バスのバス停近くだったから、

立ち止まると懐かしい香りがした。


この夜は、

送迎バスでやって来るあの人じゃなくて、

まだ知らないあの人の車を待っていることが

なんだか不思議で

たまらなく嬉しかった。



初めての約束の日に限って

仕事を押し付けられちゃうあの人は、

待っている間に

何度もメールをくれて、

予定より三十分も遅れてしまうのが

なんだかあの人らしかった。




真っ黒い大きな車が橙色のハザードを出し、

私から少し離れて停車した。


運転席から出て来たのは

一ヶ月ぶりに見るあの人で、

あの時と同じ

何一つ変わらないはにかんだ笑顔で

私に向かって歩き出す。


ただ一つ、

最後に焼き付けたあの人の夏服姿が

今ではもうすっかり秋に染まっていた。



いつもは長い秋の夜が

今夜はきっとすごく短いんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る