第8話 恋の夢中

真夏の夕方の西日が橙色に包むから、

私はより一層この恋に夢中になったんだ。


この情熱的で穏やかな空の下、

大好きなあの人を

いっぱい探していた。

この夏の限りある時間を

一瞬たりとも無駄にはしたくなかったんだ。




オートマ車すらろくに運転出来ない私は

マニュアル車なんか動かせるわけもなく、

エンジンはかかっているはずなのに

アクセルを強く踏めば踏むほど空回りしちゃって、

まるで私の恋みたいだ。


発進すら出来ない教習車は、

アクセルを踏む度に

ものすごいエンジン音を

こんな穏やかな夕空に響き散らすから、

教習中は私が探さなくても

あの人が私を見つけてくれた。


だけど、

せっかく見つけてもらえるのなら、

もう少しかっこ良く

ロマンチックに見つけて欲しかった。




たまに教習所のコース上で

あの人の教習車とすれ違うと、

あの人は決まって

ふわっと微笑んで道を譲ってくれた。


教習中の私は確実に笑顔が増えていて、

ただ楽しくって、

ひたすら夢中で、

あの人がそこに居てくれることが全てだった。




限定解除はきっとあっという間に終わってしまうから、

過ぎ去っていく夏を惜しむように、

あと少し、

もう少しだけって、

教習を重ねる度に

確実に乗りこなしていく嬉さと寂しさが胸を覆った。



最終バスは相変わらずあの人の運転で、

バスを降りると

そこは駅前の大通りの交差点だったから、

赤信号は長くって、

歩道に立つ私の前を左折するあの人を

最後まで見送ることが出来たんだ。




マニュアル車ばかり乗っていると

あの人にせっかく教えてもらったオートマ車を

忘れてしまうのがもったいなくって、

情熱的な太陽に促されるまま

突然中古車を買ってしまった。


初めて買った

小さくて

黒くて

可愛らしいその車に、

あの人との思い出がたっぷり詰まった

初心者マークを貼りつけた。



車を買ってしまうと、

やっぱりその車で教習所に通いたくなっちゃって、

彼氏に頼んで

自宅から教習所まで

何度も何度もこっそり運転した。


独りでは出来なかった駐車だって、

何時間も何時間もひたすら練習してたんだ。



何回やっても危なっかしい私を

彼氏は止めたけど、

あの人にもらった初心者マークだったから、

誰かが隣に居たら意味が無かった。



今ではもう

独りで運転なんて出来ないけれど、

そんな私を

教習所へだけは

独りで運転して行けるようにしてくれた人。

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