第6話 恋の計画

相変わらず下手くそな私は、

すでに教習の規定時間を八時間もオーバーしていた。

それなのに、

恋の時間なんてあっという間だったから

卒業の日は確実に近づいていたんだ。


この想いの行く末も

目指すところも無い、

無計画な恋だったけど、

規定時間より八時間だけ余分に多く

想いに浸ることが出来たから

単純な恋の計画が生まれていった。


ただちょっとでも長く

あの人に恋していられる時間が欲しくって、

そんな計画に

結局ゴールなんてあるようでなかった。




幸運なことに

オートマ限定の免許だったし、

なんたって自動車会社に勤めてるんだから

立て続けにマニュアル車の免許を取りに行ったって

何一つおかしいことなんかなかった。


おかしいのは

こんなにも夢中になってしまう私の方。


さらにバイクの免許も取りに行っちゃえば

もっと長くあの人を想うことが出来るのだろう。




この計画を焦って進めてしまうから、

平日の出勤前、

朝一番の教習時間に

張り切って来ちゃって、

あれほどもらえなかった卒業検定の切符を

あっさりもらってしまった。


卒業検定の申込みをしているカウンターを隔て、

あの人が居て、

「やっと卒業検定受けられます!」


とびきりの笑顔で駆け寄りたかったけど、

ちょっぴり距離がありすぎた。




恋の計画に従うと、

卒業してもまたすぐ教習所に通うつもりだから、

心の準備も

お別れの準備も

何もしないまま

卒業検定の土曜日を迎えた。


あの人には教習中に何回か

限定解除に来ることは伝えてあったけど、

覚えてくれているかなんて分からなかったから、

挨拶しようか

どうしようか

ぐるぐる堂々巡りになっているうちに

検定を終えていた。



卒業検定の日は太陽が眩しくて、

待ち時間をもて余した私は

あの人の姿を目に焼き付けようと、

ずっとずっとガラス越しに

教習コースを見つめていた。


こんなにも長く

あの人の教習風景を眺めていたことはなかったから、

まずはカーブの練習

次は縦列駐車

時折路上に行ったり、

遠慮することなく眺める私の瞳に、

真夏の仕事姿を思いっきり焼きつけてくれた。



八時間オーバーした甲斐あって

一発で検定を合格してしまった私は、

あの人に話し掛けることなく

発車時刻の迫る送迎バスに向かった。


ちょうど教習コースに出ると、

最後の最後にあの人が居た。


あの人も太陽が眩しかったのか、

この卒業の日を照らす西日を背に

いつも以上にその瞳を逸らさない。


こんな最後の最後まで、

真夏に輝くあの人の仕事姿を残してくれたんだ。




本当は人目なんて気にしないで

教習コースを横切って駆け寄って行きたかった。


送迎バスまで歩いて行く

たった数メートルの間に、

私は何度も何度も後ろを振り返り、

私をずっと見つめているあの人の

その制服姿を心に焼き付けたんだ。

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