第2話 異世界
あなたは目覚めると、見覚えのない建物にいた。床は1メートル四方の大理石のパネルで作られ、周囲には見慣れない格好をした男女が大勢行き来している。あなたの目の前には、前髪を伸ばし目線を隠した、中肉中背の少年が、灰色の司祭服を着て立っていた。その少年は、あなたが後ろに引くと同時に遠ざかり、右手を上げれば左手を上げ、変顔をすれば変顔を返してくる。数秒固まっていたが、あなたは気づいた、これは鏡に映った自分だということに。周囲から噴き出すような笑い声が聞こえる、珍妙な猿のごとき動きをしていたあなたをたまたま見ていた幼い少年少女が笑っていたのだ。あなたは不器用な愛想笑いを浮かべると、そそくさとその建物から立ち去った。
「なんなんだ一体、気を失ったと思ったら知らない場所にいて、姿まで変わってしまっている。これじゃまるで、異世界転生物の小説みたいじゃ……」
そこまで呟いて、あなたは言葉を失ってしまった。見上げた空にはワイバーンのような飛行生物にまたがった人間、道路を走るのは見覚えのない車種の変わった車。道行く人々の中には耳の尖ったエルフもいれば、明らかに身長の低いドワーフと見まごうばかりのひげ親父、頭自体が明らかに人間じゃない化物まで混じっている。きわめつけは、自分が今しがた出てきた建物だ、そこには確かに日本語で探索者協会東京ダンジョン支部と書かれていたのだ。これはもう確定的に明らかだ、あなたは異世界もしくは並行世界の日本に来てしまったのだ。
「やっふー!借金もチャラ、人間関係もチャラ、異世界転生は最高だっぜ!」
あなたはぶっちゃけ調子に乗っていた、異世界に転生したという摩訶不思議現象で脳みそが若干バグっていたのかもしれない。もしくは、ブラックな職場の呪縛から解放されて最高にハイってやつだな状態になっていた。あなたは、ここが何処で、自分が誰かの確認もせずにとりあえずダンジョンがあるんだからモンスター退治だぜとばかりに、今出たばかりの建物に戻ると、受付と書かれた場所にできている列に並んだ、もちろん冒険者もしくはそれに類するものに登録するためだ。
「次の方どうぞにゃー」
「はい!」
受付の人は猫耳の女性だった。制服と思わしきチェックの服を着た、茶色の耳がかわいらしい小柄な女性。女性は対面のあなたを確認すると、若干びっくりした様子で声をかけてくる。
「にゃ?今日はどういった御用ですかにゃ?」
「ダンジョンに潜るために来ました。」
「にゃにゃ?だんじょんですかにゃ?登録証をなくされたんですかにゃ?」
「いえ、もってないんです」
「にゃ?いまどきめずらしいですにゃ、わかりましたにゃ。ではこれで指を挟んでくださいですにゃ」
女性はそう言うと、何やらコードがついた洗濯バサミに似たものを渡してきた。とりあえず、人差し指をそれで挟むあなた。しばらくするとピーという音と共に、隣のディスプレイに情報が表示される。
※
経験 0
名前 ヒカル
性別 ♂
年齢 16
誕生 7月7日
職業 プリースト
技巧 魔力操作 D
魔法 回復術 D
耐久 E
腕力 E
俊敏 E
知恵 E
器用 E
魔力 D
※
「これがあなたの現在のステータスですにゃ。これをもとに探索者カードをお作りしますが間違いはないですかにゃ?」
「はい、だいじょうぶです!」
この時あなたは気付いた、これさっきまでやろうとしていたゲームのキャラクターじゃねえかと。そういえばさっき確認した外見もどことなくキャラメイクで適当に作ったものに似ていたような気がした。つまり、あなたは何の因果か、自分の作ったゲームのキャラクターに憑依して異世界もしくはゲームの中に来ていたのだ。こんなことなら、もう少し気合を入れてキャラクターを作るべきだったなと思いつつ、職員の説明を聞くあなた。
「では、カードができる間、探索のルールについて説明させてもらいますにゃ。まず一つ、ダンジョン探索は6人パーティ推奨ですにゃ、これは7人以上になるとパーティを組んでいても経験値が入らなくなるからですにゃ。次に、ダンジョンで採取したものは換金窓口で換金してもらうことを推奨してますにゃ。窓口で換金してもらえば、税金の分をこちらで差し引きするので、あとから面倒なことにならなくてすみますにゃ。あと、ダンジョンで死ぬと本当に死んでしまいますにゃ、ときどき俺は選ばれた勇者だとか、ゲーム乙とかいって死ぬ馬鹿者がいるんですにゃ。最後に、カードは紛失すると再発行に手数料を1万円いただいてますにゃ。こんなところですかにゃ、何か質問はありますかにゃ?」
「いいえ、大丈夫です」
正直言って解らないことだらけだったが、所詮はゲーム世界、何とかなるだろうとあなたは舐めてかかっていた、舐めまくっていた。料理だったら皿までなめる勢いである。
「では、こちらが探索者カードですにゃ。ランクは最初のDからになりますにゃ。くれぐれも最初は無理をしないようにですにゃ。解らないことがあったら、カードをタップして情報検索してくださいにゃ」
「ありがとうございます」
そう言って、さっそくダンジョンに特攻をかまそうとする馬鹿なあなたを、受付の女性は呼び止める。
「ちょっとまつにゃ。これはおせっかいかもしれないにゃ、でも早めに転職をお勧めするにゃ」
「?はい、わかりました」
「では、よい探索をにゃ」
それだけ言うと、あなたは受付を離れルンルン気分で、さっそくダンジョン入口へと赴く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます