第2話 同級生と故事成句

「智将の逆上がり」

「燐光に垢」

「か・・・か・・・仮免許のドリフト」

「何言ってんだお前ら」

 朝、玄関を開けると、類と同級生の女の子が立って、なにやら意味不明なことを言い合っていた。

「何って、故事成句しりとり」

 故事成句だけでしりとりをしようという、無謀な考えは良し。だが、先ほどの会話の中に、聞き覚えのないものしかなかったのは気のせいだろうか。三つの内二つは俺が知らないだけならまだしも、仮免許のドリフトはありえないだろう。

「千鶴は久々だな」

「うん、朝からの登校は久々だー」

 彼女の名はたちばな 千鶴ちづる。やや短めの黒髪とメガネ。ついつい目がいってしまうほどの大きい胸が特徴だ。見た目こそ優等生であるが、よく寝坊で遅刻してくる。テストも1マスずれて答えて赤点を取ったりと、色々とポンコツなのだ。

「それで、智将の逆上がりと、燐光に垢ってどういう意味なんだ?」

「知らないよ。さっき考えたんだもん」

 開き直った類を見て、千鶴も笑みをこぼす。

「あ、類も?仮免許のドリフトはおかしいと思ったんだー!」

 どうやら、出鱈目な故事成句だけでしりとりをしていたようだ。それっぽいことを言っておけば大丈夫だとでも思ったのだろうか。

 そもそも故事成句とは、昔にあった事柄を語源とする慣用句の事だ。実際真顔でそれっぽい故事成句を使われたら、意味がわからなくても納得してしまうかもしれない。

「じゃあ、これらに意味をつけてこう」

 学校につくまでの話題なら、これで事足りそうだ。学校まで家から15分程度。今日もくだらない話を始めよう。

「智将の逆上がりからかな?」

 類がメモ帳とペンを取り出す。どうやら自分達でつけた意味をメモっておこうということらしい。千鶴も面白がって、色々と考え始める。

「智将が逆上がりするとどうなるのー?」

「体力がなくて出来なかったり・・・あ、そうだ。【人にやらせるのは得意だけど、自分でやるのは苦手】っていうのはどうかな」

 智将もずいぶんと酷い扱いをされたもんだ。逆上がりが出来なかった様子から、それを連想されるっていうのなら、それはそれで可哀想である。仮にそれが実在する故事だとしたら、その智将は相当嫌われていたんだろう。

「じゃあ燐光に垢はー?」

「光を発してる物質に垢がついてるとかかな。そっから連想するなら、【綺麗なものを前に、汚いものは良く目立つ】とか?」

「アハ、それ面白いねー」

 よくもまあ、そんな発想が出てくるものだ。やっている事自体がくだらないのが残念だが。

 学校も近くなってくると、周りに登校する生徒が多くなってくる。周りの目も気にせず、彼女らは話を続ける。

「仮免許のドリフトはー?」

「待て待て、流石にそれに意味はつけられないだろ」

「何言ってるのさ友くん。仮免許のドリフトなら、【出来もしないことを、憧れだけで挑戦する様】がぴったりだと思うんだよね」

 ちょうど学校に着いた辺りで、類が得意げにペンを振る。

 今日の話題であったオリジナル故事成句は、きっとこの先使われることはないだろう。十五分の暇潰し。それだけの存在なのだ。

 類とは違うクラスなので、教室の前で別れる。「また放課後ね」と、類が手を振り、隣のクラスへと去っていった。

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