類が友を呼ぶ!

ありすえしーらえくすとら

第1話 幼馴染とジャイアニズム


 朝起きて、ふと思い出したのは幼馴染の女の子のことだった。

 幼馴染の名は十朱 類とあけ るい。何も好きだから思い出したわけではない。別に死んだから思い出として蘇ったわけでもない。昨晩深夜三時も回った所でかかってきた電話のせいである。内容はとても不明瞭で、そして難解。電話の音で叩き起こされた俺にとって、理解は不能だという事で電話を打ち切った。

 そして今朝、昨日の言葉を思い出して、類のことを思い出すに至った。

「何が『ジャイアニズムについて大変なことに気づいた』だ・・・」

 顔を洗って、鏡を見ながら独り言ちた。まったくもって意味不明である。国民的アニメの登場人物に、一体何を気づかされてしまったのか。

 向かいの家に住む彼女は、突拍子もないことを言い出す。生まれてから十七年間、ずっと幼馴染をしてきたが、度々こういう事がある。この前は「アルミ缶の上にあるみかんがどういう状況なのか」という事を考えてきていた。きっとあいつは頭がおかしいんだろう。


 学校までは歩いて十五分程度なので、彼女とは一緒に登校することが多い。その時にそういう話を突拍子もなくしだす。おそらくは今日も話される。十五分程度の内容でまとまっていることを願おう。


「おはよう」

「おはようございますともくん。さっそくですが、ジャイアニズムについて語らせてもらっていいですか!」

 家の前で待っていた類の開口一番がこれだ。この先学校に着くまでにこの話が終わっていることを祈りたいものだ。話が終わらなければ、今日の夜にでも電話がかかってきては、話の続きを聞かされることになる。

「よかろう。話してみせよ」

「まぁ、嫌だと言っても話すんですけどね」

 学校へと向かう道のり。約十五分の暇を潰すにはちょうどいいかもしれない。

「その前に、ジャイアニズムのことはご存知かい?」

 ジャイアニズム。「おまえのものはおれのもの。おれのものはおれのもの」という言葉に基づき、根拠なく他者の所有権が自分にあるという暴力的な思想だ。専門的な知識はないし、そもそもジョークの一種であるこの思想に専門もクソもあるとは思えないが。

「ああ、大丈夫だ」

「今回は『お前の物は俺の物。俺の物も俺の物』という言葉で引っかかった部分について、語らせてもらいましょう」

 と、偉そうに指を振って見せた。

「ではこの【お前の物】と【俺の物】の関係性なんだけど、【お前の物】=【俺の物】。【俺の物】=【俺の物】になるわけです」

 メモ帳を取り出すと、そこにボールペンで素早く書いていく。どうやらわかりやすくするために、数式のように書いて見せてくれるようだ。ここまで引っかかりそうな点はない。

「しかしですよ!【俺の物】≠【お前の物】になると私は思うんです。一方的なノットイコール!」

 そりゃそうだ。ジャイアニズムは暴力的な思想。助け合いの精神で成り立っているのであれば、「おまえのものはおれのもの。おれのものはきみのものだ」とでも言い出すだろう。

「つまり、【お前】であるのび・・・のぴ太くんは」

 伏せたのか。お前それで伏せたつもりなのか?濁点を半濁点に変えただけだぞ。ああ、いや、濁点を伏せたのな。

「のぴ太くんは物を持つ権利がない。いや、物の所有権がないことに昨日気づいてしまったんだ!」

 効果音でもなりそうな驚愕の表情と共に、「ここ大事な所だから」と言いたげな視線をこちらに向けてくる。

 それを言われて、こちらも「ナ、ナンダッテー!?」と返すわけがない。言葉足らず。説明不足である。そこに至る経緯を省きすぎて、どうしてそうなっているのかがわからない。

 のぴ太くんは虐げられていようとも人間であり、五体満足に描かれている。物の所有権がないというのは、どういった了見なのだろうか。

「フフフ、驚愕のあまりにリアクションを取ることさえできないか。『な、なんだってー!?』と叫んでもらっても構わないんだよ、こっちは」

 自信たっぷりのご様子だ。彼女は今の説明で、全てを悟ってほしかったのか。あるいは、俺にリアクションを求めていたのだろうか。いつも話してて、俺がリアクションを取らないことはわかっているくせに。

「ではでは、詳しい説明をして進ぜよう」

 メモ帳にまたも熱中して書き始める。歩きながらメモ帳に集中するというのも、なかなか危ない真似をする。よい子は真似しないでね。

 メモ帳に書き終わったのか、内容を俺に突きつけてきた。

「なんだこれ」

 そこには、【のぴ太くん=A】、【ジャ○アン=B】と書いてあった。

「これは仮に【のぴ太くんの物】を【A】として、【ジャイ○ンの物】を【B】とした図だよ。先ほども言ったように【A=B】として【B=B】。ただし、【B≠A】という感じなわけさ」

 それは先ほどの説明でもわかっている。あと伏せるなら同じ場所を伏せろ。

「ということは、【A】が【B】であり、【B】が【A】でない以上、【A】が存在する時間というのは、ないわけだ。【A】になった瞬間には【B】になっており、【B】が【A】ではない以上、【A】である時間は限りなく0に近い。あるいは0であり、存在しない」

「なるほど。じゃあお前は、ジャ○アンの言いたいことは矛盾していると言いたいんだな。仕方ないだろう、彼はまだ小学生なのだから」

 結論としては単純だ。類が言う式では「おまえのもの」が存在しない以上、言葉として矛盾している、ということだ。ただ、その言葉が成立していない以上、言葉自体を撤回するなら、結局「おまえのもの」は生まれるパラドックスとでも言いたいのだろうか。

 学校まであと数分。暇潰しとしてはよかったのかもしれないと思い、一人納得した。

「そうなんだよ。だけど私の言いたいことは違う。違うんだよ」

 どうやら、この幼馴染の言いたい部分はそこではないようだ。

「私が言いたいのは、【A】がどのタイミングで【B】になるかという事」

 類の言うそれは、先ほど自分で説明済みのはずだ。【A】が【B】であり、【B】が【A】でないのであれば、【A】が【A】である時間は限りなく0に近い。あるいは0だ、と。

「・・・私はこの答えを得ている」

 類はその場で立ち止まり、目を瞑る。昨日の夜中三時に電話をかけてきたほどの答えを、彼女は得ていた。というか、午前三時まで何を考えてるんだこいつは。




「答えは、ジャ○アンが【おまえのもの】を見つけた瞬間だよ・・・!」



 おそらく、世界で一番くだらない時間を過ごしてしまった。

 彼女が午前三時まで考えてついた結論であれば、きっと正解だ。間違いだったとしても、俺にそれを追及する元気もなければ、学校が目前であるこの状況では時間もない。

「なるほど、実に素晴らしい答えだ。ところで、そろそろ遅刻しちゃうから急ごう」

「うん!」

 元気よく、類は歩きだした。

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