十日目:救出部隊は壊滅する
「リネット王女、ご機嫌麗しゅう」
夢の中へ姿を現したアガレスに、わたしは無言で飛びつこうとした。
しかしわたしの身体は奴の身体をすり抜けてしまう。魔族が人間に危害を与えられないように、人間も夢の中では無力である。
それでも、今日の怒りと悲しみは誰かにぶつけずにいられなかった。
今日、目の前でたくさんの人が命を落とした。
わたしを救うために編成された部隊。この洞窟へ突入し、わたしの目の前まで迫りながら、彼らは壊滅した。わたしの牢番として配置されていたブラックドラゴンの炎と角と爪と牙と尾によって。
自称魔王はすでにこの洞窟を離れ、わたしに三度の食事を運ぶとき以外は別の地に築いた居城に引きこもっている。そこで配下にするモンスターの生産に取りかかっているらしいが、そんな奴が最初に作り出した強力なモンスターが、このブラックドラゴンだった。
牛や馬の十倍はある巨大な全身を漆黒の鱗で覆われ、腐臭漂わす息を吐き散らし、周囲を動き回る生き物を見境なく食い漁り、長すぎる尾を引きずりながら四つ足で無様に這い回る、おぞましくて醜くて、知性のかけらも見当たらない魔物。
だがその鱗と角は鍛錬を積んだ兵士の剣を弾き返し、肺腑に秘めた炎は敵対するものを簡単に焼き殺し、魔物の甲羅とて噛み砕く牙は鍛造した鎧など意に介さず、四肢と尾はすべてが石柱のような威力で殺到する兵士を砕いた。しかも造物主の命令には極めて忠実で、わたしのいる牢内には炎の一息すら吹き込まない。
そんな黒い竜は、王国軍の精鋭で構成された部隊を蹂躙した。最後に煙幕を張って戦線離脱を図った者たちがいたので、何人かは逃げおおせたかもしれない。
でも。
「彼は……」
思いが唇からこぼれ出てしまう。
しかしわたしの怒りにも悲しみにも表情を乱さず、アガレスは微笑みかけてきた。
「ロビンのことですね」
「!」
「以前にお話ししました通り、トム・ブラウンには年若い従兄弟がいます。剣の腕により近衛兵に取り立てられたその者の名はロビン。姫を救出する部隊に彼が含まれていれば、トムが彼に対する恨みを晴らさんとブラックドラゴンを特別にけしかけたのも、これを知っているなら驚くことではありません」
「お前は最初からそれを知っていたのか!」
ブラックドラゴンにとりわけ徹底的に嬲られたロビン。にも関わらず、何度も何度も立ち上がり、鉄格子の向こうのわたしを見つめ、一途に突き進んできたロビン。
あれは、魔王によって事前に指示されていた黒竜が手加減した結果なのかもしれない。しかし同時に、ロビンが誠実に務めを果たそうとしたからでもあるだろう。そうでなければもっと早く後退して逃げることだってできたのに。
「トムとロビンの関係については。しかし王女のロビンへの恋心ばかりは存じ上げませんでした」
「! こ、恋などではない!」
「そうですか。ではそういうことで」
わたしの言葉を否定もせず、アガレスは再度微笑んだ。
「今宵は心の準備をしていただこうと、敢えて来訪した次第。明日、貴女はこれまで以上に悲惨な目に遭いますので」
「……今日以上に悲惨なことなど、あるものか」
「それはいささか想像力が欠如しておりますね。お忘れなきよう。わたくしは貴女を破滅させるため、貴女の尊厳を破壊するために働いているのでございますから」
アガレスは優雅に一礼して消え失せた。
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