ハートウォールブレイカー

 目を覚ましたときぼくは土の中にいた。

 そこはとてもあたたかくしっとり湿っていて、まるでお母さんのお腹の中みたいで、ぼくはずっとそこで眠っていたかったのだけど、はやく起きなさいとぼくを呼ぶ声がするのでしかたなく土から這い出すことにした。


 ぼくを呼んでいたのはネクロさんだった。

「起こしちゃってごめんね」とネクロさんは言った。「どうしてもきみにやってもらいたい仕事があるの」

――仕事ですか?

 そう言おうとして、ぼくは声を出せないことに気づいた。ぼくにはもう声を震わすのども舌もなかった。それどころか、全身の肉が失われてしまっていたのだ。

「もう声を出すことはできないわ、今のきみには骨しか残ってないから。でも、わたしには言いたいことがわかるから大丈夫。仕事のことよね」

 ネクロさんは足元に置いてあった木箱をごそごそ探ると、黒光りするまん丸い玉を取り出し、それをぼくへ差し出しながらこう言った。

「はい。この爆弾であの壁を壊してきてちょうだい」


 ぼくの仕事はいたって単純だった。爆弾を持って走る。壁の前に爆弾を置く。爆弾もろとも吹っ飛ぶ。とても簡単な仕事なので、ぼくはすぐにそつなくこなせるようになった。

 吹き飛んだぼくの骨はネクロさんが集めてくれた。戦いが終わったころにネクロさんはひょっこりやってきて、バラバラになったぼくの骨を小指の先まで一本残らず丹念に探しあて、麻袋に放り込んでいく。

 そうして持ち帰ったぼくの骨をひとところにまとめ、トカゲの黒焼きやらガマの油やらで作った特製の秘薬を振りかけてネクロさんが呪文をむにゃむにゃ唱えると、ぼくは再び動けるようになるのだった。

「お墓に埋まってる他の人の骨を新しく使ったほうが、集める手間はかからないんだけど。きみはなかなか見込みがありそうだから、特別にね」

 ネクロさんはぼくをラボへも連れて行ってくれた。ここで勉強すればレベルが上がるのだそうだ。

「きみはいいウォールブレイカーになれると思うよ」

 そう言って微笑むネクロさんは、なぜだかどことなく寂しそうだったのだけど、そのときのぼくには理由がわからなかった。


 ひとたび戦いが起きれば仕事に駆りだされたけれど、そうでないときは特にやることもないので、ぼくはおおむねのんびり暮らしていた。

 一方のネクロさんはいつも忙しそうにしていた。ぼくみたいなウォールブレイカー以外にも、エアバルーンやスケルトントラップを作ったり、秘薬を調合したり、普段からいろいろとやっておくことがあるようだった。夜遅くまで家に帰らないことが多かった。

 でも、どれだけ帰りが遅くなっても、ぼくはネクロさんと一緒に食卓につくようにしていた。もちろん、ぼくはもうごはんを食べられないので、文字どおり座っているだけだったのだけど。


「いつも待っていてくれてありがとう」

 ネクロさんは村人娘さんのお店で買った惣菜をさかなに、ぶどう酒を飲むのが日課だった。

「誰かと一緒の食事って素敵」

――ぼくが食事の準備なんかもできればいいんですけど。

「そんなこと考えなくていいんだよ。生前の記憶がないから覚えてないだろうけど、きみは生きているうちにたくさん働いたんだから。今の壁開けの仕事だって本当なら余計なくらい。骨になってまで働かなくちゃならないなんてね。こうやって、一緒にいてくれるだけで十分」

 声を出せないぼくに向かって、ネクロさんはそんなふうに話しかける。

 誰かに見られたら独り言だと勘違いされてしまうから、ネクロさんがぼくと会話をするのはこの食卓だけだ。


 そうやって言葉を交わし、ぶどう酒をちびちびやっているうちに、ネクロさんはうつらうつらと船を漕ぎはじめる。そしてテーブルに突っ伏して眠ってしまう。

 ぼくはネクロさんが風邪を引かないよう毛布をかける。

 できればベッドへ運んであげたいところだけど、骨だけの身体ではそれもままならない。

――重くて骨がバラバラになっちゃいますから。

 以前に一度そう伝えたら、ネクロさんは見たこともないくらいぷりぷりと怒ってしまった。

「きみのそういうデリカシーのないところ、ちっとも変わってないね」

 そう言ってからネクロさんは「しまった」という顔をして、それきり黙りこんだ。

 あれはどういう意味だったのだろう?


 ある日、取り立ててやることのないぼくは、ぶらぶらと街を散策していた。

 骨がうろつくのはこの街じゃ日常茶飯事だから、特にいぶかしまれることもない。

 ただの骨になったぼくが散歩を楽しめるのも、ネクロさんが一生懸命頑張って、役に立つ骨たちをいっぱい作ってくれているからなんだろうな……そんなことを考えていたとき、ふと花屋で売られている花が目に止まった。

 それは小さな鉢植えだった。

 澄んだ紫色をした、控えめながらも凛としたたたずまいの花で、どことなくネクロさんを思い起こさせるところがあった。

――ネクロさんにあげたら喜ぶかな。

 そう思ったぼくは、その花を買うことにした。骨だからごく少額だけど、戦場に出た給金は一応もらっているので、小遣い程度なら持っている。身振り手振りでぼくはその花がほしいことを店主に伝えた。


「やれやれ、骨が買い物とはね。もう慣れたもんだが、よく考えりゃ気味が悪いな」

 店主は花を包みながら隣の客に話しかけていた。

 ぼくらが声を出せないこともあって、言葉を理解できないと勘違いしている人も多いのだ。店主たちもそうなのだろう。よくあることなのでぼくは気にせずにいた。

「この村に骨があふれるようになったのも、あの子がネクロマンサーになってからだよなあ」

「ええ、前は明るい子だったのに、まさか死霊使しりょうつかいになっちゃうなんてねえ」

「村のためによくやってくれてるのはわかるんだが……」


 相変わらず会話を続ける店主からぼくは鉢植えを受け取った。

 そのとき、ちょっとしたアイデアをひらめいた。

 この花をネクロさんへのサプライズプレゼントにするのだ。

 このまま手に持っていたら見られてしまうから隠していこう。幸い、ぼくの身体はスカスカの穴だらけだから、収納場所ならふんだんにある。特に頭蓋骨の中なんかは、小さな鉢植えくらいならすっぽり隠せるのだ。

 おもむろに鉢植えを口の中へ突っ込んだぼくを見て、店主と客はぎょっとした表情を浮かべていた。

「この骨、なにやってんだろうね」

「骨の考えることなんて知らねえよ」

 そして店主はぼくを見下ろしながら、こんなことを言い出した。

「そういやこの骨、あの子といい仲だった男の骨なんだってな」

 ……なんだって? 今、店主はなんて言った?

 混乱するぼくをよそに、店主と客は話し続けた。

「そんな噂を聞いたことがあるよ。前の大きないくさで死んだ恋人だとか」

「そいつを忘れられなくて蘇らせた……つっても、骨しか作れねえんじゃなあ」

 店主はしゃがんで、ぼくの目を覗き込んだ。いや、今はもうそこに目はなく、黒く空いた穴ぼこでしかない。もしそこにまだ目があったなら、店主はぼくの動揺に気づいただろう。だけど店主にとってぼくはただの骨だ。だから店主は遠慮なく言い放つことができる。

「お前さんも災難だよな。あの世でゆっくり寝ていられたものを、むりやり叩き起こされるなんてな。俺だったら自分の運命を呪っちまうよ」


 ぼくはその日、ネクロさんの家へは帰らなかった。

 明くる日も。

 その次も。


 そうこうしているうちに仕事の召集がかかった。また戦いがあるのだ。

 ぼくは召集に応じてキャンプへ赴いた。

 仕事だからとか、義務感でそうしたわけじゃない。

 ただ、終わりにしたかったのだ。

 ぼくが家に帰らなかったことで、ネクロさんはなにか気づいたはずだ。

 今度爆弾で吹き飛べば、ネクロさんはもうぼくを元どおりにはしないだろう。

 それでいい。

 覚えてもいない過去に振り回されるのはたくさんだ。

 だって、ネクロさんが見ていたのは骨のぼくじゃなくて、血と肉を持った昔のぼくだったのだから。


 爆弾を持って出撃したぼくは、いつもどおりに吹き飛んだ。


 ぼくは夢を見ている。

 夢の中で彼女が笑っている。

 ぼくと彼女の手にはぶどう酒のグラスが握られている。

 二人が座る食卓には小ぶりな紫色の花の鉢植えが置かれている。

 そこで景色が一転する。

 今度は彼女が泣いている。

 血まみれで倒れたぼくを抱いて彼女が泣いている。

 ぼくは言う。ぼくのことは忘れて幸せになれと。

 彼女は言う。絶対にいやだと。

 すべてと引き替えにしても、きみを取り戻してみせると。

 そしてぼくはまた目覚める。


 目を覚ますと、そばにはネクロさんがいた。

――どうして、またぼくを起こしたんですか?

「……思い出したの?」

 ネクロさんはぼくの問いには答えず、逆にこう聞いてきた。

――わかりません。思い出したのかもしれません。でも、自分の記憶じゃないみたいなんです。借り物みたいに感じられて。

「そう。それなら無理に思い出すことはないかもね」

――ネクロさんは思い出してほしいんじゃないんですか? 昔のぼくに会いたいんでしょう?

「きみはきみだよ。きみは変わらない。それがよくわかったから、今のきみのままでいいの」

 ネクロさんはそう言うと、ぼくの口の中へゆっくりと手を突っ込んで、そこからあるものを取り出した。

 その手の平には紫色の小さな花びらがあった。


 かつて鉢植えだったそれは、日にちがたってすっかりしおれてしまった上に、爆発に巻き込まれてまったく元の姿をとどめていなかったのだけど、一枚の花びらだけがぼくの頭蓋骨の中に運良く残っていたらしい。

 その花びらを愛おしそうに見つめながら、ネクロさんは静かに言葉を紡いだ。

「わたしの好きだった花。たとえきみは覚えていなくても、こうしてこの花を選んでくれる。だから、やっぱりきみはきみなんだよ。今も昔も、骨だけになっても、わたしはきみが好き」

――骨だけになっても?

「そう。骨だけになっても」

――もう土に還りたいと言ったら?

「絶対にいや。また取り戻してみせる」

 夢で見た口調そのままに、ネクロさんはきっぱりと言い切った。

――ずいぶんわがままなんだね。

「わがままで傲慢。神のことわりにも逆らう死霊使い。それがネクロマンサーだもの」

 それからネクロさんはふんわりと笑って、こう言った。

「きみの言葉づかいが変わってるの、気づいてる? ですますじゃなくなってる。それはね、わたしがきみの心の壁に穴を開けたんだよ」

 言われてみれば、自分でも意識しないうちにいつの間にか変わっていた。

――記憶が戻ってきてるのかな。

「さあね。もうどっちでもいいよそんなこと。きみがいてくれるならどっちでも」

――ほんとうにずいぶんと……

「わがままでしょ?」

 そう言って笑うネクロさんにつられて、ぼくも笑ってしまう。

――まったく、壁に穴を開けるのはぼくの仕事なんだけどな。

「爆弾じゃ心の壁は開けられないの。心の壁に穴を開けるのは、愛よ」

 そしてネクロさんはあの花みたいに凛として言う。

「わたしはきみが好き。骨まで愛してる」

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