特別講座『知られざるゴブリンの伝説』
――ウィザード教授、上手より登壇。会場からまばらな拍手。
「えー、皆さま、お足元の悪い中お越しいただきありがとうございます。本日の講師を務めさせていただきますウィザードです。このたびはチーフから、ゴブリンについて村人の皆さま向けに講演してほしいとのたっての依頼を受けまして、僭越ながらこの場に立っておる次第です。どうぞよろしくお願いいたします」
――ウィザード教授、軽く頭を下げる。再びまばらな拍手。
「実は私、普段はラボでゴブリン研究を担当しておりまして、これがまあ寝ても覚めてもゴブリンのことを考えておるんですな。ゴブリンの能力、ゴブリンの生活習慣、ゴブリンの好きな食べ物、ゴブリンのこの夏流行のファッション、ゴブリンの秘めた性癖などなど……。そんなことばかり考える日々が30年も続いてしまったものですから、女性とお近づきになる機会に恵まれるはずもなく、今ではすっかり立派な魔法使いとなってしまいました」
――会場から乾いた笑いが起こる。
「さて、自己紹介はこのぐらいにいたしまして、本題であるゴブリンについてお話ししましょう。その前に少しばかり質問なのですが、この会場の中でゴブリンと親しく付き合いがあるという方、いらっしゃいましたら挙手をお願いできますか?」
――ざわつく会場。誰も挙手しない。
「ふむ。それではゴブリンとわずかでも会話をしたことがある方はいかがですかな?」
――会場からほんの数名だけ手が挙がる。
「ありがとうございます。ああ、もう結構です。手を下してください。
本日は200名程度お越しだと聞いていますが、ゴブリンと関わりを持ったことがある方はごく少数しかいらっしゃいませんでした。
このように彼らとはまだまだ隔たりがあるのが現実です。長く続いた敵対関係に終止符を打ち、近年ようやく共存の道を歩み始めたにもかかわらず、相互理解は一向に進んでおりません。その最たる原因は、我々があまりにもゴブリンのことを知らない点にあります。
ですから、私の話を聞いていただいて、ゴブリンのことを知り、ちょっとでも彼らに親近感を持ってもらおうというのが本日の狙いです」
――ウィザード教授、水差しからグラスへ水を注ぎ、一口で飲み干す。
「ゲプゥ。……いや失敬、昨夜はちと深酒しましてな、胸やけがひどいんですわ。まあ脳みそのほうはシャッキリしておりますんでご安心ください。
それはともかく、ゴブリンについてですが、まずよく知られているのは彼らが金銀財宝を好むという習性です。これはさすがに皆さまご存知でしょう。皆さまのゴブリンに対するイメージは、さしずめ村が蓄えたゴールドやエリクサーを根こそぎ奪っていく憎い連中といったところではありませんかな。
しかし彼らがなぜそうした資源を好むのか。それはゴブリンたちが信じている伝説と関わりがあるのです」
――ウィザード教授、再び水を注いで飲み干す。
「ウェップ。さてその伝説とは何かと申しますと……」
――ウィザード教授、タメを作るようにみせかけて実は吐き気をこらえる。
「それはゴブリンに伝わるヒーロー『ゴブリンロード』です!」
――ウィザード教授、ドヤ顔で会場を見渡す。会場は特に反応なし。
「ヌフフ、戸惑われるのも無理はありません。このヒーローはまだゴブリンの伝説に登場するのみで、実在は確認されておりませんからな。皆さまが名前すら知らないのは当然のことです。
ゴブリンの伝説ではこう語られております。『天を衝くまでゴールドを積み上げよ。大海をエリクサーで満たせ。ダークエリクサーで地を染めろ。さすればゴブリンロードは顕現するであろう』
ゴブリンたちが資源狩りを最優先に行うのは、このヒーロー誕生が彼らにとっての悲願であり、もはや存在意義とさえいえるからなのです」
――会場からひそひそとささやきあう声。半信半疑な様子。
「バーバリアンキングもアーチャークイーンもかつては伝説の存在でした。ですが、我々ウィザードによるあくなき研究の末、その実在が確認され、ヒーローを生み出す手法が確立されました。
ゆえにゴブリンロードを否定する理由はありません。火のない所に煙は立たぬと申しまして……まあこの例えが適切かどうかはさておき、古くからの伝説には信ずるに足る何かが多かれ少なかれあるのですな。
しかも先日、ゴブリンロードの存在を裏付ける新発見がありました。スパセル神からの神託のひとつに、ゴブリンロードとおぼしき影があったのです。まだウィザード連中の間でも見解が分かれておるのですが、あれはまず間違いなくゴブリンロードですな。専門家である私が見れば一発でわかります。
そんなわけでして、ゴブリンロードの実在を私は確信しております」
――ウィザード教授、キメ顔でガッツポーズ。会場の戸惑いはさらに大きくなる。
「ゴブリンロードはクランに莫大な富をもたらすとゴブリンの中では伝えられております。その右手で触れたものはゴールドへと、左手で触れたものはエリクサーへと変化する特殊能力を有しており、ゴブリンロードに守られたクランは未来永劫の繁栄が約束されるといいます。
ゴールドとエリクサーだけでなく、身体のとある部位で触れたものはダークエリクサーへと変化させられるらしいのですが、その部位がどこなのかはまだわかっておりません。それだけはゴブリンたちが頑として口を割らんのです。ゴブ子もなにやらやたら恥じらうばかりで教えてくれませんで……ああ、ゴブ子というのは私の研究に協力してくれているゴブリンなんですがな、これが気立てのいい娘でして。笑うとこう、『ゲヘヘ』という感じになるんですがこれがまた愛くるしくて、腰つきもプリッとしてたまらんのですわい。種族の垣根なんぞ馬鹿らしくなるというか……」
――舞台袖から顔を出す係員、大きく手を振り回す。
「おっと、話がそれましたな。とにかくゴブリンロードはクランの繁栄に貢献する存在だということです。その恩恵はゴブリンのみならず、彼らとの共存を選んだ我々にももたらされることでしょう。ゴブリンロードが生まれてゴブリンもハッピー、資源が手に入って人間もハッピー。まさにWin-Winの関係です!」
――ウィザード教授、グラスに注ぐことすらせず水差しから一気飲み。
「プハーッ。あ、係員の方、おかわりをお願いできますかな。2、3本まとめて持ってきてください。
さて、このようにゴブリンと協力することは幸福な未来に繋がるのですから、彼らとうまくやらない手はありません。いつまでも近くて遠い隣人のままではいかんのです。彼らに歩み寄り、寄り添うべきなのです。
しかし急にそんなことを言われても、どうすればいいのか疑問に感じられることでしょう。大丈夫、お任せください。人類とゴブリンの架け橋たる私が身をもって実践して差し上げます。
そのための協力者をこの場に呼びたいと思います。さきほどもご紹介したゴブ子です。ゴブ子や、こっちへいらっしゃい」
――舞台袖からゴブリンの娘、ゴブ子登場。
「おやおや何をそんなにモジモジしとるんだね。……ん? 恥ずかしい? はっはっはっ、ゴブ子はかわいいのう。ほら、皆さんにご挨拶なさい」
――ゴブ子、ぺこりとおじぎする。会場は戸惑いつつぱらぱらと拍手。
「よしよし、よくできました。頭なでなでしてあげようかの……いらんのか。そうか。してほしくなったらいつでも言いなさい。なでくりまわしてあげるからの。いや、そうつれないことを言うでない。さてはツンデレかな。ふむ、そんなことより何をすればいいのかと。ゴブ子には何も伝えとらんかったからのう。ゴブ子はそこで私の話を聞いてくれるだけでよろしい。ちと、そのままお待ち」
――ウィザード教授、ようやく会場へ向き直る。
「皆さま、お待たせしました。人類とゴブリンの共存方法についての実践でしたな。それを今からお見せします。……フゥゥ、ハァァ。柄にもなく緊張しておりますな。んー、ゲホン、ムフン」
――ウィザード教授、おかわりの水差し3本を次々と飲み干す。
「ヌフー。よし、ゴブ子!」
――急に呼ばれてびくりとするゴブ子。
「ゴブ子、私がウィザードを志し、ゴブリンの研究に明け暮れたのはすべてお前に会うためだったのではないかと感じておる。お前に会ったその日から、私はもうお前に首ったけだ。
お前のとがった耳も、ギョロリとした目も、キバの生えた口元もすべてが愛らしい。ていうかエロい。ぶっちゃけいつもエロい目で見ておる。今だから言うが、ゴブリンの体形の調査だからと土下座してスリーサイズを測らせてもらったのも、実は個人的なエロ目的だった。すまん!
だがそれほどまでに私はお前に夢中なのだ。私はしがない貧乏研究者で、ラボの給料だけではやっていけずにタウンホールの売店でバイトしてるような身だが、お前を思う気持ちだけは誰にも負けないと思っておる。絶対に幸せにする。だから結婚してくれ、ゴブ子!」
――ゴブ子、「金のない男は無理」と言い残して壇上から去る。
「………………えろえろえろえろえろ」
――ウィザード教授、胃の中身を盛大に吐き戻しつつ、係員に小脇を抱えられて退場。
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