アーチャーとわたし

 アーチャーとわたしは同じ日に生まれた。村にお産婆さんがひとりしかいなかったので、アーチャーのママとわたしのママをタウンホールの大部屋に並んで寝させて、二人まとめて取り上げたのだそうだ。それがきっかけで親同士が仲良くなり、自然とわたしたちも友だちになった。


 小さいころのアーチャーは引っ込み思案でおとなしい女の子だった。いつも後ろをついてまわり、わたしのスカートのすそをつかんで離さないような、そんな子だったのだ。

 気弱だったせいでよく男子にからかわれては泣いていた。助けに入るのが決まってわたしの役目だった。当時のガキ大将と取っ組み合いを演じたのも一度や二度じゃない。よくもまあ、今じゃバーバリアンキングになっちゃうような逸材を相手に、堂々と立ち向かったものだと我ながら思う。

 あちこちに傷をこさえたわたしを見ては、アーチャーは余計にわんわん泣いた。わたしが笑いながらVサインをしてみせるとようやく泣きやむ。それから手を取り合って家路につく。つないだアーチャーの手の温かさと、夕食のスープがひどく口の傷にしみたことを今も覚えている。


 そんな彼女だったから、アーチャー塔で働くと言い出したときにわたしは猛反対した。虫の一匹だってろくに殺せない彼女にとうてい務まるとは考えられなかった。

「アチャコには無理だよ。フツーの村娘でいいじゃん。キャンプで料理や洗濯を手伝うのだって立派な村の仕事だよ」

 わたしの口調は結構きつかったことだろう。学校を出たら一緒に村娘生活を楽しむつもりだったので、裏切られたように感じていたのだ。しまいには半ば怒鳴り声になっていたかもしれない。

 けれどアーチャーは頑固だった。めったに主張らしい主張をしない彼女が、このときに限っては少しも譲らなかった。

「強くなりたいから」

 ぽつりと、でもはっきりと告げる彼女に、わたしは「勝手にすれば」と言い放って背を向けた。


 以来、アーチャーとは距離を置く関係になった。

 とはいえ狭い村なので、まったく顔を合わせないわけにもいかない。会えば二言三言は口をきく。

「……元気?」

「うん……」

 だいたいこの調子で、もう一回くらいやり取りがあれば上等なほうだ。

 わたしは他の村娘とばかり遊ぶようになったし、アーチャーは塔での勤務が忙しいみたいだった。働き出した当初はみすぼらしかった塔が、数年経つと立派な造りのものになった。彼女自身もラボに通って地道にレベルアップしているらしい。聞くところによれば、彼女に対する村のチーフの評価は非常に高いのだそうだ。

 塔のてっぺんにいるアーチャーを見上げるたびに、わたしはなんだか面白くない気持ちになった。


 その日はきっと魔が差したのだろう。あるいは虫の知らせというやつだったのかもしれない。

 普段どおり塔にいるアーチャーの姿を目にして、わたしはふと、登っていってやろうと考えた。

 アーチャー塔を登るのはこれが初めてだった。塔の内壁に沿ってぐるぐると螺旋を描く階段の先には、青空と緑の森に囲まれた村の全景が広がっていた。その中にぽつんと一人、弓を手にしたアーチャーがピンクの髪を風になびかせながら佇んでいた。

「風が気持ちいいね、ここは」

「……なにしに来たの?」

「んー、いや、なにってことはないんだけどさ」

 登ってはきたものの、さてどうしよう。そもそもわたしは何をしたかったんだっけ。

 答えを探しあぐねて視線をさまよわせていると、視界の隅に黒い影が映った。

「あれ、なんだろ?」

 わたしの指先を追ったアーチャーは、指し示す方向に『それ』をみとめると顔色を変えた。

「いけない、ライトニングだ!」

 次の瞬間、轟音とともに稲妻が落ちた。

 一発、二発、三発。

 暴力的な光量にくらんだ目が少しずつ視力を取り戻したとき、見えたのは村の中心部からもうもうと立ちのぼる黒煙だった。

「なに今の。なにが起きたの?」

「襲撃よ。対空砲がやられた」

「敵が来るの……?」

「うん。ほら、来た」

 アーチャーが言うのと同時に、空にモンスターが出現する。深緑の鱗に覆われた有翼の巨体。わたしは驚愕の声を上げた。

「まさか、ドラゴン!?」

「しかも10体。ドラゴンラッシュよ」

 ドラゴンなんてわたしにはおとぎ話の生き物も同然だ。この村がそんな強力なユニットで攻撃された例はない。

「逃げよう、アチャコ。あんなの無理だよ、勝てっこないよ!」

 けれどアーチャーは静かにかぶりを振った。

「駄目。対空砲は残りひとつしかないし、ウィザード塔はまだ建てたばかりで火力不足。城に詰めてるのはバルキリーさんだから手出しできない。この塔が踏ん張らないと」

「じゃあ、なおさら無理じゃん! アーチャー塔だけで戦うなんて。みんなで森に逃げれば助かるよ」

「今からじゃ間に合わない。ここで食い止めなきゃ」

 でも……と言いつのるわたしを振り切って、アーチャーは背を向けた。

「行って。タウンホールへ避難して。絶対止めてみせる。タウンホールだけは落とさせない」

 頑ななアーチャーを無理やり引き戻そうと、わたしは手を伸ばしかけ、そこではじめて彼女の膝が小刻みに震えていることに気づいた。気丈に振舞っていてもやっぱり怖いんだ。なのになんで。

 そんな疑問に答えるようにアーチャーは再び口を開いた。

「子どものころ、いつも助けてくれたから、だから今度はわたしの番」

 思いもよらない言葉にわたしは目を丸くしてしまう。

「は? あんなの子どもの喧嘩でしょ? 戦争とはわけが違うよ」

「同じだよ。怖かったのに戦ってくれてた。本当はいつも震えてたの、後ろで見てたから知ってる」

「……それがアーチャーになった理由?」

「そう」

 かつてわたしと言い争ったときみたいに、アーチャーはぽつりと、でも断固として声にした。

 こうなったら彼女は絶対に譲らない。とっくの昔に経験済みだ。ああ、あのときこの子がアーチャーになるのを止められなかったのは、人生最大の失敗だな。わたしは自嘲気味にため息を漏らす。

「バカじゃん」

「そうかも」

 アーチャーは再び「行って」と促した。わたしは踵を返し、塔の階段を駆け下りた。


 どうやってタウンホールまでたどり着いたのかはあまり覚えていない。息を切らせて逃げ込んだわたしは、祭壇のあるいちばん奥の部屋にこもって、祀られている神像へお祈りを捧げていた。スパセルの神様、どうかアチャコをお救いください。わたしの大切な、いちばん大好きな友だちなんです。


 いったいどれくらいそうしていたのだろうか。わたしには永遠みたく感じられる時間だった。

「終わったぞ!」

 誰かのその声に、わたしは弾かれるようにタウンホールを飛び出した。

 あたり一面は瓦礫の山と化していた。まだわずかに残る炎がそこかしこでパチパチとはぜている。大半の施設が焼き尽くされたようだった。タウンホールが無傷だったのは奇跡といっても過言じゃない。惨憺たるありさまだった。

 ひるみそうになる足を必死の思いで動かし、わたしはアーチャー塔の方角へとひた走った。

 壁を乗り越えた向こうにある塔ははたして、見る影もなくまっ黒に焼け焦げながらも、かろうじてその形を保っていた。ところどころ崩れ落ちている階段を何度か踏み外しそうになりつつ、わたしは塔のてっぺんまで駆け上がった。

「アチャコ! いるの? いるなら答えて!」

 大声を張り上げても返事はない。もしかして、と脳裏をよぎる最悪の想像が止められない。わたしのせいだ。わたしがあのときアチャコを説得できなかったから。

 こぼれ落ちる涙にも気づかぬままふらふらと歩みを進めた先で、倒れている彼女の姿を見つけた。体中のあちこちが傷だらけで、草の色をした戦闘服もボロボロ、きれいだったピンクの髪もすすですっかり黒ずんでいる。

「アチャコ?」

 おそるおそる声をかけると、弓を持っていないほうの右手がぴくりと動いた。握りこぶしがゆっくり持ち上がり、人差し指と中指の二本が立てられる。

「……勝利のV」

 そう言ってアーチャーは小さく笑った。

「……やっぱりバカじゃん」

「そうだね」

「立てる?」

 わたしの差し伸べた手をアーチャーが取った。

 アーチャーの手は昔と同じで温かかった。

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