第二十七話 風のクエスト

「ラツカよ……お前は今日から、あの方と……喜びと苦しみを……共に分かち合いながら生きるのだ……」


「え……僕がですか?……」


「そうだ……」


「突然そんなこと言われても……良く分かりません……それに、あの人は誰ですか?父さん……」


ここはブラウフェダーの王城の裏側にある、小さな小島。


幼い子供であるラツカは父親のレイオスに連れられて、初めて王城を見た。


その後、父親から「会わせたい人物がいる」と言われ、彼はこの浮き草に覆われた小島にやって来ていた。


小島の中央にある草花の茂った平らな場所にテーブルが置かれ、その上にはお菓子と紅茶の入った器があった。


そのテーブルの下でラツカと同じぐらいの歳の男の子が、地面に寝そべりながら暇そうにクッキーを食べていた。


「ボリボリ……」


男の子の近くでは花柄の服を着た女の子が足をぶらぶらさせながら椅子に座り、ティーカップに入った紅茶を飲んでいる。


「………」


ラツカは目の前にいる人物に話しかけた。


「あの……」


クッキーをちょうど食べ終えた男の子は、面倒くさそうに答えた。


「ん……なんだ?」


「父さんに言われて、君と僕は一緒に居なきゃ駄目みたいなんだ……」


話しかけられた少年は少し不機嫌になった。


「なんだよそれ……俺は、お前なんか、いらないし!」


「僕だって!……君の事なんて本当は……」


「じゃあ、一緒にいなくていいだろ!」


「そうだけど……でも……」


ラツカは父親の顔を見た。


父は、この国の王と険しい表情で話をしていた。


しかし、息子の視線に気づくと、少しだけ表情を崩し、僅かな笑顔を見せた。


その時ラツカは母が最近病気で亡くなり、父親が辛そうな顔をするのを良く見ていた事を思い出した。


(父さんに、あまり心配をかけちゃ駄目だ……)


ラツカは目の前の少年に元気良く話しかける事にした。


「僕の名前は、ラツカって言うんだ!君の名前は?」


突然大きな声で尋ねられたため、彼は両手で耳を覆った。


「なんだよ……お前……うるさいなー……」


「あっ……ごめん……だけど君と友達ってやつになりたいんだ……」


「……友達?」


「うん……」


「ふーん……」


目の前の少年は地面に肩肘を付きながらクッキーを先ほどと同じように食べながら考えていた。


すると、紅茶を飲んでいた女の子が椅子から下り、考えている彼に話しかけた。


「確か……ともだちが欲しいって言ってたし、いいじゃないー」


そう言われた少年はエルフの細長い耳をピンと立て、起き上がった。


「あ、言うなよ、フィー!こいつを家来にしようと思っていたのにー!」


「じゃあ、あたしが友達になるー!」


二人の会話を聞いたラツカは少しむっとした表情になり、強い口調で彼に話しかけた。


「僕は、君の家来なんて嫌だ!友達が欲しいんだ!」


ラツカの反応を見た少年は意外に思ったらしく、キョトンとした表情になった。


「えっ……」


彼はこの国の王子であったため、みな彼の命令に従う者ばかりだった。


しかし目の前のラツカと言う男の子は、初めて強く命令に逆らう他人だった。


その事が王子には新鮮に感じた。


「ふーん……お前……ちょっと面白いな……」


ラツカには理解できなかった。


「えっ?……」


彼がぼんやりとしていると王子はテーブルの下から出て、立ち上がった。


「分かった。じゃあ、俺の友達になりたかったら、なんでも俺と同じ事を出来るようになるんだ……いいな?」


「うん……やってみる……」


そこへ女の子もやってきた。


「あたしは、フィセリアって言うの。だからフィーって呼んで!よろしくねーラツカ!」


「うん!」


王子は歩き出した。


「よし、じゃあ、この島の外側を走って競争だ!来いよ、ラツカ!」


「わかった!……えっと……」


ラツカが名を尋ねようとすると、王子は名を叫びながら走った。


「俺の名前は、シュトルムだ!早く来い!」


「うん、シュトルム、競争だ!」


「待って!二人ともー!」


これは出会いとしては、ごくありふれたことだった。


しかし、この出会いによって、3人は大いなる存在になっていくことになる事を、この時点では知ることはなかった。


              『3人が初めて出会った日』より。



王城に戻り、王子達と再会したユラト・ファルゼインは、なぜか船の上にいた。


彼は目の前の景色を驚きをもって見ていた。


(へぇ……こんなことになっているのか……)


ここはブラウフェダー王国の中にある、人工的に造り出された大きな湖の中だった。


ユラトは王城から王族達が普段居住している場所へ案内されることになり、移動していた。


そこは、この国の東西にある、切り立った崖の中をくり貫いて出来た巨大な穴の中だった。


その穴は大きな滝によって隠され、近づかなければ見えない場所でもあった。


しかも、そこへは船に乗ってでしか行けない場所で、ユラトは屋根の付いた船に乗って、そこへ向っている途中だった。


船の中を見るとシュトルム王子と王女フィセリア、そしてラツカがいた。


また、他にも8体ほどのウィスプが乗船しており、櫂を器用に動かしてユラトの乗っている船を大きな空洞へ向って進ませていた。


船はユラトが眺めていると、ゆっくりと滝の中へ入った。


水に触れた途端、水の落ちる重い音が鳴って屋根に衝撃が加わり、大量の飛沫が上がった。


船体が左右に揺れる。


思わずユラトは声を上げた。


「うわっ!」


彼の慌てふためく様を見たラツカが話しかけてきた。


「大丈夫です、ユラト殿。この船は水の抵抗のルーンを屋根の部分に施してあるので頑丈に出来ております。ですから、お気になさらず……」


王女は呆れ顔でユラトに話した。


「そうよ……沈んだことなんてないんだから……こんな事で声を出さないの!」


王子は船のヘリに片肘を付き、退屈そうに景色を眺めながらユラトに向って話した。


「ファルゼイン……いつもの事だ……気にするな」


「そう……なんですか……」


フィセリアは、そんなユラトを横から見ていた。


(絶対嫌よ……こんな奴とあそこへ行くなんて……)


しばらくして船は大きな空洞の入口へ、たどり着いた。


そこは砂浜のようになっており、船はその場所へ置かれた。


ユラトはそこへ降り立つと、奥の景色を見た。


空洞は、かなりの大きさがあった。


それはキャラック船が余裕で入るほどの大きさだった。


(思ったより、大きい場所なんだな……)


奥に視線を向けると狭い空間が見えた。


(あそこが入口か……)


今いる場所のせいで狭く見えたが、中は人が3人ほど並んで歩けるぐらいの大きさはありそうだった。


入口にはハイエルフの兵士と思われる者が2名、腰にサーベルをぶら下げて立っている。


そして入口の奥を見ると、砂の地面から急に大理石のような光沢のある壁と床が敷き詰めてある空間が広がっていて、天井にはランタンが吊るされていた。


また、更に良く見ると、両方の壁から透明な水が僅かに流れ落ちているのが見えた。


水は廊下の左右にある溝へ落ちると、緩やかに流れ、ユラトがいる湖へ注がれているようだった。


(外と違ってひんやりしてて、快適だな……)


空洞の奥から僅かに運ばれてくる風は冷たく、真昼の日差しを浴びていたユラトにとって、心地よいものとなっていた。


シュトルムは船を降りると先頭を歩き、ユラトに声をかけた。


「ファルゼイン、案内するから付いて来るんだ……」


「はい……」


ユラトは3人のハイエルフの後を付いて行った。


しばらく歩いていると正面から、両手で抱えることが出来そうな大きさのウィスプがころころと転がってきた。


(ここにもいるんだ……ずいぶん小さいな……小型のウィスプか……)


シュトルム達は気にする事無く、それを避けて歩いた。


ユラトの所にもやって来たので、ハイエルフ達に合わせるように避けた。


(きっと、この場所の雑務なんかをやっているのかな?……いいな……)


彼が避けると、ちょうどフィセリアの肩に触れることになった。


「あっ!すいません!」


「きゃ……」


声を上げた彼女は、見る見るうちに不機嫌な表情になった。


フィセリアはユラトを睨みつけた。


「ちょっと!こっちに寄らないでよ!」


それを見たラツカが慌てて二人の間に入ってきた。


「フィー様。ユラト殿は、ここに来て、まだ時間が経っておりません……ですから……」


「ふん!」


シュトルムも振り返り、妹に顔を向けた。


「ラツカの言う通りだ。フィー、あまり細かい事を言ってやるな」


2人に言われたフィセリアは、不機嫌さが増すことになり、二人を睨みつけ、反論した。


「王族に……しかも女性に触れるなんて失礼でしょ!」


そのやり取りを見たユラトは、すぐに謝ることにした。


「あの!……俺が悪かったんです……すいません」


「気にするなファルゼイン。それより、行くぞ」


王子は廊下を歩き出した。


すると彼女はユラトからすぐに離れ、不機嫌な表情のまま、シュトルムよりも前を歩いて行った。


「ふん!ふん!ふんだ!」


ユラトはそんな彼女の後姿を申し訳なさそうに見ていた。


「あっ……(俺は嫌われてしまったのかな?……)」


彼らが先を進むと、今度は開けた空間に出てきた。


そこは正方形の空間で、家が2,3軒は、すっぽりと入りそうな大きさがあった。


日の光が入り、全面に芝生が植えられ、白い木製のテーブルと椅子がいくつか置いてあり、小さな池もあって、そこには浮き草と赤い魚が泳いでいるのが見えた。


「この場所は……」


ユラトは突然現れた、ありえない空間に驚いた。


そんなユラトの姿を見たラツカが話しかけてきた。


「ここは庭のような場所です。その魚は陛下が大切に育てておられるものです……それからユラト殿、天井を見てください……」


ユラトは上を見上げた。


「……えっと……あれか……」


天井を見ると、そこには一枚の大きなガラスのような何かが薄っすら屋根のように張ってあるのが見えた。


良く見るとそれは青味がかっている。


「ガラスの天井なんですか?」


王子が答えた。


「……あれは、レムリアン・クリスタルと言う物を加工したものだそうだ」


「へぇ……クリスタルの天井ですか……」


感心して見ているとラツカが説明を加えた。


「日の入り具合がちょうど良いものになるんです……いくつか、世界樹の近くにあった古代の村で見つけたそうなんです……」


「なるほど……」


ユラトが不思議そうに天井を見つめていると、すでに3人は奥に向って歩き出していたらしく、付いて来ないユラトに向ってフィセリアが叫んでいた。


「ちょっと、何ボーっとしてるの!早く来なさいよ!」


フィセリアの態度を見たラツカは不思議に思っていた。


(フィー様が、あのように怒られることは普段ほとんど無かったはず……これは一体……)


双子であるシュトルムには、何となくだが分かっていた。


(ふふ……フィーの奴……自分では気づいていないのか……はっは……面白いから言わないでおくことにしよう……)


そしてユラトは、他にもルーン文字を入れる工房や魔法の修練をする場所など、様々な部屋を案内され、階段を上がって先を進むと、ようやく一つの部屋にたどり着くことが出来た。


4人は、その部屋に入った。


するとそこは、入る時に見た滝が見える部屋だった。


窓のように大きく開いた場所から、透き通る大量の水が落ちていて、下から立ち上った僅かな飛沫と共に重い音が聞こえた。


ユラトは、すぐにその景色の見える場所へ移動した。


「滝の水を通してみる景色か……面白いですね!」


彼の視線の先には、王城や民家のある場所などが小さく見えている。


そして外側の壁には、知らない植物がびっしりと生えているのが確認できた。


ユラトが楽しげに見ていると、シュトルムが話しかけてきた。


「……ファルゼイン、そろそろ話しをするぞ」


「あ、はい!」


部屋にはいつの間にか小型のウィスプが2体来ており、透明なグラスに淡い黄色の液体を入れて持ってきていた。


ユラトが座るとそれを渡され、彼は飲みながら聞くことにした。


シュトルムは神妙な面持ちで話し始めた。


「父上からは大まかに聞いたそうだな……」


「はい」


「俺たちは……ある場所を目指している」


「………ある場所……ですか?」


部屋の片隅で腕を組んでいたフィセリアが呟いた。


「そうよ……」


ウィスプを見送ったラツカが、その場所の名を言った。


「そこは……我々が本来いた場所です……ハイエルフの魔法の国であり、黄金時代を築いた中心地でもある……名を魔法帝都……『グラン・フィエル』と言います……」


「魔法の国ですか?……」


「そうだ……」


「場所は分かっているんですか?」


王子は首を横に振った。


「分からん……だが……」


「何か手がかりが?」


「ああ……」


シュトルムは話した。


それは彼らが世界樹の近くにまで村を作ったときだった。


突然、黒い霧が押し寄せ、いくつかの村を飲み込んだ。


そして、その闇の中から彼らオークが現れた。


数千の軍勢を引きつれ彼らはハイエルフの村を次々と襲っていった。


当然彼らは応戦したが、オーク達の圧倒的な数の前に倒されるほか無かった。


ゼナーグは必死に善戦し、一進一退の攻防が続くときもあった。


しかし、徐々に今いる場所までじりじりと後退することになっていた。


敗戦に次ぐ敗戦。


いつしか彼らハイエルフの生存圏は、この場所のみとなってしまっていた。


そんな中シュトルムとラツカが、あの小さな小島で遊んでいた時、二人はあるものを発見する。


「見てよ、シュトルム!あれって……」


「どうしたラツカ………ん……これは……」


二人の子供の視線の先には、一羽の青い鳥が倒れていた。


その鳥は鷹のような雄々しい姿で、全身をコバルトブルーの羽で覆っていて、良く見ると体に傷を負っており、血が流れていた。


二人が触れようとすると、言葉を発した。


「………私に触るな……」


「うわぁ、喋った!」


「なんだ、こいつ!?」


二人は驚き固まった。


すると、その鳥は名を告げた。


「私は『フレースヴェルグ』と言う鳥だ……」


シュトルムとラツカは知っていた。


「―――『フレーヴェン』!」


この鳥は、ブラウフェダー王家を象徴する国鳥のような存在だった。


しかし、誰も実物を見た者はいなかった。


その名を聞いた青き鳥は目を細めた。


「フフ……我が愛称を知るか……と言うことは……なんとか辿り付けたと言う事だな……」


恐る恐るシュトルムは尋ねた。


「お前……ここに来て、どうするつもりなんだ?」


「私の命は、もうじき尽きるようだ……だから、お前たちに言うことにする……どうか、今から私が話すことを、この国の王に伝えてくれ……」


「どうする……シュトルム?」


ラツカは、不安げにシュトルムに尋ねた。


彼は鳥の近くで片膝をつき、話しかけた。


「わかった……俺が必ず父上に話す。だから、言ってくれ!」


青い鳥は、その言葉に反応し、翼を僅かに動かした。


「………これは……運が良い……お前は王子なのか……」


「ああ……そうだ……」


フレースヴェルグは、翼をはためかせた。


美しいコバルトブルーの羽が、何枚か宙に舞い上がった。


そして鳥は、何とか立ち上がると、王子に話しかけた。


「ならば聞け……青き鳥の国の王子よ!……恐らく、お前が王となる前に……次の皇帝を決める儀式が始まるはずだ……だから、その前に魔法帝都にたどり着くのだ……そして、その儀式に参加するんだ……お前にもその権利はある……場所は……―――くっ!」


青き鳥は、そこで苦痛を訴えた。


「どうしたんだ!?」


ラツカが思わず叫んだ。


フレースヴェルグは苦痛に耐えながら、二人に話した。


「……ギアスをかけられ……これ以上は言えないのだ……許せ……これは他の王家の者にかけられたものだ……」


「他の王家!?……生きているのか?」


シュトルムは、ゼナーグからハイエルフには他の王家がいくつか存在することを聞いていた。


皇帝は、その王家の中から毎回ある儀式によって選ばれる。


この青い鳥は、ブラウフェダー王家専用の連絡役だった。


しかし、他の王家の者が、これ以上ライバルを増やす事を嫌い、帝都にいた全てのフレースヴェルグに、この場所を言えないようにするギアスをかけた。


そして、それだけでは安心できなかったその人物は、全てのフレースヴェルグを殺すことにした。


だが、皇帝の娘である、皇女がその事に気づき、檻の鍵を開け、一斉に大空へ、彼らを放った。


その光景は青い翼が空へ向け、広がっていくようだった。


そして青き鳥達は、暗黒世界を飛び回った。


シュトルム達、青き鳥の国がある事を信じて。


多くの仲間が過酷な旅の中、命を落としていった。


そして、二羽のつがいのフレースヴェルグが、世界樹にたどり着いた。


たどり着くと、二羽のフレースヴェルグは聖なる力の働く、この場所でしばらく体を休めた。


すると、あることに気づいた。


(……体が僅かだが……軽い……)


そして、帝都の場所などについて話せることにも気づく。


「ここでは、ギアスの効果が効かないのか……」


世界樹の頂上では、ギアスの効果や呪いの効果を一時的に、和らげることが出来るようだった。


そして、身重のメスのフレースヴェルグは長旅の中、大きな傷を負っていた。


そのためオスのフレースヴェルグは、メスを置いて周辺の探索を続けた。


すると、ある日、世界樹を登ろうとしている黒い竜に彼は襲われた。


そして傷を負ってしまった。


(なんだ?……あの黒い竜は……しかし……かなり深い傷だ……)


彼は、ふらふらと飛びながら高度を落とし、草原に着地した。


すると、そこはハイエルフとオークが戦っている戦場だった。


オークの放った矢の雨を見た彼は、すぐに飛び上がり、上空からこの戦場を眺めた。


(あれは闇のオークども……では……戦っているのは……―――!?)


そこでようやくフレースヴェルグは、目的のハイエルフを見つけることが出来た。


そして彼は傷の痛みに耐えながら、ハイエルフの国を見つけることに成功する。


しかし、体から抜けた血の量が多く、シュトルムとラツカのいる小島に意識を失って落ちた。


「………そうやってここに……私はたどり着いたのだ……」


フレースヴェルグは、ここに来た理由を話し終えた。


話を聞いたシュトルムとラツカは驚いた。


「皇帝を決める儀式……」


「そんなものが……」


そんな二人にフレースヴェルグは苦しそうな声で、再び話しをした。


「王子よ……世界樹ユグドラシルの頂上へ、たどり着け……そこに、私の妻がいるはずだ……そこで魔法帝都グラン・フィエルへの場所を尋ねろ………」


話を聞いたシュトルムの心の中に、なぜかふつふつと湧き上がって来るものがあった。


(後ろ向きな話ばかりの日常……大人たちは皆疲れ、目指す先の無い、空虚な思いにかられている……)


そんな中、突然青い鳥と共に舞い降りてきた皇帝への道。


王子の心は少しだけ熱くなった。


自身が生きている中で、心の中にぴったりとはめ込まれるように、この事実は入ってきた。


(―――これだ!………俺が欲していたものは……これなんだ!……壮大なる夢……大きな希望……進むべき道……)


しかし、今の自分達を彼は知っていた。


「フレーヴェン………だけど……俺たちは……無力なんだ……オークに勝てなければ……」


フレースヴェルグは、そんな王子を見つめながら話した。


「戦場を見てきた……宮廷でも話を聞いたが……やはり風が必要なのだな………」


シュトルムは、悔しさから右の拳を地面に叩きつけた。


「―――くそっ!だから……いくら鍛えたとしても……俺たちは!」


彼が地面を叩きつけた時、僅かに風が起こった。


それは蒼い風だった。


その風を見たフレースヴェルグは、目を見張った。


「―――その風は!!」


驚いている鳥に、ラツカが話しかけた。


「シュトルムの起こす風は、蒼い風なんだ……なぜかはわからないけど……」


「フハハハハ!」


突然、フレースヴェルグは笑い声を上げた。


そして、大きな声で二人に向って叫びだした。


「―――蒼き風!!お前の放つ風を見て確信した……これは風の天啓だ!!シュトルムと言ったな……お前は、皇帝になるべき人物だ!よく聞け!帝都の宮殿には……皇帝のみが座る事を許される『風の玉座』がある……その椅子は、お前の物だ!だから必ずたどり着くのだ………」


「そんな事……無理だ……」


弱気になっている王子を見たフレースヴェルグは両翼を広げ、飛び上がり、彼らに語りかけた。


「我が命は尽きる………だから最後に、お前の心の中に始まりの風を起こしてやる……よく見ておけ……そしてその身に受けろ!……これが……」


そして彼は空高く舞い上がると、最後の叫びを叫んだ。


「―――シュトルム・フレーヴェンだ!!」


彼がそう叫ぶと、蒼き鳥の全身が光った。


そして蒼い風の爆発が起こった。


「―――っ!?」


体が砕け散ると、無数のコバルトブルーの羽が勢い良く四方八方へ飛んだ。


少年だったシュトルムとラツカは、その風を受けた。


上から押し込まれるような蒼い風だった。


そのため、二人は膝を地面に落とした。


「―――なんて風なんだ!」


少年たちの体は、風によって少し下がった。


しかし、二人はフレースヴェルグが命をかけて最後に放った蒼い風を見逃すまいと、顔だけは空を見上げていた。


食い入るように、その光景を二人は、しばらく無言で見つめた。


(これが……本当の……蒼い風……)


(疾風だ……蒼い……)


そしてその後、ひらひらと青い羽が、周囲に舞い落ちてきた。


その一つを手に取ると、王子は呟いた。


「見たか……ラツカ……あいつの風……」


「……うん……」


「あいつは、命をかけて……ここにたどり着き……そして最後に……俺の心に向けて風を放った………」


羽を王子は力を込めて握り締めた。


そんな王子にラツカは尋ねた。


「シュトルム………たどり着いたのかい?……あの風は……」


彼は、この上ない高揚感を感じながら、羽を握り締めた拳を胸元へ近づけた。


「……ああ……心に響いたよ……これは俺の始まりなんだ……ラツカ……」


同じ場所にいたと思っていたラツカだったが、彼が国を背負う王子である事を思い出した彼は、シュトルムだけが自分のいた場所から一つ前へ歩んだように思え、少しばかりの寂しさを感じた。


「シュトルム……」


「苦しくても……辛くても……頑張ってみよう……そして、ここから始めるんだ……少しずつ……皇帝への道を………だから……ラツカ……俺に協力してくれないか?」


「……僕が?」


「そうだ。オーク達のいる道を進むには、多くの仲間とそして……お前の助けが必要なんだ!」


「皇帝への道………(なんて大きな夢なんだ……僕には到底進めそうに無い道だ……考えも付かないよ………だけど……シュトルムなら……)」


ラツカは「目の前の人物ならば、たどり着く事も可能ではないか?」と、直感でそう感じ取った。


(敗戦で領土を失っていく日々……母さんの死……そして父さんの疲れた顔……今の閉塞感のある状況よりも……変化のある風を―――僕は感じたいんだ!)


ラツカは、立ち上がった。


「わかったよ……シュトルム!僕は、君に付いて行く!そして君を……風の玉座へ座らせてあげるよ!」


「そうか……ありがとう……ラツカ!」


シュトルムも立ち上がった。


二人は、お互いを真っ直ぐと見つめながら、右の腕をくの字に曲げ、その曲がった部分をぶつけ合った。


「やるぞ!……ラツカ……」


「うん!シュトルム、やろう!……」



その時の事を話したシュトルムは、悔しそうに机を叩いた。


「それから俺とラツカは、様々なことをして自身を鍛えた……だが……俺たちは、まだまだ、ひ弱な存在なんだ……」


そんな王子にユラトは、尋ねた。


「あなた方は、魔法に長けている種族では?」


グラスを机に置き、ラツカが話した。


「ええ、確かに……ユラト殿の言う通りなのですが……」


シュトルムは机を叩いた事で気が少し晴れたのか、落ち着いた表情で話した。


「俺たちは、風の魔法を使って戦っている……風の民だからな……」


フィセリアが、3人のいる場所へ近づいてきた。


「だけど、あなた達と違って、風の神シルフォードは、まだ目覚めていないの……だから、風の加護を得る事ができないのよ……」


「それだけに、魔力を消費する割には、威力がいまいちなのだ……」


「そうだったんですか……」


ユラト達、人間に影響を及ぼす神、大地のイディスは既に、この世界に息づいていた。


その事によって、聖石の力は上手く働き、魔法も込めた魔力以上の威力を発揮することが出来た。


しかし、ハイエルフ達の風の神、シルフォードは、この世界にまだ目覚めていなかった。


そのため、彼らの魔法は、その真の威力を発揮させることが出来ないようだった。


王子が、ユラトに期待を込めた鋭い眼差しを向けた。


「そこでだ……」


「……はい」


ユラトが返事をすると、ラツカが立ち上がり、滝の見える場所に近づくと、彼のいる場所へ振り返った。


「ユラト殿……そこから、この国の中心にある、最も風の強い、雲渦巻く場所が見えますか?」


ユラトの外の景色を見た。


「ええ……全てではありませんけど……何となく見えます……」


シュトルムが、その場所について話した。


「ファルゼイン……あれは、『風の神殿』なのだ……」


「―――えっ!そうなんですか!?」


ユラトは立ち上がり、ラツカの隣に向った。


そして目を凝らして、切り立った岩山の頂上を見た。


(うーん……ここからじゃ……良く分からないな……)


いつの間にかラツカの隣にいたフィセリアが、ユラトに話しかけた。


「あなた……建物が薄っすら見ないの?」


そう言われたユラトは、目を細め、必死になって岩山の頂上を見た。


しかし、先ほどとかわらず、特に何かが見えると言う事はなかった。


「えっと……黒い影のようなものが……ほんの少ししか……見えませんね……」


彼の言葉を聞いたフィセリアは、呆れた表情になった。


「人間って……目も悪いのね……」


ラツカが慌てて、フィセリアを止めようとした。


「フィー様!……」


「………はは……」


ユラトが苦笑いすると、なぜかラツカが申し訳なさそうに謝った。


「ユラト殿、どうかお気を悪くなさらないで下さい……」


「は、はい………(ハイエルフってウッドエルフと同じで、俺たちよりも目が良いのかな?……それにしても……)」


ユラトがそんなことを考えていると、フィセリアは不機嫌そうにシュトルムの隣に座った。


「ふん!」


そして王子は、話を再開させた。


「とにかくだ………ファルゼイン……お前には我が妹、フィセリアと共に、風の神殿へ向ってもらう」


「……と言うことは……まさか……」


ラツカがユラトに話しかけた。


「そうです………ユラト殿に、お願いしたいのは風の神シルフォードを目覚めさせる事です……」


「あなた方だけで行く事は、できないのですか?」


ユラトがそう尋ねると、その言葉にフィセリアが反応した。


「行けないから、頼んでいるんでしょ!あなた、そんな事もわからないの?」


彼女がそう話すと、シュトルムは妹を冷たく睨みつけ、叫んだ。


「―――いい加減にするんだ、フィセリア!」


「なによ、シュトルム!」


「この話は重要な事なんだ!それは、お前も分かっているだろ。そして彼に、我々は頼まなければならない立場であることを忘れるな。もし、これ以上ファルゼインの事を悪く言うのなら、この部屋から出て行け!」


二人はしばし、にらみ合った。


ユラトとラツカは無言で視線を左右に動かして、二人を見ていた。


(……どうしよう……なんか……気まずい雰囲気になったな……もう一回謝っておいた方がいいかな?)


(はあ……また、お二人の喧嘩が始まってしまったか……なんとかお諌めせねば……)


ラツカが話しかけようとすると、フィセリアが顔をシュトルムから背けた。


「わかったわよ!……もう喋らない!」


そして部屋に張り詰めていた空気が無くなると、シュトルムがユラトに謝ってきた。


「妹の度重なる非礼を詫びる……ファルゼイン……どうか許してくれ……」


「いえ……俺は別に……気にしてなんていません……それに俺の方にも何か失礼な事が、あったかもしれませんし……(―――あっ!)」


ユラトが、そう言うと、無言で彼を睨みつけているフィセリアと目が合った。


(うっ……なんか視線が痛いんだけど………)


そんな中、シュトルムが懐から石を取り出した。


「ファルゼイン……この石は知っているな?」


その石は、ユラトがジルメイダ達と共に見た石だった。


「ええ……それは、先ほど王城の中で見せて頂いた物ですよね?」


「そうだ……」


ラツカが石について話した。


「実はユラト殿……その石は神殿の入口を塞いでいる物のほんの一部なのです……」


ユラトは半透明で薄っすら赤い石を見つめた。


「その石が……」


王子は忌々しげに石を見ながら話した。


「何百年もかけて、やっと削ることが出来たのが、その大きさの石なのだ……」


ユラトは手の平にその石を乗せた。


「この大きさで……そんなにかかったんですか?……」


ラツカも、厳しい表情で石を見つめていた。


「その石のせいで……我々は、ずっと神殿の中に入れないのです……」


ユラトは石を人差し指と親指で軽く摘むと、目の前に持ってきた。


「なるほど……つまり、俺の禁呪で入口の石を爆破しろと言う訳ですか?」


「そうだ……出来るか?」


「その石で反応があったので、恐らく出来ると思います……」


ユラトの言葉を聞いた王子の表情は輝いた。


「そうか!………」


ラツカはシュトルムに話しかけた。


「王子……中の事は、お話になりますか?」


彼の言葉を聞いたシュトルムの表情は僅かに曇った。


「ああ……そうだったな……」


「まだ何か?」


「神殿の岩山の中は空洞になっていて、上へは螺旋階段を登れば到達するんだが……」


そこでシュトルムとラツカは顔を見合わせた。


二人の表情が気になったユラトは尋ねることにした。


「……どうかしたんですか?」


ラツカは言い辛そうに答えた。


「実は……入ってすぐの場所に……誰が造ったのか……古代の地下ダンジョンがあるのです……」


「そんなものが……だけど、それがどうかしたんですか?」


「そこから、魔物がごく稀に出てくるらしいのだ……」


「なるほど………」


「しかも……あの場所全体は、2名しか入れない魔法の結界があるんです……」


「―――えっ!?」


「それ故、危険なので入口などに王家の血の封印が、いくつか施されている………だから、俺たちも入ったことはないのだ……」


「……そうなんですか……」


「すいません……ユラト殿……あの場所は、かなり前の人々によって封印が施されてから、ほとんど誰も入っていないと言ってよい状態なのです……」


「じゃあ、今の中の様子は……」


ラツカは首を振って答えた。


「開けてみないことには……」


「『リストリクション・ダンジョン』……やっぱり存在したのか……」



【リストリクション・ダンジョン】


この世界には魔法の結界によって、一定の制約や限定された状態でしか入れない場所やダンジョンが存在する。


限定される内容は様々で、人数や装備、種族、一部の属性が使えなかったり、性別、時の流れや季節などと言ったものが数多くあった。



王子は過去を思い出しながら話した。


「ダンジョンに昔、挑戦した者がいたそうだが……広大な広さがあって、最深部には到達できていないそうだ……俺とラツカとフィーの3人で、子供の時に入ろうとして、誰がここに残るかで揉めている所をレイオスに見つかって、父上と一緒に怒られたんだ……ふふ……」


その話を聞いたフィセリアとラツカの表情は少し和らいだ。


(………ふふ……そんなこともあったわね……)


「王子が入ろうと言い出したんですよ……私は、入りたくなかったんですが……」


「嘘をつけ、お前も入りたいから揉めたんだろうが」


「それは、お二人に怪我をさせる訳にはいかないと思ってですね……」


「……こいつめ……俺が一番怒られたんだぞ」


ラツカは涼しい表情で、王子に反論した。


「いつの時代も……首謀者は一番罪が重いものです」


ユラトは少しだが、この3人がずっと仲良く兄弟のように過ごしてきた事を感じ取った。


(……幼馴染みか……)


一瞬だったが、エルディアの事を思い出した。


(エル……)


王子が話しかけてきた。


「とりあえず、中に入っても、地下へは行かぬことだ。お前は目的を果たす事だけを考え、実行してくれれば良い」


ユラトは気になった事を王子に聞くことにした。


「神殿の中って……どうなっているんでしょうね?」


「それなんだが……」


ラツカがユラトに答えた。


「それは……我々にも……どうなっているか分からないんです……申し訳ありません……」


「中に入った事が無い以上は……そうですよね……」


「ここに来た初期のハイエルフ達ならば知っているかもしれんが……実は随分前の時代に、この国で大規模な火災があってな……その時に、過去の知識の大半が失われてしまったらしいのだ……」


「そうですか……」


そしていくつか話しを聞いた後、ユラトは休むため、客室へと通された。


そこは先ほどいた部屋の近くで、滝の見える部屋でもあった。


ベッドが置いてあって、机と椅子が景色の見える場所の近くにある。


彼がしばらく仰向けになって休んでいると、ウィスプがやってきて、机の上に水の入った水差しとグラス、そして文字が書かれた紙が置かれた。


ユラトはその音に気づき、起き上がった。


「………ん?」


彼が休んでいる間に部屋には夕日が差し込んでいた。


「いつの間にか寝込んでいたんだな……夕方になってる……」


ユラトは机に近づき、外の景色を見ながらグラスに水を入れた。


遠く方にある民家から夕飯の支度のためか、いくつもの煙が立ち上っているのが見えた。


そして、その近くの道をハイエルフの子供達に追いかけられるウィスプがいた。


(平和そうに見えるけど……そうじゃないんだよな……)


グラスを手に取ると、一気に飲み干した。


「………ふー………」


彼は紙を裏返し、文字を読んだ。


「………えっーと………修練の間に来なさい……王女フィセリア……」


ユラトは紙に書かれた短い文章の意味を考えた。


(今いる場所の中にある、あの部屋のことだよな……だけど……どういうことだ?)


考えていても仕方が無いと思った彼は、すぐにそこへ行くことにした。


(………とにかく行って来るか……俺……あの人にあんまり良く思われていないみたいだからなぁ……何も無いといいけど……)


そしてここに来るときに案内された修練の間へユラトは迷う事無くたどり着いた。


部屋の入口にドアや扉は無く、明かりがもれている。


どうやら中に誰かがいるようだった。


中に入ると、声が聞こえた。


「―――はあ!」


木で出来た剣を叩き合う音が鳴った。


「あそこにいるのは……」


ユラトの視線の先にいたのは、麻のような服の上に革鎧を着た軽装姿のシュトルムとラツカ、そして奥に後ろで髪を束ね、木剣を握り締めたフィセリアがいた。


練習用の木剣で戦っていたのは、王子とラツカだった。


二人は剣を何度か打ち合うと、今度は下がって魔法を撃ち合っていた。


「―――『ウィンド・スラッシュ』!」


彼らが光る手を素早く薙ぎ払う動作し、魔法を発動させると、その払った場所から風が起こり、相手に向ってその風は刃となり、突き進んでいった。



【ウィンド・スラッシュ】


風の魔法。


ファイアーボール、ロックシュートと同じく下級の攻撃魔法。


魔力を込めることで、払った風を刃に変え、相手に撃ちだす。


魔力を多く込める事で威力を上げることも出来る。



両者が放った風の魔法は、ぶつかり合うと、周囲に僅かな風を撒き散らした後、消え去った。


そして再び王子とラツカは、木の剣で斬りあっていた。


彼らは、素早い動きで戦いをするようだった。


(早いな……しかも身軽だ……)


しばらく見ていたユラトは、あることに気づいた。


(ん………二人とも止まっている時も服が揺れている……)


特にシュトルムとラツカの腰から下辺りの布が絶え間なく揺れているのが見えた。


(あの速さや身軽さは……魔法か何かなのか?)


そしてユラトが部屋の中に入り進むと、彼らはそれに気づき、戦うのを中断した。


頬に伝う汗を拭うと、シュトルムが声をかけてきた。


「はぁ……はぁ……ファルゼイン……来たか……」


「はい……手紙を見たので……」


ラツカがフィセリアに話しかけた。


「フィー様、ユラト殿が……」


「分かっているわ……」


遮るように彼女は言葉を発すると、左右の手に一本ずつ木の剣を握り締め、ユラトに向って歩き出した。


ユラトの目の前まで来ると、彼に向って一本を投げた。


「―――受け取って」


ユラトはそれを両手で受け取った。


「……はい」


それを見たシュトルムはラツカに話しかけた。


「ラツカ、あの二人がやるみたいだ……ふふ……面白そうだから俺たちは、この辺で座って見る事にしよう」


「……はい……(人間の冒険者か……果たして、フィー様と共にクエストをこなすことが出来るのか……)」


この部屋は、魔法や武器による攻撃の威力を通常よりも抑える事ができる空間だった。


中は卵を横に倒したような形をしており、淡く黄色い壁面にはいくつも窪みがあって、そこに魔法のランタンがはめ込まれ、部屋を明るくしていた。


天井には威力を低くするためのルーン文字がびっしりと刻まれてあった。


ユラトが剣を握り締め、フィセリアを見ると、彼女は武器を構えた。


彼女はユラトより背は低く、か細い体をしていた。


そのため彼は戦っていいのか、躊躇した。


(この国のお姫様と……戦っていいのかな?……何かあったら……)


ユラトが戸惑っていると、フィセリアは彼を睨み付けた。


「―――来なさい!」


「いや……でも……」


シュトルムがユラトに向って叫んだ。


「ファルゼイン!大丈夫だ、やれ!」


ユラトはフィセリアの方へ顔を向き直した。


(うーん……大丈夫かな……って―――っ!?)


フィセリアが突然走り出し、一気にユラトとの間合いを詰めると、鋭い突きを繰り出してきた。


「―――うわっ!」


ユラトは体を動かして避けた。


「ちょっと!」


相手は連続で切り込んでくる。


「くっ!」


ユラトはそれを木剣で全て受け止めた。


剣同士が交差した。


そしてそのまま、お互い顔が近づき、睨み合う。


「―――ぐっ!」


フィセリアは突然、余裕の笑みを浮かべながら話した。


「へぇ……一応は出来るみたいね……あなた……」


ユラトは自身を鍛えてくれた人物の事を思いながら答えた。


「ええ、魔物との戦いと……鍛錬を繰り返して、俺はここに来たんです……だから………この程度!」


ユラトは押し返すことにした。


「―――ふん!」


彼は、これで彼女が後ろへ下がると思っていた。


しかし、フィセリアは後ろへ下がるどころか、ユラトを押し返してきた。


想定していたよりも、彼女は力があるようだった。


「えっ……(どういうことなんだ!?……)」


「私はそんなやわな女じゃないの!甘いわね!」


ユラトが戸惑っていると体勢が崩れた所を狙って、彼女は再び突きを放ってきた。


ユラトは頭を動かし、それを避けながら、剣を上へ切り上げた。


「……ぐっ!」


フィセリアの腕にそれは当たった。


しかし、彼女は腕を硬化させていた。


「―――アイアン・ボディー!」


ユラトに硬い感触がやってきていた。


驚く中、彼女は片手で剣を振り下ろした。


「はっ!」


それを察知したユラトは肩を捻って攻撃を避けた。


「っ!」


お互い間合い取るため、下がった。


「………」


彼女の意外な力強さに驚いているユラトに向って、シュトルムが声をかけた。


「ファルゼイン、フィーの奴は、お前たち冒険者のクラスで言うとファイターと言う存在になるものだ!」


ユラトにはその言葉が信じられなかった。


「ファイター……まさか……こんなに小さくて細いのにですか!?」


彼の言葉を聞いたラツカが突然立ち上がった。


「あっ……ユラト殿……その事は……」


フィセリアは目を丸くしていた。


「あなた……」


「えっ……」


ユラトは彼女を見た。


「あ……」


するとフィセリアは俯き加減になり、体を少し震わせた。


「気にしているのに……気遣いの無い男ね!」


彼女は勢い良くユラトに向ってやって来た。


「うわ!」


「はあ!」


叩きつけるように剣を振り下ろした。


「早い!」


ユラトは後ろに下がって、それを避けた。


そして休む暇も無く、彼女は連打を浴びせてくる。


「許さないんだから!」


ユラトは、なんとかそれを凌いでいた。


「―――うわあっと!」


そして疑問に思う事があった。


(―――くっ!……あんなに体は華奢なのに……さっきよりも一つ一つが重い……なんでこんなに力が出ているんだ?……)


シュトルムが楽しそうに声をかけてきた。


「ファルゼイン、言うのを忘れていたが、フィーは戦士は戦士でも、『マナファイター(魔戦士)』と言うものだ!」



【マナファイター(魔戦士)】


体内にある魔力を通常の戦士よりも消費を多くして戦うスタイルの戦士。


それ故、攻撃力や防御力、速度などは通常よりも高く出すことが出来る。


しかし、魔力の消費が激しいため、長期戦に不向きなクラスでもあった。


だが、ハイエルフの王女であるフィセリアは、人間よりも遥かに高い魔力と自然回復能力があるため、通常よりも長く戦う事が出来る。


古代世界では、剣闘士などに多くあったと言われている。



「それを早く言って下さいよ!……うわ!」


ユラトは不満の声を上げると、しばらくフィセリアと剣を打ち合っていた。


王女の剣は力強く、ユラトを防戦一方へとさせた。


そこで彼は守りながら距離を取って、ファイアーボールの魔法をなんとか完成させ、隙を狙って撃った。


「―――炎よ、敵を撃て!」


撃ち出しと同時にユラトは相手に向った。


(行くぞ!)


突然の魔法にフィセリアは驚いた。


(―――火の魔法!)


間に合わないと思った彼女は両腕を顔の前で交差させ、それを防いだ。


火の玉は見事腕に着弾し、小さな爆発が起こった。


「―――くっ……やるわね!」


反撃をしようとフィセリアが構えを解いた瞬間、ユラトが目の前にいた。


「―――あっ!」


彼女はすぐに後ろへ飛んだ。


「はっ!」


しかし、ユラトはすでに片手で剣を水平に払っていた。


間に合わないと思ったフィセリアは後方に飛びながら、それを剣で受け止めた。


(……よし!反撃するわ!)


そのまま地面にたどり着くと、反撃をしようとした。


しかし彼女は真横に飛ばされていた。


「えっ………」


信じられないといった表情で、フィセリアは床に向っていった。


ユラトは払った剣を受け止められた瞬間、既にその力を利用して、流れるような動作で軽やかに回し蹴りを彼女に放っていたのだった。


これはバルガの女戦士に幾度も特訓をさせられていた事の一つだった。


見事に命中し、王女は飛ばされた。


「きゃあ!」


それを見た王子とラツカは驚いていた。


「ほう……フィーの奴は結構な使い手なんだが……あいつ……やるな……」


「様々なものを駆使して……彼らは戦うのですね……」


ユラトは上手くいったことに喜んでいた。


「よし!」


しかし、喜びも一瞬のことだった。


フィセリアは地面に体がたどり着く瞬間、片手で床を押し上げ、軽々と元の状態に戻っていた。


「あっ………」


睨みつけながら彼女はユラトに向って話しかけた。


「私に……床に手をつけさせるなんて………やるじゃない……ちょっとだけど、見直してあげる……」


ユラトは表情を変える事無く、武器を構えながら答えた。


「それは、どうも……(結構な使い手だな……この人……)」


その後、二人は一進一退の攻防を繰り広げた。


しばらく様子を見ていたラツカが魔法を唱え終えると、シュトルムに話しかけた。


「王子……ユラト殿は、ここに来てちゃんと休まれておられません……万全の状態でクエストをこなして頂くためにも、この辺りで、お止めになっては?」


「………そうだな……あの男の実力も大体だが分かったし……大きな怪我でもされたら意味が無いか……」


シュトルムは立ち上がった。


「よし、俺が止めてくるか……」


「私が行ってもよろしいですが?」


「いや、俺がフィーの奴を焚きつけたんだ。俺が行ってくる」


「分かりました……では……」


ラツカはそう言うと魔法を発動させた。


「ヴァルハラに流れる……軽やかなる風を……」


良い終えると彼の右手が淡い青緑色の光に包まれた。


彼はその手をシュトルムの背中へ静かに押し付けた。


「―――『ウィンド・ヘイスト』!」


魔法を発動させると王子の体を淡い青緑の風が包み込み、吹き上がった。


王子のプラチナ・ブロンドの髪が天井へ向ってなびくと、彼はユラトとフィセリアのいる所に向って勢い良く走った。


【ウィンド・ヘイスト】


風の補助魔法。


この魔法がかかると体重が軽くなり、全ての動作を素早くする事ができる。


特に、移動を早くすることができ、そして更に魔力を込める事で複数にかけることもできるため、多くのハイエルフ達が使用することが出来た。



彼がたどり着くと、ちょうどフィセリアがユラトを壁際へ追い詰めているところだった。


(ふふ……追い詰めたわ!)


(不味い……)


ユラトは反撃するために下から突きを行おうとしていて、フィセリアは剣を振り下ろそうとしている時だった。


(―――当てられるか!)


「―――はあ!」


そこへ王子が風のように現れ、二人の間に割って入った。


彼はユラトとフィセリアの剣を持っている腕を手で押さえた。


「―――両者、そこまでだ!」


二人は驚き、体を硬直させた。


「―――!?」


しかし、すぐにフィセリアがシュトルムに対して、不満の声をあげた。


「あと少しで、この男を……んもうっ!邪魔しないで!」


ユラトは戦いの終わりが来たことで安堵していた。


「ふぅ……」


そんなユラトの姿を見た彼女は、兄に向って叫んだ。


「戦わせなさいよ、シュトルム!」


「フィー……これ以上は、お互いが無駄に傷つくだけだ……」


ラツカもフィセリアの隣にやって来た。


「そうですよ。フィー様……ユラト殿には、もう少し休んで頂かないと……」


シュトルムは二人から手を離すと、妹に話しかけた。


「ファルゼインの実力は分かっただろ?……なら、もう良いはずだ……」


「………」


このまま穏便に終わらせたいと思ったユラトも、恐る恐る彼女に話しかけた。


「(まいったな……)あのフィセリア様……俺たちは共に協力してクエストをしないといけないはずじゃ?」


彼女は、ユラトの方へ向き直った。


「……うるさい……」


「えっ……」


ユラトが驚くと彼女は剣を振り上げた。


「とりあえず、一発……この剣で叩かせなさい!」


それを聞いたユラトは慌てて後ろへ下がった。


「なんでですか!」


その姿を見たシュトルムとラツカがフィセリアの両腕を、すぐに押さえた。


「おい……フィー!」


「フィー様……」


彼女は腕を懸命に動かそうと、もがいた。


「二人とも放して!……このままだと、なんか胸の奥がもやもやするのよ!あいつに一太刀浴びせるだけでいいから!」


彼女は二人を押しのけながら、剣を振り下ろそうとした。


ユラトは更に下がった。


「うわっ!……王女様……それって……趣旨が変わってませんか?……」


「もうそんな事どうでもいいわ!あなた……私に斬られなさい!」


シュトルムとラツカは、ため息をつき、彼女を必死に押さえた。


「はあ……フィー……落ち着け!」


「ふう……王子……どうなさいますか?」


「どうもこうも無い……ラツカ、俺は妹をなだめておくから、お前はファルゼインを……」


すると再び彼女は大きく体を動かした。


「二人とも邪魔よ!」


ラツカが二人から離れ、部屋の入口へ向いながらユラトに声をかけた。


「わ、わかりました!ユラト殿!とりあえず、この部屋から出ましょう!」


「は、はい!」


「ちょっとユラト、待ちなさい!私と決着をつけるのよ!」


王女の叫ぶ声を背に、ユラトとラツカは部屋から出た。


ユラトは一瞬だったが、振り返った。


(部屋から出ても良いのだろうか?……)



先ほどいた部屋に戻る中、ラツカが話しかけてきた。


「ユラト殿……どうかフィー様のご無礼をお許し下さい……」


「いえ……ちょっと驚いただけですから……大丈夫です……しかし……元気な方ですね……」


その言葉を聞いたラツカの表情は、なぜか沈んでいた。


しばし考えた後、彼はフィセリアについて話した。


「実は……フィー様は、この国で唯一、魔法が使えないハイエルフなのです………」


「―――えっ!?……」


ラツカは廊下の左右に流れる水を見ながら歩いた。


「生まれ時からユラト殿と同じようにラグナの呪いがあったためか……原因は分かりませんが……いくら試しても……風一つ生み出すことが出来なかったんです……」


「……そうなんですか……」


「そして……運の悪いことに我々は戦況が、あまり芳しくない中にいます……その結果……『これはフィー様の呪いのせいではないか?』と思う者も幾人かいるのが現状でして……その事で両陛下も御心を痛めておられるのです」


「なるほど……」


ラツカは歩きながら、遠くを見るように天井を見上げた。


「あの双子の兄妹は……ある意味、この国の光と影なのです……」


シュトルムは『蒼き風の皇帝の再来』だと、多くの国民から期待されていた。


しかしフィセリアは、この国に災いをもたらす、不運の象徴だと思われていた。


「その事をフィー様は幼き日より、ずっと気になさっていて……人が多く集まる場所や祭りなどの行事には、ほとんど参加なさっておられません……だからこそ、フィー様は何か自分にも出来る事がないか必死になって考られ……そして魔戦士になられたのです……」


「そうだったんですか……」


「先ほどから気が立ってらっしゃったのは、同じラグナを持つユラト殿が魔法を使えたからと言うのもあるのかもしれません……」


ユラトは左手の甲を見た。


「もしかしたら俺と同じように禁呪を使えるかもしれませんよ?それが良いのか、分かりませんけど……」


「そう……ですね……」


そして二人は、ユラトのいた部屋についた。


ラツカは表情を元に戻し、ユラトに話しかけた。


「ユラト殿……クエストをいつやるかは、陛下と重臣たちを集めた会議の後、決まる流れとなっております。恐らく明後日ぐらいには始まるかもしれません……後で食事も用意させますので、今日は長旅の疲れを癒して下さい……本日は度重なる非礼の数々、どうか御容赦下さい……では……」


去ろうとするラツカをユラトは呼び止めた。


「ラツカさん」


「はい、何でしょう?」


「王子とフィセリア様に今日の事は……気にしていないと………それから……共に頑張って、風を取り戻しましょうって俺が言っていたって……言っておいてください」


ラツカは胸元に手を置くと頭を垂れた。


「寛大なるご配慮……感謝いたします……」


そう言うと、彼はユラトのもとを去った。


部屋に一人いる彼は、外の景色を見た。


外は既に暗くなっていた。


滝の切れ間から見える民家からは明かりが灯っていて、湖面には月が映り、そこをシルフ達が遊ぶように飛んでいた。


「もう……夜か……」


彼は仲間たちが無事、トロールのいる地帯から抜け出せたのかを思い出した。


(そうだ……だけど……まあ……ユニコーンは森の中では早いって聞いたから……大丈夫だろう……)


久しぶりに一人になった彼は装備を外すと食事を取り、用意された水と布で体を拭いた。


そしてベッドに仰向けに寝転んだ。


色々考えようとしたが疲労のため、すぐに目蓋が重くなった。


(……駄目だ……気が緩んだせいか……眠くなってきた……)


そのまま彼は久しぶりに深い眠りに付いた。


(エル……俺は冒険者として……ハイエルフの国を見つけたんだ……そして……)



荘厳に流れ落ちる滝の音が僅かに聞える場所でユラト・ファルゼインは眠りについていた。


しかし、彼の安らかなる眠りは完全に達成されることはなかった。


なぜなら、彼のいる国に大いなる危機が迫っていたからだった。


それは、そろそろ朝日が出ようかと言う早朝の事だった。


突然、木製のドアが叩かれた。


―――ドンドンッ!


「申し訳ありません、ユラト殿!起きて頂けますか!?」


「………」


ユラトが答えないでいると、もう一度、同じ事が起こった。


「ユラト殿!部屋におられますか!?」


「…………」


だが、彼は起きなかった。


しかし、それが3回目に達した時、ようやくユラトは目を覚ました。


「うっ……うう~ん……ん!?」


自分を呼ぶ声に気付いた彼はベッドから起き上がり、ドアを開けた。


「―――ユラト殿!」


開けたドアから現れたのは、鎧姿のラツカ・シェルストレームだった。


彼は走ってここまで来たらしく、息を切らせていた。


「はぁ……はぁ……」


しかも表情は険しい顔をしていた。


ユラトは眠い目を擦りながら、ラツカに尋ねた。


「こんな……朝早く……どうかしたんですか?……ふぁ……」


「お休みのところ申し訳ありません。ですが緊急事態が起こりました!」


「……えっ……何かあったんですか?」


ラツカは息を整え、落ち着いた声でユラトに話した。


「…………敵の侵攻がありました……」


「―――えっ!?……オーク達が、やって来たって事ですか!?」


ラツカは眉を寄せ、苦しそうな表情で答えた。


「そうです………しかも……今までで一番多い軍勢を引き連れて……」


「そんな!……」


「我々はこれより敵に対処するため、門を開け、討って出ます。申し訳ありませんが、ユラト殿にはフィー様と共に風の神殿へ向って頂きたいのですが……よろしいですか?」


ユラトの心は決まっていた。


「わかりました、行きます!」


「ありがとうございます……」


「だけど………討って出て大丈夫なんですか?」


「……前線の陣中見舞いをするために外に出られた陛下と我が父がいるのです……」


「なるほど……そうだ……俺たち人間の援軍は頼んでいないのですか?」


「陛下の手紙には、一応書いてあるとの事ですが……ここに来るまでの時間を考えると………」


「そうですね………」


「とりあえず、陛下をお救いした後、ウッドエルフ達の援軍が来るまでは、なんとか持ち堪えてみるつもりです……」


「分かりました。じゃあ、俺はすぐに準備をします!」


「お願いします。準備が出来次第、湖の入口へ!」


「はい!」


ユラトは、すぐに準備を済ませた。


彼らは薄暗い中、移動して国の中央に向った。


しばらくして風の神殿がある、岩山の入口にたどり着いた。


そこにはラツカと同じように銀色の鎧とマントに身を包んだシュトルムとフィセリアがいた。


彼らは忙しそうに移動している部下達と話をしていた。


ユラトの姿を見たフィセリアが叫んだ。


「―――遅いわよ!何をやっていたの!」


「すいません……」


シュトルムが、すぐに妹に話しかけた。


「フィー!今はその時ではない!」


王子はユラトに顔を向けた。


「ファルゼイン、話はラツカから聞いた通りだ……俺はこれから門の外へ行き、父上を助けに行ってくる。お前には予定より早くなってしまったが、風の神殿に向ってもらう……頼めるか?」


ユラトは力強く答えた。


「まかせて下さい!」


「よし!頼んだぞ!」


シュトルムがそう言うと、続々とユニコーンに乗った鎧姿のハイエルフの騎士たちがやってきた。


そのうちの一人が王子に声をかける。


「王子の馬を連れてきました!」


「ああ……来たか……」


ユラトは彼のユニコーンを見た。


それはウッドエルフ達の乗っているものよりも、大きく逞しい姿だった。


ラツカから聞くところによると、これは軍馬として品種改良されたと言うことだった。


体の半分を銀色の金属で覆われ、鼻息も荒く、ウッドランドで見たものよりも力強さを感じさせた。


(早く走りそうだ……)


まじまじと見ていたユラトは、シュトルムのユニコーンが他のものと違うことに気がついた。


「角が2本ある……これって……」


王子はユニコーンのたてがみを優しく撫でながら答えた。


「ファルゼイン……これは『バイコーン』と言われるものだ」



【バイコーン】


この世界では、産まれてくるユニコーンの中に、ごく稀に2本の角を持ったものが現れることがある。


それを、『バイコーン』と言った。


ユニコーンを一角獣と言うのに対し、これは二角獣と言う。


このユニコーンは通常のユニコーンよりも魔力が高く、エルフ達の間では珍重されてきた。


しかし、気性が荒いため、誰も乗りこなすことはできなかったが、風の王子にはなぜか懐いたため、彼はすぐにこの馬を自身の乗る馬に決めた。


それ以来ずっと戦場においてシュトルムにとっては、なくてはならない存在。


名は『アリオン』と言う牡馬。



短く説明をした王子は何かを思い出した。


「そうだ……ファルゼイン……これをお前に渡す……」


彼は懐から何かを取り出し、それをユラトに渡した。


受け取るとユラトは手に取ってみた。


「………これは?」


彼の手の中にあったのは鳥の羽根の骨組みを組み合わせたようなものだった。


非常に軽かったが、見た目より頑丈だった。


「見た事が無い……なんだろ……」


ユラトが不思議そうに見ていると、フィセリアがユラトに向って言った。


「それはフレースヴェルグの羽根を加工したものよ……私の髪にもあるでしょ?」


ユラトはフィセリアを見た。


確かに彼女の言う通り、髪を一つにまとめられた部分に髪止めとして、それはあった。


部下に命令を下したラツカがユラトに近づいて来た。


「ユラト殿、それを装備することで風の抵抗などを増やすことが出来るのです……あなたが向うのは……風の神殿………そう言う物があっても損はないかと思います……」


「その羽は強い風を受けると、コバルトブルーの羽が浮かび上がるのだ……だから風の力を見るときは、その羽を見れば良い筈だ……」


「そう言う事ですか……ありがとうございます!」


ユラトは、フレースヴェルグの羽根を自身の左胸のマントの部分に差し込んだ。


王子は妹を見ていた。


「フィー……なんとかしてシルフォードを目覚めさせてくれ……」


「安心してシュトルム。やってみせるわ!だから……あなたも、お父様を……」


「ああ……わかっている……」


ラツカもフィセリアに話しかけていた。


「フィー様……どうかご無事で……」


「私より、あなた達の方が心配よ……ラツカ……」


ラツカは優しげに笑顔で答えた。


「ご心配には及びません。王子には、蒼き風の加護がありますから……」


「そうだ、フィー……」


3人は視線を合わすと、無言で頷いた。


「………」


シュトルムはユラトに視線を向けた。


「ファルゼイン……妹の事を……頼む……」


「はい!」


彼が元気良く答えると、フィセリアが遮るようにユラトの前に出てきた。


「大丈夫よ、この男の世話にはならないわ」


そんな妹の姿を見たシュトルムは、僅かに笑みを見せた。


「ふふ……その元気があれば、大丈夫だな……」


王子は愛馬アリオンに乗った。


「では、二人とも。無事に再開出来る事を願っているぞ!」


「はい!どうかご無事で!」


ユラトの返事を聞いたラツカとシュトルムは頷くと、ユニコーンで門に向って勢い良く駆け出していった。


残された二人は周囲を見た。


そこには兵士とウィスプと普通の人々が何人かいる。


兵士の一人が、王女に話しかけてきた。


「フィセリア様……あそこが岩山の入口です……私が案内致します……」


「ええ……お願い……」


兵士が歩き出すとフィセリアがユラトに話しかけた。


「じゃあ、行くわよ、ユラト!」


「はい!」


二人は、すぐに岩山の麓にたどり着いた。


ユラトが上空を見上げると、渦巻く風の音が聞こえた。


(こんなに大きな音がするのか……)


たまに風がやって来ると、何かが泣いているかのような音も聞こえた。


彼は視線を落とした。


(ここか………)


目の前は大きな木の柵で囲まれているようだった。


ユラトはその先を隙間から見た。


(………あっ!……あそこに赤い模様が見える……)


柵を越え、道の先を歩くと、岩山にはめ込まれる様に大きな石の扉が存在した。


その扉の中心に真っ赤なヒトデのような模様が見ええる。


(あれが……血の封印か……)


炎のように揺らいでいるその模様の前に、数人の兵士達と共に二人はたどり着く。


「フィセリア様……ここがそうです……」


「……そう……案内ありがとう……」


そう言うと彼女は一人、その扉の前に立った。


(ここだったわね……思ったより小さい……あの時は子供だったからかしら………)


この先を進む事を思うと、僅かの不安が彼女を襲った。


だがフィセリアは目を閉じ、僅かに顔を左右に振った。


(だめよ、不安に思っちゃ……あの人間の男に笑われるわ……)


彼女は意を決すると、振り返った。


「……私と、そこの召使いの男以外は下がって頂戴!何があるか分からないから!」


王女の言葉にユラトは目を丸くした。


(召使いって……俺の事か……)


「はっ」


「承知しました!」


兵士たちは柵の外まで下がった。


周囲に二人以外いない事を確認したフィセリアは扉の前で羽根飾りの尖った部分に人差し指を軽く押し付けた。


「っ……」


すると、彼女の指先から僅かに血が流れた。


その指先をフィセリアは封印の模様がある場所に軽く触れさせた。


「………(お願い!……開いて……)」


何も起こらない、少しの間があった。


「………」


二人は視線を合わした。


「………え?」


「………?」


しばらく無言でいると赤い模様は砕け散り、石の扉が重い音を立てながら独りでに開き始める。


(………良かった!開いたわ!)


自分だけが呪いを背負い、魔法を使用することが出来なかったため、「本当に自分はブラウフェダーの者なのか?」と、フィセリアはいつも疑問に思っていた。


しかし、扉が開く事で自身が王族の血を持っていると、再確認出来る事が出来て嬉しく思った。


(ふぅ……最初の問題は大丈夫だったわね……あとは……)


《ゴゴゴゴッ………》


扉は年月が経っているため、かぶっていた砂を地面に落としながら、重々しく開いてく。


(この先は?……)


完全に開ききった中をユラトとフィセリアは顔を近づけ、慎重に覗き込んだ。


(どうなっているんだろ……)


(ちょっと、かび臭いわね……)


中を見ると真っ暗で良く分からなかった。


ユラトは王女に話しかけた。


「フィセリア様……暗いですね……」


「………そうね……」


そう返事を返すと、彼女は少し考えた。


(………何か……明かりを……そうだ!)


フィセリアはウィスプを呼んだ。


「ウィスプ!」


呼ばれたウィスプは、ころころと転がってきた。


彼女はウィスプを中へ入れることにした。


「お願い、中を動いて!色々照らして頂戴……」


すぐに、ウィスプは体の中央の燃えている炭の炎を少し強くさせると、中へ入って行った。


ウィスプが扉の奥へ入ることで、中が照らされ始めた。


「あっ……」


「見えてきた……」


しかし、黒い影が二人の目に映ると同時にウィスプの炎の部分が何かによって貫かれる。


《―――ザシュ!》


瞬時にウィスプは火を消され、水になって地面に崩れるように流れ落ちた。


「―――っ!?」


水が地面に広がっていく中、細長い影によって燃えた炭は、ユラトとフィセリアがいる入口へ向って素早く投げ飛ばされた。


転がってきた炭を見ると、僅かに水に濡れたためか、水蒸気と煙が混ざり合ったものが立ち上っていた。


ユラトは叫んだ。


「―――何かいます!」


二人は反射的に後ろへ少し引いた。


すると、叫び声を聞いた兵士たちがやって来た。


「どうしました!?姫様!」


「みんな、近づいては危険よ!」


叫んだフィセリアは、兵士の一人に話しかけた。


「そうだ……悪いけど私とその男の剣に、マナトーチの魔法をかけて貰えるかしら?」


若い男の兵士はすぐに返事をすると、二人の剣に明かりの魔法をかけた。


「―――マナトーチ!」


フィセリアは笑顔で彼に礼を言った。


「ありがとう……」


この青年は顔を赤らめて恐縮していた。


「い、いえ!当然の事です!」


いつも怒られているユラトは、その姿を意外に思いながら見ていた。


(へぇ……あんな優しい顔をする事もあるんだな……)


彼の視線に気づいたフィセリアはユラトを睨み付けた。


「……あなた……今……何か失礼な事……思わなかった?」


「い、いえ!それより、王女様……中を……」


「わかってるわよ!」


ユラトは入口の壁に背中を付けながら、自身の光る剣を静かに中へ入れた。


(どうなっているんだ?……この中……)


彼と同じような格好で入り口の反対側にいる王女は、中の様子をそこから伺った。


「………私からは見えないわね……ユラト……あなたが奥を見て……」


ユラトは無言で頷くと、慎重に顔を入口へ近づけた。


(………さっきの奴は……どこだ?……)


中は巨大な空洞になっていて暗く、奥は分からなかったが地面は乾いた砂が広がっているようだった。


(ここからじゃ、見えないみたいだ……)


二人の見る範囲では、どうやら分からないようだった。


そこでユラトは思い切って、上半身を差し入れることにした。


(………どこだ!?)


彼はすぐに何か音を感じ取った。


(……ん!?)


パラパラと砂や岩が崩れる音だった。


(崩れる……音……か……ん?……)


何かの気配を感じたユラトはすぐに体を捻り、入口の上にある壁を見た。


「―――はっ!!」


ユラトは驚いた。


そこにいたのは、巨大なサソリの魔物だった。


入口の壁に張り付き、大きな棘のある尻尾を今まさに振り下ろそうとしている瞬間だった。


その光景を見たユラトは反射的に動いた。


すぐに王女を抱きかかえ、入口の横へ飛んだ。


「―――王女様!」


突然のことに彼女は驚き、声を上げた。


「―――きゃあ!」


彼女の叫び声と同時に入口が、振り下ろされたサソリの尻尾で破壊された。


そしてそれは、そのまま入口から出てきて兵士の一人に刺さり、肩を貫いた。


「ぐあ!」


その姿を見たフィセリアは叫んだ。


「―――みんな、気をつけて!」


すぐにユラトとフィセリアは立ち上がり、敵に向った。


サソリは牛よりも大きかった。


全身は半透明で黄色く、中は青い色をしていた。


そして、たまに青い部分は一瞬だが、発光しているのが分かった。


敵は突き刺した相手を空洞の中へ入れようと、引っ張り始めた。


「こいつ!」


それに気づくと、ユラトは敵の尻尾を切りつけ、フィセリアは兵士を引っ張った。


「………くっ」


ハイエルフの兵士はなんとか彼女によってサソリの棘から引き抜かれた。


ユラト攻撃は、敵の尻尾に見事ダメージを与えている。


傷つけられた場所から、水色の蛍光色の血が僅かに流れ落ちていた。


(……こいつ……ハサミの部分は硬いみたいだけど……体は思ったより、柔らかいな……これなら……)


助けられた兵士は顔を苦痛に歪めながら、フィセリアに礼を言った。


「姫様……ありがとうございます………」


「誰か、彼を!」


彼女は周りの者に負傷した兵士のことを頼むと、ユラトに加勢するため、剣を手に取った。


(いきなり、魔物と戦闘だなんて!)


フィセリアがユラトと魔物がいる方へ顔を向けると、敵は穴の中へ入って行った所だった。


入口から少し離れたところに二人は立った。


「どうしますか!?」


「これじゃ、中に入れないわ……」


二人が考えようとした時、敵はまたもや先手を取って動いてきた。


ユラトはすぐに叫んだ。


「フィセリア様!敵が!」


「―――!?」


二人は左右に飛んだ。


(考える暇も!)


サソリの魔物は入口を更に破壊して勢い良く外へ出てきた。


砂埃が周囲に漂った。


周囲にいた兵士たちが叫んだ。


「―――姫様、どこに?!」


「大丈夫よ!それより、みんな、あいつをやるわよ!」


「はい!」


この場にいる全員が武器を構え、砂埃が落ち着くのを待った。


フィセリアは兵士に指示を出した。


「私と人間の男で、敵に攻撃を仕掛けるから、あなた達は、ウィンド・スラッシュで攻撃して!」


「はっ!」


砂埃が落ち着き始めた。


フィセリアは隣にいるユラトに話しかけた。


「ユラト、あの魔物と戦った事は?」


「すいません……俺も初めて見る魔物です……」


「そう……じゃあ、あなた達の中で言う『新発見』って奴ね……」


「ええ……」


相手の姿が見え始める。


敵は動かずにハサミを低く構えたまま、尻尾を立てていた。


ユラト達が近づかないでいると、二人の間に向って急に速度を出して近づいて来る。


「―――来た!」


「みんな、敵の正面に出ないように!」


二人は敵の攻撃から避けるため、左右に分かれた。


すると敵は、尻尾を地面に沿って一回転させた。


《―――ブンッ!》


周囲にあった木の柵を破壊しながら、それは回った。


「……くっ!」


ユラトとフィセリアは跳躍し、それを避けたが、魔法の詠唱をしていた兵士の何人かは直撃を喰らい、後方へ飛ばされた。


「―――ぐあ!」


着地すると、二人はすぐに敵に向った。


右側からユラトが剣をサソリの胴体へ向って振り下ろす。


「はっ!」


続いてフィセリアも左側から近づき、敵に一撃を食えようとした。


だがその時、相手は両方のハサミを動かし、払うような動作をした。


二人の攻撃は受け流された。


「―――くっ!」


再び切り込もうと近づいたその瞬間、相手は棘のある尾の先端を何故か素早く地面に突き刺した。


「!?」


みな、一瞬動きを止めた。


(なんだ?)


すると、そこからバチバチッと音が聞こえた。


そしてその後、ほとばしる光が見えた。


その光を見たユラトは地面を見た。


(………ん……これは!?……)


それは蜘蛛の巣のように地面に広がる雷光だった。


一瞬にして周囲はサソリの放った電撃に包まれた。


ユラトとフィセリアもその攻撃を喰らった。


二人に痺れるような感覚と刺すような痛みがやって来た。


「ぐぐ……ああ!……」


「……いった!……い……」


ユラトは敵の魔法攻撃に抗うため、歯を食いしばり、全身に力を入れた。


(体が……痺れる……)


魔物はすぐに尻尾を引き抜くと、ユラトに向って尻尾の先を振り下ろしてきた。


「っ!?」


ユラトは、それをなんとか後ろへ飛ぶことで避けた。


謎の攻撃を受けた彼らは驚いていた。


「雷撃を放つサソリ………」


このサソリは『サンダー・スコーピオン』と言われる魔物だった。



【サンダー・スコーピオン】


全体が半透明の薄い黄色で覆われ、体やハサミなどの中心部は水色。


棘に毒は無い。


しかし、刺した相手の魔力を奪い、その魔力を使って、全身のあらゆる場所から雷撃を放つことが出来る。


尻尾は強靭で柔らかく、ゴムのように伸ばしたり、地面に刺して胴体を持ち上げたりすることもできる。



ユラト達が攻めあぐねていると、サソリはこの場から去ろうとした。


進む方向を見た王女が叫んだ。


「まずいわ!民家に向うつもりよ!」


ユラト達は、すぐに追いかける事にした。


「行きましょう!」


走ろうとすると、魔法の詠唱を終えた男女のハイエルフの兵士がユラトとフィセリアの背中に優しく触れ、魔法を発動させた。


「………ヴァルハラに流れる……軽やかなる風を……―――ウィンド・ヘイスト!」


二人は地面から吹き上がる風に包まれた。


「この魔法は!?」


戸惑っているユラトに向ってフィセリアが話しかけた。


「風の補助魔法よ!それより、追いかけるわよ!」


「あ、はい!」


魔法の支援を受けた二人は敵を追いかけた。


民家が集まった所にある道をユラトは走った。


(あいつ……思ったより早い!)


一瞬、「追いつくことは不可能ではないか?」と思った。


しかし、自身も体が軽くなっている事に、彼はすぐに気づく。


(………凄い……手足を動かす動作が早い……しかも体が軽いから……)


ユラトは自身の体が街中を吹き抜ける風のようになっていると感じた。


(これなら、すぐに追いつけそうだ!)


隣にはフィセリアがいて、後ろには補助の魔法をかけられた兵士たちが付いてきている。


ユラトが近づくと、敵は兵士ではない一般の人々に既に襲い掛かっていた。


「きゃああーー!」


「逃げろー!」


「うわあああああ!」


いくつかの家と壁を破壊し、屋根が吹き飛んだ。


騒ぎを聞きつけた人々が集まり、人だかりが出来始めた。


戦いの出来る若い男は、ここにほとんどいないため、女性や子供、年寄りなどが多かった。


「下がって!みんな、危険よ!」


フィセリアの叫びを聞いた老婆が顔を少し、しかめた。


「………これは……姫様……一体何事ですか!?」


この老婆は、フィセリアのことをあまり良く思っていなかった。


彼女は、猜疑心に満ちた目でハイエルフの姫を見ている。


(また……あの目……)


フィセリアは小さな時から幾度も、その目で多くの人々に見られていた事を一瞬の事だったが思い出し、表情が僅かに沈んだ。


(私は……みんなにあんな風に見られるのが嫌で……)


人々の前に、あまり姿を見せていなかった事を思い出し、戦意を喪失しそうになった。


(ずっと……シュトルムと……ラツカに……守られていたから……)


しかし、彼女のすぐ目の前で同じ呪いを背負う、人間の青年の背中が見えた。


(………あの男はずっと……この暗黒世界で……戦っていたのよね……だったら私も……)


フィセリアは顔を左右に振った。


(いや……そうじゃないわ……このクエストによって……―――私が風を生み出すのよ!!)


そうする事で心の中にある闇を払うことが出来ると思った。


(あの人間の男と戦った時に………鳥籠の中にいるような毎日を終わらせるって……決めたんだから……言いたい事を言って……もっと欲張りに……もっと我が侭になってやるって……)


フィセリアは戦意を取り戻し、すぐに周囲の人々に向って叫んだ。


「説明は後よ!とにかく、その魔物に気をつけなさい!」


彼女の叫びには王家の者としての威厳があった。


フィセリアの叫びを聞いた老婆は状況を理解し、周囲の者達に向って叫んだ。


「わかりました……みんな、家に入るんじゃ!」


ユラトが敵を追いかけているとサンダー・スコーピオンは、逃げ損なった老人を捕らえた。


「あわわわわ!」


「くそ!」


ユラトは一気に近づき、剣を振り下ろした。


「放せ!」


しかし、敵はハサミでそれを受け止め、振り回して彼を弾き飛ばした。


「くっ!」


ユラトを飛ばしたサソリは魔力を吸いながら素早く民家の壁をよじ登り、屋根に達すると、その老人をゴミを捨てるかのように軽々と投げ捨てた。


「―――あっ!」


ユラトは急いで走り、その老人を受け止めた。


「………ふぅ……間に合った……」


「良くやったわ、ユラト!」


声をかけたフィセリアは屋根に上り、敵の目の前にいた。


「逃さないわよ!」


彼女は足に魔力を込めた。


(一気に……)


溜まった力を解放すると、フィセリアは撃ちだされる矢のように、素早く敵に向った。


「―――はあ!」


一気に間合いを詰め、鋭い突きを放つと、側眼と呼ばれる部位に当たり、突き刺さった。


《っ!?》


身を揺らしたサソリはハサミを振り、彼女の剣に軽く雷撃を放った。


(来る!?)


フィセリアはそれに気づき、素早く剣を抜くと、上半身だけを動かしてそれを避けた。


すると、今度は尻尾の針で上から攻撃を仕掛けてくる。


「!?」


腕に魔力を込め、剣を払うように振りながら、後方へ飛んだ。


「ハアッ!」


針と剣がぶつかり合い、火花と音が出た。


離れた彼女は屋根に着地し、敵を見た。


「………」


フィセリアに刺された部分から明るい水色の体液が流れ落ちていた。


(なんとか……倒せそうね……)


彼女は再び突きを繰り出してやろうと、武器を構え、隙を伺った。


するとサソリは屋根に尾の先を突き刺したまま、動く事無く、低い体勢でハサミを構え、小さく震え出した。


(……何をする気?)


兵士たちが次々とウィンド・スラッシュを放った。


「―――喰らえ!」


いくつも風の刃が向う中、サンダー・スコーピオンの体全体がバチバチと音を立てながら、光り始める。


放電をすることで、風の刃は威力を落とされたのか、あまり効いてはいないようだった。


「そんな!?」


「どう言う事だ!?」


「効いていない!?」


走ろうとしたフィセリアは、敵が再び雷撃を放ってくると思い、敵に近づくのを止めた。


「(また……あれをやるつもりね……光ったら飛んで逃げてやるわ……)みんな、気をつけて!」


兵士たちは再び魔法を放つため、下がって詠唱をし始めた。


「はい!」


ユラトは平屋の屋根の上で光るサソリの魔物を見た。


(雷撃か!)


負傷した老人を近くの人に預けると、彼はすぐに敵の下へ向った。


それを察知したサソリは動いた。


(―――来るわ!)


フィセリアは屋根の上で、「このサソリの魔力を消費させてしまおう」と思い、わざとぎりぎりまで待つことにしていた。


そしてサソリは彼女の目の前で、雷撃を放つかと思われた。


「―――えっ!?」


なんとサソリは体中から電気を放電させながら、尻尾で自身の体を持ち上げていた。


(何をする気!?)


突然の事に驚いていると、そのまま屋根から飛び上がった。


「っ!?」


周囲には、まだ何人かのハイエルフ達がいた。


そこへ魔物はハンマーを打ち付けるかのように、自らの体を地面に叩きつけようと動いた。


それはちょうどユラトの目の前だった。


それを見た彼は瞬時に剣を両手で持つと、力いっぱい敵の尻尾へ向けて振りぬいた。


「―――はあああ!」


ユラトの腕に電撃がやって来た。


(うっ……あああーーー!……)


しかし彼は耐えながら、そのまま力を込め、剣を振り切った。


「はああああああ!」


彼の振り抜いた剣は見事、魔物の尻尾を両断していた。


切り飛ばされた尻尾の先が民家の壁に突き刺さり、大きく揺れる。


同時にサソリの体が地面に打ち付けられた。


舞い上がった砂埃と共にバリバリバリッと落雷のような音がし、周囲に光りの網が広がる。


強力な雷撃が、そこにいる者達を襲った。


「う゛う゛……―――あ゛あ゛あ゛あ゛!!」


ユラトの全身も痺れていた。


彼はあまりの衝撃から、剣を地面に落としてしまっていた。


(体が……全く動かせない……くっ!)


何人かは立ったまますぐに気絶し、小刻みに震えていた。


(これは……まずいぞ……何も……でき……ない……)


目の前には、地面に体を打ちつけ雷撃を放っているサソリがいた。


(動けなければ……倒すことも……)


しかし、すぐにそれは止まることになった。


なぜなら、ハイエルフの姫が屋根から飛び降り、サソリの頭に剣を突き刺していたからだった。


「―――はあ!」


サソリは頭部の中心を貫かれると、すぐに放っていた雷撃を中断させ、生命活動を停止させた。

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