第二十六話 その道を……

オリディオール島の上空に赤い亀裂が走っていた。


亀裂は遥か遠くまで続いている。


どうやら、島全体にまで達しているようだった。


そして強い風が吹き、黒に近い灰色の雲が大量に、うねるように大空を移動していた。


草や木々が揺れ、いくつかの葉が空へ吸い込まれていくように飛んでいった。


村人が空を見上げ、指を指し、ある男の名前を叫んだ。


「レオンさん!あれは!」


レオンと呼ばれた男は、空を見ると、すぐに近くにいた子供の名前を叫んだ。


「ユラト!すぐに、家に入りなさい」


「……う、うん!」


その時、子供は確かに見ていた。


大人たちと同じように空を見上げ、雲の隙間から現れた飛竜の群れを。


(この前、絵本で読んでもらった竜にそっくりだ!)


「ビルクさん、悪いが、すぐにこのことを村長にも伝えてくれ!私は、スティラート夫妻に会い、戦う準備に入る!」


「分ったよ、レオンさん!」


そう言ってビルクは、この場所から去って行った。


そしてレオンと呼ばれた男は、まだ移動していない子供を叱った。


「何をしているんだ、ユラト!早く行きなさい!そして、このことを母さんにも伝えてくれ!」


ユラトは、父親の顔から今の状況が危機的であることを理解した。


「うん!わかったよ、父さん!」


自宅へ向って走る中、ユラトは一抹の不安を感じ、振り返った。


イシュト村の大人たちが忙しそうに、走り回っているのが見えた。


(父さん……大丈夫だよね?)


すると空が鳴動し始めた。


(早く、行こう!)


そして家にたどり着いたユラトは、母を呼んだ。


「―――母さん!外の空を見て!昨日、寝る前に読んでもらった絵本の中にいた竜が空を飛んでいるんだ!」


         ユラト・ファルゼイン、運命の日より。



エルフィニア大陸にある、広大な森の領域の一つでユラト・ファルゼインは、自らを『龍の騎士』と言った人物『シンフォース・グルーゼ』と対峙していた。


その人物は、飛竜に乗って現れ、武器をしまうと、名を名乗った。


一体、何が目的でこの人物は、ユラトの前に現れたのか。


ユラトは、言い知れぬ不安の中にいた……。



ユラトの目の前にいる黄金の騎士は、名を告げた後、飛竜に向って指を鳴らした。


すると、オッドアイの竜は翼をたたみ、頭を地面につけ、目を閉じた。


僅かだが地面が揺れた。


リュシアは、声を上げそうになった。


(―――わわっ!)


シンフォースは、自身が乗っていた竜が休みの体勢に入ったのを確認すると、振り返った。


「……武器もしまい……竜も休ませた……これで分かったか?……私には、戦う意志がないことが……」


ユラトは、ジルメイダやダリオがどうするか、武器を構えたまま、待つことにした。


(だけど、すぐに動く事はできそうだ……だから……安心はできない……)


ジルメイダとダリオ、それにリュシアとレクス4人が近づき合い、小さな声で話しを軽くすると、彼らは武器をすぐにしまった。


そしてジルメイダが龍の騎士に、話しかけた。


「わかったよ……話を聞こうじゃないか」


4人が武器をしまったので、ユラトも剣を鞘に収めた。


それを見た騎士は話し始めた。


「感謝するぞ………では、話をするか……私がここへ来たのは、ある人物に会うためだ」


ダリオが尋ねた。


「ここにいる誰かってことか?」


「そうだ」


レクスは、警戒しながら聞いていた。


「誰だと言うのだ?」


「私も、この中の誰なのかは分からない……」


リュシアがレクスの後ろに隠れながら、恐る恐る呟いた。


「じゃあ……探しようが……」


「いや、大丈夫だ。私が探している者は、あるものを持っている者だ」


その言葉を聞いたジルメイダが腕を組み、不機嫌そうに言った。


「回りくどいのは嫌いだよ。さっさと言いな」


彼女の態度を見た龍の騎士は、少しだけ笑った。


「ふふ……そうか……それはすまんな……」


彼は話を続けた。


「私が探している者には、体のどこかに青き呪詛の模様が刻まれている………誰かいないか?」


それを聞いたユラトは、驚いた。


「―――えっ!」


ユラトの声を聞いたシンフォースは、そこへ顔を向けた。


「………お前に宿っているのか?」


ユラトは、話して良いものなのか判断がつかなかったため、ジルメイダとダリオを見た。


すると、ジルメイダとダリオは、無言で頷いていた。


「………」


それを見たユラトは、話すことにした。


「はい……これのことですよね?」


ユラトは、左手の甲を見せた。


龍の騎士は、数歩歩いて、ユラトに近づき、彼の手を見た。


「………これは……」


そして騎士は、突然喜びの声を上げた。


「フハハハハ!これだ、この模様だ!……そうか……お前に宿っていたのか……お前の名前は何と言うのだ?」


ユラトは答えた。


「ユラト・ファルゼインと言います……」


自身の呪いの事が気になったユラトは、すぐに尋ねた。


「これを知っているんですか!?」


尋ねられたシンフォースは、笑い声を止めると、ユラトに話しかけた。


「ああ……知っている……それは最も古き呪いの一つで、名を『ラグナ』と言う……」


「最も古き呪い?……」


「そうだ……それは膨大な魔力をお前の体から吸い上げ、その代わりに禁呪と言われるものの危険な部分を肩代わりしてくれるものだ……」


「肩代わり?……じゃあ、俺が使用しているリファイス・ブラストは……」


シンフォースは禁呪の名前を聞き、驚いた。


「ほう……もうその魔法を使えるのか……いいか、よく聞け、その魔法は、対象を爆発させるだけでなく、術者自身も本来は爆発させる自爆の魔法なのだ」


話を聞いたユラトは、驚いた。


「―――ええっ!?」


「そんなに甘いものではないぞ。だからこそ禁断の魔法と言われるのだ」


「そうだったのか……(じゃあ、もう一つの魔法も……)」


ユラトが呆然となっている中、シンフォースの剣にはめ込まれていた宝石の一つが輝いた。


(ん……何かが蠢いた……となると……あまりここに長居はできんな……)


シンフォースは、ユラトに話しかけた。


「他にも話したいことがあったが、あいにく私は忙しくてな……今日はラグナを持っている者の確認と、もう一つの事を早々に済ませ、すぐに次の場所へと向わねばならないのだ……」


「……もう一つ?」


尋ねられた龍の騎士は、腰にぶら下げてあった小さな布袋から、何かを取り出すと、それをユラトに向って投げた。


「これを、お前に渡す……」


ユラトは、それを受け取り、手を広げて見た。


「……ん……これは……」


それは、淡く黄色い石で縦に一本のひび割れのようなものがあり、そのひびは強く光っていた。


ユラトの周囲にいつの間にか、4人も来ていた。


石を覗き込んで見ていたダリオが、その石の名を呟いた。


「こりゃ……『キャッツアイ』の聖石だ……なかなかお目にかかれねぇもんだ……」



【キャッツアイの聖石】


この聖石は、使用した場合、通常の聖石よりも強い効果が現れ、より広い範囲の霧を払ったりすることが出来る。


また、暗黒世界の黒い霧には、霧の濃さのむらがある場所があり、通常の聖石ではあまり霧を払えない場所などで、この聖石を使用すると、通常と同じ効果を発揮することできる。


だがこの石は、あまり産出されていないため、非常に高価な聖石となっていた。



ユラトは、疑問に思った。


(なぜ、こんな高価な物を……俺に?)


そして彼が龍の騎士にその事を聞こうとしたとき、シンフォースは、叫んだ。


「―――選択の時だ!ユラト・ファルゼイン!その石を使い、この先を進むか……それとも、引き返すか……さあ、選べ!」


突然のことで、ユラトは戸惑った。


「……えっ……」


隣にいたダリオも怪訝な表情になっていた。


「おい、こいつに何をさせようってんだ?」


尋ねられた龍の騎士は話しながら、ゆっくりとユラトに近づいていった。


「さあ選べ、ユラト・ファルゼイン!私がここに留まる時は終わりを告げようとしている……そして人の生涯は砂時計の砂ように流れ落ちて行く……限られた時の中で、お前はどうするのだ……引くか?……それとも進むか?……引けば、お前は平凡な日常を送り、生涯を終えることも可能になる……それはそれで、良いのかもしれん……だが!……進めば……それは、より強大な何かが手に入ることになるのだ。正しく進むことができれば、巨万の富、名声、大いなる力となり……闇に落ちれば……血で血を洗う修羅の世界……大切な者を無残に失い、血の涙を流す……そんな日々を送る人生もあるかもしれん……いずれにしても、お前の進み方次第と言うわけだ……」


そして龍の騎士は両腕をユラトの前で大きく広げ上げた。


マントが音を立て、なびいた。


「さあ、選択せよ!最も古き呪い……―――『ラグナ』を背負いし者よ!!」


ユラトはキャッツアイの聖石を握り締めながら、考えた。


(……俺は……)


彼はこの時、父と母の言っていた事を思い出した。


それは二人が「世界を見て回りたかった」と言うことだった。


(……そうだ……父さんと母さんは……ずっと色んな物を見て、肌で感じて、心に刻み付けたいって言っていたんだ……広大なこの世界を……俺は二人の代わりに……二人が生きた証として……世界を旅したいって思ったんだ……だから俺は自分の目で……世界を見て……そして自分の手で……この呪いを………)


ユラトの心は決まった。


「みんな……それぞれの場所で苦労して生きているんだ……俺は……冒険者だ!……だから俺が額に汗を掻き、苦しみ、そして努力して生きていく道は、これなんだ……ここで精一杯やりたいんだ……だから俺は進むよ……」


ユラトの決断を聞いた龍の騎士は両腕を上げたまま、再び叫び声を上げた。


「―――道は開かれた!」


すると彼の乗ってきた青と赤のオッドアイの目をもった飛竜が突然立ち上がり、両翼を広げ咆哮をあげた。


風が起こり、森の木々が揺れ、後ろにあった黒い霧が波打った。



「―――っ!!」


ゴレア群島からレムリアへ向う船に乗っているエルディアの胸の中に、突然突き刺さるような感覚と言い様の無い寂しさが訪れた。


(………今のは……なに?……)


突然、苦しさに顔を歪めた彼女を見たクフィンは驚いた。


「……どうした、エルディア?」


「ううん……何でもない……」


クフィンは心配そうに、彼女の顔を見つめた。


(では……なぜそんな顔をしている……)


エルディアは、西の空を見上げた。


白い翼を持つ海鳥が、船のマストの上を飛び去り、西へ向って行った。


彼女は、魔女メディアが占った時の事を思い出した。


(あの大きな渦……まだ定まっていないって……じゃあ……私が彼の呪いを解けば……)


まだ定まっていない、ユラトの運命の渦。


それを彼女は、普通のものにしたかった。


しかし、遥か西の大陸にいる青年は違う事を選択した。


その事を知らないエルディアはユラトの事を思った後、もうすぐたどり着く新たなる大陸、レムリアへ思いを馳せた。


(……もうすぐ行ける……レムリアへ……)



オッドアイの飛竜が生み出した風を正面から受け、まっすぐ前を見据え、ユラトは進んだ。


彼の迷いの無い眼差しを見たシンフォースは、飛竜に近づいた。


(………ふふ……やはり……動き出すか……そうこなくては……これで……)


ユラトが黒い霧の前にたどり着くと、龍の騎士は飛竜の背中に乗った。


キャッツアイの聖石を地面に埋めるユラトに向って彼は大きな声で話した。


「今のお前に話したところで全てを理解するのは無理だろう………お前と私は、また会う事になるはずだ……その時にまた情報を教えてやる……それまで生き残ってみせろ、この黒い霧に包まれた―――暗黒世界を!」


シンフォースの乗った飛竜が力強く翼をはためかせた。


風が起こり、周囲に行き渡ると、龍の騎士と飛竜は飛び上がった。


そして、上空に達すると、どこかへ向って飛び去っていった。


残されたユラトは、黒い霧の前でキャッツアイの聖石を埋め終えた。


彼が振り返ると、そこには4人が立っていた。


「ユラトさん……霧を晴らすんですか?……」


リュシアが少し不安げに尋ねた。


ユラトは、4人に話した。


「俺は……この先を見てみたいんだ……みんなはどうかな?」


周囲を気にしながらレクスは話した。


「私はどちらでもかまわん……だが、早めに済まして欲しい……ここに長居はしたくない……」


ダリオも続いて話した。


「俺はジルメイダが良いって言うなら、かまわないぜ……」


ユラトは、ジルメイダを見た。


彼と目が合った彼女は、笑みを浮かべた。


そしてユラトに話しかけた。


「ふふ……好奇心ってのは、全ての冒険者に必要なものさ……あんな事を言われちゃ、気になるってもんだ……霧を晴らしたらすぐにサーチをしてもらうよ。そして敵がいないなら、あたしはかまわないさ……だけど、いいのかい?あの騎士の話しぶりだと、重要なことみたいだよ?」


ユラトは黒い霧の方へ向きなおし、しゃがみ込むと地面に手をつけ話した。


「ここで止めるのは冒険者じゃないさ……そう教えてくれたのは、ジルメイダだよ……はは!」


ダリオは使用することに同意したのか、ユラトの後ろへ駆け寄っていた。


「そうだぜ、ジルメイダ、ちゃんと俺がサーチをして調べてやるから、やばかったら逃げればいいんだ。気にすることじゃねぇ」


ダリオにそう言われた彼女は、リュシアと共にユラトの後ろへ向って歩いた。


「……そうだね……じゃあ、さっさとやって帰ろうじゃないか」


「うん!」


ユラト以外の4人は、彼の後ろで周囲を警戒しながら、霧が晴れるのを待っていた。


ユラトは、すぐに聖石の力を発動させた。


「地母神イディスよ……我ら光の民に力と加護を……そして邪悪なる闇の霧を払い給え……」


ユラトが聖石の力を発動させると、石を埋めた場所から、緩やかな巻き上がる風が吹き上がった。


そしてそれはユラト達を包み込み、彼らのマントを柔らかに巻き上げた。


ユラトは前髪を揺らしながら、吹き上がっていく風を見上げた。


森の中に入った朝の日差しが、彼の顔を少しだけ照らした。


(今日も晴天だ……)


ユラトが眩しそうにしていると、今度はその風が光を放ちながら黒い霧の方へ向って行った。


そして一気に、霧を奥の方へ押しやっていく。


その速度は、通常の聖石の倍はあった。


瞬く間に、暗黒世界の霧は消え去り、彼らの目の前には新たなる景色が広がった。


ユラト達は、目の前の景色を不思議そうに見ていた。


「………これは……」


彼らの視線の先には、森の中に大きな古木が2本、列を成して、そびえ立っているのが見えた。


そして2本の木の間には地肌の見える、道と思われるものがあった。


道の先を見てみるが、かなり奥まであるらしく、行き止まりが分からない程だった。


その光景にダリオが最初に呟いた。


「なんだこりゃ……」


リュシアは、道の入り口辺りで座り込み、先が見えるか覗いていた。


「全く、見えませんねー……」


レクスは、すぐにダリオにサーチをするように言った。


「ダリオ、この先に何があるのか知りたい。すぐにサーチをしてくれ」


「そうだな、わかった!」


ダリオはすぐにサーチを始めた。


ジルメイダはユラトと共に、先頭に立った。


ユラトは大きな木を見た後、道の先を見つめた。


(……これはどこかへ続いているのか?……)


道の先には所々、日の光が入り、地面を照らしているのが見え、その近くに小鳥が何羽か集まって地面を突いている姿が見えた。


(特に怪しさのようなものは感じないかな……)


木々は整然と道の左右に1本ずつ植えられており、健やかに育っている木のようだった。


ユラトが様々な事を考えていると、ダリオがマナサーチの魔法を完成させ、唱えた。


「……魔力を感知せよ!―――マナサーチ!」


ユラト達が見守る中、ダリオは新たな領域について調べていた。


(………この辺りは霧が濃いのか……あまり霧が晴れてねぇな……)


そして彼は、何かを捉えた。


(―――っ!?)


ダリオの表情が険しくなった。


(………何か……いるぞ………これは……)


彼の表情を見ていたジルメイダが、ダリオに話しかけた。


「……何かあるのかい?」


マナサーチを終えたダリオは、ユラト達に話した。


「この道の先に、何かとんでもねぇ大きさの魔力の塊を一つだけ感じた……何がいるのか分からねえが……やべえもんには違いねぇはずだ……どうする?」


リュシアがダリオに話しかけた。


「こっちに向ってくるんですか?」


「いや……こっちに来る気配は全く無かった。動いてねえんだ……俺たちが来るのを待っているのかもしれん……」


レクスが表情を曇らせた。


「引き返した方が良いのではないか?何かとんでもない魔物だったらどうする?」


ジルメイダは腕を組み、考えた。


「それもあるかも知れないけど……あの騎士の口ぶりからすると、敵ではない可能性の方が高いね」


ユラトも、なんとなくだが、この道の先にいるのは敵ではないと思っていた。


「俺もそう思う……多分、あの人の言う何かが、そこにあるのだと思う……」


レクスは4人に問うた。


「……では、行くのだな?」


ダリオは道の先を数歩進むと、振り返った。


「あの黄金の騎士を完全に信用するわけには、いかねぇから、相手の近くに着いたら、木に隠れて遠くから見てみようぜ」


リュシアは、ジルメイダの後ろに隠れながら道の先を見ていた。


「み、見るだけなら……」


ユラトはジルメイダに話しかけた。


「ダリオさんのやり方でいいんじゃないかな?」


ジルメイダは自分を不安げな表情で見つめてくるリュシアの頭を撫でながら話した。


「危なそうだったら、すぐに引き返すよ。いいね?」


「うん……」


ユラト達は進むことに決め、新たに現れたその道を慎重に歩いて行く事にした。


道は、大きな道で馬車が2台横に並んで走れる程の幅があった。


そして左右に等間隔に生えている大きな木は、枝が伸び一部地面に着いていた。


どこまで進んで行っても、似た様な景色の場所で、太陽の光が差し込んでいて、明るい道だった。


「おい、もうすぐだ……ここから隠れるぞ……」


ユラトは達は、無事に目的の場所付近にたどり着いた。


ここに来るまで、しばらく道を歩いただけで、特に何かがあると言うことはなかった。


そしてユラトとレクスが右の木へ行き、あとは左の木から目的のものを見ようと、彼らは隠れながら慎重に先へ行くことにした。


右の大きな木の裏に隠れながらユラトは、先の様子を伺った。


(………あそこで、行き止まりになっている……この先はどうなっているんだ?)


音を立てずに気を遣いながら彼は、次の大きな木へ移動した。


レクスはユラトの後ろで、周囲に気を配りながら後に続いていた。


難なくたどり着くと、すぐに息を潜め奥を見た。


(………けっこう、広い場所だ……)


ユラトの視線の先にあったのは、たくさんの大きな木の枝どうしが葉っぱごと複雑に絡み合い、ドーム状の空間を作っている場所だった。


全体的に薄暗く、奥がどうなっているのか、分かりづらかった。


そして木々は古いようで、根元から枝の辺りにまで、びっしりと苔が生えており、地面には落ち葉が降り積もっていて、分厚い層を作り上げていた。


(……ここは一体……)


不思議そうに、その空間を見ていると、その奥に一箇所だけ、日の光が差し込む場所があった。


ユラトが視線をそこへ送ると、何かがぼんやりと輝きながら飛び回っているのが見えた。


(……あれはスプライトだ……こんな所にもいたのか……)


たくさんのスプライトが、日の差す場所を楽しげに飛び回っていた。


そして3匹ほどのスプライトが奥の木に止まった。


すると奥の景色がスプライトの光によって浮かび上がることになった。


それを見たユラトは驚き、思わず身を乗り出した。


(―――あれは!?)


それは人の顔に似た巨大な大木だった。


大きさは顔の部分だけでもユラトの家よりも遥かに大きく、スプライトが止まったのは、突き出た鼻の部分だった。


周りにあるどの木よりも大きく、そびえ立っており、苔が茂り、口の辺りまで落ち葉が積もっていて、目を閉じ穏やかな表情で眠っているように見えた。


ユラトはすぐに頭を引っ込め、後ろにいるレクスを小さな声で呼んだ。


「―――レクスさん!」


レクスはすぐにやって来た。


「どうした!?」


ユラトは空間の奥を指差した。


そして、奥にあるものを見たレクスもまた、驚いた。


「―――あれは!……」


ウッドエルフの彼は、声を震わせながら呟いた。


「………『エンシェント・トレント』だ……」


ユラトもう一度、それを見た。


(……あれが……エンシェント・トレント……)


レクスは初めて見た古代のトレントに、興奮しているようだった。


「……こんな所にいたのか……なんと生命力に溢れた力強いトレントなんだ……」


そんなレクスにユラトは尋ねた。


「近づいても大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。スプライトがいるだろう……いるという事は、あの辺りは神聖な力が働いていると言うことだ」


ユラトは自分と同じように驚いているジルメイダ達に、この事を伝えようと向った。


そして合流した彼らは木に隠れることをやめ、道の中心へ出た。


息を呑むと、ダリオが言葉を発した。


「でけえな……おい……」


隣にいたユラトは、そんな彼に声をかけた。


「ダリオさん、行きましょう……」


そして5人はレクスを先頭に、古のトレントに向って近づいていった。


近づいていく中、リュシアがその大きさに恐怖心を抱いた。


「の、飲み込まれそう……」


口を開け、息を吸い込めば、一度で牛を1、2頭は軽く飲み込めそうな大きさだった。


落ち葉の積もっている場所へたどり着き、その上をユラトは歩いた。


すると体が沈み、腰ぐらいまで落ち葉に埋もれることになった。


(おっと!………これは……)


リュシアは突然沈んだため、声を上げそうになり、すぐに口を手で押さえた。


(―――ひっ!)


そしてユラト達は、古代のトレントが目の前にいる場所へとたどり着いた。


近づくと、僅かに息遣いがあることに気づく。


(生きている……眠っているだけなのかな?)


ユラトが相手を見ていると、レクスが一人、近づいた。


片手で兄の槍を杖代わりにして歩き、近づくと、槍から手を離し、今度は、眠っている古代のトレントへ手をつけた。


そして彼は、叫んだ。


「森の主よ、どうか目を覚まし、我々の言葉に耳を傾けて下さい!」


すると、トレントの口の奥辺りから、うねり声が聞こえた。


それは周囲の空気を振るわせるほどで、落ち葉の層も震えていた。


鼻先のとまっていたスプライト達は、すぐに反応し、光の粉を撒き散らしながら飛び上がった。


ユラトは、その振動を体全体で感じながら、相手を見つめていた。


(……怒らせたのか?……)


「………ン゛ン゛ン゛ン゛……」


再びうねり声をトレントはあげた。


今度は先ほどよりも大きな声だった。


ユラト達が警戒しながら、見ていると、古代のトレントがゆっくり目を開いた。


大きな目だった。


視線は上を見ていた。


そしてエンシェント・トレントは、息を吸い込むと、大きなあくびをした。


「ファァアアアアアーーー!」


落ち葉が吸い込まれたかと思うと、今度は吐き出されていた。


ユラト達は、生暖かく緩やかな風と共に大量の落ち葉を浴びることになった。


ユラトは、すぐに両腕で顔を隠した。


「………くっ!」


リュシアは、ジルメイダの背中に抱きついた。


「きゃあ!」


他の者も体勢が崩れないように、腕で顔を隠しながら、風に耐えていた。


そしてあくびを終えたトレントは、声のした場所を見つめた。


ユラト達がいることに気づく。


(ん……)


古代のトレントは口元に笑みを浮かべた。


少し木のしなるような音がなった。


そして優しく温かみのある声で、彼ら冒険者に語り掛けてきた。


「………ほう……ようやく来たか……待っておったぞ……世界に散らばる光よ……」


ユラトは、トレントに話しかけた。


「俺たちを待っていたんですか?」


「そうだ……しかし、それは光の種族と言う意味で、お前と言う人物が来ると言う事ではない………」


「そうですか………」


レクスが話しかけた。


「あなたにお会いできて光栄です……私の名はレクス・ミルウッドと言います」


トレントはレクスを見た。


「ホッホ……これは我が兄弟、ウッドエルフも来ておったのか……」


そこでエンシェント・トレントは、目を細めた。


「………なるほど……ついに時が来たのか……そうか……ホッホ……」


喜んでいるトレントにジルメイダが話しかけた。


「あんた、何か知っているのかい?」


問われたトレントは、表情を元に戻すと、遠くを見るような目つきになった。


「私は……ここで誰かが来るのを待っていた……そう……長い長い時と共に………」


トレントから笑みが消えると、何かを思い出し始めた。


「………この森で一番古い木だった……そしてここは本来、一面に春の花芽吹く広大な草原で、木と言えば私だけだった……そうか……ようやく……これで……」


なかなか要領を得ない会話にダリオは苛立っているようだった。


彼はその気持ちを表面に出しながら、トレントに話しかけた。


「おい、なんなんだよ……なんか説明してくれ!なんで、あんたがここで、俺らを待っていたのかとか、色々言ってくれなきゃ、分からねぇぜ」


ダリオが急かすように説明を求めると、トレントは話した。


「長い間眠っておったのでな……頭の中が、まだ完全には起きておらんようだ…………許せ……」


リュシアは落ち葉が積み重なった層を一気に駆け上り、ジルメイダの肩に張り付くと、そこから顔を出し、ダリオに話しかけた。


「ダリオさん、まだ起きられたところなんですから、ちょっとぐらい待ちましょうよ!」


ユラトもリュシアと同じ事を思っていたようだった。


「そうですよ、敵ではないんですから、あまり急かすのは……」


二人に、そう言われたダリオは拗ねるように顔を背けた。


「わーっかったよ!うるせぇ野郎どもだ……」


ジルメイダは、笑みを浮かべながらダリオに話しかけた。


「フフ……二人の言う通りだ。ここは少し待ってやるのが上手い話し合いってやつだよ……ダリオ」


そんな人間たちのやり取りを見たトレントは、何かを思い出したようだった。


渋い表情で話し始めた。


「いや……その魔道師の言う通りだ……少しづつ思い出してきた……時間は、あまりないのかもしれん……」


「どう言うことですか?」


「わたしは、あるものを守って、ここにずっといたのだ……」


「……あるもの?」


「頭がまだ半分眠っておる……それ故、上手く説明できん……どれ……見せてやるか……そっちの方が早かろう……」


そう言うとトレントは、周囲を見た。


「……だが……これでは少々動きづらいな……お前さん達……少し下がってくれるか?」


「わかりました」


ユラト達は、すぐに落ち葉の降り積もった層から離れた。


するとトレントは、搾り出すように声を出し始めた。


「ンォォォ……オオオオオ………」


すると、地面が揺れだした。


振動に耐え切れずユラトは地面に手をついた。


「―――何を!?」


「ゆ、揺れてるー!」


ぺたんと地面に座り込んだリュシアが、そう叫ぶとトレントの周囲の土地が盛り上がった。


そしてドーム状になっていた木々がぐらつき始めた。


すると、そこから大きな太い木の腕が2本現れた。


エンシェント・トレントの腕だった。


それを見たユラトは驚いた。


「―――地面に埋まっていたのか!」


そして、すぐに腕は地面を押さえつけ、再びうねり声を上げながら大地を押し込んだ。


すると落ち葉と砂埃を巻き上げながら、体と共に大木のようなトレントの足が出てきた。


古代のトレントは、その足を力強く地面につき立て、ドーム状の木の屋根を突き破って立ち上がった。


地面が大きく揺れたため、ユラト達は更に後退し、元来た道の木にしがみついた。


「―――みんな下がるよ!」


「うん!」


「ああ……あわわ……」


「………」


「おい!めちゃくちゃ、揺れてんじゃねーか!」


ユラト達がトレントを見上げると、体についていた土が滝のように流れ落ち、周囲にいた鳥たちが鳴き声をあげながら、一斉に飛び去って行くのが見えた。


砂埃が舞う中、エンシェント・トレントの声が聞こえた。


「ホッホッホ……寝ている間に、また少し大きくなっておったようだ………人間たちよ、どこにいる?」


広範囲に巻き上がった土煙に、ユラト達は咳き込んでいた。


「ケホケホ……」


いち早く立ち直ったレクスが、トレントに向って叫んだ時、徐々に土煙は落ち着き始めていた。


「我々は、ここにいます!」


立ち上がったエンシェント・トレントの姿が見え始めた。


周囲にあるどの木よりも大きい姿で、そびえ立っていた。


そしてトレント以外の何かがあることに、ユラトは気づいた。


「なんだろ……あれ?」


他の4人が、彼の指差す場所を見た。


「ん………」


それは、トレントの後ろにあったもので、ドーム状の木々によって隠されていたものだった。


それ見たダリオが呟いた。


「ありゃあ………なんかの壁だな……」


壁は石で出来ていて、高さはトレントと同じぐらいの高さがあり、左右にはその壁よりも高い、切り立った岩山がそびえ立っていた。


その事から、どうやらこの先には森は存在していないようだった。


呆然と見ているユラト達に向ってトレントは話した。


「光の種族よ……お前たちに新たなる光を授けよう………」


そう言うとトレントは、ユラト達に背を向け、壁に向った。


リュシアが何かに気づいた。


「あ、大きな扉がある!……」


目の前には、巨大な石の扉があった。


エンシェント・トレントより、やや低いぐらいの高さだった。


その扉に近づくと両手をつけ、力強くトレントは押し込んだ。


「―――ググ……グ……!!」


すると、徐々に扉は動き出した。


重い石の擦れる音が聞こえ、扉は開いていく。


開かれた隙間から僅かに風が流れ、光も差し込んできた。


ユラトは、扉の奥の景色を見ようとするが、眩しくて見えなかった。


(……あの先はどうなっているんだ?)


そしてユラト達がしばらく見ている間に、トレントは大きな石の扉を開けることに成功していた。


ユラト達は、すぐにそこへ向って走った。


「お前ら、行こうぜ!」


「はい!」


そして5人は、たどり着き、開かれた扉の先を見ていた。


「これって……」


ユラトがそう呟きながら見ていたのは、大きな階段とその隣には、大きな岩がはまっているトンネルの入り口だった。


あまり納得のいっていない様子のジルメイダは、腕を組みながらトレントに尋ねた。


「これが、あんたの見せたいものなのかい?」


トレントは答えた。


「………そうではない……この先にあるものを私は、ずっと守ってきたのだ……」


レクスは岩でふさがったトンネルの場所にいた。


「こっちの岩のはまっているトンネルは一体?……」


リュシアもその岩に近づくと、手で触れながら見ていた。


トンネルもまたそれなりの大きさのトンネルで、荷物をたくさん積んだ馬車でも十分に通れそうな大きさだった。


そして触っていた彼女が、何かに気づいた。


「……あっ、なんか岩に文字が刻まれてますね……」


レクスもそれに気づき、リュシアと一緒になって触っていた。


「本当だ……これは?……」


トレントは話した。


「それは封印がなされておる……今は通ることは出来ん……それより、その階段を上ってゆけ……」


「なんだよ……階段を上るのかよ……」


ダリオはそう言いながら、面倒くさそうに階段に近づいた。


階段は石造りの大きい階段で、左右に木が茂っており、人が5人並んで上っても余裕がある程の大きさで、一段一段全てに落ち葉と苔が生えていた。


使った形跡が全く無い事から、長い間、誰もこの階段を使用してないようだった。


そして彼は階段を見上げた。


ダリオは驚き、口を開けると、その後、睨む様に階段を見ていた。


「………おい……ふざけんな……」


ダリオが、そう言っている間にユラト達もやって来た。


ユラトも階段を見上げた。


「……どうしたんですか?………うわっ!……この階段……先が見えない……」


彼の言う通り、この場所から見える階段の先は小さくなっていて、そこに太陽の光が差し込んで白く輝き、奥がどうなっているのかわからなかった。


どうやら、かなり遠くまで階段は続いているようだった。


階段を見ていたリュシアがぽつんと言い放った。


「日が沈んじゃうかも……」


ジルメイダも彼女に同意していた。


「本当だね……」


ダリオは、まだ上ってもいないのに疲れた表情で階段に座った。


「こりゃあ……ここでもう一晩過ごすことになりそうだぜ……」


彼らが色々ぼやいていると、トレントが突然、扉の近くに座った。


「―――うわっ!」


振動が起こったがユラト達はこける事無く、なんとか耐え凌いだ。


振動が収まってからトレントは話しかけてきた。


「私は、ここで待っている……そして魔物は、そっち側にはいないはずだ……だから安心して、その階段を進むと良い……私は疲れたようだ……少しだけ休むことにする……人間たちよ……ここから先へ行き……新たなる光を得よ……そして………してやって欲しい……友人としての願いだ……」


トレントは岩山にもたれ掛かるように浅い眠りについたようだった。


ダリオが呼び止めようと叫んだ。


「―――あ、おい!まだ聞きたいことが………くそっ!……眠りやがった………なんてやろうだ………」


ユラトはジルメイダに話しかけた。


「どうする?」


ジルメイダは階段を上り始めた。


「………」


彼女は数段上った所で振り返り、パーティーメンバーに声をかけた。


「ここまで来たんだ。冒険者として最後まで行ってみようじゃないか!―――さあ、みんな行くよ!」


バルガの女戦士が皆に檄を飛ばすと、彼らは立ち上がり、階段を上り始めた。


しばらくユラト達は無言で上り続けた。


階段は時折、より大きな正方形の場所があった。


そこで彼らは休憩を挟みながら、山のような場所に沿って、ひたすら積み上がっている石の上を登って行った。


そして更にある程度進むと、階段に生えていた苔が薄くなり始めた。


ユラトはそれに気づくと、階段の先を見上げた。


(そろそろ終わりなのか?……)


だが彼の予想に反し、階段は無常にも先ほどと同じように、どこまでも続いているのが見えた。


「はぁ………まだまだあるみたいだ……これは大変だぞ……」


そして階段を上ってから、それなりに時間が経った。


先頭を歩いていたジルメイダが何かに気がついた。


「ん!?………なんだい……ありゃ……」


「どうした!?」


声を聞いたレクスがすぐにジルメイダの隣にやって来た。


彼は彼女が言う場所を目を細めて見た。


「………あれは……何かいるな……見たことが無いものだ……」


小さな何かが階段を登っている姿が見えていた。


二人の会話を聞いた他の3人もすぐに、ジルメイダとレクスのいる場所へとやって来た。


「どうしたのジルメイダ?」


「なになにー?」


「おい、どうしたってんだ?」


5人の中で一番視力が良いレクスがその者の出で立ちを4人にに話した。


「緑色の帽子にジャケット………それに半ズボン……皮のブーツを履いている……そして腰に小さなハンマーをかけ、肩に大きな袋を背負っているようだ………」


レクスの説明を聞いたダリオは、すぐに思い当たったものがあった。


「―――『レプラコーン』か!」



【レプラコーン】


この世界では、光にも闇にも属さない妖精の一種。


出で立ちはレクスの言う通りで、細かい作業が得意な職人でもある。


小さな光の種族ホグミットやドワーフと相性が良い。


ホグミットは、レプラコーンと共に靴やアクセサリーを作る事が良くあった。


そのため、レプラコーンを召喚する事ができる。


また、相手から逃げるときに、金貨をわざと転がしたり、投げたりすることがある。


そしてその金貨は時間が経つと、石ころ等に変わる。


彼らが持つ袋の中には、本物の金貨の隠し場所が書いた地図やヒントが書かれた紙が入っている事がある。


争いごとを嫌い、常に逃げる事を考えている。



ダリオは笑みを浮かべると、勢い良く階段を登り始めた。


「袋にお宝のありかがあるはずだ!」


「あっ、ダリオさん!一人だけで先に行くのは……」


「ちょっと登るだけだ!気になるのなら、お前も来い!」


ユラトの言葉を気にする事無く、彼は先へ進んで行く。


なぜかリュシアも彼の後に続いて階段を登り始めた。


(妖精さん……可愛そうだ!)


そしてダリオがレプラコーンに追いつき始めると、そこでようやく妖精は自分が追われていることに気がついた。


「―――っ!?」


レプラコーンは階段を登る速度を上げた。


ばれたダリオは舌を打った。


「ちっ!ばれちまったか………おい、お宝のありかを教えろ!」


魔道師の男の言葉に耳を傾ける事無く、レプラコーンは急いで階段を登っていった。


だが、体が小さい分、人間の登る速度には勝てそうに無かった。


「……っ!」


徐々にダリオは、その距離を縮めて行った。


彼は悪人面で笑ってもいた。


「へっへへ………とっととよこしやがれ!」


その表情を見たレプラコーンは背負っている袋から金貨を1枚取り出し、階段に投げ落とした。


「―――っ!」


だが、魔道師の男は知っていた。


「馬鹿め!騙されるかよ!」


ダリオは縦に転がり落ちてくる金貨に目もくれず、レプラコーンに向った。


「浅いんだよ!てめえは!」


転がり落ちた金貨はレプラコーンに乱暴なことをさせないためにダリオを追いかけていたリュシアの目の前にやって来る。


(あれ……何か来る……)


リュシアは、それを蝶を捕まえるかのように空中で両方の手の平を合わせて捕らえた。


「―――ほいっ!」


恐る恐る広げると、彼女の手の中にレプラコーンの金貨があった。


「やった、取れた!」


彼女はそれをすぐにローブのポケットにしまうと、再びダリオを追いかけた。


(妖精さんを助けなくちゃ!)


その光景を3人は先ほどと変わらぬ速度で上りながら見ていた。


(ダリオさん……お金がかかると元気だ……)


「しょうがない奴だね……全く……」


レクスは叫んだ。


「ダリオ、あまり酷いことはするな!」


ダリオは叫び返した。


「ここに来て何も金になるものが手に入ってねぇんだ。これぐらいの報酬があったって良いだろ!」


ダリオの言葉を聞いたレクスは不安げに階段の先を見ていた。


「何かの引き金にならなければ良いのだが……」


ユラトもレクスと同じ気持ちになった。


「そう……ですね……」


ジルメイダは二人に話しかけた。


「この先に何があるか分からないんだ……はあ、しょうがないね………先に行った二人に追いつくよ!」


「うん、わかった!」


「ああ……」


ユラト達が急いで階段を登り始めると、ダリオは既にレプラコーンが目の前にいる場所までたどり着いていた。


「キヒヒ……たどり着いたぜえ!」


悪魔の様な笑みを浮かべた彼は右手で妖精をすくい取ろうとした。


「おりゃあ!」


しかしレプラコーンは飛び上がり、袋から金貨を取り出して彼の顔に投げつけた。


「―――痛てぇ!」


金貨が当たった頬を手で擦りながらダリオは再び追いかけた。


「待ちやがれ!」


すぐに追いつかれたレプラコーンは逃げ切れないと思ったのか、突然立ち止まると振り返った。


「………」


顔を見ると、まだ若いレプラコーンの青年だった。


「ん!?……諦めたか!?」


すると彼は背中にあった大きな袋を開けた。


中から何枚もの金貨が現れ、全て縦に転がり落ち始めえる。


しかも金貨は段の終りに近づくと何故か大きく跳ね上がった。


それを見たダリオは何かに感づいた。


(こいつは……何か魔力を込めてやがるな……)


飛び上がった金貨がダリオの頭上に迫った時、レプラコーンは腰にあったハンマーを階段に打ち付けながら叫んだ。


「―――『ロック・レイ』!」


突然の反撃にダリオは驚いた。


「しまった!?―――魔法か!?」


彼の目の前で空中にあった金貨が突然回転し、速度を出しながら真っ直ぐ向ってやって来る。


ダリオは身を屈めた。


(―――くそ!マナシールドを張っておけば良かったぜ!)


金貨が次々と魔道師の男の体に当たっていく。


「うお!」


ダリオは金貨の攻撃を全身に受けた。


「くっ!……」


だが、思ったよりもダメージは無いようだった。


「ありゃ……あんま、痛くねぇな……」


ダリオがそう不思議に思っていると、今度は階段に落ちた金貨から黄土色の煙が出始めた。


ダリオは煙の匂いに顔を歪めた。


「くっせえな……おい……」



【ロック・レイ】


大地の魔法。


小石や岩などの大地に関わる物を空中に投げ、魔法を発動させることで狙いを定めた相手に向って攻撃をする魔法。


そしてそれが大地に接触すると、黄土色の魔法の煙を少しの間、出現させる事が出来る。


また、速度や威力は投げた物や込めた魔力による。


大きい物ほど、魔力を消費するため、非力な魔道師では威力があまり出ない無い場合が多い。


そのため、小さい物を大量に投げ、目くらましとして使われる事が多い。


まだ見つかっていない魔法でもある。



ダリオが煙を手で払っていると、リュシアがたどり着いた。


彼女はすぐにダリオを止めようと話しかけた。


「ダリオさん!妖精さんに……あれ……」


リュシアがダリオの周囲を見ると、階段に触れた金貨から煙が大量に発生しているのが見えた。


そんな中、ダリオはレプラコーンを逃すまいと階段を登ろうとした。


「前が見えん!……だがせっかくここまで来たんだ……逃すわけにはいかねえ!とりあえず進むぜ!」


しかしリュシアが彼のローブの端を引っ張った。


「ダメです!ケホケホ………危ないですよ!」


「うるせぇ!……ケホッ……奴は目の前にいたんだ。今登れば……」


二人が言い合っていると煙はすぐに消え始めた。


落ち着いた所でダリオがレプラコーンがいた場所を見ると、すでに彼はいなくなっていた。


「くそ!どこに………」


周囲を見ていたリュシアの視界に何かが映った。


(―――あっ!)


その場所は階段ではなく、その隣にあった茂みの中だった。


そこにレプラコーンは向かって行った。


茂みに入る瞬間、レプラコーンは自分の居場所がばれていないか、振り返った。


すると、リュシアが見ていた事に気づいた。


「―――ぃ!?」


すぐに彼女はダリオに見つからないように、笑顔で小さく手を振った。


「さようなら……可愛い妖精さん……」


レプラコーンは苦笑いをしながら茂みの中へ入って行った。


「はは……」


レプラコーンを見失ったダリオは、ようやく階段の左右にある木々と茂みを見た。


「……こっちにも……いねぇなぁ……くそ!」


すでにレプラコーンは姿を消していた。


リュシアはダリオのいるすぐ近くの階段に座って、ジルメイダが来るのを待っていた。


「ジルメイダー!ここだよー!」


彼女が待っていると後ろにいたダリオから、喜びの声が上がっていた。


「おいおい……やったぜ!」


リュシアは先ほどの妖精が彼に見つかったのかと思い、すぐにダリオの方へ振り返った。


「―――何かあったんですか!?」


彼は階段の先を指差していた。


リュシアはその場所を立ち上がって見た。


「―――あっ………」


彼女の視線の先には階段の終わりが見えていた。


「やっと終わるんだ……」


ダリオは深く息を吐きながら階段に座った。


「はあああー………やっと終わりだぜ……」


ダリオの体に疲れが一斉にやって来たため、彼らは少しだけその場で休憩をしてから終わりを目指し、階段を登って行った。


そしてユラト達は、ようやく長い長い階段を登りきった。


「はあー………なんとか登りきれた………」


ユラトは最後の階段を登りきると額の汗を拭った。


彼はその先を見た。


「………ここって……」


ユラトの目の前にあった景色は左右に森林があり、正面には石畳の白い道があった。


その道の先には石で出来た大きなアーチが見える。


アーチはいくつも道の奥に存在しており、その全てに植物のツルが巻き付き、外側が淡いピンクで内側が真っ白な花を大量に咲かせていた。


リュシアはその花の輪の美しさに思わず声を出して喜んだ。


「―――うわー!綺麗!」


真昼の強い日差しが当たることで花と葉は美しく輝いていた。


それはまるで苦難の道のりを乗り越えた彼らを祝福するかのようだった。


そしてリュシアは誰よりも先に、その花の輪を通り抜けようと近づいた。


彼女が一つ目のアーチにたどり着いた時、ダリオが突然叫んだ。


「―――リュシア、動くな!!」


リュシアは、びくっとした後、すぐに体の動きを止めた。


ユラトはダリオに尋ねた。


「どうしたんですか?」


ジルメイダとレクスは何かに気づいているようだった。


二人とも真剣な眼差しをリュシアがいる場所へ向けている。


「………」


「………なんだ、あれは……?」


近づいたジルメイダは静かに彼女に話しかけた。


「リュシア、ゆっくり後ろに下がるんだ……」


「ユラト、リュシアの目の前を見てみろ……」


ダリオにそう言われたユラトは、彼女の目の前にある景色を見た。


「………あっ」


彼の目に映ったのは、アーチの中に入ったリュシアの体の部分から波打つ波紋が見えていた。


僅かに青い膜のようなものがあり、水面に体を入れたように小さな波が出来ている。


「あれって……一体?……」


波を見ながらダリオは呟いた。


「何かの……結界だな……」


彼はリュシアに向かって話しかけた。


「おい、ガキんちょ。体は痛くないか?」


リュシアは言葉を発する事無く、必死に頭を上下に振った。


―――コクコクッ。


すぐにジルメイダもアーチに近づき、手を差し入れた。


「………大丈夫みたいだね」


「そうか……なら魔除けの結界かもしれんな……」


ユラトもアーチの中へ手を恐る恐る入れてみた。


「……特に何もないな……」


レクスが槍でアーチを軽く突きながら話した。


「警戒しながら行った方が良いのかもしれん……」


ジルメイダはその言葉に反応するとアーチを通り抜け、先頭に立った。


「そうだね……じゃあ、ユラト、あたしと一緒に先頭に立ってもらうよ」


ユラトもすぐにアーチを通り抜けた。


「わかった!」


そして彼らは周囲に目を光らせ、いくつも存在する花のアーチを通り抜けながら、道を進んだ。


道は真っ直ぐに続いており、アーチは良く見るとかなり古いようで所々ひびが入り、石が欠けているのが見えた。


いくつもあるアーチを抜けると、今度は彼らの目の前に、誰かによって作られたと思われる水路が現れた。


赤いレンガで出来た水路で、幅は軽く飛び上がれば越えることが出来るぐらいの大きさしかなかったが、流れている水は透き通っており、流れの速い、非常に澄んだ水だった。


そしてそこを通り抜けると、今度は果実のなる木々が見え始めた。


濃い黄色の果実で鳥の卵ほどの大きさの実がいくつも固まって実っていた。


ダリオはそれを木からもぎ取った。


彼はレクスに投げて渡した。


「レクス、これは食えるもんなのか?」


受け取ったレクスは、その実の全体を良く見た。


「見たことのない実だ……」


鼻に近づけ、匂いを嗅くと、二の腕の内側に皮を剥いた実を擦りつけた。


ウッドエルフ達は食べれるか食べれないかを確認するときに、自身の肌の柔らかい部分に擦りつける事で毒があるかを判別していた。


これは人間の冒険者達もやることだったが時間がかかる。


だが、ウッドエルフ達の肌は、すぐに毒性を判別する事ができた。


特に何も変化が起こらなかったため、レクスは実を小さくかじった。


「どれ……」


甘い蜜のような味と共に多量の水分が口の中に広がった。


味を感じた彼の表情は綻んだ。


「………ほう……美味いな……ダリオ、これは食べられるものだ」


それを聞いたダリオは喜んだ。


「おお!」


すぐにいくつもの果実を取り始めた。


「へへっ、そうか!なら貰うか……」


果実に近づいたユラトは木が等間隔に植えられ剪定もされていて、上手く管理されているものである事に気づいた。


「誰かが作っている物のように見えますね……」


ダリオは両手に果実を持つと交互にその実を口の中へ入れながら話した。


「こんだけあるんだ。ちょっとぐらい食べたっていいだろ………って、こりゃうめえな!小さい種があるのが少し邪魔だな……だが水分が多いから、渇いた喉には、うってつけだぜ!」


「いいのかな………」


「ユラト、木の下を見ろ……大量に熟した実が落ちている……誰も実を取った形跡がないようだ……もしかしたら白葡萄の時のように、人がいない場所と言う事もあるんじゃないか?」


そう言ってレクスは実を取ると、リュシアに渡していた。


リュシアは嬉しそうに、その実を手にしていた。


「ありがとう!」


そしてリュシアやジルメイダも渇いた喉を潤す為に謎の果実を食べ始めた。


「………そうですね……俺も喉が渇いたし……」


ユラトが果実に手を伸ばして一つもぎ取った時、果樹の林の中から何かが現れたかと思うと、それはすぐに近くの木に飛びついた。


音に気づいたユラト達に緊張が走った。


「―――!?」


ユラトとジルメイダはすぐに剣を抜き、謎の生き物が現れた場所へ二手に分かれ近づいた。


ダリオとリュシアは武器を手に取り、魔法の準備に入った。


レクスは槍を片手で持ち、周囲を警戒している。


そんな中、再びユラトの目の前にある木がざわついた。


「―――出てくるみたいだ、ジルメイダ!」


ユラトがそう叫ぶと、それは飛び上がった。


皆、一斉にそのものの姿を見た。


「………あいつは!?」


その生き物は額の所に黄色い宝石のような物が埋まっていて手足を広げると、その間に膜が現れ、それを利用して空を滑空していた。


レクスが叫んだ。


「―――カーバンクルだ!」


カーバンクルは黄色い実を一つ、口にくわえながら空を飛んでいた。


そして地面にふわりと着地すると、木の実を前足で持ち、噛り付きながら少し大きめの瞳でユラト達を遠巻きに見ていた。


「………」


彼らはすぐに緊張状態から開放された。


「なんだ………カーバンクルか……」


「びびらせやがって……」


「カーバンディンは、この木の実で出来ているのかなー?」


「かもしれないね……だけど……とりあえず、変な魔物じゃなくて良かったよ……」


彼らが安心していると、実を食べ終えたカーバンクルは木によじ登り、そのままどこかへ飛び去っていった。


その後、ユラト達は謎の黄色い果実を食べ終えると、再び真っ直ぐに続く石畳の道を歩き進んだ。


しばらく進んでいくと、神聖な響きをもった鐘のような音が複数聞こえ始めた。


神殿や教会で鳴らされるような、ゆったりとした重みのある音だった。


ユラトはその音を聞きながら慎重に歩いた。


(少しぼやけたような感じがする……夢の中で聞いているような音だ………)


隣にいたジルメイダは一瞬歩みを止めた。


「(魔物の気配はないね……)何があるのか……まあとにかく、先を進んで見ようじゃないか」


ジルメイダは表情を変える事無く、再び道を歩き始めた。


そして彼らがたどり着いた先に、より大きな石のアーチが現れた。


それは今まであった物の3倍ぐらいは大きいものだった。


また、左右には、いくつも小さな穴が開いた土壁が広がっていて、そこから光が差し込んでいるのが見えた。


アーチには花を付けた植物はなく、その代わり中心部分に先ほどから音を鳴らせていた鐘が、3つ並んで吊るされていた。


どうやらアーチの向こう側から吹き付けてくる風によって、鐘は独りでに鳴っているようだった。


「あの鐘が鳴り響いていたのか………」


ユラトがそう呟き、アーチの下にある道の先を見ると、石畳の道は、そこで途切れているように見えた。


(ここで終わりなのか?……じゃあ、この先は一体……)


ユラトは他の4人と共に、その先へ向うため、鐘の鳴るアーチを通り抜けた。


「―――あっ!?」


全員、目の前の景色に心を奪われた。


今、彼らの目の前には、先ほどとは全く異なる景色が現れていた。


ユラト達のいる場所は、その景色を一望できる高い場所で、それは壮大な風景だった。


まず眼下には、先ほどとは違う色の果実の段々畑が、かなりの段数、なだらかに続いていて、下に続く道を真っ直ぐ降りていくと、その先に、青々とした麦畑が広範囲に渡って広がっており、風によって撫でられると、その流れの全てが見えているほどだった。


そして更にその先には、この景色の中心にあたる場所があった。


そこには、大きな塔のような形の岩山があり、その頂上には黒っぽい灰色の雲が凄い勢いで渦巻いているのが見えた。


また、灰色の雲の隙間から薄っすらだったが建物の様なものも見えていた。


そして、その岩山の麓には、白い壁と橙色の屋根の付いた家が大量に見え、いくつかの家の煙突から、もくもくと煙が出ていた。


今度はそこから視線を東西に移すと、切り立った岩山が壁のように連なっているのが見えた。


奥まで見ると、その岩山にこの場所は囲まれていた。


高さは、今ユラト達がいる場所よりも、更に高く切り立っている。


そして、その頂上に巨大な風車がいくつも設置され、勢い良く回転しているのが見えた。


風はどうやら、中心にある渦巻いた雲の辺りから岩山の頂上辺りに向って非常に強い風が出ているようだった。


風車を見たダリオが、何かに気づいた。


「あの灰色の雲渦巻く岩山から出る風を使って、風車を動かし、地下から水を汲み上げているのか……凄いことを考えやがる……」


ダリオの言う通り、風車の辺りを見ると、近くから水が大量に滝となって、荘厳に流れ落ちているのが見えた。


それはまるで、巨大な水のカーテンが東西の岩山の壁にそって存在しているかのようだった。


また、引き上げられた水は、水路を通り、ユラト達が先ほどいた場所や、眼下に広がる人々の住む場所にまで行き渡っていた。


いくつか水が貯まってる湖も見えた。


太陽の光が良く入り、全てが眩しく輝いた場所だった。


(美しく……豊かで住み易そうな場所だ……)


ユラトが風を受けながら景色を呆然と眺めていると、ジルメイダがダリオに話しかけた。


「ダリオ、誰かが大勢この場所に住んでいるみたいだ……何者が住んでいるか、分かるかい?」


ダリオは首を横に振った。


「……ここからじゃあ……流石にわからねぇな……それなりに近づかねぇと……」


リュシアが目の前に広がる景色に目を輝かせながら話した。


「こんなに光の差す綺麗な場所なんだから、きっと闇の種族ではないと思いますよ!」


レクスは、相手が何者なのかを、ここから判断しようと、目を凝らして見ていた。


しかし、彼の視力を持ってしてもわからないようだった。


そして諦めた彼は、ジルメイダに話しかけた。


「リュシアの言う通りだ。恐らくエンシェント・トレントが言っていたのは、この事だったのだ」


「そうだね……それしか、ないだろうね……」


ここで景色を眺めているだけでは、満足できなくなったダリオが、道を下ろうと、ユラト達に声をかけた。


「よし、じゃあ、誰かに会うまで進んでみるか!」


「はい!」


彼ら冒険者たちは、ユラトとジルメイダを先頭に眼下に広がる果物の段々畑にある道を降りていった。


そして果樹のある段々畑を越え、今度は広い麦畑に差し掛かった。


すると、麦畑の中から何者かが現れた。


―――ザザッ。


ユラト達は歩みを止め、現れた人物を見た。


「―――!?」


相手は一瞬ユラト達を見たが、すぐに視線を元の場所へ戻した。


しかし、何か気づくと驚いた表情となって、もう一度ユラト達へ視線を向けてきた。


「―――あっ!!」


声をあげたのは、ユラトの目の前にいる者で、少年だった。


手には木の枝を持ち、何かを追いかけていた途中で、ユラト達に出会ったようだった。


口を開けたまま、驚き固まっていた。


また服装は、ユラトの村にいる子供と変わらぬ普段着だったが、容姿は違う部分があった。


それは、黄金の髪と尖った細長い耳があり、澄んだ青い瞳を持っていた。


(あの姿は………)


ユラトは片手を上げ、声をかけようとした。


「………や、やあ!あの俺たちは……」


するとその声を合図として、少年の硬直が解け、彼はユラト達に背を向け走り出した。


しばらくすると、叫び声が聞こえた。


「―――騎士さまー!何か来たー!変なの来たー!!」


その場に残されたユラトは、片手を上げたまま呆然と少年が去った場所を見ていた。


「………えっ……」


ダリオが、ユラトの背中を軽く叩いた。


「お、おい!どうすんだよ!」


ジルメイダは周囲の様子を伺いながら呟いた。


「こりゃあ、変な誤解をされないといいけどね………」


リュシアはレクスに話しかけていた。


「レクスさん、あの姿って……」


レクスは固まった表情のまま、体が少し震えていた。


(……あの姿……まさか………)



そしてユラト達がこのまま進むか、ここに留まるかで悩んでいると、何かが麦畑の一本道をこちら側に向って進んでくるのが見えた。


それを見つけたレクスが叫んだ。


「誰かが来たようだ……馬に乗って……いや……あれは……」


レクスは、それが馬でないことに気づいた。


「あれは、ユニコーンだ!」


ジルメイダは武器を背中のベルトにかけた。


「みんな、ここで戦闘になる訳にはいかないよ!だから、武器はしまいな!」


「わかった!」


そしてユラト達が、そこで待っていると、ウッドランドで見たものよりも一回り大きなユニコーンに乗った人物が、目の前にやって来た。


ダリオが小さな声で囁く様に独り言を言った。


「………おいでなすったぜ……」


ユラトは現れた人物を見た。


その者は頭以外を輝く銀色の鎧で身を包み、その上に白いマントを羽織っていて、騎乗しているユニコーンにも、同じ銀の装備をさせていた。


また腰には赤い宝石がはめ込まれた長細いサーベルがあった。


そして、ユラト達から一定の距離をとり、サーベルの柄に手をかけながら、無言で様子を伺っているようだった。


ユラトは、相手の顔を見つめた。


(男か?……)


その時、肩にかかるか、かからないかぐらいの相手の髪が風によってサラサラと流れた。


太陽の光に照らされると、それは輝く黄金の糸のように見えた。


整った美しい顔の青年で、細長い耳にエメラルドブルーの瞳を持っていて、その目の目尻はやや垂れ下がり、そのせいもあってか、優しげな顔立ちに見えた。


そして相手は、ユラト達の中にいるレクスに視線がいった。


「―――!?」


そこでようやく、相手から声がかけられた。


「そこにいるのは……まさか……ウッドエルフですか!?」


レクスは、すぐに一番前に出た。


「そうです……」


そしてレクスは、声を震わせながら尋ねた。


「……あなた達は『ハイエルフ』なのですか?」


尋ねられた青年は先ほどとは違い、表情を一変させ、笑顔で答えた。


「ええ……ええ、そうです!―――我が同胞よ!」


それを聞いたレクスは、片手で顔を覆いながら崩れるように、その場で膝をついた。


「ああ………何と言う……事だ……ついに……」


ユラトは青年を見ながら心の中で叫んだ。


(やっぱり、ハイエルフだったんだ!!)


長年のウッドエルフ達の悲願は、ついに達成されることになった。


レクスは先人のウッドエルフの人々や、今存在している家族、村の仲間、そして自分にとって姉のような存在だった、亡くなった兄の恋人の事を思った。


自然と目に涙が溢れ出てきた。


(みんな……ついにハイエルフに出会うことが出来ました……我々の……長年の思いが!……)


そしてハイエルフの青年は、ユニコーンから降りた。


ユラト達に近づくと、軽く自身の目の前を片手で素早く払う動作をした。


すると白いマントが揺れ、僅かに風が流れた。


そして彼は胸元に手を置くと、名を告げてきた。


「私の名前は、『ラツカ・シェルストレーム』と言います。この国にある騎士団の副団長を務めております」


そう言うと彼は、ユラト達に顔を向け、尋ねてきた。


「ウッドエルフ以外のあなた達は……恐らくですが……人間と言う光の種族ですか?」


彼の問いに、リュシアがすぐに反応した。


「はい、そうです!」


「やはりそうでしたか……これはご無礼を……」


ジルメイダが安心した表情で話した。


「いや、突然来て悪かったと思っているよ。だけど、あんた達も、生きていたんだね……」


「様々な問題がありますが、我々もなんとか生きていたんです……」


その言葉にユラトは引っ掛かりを覚えた。


(何かあるのかな?)


ユラトがそう思っていると、レクスがラツカに手を差し出した。


「私の名は、レクス・ミルウッドと言います……ラツカ様……」


ラツカは、笑顔で答えた。


「ラツカで結構です。我々は、同胞同士なのです。レクス殿」


「そうですか……わかりました……ラツカ……」


そして彼らは、次々とラツカに名を名乗っていった。


最後にユラトが名乗る番がやってきた。


ユラトは、笑顔で左手を差し出した。


「どうも、俺の名前はユラト・ファルゼインと言います。よろしくお願いします!」


「ええ、こちらこそ。よろ……―――はっ!!」


ラツカはユラトの左手にある青い模様を見た瞬間、目と口を大きく開けると、険しい表情となり、手を差し出したまま、体を硬直させた。


ユラトは突然の事で驚いた。


「……えっ?……」


彼が驚いていると、ラツカはその表情のまま、ユラトの手にある模様を見つめながら尋ねた。


「………ユラト殿……あなたのその手の甲にある模様は、刺青でしょうか?」


ユラトは疑問に思ったので、尋ねることにした。


「………ラツカさん、この呪いの事をご存知なんですか?」


「呪い……と言うことは……やはり、それは生まれたときからあるものなんですね……なんてことだ……」


「ラグナの事を知っているのですか?」


「ラグナ……と言うのですか?それは……」


「ええ……そうらしいです……(知らないのか?……)」


そこでラツカは、ようやく表情を元に戻した。


「申し訳ありませんが、ユラト殿……あなたが知っている事を教えていただけませんか?」


「はい……俺が知っている事なら……」


ユラトは、自分が知っている事を全て話した。


生まれたときからあることや禁呪を扱えること、魔力を吸われ続けていること、龍の騎士との会話など、知りえた全てを彼に話した。


ユラトの説明を時折、相槌を打ちながら真剣な眼差しで、彼は聞いていた。


「なるほど………そんな能力があるのですか……(これは……あのお二人に、絶対にお知らせしなければ!……)」


話し終えたユラトはラツカに尋ねた。


「ラツカさんは、何を知っておられるんですか?」


ユラトに尋ねられたラツカは、自分達が今、麦畑の道の真ん中で話をしている事に気づいた。


「そうですね……お話したいのは山々なんですが……ここで、長話をする訳にはいきませんね……そうだ!私が王城へ、ご案内を……みなさん、来て頂けますか?」


ジルメイダが答えた。


「ああ、かまわないよ。みんなもそれでいいね?」


全員ジルメイダに同意し、彼らは王城へと向うことにした。



ユラト達は、のどかな麦畑の中にある一本道を進んでいた。


皆、珍しそうに周囲の景色を見ながら歩いていた。


「本当に良い所だ……」


「ジルメイダ見て!あそこに見たことのない花が咲いている!」


「本当だね……レクスは、あれが何か知っているかい?」


「わからん……だが……綺麗な色だな……」


「この道、結構長そうだな……」


そんな中ラツカは、ユニコーンの手綱を片手で引き、先頭を歩きながら考えていた。


(まさか……ウッドエルフだけでなく、人間も現れるなんて………しかも、あの呪いを持つ者が………これは……神の導きか……この時期に現れるとは……何と言う幸運だ……そうなると、まもなく状況は動き出すはずだ……必ず!)



そしてユラト達が歩いていると、他のハイエルフが見え始めた。


それは麦畑の近くにある木陰で気持ち良さそうに風を受けながら寝ている者だった。


(ハイエルフ……本で読んだ通り、みんな美しい姿をしているんだな……)


彼の言う通り、彼らハイエルフは皆、細身で繊細な美しさを持った容姿をしていた。


また、男の背丈は、ユラトと同じぐらいか、それより低い者がほとんどで、女はユラトよりも小柄な者が多かった。


そしてユラト達、人間を見た彼らは驚き、好奇の目を向けてきていた。


そんな中、ユラトが先ほどの場所を見ると、その近くに座っていたもう一人の女のハイエルフが見慣れない弦楽器を取り出した。


棹の部分が長く、金属の弦が張られている楽器だった。


指先で弦を素早く弾くと、音が鳴った。


(聞いたことのない音だ……それと……ぼんやりとだけど、輝いている……魔法の効果もあるのかな?)


そして彼女はその場で胡坐を掻き、片方の足の裏に楽器の胴体を乗せると、軽快な音楽を奏で始めた。


それは異国情緒溢れる音楽だった。


ユラトは、その曲を聴いて、夕日の当たる草原に吹く、軽やかな風を思い描いた。


そしてそれは魔法の効果によって、この辺り一面に響き渡っていった。


「楽しい曲!」


リュシアが、その音楽に合わせるかのように軽快に歩き始めると、レクスがラツカに尋ねた。


「……あの楽器は?」


「あれは魔法のルーンによって効果を与えられた『シタール』と言う楽器です。最近、歴代の王墓の改修工事があったんです。そして、ある一つの墓から書物が発見されまして……それを調べてみると、どうやら仲が良かった古代の砂漠の王から送られた物だったそうです。そしてそこに、楽器の製法が載っていたんです。幸い、我々のある資源で作る事が出来ると分かったので、すぐに再現して鳴らしてみると、とても良い音色だったので、そのまま流行っているんです」


ダリオは知っているようだった。


「シタールか……砂漠や荒野の町にいるバードが良く鳴らしていた楽器だったか……何かの物語で読んだ気がするぜ……」


「良くご存知で……確か、夕日の砂漠や町と言うものを連想させる曲が多いとか……私も見たことが無いので、その辺りは……」


ジルメイダも気に入ったのか、目を閉じ、しみじみとその音色を味わいながら歩いていた。


「仕事終わりの酒場で、酒を飲みながら聞きたい音色だね……」


ユラト達は、シタールの奏でる音を聞きながら、麦畑を通り抜け、中心にある、雲渦巻く切り立った岩山にへたどり着き、そこを東側から回って奥の方へ向かって行った。


今ユラト達が歩いている頭上には、ずっと気になっていた場所があったため、ユラトはラツカに聞くことにした。


「ラツカさん、あの上にある、雲が渦巻いている場所はなんですか?」


ラツカは申し訳なさそうに答えた。


「申し訳ありません……ユラト殿……それも含めて、全て王城でお話します……長くなるかもしれませんので………」


「そうですか……」


ユラトは、歩きながら頭上を見上げた。


(うーん……気になる……だけど……下の方には風は来ていないんだな……)


そんな中、リュシアが声を上げた。


「あー!見てジルメイダ!大きな滝と湖がある!綺麗……」


細長い木が等間隔で植えられた場所の奥に、滝の水が集まり、湖が存在した。


その近くで滝の水しぶきが上がり、そこに日の光が当たる事で、虹が出来ていた。


そしてその虹の半円の内側を何かが通り抜けて行くのを、ユラトは見逃さなかった。


「……あれは……スプライトじゃないな……ピクシーって奴かな?」


ユラトの言葉を聞いたラツカは、彼の視線の先を見た。


「………ユラト殿……あれは風の精霊『シルフ』です」


「シルフ……」



【シルフ】


四大精霊の一つで、風の精霊。


全身は半透明で青緑色。


無邪気な表情や笑顔で、空中を飛び回るが、特に害があるわけではない。


ピクシーと同じように、中性的な小さい子供の姿をしていて、背中には体よりも更に薄い色の羽を4枚持っている。


風の力の強い場所に良く現れる。


また、シルフのいる場所は、風の魔法の威力が上昇すると言われている。



風の精霊を見たリュシアが、飛ぶ姿を真似て、一緒に走っていた。


「はやーい!」


そして彼女は、何かにぶつかった。


ボヨンッ……。


「きゃあ!」


ダリオが倒れたリュシアに話しかけた。


「おい、ガキんちょ。ちゃんと前を見て走れ……って、なんだ……あいつは!?」


ユラトは、リュシアにぶつかった相手を見た。


「……んっ……」


それは、全体が水色の球体の形で出来ていた。


大きさはユラトと同じぐらいで、中にいくほど色は濃くなっていて、その中心に何かが真っ赤に燃えているのが見え、そこは心臓のようにドクドクと小刻みに動いていた。


ユラトは、その奇妙な姿に驚き、叫んだ。


「―――モンスター!?」


ジルメイダやレクスも表情を険しくさせ、武器を手した。


「こんなところで……かい……」


「リュシア、こっちに来るんだ!」


彼らが警戒していると、すぐにラツカが両者の間に入った。


「お待ちください!」


ユラトは、すぐに尋ねた。


「ラツカさん、あいつは一体?」


「説明するのを忘れていました……申し訳ありません……この生き物は、『ウィル・オー・ウィスプ』と言うもので、我々ハイエルフが作り出した、『ホムンクルス(魔法の生命体)』の一種なのです」



【ホムンクルス】


錬金術によって人工的に作り出された生物やその製法。


ハイエルフ達が作り出しているのは、ラオルバの木で出来た炭に、魔法の火を灯し、それに水と光、そして彼らの魔力を合成させ生み出された生命体だった。


力仕事に不向きなハイエルフ達は、彼らを利用し、生活の助けにさせていた。


農作業や大工仕事、家畜の世話などである。


また中心にある炭が全て焼かれると、ウィスプの寿命となり、水と炭の燃えかすとなって大地にかえっていく。


移動するときは、球体になり、行動するときは、そこから棒状のような物が伸び、作業を行う事ができる。


戦闘能力はほとんど無く、高い知能もない。


そして彼らハイエルフが呼んでいる『ウィル・オー・ウィスプ』は、真夜中の墓場や湖沼などに現れる発光現象が本来のものだったが、夜中に彼らを見ると、良く似ている事からそう名づけられたと言うことだった。



ラツカの説明を聞いたダリオは、ウィスプに近づき、表面を触った。


「ぷにぷにしてやがる……家の雑務とかも出来るのか?」


「ええ、それなりには……」


ジルメイダとリュシアも興味を持ったのか、近づき、感触を確かめていた。


「あたしの家にも一匹欲しいねぇ……」


「ほんとー!」


彼らが、ウィスプに興味を示していると、ラツカが話しかけてきた。


「みなさん、まもなく王城です」


彼の言葉通り、ユラト達がしばらく歩くと、大きな湖が広がっていて、その中に真っ白な城があった。


それは遠くからだと、湖の中にぽつんと城だけが浮いているようにも見えた。


「岩山のせいで、さっきいた場所からは見えなかったのか……」


そしてユラトは、西の方を見た。


(あっちには門があるのか……ずいぶん大きいな……と言う事は、向こうにも新たな世界が広がっているのかな?)


彼が見た先には、東西にある険しい岩山が重なり合う場所だった。


そしてその重なり合った場所に、大きな木の扉があった。


扉の周りの岩には、削り出された柱の彫刻が存在し、門の上部には翼を広げた雄々しい鳥の石造があった。


そしてユラト達は、城の前の前までたどり着いた。


(ここがこの国の城か……)


ユラトの目の前では、城へと続く跳ね橋が今、下ろされていた。


城は、それなりの規模があるようだった。


見張りの塔や、何人もの人々が休める宿舎、広間、兵士の詰所、ユニコーンの厩舎があり、そこでは象徴である角が何本か見えていた。


(結構広いんだな……)


そして他にも塔のような建物などがあり、一つの建物から煙が出ていた。


ユラト達は、周囲の驚く武装したハイエルフ達を尻目に、建物の奥へと進んでいった。


少し待たされてから、王の間に向う途中、ラツカが彼らに話しかけてきた。


「みなさん、我が王に、お会いになる際は『風の敬礼』と言うものをして頂きたいのですが……」


ジルメイダが尋ねた。


「あんた達の挨拶かい?」


「その様に思って頂いて結構です……よろしければですが……」


ダリオは、帽子を被り直しながら、ラツカに話しかけた。


「俺たちは、人間の代表として会うんだ。それぐらいはするぜ……で、どうやるんだ?」


「私が最初にあなた達に出会った時に、やったのが、そうです」


「あー、知ってる!これですよね!?」


リュシアが、目の前を片手で払う動作をした。


「そうです……本来は魔力をほんの少し出して、風を起こすのですが、それは無理ですから格好だけで構いません……お手数をおかけしますが……」


「かまわないよ。あたしらも礼節は重んじるさ」


「感謝致します……では、どうぞ……」


ラツカは近くにいた兵士に声をかけ、扉を開けさせた。


そして彼らは、ラツカを先頭に赤い絨毯の上を歩き、ハイエルフの王に会った。


周囲には高官と思われる人や、鎧を来た者もいた。


王は玉座から立ち上がって待っていたようだった。


姿をみると背中まである、白に近い金色の髪で、顔にはしわがあり、高齢のハイエルフのようだった。


金の刺繍の入ったゆったりとした服装で、その上に高価そうなガウンを羽織り、手には大きな青い宝石がはめ込まれた金の王笏を持ち、頭には輝く宝石が散りばめられた王冠があった。


慈愛と威厳に満ちた目で、ユラト達をじっと見つめていた。


また隣には、銀色に輝くティアラを被り、淡い青色の美しいドレスを着た王妃が、ユラト達を王と同じように見つめていた。


彼女は、王よりも若い女性のように見えた。


気品のある、美しい顔立ちの人物だった。


そして王の前までたどり着くと、すぐにユラト達は教えられた通り、マントを払うように風の敬礼をした。


それを見た王の表情は僅かに緩んだ。


「ほう……風の敬礼を知るか……人よ……」


そう言って王は同じ動作で風の答礼をした。


無風だったこの部屋に風が生まれ、ユラト達のいる所へ流れ、彼らの前髪を僅かに揺らした。


そして王は、威厳に満ちた声で名を告げた。


「……我が名は、『ゼナーグ・ブラウフェダー』この国の王だ……」


それを見たユラト少し安堵した。


(怖い人だったら、どうしようかと思ったけど……大丈夫みたいだ……)


そして王は少し考えると、何かに思い至った。


「そうか……敬礼は……ラツカの奴が教えたのだな……ふふ……相変わらず、気の利く男だ……」


すると、なぜか一番近くに控えていた、高齢の人物が王に向って頭をたれていた。


そして王は、ユラト達人間を見た後、レクスを見た。


「ウッドエルフ……こっちへ来てくれぬか……」


「はい……」


レクスは、王の目の前までたどり着くと、その場で跪いた。


王は、彼に近づくと、身を少し屈め、話しかけた。


「名は、なんと言う?」


「レクス・ミルウッドで御座います……陛下……」


「そうか……レクス・ミルウッド……森の勇者よ……顔を見せてくれ……」


レクスは顔を上げた。


王は優しい表情でレクスの顔を見た後、彼の肩に手をかけた。


「良く……ここまでたどり着いた……我が同胞よ……きっと生きていると、信じていたぞ……」


その言葉を聞いたレクスは、少し涙ぐんだ。


「ありがたきお言葉……きっと、先人の人々も喜んでいると思います……」


そして王は、レクスから離れると、ユラト達に話かけてきた。


「人よ……お前たちにも、感謝するぞ……良くここまで、たどり着いた。そしてここに来たと言う事は、あのエンシェント・トレント『アイザス』に認められたと言うことだな。あやつと我々は友人でな……光の種族が来たのなら、通してやってくれと言ってあったのだ……期待はしておらなんだが……そうか……」


そしてユラト達は、それぞれの名を名乗った。


名乗り終わると、最初にダリオが話しかけた。


「ハイエルフの王様よ……ここは本当に、あんた達の国なのか?俺ら人間が持っている書物なんかには、もっと高度な魔法文明で生活していたって書いてあったぜ?どう見てもここは、俺たちと変わらない生活をしているようにしか見えねえんだが……」


彼の問いを聞いた王は、表情を曇らせた。


「ほう……お前たちも、知っておったのか……我々が、遥か昔、どんな生活をしていたのかを……」


そして王はユラト達に背を向け、玉座に座った。


両手で杖を付くように王笏を持ち、話した。


「ここは、我々の国であって国でない場所なのだ……」


王は、遠くを見つめるような目になった。


「我々は、あの魔王との決戦が終わった時に、ここに飛ばされたらしいのだ……生き残る為に……」


ジルメイダが尋ねた。


「つまり、ここは本来の場所じゃないってことかい?」


「そうだ………我々は生きる為に、ここに国を作った……そして世界は全て黒い霧に包まれていると思っておった……だが、北西方向にある地域には霧はなかったのだ……」


暗黒世界の黒い霧が無い事に、ユラトは驚いていた。


(ここから北西の場所一帯には霧が無いのか……だけど……そんな事が?……)


王は話を続けた。


彼の話によると、元の国を探すため、彼らは探索する部隊を編成し、霧の無い北西方向へ進んだ。


するとそこには、広大な草原地帯が広がっていたと言う。


そして大草原を進んでいくと、そこにはとてつもなく大きな大樹が存在するのが見えた。


高さは空の雲を突き抜けるほどだった。


彼らは知っていた。


「あの大樹は……まさか……」


それは世界樹『ユグドラシル』と言われる木だった。


この木の力により、その周辺にある黒い霧は払われていたと言う事だった。


そして彼らは木に近づいた。


すると大樹の麓には、水の湧き出る大きな泉があった。


名を『ウルの泉』と言った。


すぐにハイエルフの一団は、そこへ近づいた。


すると、その泉から巨大な何かが水しぶきを上げながら湧き上がってきた。


「何かいるぞ……!?」


それは、全身を漆黒の鱗に身を包んだ竜だった。


竜はエルダードラゴン(古代竜)で人の言葉を喋り、名を名乗った。


「………俺は最も黒き竜……『ニーズヘッグ』……お前たちは、この大樹に何か用があるのか?」


ハイエルフ達は、ここに来た理由を述べた。


それを聞いた黒竜は、目を細めた。


「ハイエルフの国?………この周辺には無いはずだ……」


「そうか……」


すると落胆しているハイエルフ達の近くに向って、突然黒竜は口から黒い炎を吐き出した。


泉の水面の一部から黒炎が上がり、しばらくその周辺を燃え上がらせた。


「―――何を!?」


ハイエルフ達は身構えた。


驚き、警戒している彼らをニーズヘッグは楽しむかのように、笑みを浮かべながら話した。


「フフ……光の知者達よ……分かったのなら、すぐにここを去れ……ここは我が領域だ……誰にも侵させること無い、神聖な場所だ……」


そして黒竜が4本の足で立ち上がり、翼を広げたため、彼らはすぐにここから出て行くことにした。


「わかった………」


彼らが去っていく中、ニーズヘッグは口元を歪めると、鋭い牙を見せた。


(クック……この木には鍵が隠されているがな……たどり着くための……フフ……)


狡猾な黒竜は、彼らが去ったのを見届けると、泉の中へ入って行った。



そして泉を去ったハイエルフ達は世界樹には近づかないと言う決まりを作り、草原地帯にいくつもの集落を作り、繁栄し始めた。


しかし、それはゼナーグが王になった時、終わりを告げることになった。


彼は、その日の事を思い出したのか、感情を高ぶらせた。


「忌まわしい事だ!……まさか……ゲホゲホッ!」


王が咳き込むと、すぐに王妃が彼に近づき、背中を擦った。


「あなた!……大丈夫ですか!?」


ダリオも心配になったのか、声をかけていた。


「おいおい……大丈夫かよ……」


「悪いな……どうやら少し体調を悪くしたようだ……」


すると、王の近くにいた者が話しかけてきた。


それは先ほど、頭をたれた人物だった。


エメラルドブルーの瞳を持ち、高価そうなローブを身にまとい、王と同じぐらいの年齢の者で、顎には長い髭を蓄え、手には木の杖を持っていて、厳格そうな人物に見えた。


「陛下……ここからは、私が話しましょう……」


「いや……あの二人を呼んできてくれ……後は二人にまかせる……」


王妃は王に肩を貸すと、その男に話しかけた。


「レイオス、私は陛下を部屋へお連れします。後は頼みましたよ?……」


「かしこまりました……」


レイオスと呼ばれた人物は、そう言うと、すぐに振り返った。


「―――ラツカ!」


名を呼ばれたラツカは、すぐにやってきた。


「はい!お呼びでしょうか?」


「私は客人と共に別の部屋へ行く。お前は、お二人を呼んでくるのだ!」


「はっ!」


ラツカは覇気のある声を出すと、すぐに王の間から出て行った。


それを見届けると、レイオスがユラト達に話しかけてきた。


「私は、この国の宰相をしている者で、名は『レイオス・シェルストレーム』と言う者です」


ユラトは名前が気になったので尋ねた。


「シェルストレーム?」


「ラツカは、我が息子です」


「なるほど……」


「では、御客人方、どうぞこちらへ……」


ユラト達は奥の部屋へ案内された。



ユラト達が移動している時、ラツカは父親から言われた通り、二人を探していた。


(確か……兵士に聞いたら、修練の間にいたはずだったんだけど……)


彼がたどり着いたのは、魔法や剣術を鍛える事ができる場所だった。


広い円形の空間で、魔法を使用しても、威力を非常に小さくすることが出来る場所だった。


(ここにいないと言うことは……あそこか……)


ラツカは、城の後ろ側へ向った。


裏側は、厩舎の多い場所だった。


ハイエルフの騎士達が、ラツカに次々と挨拶をしていた。


ラツカは、軽く挨拶しながら、探している人物の事を聞いた。


すると、この奥にいると言う事だった。


彼は、奥へ歩いて行った。


(早く、会わねば……)



そしてラツカが更に歩いていくと、そこは行き止まりになっていた。


目の前は、湖だった。


(やはり、あそこにいるのか……)


彼の視線の先には小さな小島が見えていた。


そして、その小島とラツカのいる場所の間には、大量に浮き草が茂っていた。


手の平2つ分の大きさの薄い水色の花が、幾重にも花びらを重ねた状態で咲き乱れ、水面に浮いている葉は、空気の入った球体が周囲に付いているものだった。


ラツカは樽のような形の葉に素早く飛び乗った。


すると葉は、ハイエルフの青年を沈めること無く、浮き続けた。


そして彼は軽やかに、その葉の上を次々と飛び跳ねながら、越えていった。


すぐにラツカは小さな小島に水に濡れる事無く、たどり着く事に成功する。


(さあって……どこでしょうか……)


小島は、くるぶしぐらいの高さの草で覆われた場所で、所々木が生え、花壇のような場所もあった。


ラツカは花のアーチを越え、奥へ進んだ。


すると、シタールの音色と歌が聞こえていた。


(やはり、ここにいたのか……)


彼は音を鳴らしている人物の所へ、近づいていった。


ラツカが目の前まで近づくと周囲の地面にいた小鳥達が飛び去った。


そして、彼の目の前にいる人物が振り返った。


「………?」


背中まである長く美しいプラチナブロンドの髪が宙を踊り、輝いた。


その人物は女性で少女から、ちょうど大人になろうかと言うぐらいの年齢で、ハイエルフの中でも一際美しい容姿をしている者だった。


二重の青く澄んだ瞳、形の整った鼻や唇。


そして少しばかりの幼さが、彼女の愛らしさを引き立てていた。


女は近づいてきたのが、ラツカだと分かると、演奏を中断し、彼に話しかけた。


「どうしたの?ラツカ……随分慌てている様子だけど……」


「ここにいらしたのですか……『フィー』様……それと……」


ラツカは、周囲を見回した。


そんな彼の姿を見たフィーと呼ばれた女性は、ラツカに話しかけた。


「あいつなら、そこの奥にいるわよ」


「そうですか……」


ラツカは、奥の茂みの中へ入った。


そこは白い砂浜のような場所になっていて、先ほどよりも大きい水草が生えていた。


そしてその葉の一枚に座禅を組んで座っている者がいた。


目と口を閉じ、両手を組んで足元に置き、ピクリとも動いていなかった。


そんな相手に向ってラツカは声をかけた。


「王子、大変です!人間とウッドエルフが現れました!」


王子と呼ばれた人物は、少しの間をおいてから、目を開けた。


「……ほう……人間か……面白そうだな……」


彼はそう言うと立ち上がった。


すると風が吹いた。


風は、数匹のシルフが起こしたものだった。


シルフが両腕を広げながら、立ち上がった人物の髪や着ているローブの近くを撫でるように通り過ぎると、それはふわりと僅かに浮き上がった。


そして空にあった雲の隙間から光が差し込んだ。


すると先ほどの女性と同じプラチナブロンドの髪がサラサラと流れながら輝いた。


その姿は神々しく、まるで一枚の名画のように見えた。


彼もまた、目立つような容姿を持った人物だった。


特に彼の目からは、鋭い野心と強引さが垣間見え、一度何かを手にすれば、決して離さないと思わせる力強さがあった。


そして王子と呼ばれたその人物は、そのまま素早く飛び上がり、ラツカの目の前に着地した。


すぐに立ち上がると、ラツカの肩に手を置き、その目で彼に話しかけた。


「ラツカ……良い風が吹きそうなのか?」


そう尋ねられたラツカは目の前にいる人物を、真っ直ぐ見つめ返した。


「ええ……恐らくは……黒き時代を全て……吹き飛ばすほどかと……」


それを聞いた男は、不適な笑みを浮かべた。


「そうか………ふふ……」


この男の名は、『シュトルム・ブラウフェダー』と言った。


彼はこの国の王子で、先ほどの女性は双子の妹だった。


彼女の名前は『フィセリア・ブラウフェダー』と言う。


ラツカは、ハイエルフの王子と王女の双子の兄妹と幼き日から共に時を過ごしていた間柄だった。


特にシュトルムとは兄弟や親友のようでもあり、仕えるべき主でもあった。


そしてお互い何でも話し合える仲だった。


ラツカは、自身の果たすべき事を思い出した。


「そうだ……王子!陛下が、体調を崩されたので代わりに王子が人間達と交渉をするように……とのことです」


「兵士が呼んでいたのは、そう言うことか……俺はてっきり、下らない会議かと思ったが……そうではなかったのだな……」


「陛下は、あまり体調が良くない、ご様子でした……」


王は最近特に、体調を崩しているようだった。


それを思い出したシュトルムの表情が僅かに沈んだ。


「そうか……」


「王子、お客人を待たせてあります……」


シュトルムは、気を取り直すと、茂みの奥へ声をかけた。


「フィー!お前はどうする?」


すると、フィセリアがシタールを手に持って現れた。


「内容は何となく聞こえたけど……私は行かないわ。確か、書物で読んだけど……人間って、平気で生き物を殺し、肉を喰らい……血をすすり……その生き物の皮を剥いで、それを着ていて、光の種族で最も闇に近い野蛮な生き物なんでしょ?そんなのに会いたくはないわ……」


王子は、ラツカに尋ねた。


「ラツカ、そうなのか?」


ラツカは困惑した表情で答えた。


「……確かに……私もそう言った書物を読んだ事があり、警戒はしていました……しかし……少なくとも私がお会いした方達は、秩序を持ち、礼節を知る方々でした……ですから、それは当てはまらないかと……」


フィセリアが細く白い手を宙にかざすと、シルフが止まった。


そして、それを見ながら彼女は話した。


「本性を隠しているだけかもしれないわ」


そんな彼女に、ラツカは真剣な眼差しを向けた。


「フィー様、あなたにも是非来て頂きたいのです」


そんなラツカを見たフィセリアは、少し驚いた。


「どうしたのラツカ……そんな怖い顔をして……」


彼女が驚いているとシルフは、指の間をすり抜けるように飛び去っていった。


そしてラツカは、その理由について二人に話した。


「じつは………」


それを聞いた二人は、一瞬息を呑んだ後、驚きの声を上げた。


「―――ええっ!……うそ……そんな……」


「ラツカ!それは本当なのか?」


「はい……本当です……ですからフィー様にも必ず、会って頂く必要があります……」


行くのをためらっている妹にシュトルムは話しかけた。


「フィー、諦めろ。この話を聞いて、行かない訳には行かないだろ?」


フィセリアは仕方なくといった感じで答えた。


「その話が本当なら……はあー……しょうがないわね……分かったわ……行くことにする……」


「では……参りましょう……」


そして3人は、ユラト達がいる部屋へ向った。


移動する中、ラツカは更に詳しい話を2人にしていた。


それを聞きながらシュトルムは、確かな風を感じていた。


(ラツカの話が本当なら……今の状況を変える事が出来るはずだ……とにかく、会って確かめてみるか……)



「うわー、ここって素敵な場所ですねー!」


ハイエルフの城の西側にある、外の景色が一望できる部屋にユラト達はいた。


嬉しそうに声をあげたのは、リュシアだった。


彼女は待っている間、外の風を受けながら、身を乗り出して楽しげに景色を見ていた。


この部屋は簡素な石造りの部屋で、外には広いバルコニーがあった。


そして、そこにはコバルトブルーの翼を広げた鳥の刺繍が施された天幕があって、時折、こちら側に運ばれてくる緩やかな風によって鎖のような形の豪華な黄金の装飾の一部が音をたて、ゆらゆらと揺れていた。


天幕の下には、大きな木のテーブルと椅子がいくつかあった。


ジルメイダやダリオとレクスは部屋にあった椅子に座っていたが、ユラトはリュシアがいるバルコニーへ向うと、西の先にある大きな木の門を見ていた。


(あの先には、草原地帯が広がっているのか……世界樹……一体どんな場所なんだろ……)


彼らがこの部屋にたどり着いた時、レイオスは兵士に呼ばれたため、この部屋を案内した後、どこかへ行ってしまっていた。


そのため、この部屋にいるのはユラト達だけだった。


しばらく適当に過ごして待っていると、ラツカが現れた。


「みなさん、申し訳ありません。お待たせ致しました……」


彼が謝りながら現れると、その後ろから木製のトレーにカップと茶器を乗せた兵士がやって来た。


「どうぞ、これを飲んでください……」


ラツカが部下に命じると、人数分の白いティーカップが置かれ、そこに濃い琥珀色の液体が、ふわふわと立ち上る湯気と共に、流し込まれていった。


景色を見ていたユラトは、隣にいるリュシアに話しかけようとした。


「何か飲み物を持ってきてくれたみたいだね。リュシア、俺たちも……」


しかし、すでに彼女はティーカップに近い椅子に座り、期待に満ちた目で、それを見ていた。


(は……早い……)


そしてユラトがそこへたどり着くと、そこから嗅いだことの無い、深みのある芳醇な香りが周囲に漂い始めた。


「良い香りだ……」


「本当だぜ……美味そうだな……」


「これは何て飲み物なんだい?」


ジルメイダがそう尋ねた時、二人のハイエルフの男女が部屋に入ってきた。


そして男がジルメイダに飲み物の事について話した。


「それは我々が毎日飲んでいる物で、『紅茶』と言われるものだ」


ラツカが、二人について話した。


「このお二人は、この国の王子と王女です」


そして彼はユラト達に風の敬礼をし、名を名乗った。


「良く来た……人よ……俺の名はシュトルム・ブラウフェダーだ」


すると、風が王子の手から発せられた。


そしてユラトの所へ風がやってきたとき、彼は何かを発見していた。


「今……一瞬だけど……風の流れが……見えた……青い風の流れが……」


それは他の者にも見えたようだった。


「ほんと……」


「なんだい、今のは……」


「風の魔法か?……」


不思議そうにしているユラト達に、ラツカが説明をした。


「実は……王子の体から風が生まれると、なぜか……風に青い色が出るのです……」


それを聞いたダリオが、何かを思い出していた。


「そうだ……聞いたことがある……確か、ハイエルフの初代皇帝マウリス・ヴォルドレイドも青い風を放ったとか聞いたぜ……」


「良く知っているな……お前の言う通りだ。そして『蒼き風』の事を、我々の古い言葉で『シュトルム・フレーヴェン』と言うのだ……そして、そこから俺の名は付いたらしい……」


そのため彼は、この国の人々から『蒼き風の王子』と呼ばれていた。


そしてシュトルムは、妹を見た。


「フィー、お前も……」


王子の後ろでフィセリアは、よそよそしく挨拶をした。


「……フィセリアよ……よろしく……」


そしてユラト達も名乗っていった。


その後、全員部屋の椅子に座り、紅茶を飲んだ。


初めて飲む紅茶に、彼らは喜びの声をあげた。


そして軽い談笑をし、少しの時間が経った後、王子が話しを切り出してきた。


「ところで………お前達の国の王は、どんな王なのだ?」


ジルメイダが答えた。


「あたし達の住んでいる場所には、王はいないんだ」


その答えに、王子達は怪訝な表情になった。


「王がいない?……では誰が統治するのだ?」


そんなハイエルフ達の顔を見たダリオが、今の人間達の現状を彼らに話すことにした。


「ああ……そうか……そうだな……じゃあ、俺が話すか……」


彼はオリディオール島の事や審議会の事、黒い霧をどうやって払ってやってきたのか、新大陸や新しい物などの発見、魔王に関する事など、様々な事について話した。


ハイエルフ達は、それらを真剣な眼差しをして聞いていた。


そしてダリオは最後に、魔王に関して彼らが何かを知っているのか尋ねた。


「………まあ、大体こんな感じだ……あと、あんた達は魔王に関して何か知っているのか?」


聞き終わった王子が一口、紅茶を飲んでから感想と共に答えた。


「………なるほど……聖石と言う物があるのか……それに冒険者と……新大陸……世界は昔の地図とは違うのだな……そうか……。お前の言った、魔王に関してだが、俺たちも魔族に関しては、何ら情報を持ってはいない……だが……」


王子の言葉が気になったジルメイダが尋ねた。


「何かあるのかい?」


彼女の問いに、ラツカが答えた。


「我々は今……魔族ではなく、ある闇の種族と戦争をしているのです……」


紅茶を飲んでいたダリオが驚き、カップをやや雑にテーブルに置いた。


「―――なんだと!?」


ユラトも驚いていた。


(やはり、闇の種族も存在していたんだ……)


そして王子が、その種族について話し始めた。


「俺たちが戦っているのは、『オーク』と言われる種族だ」


「オーク……」



【オーク】


この世界では闇の種族の一つとされている。


深い青緑の肌で、他はあまり人間と容姿は変わらない。


そして全体的に背丈が高く、筋肉も多いため、力強い。


しかしその分、魔力が人より、やや少ない者が多い。


また欲望が強く、繁殖能力も高い。


犬歯が人間よりも長く鋭いものを持っている。



王子は説明を終えた。


「………と言う事だ……」


そして彼は何かを思い出すと、ユラトに顔を向けた。


「そうだ……ユラト・ファルゼインと言うのは、お前だったな?」


「あ……はい……そうですが?」


突然名を呼ばれたユラトが呆然としていると、ラツカが話しかけてきた。


「ユラト殿、申し訳ありませんが、あなたの左手の甲を王子と王女に見せて頂けませんか?」


ユラトは、すぐに左手の模様を見せた。


「……わかりました……どうぞ……」


それを見た二人の表情は強張った。


「これは……」


「………」


するとシュトルムが、懐から小さな石を取り出していた。


それは半透明で、薄っすら赤い石だった。


彼は、その石をユラトに渡した。


「ファルゼイン……ラツカから聞いたが、お前は様々な物を爆発させる、禁呪と言われるものを扱うことが出来ると言うのは本当か?」


「まだ俺自身、完全に使いこなせてはいませんが……一応使えます……」


王子は、期待と不安の入り混じった表情でユラトに尋ねた。


「その石には……どうだ?……使えるか?」


ユラトは石を左手で持ち、握り締めた。


(良くわからないけど……やってみるか……)


石を握り締めると、すぐに左手に何か感じるものがあった。


(………少し熱いな……)


そして彼の模様が僅かに赤黒く光った。


王子とラツカは目を細めた。


「王子……」


「……これは!?……」


光を見たユラトは、この石で禁呪が扱える事を悟った。


「シュトルム王子……この石は使えます」


それを聞いた王子は、机を叩いて立ち上がった。


「―――時は来た!!」


そう叫ぶと彼は、隣にいた妹に話しかけた。


「フィー!この男に、見せてやれ!」


そう言われたフィセリアは軽くため息をついてから、立ち上がると、渋々ユラトに向って右手の甲を見せた。


「はあー……まさか……現れるなんて、思いもしなかったわ………」


彼女が見せた右手の甲には、なんとユラトと同じ青い呪いの模様が描かれていた。


それを見たユラトは驚いた。


「えっ………―――えええっ!?」


そして他の者たちも驚いていた。


「おいおい……」


「同じだ……」


「これは……」


「ハイエルフの王子様、これは一体、どう言うことなんだい?」


ジルメイダに尋ねられたシュトルムもまた、困惑しているようだった。


「俺たちにも分からん……だが、妹には生まれた時から、この模様があったのだ……」


模様を見せた王女自身も、まだ混乱しているようだった。


「聞きたいのは私よ!……なんで……その男と私だけが……」


ユラトは未だに信じられない様子だった。


(この人も、なぜあるのか分からないのか……だけど……ラグナを持つ者が他にもいたなんて……)


ラツカは、そんなフィセリアを痛々しげに見つめていた。


(フィー様………その模様のせいで……)


そんな中、気を取り直した王子は澄んだ青い瞳で、真っ直ぐにユラトを見つめながら話しかけた。


「ユラト・ファルゼイン……お前は、冒険者と言われる存在だったな?」


ユラトはフィセリアの模様を見ながら答えた。


「……はい……」


「では、お前にハイエルフの王家からクエストを頼みたい」


「クエスト……ですか?……」


「そうだ……我が妹と二人で行って貰いたい場所がある……」


王子の言葉にフィセリアが嫌悪感を露にしていた。


「人間の男となんて……嫌よ!シュトルム!」


「フィー……お前も分かっているだろ?……そんな事を言っている状態ではないことが……」


「嫌なものは嫌!」


ラツカが慌てて彼女をなだめていた。


「フィー様……どうか落ち着いて下さい」


そんな彼らを見たユラトは、恐る恐る王子に尋ねた。


「あの……俺に出来る事なんでしょうか?」


妹をなんとかなだめたシュトルムは、ユラトの方へ向き直った。


「ファルゼイン……これは……お前にしか出来ない事だ……そしてこのクエストには、この国の未来がかかっているんだ……だから、何としてもお前には受けて欲しい……」


「この国の未来が?……」


「そうだ……本来は俺たち自身で、どうにかしなければならない問題だが……だれ一人……禁呪を扱うことができない以上、お前に頼るほかないのだ……だから……頼む!」


そう言って王子は、頭を下げてきた。


「王子……」


そんな王子の姿を見たラツカも、すぐにユラトに向って頭を下げた。


二人に頭を下げられたユラトは、うろたえながら話した。


「よして下さい、王子。俺にどこまで出来るか分かりませんが、やってみます!」


するとダリオが、彼に慌てて話しかけていた。


「おい!お前……まだ内容を聞いてないだろ!」


「分かっています……だけど、この国の命運がかかっていて、俺にしか出来ないって言われたのなら……やるしかしないと思うんです……」


リュシアは応援していた。


「頑張って下さい!ユラトさん!」


諦めたようにダリオはぼやいた。


「変な使命感に駆られやがって……知らねぇぞ……お前……」


ユラトの言葉を聞いたシュトルムの表情は明るくなった。


「そうか……やってくれるか……感謝するぞ……内容については後で話す……」


そして王子は、レクスに話しかけた。


「ウッドエルフよ。名は確か、レクスと言ったな?」


レクスは、すぐに答えた。


「はい、王子!」


「お前は、すぐに村に戻り、戦える者を連れてきてくれないか?」


「わかりました!」


シュトルムは、バルコニーの先を指差した。


「あそこに門が、あるのはわかるな?」


「はい」


「あの門を出た場所には森が僅かだが広がっている……そこの守りを、お前たちに頼みたいのだ……やってくれるか?」


「なるほど……おまかせ下さい!」


王子は満足げに頷くと、ジルメイダ達に話しかけた。


「よし、頼んだぞ……そして他の者には、この手紙を然るべき場所へ持って行ってもらいたい。我が父が書いた物だ」


彼女は手紙を受け取った。


「わかった……必ず渡すよ。バルガの名にかけてね……」


そして話が終わったと思った時、リュシアが何かを思い出した。


(あっ、そうだ!)


彼女は突然立ち上がると、王子に話しかけた。


「あの!ハイエルフの王子様!」


「ん……どうした?」


「一つ聞きたいことがあるんです……いいですか?」


「ああ、かまわん……何だ?」


「えっと……私はヴァベルの塔と言う場所を探しているんです……知りませんか?」


「ヴァベル?……」


王子はラツカと顔を見合わせてからリュシアに話しかけた。


「確か……光の聖都ヴァビロニアにあった場所の事か?」


「はい」


「俺は名前しか知らんな……ラツカとフィーは知っているか?」


フィセリアは無言で首を振った。


そしてラツカも、すまなさそうにリュシアに話しかけた。


「申し訳ありません……リュシア殿……我々は、この国と世界樹までの事しか分からないのが現状なのです……」


「そうですか……」


落ち込んだリュシアの姿を見たジルメイダは、彼女の肩に手を置いて王子に話しかけた。


「それじゃあ……デュラハンって首無し騎士の事も知らないだろうね……ダークブルーのシェイダーと言う馬に乗った首の無い騎士でキメラ(合成魔獣)と言われる物だ……馬の影に入ると魔力を吸われる厄介な奴でね……あたしの旦那を殺した仇なんだ……そいつは……」


リュシアの肩に置いた手に力が僅かに入った。


(ジルメイダ……)


リュシアが心配そうに彼女の顔を見詰める中、王子は答えた。


「デュラハン?……悪いがそれも分からん……」


彼らは両方とも知らないようだった。


ジルメイダは立ち上がった。


「………そうかい……じゃあ、悪いけど何か手がかりが見つかったら冒険者ギルドへ連絡してくれないかい?」


「ああ……分かった。覚えておこう……合成魔獣の首無しの騎士だな……」


「悪いね……」


「いや、その程度の事はさせてもらおう……」


ダリオも立ち上がった。


「よし!それじゃ、まずはウディル村に戻るか……」


リュシアは香りを楽しみながら飲んでいた紅茶を飲み干すと、ダリオに話しかけた。


「でも、今からじゃ、トロールがたくさんいる場所にたどり着くころには夜になってるかもしれませんよ?……」


「あっ!そうだったな……」


フィセリアと話をしていた王子が振り返った。


「壁の向こう側には魔物たちがいるのか……それではすぐにと言う訳にはいかないな……」


彼がそう呟くと、ラツカが良いことを思いついた。


「王子、彼らにユニコーンをお貸しになっては?」


王子は頷いた、


「……そうだな。そうするか……よし、すぐに彼らの人数分を用意せよ!」


シュトルムはラツカにそう命じた。


「はっ!」


ラツカはすぐに兵士を呼び、用意させるようにしていた。


「それじゃ……早速行くことにしようかね……」


ジルメイダ達は部屋から出て行こうとした。


すると、それを見たシュトルムがユラトに話しかけた。


「ファルゼイン……仲間と別れを済ませて来ると良い……時間は気にするな……」


「はい……」


ユラトはジルメイダ達を追いかけた。



追いついたユラトはユニコーンを借りたジルメイダ達と彼らがやって来た道を歩いていた。


ユラトはここに来るまでの日々を思い出しながら歩いた。


(随分……みんなと長く旅をした気がする……本当は帰ってエルに会いたいんだけど……しばらくは無理だな……クエストを受けることにしたし……ごめん……エルディア……)


そして麦畑の終わりに近づいた。


彼らの先には果樹のある段々畑があったが、その近くに大きなトンネルがあった。


そこはラツカの話によると、あの長い階段の始まりの隣にあった大きな岩で封印されていた穴と繋がっていて、彼らであればその封印を解くことが出来ると言うことだった。


ジルメイダが振り返り、ユラトに話しかけた。


「見送りは、ここまででいいよ……」


「うん……」


「なんだい、元気の無い顔をして」


「受けたのは良いんだけど……出来るのかなって……ちょっと不安に思ってさ……俺……まだ冒険者としては半人前だし……まだジルメイダやダリオさんに、教えてもらわないと駄目なことがたくさんあると思うんだ……」


彼の言葉を聞いたジルメイダは、厳しい表情になった。


「あんたが決めた道だ……ユラト……後は、自分でやりな!」


「………」


ダリオがユラトに近づいた。


「そうだぜ、てめぇ、甘えるんじゃねぇ!」


リュシアがダリオのローブを引っ張った。


「ダリオさん!」


ユラトは力無く、答えた。


「はい……」


そんな彼の様子を見たジルメイダは、静かにユラトを見つめると、ゆっくりとした口調で話しかけた。



    ―――今から……ここで……あんたとあたしの道は別れるんだ―――



「えっ………」


そこでユラトはようやく気づいた。


彼らと別れると言う意味を。


(そうか……ここからは一人なんだ……)


少し寂しげな表情を見せたユラトの下へレクスがやって来た。


「ユラト……お前と旅が出来て私は良かったと思っている……だからもし、森での戦いがあるのなら、その時は必ず私を呼べ!お前と共に戦うことを誓おう!その時まで生きろ!……森の大切な………友人よ……」


レクスとユラトは硬く握手をかわした。


「はい!レクスさんも、お元気で!」


そしてダリオが話した。


「いいか、てめぇ!今度会うときまでには、ちゃんと戦力になっておけよ!そうじゃねぇと、もうパーティーを組んでやらねぇからな!」


「(組んでくれるんだ……)はい……ちゃんと毎日鍛えて、ダリオさんがお金を稼げる冒険者になれるようにしておきます!」


「……ふん!」


そう言うと彼は顔を背け、今度はリュシアがやって来た。


「……私にとって……みんなと過ごした日々は、忘れられない思い出で……私があの大きな森の中で見つけた一番の宝物なんです……最初は、ちょっと慣れないこともあって……迷惑をかけちゃうこともあったんですけど……だけど、みんなが色々やさしくしてくれたから……だから……私……頑張れたんだと思います……家族ってこう言うものなんだろうなって、思ったりもしました……ジルメイダがお母さんで、ダリオさんがお父さん、ほんとの父親はもっとかっこよくて優しい人だと思うんですけど……だけど……だけどダリオさんは一生懸命、私に色々教えてくれて……そして、しっかり者の兄のレクスさん……ユラトさんは、最初ちょっと頼りないけど優しい人って思ってました。だけど今は優しく頼れる、お兄ちゃんって感じです!」


そう言ってリュシアは、目に涙をためながら、表情を崩した満面の笑顔を見せていた。


「そうか……ありがとう……リュシア……ヴァベルの塔、見つかると良いね……」


「はい!」


二人は力強く握手を交わした。


そして少し厳しい表情をしたジルメイダがやってきた。


「あんたの進む道とあたしの進む道……またきっと、どこかで交差することもあるだろうさ……その時は、また一緒に旅をしようじゃないか!強大な敵を倒し、魅力的な宝を手に入れ、町へと持ち帰り、酒場でともに酒を酌み交わそう。そして、あの森で共に過ごした日々を思い出し、笑い話として語り合おうじゃないか!……あんたの行く道は、きっとまだ遠いよ……そんな気がするんだ……だから死ぬんじゃないよ!呪いに負けず、精一杯生きるんだ!」


言い終わるとジルメイダは、ユラトに近づいた。


「さあ、行って来な!冒険者………」


彼女は、ユラトと共に過ごした日々を心の中に描きながら、力強く名を叫ぶと、片手を使って彼の背中を前へ押した。


「―――ユラト・ファルゼイン!!」


それは……。


ジルメイダがユラトを一人前の冒険者として、認めた瞬間だった。


押されたユラトは数歩前に歩き、立ち止まると、ゆっくりと振り返り、ジルメイダの顔を見た。


「…………」


ジルメイダは先ほどとは違い、笑顔だった。


日の光を浴び、輝いたその顔は、この旅の中で一番の表情を見せていた。


「ジルメイダ………」


彼女はただ静かに、優しい眼差しをユラトへ向けている。


その時、ユラトは思い出した。


(―――そうか!……時々……俺やリュシアに見せていた眼差しの意味が……やっとわかった……)


それは彼女の眼差しが、自分の父と母が最後に見せてくれた、その優しさと同じであったのをユラトは古い記憶とともに思い出した。


(心の奥にあった……その思いを……ずっと……ずっと……忘れていた……いや……思い出したくなかったんだ……)


その思い出は、彼の両親がワイバーンの群れの中へ立ち向かったときの最後の記憶だった。


(母さんが俺を抱きしめ、そして頬を擦ってくれた。父さんは優しく語りかけながら、俺の頭を大きな手で撫でてくれたんだ……)


その時の感情が込み上げてきた。


(去っていく2人の背中を見て寂しかったんだ……心が引き裂かれそうになったんだ……だから、俺……)


《ユラト、母さんも怖いの……だけど、あなたを守りたいと思ったら、自然と力が湧いてくるの……だから最後に………顔を見せて頂戴……あなたのその顔と温もりを……》


《ユラト……お前もいつか、自身の命をかけて守りたい何かができるはずだ……それを守れ……何としても!……そして、その時でいい、その時になったら2人のことを思い出しておくれ……父さんと母さんが、そういう気持ちだったってことをな……》


ワイバーンが彼の家の屋根を破壊し、舞い降りた。


《どうか……志高く……》


《心は強く……生きておくれ……私たちの大切な……》


魔物が咆哮を上げ、ドアを破壊してやって来た。


《ただ一人の……》


《―――息子よ!》


そして二人は、魔物に立ち向かって行った。


(……あの時の……2人の最後の……優しい……そうだ……俺、あまりにも辛くて、苦しくて、耐えられなかったんだ……そしてずっと心の奥に仕舞っていたんだ。忘れようって思ったんだ……それから、ただ逃げたくて……だけど、それじゃだめなんだ……俺にとって大切なあの2人を……そして命を懸けて俺に託してくれた、その思いを忘れてしまうことになってしまうんだ……ありがとう、ジルメイダ……思い出したよ……)


ユラトは、行くことに決めた。


(行こう……)


彼は真っ直ぐに仲間を見た。


仲間は皆、笑顔でユラトを見ていた。


「みんな!本当にありがとう!俺、行ってくるよ!」


ユラトは最後に仲間の姿を心に刻み付けることにした。


(この森で俺は少しかもしれないけど、成長できたと思う……こうやって人は積み重ねて行くんだね……静かに降り積もっていく……)


ユラトはマントを翻し、彼らに背を向けた。


(森の葉の……ように……)


去っていく彼の背中を4人は見ていた。


(新しい芽は出たさ……ユラト……それはお前だけではなくて、ここにいる全員の心の中にな……)


(今度会うときは、また強くなってやがるんだろうな……ジルメイダがお前を鍛えたんだ。そしてお前にも託したんだ、―――バルガの剣を!だから、死ぬんじゃねぇぞ!もうこれ以上……ジルメイダに悲しい思いをさせるんじゃねぇぞ……)


(光の神ファルバーンよ、どうかあの若き冒険者ユラト・ファルゼインに光の加護と祝福を……ユラトさん、わたしもヴァビロニアへ到達します……必ず……だから……お互い頑張りましょ!!)


(ふふっ、なんとなく分かっていたんだ……あんたとリュシアに会った……あのときからね……こうなるってさ……なんか放って置けなくてね……自分の子供と似たような歳だからかね……2人の目の輝きが、あたしの子供と同じでね……そう思うと、もうダメさ……歳を取ったんだね……あたしも……ずっとデュラハンを追っている間に……)


ジルメイダは3人に声をかけた。


「―――さあ、みんな帰るよ!凱旋だ!あたしたちは、ついに誰も出来なかったことを達成したんだ!胸を張って帰ろうじゃないか!」


ダリオは拳を振り上げ喜んでいた。


「そうだぜ!こりゃあ、大金が手に入りそうだ!ハハッ!」



ユラトにとって今回の旅は信頼できる仲間と出会い、そして共に苦しみ、悲しみ、笑い、楽しんだ、そんな冒険の日々だった。


この森での日々をまだ若い彼の人生に置き換えてみれば、それは森の中にひっそりと人知れずできた、ほんの小さな陽だまり程度のものなのかもしれない。


しかし、それは彼にとってとても大切で重要な意味を持つ、光と温もりに満ちた日々だった。


その日々は終わった。


次に待つ冒険とは何か?


一瞬、彼の脳裏に様々な不安がよぎりそうになった。


しかし、共に時間を過ごした仲間への感謝と、次なる冒険の日々を思うと、それはすぐに消え去っていった。


ユラトが走っている一本の長い麦畑の道の遥か上空には、今の彼の心の中を表しているかのような、どこまでも澄み渡った青空が広がっていた。


心の中に僅かに存在する寂しさを振り切るかのように、彼は肩で風を切って、力一杯走り、道を進んだ。


ユラト・ファルゼインが自らが選んだ……。


冒険者としての………。


―――その道を……。

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