第二十五話 霧の中の狂戦

ミレイ・バルドは、アルフィス山を下り、大地の神殿に入り、そこから学院の敷地を越え、レイアークの町を目指していた。


彼女は無事、バルガの儀式を終えていた。


そして晴れて成人となった。


(やっと、ここまで来れたよ……)


町からバルガの里までの道は大雨によって、悪路に変わっていたため、大変だった。


しかし、自警団の復旧も始まっていたため、登る時よりは、ましになっていた。


(はあ……少し疲れたね……それじゃあ、どうするかねぇ……まずは町に戻って、そこから馬車に乗って……だね……早くアートスの学校に帰らないと……)


そしてミレイは、何かを思い出した。


(あ、そうだ!その前に、シュリンに会っておくか……)


シュリンとは、あの事件の前に、兄に紹介してもらってから、すぐに友人になれた。


また会う約束もしていた。


(ふふ……カー兄でも、たまには役に立つんだ……はははっ!)


彼女は、ジルメイダに送った手紙の内容の中で本当は兄の悪い部分を、最初書こうとは思わなかった。


しかし、儀式に向かう前日に、些細なことで兄と口論になった。


そしてミレイは口喧嘩に関しては、いつもカーリオに負けていた。


あの男は、それに関しては百戦錬磨だった。


その日の事を思い出したミレイは、少し苛立った。


(……あの馬鹿蟹!ほんと、口だけは達者なんだよ!)


しかし彼女は、自身が母に送った手紙の内容を思い出した。


(ふっふふ……まあ母さんに、しっかりと絞られるんだね!)


そして、今も冒険をしている母の事とダリオの事を思い出した。


(二人とも……あたしは、無事に儀式を終えたよ!だから、もうすぐあたしも冒険者になって、母さんとダリオさんを助けるよ!)


ミレイは学院を目指し歩きながら、エルフィニアにいる母とダリオの無事を祈った。


(どうか二人とも……無事で!)



         儀式を終えたミレイ・バルドより。



霧に囲まれた森の中でユラトは、『トロール』と言われる魔物たちにも囲まれていた。


彼はリュシアとジルメイダを守りながら仲間と共に、しばらくそこで戦っていた。


そして敵は減るどころか逆にその数を増やし、容赦なく彼ら冒険者を襲って来ていた………。



2体のトロールの木の棍棒の一つが、ユラトの背中をかすった。


ユラトは、なんとか避けながら反撃し、敵の体勢を崩すと、そこへレクスが向かった。


「―――はあ!」


レクスの背中を見ながらユラトは呟いた。


「これは……無理だ……」


何度も敵を倒すが、トロール達は躊躇する事無く、次々襲ってきていた。


ユラトは新たな敵が現れる度に、心をすり減らしていった。


(こんなのどうやって……)


力強く槍で相手の頭を貫いたレクスが素早く引き抜くと、魔道師の男に向かって叫んだ。


「ダリオ、どうする!?」


サンドフェッターを使用し、後ろの敵の歩みを止めながら、ダリオは答えた。


「霧がさっきより、薄くなってやがる。しばらくすればサーチが使えるかもしれん。それまで、耐えるしかない!」


「しかし……それでは……この数を凌げんぞ……」


周囲には、続々と現れるトロール達がいた。


そして彼らが、どうするか迷っているその時、森の上空から声が聞こえた。


「………クックック……諦めな……人間ども……ここから逃げられるとでも思っているのかい?……馬鹿だねぇ……」


その声を聞いたユラトは、トロールの攻撃をかわしながら、霧に包まれた森の空を見上げた。


「これは……」


しわがれた老婆の声だった。


老婆は、話を続けた。


「そこにトロールどもが次から次へと来るのは、偶然じゃあないよ……あたしが、そこへ送っているからさ……ヒヒヒッ!」


レクスが槍で、トロールを押し返すと叫んだ。


「何者だ!」


「あたしの森の中から、お宝を盗んだのは、あんた達だろ!……許さないよ………この森のハッグ『ビスティー』様の物を盗むなんてね!」


レクスは、初めて聞く名前に驚いていた。


「………森のハッグだと?」


森に熟知したウッドエルフも知らない情報だとわかったダリオは、顔を顰めた。


「レクスも知らねぇのか……こんなところで……いらねぇ新発見だぜ……」


森のハッグは、ユラトたちのいる所から少し離れたところにいた。


ビスティー自身は背の低い、老婆そのものの姿だった。


先端が二又に分かれ、分け目のところにガーネットが付いた木の杖を持っており、全身には赤や黄色、黄緑や緑色が混在し、針のように細長い葉の様なものをつけた苔のフード付きローブを着ていた。


また彼女は、目を閉じながら邪悪な笑みを浮かべ、楽しげに彼らの様子を感じている最中だった。


(クククッ……お宝を盗んだ罰だ!………全員、トロールどもの餌にしてやるよ………)


ビスティーはパル達の出した霧を感じた。


このあたりのパルと、このハッグは主従関係に近い間だった。


彼女の縄張りに何かが入ってきた場合、すぐに合図である霧を出すようにパルたちは言われていた。


そして彼女は、この魔法の霧を使用し、様々なことができた。


声を出したり、相手の場所を感じ取ったりなどである。


(………ああ……見えるねぇ……こいつらの焦りがさぁ……ああ……たまらないねぇ……ヒャヒャヒャ!)


前歯の一本が抜けた歯を晒しながら、彼女は嬉しそうに笑っていた。


そして両方の人差し指と中指をユラト達のいる場所へ向けて軽く振った。


すると4体のトロールが彼らの元へ向かった。


「操っている奴がいるのかよ……くそっ!」


新たに現れたトロールへ向って、ダリオが再びサンドフェッターを唱えた。


トロールが魔法の砂によって足止めを喰らった。


(……ちっ!あの魔道師は邪魔だね……よし、更に追加だ!)


ビスティーはトロールを更に4体、ユラト達のところへ向かわせた。


ユラトとレクスは、すぐに敵に対処するため、動いた。


ユラトは、ダリオの魔法で動けないでいるトロールの下へ、レクスは新たに現れた敵の下へ向かった。


ユラトは勢い良く近づくと、敵の一体を攻撃した。


攻撃はなんとか当たり、動きを鈍らせた。


そして他の敵に攻撃を仕掛けようと近づく。


すると敵の攻撃がやってくる。


それは横に力強くなぎ払う攻撃だった。


ユラトは敵の攻撃を防ぎきれずに、飛ばされた。


「―――ぐはっ!」


そして後方で叫びが聞こえた。


「誰か!一体がジルメイダとリュシアのところへ向かった!」


敵を足止めしているダリオが叫んだ。


「ユラト!ここの敵は、俺がなんとか足止めしておく、だからお前が行ってこい!」


ユラトは、すぐに返事をすると走った。


「はい!」


その時、ビスティーの周辺に大量のトロール達が到着していた。


「おお、やっと来たね……遅いよ!……」


そしてハッグは邪悪に笑った。


「……フヒヒヒ!ここからが、本番だ!」


彼女は次々と、トロール達に命令を下した。


ユラトは、ジルメイダとリュシアを守りながら、敵と戦っていた。


「はぁはぁ、こいつ……結構タフだな……」


なんども体を切りつけるが、相手は、攻撃の手を緩めてはこなかった。


そして敵の攻撃が来たので、ユラトはそれを避け、敵の足に足払いをした。


「―――はっ!」


しかし、敵は全く動くかなかった。


(頑丈だ……)


反撃が来る。


相手は、縦に棍棒を振り下ろしてきた。


上手く避けると、地面にあった古木の木を破壊し周囲にその破片が飛び散った。


そして破片の一つがユラトの腕と寝ているジルメイダの肩に当たった。


敵は、寝ている二人に気づいた。


「……気づかれたか!」


ユラトは、敵が二人に向かって歩きだしたのを見るや否や、すぐに走り出し、後方から一撃を加えた。


「俺が相手だ!」


すると、敵は振り向きざまに棍棒を振ってきた。


ユラトは、それを剣で防いだ。


相手の強い力が加わり、彼は飛ばれた。


しかし、なんとか体勢を立て直しながら、ユラトは耐えた。


「―――よし!」


そして反撃に転じようと立ち上がったとき、後方からもう一体のトロールが現れた。


敵は、すぐにユラトに攻撃をしかけてきた。


「また新手か!?」


すぐに、横へ飛ぶ。


そして着地すると、そこにもトロールはいた。


「―――!?」


相手は下からすくい上げるように、棍棒を振り上げた。


ユラトは、その攻撃を喰らい、飛ばされた。


「………ぐっ……」


痛みで、一瞬息が出来なかった。


「………ああ……」


彼はジルメイダのところにいるトロールを思い出した。


(―――戻らないと!)


すぐに立ち上がり、彼は走った。


そしてユラトがたどり着いた時、トロールはジルメイダを手で跳ね除け、リュシアに攻撃を加えようとしていた。


(―――あれは!)


ユラトは必死に走り、剣を両手で持って相手に突きを繰り出し、飛び込んだ。


「させるかああ!」


攻撃は敵に見事当たり、頭部を貫いた。


血が地面に落ち、僅かにリュシアのローブにかかった。


荒い息をつきながら、二人の無事を確認する。


「はぁはぁ……(大丈夫みたいだ……)」


休む間もなく、すぐに他のトロールがやってくる。


「―――っ!くそ!」


ユラトはダリオとレクスの名を叫んだ。


「ダリオさん!レクスさん!」


周囲を警戒しながら返事を待ったが二人の声は返ってこなかった。


(……二人は大丈夫なのか!?……とにかく、ここを守らないと……)


敵が2体、目の前に現れた。


ユラトは近くにいる右の敵に向かって走った。


(よし!まずはあいつから!)


その敵の側面に飛び込むと、彼は右足でトロールの横腹を押し込むように蹴り上げ、反動を利用して、左側の敵へ切り込んだ。


「―――はあ!」


攻撃は当たったが、致命傷にはなっていなかった。


(……くそっ……だめだったか……)


彼が更にもう一撃を加えようとしたとき、側面からもう一体トロールが霧の中から現れ、すぐに攻撃を繰り出してきた。


(―――しまっ!)


ユラトは、その一撃を背中に喰らった。


「ぐはっ!」


彼は飛ばされた。


すぐに立ち上がろうとするが、痛みで出来なかった。


(直撃は避けられたけど……不味い………意識が飛びそうだ……)


トロール達がユラトのところへ、ゆっくりとやってくる。


この一撃でユラトは、戦意を失い始めていた。


(……無理だ……この数を……どうにかするなんて……)


トロール達が彼の目の前に現れたとき、ようやくユラトの体は自由をなんとか得る事ができた。


(動く!?)


彼は素早く起き上がると、すぐに後方へ飛んだ。


敵の棍棒が3本、地面に叩きつけられていた。


(あぶなかった!……)


なんとか助かったが、ユラトは絶望を感じていた。


(……駄目だ……こんなの……どう考えても……)


そして更に彼の戦意を失うような叫びが聞こえた。


「やべぇ!こっちにとんでもねぇ数の敵が現れやがった!もうもたねぇ!誰か、こっちに来てくれ!」


レクスの声もしていた。


「―――こちらも同じだ!この数は、無理だ!ユラト、いるか!」


ユラトは、呆然とした。


「どう……すれば……」


パーティーの全滅。


それが、彼の脳裏に浮かんだ。


絶望から、手に持った剣が地面に落ちそうになった。


そして地面に膝を着いた。


「無理だ!……」


しかし、無情にも敵は彼の下へやってくる。


エルディアの事が頭に浮かんだ。


(エル……俺は……)


エルディアの事を思い出したユラトに、僅かに力が湧いた。


そして、その力を利用し、彼は敵の攻撃を再び避けた。


起き上がるとすぐに走り、敵と距離をとった。


すると更に敵が現れていた。


(この数の敵……何をすれば……禁呪か……だけど……)


爆発の禁呪以外の剣の召喚魔法の事が思い浮かんだ。


(……使いたいけど……あれは無理だ……)


旅の間、彼は何度か挑戦したが、結局呼び出すことはできなかった。


(魔力のあるアイテムも無い……)


リファイス・ブラストの魔法をジルメイダの剣に使用したことがあったが、なぜか彼女の持つ大剣には、爆発の禁呪も使用することができなかった。


(打つ手が無い……)


彼が戦う意志を失い、どうすればいいか迷っていた、その時、彼の後方から、声が周囲に響き渡っていた。


「赤き狂者の戦場………心を……体を……染めてゆけ……赤く……より深く……より紅く……怒りの色へ……そして、より近づけ……」


それは、バルガの女戦士、ジルメイダ・バルドが発していたものだった。


「ジルメイダ!」


ユラトが名を呼ぶと、彼女は上半身を起こし、片手を胸に当てた。


そのまま彼女は力強く叫んだ。


「狂神フュリスよ……我に力と加護を!……そして荒れ狂う狂者の魂をここに!―――『ベルゼ・フォース』!」


彼女がそう叫ぶと、轟音と共に一本の赤い稲妻がジルメイダの体に落ちた。


そして彼女の束ねられた白い髪が振り解かれ、周囲に衝撃と音が響き渡った。


ユラトは、すぐに駆け寄った。


「大丈夫!?ジルメイダ!」


ジルメイダは、手の感覚を確かめていた。


そこへユラトは近づいた。


そして懇願するかのように、彼女へ話しかけた。


「ジルメイダ!逃げよう、無理だ!」


ユラトは絶望と恐怖に支配されていた。


ジルメイダは、ゆっくりとユラトの方へ顔を向けた。


「………どこへ、逃げるって言うんだい?」


「ここにも、すぐに来る!早く!……」


そして敵が現れ始めた。


ユラトの顔は青ざめていた。


「ああっ!………」


そんなユラトの顔を見たジルメイダは敵を睨み付けながら、地面に血の混ざった唾を吐き捨てた。


そして、戦意を無くしてしまった青年に語りかけた。


「ユラト……良く、お聞き………あんたは、こんなどこかも分からない森の中で、みっともなく……敵におびえて、やられるのかい?………あたしは、まっぴらだね!冒険者ならば最後まで戦う、―――その誇りと意志を持て!」


「だけど……この状況じゃ!」


ジルメイダは、こんな状況にあるにも関わらず、僅かに微笑をたたえた。


「フフ……なぜ……バルガの戦士が恐れられるか……知っているかい?……」


こんな状況下で笑みを漏らす彼女のことが、ユラトには理解できなかった。


「ジルメイダ……何を言って……」


ジルメイダは、僅かに光る自身の髪を手に取った。


「この白い髪はね……戦いの中で色んな色に染まるのさ………そしてその色によって、あたし達はフュリスより加護を得ることが出来るんだ……さあ、始めるよ……―――狂戦を!」


すると彼女の白い部分が眩しく輝いた。


「―――これは!?」


突然の落雷の音と彼女の叫びを聞いたダリオは、驚いていた。


「―――ジルメイダ!(あれをやるつもりか!)」


そして、彼はすぐに敵をそこに残したまま走り、レクスに向かって叫んだ。


「レクス!こっちへ来るんだ!」


「はあ……はあ……(あの声……何かあるのか?……)」


苦戦を強いられていたレクスは、ダリオの言葉に従い、すぐに声のした場所へ向かった。


ユラトは敵と武器を交えていた。


しかし、戦う意志を失っていたため、相手の攻撃を避けるので精一杯だった。


(ジルメイダが……加わったとしても……)


ユラトの周囲に更にトロールが何体か現れていた。


「ジルメイダ!さらに、敵が来た!」


トロール達がジルメイダとリュシアの所へ向けてやってきた。


それを見たジルメイダは、ツヴァイハンダーを手に取り、叫んだ。


「土や泥の色は……揺ぎ無い……―――意志の強さを!」


髪が一瞬、発光する。


そして彼女は、大剣を地面に突き刺し、悠然と立ち上がった。


敵がユラトとジルメイダのいるところへ迫ってくる。


彼女は大剣を両手で持ち、構えた。


「草や葉の色は……誰よりも早く………より早く……―――動くための色!」


そう叫ぶとジルメイダは、その場に残像を残し、一瞬だが姿を消した。


あまりの速さに、ユラトは驚いた。


「―――消えた!?」


そして彼女が現れたときには、トロール数体の首を刎ね、さらにもう一体のトロールの腹を大剣で貫いていた。


「早い!……見えなかった……」


あまりの速さに、トロール達も驚き、動きが止まっていた。


ジルメイダは剣を手に持ったまま、森の魔物に顔を近づけた。


「何をやっているんだい……あたしはもう、ここにいるよ?……遅いねぇ……」


そして力を込め、一気にトロールの上半身を切り上げた。


「―――はああああ!」


血しぶきが上がり、風が上空に向かって発生した。


倒れたトロールに背を向け、ジルメイダはユラトの方へ振り返った。


そして、ダリオとレクスが到着した。


ダリオは、切なげに彼女を見ていた。


「ジルメイダ……(やはり、その力……使ったのか……)」


レクスは、バルガの女戦士から溢れ出る殺気に、違和感を覚えた。


「あれは……?」


ジルメイダは自身の髪を手に取った。


すると、空の霧が晴れ、僅かだが夜空が見えた。


そして、そこから月明かりが差し込み、彼女を照らす。


「あたしは、この色が一番好きだねぇ………見てみな……今夜は、綺麗に染まっているじゃないか……」


差し込んだ光に照らされた彼女の髪は………。


真紅に染め上がっていた。


その色を確認すると、ジルメイダは叫んだ。


「紅い血の色は……どんな強敵だろうと……力でねじ伏せる、―――怒りの色だ!!」


すると、彼女の全身の筋肉が盛り上がり、血管が浮き出ていた。


「………ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」


ジルメイダは口を開け、少し震えていた。


(この感覚だ………久しぶりの……何もかも破壊したくなる……この衝動……自身の体させも……砕きたくなるような……この欲望!……)


彼女は、一瞬飲み込まれそうになった。


しかし、寸前のところで歯を食いしばり、全身に力を入れ、踏み止まった。


(………くっ!……理性がなくなりそうだ………)


彼女が放つ異様な殺気に、周囲にいた全てのものが、動きを止めていた。


レクスは、眉をひそめ、ジルメイダを見ていた。


「あれは……一体……」


ダリオが、辛そうに答えた。


「バルガの力の解放をやったんだ……(ジルメイダ……その力は……)」


そしてジルメイダは周囲に響き渡るように、力強い声で叫んだ。


「ここは……これより、狂者の戦場となる………聞こえるかい、森のハッグよ!」


ビスティーは、霧によって、女戦士の異様な力を感じ取っていた。


(何だ……あの人間の女は……普通じゃない感じがするね……何をするつもりだ?……)


しかし、ユラト達は、すでに大勢のトロールに囲まれていた。


そしてハッグの頭上には、大量の『ワイト』の集団が集まりつつあった。


【ワイト】


ホーント(霊体や悪霊の総称)の一種。


この世界では、青緑の炎に包まれた人の顔の姿で活動している悪霊である。


空を浮遊し、生ある者に噛み付き、肉体ではなく、精神や魔力に攻撃を加え、自身の魔力として吸収し、その身を大きくさせていく。


ごく稀に、ワイトがいくつも集まることで、『ワイトロード』と言う存在になることもある。



彼らの置かれた状況を知っているビスティーは、自身が優位にある事を信じて疑わなかった。


「(敵がトロールだけだと思っているのか、馬鹿め!……)ふんっ、やれるものならやってみな!」


森のハッグの声を聞いたジルメイダは、笑みを浮かべた。


(ふふっ……そこか……)


フュリスの力の発動によって、彼女の感覚は研ぎ澄まされていた。


ジルメイダはビスティーの居場所を、なんとなくだが把握した。


そして彼女は手に持ったツヴァイハンダーで霧に包まれた森の先を指し示した。


「ここだ……この道を進む……この先にあいつはいる………だから、みんな……ここにあたしが最短の道を作るよ……さあ、付いて来な……」


ジルメイダは剣を握り締め、顔の半分をユラト達に向け、力強く叫んだ。


「―――冒険者たちよ!!」


バルガの女戦士の叫びを聞いたダリオは直感するものがあった。


(命を懸けるときが来た………)


ダリオはそう思った。


そしてユラトとレクスに話しかけた。


「てめぇら、これしかチャンスはねぇ! 覚悟を決めろ……やるぞ!!」


トロールの攻撃によって押し返されたユラトが叫んだ。


「だけど……これじゃあ!………」


ダリオは、すぐに反応した。


「てめぇ!びびってんじゃねえ!!」


ジルメイダは外套を脱ぎ捨て、力強く前へ踏み出た。


(みんなが苦しい時ほど……誰よりも前へ出ようじゃないか………そうやって、あたしは生きてきたんだ……)


そしてトロールの目の前へたどり着く。


トロールは攻撃態勢に入った。


ジルメイダは、素早く大剣を両手で持ち上げ、力強く振り下ろした。


(―――それが、戦士ってもんだろうが!!)


トロールは棍棒を構えたまま、縦に全身を真っ二つに両断された。


そしてジルメイダは、素早く大剣を左右に振った。


「―――はあ!!」


すると、両断された肉片が左右に飛び、周囲のトロールに当たった。


トロール達は飛ばされ、砂埃が上がった。


彼女は、すぐに前へ突き進んだ。


大剣を振るたびに、トロールの体の一部を次々と跳ね飛ばして行く。


「―――ウオオオオ!」


そこから彼女は、凄まじい勢いで、敵を倒していった。


大剣で敵をまとめて切ったかと思うと、今度は、素手で敵の頭を握り、地面に擦り付け走り、敵に投げ飛ばしたり、吹き飛んだ敵に回転しながら切りつけた。


そして振り返ると後ろにいたトロールの集団にチャージをかけ、跳ね飛ばした。


すると今度は、正面に向かって走った。


鋭い突きを繰り出し、数体のトロールを貫き、今度は、そのまま素早く切り上げた。


「―――はああああ!」


周囲は瞬く間に、赤い血で彩られていった。


「―――なんてやつだ!!」


あまりの強さに、ビスティーは驚いた。


そして、すぐに作戦を変更することにした。


「こりゃ、不味いね……よし、こうなったら奥の手を準備しつつ……―――縦深防御だ!」


ビスティーは、トロールの分厚い壁を作り、ジルメイダの進撃を抑えようと考えた。


彼女はすぐに、意識を霧に乗せた。


≪トロールども!こっちへ集まりな!≫


トロール達は、ユラトの周囲から引いて行った。


「トロール達が……」


「引いていく……」


ダリオは、敵の進行方向からジルメイダの所へ向かったことを悟った。


「ちっ!ジルメイダの方へ行くつもりだ……すぐに助けに行かねぇと……」


そしてダリオは、戦意を無くしたユラトに詰め寄った。


「ユラト………お前はこの森で、あのバルガの女戦士に何を教わったんだ!こんな辛気臭せぇ、森の中で絶望に駆られて震えるためか?そうじゃねぇだろ!」


そして彼の胸倉を掴んだ。


「ジルメイダのあの力は、彼女の命を削っているんだ!早々使うわけには、いかねぇもんなんだ。だが、俺たちを全滅させるわけにはいかないと思って……くそっ!……いいか、よく聞け!バルガの女戦士が狂者となりて作りし血の道……この道こそが……俺たち……」


ダリオは、自身が愛する女戦士の戦う姿が思い浮かんだ。


(くっ!………)


彼はユラトを掴みながら、ジルメイダの進んだ道を指し示し、叫んだ。


「―――『冒険者の道』だ!!」


ユラトは我に返り、その道を見た。


そこはトロールの血と屍で埋め尽くされていた。


「これが……冒険者の……道……」


ここでユラトの中にあった恐怖心が消え始めた。


(ジルメイダ……俺たちのために……ひとり……前へ……)


ダリオは、レクスに話しかけた。


「レクス!俺達はジルメイダを援護するぞ!流石に、あのままじゃ、彼女一人では厳しいはずだ。リーフストームをいつでも使える状態にしておいてくれ、出来るか?」


レクスは槍を握り締め、力強く答えた。


「私も誇り高きドルイドの戦士だ。我が領域で遅れはとらん、まかせろ!」


ダリオは無言で頷くと、ユラトから手を離した。


そして、ジルメイダの進んだ道の先を見据えながら、ユラトに対して話しかけた。


「ユラト、てめえも、冒険者ならば付いて来い!」


レクスは真っ直ぐ、ユラトを見つめていた。


「ユラト……恐怖の落ち葉に埋もれてしまった、心の剣を手に取れ!それを持ってこそ……戦えるのだ……ジルメイダのように……」


そして二人は同時に魔法の詠唱に入った。


「炎よ、煌めきを………厚き層をなせ!」


「……大地の神イディスの娘……森の女神ミエリよ!」


魔法の詠唱をしながら2人は、薄くなり始めた霧の中へと身を投じて行った。


狂者と化した、バルガの女戦士の後を追って。


「………」


残されたユラトは、この森での日々を思い出していた。


(ジルメイダ……そうだ俺は……怖くて、自分の事だけを考えてしまっていたんだ……)


旅の日々を重ねていく中で、ユラトは、魔物と渡り合えるようになってきていた。


そしてどんな状況でも、自分で対処しきれると思ってしまっていた。


厳しい状況による恐怖も、乗り越えられると。


だが、現実は彼の想像を遥かに超えていた。


ユラトは持っている剣を見た。


(自分が思っていた以上の事が起こっても、それを冷静に見れないと駄目なんだ……)


そしてあのベテランの冒険者たちが遥か先にいることを、ユラトは今回のことで深く知ることになった。


(勝手に、たどり着いた気でいたんだ……俺は……)


そしてユラトは、目の前で眠っているリュシアを見た。


(これ以上は考えていてもしょうがない……ここは戦場なんだ……殺るか……殺られるかの場所だ……)


ユラトはリュシアに近づくと、すぐに彼女を背負った。


(………やってやるさ……俺も……)


そして力強く立ち上がった。


(―――冒険者だ!)


ユラトは、ヴァベルの娘を背負いながら、必死の形相で走った。


たまに、トロールに出会いながらも、走り続けた。


地面に残されたトロールの残骸と赤い血を辿り、道の先に仲間の死体が転がっていない事を祈りながら、道を急いだ。


「はあ……はあ……みんなどこだ……」


そしてこの光景こそ、エルディアが赤い三日月が出ている夢の中で見たユラトの姿だった。


だが二人は、その事を知る由も無かった。


そして、ユラトは、なんとか仲間が戦っている場所へたどり着いた。


ユラトは、周囲を見た。


「あれは………」


ジルメイダの姿が見えた。


彼女はトロールの集団の中で一人返り血を浴びながら、髪を振り乱し、一心不乱に大剣を振るっていた。


大剣を振るう中、彼女は、今は亡き夫ととの会話を思い出していた。


「ジルメイダ……君は、いつも一人でなんでもしようとするね……そうしないと不安なのかい?」


「ああ……物心付いたときからの性分って奴だよ……」


「ふふ……君は常に気持ちを前に出して、突っ張っていないと駄目な人なんだ……だけど、ずっとそれだと疲れるさ……だから、たまには私に、その身と心を預けておくれ……そうしないと、きっとどこかで折れてしまうよ……私は少しでも多く、君を支えたいんだ……ジルメイダ……」


(あの時は、あまり思わなかったけど……今は……少し思う事があるんだ……クライス……)


そして夫は、首なし騎士に倒されてしまった事を思い出した。


(そして……こんな所で死ぬわけにはいかないんだ……)


ジルメイダは飛び上がり、両手で持った大剣を振り下ろした。


「―――はあ!」


トロールを2体、一気に倒していた。


そして意識が飲み込まれつつあるのを感じ始めた。


(ああ……不味いね……何もかも……忘れてしまいそうだ……目的の場所は、どこだ……)


切り開く道の先をなんとか思い出すと彼女は再び、敵にチャージをかけ、切り込んでいった。


雄叫びのような声をたまに上げ、次々と敵を倒し、道を切り開いてく、その姿は正に古代の壁画に描かれた狂神フュリスそのものだった。


その凄まじい姿を見たユラトは思わず、フュリスのもう一つの呼び名を思い出していた。


「『バーサーカー(狂戦士)』………」


ユラトが見ている中、ジルメイダは大剣を力強く真横に振り抜いた。


「―――はああああ!」


風が巻き起こり、霧を晴らした。


そして霧と共に、何体ものトロールたちも周囲に飛び散った。


周囲の景色が更に広がり、トロールの奥にいるビスティーが視界に入った。


それを見たジルメイダは、そこへ向かって、突入した。


「―――そこか、森のハッグよ!」


ビスティーは、食いしばった歯を見せた。


「くうー!」


しかし、ワイトの集団が完成していた。


彼女のいる周囲の木々の葉と葉の間に、青緑の妖気のようなものが、大量に溢れ出ていた。


森のハッグは、ちらりとそれらを見た。


(近づいてきたところを……トロールの壁を作って、ワイトの集団で、一気に空から攻撃してやる!)


霧に意識を乗せ、すぐに準備に入った。


≪合図したら、攻撃するんだよ!≫


ビスティーは、不気味な笑顔に戻っていた。


(あのワイトの集団に襲われたら、流石にあの女でも、絶命するさ………ヒヒヒッ!)


そしてより完璧にするために、魔法の詠唱を始めた。


(止めは、あたしが刺してやるよ………魔法を相手が使ってきてもこの杖で……)


彼女の杖は、カーバンクルの額にある宝石ガーネットが、はめ込まれていた。


そのため全てではないが、魔力を消費することで、いくつかの下級魔法を反射することが出来た。


(完璧じゃないか………フフフ……)


しかし、レクスが森の木の異変に気がついていた。


(―――あの溢れ出ているものは、なんだ?)


彼は、すぐにダリオにその事を話した。


「ダリオ、あそこの木々を見ろ!」


ダリオは、そこを見た。


「………なんだありゃ……何か隠してやがるな……おい、お前ら、行くぞ!」


ジルメイダの後方へ彼らは走った。


そこはトロールたちが最も多い場所だった。


ジルメイダが近くにいるところまでたどり着くと、トロールがリュシアを背負っているユラトを攻撃してきた。


「―――くっ!」


ユラトはなんとかそれをしゃがみ込み避ける。


そしてもう一体がリュシアの背中へ石斧を振り下ろしたとき、レクスが槍でユラトと彼女を守った。


「―――させん!」


槍で敵を突き、蹴り上げながら槍を回した。


「―――はあ!」


トロールは、後方へ押し返された。


≪―――よし、今だ!トロールども、一斉に行きな!≫


ビスティーは、全てのトロールに、命令を下した。


ユラト達を囲っていたトロールの輪が徐々に小さくなってきた。


「狭くなってきている……」


「来やがったか!」


すぐにダリオが自身のロッドに赤い炎を宿らせた。


(―――よし!)


そしてジルメイダへ向けて、叫んだ。


「ジルメイダ!俺が魔法をする、こっちへ来るんだ!」


ダリオの叫びを聞いたジルメイダは、一瞬動きを止めた。


(………ダレダ……アノ……コエハ………)


動きが、おかしいことにダリオは気づいた。


(やべぇ……俺らのことを忘れそうになってやがる……)


周囲のトロールが迫ってくる中、ダリオは必死になって叫んだ。


「バルガの女戦士ジルメイダ・バルド!お前には二人の子供と、お前の夫を殺した仇がいるだろ、それを忘れるな!そして、お前と共に旅をした仲間が―――ここにいる!!」


目の前のトロールを倒すと、ジルメイダに本来の意識が戻った。


(………あぶなかった……ふふ……感謝するよ……ダリオ……)


彼女はユラト達の方へ振り返る事無く、仲間のところまで飛び込んだ。


着地と同時に、ダリオのロッドの炎が大きくなった。


「………この前のより、でかい奴をお見舞いしてやるぜ!」


ダリオは宿った炎を円状に素早く撒いた。


そして魔法を唱えた。


「………炎よ、壁となれ!―――ファイアーウォール!!」


彼が叫ぶと、「ドンッ!」と言う音ともに、地面の落ち葉を巻き上げながら炎の壁がユラト達を囲むように出現した。


炎の壁は、この前の戦いの時よりも分厚く高い壁だった。


一瞬にしてトロールたちは炎に包まれた。


「ウヴォオオーー……」


森の魔物達は重々しい声をあげながら体を次々と焼かれていった。


ビスティーは苦々しく、その様子を見ていた。


(ほんとに邪魔な魔道師だね!……だが……クックック……)


ユラトは自分よりも高い壁の中で焼かれていく敵を見ていた。


「凄い……この前のより、遥かに大きい……」


「へっ!どうだ、ダリオ様の魔法は!!」


そしてユラト達が自分たちの場所へやって来るトロール達を倒している中、ビスティーは魔法を完成させていた。


(よし……ブラッド・サンドグラスだ……ちょうど、まとまっているから、一網打尽にしてやる!)


彼女は、ユラト達を睨み付けながら、炎の壁の近くまで近づいた。


そして片手を上げた。


≪(まずは、ワイトどもの攻撃だ!!)森の亡者どもよ、―――行きな!≫


ビスティーが命令を下すと、周囲の木々がざわついた。


そして、そこから葉を散らしながら、ワイトの集団が塊となって、上空より飛来し、ユラト達へ向けて襲ってきた。


それを見た、ダリオは叫んだ。


「―――レクス!」


レクスは、待っていたとばかりに、槍を両手に持つと、力強く地面を刺し、魔法を発動させた。


「リーフ………―――ストオオオオオーーーム!!」


そして彼がドルイド魔法を唱えた瞬間、周囲の炎が小さな、いくつもの螺旋を形作った。


ダリオが叫んだ。


「―――お前ら、しゃがめ!」


ユラト達は、しゃがみこんだ。


ダリオの声と同時に炎は轟音をたてながら、風と共に凄い勢いで巻き上がっていった。


「くっ!」


「あつ……い……」


風が起こり、フードが脱げたビスティーは少しだけ後ろへ退いた。


「―――なんじゃ、これは!!」


ダリオは嬉しそうに叫んだ。


「ファイアーストームって魔法が世界にはあったらしいんだが……はっはっは!つまりこれはよ、俺様の考えた簡易ファイアーストームってわけだ!燃えちまえ、化物ども!!」


ユラト達の頭上にいるワイトたちが、その炎に包まれる。


「ジャアアアアー!」


ワイトたちの叫び声が響いた。


ユラトは、リュシアに覆いかぶさりながら、頭上を見上げた。


「敵が全て焼かれている……凄い……」


火はレクスの魔法によって、周囲の木々の高さを遥かに超える炎の柱になっていた。


塊で包まれたため、次々と螺旋状の火に焼かれ、苦悶に満ちた表情で、断末魔の叫び声を上げていた。


ワイトの叫び声を聞きながら、ダリオは、ある事を思い出していた。


それは親友が死んだとき、ジルメイダがひょっとしたら自分に振り向いてもらえるチャンスがあるかもしれないと言う、僅かな思いだった。


だが、すぐに彼は、それを打ち消そうとした。


(あの時、俺は……何を考えていたんだ……親友が死んだんだぞ!?そんな考えは糞だ!最低野郎の考えることなんだ!……だが、俺は……ほんの少し、そんな事を考えてしまったんだ………)


ダリオは、巻き上がっていく炎を見つめながら自分の中にある、心の闇をそこへくべた。


(何もかも、燃えちまえば良いんだ……そうだ、燃えちまえ!……この俺の糞みてえな思いと共によ……)


焼かれたワイトは黒い蜂蜜のようなものになって、ポタポタと地面に降り落ち始めていた。


それを見ながら、ダリオは悪魔のような笑みを浮かべ、心で笑っていた。


(……フハハハハハ!)


そんな中、ジルメイダは大剣を低く構えながら、ユラトに話しかけた。


「ユラト……」


「どうしたのジルメイダ?」


「炎の壁の威力が落ち始めている……だから、この壁が消える前に、飛び込み、あのハッグを仕留めるよ……」


ユラトは目の前にある、燃え盛る炎の壁を見た。


「……えっ……だけど……」


ジルメイダは立ち上がった。


「あいつは今、油断している……だから消えてからじゃ、遅いんだ……戦闘において、相手の意表を突く……この一点においても、何もにも勝るのさ!」


そして彼女は、炎の中へ飛び込んだ。


「はっ!」


「ジルメイダ!」


すぐに、ダリオが話しかけてきた。


「俺とレクスは、すぐには動けねぇ。だから、お前が行け!」


ユラトはジルメイダの背中を見ていた。


(俺も………)



森のハッグ、ビスティーはワイトの集団が一瞬で倒されてしまったことに、苛立っていた。


炎の壁を前にして、周囲に向かって叫んでいた。


「なんてことだい!あいつら、想像以上に強いじゃないか!トロールの増援は、まだ来ないのかい!」


すると、トロールの一体が何かを持ってきていた。


それを彼女は、手に取った。


「やっと来たか……」


それは鮮やかな赤紫色の玉で、老婆の小さな手で持っても余裕が十分にある程の大きさの物だった。


ハッグは、それを握り締めた。


(すぐに使うか?……いや……これは諸刃の剣だからね……よく考えないと……)


ビスティーは、そこでようやく正面を見た。


すると、炎の壁の中を走る女戦士の姿が見えた。


「―――あいつは!!」


ビスティーは、すぐに後退しようとした。


(あの女……炎の中に飛び込むなんて……狂ってやがる!)


しかし、動き出したときには、ジルメイダの大剣が炎の中から既に出ていた。


ビスティーの目の前までたどり着いた、バルガの女戦士は叫んだ。


「たどり着いたぞ、森のハッグ!―――喰らいな!」


大剣は、ビスティーの胸元へ真っ直ぐやってきた。


(―――ああ!!死にたくない!こんなところで!!)


ビスティーは、そう強く思いながら、寸前でマナシールドを発動させていた。


「マナシールド!!」


魔力の盾が発動したことによって、ジルメイダの大剣は、ビスティーの体を捕らえる事無く弾かれた。


攻撃をかわされたバルガの女戦士は、舌を打った。


「ちっ!シールドを張っていたのかい!」


そして弾かれた大剣は、近くにいたトロールに向かった。


その姿を見たビスティーは、手に持った杖に魔力を込めた。


(この女戦士だけでもいい……まずは、こいつに呪いをかけてやる!)


攻撃を避けながら、ビスティーはジルメイダの側面に回りこんだ。


そして残忍な顔で目を見開いた。


「―――死にな、狂者の女戦士よ!」


禍々しい黒い気体を地面に流し落としている杖を、ジルメイダに近づけた。


その時、ビスティーの後方から声が聞こえた。


(………ん?)


「―――うおおおおお!!」


振り返ると炎の中から、もう一本の剣が現れていた。


(―――なにぃ!?)


それは、ユラトの剣だった。



彼もまた、ジルメイダの後を追って、すぐに炎の中を進んだ。


(………ぐっ……熱い……なんてもんじゃ……)


そして、避けられたジルメイダの剣を目の前で見た彼は、森のハッグに向けて、手に持った剣の先を向け、炎の中を突き進んだ。


(外さない……俺が……―――倒す!!)


彼の剣は勢い良く現れ、そのまま、森のハッグの喉元を貫いた。


「―――がはっ!」


速度を出しすぎたため、剣でビスティーを捕らえたまま、近くにある木に突き刺さった。


森のハッグは、一瞬で倒された。


ユラトは、素早く剣を抜き、敵を見た。


「………よし……」


ビスティーは全く動いていなかった。


ユラトの全身から、焦げ臭い匂いと煙が出た。


そして、ジルメイダの声がかかった。


「ユラト、敵はまだいるよ!残りを倒すんだ!」


「わかった!!」


彼がそう返事を返すと、ダリオの放っていた炎の壁が、一気に萎み始めた。


そして彼らは、リュシアを守りながら、周囲にいたトロールを二手に分かれて倒していった。


ユラト達がトロールと戦っている中、倒されたはずのビスティーが、僅かに動いた。


右手を震わせながら、ローブのポケットに手を突っ込むと、そこから赤紫色の玉を手に取っていた。


(く……くち……おしや……口惜しや……まさか……一番びびっていたガキに、やられるなんて………)


ビスティーは、玉を顔の前まで持ってきた。


(こうなったら……あいつらも道連れだ……クック……)


彼女は最後の力を振り絞り、その玉を握りつぶした。


(―――カッ!)


ガラスが割れるような音が鳴り、それは砕け散った。


そして、そこから赤紫色の砂の様なものがサラサラと流れ落ちた。


地面に落ちると気体となり、僅かな風によって周囲にばら撒かれていった。


(あたしを……倒して……終わりってわけには……いかないよ……ふふ……)


ビスティーは、不気味な笑みをたたえたまま、死んだ。


そしてある程度の敵を倒したユラトは、合流しようと声を掛け合った。


「こっちには、もういません!そっちはどうですか?」


「ああ、こちらも粗方倒した」


レクスとダリオがユラト達の下へ現れていた。


「ふぅー……結構疲れたぜ……」


ダリオがリュシアの近くに座った。


そしてユラトも、リュシアの近くに座ろうと歩き出した時、ジルメイダが突然、大剣を地面に刺すと荒い息を出しながら、片膝を地面につけた。


「はあ……はあ……」


ユラトは、慌てて彼女に近寄った。


「ジルメイダ!大丈夫?!」


「ちょっと、疲れちまっただけさ……少し休めば……くっ……」


ジルメイダは、苦痛に顔をゆがめた。


ダリオも駆け寄っていた。


「おい、大丈夫か……あまり無茶をするんじゃねぇよ……」


レクスは、周囲を警戒しながら、ジルメイダを見ていた。


「しばらく休んだ方がいいな……できれば、ここから遠ざかりたかったが……」


「俺が見張りをするから、ジルメイダは休んで……」


「悪いけど……そうさせてもらうよ……全身の筋肉が張って……動けそうに無い……」


そう言って彼女が地面に座り込んだ時、音が鳴り、周囲の茂みが震えた。


―――ドーーン!


重い響きのある音だった。


しかも、それは一回ではなかった。


一定のリズムを刻むように、段々と大きくなりながら、それは鳴っていた。


4人は、その音に気づき、辺りを見回した。


「………なんだ!?」


レクスが地面に耳をつけた。


「………これは……何かがやって来るようだ……かなり大きい……」


そして何かを感じ取ったレクスは叫んだ。


「―――すぐ近くに来ているぞ!」


ジルメイダが苦しげにダリオに話しかけた。


「ダリオ……サーチは出来るかい?」


ダリオはすぐに、頭を左右に振った。


「この霧じゃ駄目だ……もう少し霧が晴れねぇと……」


「とにかく、この場から!」


ユラトがそう叫んだ時、相手はやって来た。


ユラトの側面の茂みが動いたかと思うと、いきなり、そこから何かがパーティーに向かって吹き込まれてきた。


―――ヴァアアアアア!


それは、毒々しい緑色の風だった。


全員すぐに、口と鼻を手で覆った。


レクスが叫んだ。


「みんな、この場を離れろ!―――毒霧だ!!」


ユラトは、すぐにリュシアを背負った。


そしてダリオが、歩きづらそうにしているジルメイダに駆け寄ろうと近づいた。


すると、謎のものが勢い良く、森の木々をなぎ倒しながら、現れた。


全員そこを見た。


「………あいつは!?」


「なんなんだ!?」


そのものは、この前出会ったフンババよりも大きな魔物だった。


そして、その姿は2本の足で歩く大きなトカゲのような姿で、全身が腐肉で覆われ、骨が見ている部分もあった。


また一部、苔が生えている場所もあり、尻尾の先は、丸い玉のようなものがついた骨が剥き出して見えていて、口と前足には鋭い牙と爪があり、そこから緑色の液体を地面にポタポタと落としているのが見えた。


相手は、すぐにユラト達を見つけると、そこへ向かってきた。


「ここじゃ戦いづれえ!いったん、ジルメイダとリュシアを安全な場所へ避難させてから、あいつと戦うぞ!」


「私が、奴の注意を引く……その隙に、態勢を整えるんだ!」


敵は、ジルメイダへ一直線に向かった。


ユラトは声を上げた。


「ジルメイダ!逃げるんだ!!」


だが、ジルメイダは逃げ遅れていた。


「足が……思うように動かなくなっているね……」


それを見たダリオがすぐに、そこへ向かった。


「ジルメイダ!」


レクスは槍を手に持ち、側面から敵に向かった。


「こっちだ!―――私と戦え!」


しかし、敵は頭を振り、ジルメイダに噛み付き攻撃をした。


「―――くそっ!」


ジルメイダは剣を地面に刺し込むと、すぐに大剣を押し出すように使って動き、なんとか敵の攻撃を避けた。


避けられた敵は、体に付着している腐液を撒き散らしながら、今度は、前足でジルメイダを攻撃してきた。


「―――させるかよ!!」


ダリオがロックシュートを放ったが、敵の前足の腐った肉を僅かにそぎ落としただけだった。


「あんま効いてねぇな、くそ!」


そして攻撃は、ジルメイダに向かった。


「こんなところで!!」


ジルメイダは、大剣を使って攻撃を受け止めた。


しかし、弾き飛ばされた。


それを見たユラトは、すぐにリュシアを近くの木の根元に寝かせた。


そしてレクスが謎の敵に側面から迫った。


「―――はっ!」


すると、敵は長い尾で攻撃してきた。


レクスは飛び上がった。


そして敵の背中を見た彼は何かを見つけた。


「………あれは……?」


ユラトがたどり着くと、ダリオがジルメイダに肩を貸しながら、ロックシュートを放っていた。


「ロックシュート!」


敵が前足で、攻撃しようとしていたのを、止めることに成功していた。


レクスは、着地すると同時に、先ほど見たものがなんであるのかを思い出していた。


「そうだ……あれは……我が兄、レファートの槍だ……」


そして敵を見た。


「……と言うことは………あれは……!?」


ユラトが敵の注意を引くため、敵の足を狙い、走っていく中、レクスの声が聞こえた。


「みんな、あいつは、『フォレスト・ドレイク』だったものだ!」



【ドレイク】


この世界では、竜になる前の存在の魔物のことを言う。


ドラゴンになるには、『竜化』という現象を経て、なることが出来る。


ドレイク種には、様々なものがいる。


火山や火の属性が強い地域には、『ファイアー・ドレイク』


砂漠地帯などには、『サンド・ドレイク』などがいた。


そしてユラト達が戦っているのは、森にのみ生息するドレイクで、『フォレスト・ドレイク』と言われるものだった。


毒草を好んで食べ、毒の息を吐くことがある。


ユラト達が今、戦っているものは、フォレスト・ドレイクが死に、アンデッドになったもので、『ドレイク・ゾンビ』と言われるものだった。



ダリオは肩を貸し、ジルメイダを歩かせながら呟いた。


「立て続けに、いらねぇ新発見かよ……」


ユラトは敵にたどり着き、足を剣で切りつけた。


「―――はあ!」


しかし、ダリオの放った魔法と同じように、腐肉が少しばかり切り落とされただけだった。


敵は、すぐにユラトを狙いブレスを吐いた。


ユラトは素早く動くと、後方へ下がった。


「こいつ……見た目より、頑丈だ……」


下がり際、敵の尻尾攻撃がきた。


「―――っ!」


しゃがんでかわすと、尾は近くの木に当たった。


木は、丸い玉のような骨の部分によって、根元から砕かれ、倒れた。


落ち葉と砂埃が上がった。


レクスは、話を続けていた。


「あれは、前に我々の村を襲ってきた奴だ。そして戦いの末、兄が槍で致命傷を負わせた……そして逃げた奴は、どこかで死んだんだ……」


話を聞いていたジルメイダは、苦痛に顔を歪ませながら、呟いていた。


「それが……ゾンビになったってわけかい……」


そしてドレイク・ゾンビは、またしてもジルメイダを狙ってきた。


ドスドスと音を出しながら、ダリオとジルメイダに駆け寄っていた。


ダリオは、サンドフェッターを唱えた。


「―――サンドフェッター!」


敵の周囲に砂埃が舞い上がった。


そして、その砂が敵の下半身を包み込んだ。


「―――今だ、やれ!」


それを見たユラトとレクスは攻撃をするため、敵に向かった。


ユラトは、低い体勢で近づき、腹を狙った。


(―――やれるか!?)


レクスは飛び上がり、背中へ向け、攻撃を仕掛けた。


(弱点は、どこだ!?)


だが、ユラトが敵の前まで、来たとき、敵はダリオの放った大地の魔法を引き剥がしていた。


「―――くそっ!やはり、抵抗を持っていたか!……アンデッドになっていたから、効くかと思ったのによ!!」


ドレイク・ゾンビは前足でユラトを弾き飛ばすと、飛び上がったレクスに、噛み付こうと口を開いた。


ユラトは、木に衝突した。


「―――ぐわっ!」


レクスは、なんとか敵の鼻先を蹴り上げ、避けることに成功していた。


「アンデッドのくせに……素早い……」


ドレイク・ゾンビは、再びジルメイダの下へ向かった。


必死に二人は逃げるが、すぐに敵は背後から、攻撃を仕掛けてきた。


尻尾を振り、二人を攻撃する。


ジルメイダはダリオをかばい、大剣を盾にしてそれを受けた。


「―――ぐっ!」


通常の彼女ならば、耐えられたかもしれなかったが、今のジルメイダには無理だった。


大剣が弾かれた。


(……体が思うように動かない!)


片膝をつき、動けなくなった。


そこへドレイク・ゾンビは、容赦なく、前足で攻撃を加えようと振り上げた。


「―――ジルメイダ!」


ダリオが彼女の前に立った。


突然の行動にジルメイダが驚き、叫んだ。


「―――ダリオ!あんたじゃ無理だ!」


ダリオは、僅かに笑った。


「………へっ……」


振り下ろされる敵の前足。


ダリオは、ロッドを地面に両手で刺し込んだ。


「―――マナシールド!!」


魔力の盾が、発動し、敵の攻撃を僅かに逸らすことに成功する。


そして全ての魔力を使ってしまったダリオは、すぐにその場に倒れた。


ジルメイダは、彼を抱き止めた。


「ダリオ……」


ジルメイダに見つめられる中、ダリオは声を振り絞って話した。


「なんとか……守れたが……ここまでかよ……くそ……ふざけんな!……俺はまだ……やれる……お前を……守りたいんだ……」


そしてダリオは、ジルメイダの頬に向かって手を伸ばしたまま、そこへたどり着く事無く、意識を失った。


(ダリオ……あんたには本当に感謝しているよ……ありがとう……)


ジルメイダは、ダリオを抱きしめていた。


「ダリオさん!ジルメイダ!」


ユラトは二人の下へ、向かおうとした。


しかし、レクスがそれを止める。


「―――待て!」


「どうしたんですか!?」


「私が、向かう!お前は、敵の注意を引いて、ここから奴を遠ざけるんだ!」


二人が動き出すと、攻撃を外した敵が今度は、ジルメイダに、頭を近づけた。


(………体が言うことを聞かない……だけど……最後まで……諦めないよ……)


ジルメイダは必死に動き、もがいた。


しかし無常にも彼女は、肩から敵に噛み付かれ、持ち上げられた。


抱きしめていたダリオが地面に落ちた。


「ぐあっ……」


レクスがジルメイダが持ち上げられた瞬間、飛び上がり、敵の頭を槍で殴りつけた。


「―――放せ!」


ジルメイダの体を噛み付きながら、敵は頭を左右に振った。


腐液と共に、バルガの女戦士の血が周囲に飛び散った。


ユラトも敵の背中から駆け上がると、敵の頭を剣で叩きつけた。


「―――俺が、お前の相手だ!」


骨が露出し、火花が散った。


そこで、ようやく敵は、ジルメイダを吐き出すように、飛ばした。


地面に彼女は、叩きつけられた。


ドレイク・ゾンビは顔を振りながら、咆哮を上げ、毒霧を吐いた。


ユラトも、飛ばされた。


レクスは、上手く地面に着地する。


レクスが着地した所には、森のハッグ、ビスティーの死体があった。


そして彼は、何かの匂いを感じ取った。


「……?ジャグディハの葉の香りが僅かにする……」


死体に目をやった。


「ん……これは?」


死体の近くに、割れたガラス球の様なものがあり、そこに赤紫の砂が残っていて、ジャグディハの葉の香りを放っているのが分かった。


レクスは、あの魔物がこの老婆によって呼び出された事を悟った。


(そう言う事か……我々を道連れにするつもりで呼んだのか……)


そしてレクスは闘志を漲らせ、立ち上がった。


敵を見ると、ジルメイダを喰らおうと、近づいているところだった。


「―――させはせん!」


すぐにレクスは走り、槍で頭を突くと肩でチャージをかけ、なんとか攻撃を逸らした。


「―――はっ!」


ドレイク・ゾンビは、緑色の煙を吐きながら、頭を飛ばされていた。


ユラトは、背中を擦りながら、なんとか立ち上がった。


「くぅ……痛い……(だけど、まだやれる!)」


すぐに、走った。


そして敵に近づくと、相手はレクス達に、毒のブレスを吐いていた。


周囲が緑色の霧に包まれる。


レクスは肺に痛みを感じた。


(……くっ!……これを吸い続けるのは、不味い……)


ユラトは、ダリオの足を引っ張り、敵から遠ざけると、アンデッドの魔物を見た。


すると敵は、ジルメイダに再び噛み付こうとしていた。


レクスがリーフストームを放ち、毒霧と敵の頭を吹き飛ばした。


「―――リーフストーム!」


周囲に落ち葉が巻き上がる強い風が起こり、様々な物を揺らした。


(ジルメイダを守らないと!―――注意を俺に!)


ユラトは、敵に向かって走った。


そして目前に迫ったとき、敵は体勢を元に戻していた。


風の吹く中、尻尾でレクスを攻撃しているところだった。


風の壁を突きぬけ、尻尾の先端にある骨の丸い玉がウッドエルフを襲った。


レクスは、それを察知すると魔法を中断し、飛び上がって避けた。


しかし、敵は飛び上がるのを待っていたとばかりに、素早く前足を縦に振り、レクスを攻撃した。


レクスは、その直撃を受けた。


「………ぐはっ!」


地面に叩きつけられ、僅かに体が跳ねた。


そこを再び尻尾で攻撃を仕掛けてきた。


痛みで意識が飛びそうになる中、レクスは、なんとか立ち上がり、槍を地面に刺した。


敵の渾身の一撃が、レクスの槍に当たった。


重く強い衝撃が、彼の体にやって来る。


「―――ぐっ!」


そして敵の攻撃は、なんとレクスの槍の柄を破壊した。


槍の柄を破壊した、敵の鉄球のような尾の先端は、そのままレクスの二の腕辺りに命中する。


骨が折れる音が鳴り、レクスは飛ばされた。


「ぐあああ………」


「―――レクスさん!」


ユラトはレクスの下へ、駆け寄ろうとした。


しかし片腕を押さえながら、必死に立ち上がったレクスが叫んだ。


「こっちへ来るな!お前は敵を引き付け、ここから遠ざけるんだ!」


ユラトは、自身の役目を思い出し、敵に向かうことにした。


「はい!」


すぐに敵にファイアーボール放つと、剣を手に取り、向かって走った。


しかし、火球の魔法は敵の体を少し焦がした程度で、敵は一向にユラトに見向きもせず、ジルメイダに向かって行った。


ユラトは追いかけながら、そこのことを疑問に思っていた。


(……どう言うことだ?)


執拗にバルガの女戦士に向かって行く敵に、レクスも驚いていた。


(なぜだ……)


彼は倒れているジルメイダを見た。


彼女は全身を血に染め、意識を失っているようだった。


そして、その姿を見たレクスは、すぐに理由が分かった。


「………そうか」


痛みに耐えながらも、必死に声を出してその事を伝えるために、彼はユラトに向かって叫んだ。


「ユラト……血だ!彼女の全身から匂う……血の匂いに反応しているんだ!」


レクスの言葉を聞いたユラトは、必死に遠ざけようと叫びながら、敵を追いかけた。


「―――おい、俺が相手になる!こっちを向けよ!!」


だが、ドレイク・ゾンビはジルメイダに真っ直ぐ向かって行った。


迷い無く、一心不乱に。


そして敵は、ジルメイダが目の前にいるところまでやって来た。


ユラトは、目一杯走った。


振り上げられる、敵の鋭い爪。


レクスもなんとか、全身に力を込め、彼女を助ける為に、走った。


しかし、誰もそこへは到達できそうになかった。


ユラトは走りながら、バルガの女戦士と共に過ごした日々が走馬灯のように思い出として駆け巡った。


いつも、厳しくも優しかったジルメイダ。


この森で起こった様々な出来事を彼女と共に乗り越えてきた。


そして最後に思い浮かんだのは、ジルメイダの笑顔だった。


その笑顔を心の中に描きながら、ユラトは必死に声を絞り上げ、彼女の名を叫んだ。


「―――ジルメイダ!!」


そしてドレイク・ゾンビは、目の前の人間の肉を喰らおうと、前足を振り下ろそうとした。


その時。


ユラトの後方から、力強い声と共に、一筋の光が輝く風を生み出しながら、凄まじい速度で敵に向かって突き進んでいった。


「―――『シャイニング・ジャベリン』!!」


それは、光の投槍だった。


敵の振り下ろした前足を貫き、ジルメイダに届く寸前で、その動きを止めていた。


ユラトは、すぐに後ろを振り返った。


視線の先には、メイスを握り締めた女の子が、荒い息をつきながら悲痛な顔をして立っていた。


「―――リュシア!!」


どうやらヴァベルの娘は、気絶した状態から回復したようだった。


彼女は、今まで何度もダリオに、見てもらっていたが一度も成功しなかった光の攻撃魔法を、この土壇場で完成させることに成功していた。


そしてリュシアは、すぐに走りながら叫んだ。


「はあ……はあ……―――ごめんなさい!あたし……」


リュシアがそう叫けぶと、ジルメイダのいる場所へ到達し、彼女を片手で引っ張っているレクスが叫んだ。


「リュシア、話は後だ。敵を見ろ!」


ユラトとリュシアは、敵を見た。


すると、光の魔法を喰らったドレイク・ゾンビが、地面から光の槍を引き抜き、それを砕いた。


僅かに前足の骨の部分に、ひびが入り、腐った肉を地面に落としていた。


そしてジルメイダを襲うのを止め、光の魔法を使うリュシアに顔を向けている姿が見えた。


この魔物は、リュシアに光の魔法で攻撃されたとき、本能で理解した。


それは、「光の魔法は、自分を滅ばす最も恐ろしい魔法である」と。


だから「食事をする前に、邪魔な光を滅してやろう」と、ドレイク・ゾンビは思った。


決断すると、すぐに敵はリュシアに向かった。


それを見たユラトは、リュシアに向かって叫んだ。


「リュシア、逃げるんだ!」


「はい!」


リュシアは、すぐに走り出した。


すでにパル達の笛の音も無く、周囲の霧は、かなり晴れ始めていた。


そして彼女が走り出したのを確認するとユラトは、振り返った。


「もう……来たのか」


目の前に、ドレイク・ゾンビがいた。


そしてその後を追うように、片手を押さえたレクスの姿が見えた。


ユラトは、走り来る敵に、剣で応戦することにした。


素早く側面から近づくと、胴を切りつけた。


「―――はあ!」


腐肉を切り落とし、骨が見えた。


敵は、すぐに反応し、ユラトに前足を振り下ろした。


ユラトは、横に飛び、それを避けた。


そして避けた彼に向かって、敵は噛み付いてきた。


それを見たユラトは飛び上がり、剣を振り下ろすと、頭を切りつけた。


分厚い陶器を叩いたような感覚があった。


「―――くっ!(硬い……)」


ユラトの剣は、再びアンデッドの魔物の肉をそぎ落とした。


そしてユラトが地面に着地する寸前、レクスがやってきて怪我をしていない方の肩でチャージをかけ、魔物の頭を飛ばした。


「―――はっ!」


ドレイク・ゾンビは体勢を崩しそうになりながら踏ん張り、持ちこたえた。


レクスが隣にいるユラトに話しかけた。


「恐らく弱点は、スケルトンと同じで頭だ。だが……」


二人は、敵の頭を見た。


「何度か、攻撃しましたけど……あれは、相当硬いですよ……」


ドレイクの頭は、分厚く固い骨で覆われているようだった。


そしてユラト達が悩んでいると、敵は尻尾で二人を攻撃してきた。


レクスは飛び上がって避け、ユラトはしゃがんで避けた。


地面に着地したレクスは、苦痛に顔を歪め、膝をついて身をかがめた。


「ううっ………」


攻撃を避けられたドレイク・ゾンビは二人を無視し、リュシアを追いかけて行った。


ユラトはレクスに駆け寄った。


「レクスさん、大丈夫ですか!?」


「私のことは、いい!それより、リュシアを!」


「はい!」


そう言われたユラトは、すぐに敵を追いかけて行くことにした。


そして残されたレクスは、片手で折れた腕を押さえながら、ユラトの背中を見つめていた。


「だが……このままでは………」


ユラトに行くように言ったが、「あの二人では厳しい」とレクスは思った。


そして無力な自分に苛立ちを感じ、地面を叩いた。


「―――くそっ!どうすれば……」


方法は、今は思いつかなかったが、とにかく二人を助けようと思い、レクスは立ち上がろうとした。


「………ん?……」


そこで彼は、何かに気づいた。


それは地面に叩きつけられた自身の手の指にはめられた指輪だった。


その指輪にはめられていた宝石は、『アマゾナイト』と言われる石で、この森を旅する中で見つけ、レクスが買い取った物だった。


様々な記憶を思い出し、彼は考えた。


それは一瞬の出来事だった。


そして、レクスはある事を思い出した。


「―――そうだ!」


しかし、それは不安もあった。


(今の私に……果たして……)


レクスは、頭を振った。


(いや、そんな迷いなど、見せている場合ではない……やるんだ!なんとしても……)


ウッドエルフの青年は、地面に胡坐をかき座ると、目を閉じ、片手を大地につけ、魔法の詠唱に入った。


「……地母神イディスの娘……森の女神ミエリよ………豊穣なる森の御宝を使い……太古の時より、張り巡らされし……催奇なる根の力を……我が身に……」


レクスの手から黄緑色に発光する光が、木の根のように周囲に、張り巡らされ始めた。


(待っていてくれ……二人とも……)


ユラトは、リュシアを守るため、敵の後を追っていた。


追って行く中、リュシアが光の攻撃魔法を撃っていた。


それは、敵の足に当たり、相手の動きを少しの間だったが、止めることに成功していた。


ユラトは、その隙にリュシアのところまで、たどり着いた。


「リュシア!大丈夫?」


「はあ……はあ……は…い……」


ユラトは、リュシアを木の後ろに隠し、自身は敵の正面へ出た。


「リュシア、出来る限り、さっきの攻撃魔法で敵の頭か、動きを封じてくれ!」


「はい!」


リュシアは、すぐに木の裏で魔法の詠唱を始めた。


ユラトは、動きの鈍っている敵に攻撃を仕掛けた。


(前へ出るんだ……ジルメイダのように!)


敵は両方の前足で、ユラトを挟むように攻撃してきた。


ユラトは、敵よりも早く前へ進み、下へ潜った。


そして気づいた。


(ここは隙があるみたいだ……)


横から出ると、尻尾の付け根に飛び乗り、そこから背中を駆け上がった。


途中、敵の鋭い爪の攻撃がやって来るが、それを飛び上がって避けた。


そして、敵の頭へたどり着くと、様々な角度から剣が入らないか、刺し込んで見た。


「―――ハッ!」


しかし、敵の頭は全体的に、頑丈に出来ているようだった。


敵は、濃い緑色の息を吐きながら、頭を大きく左右に振った。


毒霧がユラトの肺を満たしていく。


「……くっ……」


ユラトは、仕方なくといった感じで、地面に飛び降りた。


すると、すぐに敵の爪が襲ってきた。


ユラトは剣を真横に構え、それを受け止めた。


地面を滑りながら、後方へ下がった。


(手がヒリヒリする……なんて力だ……)


リュシアが、木から出てシャイニング・ジャベリンを放った。


敵の頭を狙ったが、到達する前に、敵の前足に阻まれた。


光の槍が刺さり、敵の前足に、ひびが入り、真ん中の指の骨を一本、崩壊させた。


「効いている……」


ユラトは、リュシアに再び、逃げるように言った。


「リュシア、またどこかに隠れるんだ!敵は俺が引き付け、時間を稼ぐ!」


「はい!」


リュシアは、再び走った。


ユラトはすぐに敵の下へ向かった。


骨を砕かれたドレイク・ゾンビは突然ユラトの目の前で、前足を地面に付け、頭を空へ向けると咆哮をあげた。


そして地面に頭を叩きつけた。


砂埃が舞い上がり、砂や小石が周囲へ飛び散った。


ユラトは、近づくのを止め、腕で顔を覆った。


「………なんだ!?」


そして敵は、回りながら大地に沿って毒霧を吐いた。


周囲は一瞬にして、緑色の霧に包まれる。


ユラトは、すぐに毒の攻撃を避けるため、後方へ下がった。


敵は、砂埃と毒霧で見えなくなった。


そして再び咆哮が上がり、僅かに影のようなものが見える。


それを見たユラトは驚いた。


「―――あれは!?」


ドレイク・ゾンビの背中から骨の翼が、生み出されているのが見えた。


このフォレスト・ドレイクだった魔物は、竜化直前のドレイクだった。


そのため、体内に羽が形作られていた。


そして体を破壊され、危機だと感じたドレイク・ゾンビは、更なる強さを生み出すため、腐った頭の中にある、僅かに残った本能で竜化を試みた。


背中にあった苔が落とされ、そこから大きな骨の翼が現れた。


飛ぶための膜は無かったが、体が身軽になり、攻撃もできそうな翼だった。


その姿を見たユラトは、渋い表情になった。


「戦い辛くなりそうだ……」



そしてユラト達から離れたところにいたレクスは、ある魔法の詠唱を終えていた。


「………森の根源よ……我が身に宿れ……」


レクスは、一瞬発動させるのを躊躇した。


(上手く発動させることが出来るのか?……)


しかし、彼の脳裏に、ここまでの道を共に歩んだ仲間たちの事が思い浮かんだ。


(………そうだ、迷うな!私は……救いたいんだ……この森も……そして……―――仲間も!!)


レクスは瞳を大きく開き、森の大地に付けた手を力強く押し込みながら、魔法を発動させた。


「―――『フォレスト・ブレス』!!」


彼が叫ぶと、周囲に張り巡らされていた光が突如、縮み始めた。


光が通った場所を見ると、落ち葉は瑞々しい緑葉になり、小さな植物や草は凄まじい速度で成長し、花を咲かせ、地肌の見えていた地面には、緑色の苔が生え始めていた。


そして強い黄緑色の光となって、ウッドエルフの青年の下へ集まり始めた。


レクスの手に、熱い森の光が集束していく。


熱を感じたレクスは、魔法の成功を確信した。


そして心の中にずっとあった劣等感のようなものが、消え去っていくのを感じた。


(父さん……兄さん……ついに私にも出来ました……大いなる森の息吹の詰まった祝福の魔法が……)


だが、そんな思いに浸る間が無いことを、彼は知っていた。


(みんなを救わなければ………)


そしてレクスは指輪を地面に置き、光る手を自分の胸の中心に広げ置いた。


意識を集中させ、自身の手に宿った森の力の存在を感じながら、喉元へ移動させた。


そこで輝く手を止めると、ゆっくりと力を体に流し込むように解き放った。


(慎重に……焦るな……)


レクスの喉元が熱と光を持った。


(……よし!)


全ての力を放ち終えると、顔を指輪の所へ近づけた。


そして、彼は思いを込めて、その指輪に力強く、息を吹きかけた。


(森の力よ……目覚めてくれ!)


息を吹きかけられた地面に、勢い良く草が生え始めた。


アマゾナイトの指輪も輝いた。


(いいぞ………)


そして石は黄緑色の光の帯を生み出しながら、純然たる森の輝きを放った。


(成功だ!……これならば……)


レクスは、それを拾い上げると握り締め、片腕を押さえながら立ち上がった。


(―――行こう!)



「リュシア、大丈夫か!」


「はい……はあ……はあ……」


ユラトとリュシアは、竜化を済ませたドレイク・ゾンビと戦っていた。


ユラトは、骨の翼の攻撃を受け、頬や腕に傷を負っていた。


そしてヴァベルの娘も、骨の尾の攻撃によって倒された木の枝に、肩が当たり、軽く負傷していた。


二人は、なんとか連携をし合って、敵と渡り合っていた。


ドレイク・ゾンビは、完全な竜化を成し遂げた訳ではなかったようで、『ドラゴン・ゾンビ』になることは出来なかった。


しかし、先ほどよりも攻撃の手数が増えたことによって、ユラトとリュシアは、苦戦を強いられていた。


だが、リュシアが何度か放った光の槍によって、敵は片方の骨の翼の半分を失っていた。


彼女は魔法を多用したため、腕が痺れ始めたのを感じた。


(魔力が……無くなってきたみたい……どうしよ……だけど、みんなを助けなきゃ……)


気絶している間に他の者達は、自分を守りながら死闘を繰り広げていたのだ。


リュシアは申し訳ない気持ちで一杯だった。


(あたしもやらなくちゃ………最後まで戦おう!)


そんな様子のリュシアを見たユラトは、一人でなんとか敵を森の奥深くへ連れて行こうと思った。


(リュシア……かなり疲れてきているみたいだ……俺は、まだ走れる……だから……どうにかして、こいつを俺一人で遠ざけてみるか……)


意を決して、敵に向かおうとした時、側面からレクスの声が聞こえた。


「―――二人とも、どこだ!」


(あれは、レクスさんの声!)


敵が、周囲をなぎ払うかのように、尻尾で攻撃をしてきた。


丈の低い茂みを吹き飛ばしながら、骨の玉がやって来る。


ユラトとリュシアは、後ろへ下がってそれを避けた。


ユラトはレクスに向かって叫んだ。


「こっちに来ると危険です!」


ユラトの声を聞いたレクスは、すぐに走った。


(そこか!)


レクスがユラトのもとにたどり着くと、敵は骨の翼の先端を地面に突き刺すように、攻撃を仕掛けてきた。


ユラトとレクスの間の地面に、骨の翼が刺さった。


敵の姿が変わっていることにレクスは驚いた。


「………姿が変わっている!?」


「―――レクスさん、敵の攻撃がきます!」


ユラトが叫ぶと、敵は反対側の前足を振り下ろしてきた。


レクスは、それを後ろへ飛んで避けた。


「………動きが、少し素早くなっている……」


レクスが着地すると、ユラトがやって来た。


「レクスさん……その怪我では……」


「大丈夫だ。それよりも……」


リュシアが、敵に向かって光の魔法を放った。


「―――シャイニング・ジャベリン!」


ドレイク・ゾンビの頭に向かって、槍は飛んでいった。


しかし、敵は骨の翼を使用し、身を守った。


光の投げ槍は骨の部分に当たると、翼にひびが入った。


そして、その一部が腐肉と共に崩れ落ちた。


リュシアは、大きな木の裏に隠れると、片膝をついた。


「はあ……はあ……」


「リュシア……」


疲れ切った表情のリュシアを見たレクスは、すぐにユラトに近づいた。


そして光る指輪を彼に見せた。


「ユラト、これで禁呪を使えないか?」


ユラトは、その指輪を受け取った。


「これは……」


敵がブレスを吐いてきた。


二人は左右に分かれ直撃を避けた。


周囲に毒の霧が広がり、それはリュシアの所へもやってきた。


彼女は身を屈め、ローブの裾で口と鼻を覆いながら咳き込んだ。


「ケホッ……ケホ……」


そんな中、ユラトは青い模様のある左手で、その石を持った。


すると、ほんの少し、彼の模様が赤黒く光った。


(―――っ!?)


ユラトは直感で、この石に禁呪が使用できることを理解した。


(………出来る……出来るぞ……この石なら……)


すぐにレクスに、向かって叫んだ。


「出来るみたいです!だから、俺がやってみます!」


レクスは、少しだけ笑みを浮かべた。


「ふっ……そうか……(やった甲斐があったな……)」


敵が動き出したのを見たレクスは、二人に向って叫んだ。


「よし、ならば一気に全員で攻撃を仕掛け、片をつけるぞ!」


「はい!」


ユラトは、リュシアに話しかけた。


「リュシア、悪いけど、あと一回、シャイニング・ジャベリンを使うことは出来る?」


リュシアは、敵を引き連れてやってきた。


「走っては……無理です!」


「よし、敵の狙いがリュシアなら、私が彼女を背負って、しばらく時間を稼ぐ。その間に禁呪を完成させてくれ!」


「わかりました!」


レクスは、すぐにやって来たリュシアを背負った。


「私たちに希望を見せてくれ……その石のように……」


アマゾナイトは、『ホープストーン』とも言われていた。


レクスは、そう言うと、リュシアを背負いながら走り去った。


「はい!」


ユラトは返事を返すとすぐに目を閉じ、石を握り締め、禁呪の詠唱を始めた。


「梟雄の神よ……混沌と破壊の加護を……我に与え給え……」



レクスはリュシアを背負い、敵から逃げていた。


しかし、敵は森の木々を破壊しながら追いかけて来る。


口を半開きにし、そこから涎のように緑色の腐った液体を垂れ流しながら、目の前にいる新鮮な生きた肉を喰らおうと、必死に走ってきていた。


そして、追いかけられていたレクスの腕に激痛が走った。


「―――ううっ!」


レクスの走る速度が遅くなった。


するとリュシアが背負われながら、光の槍を敵に向って投げた。


「―――シャイニング・ジャベリン!」


槍は、敵の頭を狙っていった。


しかし、寸前のところでドレイク・ゾンビは、近くにあった大きな古木に翼と前足を付け、押し上げた。


木が葉や枝を揺らすと共に反動が生まれ、敵の体全体が逆方向へ動いた。


するとリュシアが放った槍は避けられ、どこかへ飛んでいってしまっていた。


リュシアは苦しい表情になった。


「はぁ……はぁ……(当たらない……)」


「なんなんだ……あいつは……」


痛みが落ち着いたレクスは、再びリュシアを背負いながら、走る速度を上げた。


走りながらレクスは、周囲の霧がほとんど無くなっている事に気づいた。


そして背負っているリュシアに話しかけた。


「……リュシア。サーチをできるか?」


リュシアは、周囲を見回した。


「あっ!……霧がなくなってる……これなら……」


レクスは、リュシアにサーチを頼んだ。


「ならばマナサーチをやってくれ!」


「はい!」


すぐに彼女はマナサーチを唱えた。


「―――マナサーチ!」


青白い光の矢が四方へ飛ばされる。


すると敵は一気にやって来ると、尻尾を軽く振り、攻撃をしてきた。


敵の尾の攻撃をしゃがんで避けると、折れた木が横から倒れこんで来た。


レクスは、リュシアを背負いながら、後ろへ飛んだ。


目の前で木が倒れ、土煙が上がった。


「はあ……はあ……(力は全く衰えないのか……)」


そしてレクスは気づいた。


「―――しまった!ここは!」


なんと着地した場所には、ドレイク・ゾンビが立っていた。


「くそっ!」


敵は、すぐに噛み付いてきた。


レクスは、顔が近づいてくる瞬間を狙って飛び上がり、敵の頭を駆け上るように蹴り上げると、ヴァベルの娘を背負いながら、くるっと一回転して、後ろへ退いた。


着地と同時に痛みが、またしてもやってきた。


「―――くっ!」


そして、周囲の様子を探っていたリュシアが、話しかけてきた。


「レクスさん、この先には、トロール達がたくさんいます……」


「なんだと!?……やはり、まだたくさんいるのか……」


「ユラトさん達がいる場所の辺りはほとんどいないみたいです……」


どうやらトロールは、ユラト達の周囲にいたもの達を倒しただけで、他の場所には、まだまだたくさんいるようだった。


レクスは、すぐに立ち上がり、走った。


(トロールまで相手にするのは、流石に無理だ………そろそろユラトの禁呪が出来ているかもしれん……ならば、戻るか)


レクスは、ユラト達のいる場所へ向うことにした。



ユラトは、禁呪の詠唱を終えていた。


「……太古の神が創りし……千古不朽の神気の力……ここに解放せよ!」


そしてある程度の魔力を込め、希望の石の付いた指輪を強く握り締めた。


「―――サクリファイス!」


赤黒い光が現れ、周囲を照らした。


ユラトは立ち上がり、手を広げた。


「………よし!出来ている……」


指輪は、赤黒い光に包まれていた。


そしてレクスとリュシアの走り去った方角へ向おうとした時、青白い魔法の矢が見えた。


「―――マナサーチだ!?」


飛んできた方向を見た。


(二人が向った先だ。リュシアが使ったのか?……と言うことは、二人はまだ無事なんだ……良かった。とにかく、俺も向かおう!)


ユラトは、すぐに走った。


すると、重い足音と共に、こちらへ向って走ってくるレクスの姿が見えた。


「―――レクスさん!」


レクスの走る速度は、かなり落ちているようだった。


ドレイク・ゾンビは、今にも二人に届きそうな勢いで追いかけてきていた。


レクスはユラトに向って叫んだ。


「ユラト、禁呪は出来たか!?」


「任せてください!!」


敵が前足を横に振り払った。


リュシアの背中をかすめた。


「―――ひっ!」


レクスは、振り返った。


「くそっ!もうこんな所まで来ていたのか!」


なんとか力を搾り出し、彼は走った。


ようやくユラトがやって来た。


彼は真っ直ぐ敵に向って走っていた。


そんな彼らに向ってドレイク・ゾンビは、口の中に溜めていた毒霧を力強く吐き出した。


ヴァアアアアアーーー!


それはリュシアの体に到達すると、レクスを包み込み、そして二人にたどり着いたユラトにも、やって来た。


レクスとリュシアは咳き込んだ。


ユラトは、そんな二人とは反対側へ向って勢い良く走った。


(―――この一撃に賭ける!)


緑色の霧が吹きつけられる中、腕で鼻と口を覆いながら、ユラトは全ての力を出し切り、走った。


すると突然、毒霧が晴れた。


「―――!?」


彼の目の前には、口を大きく開けたアンデッドのドレイクがいた。


ユラトは拳を振り上げながら、飛び上がった。


そして敵を見た。


すると相手も前足を振り上げていた。


(―――俺が先だ!)


ユラトは、素早く敵の口の中に向って、指輪を投げ込んだ。


「―――フンッ!」


指輪は真っ直ぐに進み、ドレイク・ゾンビの腐り果て短くなった舌に、めり込んだ。


(―――よし!!)


しかし、喜びも束の間、敵の振り下ろされた前足がユラトを直撃した。


彼は右腕で、それを受けた。


「―――ぐっ!」


ユラトは地面に勢い良く叩きつけられようとした。


だが、彼は地面にたどり着く瞬間、自身の履いている靴の効果を発動させた。


(魔法の砂よ!流砂となり、―――走れ!!)


すると、ユラトは地面に叩きつけられる事無く、敵の真下を潜り抜けるように、突き進むことになった。


(よし、上手くいった!)


かなりの速度で、敵の足の下をスライディングしながら進んでいくと、敵が尾で攻撃しようとしているのが見えた。


(直撃を喰らえば不味い……)


そして彼は、ドレイク・ゾンビの尾っぽのある所へたどり着いた。


敵は尾をくねらせて、丸い玉の付いている先端をユラトが出てきたところを狙って攻撃しようとしていた。


ユラトは、滑りながら咄嗟に足を捻り、敵の頭のある方へ体を向けると、その勢いのまま、力強く飛び上がった。


「―――はっ!」


敵の鉄球のような重い尾の先が地面に当たっていた。


鈍い音と共に噴煙のようなものが上がった。


そして、その砂埃の中、僅かに晴れた切れ間から見えたのは、敵を逃すまいと鋭く睨み付けながら、空中で左手を真っ直ぐ相手に向けたユラトの姿だった。


(………これで、終わらせる!)


この広大な森の中を共に旅した仲間の姿を思い出しながら、ユラトはあらん限りの声を張り上げ、その思いを込めるかのように左手を目一杯、握り締めた。


「―――リファイス・ブラストオオオオ!!」


効果は、すぐに現れた。


一瞬、ドレイク・ゾンビの口の中が白く光ったかと思うと、周囲の音が無くなった。


そして、すぐにドレイク・ゾンビの口の中で爆発が起こり、砕け散ると、周囲に轟音が鳴り響いた。


空気が震え、草や木は爆風によって消し飛び、ユラトも飛ばされ、レクスは大きな木の裏で必死にリュシアを抱きかかえた。


「―――なんて威力だ!」


リュシアは、両耳を押さえていた。


「耳が痛い……」


ユラトは、爆風で飛ばされ、地面に落ちる寸前に、茂みの中へ背中から落ちていた。


周囲は、真昼よりも明るい場所になっていた。


そして、砕け散ったドレイク・ゾンビの体から、光が放出されていくのが見えた。


それは、火の玉のようなもので、四方八方に飛び散り、何かにぶつかると砕け、今度は光の粒となって、空へ向って昇っていった。


そのいくつかに、リュシアは、触れることになった。


すると、彼女は驚いていた。


「―――あっ!」


抱き止めていたレクスは、不思議そうにリュシアを見ていた。


「どうした、リュシア?」


彼女は、ソウルメモリーと言われる現象の中にいた。


リュシアが見ていたのは、あの魔物がフォレスト・ドレイクだった時の記憶だった。


森の中にある川の中で、洗濯物を洗っている母親と、その近くで遊んでいる子供たちが見えた。


そしてその景色を見た時、リュシアはすぐにそれがどこであるかが分かった。


それは、あの白い葡萄のある丘の近くの川だったからだ。


あの一家は、このフォレスト・ドレイクに襲われ、命を失ったようだった。


その時に、母親の指にはめられていた、指輪が落ちた。


それがあのアマゾナイトの指輪だったのだ。


その光景を見たリュシアは悲しくなり、涙を一粒流した。


レクスは驚いた。


「どうしたと言うのだ、リュシア?」


リュシアは涙を拭き、立ち上がった。


「………えっと……レクスさん、助かりました。ありがとう……」


そして、自分が見た光景をレクスに話した。


「なるほど……またしても、お前だけに見えたのか……そしてあの指輪は……そうか……あの家の住人の物だったのか……」


レクスが感慨に耽っていると、リュシアが周囲を見て驚いていた。


「レクスさん、見てください!」


「……ん」


辺りを見ると、あのドレイクに命を奪われた生き物たちの魂の光が次々と空へ上がっていく姿が見えた。


真夜中の闇の森の中、いくつもの光の柱が空へ向って行く景色が広がっていた。


その光景を眺めながら、リュシアは両手を組み、跪いた。


そしてあの家族の冥福を静かに祈った。


(………どうか……みなさん、安らかに……ファルバーン……ディール………)


リュシアが祈り終えると、そこへユラトがやって来た。


「………いたた……」


彼は腕と背中を左手で交互に擦りながら現れていた。


レクスが声をかけた。


「ユラト!」


ユラトは、リュシアの目の前に座った。


「二人とも無事みたいですね。良かった……ここに来る途中、ダリオさんとジルメイダも見てきました……あの二人も大丈夫みたいです」


それを聞いたリュシアは、笑顔になった。


「良かった……二人とも無事なんだ……」


そして、ユラトとレクスの傷に気がついた。


「あ、そうだ……二人とも、わたしがヒーリングをしますね!」


リュシアが魔法を唱えようとしたのを、ユラトが止めた。


「……待って!先にジルメイダに、やって欲しいんだ」


ユラトの言葉を聞いたリュシアは、すぐに立ち上がった。


「―――あっ!分かりました!……えっと、ジルメイダはどこに?」


3人は、ジルメイダとダリオがいる場所へ向った。



ジルメイダとダリオは、大きな木の根元で並んで寝かされていた。


二人を良く見ると、彼女には血の匂いが、あまり出ないように落ち葉が上に被され、ダリオにはフォレスト・グリーンのレクスのマントが乗せられていた。


二人とも気を失い、意識はないようだった。


そこへたどり着いたリュシアは、すぐに治癒の魔法をバルガの女戦士にかけた。


すると、ドレイク・ゾンビに噛まれた傷が、完全ではないが、なくなっていった。


そして、目を覚ますかと思われたが、彼女は気を失ったままだった。


また、ダリオは魔力を失っていただけだったので、そのまま静かに寝かせておくことにした。


リュシアは立ち上がると、レクスに話しかけた。


「じゃあ、レクスさんにしますね!」


「……そうだな……頼む……」


リュシアは、ヒーリングをレクスの腕に使用した。


しかし、彼の折れた骨までは、治癒することはできなかったようだった。


リュシアは申し訳なさそうに謝った。


「ごねんなんさい……あたしの腕じゃ、ここまでしか無理みたいです………」


「いや、これで十分だ。痛みがほとんど無くなった。あとは、時間をかけ、治していくさ」


そう言って彼は、木の枝を腕に付け、植物のツルで巻きつけ固定した。


そして彼女はユラトにも使用し、一通り、回復作業を終えた。


意識のある3人は、これからどうするか、話し合った。


「レクスさん、どうしますか?」


「ユラト、リュシアは疲れているから、お前がサーチをしてくれないか?」


「わかりました」


ユラトは、今自分たちが、どう言う状況にあるのかを知る為に、マナサーチをすることにした。


「―――マナサーチ!」


そして彼は、この辺りの状況を探った。


すると、この辺りには、トロールはいなかったが、その奥の周辺には大量のトロール達が徘徊しているのを感じた。


ユラトは、その事を二人に話した。


「だめですね……下手に動くと、トロールの群れに襲われるかもしれません……」


リュシアは不安げな表情になった。


「怖い……」


レクスは木にもたれ掛かりながら、考えていた。


「そうか……本当は、ここからすぐにでも、去りたかったが……仕方がない……」


彼らは、このままここで見張りを立てながら、一夜を過ごすことに決めた。



そして、そのまま何事も起こる事無く、夜が明けた。


森の中に、朝の爽やかな日差しが彼らのいる場所にも木々の隙間から差し込んできた。


鳥たちも活発に活動を開始しているようで、鳴き声の大合唱が鳴り響いていた。


レクスは、トロールが襲ってくる心配が無くなったため、「何か食べる物を探してくる」と言って、この場所から離れて行った。


リュシアは度重なる魔法の使用があったため、ジルメイダ達と共に、早々に深い眠りについていた。


そのため、ユラト一人が睡魔と戦いながら、今は周囲の警戒にあたっていた。


(……ちょっと眠くなってきた……)


彼が眠い目を擦りながら、辺りをなんとなく見ていると、突然、ダリオが跳ね起きた。


「―――うおっ!ジルメイダ、どこだ!?」


ユラトは、その姿を見て、すぐに声をかけた。


「起きたんですか、ダリオさん!」


ダリオは強張った表情をしていたが、明るいのどかな空を見上げると、きょとんとした顔になった。


「どうなってる……敵は、どこへ行った?」


ユラトは何があったか説明をした。


経緯を聞いたダリオは、驚いていた。


「―――なんだと!?お前らだけで、やったのか!?」


信じられないと言った表情で腕を組みながら、周囲を見渡した。


「………だが、俺やジルメイダは生きている……そして今は、朝だ……そうか……助かったのか……」


ダリオは、ようやく落ち着きを取り戻すと、寝ているジルメイダを見た。


(……だが、それは旅の続きを意味するんだ……復讐のな……)


そんな中、レクスがいくつかの果実を細い枝に引っ掛けて、帰ってきた。


そしてダリオが目を覚ましていることに気がついた。


「お、目を覚ましたか、ダリオ」


「……ああ、お前らに世話になったみたいだな……礼を言うぜ……」


「いや……あの厳しい状況を乗り切ったのは、ここにいる全員さ……」


「そうですよ、ダリオさん!」


「……ふっ……そうだな……ま、俺様の魔法も必要だったわけだ」


「ふふ……そう言う事だ……」


そしてダリオは、近くで横に倒れている古い木に座った。


「それより……腹が減ったぜ……魔力もまだ8割ぐらいしか回復してねぇな……」


「これを森の中で拾ってきた。食べるといい……」


レクスは、ユラトとダリオにその果実を渡した。


ユラトは受け取ると、すぐにその実の皮を剥いだ。


(見たことの無い物だ……皮は薄いな……良い香りがする……)


その実は、柔らかく、中を見ると白い果肉の中に小さな種のある赤い果肉もある果実だった。


切られた部分から白っぽい液体が滴り落ちていたことから、採取されてからほとんど時間が経っていないようだった。


かぶりつくと、甘い香りと共に水分が現れ、程よい酸味と甘い味が口の中に広がった。


そしてその香りは、周囲にも広がった。


すると、その香りに誘われ、目を覚ます者がいた。


「………ん……これは………」


それはリュシアだった。


ダリオは、そんな彼女に驚いていた。


「なんて奴だ……食いもんがあることに、もう気づきやがった……」


リュシアは鼻を鳴らしながら起き上がると、目を擦りながら、あくびをかいた。


「クンクンッ………もう朝ですか……ふああー……」


そして立ち上がり、食事をしているユラトたちの所へやってきた。


「おはよう御座います!」


彼女はダリオが起きていることに気づいた。


「あ、ダリオさん。体の方は大丈夫なんですか?」


レクスが、果実をリュシアに渡した。


「ありがとうです!」


リュシアは嬉しそうに、それを大事そうに両手で持っていた。


そして目を閉じ、彼女が香りを嗅いでいる中、ダリオは話した。


「ああ……なんともねぇ……お前も頑張ったんだってな……」


リュシアは香りを嗅いでいることに飽きたのか、素早く皮を剥くと、すぐにかぶりついた。


「………もぐもぐ……はい……ちょっとですけど……あの魔法が完成したんです!」


そんな彼女をダリオは何となく見ていた。


「……そうか……(こいつ……やっぱり……土壇場で強えな……)」


そしてすぐに、果実を平らげると、レクスがもう一つをリュシアに渡そうとしたその時、落ち葉が軽く舞い上がり、サラサラと落ちる音が聞こえた。


全員そこへ視線を移動させた。


「……ん」


ユラトは、驚いたがすぐに笑顔になった。


「……あっ……」


最初に、名前を叫んだのは、ヴァベルの娘だった。


「―――ジルメイダ!」


彼女は、レクスから実を受け取る事を中断させ、ジルメイダの下へ駆け寄り、胸の中へ飛び込んだ。


ジルメイダは、リュシアを優しく受け止めた。


「おっと……まだ傷が完全には癒えていないみたいだから、優しく頼むよ……」


リュシアは、目に涙を浮かべ、顔を上げた。


「……うん……ごめん……ジルメイダ……だけど、あたし……嬉しくて……」


ジルメイダは、リュシアの頭を撫でていた。


「いつも言っているだろ?……あたしは、早々やられはしないってさ」


リュシアは、自身が気絶している間の出来事を、ユラトとレクスから聞いていた。


その中で、ジルメイダが自分の命を犠牲にして、道を切り開いた話を聞き、心配していた。


だが目の前の彼女は、いつも通りの自信と覇気に満ちたバルガの女戦士だった。


ユラトも近づいた。


「ジルメイダ……体……大丈夫?」


ジルメイダは、両手を握ったり開いたりして感覚を確かめていた。


「……そうだね……少しだけ、まだ痛むね……それに、からだ全体がだるい……」


どうやら彼女は、体調が戻っていないようだった。


「そうか……」


ユラトが呟いていると、ジルメイダは静かに立ち上がった。


そして何かに気づいた。


「しょっと……んっ……リュシアから、甘い香りがするね」


「……あっ、そうだ、ジルメイダも食べる?」


「―――ジルメイダ!」


レクスが実を彼女に向って投げた。


ジルメイダは、それを受け取ると、すぐに食べ始めた。


「………なかなか美味しいじゃないか。……それで、今日はどうするかねぇ……」


「それなんだけど……」


ユラトは、夜に一回、そして早朝に一回、マナサーチをした事を話した。


彼の話によると、夜はパル達の生み出した霧が、まだ少し残っていた為、知ることが出来る範囲が大きくなかった。


しかし、朝になってやってみると霧が晴れたのか、かなりの範囲まで知ることが出来た。


その中で感じたのは、ここから少し行った所に、暗黒世界の黒い霧があり、その近くにダリオが、この地域に入った時に放ったマナサーチで感知した物があると言うことだった。


果実を食べ終えたジルメイダは、ユラトに尋ねた。


「ここから近いのかい?」


「うん、かなり近いよ。みんな、どうする?」


ダリオは考えた。


「ほんとは聖石ももうねえし、夜になる前にここから、ずらからねぇと、やべぇんだが……」


ジルメイダは体を動かし、動けることを確認すると、大剣を手に取った。


そして、ダリオに話しかけた。


「お宝が、近くにあるって言うんじゃ、行くしかないんじゃないのかい?」


レクスは、ドレイク・ゾンビに刺さっていた兄の槍を片手で持つと、それを眺めながら呟いた。


「さっさと、その場所に行って帰るか……」


旅の支度を終えたリュシアがユラトに近づき、話しかけた。


「ユラトさん、魔物とかは、いないんですか?」


「さっきやったときには、感じなかったけど……行くなら、もう一度しますよ?」


ダリオは、既に行くと決めているようだった。


準備を既に終え、帽子を斜めにするために、被り直すと、先頭を歩き出した。


「すぐに終わらせちまえば、夕方になる前には、この地域から抜け出せるだろ。行こうぜ!」


「じゃあ、俺がサーチをしますね!」


すると、ダリオが既にサーチを唱え始めていた。


「軽い運動だ。俺がやる……」


ユラト達は、その場所へ行くことに決めたようだった。



そして彼らは、その場所へと、無事たどり着いていた。


ユラト達が着いた場所の近くには、暗黒世界の黒い霧がすぐ近くにあり、空の見える開けた場所だった。


ユラトの目の前には、細長い正方形の柱があった。


それは手で触れてみると、何かの金属で出来ていた。


どうやらこれがダリオのマナサーチに捉えられた物のようだった。


ユラトは、みんなが触っている柱に近づき、触れてみた。


「これは……何ですか?」


見上げると、長さは二階建ての家と同じぐらいの高さがあり、横の幅は、人が二人、手を繋ぎなんとか届く程の太さがあった。


長い時間、風雨にさらされたためか、全体的に黒くくすんでおり、カビのようなものも生えている部分もあった。


そして全ての面に複雑な文字が至る所に彫り込まれていて、文字と文字の間に、絵も彫られていた。


また、頂点の場所は鋭く切り込まれ、尖っていて、下に目を向けると、金属の板が敷かれており、端の4箇所に杭が打たれ、しっかりと大地に固定されているようだった。


後ろに回ったダリオが何かを見つけていた。


「……ん……こりゃ、何かを入れる穴だな……レクス、わかるか?」


ちょうどダリオの目線と同じぐらいの高さのところに、拳がなんとか入るぐらいの大きさの穴があった。


それを見たレクスは、首を横に振った。


「……私には分からない……見たことも無い物だ……」


「レクスさんでも、分からないんですか……」


すると、ずっと不思議そうに見ていたリュシアが、ポツリと呟いた。


「………これ……わたしの家に飾ってある絵に、描かれているのに似てる……」


リュシアを抱き上げ、謎の物体を見せていたジルメイダが彼女に尋ねた。


「ほんとうかい?」


リュシアは頷き、答えた。


「……うん。確か、お婆ちゃんから、聞いたんだけど……絵の名前は、『太陽のオベリスク』だったと思う……」


その話を聞いたダリオが、何かを思い出していた。


「この形状……そうか……こいつは、『魔法のオベリスク』って奴だ」


ダリオは、魔法のオベリスクについて話した。



【魔法のオベリスク】


この世界では、様々な形状のものがあり、材質もオベリスクによって異なる。


強力な魔力が込められて作られており、何かしらの効果を周辺に及ぼすことが出来る。


効果については種類が数多くあり、発動させてみないと、わからない。


過去の世界では、多くの種族が自分たちの住んでいる地域を守るために作ったり、旅をする者を支援するために作ることがあった。


そのため、常に良い効果がある訳ではない。



ダリオに話を聞いたユラトは、尋ねた。


「これって発動させることは出来るんですか?」


裏側の穴に手を突っ込みながら、ダリオは答えた。


「恐らく……ここに何かを入れないと発動しないんだ……何かは分からんが……」


レクスは近くにある黒い霧から何かが現れないか、警戒しながら話していた。


「へたに発動させて、変な効果だったら不味いぞ……分かるまでは発動させないほうが良いのではないか?」


ジルメイダは、リュシアを地面に下ろしてから話した。


「レクスの言う通りだ。あたしは、今、あんまり戦えないからね……厄介ごとを増やして欲しくはないね」


穴の中に何も無い事がわかったダリオは、落胆しながら話していた。


「……そうだな……しかし……ここまで来て、こんな物しかねぇのかよ……はあー……」


ユラトとリュシアはオベリスクを見上げた。


「新発見だけど……」


「持って帰れない……」


「そうとなれば、さっさとここから、ずらかるよ。ユラト、ホークスアイを3つ埋めて、ここをデルタエリアにしておいておくれ!」


ジルメイダがユラトにそう言った時、僅かに風が流れた。


緩やかな風だった。


そしてその風がユラト達にもやってきた瞬間、何か音が聞こえた。


ユラトは、周囲を伺った。


「……ん?」


すると、突然、魔物の叫び声が聞こえた。


それは力強い咆哮だった。


(……なんの声だ!?)


すぐに声のした場所を全員、素早く体を動かして見た。


みな驚き、口を開けた。


「―――っ!?」


ジルメイダが叫んだ。


「―――敵だ!」


彼らが見ていたのは、空だった。


開けたこの空間に、上空から飛来し、急降下してきた。


ユラトたちが武器を構えると、既に敵は彼らの目の前にいた。


相手は大きな翼を持つ魔物だった。


大きさは、昨夜倒したドレイクと同じぐらいの大きさがあった。


勢い良く降りて来たため、強風が地面を叩きつけ、砂埃を舞い上がらせた。


森の木々や茂みが風によって、揺れ動く中、ジルメイダが叫んだ。


「リュシア、後ろに下がりな!ユラト、あたしは左から切り込む、あんたは右だ。翼を狙うんだ!!」


「わかった!」


すぐに、二人は動くため、剣を抜き放った。


ダリオは、レクスの後ろでロッドを構え、魔法の詠唱に入った。


そしてジルメイダが大剣を相手に向って振り下ろした時、素早い反撃があった。


それは、予想に反した反撃だった。


なんと金属がぶつかり合う音だったのだ。


ユラトは、その音と火花が散るのを見た。


「別にまだ、いるのか!?」


声が周囲に響き渡った。


威厳のある低い声だった。


「―――待て!!」


ユラト達は、相手を睨み付けながら、武器を構えた。


「……人がいるのか?」


周囲の風がおさまり、砂埃も消え始めた。


そしてユラト達の目の前には、先ほどの翼を持った魔物がいて、そこから人が飛び降りた。


そしてその者と翼を持った魔物の姿が、舞い上がった砂埃が消えていくのと同時に、徐々に見え始める。


ユラトは、相手の姿を見た。


「―――こいつは!?」


全員、警戒を解くことはなかった。


なぜなら、彼らの目の前にいたのは、一匹の大きな翼を持った竜がいたからだった。


そして、その竜の前に姿を現した謎の人物は、全身を輝く黄金の装備で身を固め、その上に漆黒のマントを羽織った者だった。


頭から手先、体から足まで全て、黄金で包まれていた。


また、全体の形が、竜を想像させるデザインの装備だった。


顔が全く見えない兜は、竜の頭に似せてあった。


鎧から腕にかけて、尖ったような竜の鱗が表面を覆っていた。


指先は鋭く尖っていた。


手には先ほどジルメイダと打ち合ったロングソードが握られている。


その剣もまた、手に持つ柄の部分が黄金で出来ており、細かい装飾と宝石がはめ込まれ、剣身からたまにパチッパチッと音が聞こえていた。


そして飛竜に目を向けると、体の半分が赤色でもう半分は青い色になっていて、目も体の色と同じで、オッドアイ(左右の目の色が異なる)になっている奇妙な竜だった。


ジルメイダは、武器を構えたまま、目の前の人物に尋ねた。


「………あんた……何者なんだい?」


謎の人物は、手に持った剣をしまった。


「……驚かせたようだな……それについては謝罪しよう……私は、お前たちの敵ではない……」


ダリオがレクスとリュシアを伴い、ジルメイダの後ろから現れた。


「んなもん、信用できるわけねぇだろ」


リュシアは、緊張した面持ちで事の成り行きを見ていた。


(ド、ドラゴンだ………)


レクスが兄の槍を片手で持ちながら、相手に話しかけた。


「我々に何か用があるのか?……それとも、この場所に用があるのか?」


謎の人物は、腕を組んだ。


「……そうだな……先に話してしまった方が早いのかもしれんな……」


黄金の鎧に身を包んだ人物は、名を名乗った。


「………我が名は『シンフォース・グルーゼ』………今は、『龍の騎士』と……言っておこうか……」


「龍の騎士?……」


突然現れた謎の人物、シンフォース・グルーゼ。


この人物は一体何者なのか。


(この人は凄く強い……そんな気がする……)


ユラトは、剣を握り締めながら、この人物と戦いにならない事を願っていた。

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