第二十一話 二つの花

カーリオ・バルドは船旅の中、夢を見ていた。


それは、今は亡き、父との安息の日々の一つだった。


バルガの村の近くに見えるアルフィス山に、雪解け水がたまる場所があり、それが夏になると、近くの湖に流れ込んでくるのだ。


その流れは、水だけをもたらすだけでなく、沢山の石をもたらした。


夏の日の夜に、一晩だけ月が強く輝く日があった。


その日の夜の湖は、月の光に反応する石、ムーンストーンを手に入れる絶好の日だった。


この石は、需要があり、市場まで持ってけば、高く売れるため、この村の人々にとっては重要な資源の一つだった。


少年だったカーリオは、父親のクライスと共に、その石を拾いに行くのが、毎年の楽しみだった。


湖にたどり着くと、村の中で一番早く家を出たせいもあって、そこにいたのは、カーリオとクライスだけだった。


夜の湖のほとりに立つ親子。


すでに夜空には、強い光を放つ満月があった。


そして湖に視線を移すと、そこは星の絨毯が広がっていた。


月の光に反応した無数のムーンストーンが白く澄んだ光を放っている。


その輝きを見たカーリオは、嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「うわー!凄いよ、父さん!下にも夜空が広がってる!」


そんな息子の姿を見たクライスは、優しい笑みを浮かべ、彼の頭の上に手を置き、話した。


「そうだね、カーリオ。いい景色だ………父さんが石を好きなのは、こういう瞬間もあるからなんだ………」


「そっかー!石って凄いんだね!あははっ!」


彼が石に興味を持ったのは、この時だった。


カーリオは、両腕を水平にし、走り出した。


そしてそのまま、星の絨毯へ入っていった。


水面は揺れ、湖面に映った月は形を変えたが、月の石の輝きは変わる事無く、少年を足元から照らしていた。


「さあ、カーリオ。今日はたくさん拾って、母さんを喜ばせてあげよう!」


カーリオは、月の石を一つ拾うと、それを父親に見せ、嬉しそうに叫んだ。


「うん!父さん、どっちが多く拾えるか、競争しよう!」


「ああ、いいよ、カーリオ。競争だ!」


カーリオは、石を拾いながら冒険者をしている父と母の事を思い、光の神々に祈った。


(こんな日々が、どうか続きますように………)


                 カーリオの見た、思い出の夢より



ユラトたちは、かつて人間とホグミットが共存していた集落を発見した。


そして、その集落で一夜を過ごすことになり、木の家のベッドを借り、寝ていた。


しかし、彼らの安らかな休息の時は、『フォレシス』と言う、謎の現象によって、中断させられることになっていた………。



ウッドエルフの叫びを聞いたダリオは眉を寄せ、首をひねった。


「フォレシス……?なんだそれは……聞いたことねぇな……」


レクスの近くに、ユラトとダリオが来ていた。


彼らがいたのは、高い位置に木の家がある場所で、木の周りに階段状に板が差し込まれた場所だった。


ユラトがその場所へたどり着いた時には、水の高さは、彼の胸元ぐらいまであった。


そして、突然、集落の広間の中心辺りが発光し始めた。


水の中から、光が広がった。


ユラトは驚いた。


「光った!一体何が……」


発光している部分を見つめながら、レクスはフォレシスについて、二人に話した。


「やはりそうだ……これは、私の曽祖父から聞いた話だ………」


レクスは、自分が聞いたことを話し出した。


彼の説明によると、レクスの曽祖父の少年時代に一度だけ、ウディル村に同じようなことが起こったということだった。


村は、今の高さぐらいまで水没し、被害がそれなりに出た。


そして後日、長老の宝物庫を調べると、中にある書物に、この事が書いてあった。


それは、この現象は砂漠の中で移動するオアシスの伝説と同じで、これは森の中だけを移動するものだと言う。


その事から、ウッドエルフ達は、森とオアシスを掛け合わせ、この現象を『フォレシス』と呼んだ。


そしてレクスは更に何か引っかかることがあった。


「………そうだ……確か、あの光る場所には……」


ジルメイダが、リュシアを肩車し、ユラトたちのいる所へ歩いていた。


水の抵抗を受けるが、ジルメイダは慎重に、リュシアを背負って歩いていた。


「水が邪魔で、進みにくいね………」


バルガの女戦士の肩に乗っているリュシアは、不安げに尋ねていた。


「ジルメイダ、大丈夫?」


「これぐらい、なんともないさ」


周囲の建物は、水に浸かっていたが、ほとんどの木の家の外側には、木の板で出来た階段や、家によっては、バルコニーのようなものがある家もあった。


そのため、彼らが非難する場所は、いくつかあるようだった。


ジルメイダが進む中、今度は上空から何かが飛翔してきた。


それに気付いたユラトは指差しながら、叫んだ。


「何かが飛んでくる!ジルメイダ、気をつけるんだ!」


ユラト以外の4人が、彼の指差す場所を見た。


「あれは……」


リュシアが叫んだ。


「スプライト!」


リュシアの言う通り、それはスプライトの群れだった。


大量のスプライトが、どこからともなく、夜空から光の粉を撒きながら現れていた。


そこで、レクスは完全に思い出していた。


「思い出した!あの光る場所には、花が咲いているんだ!」


ユラトは、広場の中央で光っている場所を見つめた。


(花?………あんな場所に?)


レクスは話を続けた。


「曽祖父が、水に潜って、光る場所に近づいたと言っていたんだ。そして、そこには花があったと………後で、絵を描いたものを見たが、あれは、ダリオが持っていた、あの壷に描かれた花だったのを今、思い出した!」


レクスの言っていた事をユラトは思い出していた。


(あの時の……花か……)


それは、ユラト達がマナフラッグを感知し、他のパーティーの救援に向う前に拾っていた壷に描かれていた、花の絵のことだった。


(ラグレスさんに会う前に見た、あの壷の絵の花か……)


ユラトは、レクスに尋ねた。


「その花は、何か意味があるんですか?」


レクスは、首を振ってから答えた。


「分からない………これは、我々ウッドエルフにも分からない現象なんだ……」


ジルメイダが、ユラト達のいる所へたどり着いた。


そしてリュシアを、木の板の階段に乗せた。


「ありがとう、ジルメイダ!」


「気にしなくていいよ。それより、あたしも上がるから、奥に行っておくれ」


「うん」


リュシアは、男たち3人がいる木の板で出来たベランダのようなところに、急いで登った。


そして5人が集まった時、広場の井戸があった付近に、スプライトの群れが、水面すれすれのところで、ぐるぐる回りながら、飛び始めているのが見えた。


ユラトは、その光景を見つめていた。


(光の輪が出来てる………あの花に、近づくつもりなのか?)


隣りにいたジルメイダが、ベランダにあった木の切り株のような椅子に座った。


そしてレクスに尋ねた。


「まさか、ずっとこのままじゃないだろうね?」


「それはないはずだ。曽祖父の話だと、しばらくすると消えるそうだ」


「そうかい………」


「どうするジルメイダ?」


リュシアも椅子に座り、足をピンピン動かしながら尋ねていた。


「そうだねぇ………」


ジルメイダが考えていると、ダリオが話しかけてきた。


「おい、あの花を取ってみようぜ!」


ユラトは、少し不安を感じた。


「大丈夫なんですか?」


「レジェンドクラスの薬草かもしれねぇんだ……。スプライトがいるってことは、清らな水ってことだし、絶対にいいもんだぜ」


ユラトは、レクスを見た。


レクスは反対するとユラトは思ったが、彼は珍しく気になったようだった。


「この不思議な森の中の現象を私は知りたい……だから、曽祖父が触れることすら出来なかった、あの花を取ってみたい……」


レクスの曽祖父は、すでに他界している。


そして死ぬ間際、唯一の心残りが、フォレシスの花を取れなかったことだと、曽祖父が言っていたのをレクスは思い出した。


だから、その思いを果たす意味でも、レクスは取りに行くべきだと思った。


ウッドエルフの反応を見た、ダリオは嬉しそうにしていた。


「ほお……そうか!なら、取りに行ってみようぜ!」


「わかった。それでは、早速行こう……」


レクスが水に入ると、ダリオも入った。


「うひゃー!ちょっと冷てぇな………」


水の冷たさに、ダリオが顔を少し、しかめた。


そしてダリオは振り返った。


「おい、ユラト!」


ユラトは、名を呼ばれたので返事を返した。


「はい」


「てめぇも、手伝え」


「わかりました」


ユラトは、すぐにダリオの後に続き、水の中に入った。


水の高さは、ユラトの胸元ぐらいのところで止まっていた。


少しだけ進んだところで、ジルメイダの声が聞こえた。


「あたしとリュシアは、ここで休んでいるよ!」


ユラトは手を振り、それに答えた。


そして3人の男は、水で満たされた集落の中を進み、広場の中央を目指した。


水の流れが、ほとんど無いために、彼らは順調に進んでいった。


発光している場所に、どんどん近づいていく。


森の中にある、水で満たされた集落の中。


所々、落ち葉や枝などが浮いているのが見えた。


深く青い水で、水面には月がぼんやりと映し出されている。


辺りは静かで、彼らが水面を進む音が聞こえていた。


そして何事も起こる事無く、ユラトたちは光る場所へと、たどり着いた。


スプライト達が円を描きながら、飛んでいるのが見える。


光の粉をさらさらと水面に落とし、上下に高度を替え、勢いよく飛んでいた。


遠くから見るよりも、遥かに眩い光を、その場所は放っていた。


光の強さから3人は、手の平や腕で顔を隠すほどだった。


「くっ………眩しい……」


眩しさに耐えながら、ユラト達は、水中を確認するために、その場から水に潜った。


そしてユラトは、水中で目を開けた。


(―――これは………)


そこには、井戸の周りを囲むように、黄色く光る花があった。


(レクスさんが言ったとおり、あの壷に描かれていた花と同じだ!さっきまで、この場所には、こんな花………なかったのに………やっぱり、フォレシスのせいなんだろうな………)


ユラトの隣りにいた、ダリオが水の中で声を上げたため、大量の泡が彼の口から出ていた。


ゴボゴボゴボッ………。


そして、レクスが慎重に花へと近づいた。


井戸の周りに、咲いている花に、スプライトの光の粉がゆっくりと沈殿していっているのがわかった。


(あの花に送っているのか?)


そしてレクスが花の前に到着した時、近くで変化が起こった。


(……ん?)


彼らが変化を感じたところへ視線を移すと、水中にある井戸から、大量の大きな泡がボコボコと現れ、音を立て始めた。


ユラトは水の中で、それを呆然と見つめていた。


(………なんだ?)


そしてレクスが、水中で止まると、今度はそこから、何かが凄まじい勢いで次々と現れた。


それは細長い何かで、水面へ向け、上昇していった。


ユラト達は、花に近づく事をやめ、水面へ出た。


「………ぷはっ!なんだったんだ、あれは!?」


ユラトが水面に出ると、すぐにダリオの叫び声が聞こえた。


「おい!てめぇら、気をつけろ!―――魔物だ!」


ユラトは、すぐにダリオの視線の先を見た。


そこには、光に照らされた魔物の姿があった。


「………こいつは……」


その魔物は、鳥の様な頭とクチバシを持ち、体は蛇のようで、全体が半透明で透けて見え、水色の姿をしていた。


僅かに開いたクチバシからは、捕らえられたスプライトが僅かに羽根を動かしているのが見えた。


そして魔物は、スプライトを飲み込んだ。


すると、魔物の蛇のような体の中で、スプライトが光の粒となって、砕け散っていく姿が見える。


レクスが叫んだ。


「ジルメイダ!―――敵だ、気をつけろ!」


レクスの叫びを聞いた敵は、水面を蛇行するように泳ぐと、すぐに周囲へ散らばって行った。


ジルメイダは、すぐに立ち上がると腰にあった剣を抜いた。


そして、ユラト達のいる場所を見た。


魔物らしきものが、散っていくのが見えた。


(………あれか……)


そして、ジルメイダは叫んだ。


「あんた達!近くに上がれる場所があるだろ。そこへ円陣を組みながら、たどり着くんだ!あたしはリュシアを守って、ここにいる!」


ユラト達は、すぐに集まり、3人で背中合わせで円陣を組みながら、近くにある、木で出来た階段の踊り場を目指した。


男たち3人が移動している中、敵は、ある程度中心から離れると、頭をユラト達の方へ向け、彼らの周りを回りだした。


水の中を歩きながら、緊張した面持ちで、ユラトは敵に備えながら歩いていた。


(………これは、襲ってくるぞ……)


そして、回っていた敵の一体がジルメイダとリュシアに気付いた。


「リュシア、建物の中に入りな!」


「うん!」


謎の魔物は、ジルメイダに近づくと、クチバシを使い、攻撃してきた。


ジルメイダは、その攻撃を横へ飛び、避けた。


敵の大きさは、頭だけでも、リュシアの体ほどの大きさがあった。


バルガの女戦士に避けられた敵は、木に軽くぶつかった。


木の家がゆれ、葉が何枚か水面に落ちた。


ジルメイダは、すぐに反撃し、ブロードソードで敵の胴体部分を横から切りつける。


「―――はっ!」


水を切るような音が鳴った。


しかし、敵の体に付いた切り傷は、水面を切ったかのように、すぐに元通りになっていた。


そして敵は、体を起き上がらせ、ジルメイダを正面から見つめた。


ジルメイダも、剣を構えながら敵を見ていた。


「ダメージは、ほとんど与えてないみたいだね………こいつは、どこが弱点なんだ?」


そして彼女は、リュシアに向って話しかけた。


「リュシア!敵の数や位置、それから他にも敵がいないか、確かめておくれ!」


奥の部屋にいたリュシアは、力強く返事をすると、魔法の詠唱にはいった。


「うん!」


記憶を辿っていたダリオは敵の姿から、ある魔物に行き着いた。


「鳥の頭に、蛇の体……水の中に出現する……そうだ……姿は、本で読んだことがあるぞ………確か……名前は『バニップ』だ……だが……」


しかし、ダリオは腑に落ちないことがあるようだった。


何かを考えている表情のまま、敵を見ていた。


そんなダリオを見たユラトは、歩きながら彼に尋ねた。


「ダリオさん、知っているんですか?」


歩きながら、ダリオはユラトとレクスにバニップについて話した。



【バニップ】


鳥の頭とクチバシを持ち、体は蛇のようで、分厚い鱗に覆われている。


沼地や湖、池などに生息することが多い。


獰猛で、馬や牛などの家畜を襲う。


豚のような鳴声を上げるときがある。


硬いクチバシで攻撃してくる。


体の鱗は硬いが、鱗の間に隙間があり、剣などを差し込むことで、ダメージを与えることができる。



説明を終えたダリオは、なぜかバニップだと言い切れないとも言った。


レクスは、その理由について尋ねた。


「どう言うことだ?」


「俺が読んだ本には、半透明なんて書いてなかったんだ。それに、あいつ………鱗にも覆われていねぇ……」


ユラトは、周囲にいるバニップと思われる魔物を見た。


「………そんな……じゃあ、あれは……」


その時、複数のバニップが、一斉にユラト達へ向ってきた。


ダリオは、舌打ちをし、敵を睨みつけた。


「チッ、来やがったか!あと少しだってのによ……おい、もうすぐだ!歩く速度を速めるぞ!」


体をクネクネと蛇のように蛇行させながら、水面を進み、バニップはユラトたちの所へ、様々な方向から向ってきた。


そして、ようやく大きめの踊り場がある階段のところへたどり着いた時、彼らの後方から向ってきていた敵が、一番最初に攻撃を仕掛けてきた。


ダリオを先に階段へ向わせ、ユラトとレクスは前へ出た。


バニップは、クチバシで攻撃を仕掛けてきた。


ユラトとレクスは左右の水面に飛び込み、攻撃を避けた。


そしてレクスが槍で、敵の体を貫いた。


「―――はっ!」


しかし、ジルメイダと同じように、手応えはなかった。


「………無傷なのか?」


頭を起き上がらせたバニップは、すぐにレクスを捕らえようと、再び攻撃を仕掛けてきた。


レクスは、それをぎりぎりのところで避けた。


周囲に水しぶきと波ができる。


ユラトは、頭を起き上がらせた所を狙って、バニップの頭部を地面を蹴って飛び、切り上げた。


「―――どうだ!」


ユラトの剣は、敵の首を捕らえ、魔物を真っ二つにしていた。


そして、バニップの頭部が水面に落ちた。


すると、胴体も水となって水の中に吸い込まれていった。


しぶきを顔で受けながら、ユラトは敵が落ちた場所を見ていた。


「………やったのか?」


先に階段に上がっていたレクスが水を滴らせながら、手を差し出し、ユラトの名を呼んだ。


「ユラト、早く来い!他のバニップが来るぞ!」


周囲を見るとバニップと思われる魔物たちが、彼らのもとへ、向かってきていた。


「はい!」


ユラトはレクスの手を取り、階段に上がった。


水を吸い込んだ衣服が動作を鈍くさせたが、2人は必死に階段を上がり、踊り場へ向った。


そして、リュシアがマナサーチを発動させた。


彼女は、すぐに周囲の状況を探った。


(えーっと……敵の数は……他にも……えっと……どうしよ、焦っちゃう!)


そんな中、ユラトの達のいる場所に、他のバニップが辿り着いた。


そして踊り場にいる彼らに向って、攻撃を仕掛けてきた。


向ってきた敵に、ダリオがファイアーボールの魔法を発動させた。


「―――ファイアーボール!」


魔法の火の玉は、敵の頭部に命中する。


敵の頭部が魔法の炎で覆われた。


しかし、「ジュッ」と言う、水が蒸発するような音が一瞬聞こえただけで、敵には全く変化を与えていなかった。


ダリオは苦々しく、敵を見ていた。


「―――くっそ!火の魔法は効かねぇみてえだ!」


リュシアのサーチの結果が出た。


彼女は、すぐ近くでバニップと戦っているバルガの女戦士に、話しかけた。


「ジルメイダ、敵の数は5、一匹がこっちにいて、あとは全部ユラトさん達の方みたい!」


「そうかい……じゃあ、こいつをさっさと倒して、応援に行かないとね!」


ジルメイダと戦っているバニップと思われる魔物は、先ほどとは違う攻撃をしていた。


それは、口から水の玉を勢いよく吐き、攻撃するというものだった。


握り拳ほどの大きさの水の玉が次々と魔物の口から放たれる。


木の家や、周囲に玉が当たり、家を揺らした。


ジルメイダは、それを避けながら、敵に近づいて行く。


「面倒な攻撃だねぇ……」


そして水の玉の一つがリュシアがいる部屋のドアに当たり、閉まった。


―――バンッ!


リュシアは、突然閉まったドアに驚いた。


「きゃあ!」


そして彼女は、すぐにドアを少しだけ開け、敵の攻撃を避けながら反撃のタイミングを伺っているジルメイダに話しかけた。


「ジルメイダ、敵の存在を感じたのは、頭の中だけみたい!だから……」


その時、水の玉の一発が、再びリュシアの足元とドアを襲った。


木製のドアが、またしても閉まった。


リュシアは、二度目の悲鳴を上げた。


ジルメイダは一瞬、リュシアのいるドアへ視線を向けた。


そして、リュシアに向って話しかけた。


「リュシア。あんたは、そこにいな!そして魔法は、いつでも使える状態にしておくんだ。いいね?」


「わかった!」


リュシアの言葉を聞いたジルメイダは、反撃に転じた。


一気に魔物との距離を縮めると、飛び上がり、剣を振った。


「―――はあっ!」


しかし、バニップは、寸前のところで頭を後ろへ動かし、その攻撃をかわすと、勢い良く水の玉を吐いた。


玉はバルガの女戦士の体に当たった。


「―――くっ!」


彼女は、少しだけ後方へ飛ばされた。


着地をすると、次の水の球が来たため、彼女はすぐに横へ飛び、それをかわした。


ジルメイダは、攻撃が当たった場所を手で触った。


(大丈夫だ………なんともない……思ったよりも、良い動きをするみたいだ……ふふっ……面白くなってきたじゃないか……)


どうやら鎧の部分に当たったため、ダメージは受けていないようだった。


リュシアが心配そうに、彼女に話しかけていた。


「ジルメイダ!大丈夫!?」


ジルメイダは剣を両手で握り直し、答えた。


「バルガの戦士は、この程度では倒されやしないさ!!」


そして自らの剣を見た。


(だけど……この剣じゃ、短すぎて、敵に届きにくいね……長剣を持ってきた方が良かったか……)


そしてジルメイダは、ユラト達に向って叫んだ。


「―――あんたたち!敵の弱点は、魔物の頭の中にあるみたいだよ!ダリオ!何か分かるかい!?」


ジルメイダの声が集落に響いた時、ユラト達の所は、3匹のバニップとの戦闘を強いられていた。


バルガの女戦士の声に気付いたユラトは、ロックシュートの魔法を放った魔道師の男に尋ねた。


「ダリオさん!ジルメイダの言った事、聞こえました?」


ユラトたちのいる踊り場の後方には、ドアのない部屋があり、そこには木のテーブルがあったため、それを横に倒して前方に置き、敵の水球の攻撃を上手く避けながら、なんとか戦っていたのだった。


ダリオの放ったロックシュートの魔法が魔物の体を貫いていた。


しかし、穴が開いた部分はすぐに、元の体に戻っていた。


その姿を見たダリオは悔しそうにした後、ユラトに答えた。


「これもダメなのかよ……どうなってやがる………ああ、聞こえていた……しかし、どういうことだ?」


レクスは敵の注意をひたすら自分に引きつけていた。


そして、敵を注意深く見ていた彼が、何かに気付いた。


「―――んっ……あれは……」


レクスがその場所を更に見ようとした時、敵が2匹同時に、前に出ていたユラトとレクスに噛み付いてきた。


右側にいたユラトは左側へ、左側にいたレクスは右側へ、2人は交差して避けた。


そしてユラトとレクスは、たどり着いた所にいるバニップの頭部へ攻撃をした。


ユラトは先ほどと同じように力強く両手で握りしめた剣で、敵の頭と胴の境目を狙って切りつけた。


「―――はあ!」


攻撃は当たり、敵の首をはねた。


半透明の鳥の頭の部分が木の板に落ちる。


敵の頭は、バケツに入った水を地面に叩きつけたような音を出して、辺りに散らばった。


ユラトは、床を注意深く見た。


(やっぱり敵の頭を胴から切り離さないとダメなのか?)


そして、木の板の床に広がった薄い水溜りの中に、指輪ほどの大きさの淡い水色に光る宝石のような物があることに、ユラトは気付いた。


(………これは……?)


ユラトが呆然とその石のような物を見つめていると、レクスが彼に向って叫んでいた。


「ユラト、気を抜くな!敵がお前を狙っているぞ!」


顔を敵のいた場所へ向けると、一番最初に首をはねたバニップが、再び元の姿に戻っていた。


そしてクチバシを開き、彼に向けて水球を放とうとしているところだった。


(―――っ!)


ユラトは、すぐに反応し、木のテーブルへ隠れた。


水球がテーブルに当たり、鈍い音を立てる。


テーブルは少し後退し、隠れたユラトの肩に当たっていた。


(………あぶなかった……そうだ、あの事をダリオさんに……)


そしてユラトは隠れた体勢のまま、ダリオに水色の石の存在の事を話した。


「ダリオさん。あそこを見てください!」


後方のドアのない部屋に隠れていたダリオは、顔を出し、ユラトの指差す場所を見た。


「どうした?……ん……あれは……」


ダリオは、しばし黙って、その石を見ていた。


(あの輝きと色は………)


そしてその間、ユラトとレクスは敵と戦っていた。


敵がクチバシで攻撃してきたところを避け、レクスが飛び上がった。


そして敵の頭を真上から槍を持って、突き刺した。


槍は敵の頭を貫通し、バニップの頭部は、木の板に固定されたようになった。


それを見たユラトが敵の首をはねようと、素早く動いた。


(―――やるぞ!)


しかし、他のバニップが水の玉を吐き、ユラトを近づかせないようにした。


ユラトは、後ろに飛び、進むのを中断した。


「くそ………ダメだ……」


串刺しにされた魔物は、すぐに頭を持ち上げ、槍を引き抜いた。


レクスは、槍を持ったまま、飛ばされそうになった。


しかし、彼は上手く飛び上がると、木の枝につかまった。


「……ふっ、あぶなかった……」


ユラトは、そんな敵を睨みつけた。


「しぶとい奴らだ……」


そしてユラトの視界の中に、ある物が映った。


(………ん……あれって、なんだろう……?)


それは水の中から、何かが少しだけ突き出ていた。


ユラトは自分より視力の高い、ウッドエルフに見てもらおうと、敵の攻撃を警戒しながら、レクスに近づいた。


レクスは、ジルメイダとリュシアのいる方を少しだけ見たようだった。


(ジルメイダ………苦戦しているな……あの魔物……こっちにいる奴よりも、動きが早いな……体も大きい……攻撃が当たり難そうだ……)


ユラトはレクスに話しかけた。


「レクスさん!あそこの辺りにある水面から突き出ている物って、何かわかりますか?」


レクスは、すぐにユラトの指し示した場所を見た。


(どこだ…………)


すぐに、その場所がわかった。


(あれか………)


レクスは少しだけ目を細め、それを見た。


その間、ユラトは敵の注意を自分に向けさせ、必死に避けていた。


レクスは早くも、それが何かに気が付いた。


「ユラト、あれは剣だ!あそこは、井戸のある場所だ。恐らく井戸の中に隠されていた物だろう………敵と一緒に出てきていたようだ……」


(そんな所にもあったのか……俺のマナサーチの精度じゃ、地下までは無理だったか……)


そしてユラトは気を取り直し、再び敵に向かおうとした。


(だけど結構戦えているな……俺……これもジルメイダたちのおかげだ……よし、やるぞ!)


その時、ダリオが叫んだ。


「―――分かったぞ!おい、お前ら、あの石を破壊しろ!」


ユラトはダリオを見た。


(―――すぐに動いた方が良さそうだ!)


ダリオの焦りを見せた表情から、緊急性があるとユラトは思った。


そして、すぐに水色の石が転がっている場所まで、敵の攻撃を避けながら走った。


そして、その場所へ、すぐにたどり着いた。


ユラトがたどり着くと、バニップが一匹、噛み付いてきた。


(―――おっと!)


ユラトは、その攻撃を避けるため、垂直に力強く飛び上がった。


敵はクチバシを開けたまま、彼の足元を進んでいった。


そして魔物のクチバシの下の部分に、水色の石が当った。


(―――あ、しまった!)


石は弾かれ、空中へ浮き上がる。


(水に戻ると不味い!)


ユラトは手を伸ばし、その石を左手で素早く掴んだ。


そして彼は、右手に持った剣を足元にいる敵の首目掛け、振り下ろした。


(―――喰らえ!!)


ユラトの着地と同時に、敵の頭は板の床の上を舞った。


そして、水を叩きつけたような音がした。


木の板の上に、2つ目の水色の石が転がった。


その石も手に取ると、ユラトはダリオの下へ向った。


ダリオは、奥の部屋にいた。


「ダリオさん、これどうやって破壊するんですか?」


「持ってきたのかよ……まあいい……一つ渡せ」


ダリオはユラトから水色に光る石を受け取った。


部屋の外では、レクスが2匹の敵と攻防を繰り広げていた。


ダリオは右手の親指と人差し指で石を摘むと、顔の近くへ寄せて見た。


「光ってやがる……やはりそうだ……こいつは、エレメンタル・コアだ……」


聞いた事のない名前にユラトは、それが何なのかをダリオに尋ねた。


「なんですか、それは?」


「4元素の精霊(エレメンタル)の体の中には、それぞれの属性の魔力の結晶体であるコア(核)が存在する。それをエレメンタル・コアと言うんだ。こいつを破壊することで、精霊はその存在を失う。だから、これを持っていると言うことは………」


ダリオの言葉にユラトは驚いた。


「……と言うことは、あいつは精霊なんですか!?」


ダリオは、まだ疑問に思っていることがあるようだった。


「だが……あんな精霊は4元素には、いねぇ………」


「………?……じゃあ、あいつは……」


「恐らくだが………あいつはキメラ(合成魔獣)だ………」


「………あれが……キメラ……」


ユラトは、外にいる魔物を見た。


そしてダリオは話を続けた。


「こいつは推測でしかないが……前に、ウンディーネと戦った事がある……その時に、これと似たようなものを水の精霊の中から出ていたのを思い出したんだ。それから大図書館の本で読んだ物の中に、キメラについて書かれていた本を読んだことがあったが、その中に合成素材としてエレメンタル・コアが一覧に載っていたのを思い出したぜ!だから、恐らくあいつは、水の精霊ウンディーネとバニップを掛け合わせたもんだ……古代のダークドワーフがこういうことに長けていたらしい……この暗黒世界を彷徨っていたんだろう……そしてフォレシスに取り込まれ、この広大な森の中を共に移動していたのかもな……こりゃ、闇の遺産の一つだ……あいつら面倒なことをしやがる!」


ユラトは、戦っているレクスを見た。


(すぐに加勢しないと!)


ダリオは、木の床に石を落とした。


「ユラト、お前の持っているのも、ここに落とせ」


「はい……」


ユラトは、ダリオと同じように、水色のエレメンタル・コアを床に落とした。


「こいつは、新発見だが……水に触れただけで、魔物になってしまうもんだ………だから危険すぎて、持っては帰れねぇ……そうなら……」


そしてダリオは、ロッドを持ち上げた。


「―――こうするしかねぇ!」


ダリオはロッドを振り下ろし、石を叩き割った。


水色に光るエレメンタル・コアは、粉々に砕け散った。


そして、破片は砕けた氷のように、水になって溶けていった。


「よし!これでいい」


「レクスさんの所へ!」


「ああ……」


エレメンタル化したバニップのコアを破壊したユラトとダリオは、外で戦っているレクスに加勢するために部屋の外へ出た。


すると、外にいた2匹のエレメンタル・バニップは、突然向きを変え、ジルメイダとリュシアがいる場所へ向って進みだした。


ユラトは、声を上げた。


「―――向こうに行くつもりだ!」


レクスは小さく呟きながら、離れたところにいる2人を見ていた。


「まずいな……」


ダリオは、すぐに決めていた。


「仕方ねぇ。お前ら、水に飛び込むぞ!」


「……わかった」


レクスが、すぐに水に飛び込んだ。


そしてユラトも後に続こうと思い、歩き出したとき、彼の靴に変化が起きた。


(―――ん……これは!?)


ユラトの履いていた靴が淡い黄緑色の光を放った。


そして少しだけ、ユラトの足を締め付けるような感覚がやってきた。


(一瞬だけど……足が締め付けられた……)


そこでユラトは気付いた。


(―――あ、この靴に大地の魔力が溜まったんだ!………と、言うことは…………使えるのか?)


水の中に入ったダリオが叫んだ。


「ユラト、何してやがる。さっさと、お前も来い!」


先頭にいたレクスがダリオに話しかけた。


「ダリオ、ジルメイダが苦戦している。魔法で援護できないか?」


レクスに、そう言われたダリオは、表情を曇らせた。


「サンドフェッターやファイアーウォールは、ここじゃ使えねぇ……参ったな……しょうがねぇ……ロックシュートでエレメンタル・コアを狙ってみるか……」


ユラトは靴の効果を使用するか、考えた。


(この状況を少しでも、ましに出来るかもしれないのなら………)


そして、すぐに彼は決めた。


(―――使ってみよう!)


ユラトは使用することにした。


意識を足に集中させる。


(頼むぞ………)


そして、リュシアが見つけた紙に書いてあった言葉を、ユラトは心で念じた。


(魔法の砂よ!流砂となり、―――走れ!!)


すぐに変化は起きた。


彼の靴が再び、一瞬強く光った。


しかも、その光は熱を持っていた。


足が少しだけ熱くなるのを感じたユラトは、慎重に一歩進んでみることにした。


「…………」


特に変化は無かった。


(あれ……どういうことだ?)


そして、ダリオがロックシュートを放った。


「大地よ、魔弾を解き放て!―――ロックシュート!」


バニップの頭を貫いたが、コアには当たっていないようだった。


「ダメか……」


そしてジルメイダは、いくつか水球を喰らっていた。


彼女の体は全身、水で濡れていた。


そしてジルメイダは、何かに気付いた。


(………水の玉を喰らう度に、痛くなってきている………これはどういうことなんだろうね……)


ダリオが心配そうに、ジルメイダに向って叫んだ。


「ジルメイダ!そいつは恐らく、ウンディーネとバニップを合わせたもんだ!だから、攻撃を喰らうと、ウンディーネと同じで、相手の水の抵抗力をどんどん落としていくんだ。だから、喰らう度にダメージがでかくなっていくぞ、気をつけろ!」


ダリオの叫びを聞いて、ジルメイダは納得していた。


「なるほど……そう言う事かい……あたしは、もう抵抗力がマイナスになってしまっているのか………これは、避け続けなきゃダメってことだね……」


そんなジルメイダを見たユラトは、すぐに水に入るため走った。


(ジルメイダを助けに!)


すると、すぐに違和感を感じた。


(―――これは!?)


なんとユラトの足が滑ったのだった。


(ここは、まだ木の板の上なのに?何も変な物は踏んでいないぞ!?)


そして彼は、走った勢いのまま、水の中に滑り込んだ。


(―――うわあああ!)


ユラトは、水の中に落ちると思った。


しかし、彼は水の上にいた。


(―――え……これは!?)


ユラトは水の上を飛沫を上げながらスライディングし、真っ直ぐ突き進んでいた。


すぐにユラトは、これが靴の効果であることに気が付いた。


(………これが、砂走り効果か……)


そして水の上を進みながら、周囲を見た。


(しまった!こっちはジルメイダがいる方じゃない!)


思わず声が出てしまう。


「―――うわっ!」


ダリオとレクスが、その声に気付き、振り返った。


そしてユラトの状態を見て、二人は驚いた。


「あいつ……何やってやがるんだ!?」


「ユラト!?」


ユラトは、走る時と同じぐらいの速度で水の上を進んでいた。


(………これは、体勢を変えれば止まるのか?)


そして彼は、いつの間にか、光る井戸の場所まで来ていた。


(こんな所まで来てしまった……あっ……)


ユラトの目の前に、先ほどレクスが剣だと言っていた物があった。


(……ここまで来たのなら……あれを!)


ユラトは、井戸のロープに引っかかっていた剣の柄を手に取った。


(―――よし、取れたぞ!)


そして水の中から剣を引き抜くと、すぐに体と足を捻った。


捻ったことで靴の裏から、大きな波状の水しぶきが上がった。


止まることが出来たユラトは、水に浸かりながら、引き抜いた剣を見た。


(これは……長い剣だ……だけど、見た目よりずっと軽い……)


剣は、細長い長剣だった。


そして良く見ると、刀身の根元に刃のない部分があり、どうやらその場所を手で持つ事ができるようだった。


(あれ、この形状……これって……)


ユラトは、学校で習った剣の種類を思い出した。


(そうだ………これは、『ツヴァイハンダー』……)



【ツヴァイハンダー】


柄に近い刀身の部分に刃の無い場所のある長剣。


戦争では、槍兵に対抗するために使われた。


この世界では、剣を祭事や儀式に使用することがあり、地域によっては、井戸の中に入れることで、魔よけとなり、清らかな水質を保つと信じられていた。



そして彼は、更に詳しく全体を見た。


(変な効果とか……無いよな……大丈夫だよな?)


柄の部分に水色の宝石がはめ込まれ、刀身にはルーン文字が刻まれていた。


また剣全体が薄っすらと青い色をしていた。


(この色なら……多分、大丈夫だ……)


ユラトはすぐに、その剣を、バルガの女戦士に渡すことに決めた。


(………これを、ジルメイダに!)


ユラトはジルメイダがいる場所に向って、両手で長剣を掴むと、力いっぱい投げ飛ばした。


「―――ジルメイダ!この剣を使うんだ!」


すると、剣はダリオのいる近くまで、飛ばされた。


ユラトの叫びを聞いたダリオは振り返ると、近くに落ちた剣を拾うため、水に飛び込んだ。


そして彼は、すぐに拾い上げた。


「………ぷはっ!………これは、ジルメイダなら使えそうだ!」


ダリオは、ジルメイダの近くにたどり着こうとしているレクスに向けて剣を投げた。


「レクス!これをジルメイダに!」


剣は、空中で弧を描いて飛び、水面に落ちた。


ジルメイダとリュシアは、ユラト達が来るまで、必死に3匹のエレメンタル・バニップと戦っていた。


一匹は、先ほどからいるバニップで、他のものよりも、体が大きく、動きも素早かった。


そしてあとの2匹は、先ほどユラトたちと戦っていた、バニップだった。


大きなバニップが後ろに下がると、2匹のバニップが攻撃を仕掛けてきていた。


ジルメイダは、次々と敵が放ってくる水球を避けるので手一杯だった。


「近づく隙がないね……」


先ほどバニップが放った水球が腕に当たっていた。


彼女は、その部分を押さえながら、避けていた。


(水が当たるだけで、皮膚がヒリヒリしてきたよ……こりゃ、相当抵抗を落しちまっているね……)


リュシアが後ろから、心配そうに声をかけてきた。


「ジルメイダ……大丈夫?」


ジルメイダは、彼女を安心させるために、わざと余裕を持って答えた。


「リュシア、大丈夫さ。なんともないよ!」


リュシアは、そんなジルメイダの為に、ヒーリングの魔法を準備していた。


そして、隙を見て彼女の受けた傷を治そうと待っていた。


その時、遠くからユラトの叫びが聞こえた。


(ユラトさんの声だ!)


後方からの叫びにバニップは、反応し、攻撃を緩めた。


リュシアは、敵の攻撃が緩んだのを逃さなかった。


すぐに、ドアを開け、ジルメイダに駆け寄った。


そして、バルガの女戦士の腕に手を当て、光の治癒魔法を発動させた。


「―――ヒーリング!」


ジルメイダは、一瞬驚いたが、すぐに表情を緩めた。


「リュシア、助かるよ……」


「んーん、あたし何も出来なかったから……」


しかし、敵は、ヒーリングの一瞬光った光に気付いた。


「―――!」


そして一斉に、2人に襲い掛かってきた。


「―――しまった!」


ジルメイダは、リュシアを守るため、彼女を強く後方へ突き飛ばした。


「きゃあ!」


リュシアは、木の家の部屋の中に飛ばされた。


そして、ジルメイダは、一匹のバニップに腕を咬まれた。


苦痛に顔を歪める。


「―――くっ!」


そして、後の2匹が彼女の頭と足に向け、クチバシを大きく開いて、襲ってきた。


(―――これは……)


窮地に陥ったベテランのバルガの女戦士は、瞬時にどうするか考え、そして何をすべきか、その答えを出した。


(倒すさ……―――この程度の敵!!)


そう、自分は宿敵デュラハンと戦わねばならないのだ。


「こんな魔物程度で苦戦など、してはいられない」と彼女は強く思った。


ジルメイダは片腕を咬まれながら、もう一方の手で剣を握りしめると、力強く飛び上がった。


そして、彼女の足元へ襲ってきた敵の攻撃を避けると、頭上の敵に鋭い突きを放った。


「―――ハアッ!」


バニップは、喉元を貫かれた。


そしてジルメイダは、間髪を入れずに力を込め、敵の首を切り裂くと、そのまま、自分の腕を咬んでいるバニップにも、剣を振り下ろした。


「喰らいな、―――トリ頭!」


一瞬で2匹のエレメンタル・バニップは、頭を落された。


木の板に水が広がると、コアである石が2個転がった。


ジルメイダは、すぐに石の所へ向おうとした。


しかし体が、一瞬だが痺れ、硬直するのを感じ、動きが止まってしまう。


(足にもきてたみたいだね……想像以上に抵抗が落されていたってことかい……)


ジルメイダが動きを止めたとき、最後のバニップが体を使って、石を水に跳ね飛ばした。


「―――やられた……」


小さな小石が水の中に落ちる音がした。


敵とジルメイダは、一対一になった。


彼女はバニップを警戒しながら、石が落ちた水面を一瞬見た。


(もう泡が出始めている……さっさとやっちまわないと不味いね……だが……)


ジルメイダは敵を見た。


(こいつは一番素早くて厄介な奴だ……どうするかね……)


考えていると、突然後ろからリュシアが現れた。


彼女はすぐに反応し、リュシアに声をかけた。


「リュシア、下がるんだ!」


「あたしが、魔法をしてみる!」


リュシアはメイスに魔力を込め、ファイアーボールの魔法を放った。


「(魔力をいっぱい込めて撃てば………)―――敵に炎の一撃を!」


ヴァベルの娘が放ったファイアーボールは、彼女の頭よりも大きかった。


そして放たれた炎の玉は、敵に見事着弾した。


バニップの上半分、全てを炎が包み込む。


魔物は、少し掠れたカラスのような声を上げた。


水が沸騰するような音が一瞬出た後、何かを焼くような音に変わり、大量の水蒸気が立ち上った。


ヴァベルの娘が放った魔法の威力は、炎で包まれたバニップの体の部分が小さくなるほどだった。


ジルメイダは目を見張り、驚いた。


「………なんて魔力なんだい……敵が小さくなっちまってるよ……」


リュシアは軽く息を切らせながら、その場に座り込んだ。


「はぁ……はぁ……ちょっと疲れた……」


バルガの女戦士は動いた。


「―――リュシア、良くやったよ!」


一気にけりを付けるため、ジルメイダは素早く敵に近づくと、飛び上がった。


そして剣を振るった。


「―――ふんっ!」


しかし、敵はリュシアが魔法を放つ前に水球を放とうとしていたため、口に水を蓄えていた。


ジルメイダが空中で、剣を振る寸前に、エレメンタル・バニップは、その水を放った。


そして、それは小さくなった体に、反動を起こさせていた。


バニップは、水球を放つと、後方へ頭を動かすことになった。


バルガの女戦士は、悔しそうに顔を引きつらせた。


(―――ちっ!)


ジルメイダの剣は空を切った。


そしてバニップは、そのまま水の中へ仰向けに倒れ込む。


水しぶきが上がった。


そして、攻撃を外したジルメイダは着地した。


すると、リュシアが水面を指差しながら叫んだ。


「ジルメイダ、気をつけて!」


彼女が着地すると同時に、水の中から、先ほどコアになっていた2匹のバニップが元に戻っていた。


ジルメイダの目の前に、水をほとばしらせる2本の柱が出現した。


現れた敵を見ながら、ジルメイダは考えていた。


(こりゃ、不味いね………あれを……使うか?……)


しかし、これ以上、彼女に考えさせる暇を敵は与える事無く、大きくクチバシを開け、同時に噛み付いてきてきた。


ジルメイダは左右の頭上から襲ってきた敵を、目だけを動かし、一瞬、素早く見た。


(右側がいいか……)


そして彼女は肩を硬化させ、敵の側面に近づくと、チャージをかけ、右側のバニップを跳ね飛ばした。


「―――はっ!」


敵を跳ね飛ばすと、すぐにジルメイダは後方から襲ってくる敵に備えるために剣を両手で握りしめながら振り向いた。


振り向くと、大きなクチバシを開けたバニップが、目の前にいた。


彼女は剣を上段に構えると力強く、敵の頭目掛け、武器を振り下ろした。


「―――はあああああっ!!」


バニップの頭部は、縦にエレメンタル・コアごと両断された。


斬られたバニップは、瞬時に水に戻ると、その場に流れ落ちた。


そして先ほど、跳ね飛ばしたバニップが、再び彼女を攻撃しようと襲ってきた。


ジルメイダは、敵に対処しようと動いた。


その時、先ほどリュシアから魔法を喰らい、小さくなっていたバニップが水の中から口を開け、現れる。


バニップはフォレシスに入ることで、水を吸収し、元の大きさに戻っていた。


そして、敵は素早く動くと、彼女の両足をクチバシで咥えた。


ジルメイダの足から血が流れる。


(―――くそっ、動けない!)


ジルメイダは、体を動かした。


(足を完全に捕らえられた………)


彼女がもがいている間に、もう一匹のバニップがジルメイダの頭を狙い襲ってきた。


リュシアは、悲鳴を上げた。


「きゃあ!―――ジルメイダ!」


ジルメイダがダメージを最小限に抑えるために、アイアンボディーで凌ごうと思ったとき、ウッドエルフの男の叫びが聞こえた。


「―――ジルメイダ!この剣を使え!」


彼女の目の前の板に、長剣が刺さった。


「………これは!?」


ジルメイダは、すぐにその剣を手に取った。


その時、エレメンタル・バニップが彼女の頭部を丸呑みしそうな勢いで、クチバシを大きく開き、襲ってきた。


(―――少し、遅かったか!?)


ジルメイダはダメージを覚悟し、歯を食いしばった。


すると、ウッドエルフではない、別の人物の声が聞こえた。


「―――ジルメイダ!!」


その人物は、ユラト・ファルゼインだった。


彼は、井戸の屋根に上ると、すぐに砂走りを発動させ、水上を滑り、ジルメイダとリュシアのいる場所へ、たどり着いていた。


ユラトは水しぶきを上げながら、勢い良くジルメイダのいる木の板に到達すると、飛び上がった。


そして、剣を両手で握りしめ、斜めに振り下ろす。


(―――絶対に倒す!)


剣士の青年の振り下ろした刃は、水のキメラの魔物を見事に捉え、胴と頭を切り離していた。


水の塊と粒が辺りに広がる。


水滴一つ一つに夜の月の光が当たり、一瞬輝いた。


そしてバニップの頭部は床に落ち、石がリュシアの目の前に転がった。


リュシアは座ったまま、メイスを水色の石目掛け、振り下ろした。


「―――えいっ!」


石は砕け散った。


そして、ジルメイダの両足を咥えていた、バニップは、新手が来たことを知ると、すぐにバルガの女戦士から離れた。


だが、その時すでに、ジルメイダはツヴァイハンダーを手にしていた。


「………ここまでだ。―――キメラよ!」


ジルメイダは、長剣を最後のバニップに向けて振り下ろした。


バニップは避けようとしたが、長剣にとらえられていた。


そして最後のエレメンタル・バニップは、床に転がる水色の石となった。


最後のエレメンタル・コアを長剣の柄の部分で破壊したジルメイダは、一息ついた。


「………ふう……なかなかの戦いだったね……」


レクスとダリオもユラト達のいるところへ、やって来た。


レクスはユラト達に視線を向けた。


「………大きな問題は無いようだな……」


ユラトは、ジルメイダの足から少し血が流れているのを見つけた。


「ジルメイダ、あし大丈夫!?」


ジルメイダは、そこで初めて自分の足の怪我を見た。


「ん、……ああ、そういや少し喰らっていたね。まあ、時間が経てば治るさ……それより、2人とも、さっきは助かったよ!」


ユラトは靴を脱ぎ、水を出しながら、ジルメイダに話していた。


「ジルメイダが無事だったから、それでいいよ(新しく買った靴が……もうこんなに濡れてしまった……)」


レクスは森を見ていた。


「そうだ、気にするな……」


ジルメイダは、少し冒険者らしくなったユラトを嬉しそうに見ていた。


「ふふふっ………そうかい………」


そしてリュシアは、その場で座りながら、目を閉じ、ヒーリングの魔法の詠唱に入っていた。


(ジルメイダの傷を……)


ダリオは、マナサーチを唱えた。


「………マナよ。四散し、魔力を感知せよ!―――マナサーチ!」


他にバニップや魔物がいないか、彼は周囲を探った。


そして、すぐにダリオはマナサーチを終えていた。


「ここには、もう魔物はいねえみてぇだな………ふぅ……どうなるかと思ったぜ……」


ダリオが一息ついたとき、リュシアが治癒の魔法をジルメイダの足にかけた。


「―――ヒーリング!」


ジルメイダは、笑顔を浮かべながら目を閉じ、魔法の治療を受けた。


そして、ヒーリングの光を見たレクスが、何かを思い出した。


「………そうだ……フォレシスの花を取りに行くのを忘れていた!」


レクスの言葉に、ダリオが強い反応を見せた。


「―――そうだった!忘れていたぜ!お前ら、取りに行くぞ!」


ダリオが水に入ると、レクスとユラトも後に続いた。


そんな男3人の背中に向って、ジルメイダは声をかけた。


「あたしとリュシアは、ここで休ませてもらうよ………はぁ、久しぶりのベッドだったってのに……この有様だ……」


ジルメイダは、周囲を見渡した。


ほとんどの木の家は水に浸かっており、高い位置にあった部屋や階段などは水に浸かる事無く助かっていたが、それもあまりないような状況だった。


そして最後に、リュシアに目がいった。


「……ん?」


「………くぅー………くー……むにゃ……」


リュシアは治癒の魔法を使用した後、すぐに床の上で丸くなり、眠っていたようだった。


「………しょうがない子だ………寝ちまってるよ……」


ジルメイダは静かにリュシアを抱きかかえ、奥の部屋のベッドに彼女を寝かせた。


そして、ジルメイダはツヴァイハンダーを手に取り、見た。


(良く見れば……こりゃ、なかなかの剣だ……買い取ってもいいかもしれないね………)


難しい場面を仲間と共に乗り越え、アイテムも手に入った。


リュシアの寝顔を見ながらジルメイダは、自分の心にぽっかりと空いた大きな穴が、少しだけ埋まったことを感じた。


ベッドの近くの床に座り、剣を置いた。


そして腕を組み、目を閉じる。


(ふふっ……時間が経ってしまったのもあるのか……少しだけ……ほんの少し……なぜか満たされた……それは、あの人を忘れることになりはしないのか………)


ジルメイダは、カーリオと夫が月の石を持って帰ってきた夜の日のことを思い出していた。


自分はミレイを抱きながら、帰宅した2人を迎えた。


その時のムーンストーンの光と同じように輝いていた夫と息子の笑顔。


自分が本当に満たされていたときの事を、彼女は思い出した。


そしてその後、奪われた命。


(いや……あたしの心には消えない炎が、まだ強く残っているんだ……消えるはずがないんだ―――この復讐の熱き炎は!!)


ジルメイダは、部屋から見える夜空の月を見た。


(こんなに綺麗な月を見たからかね……あの日を思い出したのは……まだ旅の半ばだ………だから今は………)


首なし騎士と戦う宿命を背負ったバルガの女戦士は、自らの旅の目的を再確認すると、浅い眠りについた。


ユラト達が水の中に入った時、すでにフォレシスに変化が起き始めていた。


それに気付いたのは、一番最初に水に入ったダリオだった。


「………おい……水位が下がってきてないか?」


ユラトとレクスは、辺りに広がる静かな水面を見た。


「ほんとうだ……確か、胸の辺りまであったのに……」


そしてレクスが言葉を発したときには、水が急速になくなり始めていた。


「………まずい……水が本格的に大地に吸収され始めたようだ!」


ダリオは、悔しそうな表情になり、歩く速度を速めた。


「なんてこった!今度はいつお目にかかれるか、わからないってのによ!」


しかし、途中で思い出した事があった。


(………そうだ)


そして振り返ると、ユラトに向って話しかけた。


「おい、ユラト!」


「はい、なんですか?」


「お前、砂走りを使って、あの井戸まで到達できないか?」


ユラトは表情を曇らせた。


「それなんですけど………」


ユラトは、靴の水を出していた時に、大地の魔力溜まりが無くなっている事に気付いていた事をダリオに話した。


「なんだと……使えねぇな、おい!」


「―――ならば急ごう!」


レクスがユラトの話を聞き終える前に、水に飛び込み、泳ぎだした。


2人も、すぐにレクスの後に続いた。


進む中、ユラトは水が無くなっていくのを感じた。


(フォレシスの水が無くなっていく………急がないと……)


そしてフォレシスの水位は、すぐに彼らの膝ぐらいにまで下がった。


ユラト達は、走って井戸まで向った。


「―――はあ、はあ、はあ」


そして目の前に辿り着いた時には、すねぐらいにまで、水は減っていた。


最初に、そこへ到着したのはレクスだった。


目の前には、光る花があった。


先ほどまでいたスプライトの群れは、すでにいなくなっていた。


レクスはすぐに、フォレシスの花を手に入れようと走った勢いのまま、花のある場所へ手を伸ばし、飛び込んだ。


「―――はっ!(森の秘泉に咲く花よ、我が手に!)」


レクスの手が、花に近づいた。


すると水が先ほどよりも早く、大地に吸収され始めた。


水がなくなり、水面から光る花が露出し出す。


そして、ウッドエルフの男の手に触れるか触れないかぐらいの所で、花は一瞬揺れると、スプライトの光る鱗粉のように、粉となって崩れ飛んでいった。


レクスは握りしめた手を解き、手の平を見つめた。


手の中には、僅かに光る粉のような物があった。


そして、それはほんの少し吹いた夜の森の風と共に、舞い上がると消えていった。


「あと少し………惜しかったか……」


レクスは眉を寄せ、悔しそうに拳を握り締めた。


そんなレクスをユラトは隣で見ていた。


(レクスさんでさえも……手に入れることが出来なかったか……)


そんな2人とは違い、ダリオはすぐに諦めていたようだった。


「やっぱり、無理だったか……途中でそんな気がしたんだ……それによ、ありゃあ、霊的な何かで、実在しないんじゃねえのか?」


ダリオの言葉にレクスは答えた。


「……いや……あれは存在する物だ………私は確かに一瞬だったが、触れることが出来たんだ………だから、あれは存在する。恐らくだが、フォレシスの水の中にのみ、出現するのだろう……」


その話を聞いたダリオは悔しがった。


「なんだよ、そういう事かよ………くそっ!もう少し早く気がついときゃ良かったぜ………」


レクスは、先ほどまで花が咲いていた井戸の周囲を見た。


(………なぜか……あの花が気になる……なぜかは分からんが……。森の中にのみ存在するのなら、また遭遇することもあるだろう……その時こそ………)


ダリオが欠伸をした。


「ふあぁぁー………眠くなってきやがった……俺たちもそろそろ休もうぜ……」


「……そうですね……」


「よかろう……先にお前たちが休め。私は後でいい……」


ユラトとダリオは、レクスに見張りを頼むと、すぐに集落の中で休むことにした。


ユラトは、軽くいびきをかいているダリオの隣で、眠り始めた。


(フォレシスか……俺の知らない事が、まだまだありそうだ……帰ったらエルに話そう……)


そして、その後、何も起こる事無く、夜が明けた。


ユラトが目を覚ましたのは、僅かな煙の匂いを感じたときだった。


体を起こし、背筋を伸ばす。


「んんっ~!」


そして外へ出ると、ジルメイダが集落の広場にテーブルを持ってきていた。


そこには、朝食のスープが置かれていた。


ユラトは、辺りを見渡した。


昨夜、この集落に出現したフォレシスによって、この辺りは、様々なものが、散乱することになっていた。


木の枝や葉、家の中にあった物なども、一部が外に出ており、地面に無造作に転がっているのが見えた。


他にも、フォレシスの水位を示すように、森の木には、その跡が残っていた。


ユラトは、階段を下り、ジルメイダとリュシアがいる所へ向った。


ユラトが到着すると、ダリオが食事を食べ終えたところだった。


「やっと起きてきやがったか……まあいい、さっさと飯を食え」


「はい、どうぞ。ユラトさん!」


リュシアが、湯気の出たスープを持ってきてくれていた。


「……ありがとう」


ユラトは、受け取ると、すぐに食べ始めた。


そこでユラトは、あることに気が付いた。


(あれ……レクスさんがいない……)


ユラトが、その事をダリオに尋ねようとしたとき、ジルメイダが椅子に座り、3人に話しかけてきた。


「さあって……4人集まったところで、今日の予定を話すかね」


ユラトは、レクスの事を尋ねた。


「そういや、レクスさんは?」


ダリオがユラトに答えた。


「あいつは、ペリュトンの干し肉の作業に行ってる。すぐに帰ってくるはずだ……」


「なるほど……」


ジルメイダが話しを続けた。


「……話を続けるよ。朝早く、あんた達が眠っている間、レクスに1人で、この集落の先を見に行ってもらったんだ」


やや興味深そうに、ダリオが尋ねた。


「ほう……それで、どうだった?」


「この森から北西方向に行った所に、僅かだがタンポポの綿毛の様な物が飛び交う所が見えたらしい……」


その話を聞いた3人の表情が曇った。


そしてユラトがジルメイダに尋ねた。


「まさか………フンババの森があるってこと?」


ジルメイダは腕を組み、答えた。


「恐らく、そう言う事だろうね………」


それを聞いたリュシアは、昨日のことを思い出し、顔を青ざめさせた。


「怖い………」


ダリオは曇った表情のまま、呟いた。


「あんな奴とは会いたくねぇ……レジェンドクラスのお宝があっても御免だぜ……」


3人の反応を見たジルメイダは、小さく笑った。


「ふふっ………あたしもあんた達と同じさ………あいつは手強いよ……戦うなら、死を覚悟する必要があるだろうね……そんな相手さ……」


ダリオは、頭を抱えた。


「ふー……絶対にやりたくねぇ……」


「ジルメイダ。止めた方が……」


ユラトがそう発言しようとしたとき、レクスが戻ってきた。


「作業は終わった………昨夜のフォレシスのせいで、ずぶ濡れになってしまっていたからな……しばらくここに置いておけるようにしておいた。戻ったときに、ここですぐに食べられるはずだ……」


ジルメイダがレクスに礼を言った。


「そうかい、そりゃ、助かるね。ありがとうよ」


レクスは、木の机に片手を着けた。


「それで、話は終わったか?」


「今、話ている途中さ」


「そうか……」


そう呟くとレクスは、椅子に座った。


そして、ジルメイダは立ち上がると、4人を見渡すように頭を動かしてから話した。


「………それでだ。あたしらも、あの魔物と戦うほど、馬鹿じゃない。だから、レクスにホークスアイを3つ埋め込んでもらって、あの辺り一帯をデルタエリアにしといてもらったんだ」


「奴との約束もあるしな………」


リュシアは強く口を閉じ、何度も頷いていた。


ジルメイダは、話を続けた。


「ダリオの言うとおりだ。あたしら光の種族が、約束を守るってことをあの魔物達に、知っておいてもらわないとね……」


腕と足を組みながら、レクスが呟いた。


「今日の探索が終わって村に戻ったら、すぐに報告しておいた方が良いだろうな……」


スープを飲みながら、ユラトはジルメイダに尋ねた。


「………じゃあ、今日はどうする?」


「んっ……簡単なことさ。向こうが駄目なら、あっちへ行くまでだ……」


そう言って、ジルメイダは右手の親指を自分の後ろへ向けた。


それは、フンババ達のいる森の方向とは逆の方向だった。


行き先を知ることができたユラトは、スープをすぐに飲み干すと立ち上がった。


「わかった。じゃあ、準備をしてくるよ!」



ユラト達は、これまで拾ってきたアイテムなどを木の家の中に隠すと、集落を出た。


そして北西には、フンババの森があったため、そこを避けるために、北東へ進むことにした。


人とホグミットが薬草を作り、共生している集落があったため、ユラトたちが進んでいると、様々な薬草が生えているのが見えた。


レクスは、それを楽しそうに眺めていた。


「ここは、良い薬草があるな……」


そんなウッドエルフを見たユラトは、彼に近づくと話しかけた。


「レクスさんが知らない物ってあります?」


ユラトにそう話しかけられたレクスは、答えるために、真剣な眼差しで、辺りの草を眺め始めた。


「………そうだな……ふむ……」


「新発見があったら、儲けもんだ。頼んだよ、レクス!」


ジルメイダが、薬草を眺めているレクスの肩を軽く叩いた。


「わかった………気をつけながら歩くか………」


そして、彼らはそのまま、北東へ進んだ。


この辺りの森は、鳥のさえずりの聞こえる、明るい森だった。


日が良く入るようで、一面に膝ぐらいまでの草が生えていて、木々には、苔やツルが巻きついていた。


そのため、美しい新緑の広がる空間が、そこにあった。


その景色のためか、リュシアは気分良く鼻歌を歌いながら、先頭を歩いていた。


「ふっふーん、ふんふん~♪」


そしてしばらく歩いていると、先を歩いていたリュシアが、声を上げた。


「うわー!」


退屈そうに歩いていたダリオが、その声に気づいた。


「………んあ?」


すぐにダリオは、リュシアのいる所まで走った。


「おい、どうした!?」


傍に来たダリオに、リュシアは指で示した。


「あれです!」


ダリオは、リュシアの指の先を見た。


「………どれ……」


辺り一面に、明るい赤紫色の花が咲いている場所があった。


地面が少し盛り上がったところに沿うように、その植物は生えていて、そこに春の朝の光が差し込み、綺麗に咲いているのが見えた。


「なんだ……花かよ……」


その植物をレクスは知っているようだった。


「ラティアン・ミントか………」


ダリオは、期待を込めて聞いた。


「レクス、知っているのか?」


そんなダリオの顔を見たレクスは、少しばかり苦笑してから答えた。


「フッ……ダリオ。言っておくが、これは既に我々の村にもあるものだ。新しい発見ではないぞ」


それを聞いたダリオは興味を失い、歩き出した。


「なんだよ………あるのかよ……ちぇ……」


レクスはラティアン・ミントの傍で跪き、その花を見つめていた。


「だが……これだけ自生しているのを見たのは初めてだ……」


興味を失っていなかったリュシアは、レクスに近づいた。


「これって、どんな使い方があるんですか?」


リュシアに尋ねられたレクスは、ミントの葉を一枚取り、彼女に渡した。


「食べてみるといい……」


リュシアは、その葉を受け取ると、すぐに口の中へ入れた。


「………」


そして噛んだ。


「………あっ!」


リュシアは以外な味に驚いていたようだった。


「リュシア、どうだ?」


レクスに感想を尋ねられたリュシアは、すぐにもう一枚葉を取った。


そして、近くにいたジルメイダにも渡した。


「んっ……あたしもかい?」


「うん……」


ジルメイダもその葉を食べた。


そして彼女も意外な表情をしていた。


「………へぇ……甘辛い葉だ……それとミントの清涼感が合わさって……面白い味だね」


「これは、生ではサラダなどに入れることが出来るし、乾燥させ、お湯に入れれば、茶となる。そしてその時は、もっと香ばしく、ほんのり甘い味の茶になるんだ……」


そして、レクスはあることを思い出していた。


(ラティア……)


それは、兄レファートの恋人のことだった。


彼女は、ラグレスと同じパーティーにいたウッドエルフの女性だった。


そして、彼女は命を失っていた。


その事を兄に告げた時の事をレクスは思い出した。


(………兄さん……)


兄は、ベッドの上でシーツを握り締め、「……そうか」と一言、言ったのみだった。


そして、その時の表情をレクスは生涯忘れないと思った。


(私にとっては、姉のような人だった………)


彼女の名前は、このミントから名づけられていた。


レクスは、一枚葉を手に取った。


そして、その葉を口に含む。


葉から感じる味を、かみ締めながら、自分にとって姉のようだった人の事を思い出した。


兄と彼女から、狩りや文字などを教わった日々。


3人で、森の中や村の湖で遊んだこともあった。


どれもレクスにとっては、大切な日々だった。


(やはり……この味は、あなたそのものだ………辛いと言う厳しさと、甘いと言う優しさ………その両方を持って、私に良く接してくれたことを、私は忘れません……だから……必ず、ハイエルフのいる場所は2人の代わりに私が見つけ出しますよ……)


レクスは、先を歩いている人間たちの後姿を見つめた。


(……私は、彼らと共に先へ進みます………森がある限り……どこまでも……)


レクスは、静かに立ち上がると、ユラト達の後を追った。

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