第二十話 フォレシス
オリディオール島の西側の地域『ラーケル』。
この地域は特に農畜産業などが盛んであった。
中央のアルフィス山一帯に降った流れ落ちる雨と雪解けの水などが入り込むのと、南西と中央辺りにある大きな湖から、この地域のほとんどへ木の根のように張り巡らされた川があり、そこからも水が供給される事で、この地域一帯は水源に恵まれた肥沃な大地になっていた。
様々な穀物や野菜、果物などが育てられ、西の大陸で発見された物もいくつか栽培され、『オリディオールの食料庫』と言われていた。
そして、その中の一つであるラプルと言う果実を育てている者たちがこの地に存在した。
ラーケル地域最大の町、アートスから南の方へ行ったところにその果樹園はあった。
果樹園では、様々な品種のラプルが植えられ、そこで収穫されたその実はオリディオールの人々にとっては無くてはならない存在だった。
日々の生活の中で使われる食材として、多くの人々に愛されている物で、ジャムやお酒、削って料理に入れたり、生野菜と共に食したりと、様々な用途に用いられていた。
今日も朝早く、農園の近くにある大きな館から出て、そのラプルの実を収穫しようとしている者たちがいた……。
「………全く、ガインの奴!!」
家の木製のドアを力強く開け、そう叫びながら外へ出てきたのは、亜麻色の髪の女性だった。
彼女は今、怒りに満ちているようだった。
均整の取れた体型や顔立ちで、現在の自身の心の中にある怒りを、そのまま表現したようなしかめっ面をしなければ、魅力的な女性であっただろうと思わせる容姿をしていた。
歩き方も彼女の魅力を半減させることに一役買っていた。
手を握りしめながら、両肩を上げ、やや鼻息も荒く、少しがに股で地面を力強く踏みつけるようにして歩いていた。
「あぁーんの馬鹿……いつまで遊んでんのよ!!」
その女性の後に続くように、もう1人の人物が大きな家からドアを開け、現れていた。
「セラちゃん、そんなに怒らないで!」
その人物は黒髪でメガネをかけ、三つ編みをし、小柄で地味な印象を与える人物だった。
彼女は怒っている人物に近づき、なだめていた。
「きっと、もうすぐ帰ってくるわ。だから、帰ってきてもそんなに怒らないであげて……」
「だめよ、シェイミー。あいつは甘やかしちゃだめ!今がどんな時期か、あいつも知っているはずなのよ!それなのに……」
この2人は、ユラトと同じ学校の同級生だったセラリス・ウォードとシェイミー・ラウネスだった。
ここは、ウォード家が営んでいるラプルの果樹園。
今、この農園では、ラプル収穫の最盛期を迎えていた。
広大な土地に、様々な品種のラプルが植えられ、この家の者たちによって管理されていた。
そして、ラプルの木々に囲まれるように、ウォード家の家はあった。
白い壁の赤い屋根のある建物だった。
豪華な居間や客室、家族の部屋や使用人たちの部屋を合わせると、かなりの数があった。
家の外に目を向けると、手入れの行き届いた池のある庭が見え、その庭の奥に豪華な装飾が施された馬車や収穫したラプルを貯蔵しておくための建物、いくつかの離れの部屋も見えていた。
そして今日の収穫は、ウォード家が雇った人だけでは足りず、家族や使用人も含めて全員でこの果実を収穫するのが毎年の恒例であった。
しかし、今年は3人ほど、人数が足りなかった。
1人は、ハイエルフの国を探すために、期間限定で探索を許されたガイン。
後の2人は、ガインの兄だった。
長男のポルキンは、北東の大陸に興味を持ったらしく、食や食材を求めて、旅立ったと、一昨日来た手紙にそう書いてあった。
そしてウォード家、次男の名前はニコラス・ウォードと言い、彼は東のバルディバにある学校で経営学を学んでいたため、実家には帰って来れないということだった。
彼は、ウォード家の男兄弟の中で一番のしっかり者で、父親も「この果樹園を継ぐのは、ニコラスだ」と言っていたほどだった。
シェイミーは、握りしめた手を胸元へ当て、外の景色を眺めながらセラリスに話しかけていた。
「……私は、彼が無事で帰ってきてくれればそれでいいの……」
「シェイミー………」
その時、家のドアを開け、出てくる者がいた。
「やあ、お二人さん。そろそろ始めるけど、いいかい?」
一番近くにいたシェイミーが最初に振り返った。
「あ、おじ様……」
「父さん……」
その人物は、ウォード家の主であるフィリップ・ウォードと言う男だった。
彼は、どちらかと言うと、穏やかで争いごとを嫌う男だった。
押しに弱いところがあり、いつも妻の意見を優先させられていた。
そして、困っている人を見つけたら、放っておけない人物でもあった。
また、人を少しだが、からかう癖があり、どこか中年の色気をもった長身の男でもあった。
フィリップは、近くにいたシェイミーに話しかけた。
「シェイミー……私をお父さんと呼んでもいいんだよ?」
「そ、それは……あの……」
突然そう言われたシェイミーは、顔を赤らめた。
まだ、ガインとは付き合って間もなかった。
せいぜい、手を少し握り合った程度だった。
そんなシェイミーを見たセラリスは父に、怒りを込めて話しかけていた。
「父さん!まだガインとシェイミーは、そこまでの仲じゃないの!」
セラリスからそう言われたフィリップは、残念そうな表情になった。
「……なんだ、まだそんなに進んでおらんかったのか………ガインの奴、それなのにシェイミーを置いて行ったというのか……しょうがない奴だな……」
その言葉には、セラリスもすぐに賛同していた。
「そうよ!あいつ、ヴァルブルギスの祭りには、帰ってくるように約束したのに!」
「セラちゃん、きっと色々あるのよ……」
「なあーにがあるって言うのよ!どうせ楽しくて、こっちのこと忘れているんじゃない?」
「そんなことないと思う……向こうの人たちは生活でやっている人たちだから……それを考えると、なかなか抜けられないのかも……ガイン優しいから……」
フィリップは身だしなみを整えながら、体を軽く動かし、2人に話しかけていた。
「ま、息子が無事に帰ってくれば、私はそれでいいがね……」
「はい!」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
彼らが話しをしていると奥から人が現れた。
その人物は中年の女性で、使用人を何人も引き連れて現れていた。
「あなた達、そこにいたのね。そろそろ行きましょう!」
彼女は、フィリップの妻のヘルガ・ウォードと言う人物だった。
ショートカットの清潔感のある感じの女性だった。
今日はラプル収穫のため、日差しを避けるために、袖の長い服と、長めのつばを持った白い帽子をかぶっていた。
「母さん。ガインの奴、放っておいていいの?」
セラリスは、エルフィニアで冒険者をやっている息子の事を、あまり話題にしない母に尋ねた。
「大丈夫よ。ウォード家の男どもは、みんな逃げ足だけは、誰にも負けないわ………ま、手の早い人もいるみたいだけど!」
そう言ってヘルガは目を細め、夫をちらりと見た。
フィリップは、すぐに顔色が悪くなっていた。
「うっ!……」
彼はこのままでは不味いと思ったのか、妻に努めて明るく話しかけた。
「か、母さん。きょ、今日は、収穫には絶好の天気だね!………今日は頑張るかな!」
そう言ってフィリップは手足を激しく動かし、準備運動のようなことをしだしていた。
妻のヘルガは夫が浮気をしたことが未だに許せないようで、たまにこうやってフィリップをチクリと刺す事があった。
幼児だったセラリスについても当初は、よそよそしい態度だったが、彼女の持つ明るさやガイン達兄弟がセラリスとすぐに仲良くなり、家に馴染もうと努力していたのもあって、その姿を見た時、「子供に罪は無い」と思い、母親になる事をヘルガはその時にすぐ決めた。
だから今は本当の母親と娘のような関係になっていた。
(ふふっ……父さんったら、焦ってるみたい)
しかし、そんな父親だったからこそ「自分はこの世に生を受けることができたのだ」とセラリスは思っていた。
(……だけど、女としては……やっぱり裏切りは許せないわよね……)
いつも、母が父に対してそう言った事を言う度に、セラリスは心に葛藤のようなものが生じていた。
そして、その心のモヤモヤを和らげてくれたのが、ユラトだった。
(ユラト……)
彼の事を思おうとしたとき、ウォード家の敷地内に、1頭の馬に乗って入ってくる者がいた。
まだ、朝日が昇っていないため、辺りは薄暗く、それが誰であるのかよくはわからなかった。
そして、その者は馬に乗ったまま、彼らの近くまで来た。
徐々にその人物が見え始める。
(………あれは……)
その者はセラリスたちの目の前に、たどり着いた。
皆、誰であるのかがすぐにわかった。
その人物を見たセラリスは、落ち着いた表情から再び、怒りに満ちた表情へと戻り、肩をわなわなと震わせ始めた。
そして、皆がいる場所とは違う場所へと向った。
シェイミーが嬉しそうに、その人物の名前を叫んだ。
「―――ガイン!!」
それは、ガイン・ウォードだった。
彼はウッドエルフの森から無事に、この地へたどり着けたようだった。
体は全体的に薄汚れていたが、表情はこの家を出るときよりも、活き活きとしており、どこか少しだけ精悍に見え、大人びた印象があった。
ガインは、すぐに馬から降りた。
そしてシェイミーや家族に笑顔で元気に声をかけた。
「みんな、帰ってきたよ!」
そんなガインを見たシェイミーは、すぐに彼の元へ走りよろうとした。
しかし、そこで戻ってきたセラリスが大きな声を出し、ガインに向って何かを投げた。
「こぉらー!ガイン、何やってたー!」
勢い良くそれはガイン目掛けて飛んでいった。
「うわああー!」
ガインは驚き、そしてセラリスが投げた物を避けた。
それは足元に落ち、乾いた音を立てていた。
ガインはそれを見た。
それは木で出来た剣だった。
いつもセラリスとガインが、練習用に使っていた剣だった。
「へぇ、ガイン。避けられるようになったんだ……」
ガインが攻撃を避けた事に、セラリスは驚いていた。
「そ、そりゃそうさ!僕だって……」
「じゃあ、―――これはどう!」
今度は一緒に持ってきた木の剣で、セラリスはガインを攻撃し始めた。
あり得ない家族の歓迎に、ガインは焦った。
「ちょっと、セラリス!」
そしてガインは、自分の足元にあった木の剣を咄嗟に拾うと、彼女の攻撃を防いだ。
セラリスは、またしても驚いた。
「これも……受け止めるなんて……」
(受け止められた………やったぞ!!やっぱり、僕って強くなってたんだ!)
暗黒世界の最前線で戦う冒険者として彼は気付かぬうちに鍛えられていたのだった。
そのことに気が付いたガインは、自信をみなぎらせ、セラリスに言い放った。
「セ、セラリス。僕は、今までの僕じゃないんだ!」
少し強くなった自分をシェイミーに見せたい。
そんな事もあって、ガインは冒険者になって森の中へ入ったのだった。
「……くっ!ガインのくせに生意気!」
セラリスは、本気を出すことにした。
真剣な表情になり、ガインの近くまで低い体勢で走った。
そんな2人を見たシェイミーは、止めようと叫んでいた。
「ちょっとセラちゃん!」
父のフィリップもセラリスの行動をたしなめようと叫んだ。
「おい、セラリス!」
しかし、彼女は止まる事無く、ガインの目の前までたどり着くと、突きを繰り出そうとした。
それを見たガインは、その突きをかわそうと、水平に剣を振った。
「―――はっ!」
しかしセラリスの攻撃はフェイントだった。
彼女はガインの目前で止まり、すぐに後ろに飛んだ。
(まだ、甘いわね、ガイン!!)
そして彼の剣を持った腕を蹴り上げ、そのまま、後方へ回転跳びをした。
着地すると、しゃがんだまま、セラリスは自信に満ちた顔でガインを見た。
いつも2人で剣の練習をしているときは、これでガインの剣は飛んでいた。
しかし、セラリスの表情は一変する。
(―――はっ!)
ガインは彼女の攻撃を耐え、体勢をほとんど変えずに剣を持ったままだった。
そして、打ち上げられた腕を動かし、セラリスに木の剣を振り下ろそうとしていた。
(―――くっ、やるわね!)
セラリスもすぐに、起き上がりながら素早く突きをガインの首元へ放った。
2人の腕は交差する。
「………」
セラリスの突きは、見事ガインの首筋を押さえていた。
しかし、彼女は喜んでいなかった。
なぜならガインの剣もセラリスの首筋をとらえていたからだった。
(……なんてこと……)
ガインが思った以上に強くなっている事にセラリスは驚いていた。
ガインは、セラリスと互角に戦えたことに、喜びを感じていた。
(―――やった!僕は……)
「―――はい、そこまでよ!2人とも!!」
母親のヘルガが叫びながら手を叩くことで、この場の止まった時が再び動き出した。
セラリスとガインは剣を引き合った。
お互い一礼をすると、ここで初めてセラリスは穏やかな表情になり、帰ってきた兄弟に声をかけた。
「お帰り、ガイン……あたしもシェイミーも心配したんだから……」
「セラリス………」
ガインは、普段ならもう少しだけ言ってくる彼女があまり言ってこなかったことに違和感を覚えたが、帰ってきた実感が湧いてきたのと家族やシェイミーに会えたことがうれしくて、笑顔でセラリスに答えていた。
「うん!ただいま!!」
「ガイン!」
シェイミーが嬉しそうに、ガインの元へ駆け寄っていた。
そんなガインを少し離れて、セラリスは見ていた。
(あのガインが……)
セラリスは、ガインの成長を嬉しく思うと同時に、彼を短期間で成長させた冒険者と言うものに興味を持った。
(西の新大陸で、一体どんな旅があったんだろ………冒険者か……ちょっと気になるわね……確か、ユラトも学校を出たら西に行きたいとか言っていたわね……)
そしてフィリップとヘルガが、ガインのもとへ寄った。
ヘルガは、彼の頬を両手で包み込むように触れ、息子の顔を穏やかな表情で見ていた。
「ガイン……少し男らしくなったわね……さっきの戦いぶり、良い戦いだったわ。それでこそ、ウォード家の男よ!お帰りなさい、ガイン!」
「母さん……」
フィリップもガインの肩に手を置き、優しく話しかけていた。
「息子よ、光の種族としての役目、よくやって来てくれた。お前のその成長振り、きっとウォード家の誇りとなる旅となったはずだ。良く帰ってきたな……ガイン!」
「うん!僕なりに、頑張ってきたよ。みんな、ありがとう!」
この場にいる者全員が、彼の帰還を喜んでいるようだった。
そして、使用人の中で一番偉い人物がフィリップに近づき、話しかけてきた。
「旦那様。準備が整いました」
「ああ、分かった」
フィリップは、セラリスやガインたちに声をかけた。
「おーい、みんな。準備が出来たそうだ。そろそろ行こうか」
収穫したラプルの実を運ぶための荷馬車が続々と現れ始めた。
荷馬車には雇われた人がたくさん乗っていた。
皆、フィリップとヘルガに軽く挨拶を済ますと荷馬車に乗り込んでいった。
そして次々とラプルの木が茂っているところへ、荷馬車は向って行くのだった。
セラリスとシェイミーも荷馬車の一つに乗り込んだ。
すると、ガインも2人が座っているところへやってきた。
それを見たシェイミーは、すぐに心配そうにガインに話しかけた。
「ガイン!あなたは冒険から帰ってきたところでしょ。ゆっくり休んで!」
セラリスも同じ思いだった。
「シェイミーの言うとおりよ。あんたは休みなさい」
ガインはセラリスとシェイミーのいる間に座った。
「昨日はアートスで休んでいたから大丈夫だよ。それに2人に遅れた理由について話しておこうと思ってさ」
「……ん。もういいわよ。さっきので無かったことにしてあげる」
「私は、ガインが無事だったからそれでいい……」
「そっか……」
ガインが黙ってしまったのを見たセラリスは、彼が話したがっているような気がし、聞くことにした。
「まあ、そうね……聞いちゃった以上は気になるから言って!」
やはりガインは話したかったのか、笑顔で答えた。
「うん!」
荷馬車は、「ガタゴト」と音を立てながら、道の両脇にラプルの木が茂る、のどかな道をゆっくりと走っていた。
3人は荷馬車の一番後ろで、進む方向とは反対の方へ向いて座り、ガインを中心に、足をぶらぶらとさせながら座っていた。
「アートスと西の新大陸を結ぶ航路にさ、大きな魔物が現れたらしいんだ」
セラリスは話を聞きながら立ち上がると、荷馬車の外へ手を伸ばし、ラプルの実を、いくつか取った。
その実の皮は黄緑色で、良く見ると非常に小さな茶色い斑点が付いた品種だった。
見た目とは違い、中は白く、ラプルの品種の中でも、特に糖度の高い品種だった。
彼女は、それを自分の着ている服で磨きながら、ガインに答えた。
「へぇ、珍しいわね」
人数分取っていたようで、ガインとシェイミーにも一つずつ渡していた。
ラプルを受け取りながら、シェイミーもガインに話しかけた。
「最近は、ほとんどそんな話、なかったのに……」
「うん、それでさ。しばらくその海域に留まっていたらしくて……」
「それで、船が出なかったってこと?」
「うん。ラスケルクからしか、帰れないからね」
「どんな魔物だったの?」
「港の人に聞いたんだけど、大きな背ビレしか見えなかったって言ってたよ」
ラプルの実をかじりながら、セラリスは話した。
「じゃあ、クラーケンじゃないって事か……」
「うん、見えた範囲だけでも相当の大きさだったらしいよ。山みたいだったって言ってた……」
それを聞いたセラリスは、ラプルの実をかじるのを中断した。
「何それ……そんなのもいるんだ……クラーケンやシーサーペントでも、みんな嫌気が差しているのに……海は怖いわねぇ……」
「うん。それで、その後、その魔物はその海域からどこかへ向ったみたいなんだ。とりあえず、人は襲わなかったみたいで、被害は無かったみたい」
ガインの話を聞いて、シェイミーは安堵していた。
「良かった……」
ガインは話を続けた。
「それで、その後、無事に運航が再開して、僕は船に乗ったんだよ」
「何、まだ話しがあるの?」
「うん。それで船は、しばらく順調にラスケルクからアートスへ向ったんだ」
シェイミーは、ラプルの実を両手に握り締めるように持ちながら、ガインの話に聞き入っていた。
「うん……」
「丁度、日が傾き始めたぐらいかな……その時に、船に乗っていた僕らは、『ソードガルフィッシュ』の群れに遭遇して、戦闘になったんだよ」
【ソードガルフィッシュ】
見た目はカジキマグロのような姿で、そこにトビウオのように羽のような大きなヒレの付いた魚の魔物。
角の部分は剣のように鋭く、そして非常に硬く、その部分を使用して攻撃を仕掛けてくる。
威力はかなりあり、大きいものだとレンガで出来た壁を貫くほどである。
高い魔力を持っており、羽根のようなヒレに魔力を消費させることで、しばらくの間だが、空中を飛ぶことが出来る。
水中で力強く、尾で水を掻き、一気に飛び上がって、敵目掛け攻撃してくることが多い。
古代に書かれた記録によると、この魚の群れに襲われ、いくつもの船が沈んだと書かれていた。
また、マーマン達が角を利用し、槍として使っていたと言う文献が存在している。
ガインはそこに居合わせた冒険者たちと共にその魔物と戦った。
「それでね、結構時間が経って、とうとう夜になったんだ」
セラリスは再び、ラプルの実をかじった。
かじられたラプルの実は「シャリ」と言う音を立てていた。
「……ふーん。結構大変だったんだ……」
ガインは目の焦点が定まっていないような表情で話し始めた。
「僕は、その戦いの最中見たんだ……」
ガインの様子が少し違うことに気が付いたシェイミーは心配そうに彼の顔を覗き見ていた。
「……どうしたの?ガイン……」
「遠くの方だったんだけど、飛竜に乗った人が突然上空から急下降してきて現れたかと思うと、剣を抜き放って、海面を切るように剣を振っているのを見たんだ……」
そこでセラリスは興味を示した。
「……何それ。ちょっと面白そうじゃない!」
「だけど、ほんの一瞬の出来事だったんだ……すぐにその人物は飛竜と共に上空へ舞い上がって行って、夜空に浮かぶ雲の中へ消えていったんだよ………」
シェイミーには、その話が信じられなかった。
「ただのワイバーンじゃないの?ほんとに人が乗っていたの?」
「うん……海面を切ったとき、一瞬だったけど剣が光ったのを僕は確かに見たよ……あの人がソードガルフィッシュの群れの中心辺りを切ってくれたおかげで、その後、敵はどこかへ行ってしまったんだ」
「へぇ、良かったじゃない……だけど、気になるわね……」
「うん……後で、他の冒険者の人にも聞いてみたんだけど、僕以外、誰も見てなかったみたいなんだ……あれはなんだったんだろう……」
しばらく3人は無言でラプルの実をかじりながら、考えていた。
食べ終えたシェイミーが最初にガインに話しかけた。
「今は考えても、きっと分からないと思う……だから、助かった事に感謝するだけで今はいいんじゃないかな?……」
「そうね……シェイミーの言うとおりかも……うん!考えてもしょうがないわよ、助かったことに感謝しなさい!」
そう言ってセラリスはガインの肩を軽く叩いた。
「うん……(だけど、あの飛竜に乗った人物が飛んでいったのは、ユラトたちがいる森の方向だったんだ……ユラト……大丈夫だろうか?……そう言えば、二人にはまだ、話してなかったね……)」
ガインがユラトの事を話そうとした時、彼らは目的地へ着いたようだった。
荷馬車が止まり、雇われた人々が荷馬車から降り、準備に取り掛かっていた。
「着いたみたいね……今日は、たくさん取るぞー!」
セラリスが一番最初に荷馬車から降りた。
やる気を漲らせた彼女は腕まくりをして振り返った。
「さあ、2人とも……―――やるわよ!」
ガインは、シェイミーの手を取り立ち上がった。
「僕たちも行こう、シェイミー!」
いつもこういうことに関しては消極的だったガインが積極的になっていたことに一瞬戸惑いを見せたシェイミーだったが、それは喜ばしいことだと彼女は思った。
(ガイン……)
少しはにかみながら彼女もガインに手を引かれ、荷馬車から降りた。
ガインはシェイミーの手を握り締めながら、体だけでなく心の成長も感じ取っていた。
彼はセラリスの後についていきながら色々考えていた。
(これで少しは誰かを守れるようになったかな?……ユラト、僕は無事にたどり着けたよ……セラリスのさっきの顔……きっと冒険者に興味を持ったのかも……だから……今度は3人でまた会いに行くよ!)
ガインはセラリスに話しかけた。
「セラリス、僕、あの森でユラトに会ったんだよ!」
3人の先頭を歩いていたセラリスは、亜麻色の髪を揺らして振り返った。
「ええーー!?あんた、それ先に言いなさいよ!!」
「言おうとしたさ……だけど、あんな歓迎を受けたんだもん……」
シェイミーも驚きながらガインに尋ねていた。
「ガイン、本当にユラト君に会ったの?」
「うん、本当さ!」
「その話、もっと詳しく聞かせなさい!」
そんなセラリスの反応を見たガインは、笑い声を果樹園に響かせた。
「あははは!言うと思った!」
ウォード家のラプルの収穫は例年通り、和気藹々とした中、始まったようだった。
「あーか…………しーろ…………きーい・ろ!」
ようやく朝日が昇ろうとしている森の中、声を響かせて歩いている者がいた。
その人物はこの辺りの風景には、あまり似つかわしくない者だった。
ふわっとした厚みのあるローブに身を包み、栗色の髪でくりっとした可愛らしい目を持った女の子だった。
ここは、エルフィニア大陸にある非常に広大な面積をもつ森林地帯。
ウッドエルフの住む集落もあり、冒険者たちが彼らのために暗黒世界の黒い霧を払っている場所でもあった。
女の子はよく見ると手にメイスを持っていた。
そして先ほどから声を出していたのは、彼女が歩いている場所一面に、様々な色の野イチゴが大量に実っていたからだった。
どうやらその女の子は歩きながら口に出した色の順番に、その実を手に取って食べているようだった。
周囲には赤や白、黄色や黒っぽい色の野イチゴがたくさん実っている。
そして今も、朝露のついた黄色い野イチゴを手に取った。
「これにしよー!」
すると葉や枝に付いていた朝露の雫が跳ねた。
少しだけ彼女の手にかかっていたが、その人物は気にする事無く野いちごを食べていた。
「………うん、美味しい!」
彼女が満足げに言うと、今度は茂みの中から別の人物の声が聞こえた。
「リュシア!あんまり食べると、いざって時に動けなくなるよ。だから、腹の中は常に七分か八分ぐらいにしとくんだ!」
声が聞こえた茂みから続々と人が何人か現れた。
先ほどの女の子に声をかけたのは、白い髪で赤褐色の肌をもった女戦士だった。
そして次に現れたのは、左手の甲に青い模様のある黒髪の剣士風の青年だった。
彼が現れると同時に先ほどの女の子は戦士の女の方へ振り返って答えた。
「大丈夫、まだ4分ぐらいだもーん!」
そう言って次の色の野イチゴを採って食べ始めた。
それを聞いた黒い髪の剣士は呟いていた。
「あれだけ食べたのに……」
彼が呆れて少女を見ていると、後ろから2人同時に男が現れた。
1人は魔道師の男だった。
青い玉の付いたロッドを手に持ち、青緑の帽子と魔道師用のローブに身を包んでいた。
帽子を少し斜めにかぶり、つり目の鋭い目をもった人物でもあった。
もう1人は、森の民と言われるウッドエルフの男だった。
直槍を背中に背負い、エルフらしい細く長い耳を持ち、細身の背の高い人物だった。
そう彼らは、エルフィニア大陸でハイエルフの国を探しているユラト・ファルゼインが所属しているパーティーだった。
ダリオはリュシアを忌々しげに見つめていた。
「馬鹿みたいに食いやがって……ケッ!これだから育ち盛りのガキは嫌なんだよ!」
彼は何かを閃いたらしく、意地悪な表情になった。
「(そうだ!)……へへっ……」
突然走り出し、リュシアの前まで行くと、彼女が採ろうとしていた場所辺りの野イチゴを手当たり次第摘み取り、自らの口へ運んでいた。
「おりゃ!おりゃ!おりゃー!」
自分が今採ろうとしたものまで盗られたため、リュシアは声を上げた。
「あーー!」
すぐに彼女は両方の頬を膨らませ、ダリオを睨みつけていた。
「むぅー……」
彼女の反応に満足したのか、この大人気ない魔道師の男は満足げに口一杯に野イチゴを頬張りながら、笑い声を上げた。
「ふぇふぇふぇ!」
しかし、突然彼の表情は一変した。
眉を寄せ、苦しげな表情になった。
「………―――っ!?………うぇ……すっぺぇ……」
どうやら、手当たり次第だったのが災いしたらしく、甘いものだけではなく、まだ未完熟なものまで口の中へ入れていたようだった。
リュシアはダリオから顔を背けた。
「罰が当たったんです!」
ダリオは吐き出した後、口元を拭きながら座り込んでしまった。
「くそっ!……」
そんな2人の下へ、レクスがやって来た。
「2人とも、あまり無駄に食べないでくれ。森の恵みは、この森全体の生き物で分かち合うのが原則なんだ」
リュシアはすぐに返事を返して奥へ向って走って行った。
「はーーい!」
そんなダリオをユラトは呆れ顔で見ていた。
(ダリオさん………何をして……)
ジルメイダはダリオに向って叫んでいた。
「目的の場所が近いってのに……全く……何やってんだい!!」
ユラトたちは今、冒険者の中で『ラッシュ』と言われる状態の中にあった。
【ラッシュ】
元々は金鉱山などの金脈が見つかり、その金を求めて人々が殺到することをゴールドラッシュと呼んでいた。
しかし、この世界では、いつの間にか冒険者たちが暗黒世界で霧を払っていく中でお金になる物が次々と見つかっていく状態をラッシュを呼ぶようになっていた。
金貨などのお金がたくさん見つかる場合は、その周辺に大量のボーグルが住んでいると言われている。
またアイテムの場合は、ハッグなどがいる場合も多い。
ユラトたちは『アイテムラッシュ』と言う状態の中にいた。
彼らが今いる場所は、ウディル村から徒歩で一週間はかかる場所だった。
この森一帯を覆っていた黒い霧は、かなりの範囲まで払われ、そして調べられていた。
しかし、相変わらずハイエルフの国に関する情報は一つも見つかる事無く、彼らは冒険を続けることになっていた。
今日は昨日と合わせて3つ目の聖石を使用したところだった。
昨日使った聖石で払われた黒い霧の範囲は、かなりの範囲に渡っていたため、丸一日費やすことになっていた。
しかし、様々なアイテムが見つかっていた。
武器や防具、貴金属、高価な雑貨などがあった。
そして今日の朝、先ほど聖石を使用して黒い霧を払い、サーチを試みた結果、この辺りにもいくつかアイテムの反応があった。
しかも、固まって存在しているようだった。
ユラトはダリオに近づき、手を差し伸べた。
「ダリオさん、行きましょう」
「ふんっ!」
ダリオは渋々といった感じで帽子をかぶりなおすと彼の手を取り、立ち上がった。
そして彼らは、目的の場所へと進んだ。
この辺りには、先ほどから実をつけた野イチゴが茂る場所だった。
レクスは、周囲にある野イチゴを見て、何かに気付いているようだった。
(………これは……恐らく、人の手が加えられている場所だ……野イチゴの木の間隔が、人為的なものを感じる……)
朝の光が強くなってきた。
辺りの植物に付着している水滴が輝きを増し、きらきらと朝日によって照らされていた。
ユラトたちは、そんな森の中を歩いた。
そして、目的の場所付近に到着すると、ジルメイダがそのことをダリオに確認していた。
「ダリオ、そろそろ目的の場所辺りだね?」
ダリオは周囲を見回してから答えた。
「ああ……そうだ」
「じゃあ、マナサーチを頼むよ」
ダリオはロッドを手に取り、魔法の詠唱を始めようとしたが、何かを思いついた。
(……そうだ……)
そして、魔法を中断するとリュシアに話しかけた。
「おい、リュシア!お前がマナサーチをやってみろ」
最近ダリオは、リュシアが1人でも生きていけるように、マナサーチの魔法も教えていた。
そして彼女は、マナサーチをなんとか使いこなせるぐらいまで上達していたのだった。
リュシアはメイスを手に取り、返事をした。
「はい!」
そしてリュシアがマナサーチの詠唱を始める。
その様子をジルメイダは、母親の様な表情で見ていた。
(ダリオの奴……ふふ……上手く教えているようだね……しかし……この娘……飲み込みの速さは、かなりのもんだね……)
ダリオは、そんなリュシアを真剣な目で見ていた。
(こいつ……やっぱり俺が思った通り、綿が水を吸収するみてえに、どんどん吸収していきやがる……これが、俗に言う『天賦の才』って奴か……初めて実感したぜ……魔法を覚えるのに俺は、お前の倍以上かかったってのによ………ケッ!)
そしてリュシアは、マナサーチを発動させた。
「―――マナサーチ!」
メイスの先端にあるファルバーンの神像部分から光が四方へ放たれた。
彼女は目を閉じ、周囲の状況を感じていた。
すぐにリュシアのは、何かを感じた。
「………すぐ近くにさっきダリオさんが言ってたアイテムを複数感じます!……えっと……それから……」
そこで彼女の表情が曇った。
「……あっ……なんかいます!そのアイテムの近く……ああっ!こっちに走ってきます!」
ここでサーチの効果は切れた。
リュシアのマナサーチの結果に、他の4人は驚いた。
そしてジルメイダは、すぐにダリオに話しかけていた。
「―――どういうことだい!?」
「俺が調べた時は、アイテム以外何も感じなかったんだが………」
少し離れていたユラトは、ジルメイダやダリオがいる所へ近づき話しかけた。
「ここまで移動しているときに、黒い霧から現れたのかな?」
槍を手に持ったレクスがその問いに答えていた。
「恐らくそうだろう……そろそろ来るのではないか?」
ジルメイダは、すぐに決めていた。
「ここで迎え撃つ!茂みに隠れな!戦いの合図は、あたしが切り込んだら、それが合図だ!」
ダリオは、リュシアと共に、ユラトやジルメイダよりは後方へ隠れた。
そして、大きさについてダリオは尋ねた。
「リュシア、大きさは感じたのか?」
リュシアは、自分が隠れる茂みの前で、メイスを両手で握りしめながら答えた。
「多分ですけど………お馬さんぐらいです……」
それを聞いてユラトは、少し不安に思った。
(結構大きいな………)
すると近くで隠れているジルメイダが、ユラトとレクスに話しかけた。
「あたしが注意を引く、敵の足を狙っておくれ!」
2人は、無言で頷いた。
ここに来るまでにユラトたちのパーティーは、何度か魔物と戦闘があった。
しかし、どれも今回の敵ほどの大きさではなかったため、ユラトは不安に思っていたのだった。
(………一瞬で決まることが多いからな……最初から思いっきり強く、切りつけるか……)
ショートソードを強く握りしめた。
朝の日差しが森の中に差し込み、鳥たちの鳴声もあった。
辺りは、野イチゴと木々の茂る森。
ダリオとリュシアは、魔法の詠唱を始めていた。
そして敵と思われるものは、やってきた。
彼らの目の前の茂みが、ざわついたと思った瞬間、敵は飛び跳ねるように現れた。
(―――来た!)
ユラトが見たものは、初めて見るものだった。
(………あれは……)
その姿は、角を持った牡鹿のようだった。
しかし、通常の鹿とは決定的に違うところがあった。
それは、鹿の背中に二枚の翼があることだった。
大きく立派な牡鹿の象徴である角があり、体は淡い緑色で胸元は羽毛で覆われ、体から翼にかけて色が変わっていき、翼は淡い水色の羽だった。
そして黒い霧の影響からか、真っ赤な瞳をもっていた。
ジルメイダは、すぐに剣を抜き放つと正面へ出て、敵の注目を自分へ向けさせた。
「あたしが、あんたの相手だ!」
そしてレクスが叫んだ。
「そのモンスターは、『ペリュトン』だ!」
ユラトは、ジルメイダに言われた通り、側面から出て、敵の足元を切りつけた。
しかし、「バサッ!」と言う音を立て、ペリュトンは翼を広げ、すでに飛び上がっていた。
その高さは、レクスやジルメイダよりも高かった。
ユラトの攻撃は軽く、かわされた。
しかも、飛び上がるときに、後ろ足でユラトの肩辺りを軽く蹴り上げていた。
ユラトは、後方へ体勢を崩しながら飛ばされそうになった。
「―――くっ!」
彼は、これ以上崩されまいと、剣を地面に刺し、なんとか耐え凌いだ。
敵の跳躍力にユラトは驚いた。
(一瞬で……あんなに高く………)
ジルメイダは、レクスの名を叫んだ。
「レクス!」
ウッドエルフの男は木に飛び上がり、答えた。
「目を見ろ、すでに敵として我々を殺すつもりのようだ。倒しても構わん!それは我々が、肉などを得るときに狩るものでもあるんだ!」
【ペリュトン】
古代にオリディオール島の東に『アトラ大陸』と言う広大な大陸があった。
そこに群れで生息していたと言われている。
見た目は二枚の翼を持った牡鹿。
色は体が緑色で翼は青い。
体は年月が経つほど色が濃くなっていく。
胸元から翼にかけて羽毛が生えている。
人の形の影を持ち、何か生き物を殺すことで、影が通常に戻る。
通常の影の時、ペリュトンは全体の力を上昇させる事ができる。
そしてしばらく時間が経つと、影は再び人の形に戻る。
なぜ影が人の形をしているのかについては、様々な話があり、有力な物としては、はるか遠くへ故郷から離れてしまった人の霊がこの生き物に乗り移り、帰ろうとしていると言う話があった。
魔物図鑑には怪鳥として分類されている。
ダリオがリュシアと共に茂みから現れた。
そして、ダリオが魔法を発動させた。
「―――サンドフェッター!」
ペリュトンが地面に着地すると同時に、砂が一瞬舞い上がったかと思うと、足に纏わり付いた。
ペリュトンは、足を動かし、翼をバタつかせた。
すると風が起こり、地面の砂や落ち葉を巻き上がらせていた。
そんな中、その風を受けながらリュシアが顔をしかめ、ファイアーボールの魔法を放った。
「敵に炎の一撃を!―――ファイアーボール!」
片手でなんとか持てるほどの大きさの火の玉が、魔物へ向った。
リュシアの火の魔法は、見事ペリュトンの頭に命中する。
小さな爆発が起こった。
煙が僅かに出て、それが収まると、ペリュトンの頭部を焦がしていた。
ペリュトンは、馬のいななきような声を出すと、先ほどよりも強く羽根を羽ばたかせ始めた。
「仕留め方は、私が知っている!頭を押さえてくれ!」
レクスが木の上から、そう叫んだ。
それを聞いたジルメイダは、すぐに剣を鞘に収めると、ペリュトンに近づき、角を両手で持った。
しかし、ペリュトンは力強く角を動かし、バルガの女戦士を持ち上げようとしていた。
ジルメイダは、予想を超えた力に驚いた。
「……なんて力なんだい!―――ユラト!手伝っておくれ!」
ペリュトンは、鼻息を荒くさせ、前足を地面に何度も擦り付けていた。
ユラトは、すぐにジルメイダとペリュトンがいる場所へたどり着くと、角の片側を押さえた。
しかし、この牡鹿のような魔物は、頭をすくい上げようと、力いっぱい抵抗してきた。
「ここが踏ん張りどころだ!力を出し続けな!」
ユラトは歯を食いしばりなら、懸命に頭を押さえようとした。
「―――くそっ!凄い力だ………」
ユラトとジルメイダの体が一瞬地面から離れそうになった。
ユラトは思わず声を上げてしまう。
「おっと!……これは……」
その時、リュシアが二発目のファイアーボールを体に放った。
「―――ファイアーボール!」
ペリュトンは、一瞬力を失った。
ユラトとジルメイダは、その隙を逃さず、全体重をかけ、頭を押さえた。
そして頭が地面に近づいた瞬間、レクスが槍先をペリュトンの首に向けながら、木から飛び降りた。
「―――はあ!」
森の戦士の槍は、見事に敵をとらえた。
ペリュトンは、ウッドエルフの男に首を貫かれ、息絶えた。
力が急速に無くなっていくのを感じたユラトとジルメイダは、角から手を離した。
地面に倒れる瞬間のペリュトンの影は人の形をしていた。
ユラトは、倒された魔物を見ながら一息ついた。
「…………ふぅ……」
ジルメイダは、パーティーメンバーの安全を確認すると、先へ進む事を促した。
「みんな大丈夫みたいだね。先へ進むよ!」
ユラトがアイテムが存在している場所へ向って歩こうとしたとき、レクスが彼らを呼び止めた。
「………待ってくれ!」
ユラト達は振り返った。
そして、リュシアが尋ねていた。
「レクスさん……どうしたんですか?」
レクスはペリュトンの亡骸の前で、しゃがみながら話した。
「ペリュトンは、利用価値の高い動物でもあるんだ。肉は食べられるし、羽根は矢羽に使える。それから角は、病気に利き、皮はなめせば良い革の鎧が作れるんだ。だから、とりあえず、肉だけでも手に入れておかないか?」
ダリオは、眉をひそめながらペリュトンに近づくと、レクスに話しかけた。
「こいつ食えるのか?………まあ、鹿肉と思えば、食えるのか……」
レクスは答えた。
「鹿肉と鶏肉を併せ持ったような味だ。干し肉にすると美味いんだ」
それを聞いたリュシアは、嬉しそうにしていた。
「そうなんですか!(ちょっと食べてみたくなった……)」
ユラトは、食料の確保はしておいたほうが良いと思った。
「ジルメイダ、これから先のことを考えると、食料はあった方がいいと思う。村からここまでかなりの距離だし、持ってきた非常食は、出来る限り節約したいしね」
ジルメイダは腕を組み考えていたが、すぐに決めたようだった。
「……そうだね。じゃあ、レクス。悪いけど、その魔物の解体を頼めるかい?」
「ああ、言い出したのは私だ。だが、少し時間がかかる。お前たちは、サーチで感じたアイテムのところへ行ってくれ」
「お宝は手に入るし、肉は食えるし、今日はついてるぜ!ははっ!」
ダリオは、上機嫌になっていた。
そして、ユラトたちはレクスを残し、先へ進んだ。
先ほどと変わらぬ野イチゴが茂る森の中を進むと、草の茂っていない、道のようなものがある場所に出てきた。
ダリオがしゃがんで、その道を手で触っていた。
「こりゃあ、獣道じゃねぇな……」
ジルメイダは、その道を見つめながら、ヴァベルの娘に話しかけた。
「リュシア、アイテムを感じた場所はどこだい?」
リュシアは、すぐに答えた。
「えっと……そっち!」
彼女が指差したのは、彼らの目の前にある道の先にある茂みだった。
ユラトは、リュシアが指差した方向を見ていた。
「この先か……」
そしてダリオが歩き出した。
「よし、お前ら、行こうぜ!」
ユラトとリュシアは返事をし、ジルメイダと共に茂みの中へ入った。
そして、茂みはすぐに途切れていて、そこを抜けると、彼らの目の前に見えたのは、人が住んでいたと思われる集落のような場所だった。
森の中の茂みから突然現れた集落に、ユラトは驚いた。
「これは……」
その集落は、木の中をくり貫いて造ってある家が集まっている場所だった。
ダリオは、一つ一つの家を見ながらユラトたちに話しかけていた。
「こりゃあ……昔の奴らが住んでいた場所だな……」
中心の少し窪んだところに地肌の見えた広間のような場所があり、その真ん中に井戸があった。
そして、広間を囲むように木の家がいくつか存在していた。
木の一本一本は、家になるほどであったため、非常に太く大きな木だった。
そして木の家には、ドアや窓や煙突もあった。
全ての木に、びっしりと濃い緑色の苔が生え、枝にはつる草が撒きつき、小さな赤い花を咲かせていた。
良く見ると、どの木も形に違いがあり、その木の形にそって家は造られているようだった。
ジルメイダもダリオと同じように集落の全体を眺めていた。
「この家のどれかにお宝があるってことかい……ちょっと面倒だね……」
リュシアは、嬉しそうに家を見ていた。
(木のお家!………ちょっと住んでみたい……)
ユラトはダリオに話しかけた。
「ダリオさん、どうします?手分けして探しますか?」
ダリオは、少しだけ考えてからユラトに話しかけた。
「(このガキも鍛えて役に立ってもらわなきゃならねえからな………よし……)その前に、ユラト。今度は、お前がマナサーチをやれ」
ダリオは、ユラトのマナサーチの精度を上げさせておくことも忘れていなかったようだった。
ユラトはその事を理解し、サーチを唱えることにした。
「わかりました。やってみます」
そして、精神を魔法に集中させようとしたとき、木の家がある後ろの茂みが、音を立て始めた。
彼らは、すぐにそこへ視線を向けた。
「………?」
ユラトも魔法を中断し、その場所を見つめた。
「………ん。何かいるのか?」
すると茂みの中から、一匹の魔物が現れていた。
木の家の影で、その姿は良くは分からなかったが、かなりの大きさがありそうだった。
その大きさに気付いた4人の表情が強張った。
「―――こいつは……」
ジルメイダが、叫んだ。
「―――敵だ!!リュシアとダリオは、後方へ!ユラトはあたしの隣に!」
すぐにユラトたちは動いた。
ジルメイダとユラトは剣を抜き放ち構え、ダリオはロッドを手に持ち、後方を見た。
リュシアは、メイスを両手で握りしめながら、魔法の準備にはいった。
謎の魔物らしきものは、ユラトたちに気付いたのか一瞬、動きを止めた。
しかし、すぐにゆっくりと冒険者たちの所へ向って歩いてきた。
どうやら相手は四本足の魔物のようだった。
大きさは馬車ほどの大きさがあった。
そして敵と思われるものの姿が見え始めた。
黒い影から現れたのは、野牛のような姿の生き物だった。
頭には左右に分かれた太く鋭い角、体は黒っぽい緑色で背中には棘のある鱗があった。
顔は獅子に近い顔で、足の指先の爪は鷹のような爪を持ち、鋭い眼差しをユラトたちへ向けながら、現れた時と同じ速度で、ゆっくりと近づいてきた。
ジルメイダは、小さな声でダリオに尋ねた。
「ダリオ、こいつは何か知っているかい?」
ダリオは、顔を左右に振り答えた。
「………わからねぇ……見たことも聞いたこともねぇぞ……」
ユラトは、息を呑んだ。
(………2人は知らないのか……レクスさんがいてくれたら……)
ジルメイダは、この未知の相手をどうするか考えようとした。
そのとき、なんと、この謎の生き物がユラトたちに話しかけてきた。
それは低く落ち着いた太い声だった。
「ふむ……その姿……聞いたことがある……お前たちは………人間と言う奴か?………ここで何をしている?」
4人は、驚いた。
「―――!?」
そしてジルメイダは、苦笑した。
「ふふっ……こりゃあ、たまげたね………人の言葉を喋るってのかい……」
ユラトは、この魔物と戦いになるのなら、強敵になると思った。
(こいつ……高い知性があるのか………)
ダリオも、更なる危険を察知しているようだった。
(魔法も使用してくるかもしれん……こいつぁ………不味いぞ……)
ユラトたちが警戒している中、謎の魔物は先ほどと同じように、落ち着いた声で話しかけてきた。
「もう一度問う………お前たちは何者で、何が目的でここにいる?」
剣を構えたまま、ジルメイダが答えた。
「あたしたちは、人間と言う光の種族だ。目的は、この世界に漂っている黒い霧を払い、光ある世界を再び取り戻すことだ。そのために、冒険者と言う存在になってここまで来たのさ」
謎の魔物は、小さく笑った。
「ふふっ……やはり人だったか。この辺りに漂っていた霧を晴らしたのもお前たちか………」
ユラトが思わず答えていた。
「そうだ!」
そこで謎の魔物は動きを見せた。
ユラトの声に反応し、警戒するのかと4人は思った。
しかし、彼らの予想に反し、魔物はその場に座り込んだ。
そしてユラトに話しかけてきた。
「……若者よ、そういきり立つな。私は、光にも闇にも属さないものだ。だからまずは、武器を仕舞え……それが礼儀ではないか?」
「交渉の余地があるってことかい………いいだろう……みんな、構えを解きな!」
そう言ってジルメイダは、剣を鞘に収めた。
ユラトも剣を仕舞った。
しかし、ユラトはジルメイダが一瞬、視線を送ってきたため、剣をいつでも抜ける状態にしておく事にした。
(油断はできないってことか……いつでも動けるようにしておくか……)
後方にいたダリオがユラトの隣に出てきた。
そして魔物へ向って話しかけた。
「俺らは言ったぜ。今度はそっちが言う番だ。それが礼儀ってもんだろ?」
魔物は、ダリオの言葉を聞き、大きく笑い声を上げた。
「はっはっは!そうだな、人よ。お前の言うとおりだ………我が名は………『フンババ』この集落の奥にある森の木々を守っている番人のようなものだ」
リュシアが怖がりながら、名を呟いていた。
「フンババ?……(この牛さん……怖い……)」
ユラトは、知っていた。
「ファディアスの始まりの伝説に載っていた魔物か……」
【フンババ】
この世界では、背中一面に棘のある鱗をもった緑色の野牛のような姿の生き物。
人の言葉を話すことが出来る。
普段は落ち着いた話し方をする。
ある場所の森の木を守っている。
獅子に近い顔に、鋭い鷹のような爪をもっている。
攻撃は爪の攻撃だけではなく、口から炎を吐く事もできる。
フェイ・ファディアスの初期の冒険譚に現れた。
物語の中では、眠りの花粉を生み出す木『リバンニ』の花粉を手に入れる中で、その森の番人をしていたのが、このフンババだった。
そしてフェイは、花粉を少し分けてくれるように頼んだ。
しかし、フンババはそれを拒否した。
フェイは、恋人を助けるために仕方なく、この魔物と戦うことにした。
その中で、フンババは姿を更に大きく変化させていた。
そして戦いは長時間続き、フェイと仲間は瀕死になるほどだった。
しかし、最終的にはフェイとその仲間によって倒された。
ダリオは目を細めながら、森の番人を見ていた。
(………こいつは、新発見だ………だが……)
新発見とギルドに認定されるには、その魔物を生きたまま捕らえ、連れて行くか、又は、その魔物の特徴を現した部位等を持ち帰らなくてはならない。
証言のみの場合は、その後、誰かがその証拠を持ち帰り、認定された場合にのみ、三分程の報酬が手に入る。
九割七分は、認定者に報酬が入るため、冒険者たちは出来る限り、証拠を持ち帰ることにしていた。
そして今回の場合、持ち帰ることは無理だとダリオは判断したようだった。
(こんな、やばそうな奴………それなりの代償を支払わないと無理だろうな………報酬と被害の収支が釣り合わねぇ戦いは、するだけ無駄だ……)
ジルメイダが、名を名乗った魔物に話しかけた。
「それで、森の番人のあんたが、なぜここに?森を守らなくていいのかい?」
フンババは、蛇のように見える尻尾を軽く振りながら答えた。
「森を守っているのは私1人ではない………私は見たのだ……我が森の周辺に大量のペリュトンが死んでいるのをな………こんな事は、今までなかったことだ。何か嫌な予感がしたので、私1人、生き残ったペリュトンを追ってここまで来たのだ」
バルガの女戦士は、眉をひそめた。
「物騒な話だね……」
「だけど、俺たちは関係はないはずだ」
ユラトがそう答えるとフンババは尻尾を振るのを止め、話した。
「……分かっている。お前たちは、あの黒い霧の中では生きられないのだろ?ふっ………脆弱なものだな」
「じゃあ、さっき私達が倒したペリュトンは、その生き残りなのかな?」
リュシアがジルメイダの後ろに隠れながら、少し顔を出して話していた。
フンババは、そんなリュシアに顔を向けると、話しかけた。
「なんだ、倒してしまったのか………恐らく、その通りだろう……人の娘よ」
「―――ひっ!」
森の番人に見つめられたリュシアは、ジルメイダの後ろに顔を引っ込めた。
「それじゃ、あんたどうするんだい?」
ジルメイダがそう聞くと、フンババは立ち上がった。
「私は、我が森に帰ることにする……これ以上この辺りにいたとしても無駄だろうからな……」
「そうか、なら俺たちは、このまま探索を続けさせてもらうぜ」
「この辺りのことは、お前たちの好きにするがいい………だが!」
そして完全に立ち上がったフンババは大きく目を見開くと、ユラトたちに鋭い眼差しを向けた。
「もし、我々の森に入るのならば………ましてや、木を切り倒そうものなら………」
―――グルルルッ!
フンババは低いうなり声を上げ、口を開けた。
鋭い歯が見え、そして、赤い炎が口から僅かに放出される。
森の番人の突然の豹変振りにユラトたちは武器に手をかけ、警戒した。
「―――っ!?」
炎を口から軽く放出しながら、フンババは冒険者たちに、自らの決意を言い放った。
「その時は覚悟しろ………我が命に代えても、―――その者を討つ!」
剣の柄に手をかけながらジルメイダがフンババの決意に答えた。
「………分かったよ、あたしらは、あんたの森に入ることはもちろん、森にも危害を加えるつもりはないよ。それから、他の人間にも入らないように、ギルドに報告をしておくから、安心しな」
フンババは、片目だけを細くさせ、ジルメイダを見つめた。
「………その約束………本当だろうな?」
ユラトやダリオもフンババを睨み見ていた。
「ああ、本当だ!」
「約束は守ってやる!」
リュシアは恐怖し、ジルメイダの後ろで震えていた。
しばし、3人と1匹は睨みあった。
そして、最初に睨むのを止めたのはフンババだった。
「………その約束、必ず守ってもらうぞ。―――人間よ!」
「ああ、分かってるよ………」
「………それならば、私から言うことは最早ない………この集落も好きにするがいい………私は、そろそろ森に帰ることにする……」
フンババは、自らが現れた方向へ頭を向け、歩き出した。
そして何かを思い出し、振り返えると、ユラトたちに話しかけた。
「我が森は、花粉と胞子の浮遊する森だ………それが見え始めたら、それ以上は近づかぬことだ………」
ジルメイダが去りゆく森の番人に、声をかけた。
「……ああ、しっかりと覚えておくよ!」
「そうか、ならば話はこれまでだ………」
そしてフンババは、もと来た道へ引き返していった。
引き返していく中、フンババは色々と考えていた。
(結局………分からないままになってしまったな………人間か………そう言えば………このまま、奴らがこの辺りの黒い霧を払っていくのなら……会うことになるだろうな……ふふっ……この森の主に………そしてその先の………まあ、私は我が森を守る事だけを考えるか……人よ……気をつけることだな……主ではなく……様々なことにな………)
緊張から開放された4人は、口から深く息を吐いた。
「ふぅー………」
そして少し落ち着いたところで、ダリオが呟いた。
「おっかねぇ、やろうだったぜ……」
リュシアはその場に座り込んでいた。
「怖かった……」
ユラトは、あの魔物と戦わずに済んで良かったと思っていた。
(力強い意志と能力を感じた………とりあずは、このまま探索がやれそうだ……)
「よし、森の番人との話もおわったし、この集落にある物を見てみようじゃないか!」
ジルメイダの言葉を聞いたユラトは、先ほど自分がしようとしていたマナサーチの魔法を再び使用しようと詠唱に入った。
そして、魔法を発動させた。
「―――マナサーチ!」
ユラトは、周囲にある建物からいくつかの反応を感知した。
(結構あるかな………)
そして効果が切れた。
ダリオがすぐに尋ねてきた。
「おい、どうだった?」
ユラトはダリオに話した。
「えーっと、ほとんどの家に、なんらかしらの小さな反応がありました。あと、周囲に魔物の反応はなかったです」
ユラトの言葉を聞いたジルメイダは、すぐに一軒の家に向って歩き出していた。
「じゃあ、みんなで手分けして探すことにするよ!」
ユラトとダリオも、すぐに木の家に向って歩いた。
リュシアは、キョロキョロと周囲を見渡し、そしてジルメイダに向って小走りで近づくと話しかけていた。
「………ジルメイダ」
「ん………どうしたんだい、リュシア?」
リュシアは人の家の物を取ることに、抵抗を感じていたようだった。
「昔の人で……もう居ないのはわかってるけど………でも……こう言うのって………いいのかな?」
その言葉を聞いたダリオが、すぐにリュシアのもとへやって来た。
「甘いこと抜かしてんじゃねぇ!馬鹿か、てめぇは!」
ジルメイダがダリオを止めた。
「ダリオ!………この子は優しい子なのさ」
ジルメイダは、少しだけ優しい表情になってリュシアに話した。
「リュシア、あたしらの目的はなんだい?」
「………黒い霧を払って魔王の存在を確かめることと、私は……ヴァベルの塔を見つけること………」
「その目的を達成するには、それなりの資金と装備が必要だろ?それらは、待っていたって来るもんじゃないし、オリディオール島にある物なんてたががしれてる。魔族ってのは聞くところによると、この上なく残忍で強力らしいじゃないか。あたしらは、それにいつでも立ち向かえる状態にしておかなきゃならないんだ。あたし達は、そうやって生き延びなきゃならないのが現実なんだ。今を生きるために、古代の人々の知識や道具を借りて、立ち向かってこそ、報いることもできるんじゃないか?昔の人々も、闇の種族に立ち向かっただろ。だったら、今のあたしらも、立ち向かわなくちゃいけないんじゃないのかい?」
ユラトは横で聞いていた。
(あんまり、そう言う事考えなかったけど、ジルメイダの言うとおりだ………)
リュシアは、女戦士の言葉に納得したようだった。
「うん………わかった」
「よし、それじゃ、本格的に調べるよ!」
ユラトたちは、別々に木の家の中へ入った。
ユラトが木の家に入ると、思ったよりも広い空間があった。
部屋は一つのみだったが、部屋の真ん中が円形の広間のようになっており、その周囲にある木の壁にそって家具などが所狭しと置かれていた。
「こんな風になってるのか………」
煙突付きの暖炉と規模の小さいキッチン、壁にはフライパンや料理ナイフ、木の壁をくり貫いた棚、そこに本や食器、瓶詰めの何か、鏡のある化粧台、入り口のドアの上あたりには枯れた花束、木の机と椅子があり、その上にはランプや木で出来た人形、鉢植え、小物などがあった。
壁にはしごが架けられ、そのはしごを登ると、天井にあるハンモックにふかふかの布団が敷かれていた。
そしてそのハンモックの横には窓と食器や本、コップを置いておく場所があり、就寝時に夜空を眺めながら飲食をしたり、読書をすることができるように作れていた。
机の隣には、木の棒にかけられた女物の服やコートがあった。
生活感を感じさせる空間だったが、どれも綺麗に管理されているようで、清潔感があった。
そして置かれている物から、どうやら女性が1人で住んでいた場所のようだった。
ユラトは部屋に入り、しばらく眺めていた。
(思ったよりも、綺麗な状態だな………黒い霧にはそんな効果もあるんだろうか……)
窓から、昼の暖かく柔らかい光が部屋に差し込んでいたため、思ったよりも明るかった。
光が当たっている場所を良く見ると、埃や塵が薄っすらと積もっているのがわかった。
机に目がいき、そこへ近づくと、引き出しが開いていた。
そこでユラトは何かに気付いた。
(………ん、これは……)
開いた引き出しの下には銀貨が零れ落ち、散らばっているのと、何か小さな生き物の足跡のようなものが大量についているのがわかった。
(ボーグルが持っていったのかな?)
ユラトは、落ちている銀貨を拾った。
(ここに住んでいた方………申し訳ないですけど………貰っていきます………その代わり、必ず俺たちは、光ある世界を取り戻します……)
立ち上がり、他に何か使える物はないか、ユラトは部屋を見た。
(サーチで感じた物は、多分あのフライパンとか食器だろうな………そうなると、お金とかはボーグルとかが、どこかへ持って行ってるだろうし……これは、あんまり期待できないのかも………)
ユラトは近くにあった黒いコートを手に取った。
それは、胸元に落ち着いたピンク色のリボンの付いたフード付きコートだった。
そして、あることに気が付いた。
「―――これは!?」
その時、家の外から声が聞こえた。
「リュシア!ちょっと出てきておくれ!」
ジルメイダがリュシアを呼んでいるようだった。
ユラトは黒いコートを手に持って、すぐに家から出た。
そして、家から出てきたリュシアとジルメイダの所へ向った。
ユラトがたどり着いたとき、ダリオも家から出てきていた。
彼の顔を見ると悔しそうにしていた。
「ほとんど役に立たねぇもんばっかりだ………。ハッグやらボーグルに、すでに持っていかれちまってるみてぇだぜ………くそっ!」
そう言いながら、ダリオは片手の手の平の上に金貨を何枚か持ち、空中へ少しだけ何度も浮かせながら、やって来ていた。
ジルメイダがリュシアに顔を曇らせ、話していた。
「ちょっと、あたしじゃ、小さすぎて入りにくい家があるんだ。リュシア、悪いけど、あんたが代わりに入ってくれないか?」
「うん、わかった………だけど、私が最初に入った家も小さかったの……子供だけのお家なのかな?……でも木のパイプが一杯あったし……」
「うーん。どうだろうねぇ……とりあえず、さっさと終わらせたいから、見てくれるかい?」
「うん!」
そんな2人にユラトはコートを持って話しかけた。
「みんな!このコートなんだけど……」
ジルメイダとリュシアが振り返り、ユラトを見た。
「ん、どうしたんだい?」
「あ、そのコート………(リボンが可愛いかも……)」
ユラトは、自分が不思議に思った事を叫んだ。
「暖かかったんだ!」
ジルメイダとリュシアは、お互い目を合わせた後、ユラトに話しかけた。
「………そりゃ、あんた、コートを着りゃ暖かいだろうさ」
「ユラトさん………それ女の人のですよ?……着たんですか?」
怪訝な表情で見つめられたユラトは誤解されたと思い、少し慌てた。
「い、いや、そうじゃなくて!………さっきまで誰かが着ていたみたいなんだ!」
その話を聞いたダリオが慌てて駆けつけていた。
「なんだと!?」
そして、ユラトからコートを奪い、手に取っていた。
「確かに………暖けぇな……ん?」
「そうでしょ?言っておきますけど、俺は着てませんよ?」
コートの裏側を見たダリオは、何かに気付いた。
「………ああ、そう言うことか……」
「どう言うことなんですか?」
リュシアがダリオに近づき聞いていた。
ダリオは、説明をし始めた。
「これは、魔法の効果でなっているんだ。コートの裏地に、魔法の糸で縫いつけたルーン文字があるだろ」
コートの裏側をダリオはユラトとリュシアに見せた。
そこには、僅かに光るルーンの刺繍が見えた。
ユラトとリュシアは驚いた。
「ほんとだ………」
「じゃあ、良い物ですか?」
コートを元の姿に戻すと、ダリオは話した。
「そうだな……あんまり見ねぇ物だから……まあ、そこそこだろううな………これは、寒冷地仕様のコートだ。お前らも、聞いたことがあるだろ。古代世界の北の果てに、氷で出来た大地がかつてあったと………」
リュシアは、すぐに思い出していた。
「ドワーフの鍛冶師の話。本で読みました!」
彼女の話を聞いてユラトも思い出していた。
「ああ、『鍛冶職人リルディーフ』か……」
【鍛冶師リルディーフ】
氷の魔剣を生み出すために、氷凍石と言う石を探すため、北の氷の大地へ旅立ったドワーフの男の話。
彼は、自分で石選びから剣を作るところまで、全て自身でやることを自らに課していた。
常に納得のいく作品を生み出すことに人生を捧げた人物。
この男が生み出した作品は、ユニークな物が多かったと言う。
どれも、切れ味は抜群で、歴史上の偉人も何人かが、彼の作品を愛用していた。
現存する物では、ギルヴァン・ゾルヴァが持っているダマスカスの双剣『フラガラッハ』などがあった。
物語では、氷の大地で様々な、魔物と戦い、最後には氷竜と出会う。
そして氷竜と交渉の末、彼は無事、石を手に入れ、氷の魔剣を作り出した。
話の中では、氷の大地を1人歩く時と剣を生み出す時、これは彼にとって、同じことのように描かれていた。
それは孤独と自分との戦いの日々だったと言う。
ダリオは、コートをユラトに返した。
「温度を暖かいまま、保っておく事が出来るって事だ。まあ、これから先、標高の高い場所や、冬のために持っておいてもいいのかもな。女物だから……リュシア、お前にどうだ?」
リュシアは、考えていた。
「うーん………もうちょっと考えてもいいですか?」
「ああ、かまわねぇ。だが、村に着くまでには決めておけよ」
「はい」
2人のやり取りを見たジルメイダが叫んだ。
「それじゃ、調べるのを再開させるよ!」
ユラト達は、木の家を調べることを再開させた。
ユラトは、先ほど、自分が調べた家の中を見て回ったが、特にこれといった物を見つけることはできなかった。
そして、その家を出て、リュシアとジルメイダが調べている所へ彼は向った。
「ジルメイダ、どう?」
小さな家の入り口から、頭を入れながら、リュシアに話しかけているジルメイダに、ユラトは声をかけた。
すると、ジルメイダは頭を外へ出した。
「ちょうど良いところに来たよ。あんたも、中に入れるだろ。リュシアを手伝ってやっておくれ!」
「うん、わかった」
ユラトはすぐに、ユラトが先ほど入っていた家の半分ほどの大きさの家の中に入った。
入ってすぐに、角度の急な階段があった。
「これは………狭いな………」
横の幅が、ユラトが肩をすぼめてなんとか登れる程の広さしかない場所で、木を削って作ってある階段だった。
痛みが酷く、一部が崩れている場所があった。
そこを彼は一段一段、慎重に登っていった。
リュシアは、すでに階段を登りきっているようだった。
階段を登りきったところで、座りながらユラトに声をかけていた。
「ユラトさん、あと少しです!」
そしてユラトが、階段の後半に差し掛かった時、階段の一部が乾いた高い音を立てた。
―――バキッ!
ユラトは足を踏み外し、階段から転げ落ちそうになった。
「―――うわっ!」
驚いたリュシアが立ち上がり、声を上げていた。
「ユラトさん!大丈夫ですか!?」
しかし、階段の幅が狭かった事が幸いし、彼は両手で壁に手を付き、なんとか持ちこたえた。
「あぶなかった……」
そして彼は、先ほどとは別の階段に足を付けた。
―――バキッ!
ユラトが、なんとか足を付けた階段も、割れてしまったようだった。
「―――うわああああ!」
彼は、階段から崩れるように落ちた。
入り口にいたジルメイダが、埃がたっている家の中へ顔を入れ、ユラトの名を叫んでいた。
「ユラト!どうしたんだい!」
尻餅をついたユラトは、お尻を擦りながら立ち上がった。
「………あいたたた……」
ジルメイダは、状況を理解したようだった。
「………なんだい……落ちちまったのかい。気をつけるんだよ!」
心配そうにリュシアがユラトを階段の上から見ていた。
「怪我は……大丈夫ですか?」
「大丈夫………それにしても……」
ユラトは、階段を見上げた。
(これは……登るの……大変だ………ん?)
そこで、ユラトは何かに気付いた。
(あれは………)
ユラトの視線の先には、崩れた木の階段があった。
「ジルメイダ!リュシア!何か……あるみたいだ!」
ユラトは、2人の名前を叫ぶと、目の前の階段を素早く登り、崩れた階段の中に手を入れた。
ジルメイダもリュシアも彼の叫びに驚いていた。
「どうしたんだい!?」
「何かあったんですか?」
そしてリュシアの目に、それが映った。
それは、やや横に長い木の箱を、ユラトが抱え込むように持っている姿だった。
リュシアは口を開けて呟いた。
「………あ、宝箱……?」
そしてユラトたちは、階段から下り、外へ出た。
そこでユラトは地面に木の箱を置いた。
箱は、表面が加工されており、つるつるとすべり、艶があった。
それ以外は、特に変わったところはなかった。
ユラトは、一応何か罠が仕掛けられていないか、隣りにいるベテランの女戦士に尋ねた。
「ジルメイダ、これって罠とか無いのかな?」
リュシアが手に持ったメイスで、箱を突付こうとしていたのを、ジルメイダが止めていた。
「リュシア、ここは、あたしに任せな」
リュシは、一瞬「ビクッ」とした後、すぐに無言で頷くと、箱から遠ざかった。
そして、ジルメイダが1人、箱に近づいた。
箱を片手で持ち上げ、全体を撫でるように触りながら、彼女は見ていた。
ユラトは、その様子を黙って見ていた。
(なるほど、ああやってみるのか……)
その時、ダリオが彼らの後ろからやってきていた。
「こりゃだめだな……渋い場所だぜ………ん、」
そして、箱を調べているジルメイダに気が付いた彼は表情を緩ませ、急いでやってきた。
「おいおいおいー!なんか見つけたみてぇだな!」
ジルメイダは、調べ終えたようだった。
箱を地面に再び置きなおすと、ユラトに話した。
「………見てみたけど、これといって……罠はないみたいだね……」
それを聞いたユラトは、すぐに箱に近づいた。
そして箱の前で跪き、蓋に手をかけ、ジルメイダに話しかけた。
「………じゃあ、開けてもいい?」
ジルメイダは立ったまま、答えた。
「……ああ、かまわないよ」
リュシアは期待に満ちた表情で、メイスを握りしめながら見ていた。
(何があるのかなー………)
そして、ユラトは箱を開けた。
どうやら箱は普通の箱だったらしく、何も起こる事無く、蓋は開いていた。
ユラトは、中を覗き込んだ。
「………これは……」
そこにあったのは、革のブーツだった。
やや赤みがかった茶色の革靴で、全体的に綺麗で光沢があり、保存状態が非常に良い物だった。
ユラトは、木の箱からその靴を取り出した。
木の屑が入っていたため、それがパラパラと落ちていた。
「……まだ、誰も履いていないのかな?」
靴の中を見た。
「まったく汚れていない………」
ダリオがユラトに近づき、しゃがみ込んで靴を見た。
「いいもん見つけたな……ちょっと見せてみろ」
ユラトは、ダリオにその靴の片方を渡した。
「どれ………」
ダリオは、片目を閉じ、開いたほうの目で靴底を見た。
そして驚いていた。
「―――おおっ!こいつは、レア物だ!魔法のルーンがいくつか入っていやがるぜ」
「ほんとうですか!?」
ダリオは、自分が知っているルーンを口に出していた。
「ああ………軽量化に………耐久力……衝撃の緩和……それに汚れにくいのもあるな………あとは………」
そしてダリオは、ルーンの一つに関心を示した。
「……ん、なんだこれは……見たことねぇルーンが入ってやがる………緑色だから大地に関係がある物だな……」
ジルメイダが、腕を組みながら嬉しそうにしていた。
「『ユニーク・ルーン』があるのかい………こりゃあ、良い値が付きそうだねぇ」
【ユニーク・ルーン】
通常の魔法の効果とは違う、特殊な効果があるルーン。
これが入っている物を装備すると、装備者は特殊な効果を発揮させる事ができる。
このルーンがある物は、ユニークアイテムに分類されることが多い。
例えばギルヴァンの持っている双剣の灰になり、元に戻る効果、ベルフレードのスティレットになるメイスの効果など、様々なものがある。
ダリオは靴をユラトに渡すと立ち上がった。
「誰かが、装備してもいいのかもな………この大きさだと……俺やリュシアだと大きすぎるし、ジルメイダだと小さいな………ユラト、お前なら、ちょうどいいんじゃねぇか?」
「俺が履いていいんですか?」
「お前が買い取るのなら、履いてもいいぜ?」
ユラトは考えた。
(うーん………冒険者としてやっていくなら、やっぱり良い装備で身を固めておいた方がいいよな……だったら……迷わず……)
ユラトは決めた。
「これ……俺が買い取りします!」
「そうか、なら履いていいぞ」
リュシアが笑顔でユラトに話しかけてきた。
「良かったですね、ユラトさん!」
「うん、早速、履いてみるかな………」
ユラトは、すぐに自分の靴を脱ぎ、新しい革の靴に履き替えた。
履いてみると、その靴は、ユラトの為に作られたのかと思うほど、彼の足にぴったりと入っていた。
(………すごい、ぴったりだ……)
そしてユラトは、立ち上がった。
足を動かしたり、飛び跳ねてみる。
「おおっ!!―――軽い!」
先ほどまで履いていた靴と比べると、遥かに軽かった。
そして着地時にかかる、足の負担も軽減されているのをユラトは感じた。
「………これはいい!」
ジルメイダは、嬉しそうにしているユラトを見ていた。
「ふふっ、そりゃ良かった。だけど、ユニークルーンの効果は何だろうねぇ………」
地面を飛び跳ねていたユラトは、その事を思い出し、動き回るのを止めた。
「………そうだった……もう一つの効果は、何の効果なんだろう……」
リュシアが、箱の底にあった紙を見つけていた。
「―――あ、なんか書いてある紙が!」
「見せてみな、リュシア」
隣りにいたジルメイダが、紙を受け取り、そこに書かれている文字を読んだ。
「なになに………砂走りの靴………この靴には、砂走り効果ってのがあるみたいだね………」
それを聞いたダリオは、くびを傾げていた。
「なんだそりゃ……初めて聞く効果だな……」
気になったユラトは、ジルメイダに尋ねた。
「ジルメイダ、どうやればいい?」
ジルメイダは、紙に目を通した。
「足に意識を集中させて……魔力を靴に消費させることで、発動できるみたいだ………だけど魔力は、その靴でしばらく大地を歩かないと蓄えられないみたいだね……後は、紙が汚れてて良く分からないねぇ……」
「地面を歩くことで自動的に、貯まっていくのか………じゃあ、すぐには使えないってことか………」
すぐにでも見たかったのか、リュシアはユラトよりも残念そうにしていた。
「残念ですね………」
「まあ、どれぐらい歩いたらいいのか分からないけど、出来るようになったらすぐに、リュシアに見せるよ」
「はい!」
そしてダリオが、何かを思い出した。
「そうだ………箱に見とれていて忘れてたぜ………お前ら、この集落がなんの集落だったかが、なんとなくだが分かったぜ」
リュシアがダリオに尋ねた。
「どう言う事ですか?」
ダリオは、先ほど家を何軒か調べる中で、何かに思い当たったようだった。
「ほとんどの家に瓶詰めと、大きな木の棚があっただろ?」
ユラトは思い出していた。
「(確かにあった気がする……)……はい」
「瓶詰めと、棚を調べたら、それは薬草の粉末だったんだ。どれも黒い灰みてぇになって硬くこびり付いていやがったがな……僅かに残っていた匂いで、わかったんだ」
「なるほど……」
ダリオは話を続けた。
「それと、小さい家の中も見て回ったんだが、どこの家にも木のパイプがあっただろ?」
リュシアが思い出して答えていた。
「はい、私がさっきまでいた家の2階にも、パイプが壁に架けてありました」
そして今度はジルメイダがダリオに尋ねた。
「……それで、何がわかるんだい?」
「その2つで俺は、ピンときたんだ。ここは恐らく、人間と『ホグミット』が共に住み、薬草を作って生計を立てていた集落じゃねぇかってな」
【ホグミット】
この世界の古代語で『小さい人』を意味する光の種族。
名前の通り、成人した者でも、人間の半分以下の身長にしかならない。
つぶらな瞳に、少しだけ尖った耳、小さな手足。
彼らは力が弱く、自分たちだけでは生きていけないために、他の光の種族と共に生活することが多かった。
人間と生活することも多かったが、特に仲が良かったのは、ドワーフだった。
大人になったホグミットは、タバコの葉にこだわりを持ち、常に良質の葉を求めることが多い。
そのため、木のパイプをたくさん所持している。
無邪気な性格の者が多く、笑い声を上げ、草原や森など、自然の場所を力いっぱい駆けることが好きな一面を持つ。
手先がドワーフ並みに器用であるため、職人としては、その小さい手を利用したアクセサリーの細工や、裁縫、薬草の栽培や薬の調合、陶器の製造、靴を作ることなどが得意であった。
冒険者としては、スカウトやレンジャー、クレリック、魔道師などが多かった。
また、はみ出し者などは、シーフになったものなどがいた。
有名なものでは、ホグミットのシーフ集団の話が有名なものとしてあった。
他の光の種族の痕跡の発見に、ユラトは驚くと同時に嬉しくも思った。
「ホグミットは、やっぱりいたんですね!」
リュシアも小さい光の種族の事を知っていたのか、嬉しそうにしていた。
(あのちっちゃくて可愛い……奴だよね?………会って見たい……)
ジルメイダが辺りを見回しながら呟いた。
「………だけど、誰も生き残ってはいないみたいだね……」
皆、残念そうに頷いていた。
「うん………」
そしてユラトが探索を再開しようとジルメイダに話しかけようとしたとき、ダリオが喋りだしていた。
「俺はレクスを呼んでくるぜ。お前らは、もう少し調べておいてくれ!」
ジルメイダがユラト達が来た道へ向っているダリオに話しかけた。
「そうだね……使える井戸の水もあるし………ダリオ、頼むよ!」
「ああ……」
そしてダリオは、そこで何かを思い出し、振り返るとリュシアに話しかけていた。
「………そうだ……おい、リュシア!」
ジルメイダと木の家に向おうとしていたリュシアもまた振り返ってダリオに返事を返した。
「えっ………はい?」
そこでダリオが、珍しく照れくさそうに話し始めた。
帽子をずらし、片手で頭をかきながら、リュシアに話しかけていた。
「ちっ……めんどくせぇんだが……まあ、いいか……お前が今進んでいる方の家の裏にもう一つ家がある……そこに、お前がやりたかったことが出来る場所があるから、やりたきゃやれ。ただし、自分で全部準備をするんだぞ!」
突然そう言われたリュシアは何のことだか分からず、キョトンとした表情になっていた。
「え………(なんだろ?………)」
ダリオは照れくさそうにすると、俯き加減に帽子をかぶり直し、すぐにレクスを迎えに茂みの中へ入っていった。
ユラトも何のことか分からなかった。
リュシアに近づき、話しかけていた。
「なんだろうね………リュシア」
リュシアは、なんのことかさっぱり分からなかった。
「さあ………」
そんなリュシアの隣で、ジルメイダは笑っていた。
「ふふふっ………相変わらず、こういうことに関して、あの男は成長がないねぇ……」
笑ったジルメイダを見たリュシアは、何かを知っているのかと思い、彼女に尋ねた。
「ジルメイダ、何かわかるの?」
「具体的に何かは、わからないさ。だけど、あいつの意図している所は、何となくわかるのさ……長い付き合いだからね」
「どういうこと?」
「あの男……さっきにリュシアに少しきつく言い過ぎたって思ったんだよ。それで、詫びのつもりで、あんたに言ったんだろうね」
その言葉を聞いてリュシアは、少しだけダリオを理解したような気がした。
「そうなんだ………」
ユラトは気になったので、リュシアにダリオが言っていた場所へ移動するように促した。
「リュシア、とにかく行って見よう!」
「はい……」
ユラトたちは、ダリオの言っていた場所へ向かった。
そこは、横に枝が広がる大きな木で、外側に木の板で、らせん状の階段が作られており、一番上の所に横に長い大きな樽のような物があった。
ユラトは、木の全体を眺めた。
(大きいな………真ん中に部屋があるみたいだ………なんの部屋なんだろう……)
ジルメイダがリュシアの肩に手を置き話しかけた。
「リュシア、あんたが先に行きな」
「うん………」
リュシアは、神妙な面持ちで、階段を上がり始めた。
すぐに、ユラトとジルメイダも後に続き、上がって行く。
そして、リュシアが、部屋の前にたどり着いた。
部屋の様子を見たリュシアは、嬉しそうに声を上げていたようだった。
「わあー!」
声が階段を上がっている2人にも聞こえていた。
「なんだろう……?」
「ユラト、さっさと上っちまおうか」
「うん」
そしてユラトもたどり着き、部屋に入った。
「………これは………?」
その部屋は、床となる部分を大きく丸く削り取った場所だった。
ユラトは、何の部屋か、一瞬分からなかった。
「何だろ……この部屋……」
リュシアは、嬉しそうに、その窪みの中へ入って、寝転がっていた。
そして、2人を見ると立ち上がり叫んだ。
「あ、2人ともやっと来た!ジルメイダ、お風呂に入れる!」
そこでユラトは、気付いた。
「そうか……ここは、この集落の人々の使っていた風呂なのか……」
ユラトは、水の無い風呂のある部屋を見渡した。
よく見ると部屋の壁の部分に、服を入れる場所や、明かりを灯しておく場所、何か飲み物などを、湯船に浮かべておく、大きな木の皿のような物などがあった。
天井を見上げると、先ほど見えた大きな木の樽のような物が真上にあり、その周りを葉の茂る木の枝があって、その隙間からは空が見えた。
大人が7~8人ぐらいが余裕を持って、入れそうな大きさの風呂だった。
そして、リュシアは、部屋の隅へ向い、そこに置いてあったものを持ってきた。
それは何か草を束ねた物だった。
笑顔になり、目を輝かせながら、それを両手で持ち上げると、ユラトとジルメイダに見せた。
「これって、このお風呂に入れる物だよね?」
それを見たジルメイダが、何かに気付いていた。
「………へぇ、ここにもあるんだねぇ……これは、あたしの住んでいるバルガの里にもあるもんだよ。軽く叩いて、お湯に入れると薬湯に使えるものさ。擦り傷やあかぎれに良く効くんだ……ふふふっ………ダリオの奴、リュシアの為に、頑張ったみたいだね………相変わらずだ……あの男は、はっはっは!」
ユラトは、この風呂に水を満たすのは大変だと思った。
「だけど、この大きさの場所に水を入れるのは結構大変かも………それに汚れているから、少し掃除もしないとだめだ……」
「それなんですけど………あれってなんか関係あるのかな?」
リュシアが彼らの頭上にある、大きな樽のようなものを指差した。
2人は、その場所を見た。
「んっ………あれか……なんだろうね……ちょっと見てみないとわからないね……ユラト、あんた木登り、出来るかい?」
「なんとか、やってみるよ!」
そしてユラトは木の家の壁から木に登った。
登ると、すぐに大きな樽の底に手が付いた。
そのまま彼は、樽に手を付け、辺りを探った。
すると、木の梯子を発見した。
そして梯子から樽の上の部分へ向って登ると、すぐにたどり着くことが出来た。
リュシアが下から心配そうに叫んでいた。
「ユラトさーん!大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫!だけど……これって中は、どうなっているんだろ?」
ユラトは、大きな樽の中を覗いた。
(………あっ!―――水だ!)
樽の中は、この木から落ちた葉が大量に浮いていたが、その隙間から水で満たされているのが分かった。
しかも、樽のぎりぎりのところまであった。
ユラトは下にいるジルメイダやリュシアに向って叫んだ。
「水がたっぷり入っているよ!」
リュシアは、喜んでいた。
「やったー!」
ジルメイダは、一瞬、喜んだ。
しかし、すぐに腕を組み、考えだした。
「………だけど、その水。腐ってるんじゃないのかい?」
それを聞いたユラトは調べるため、水面に大量に浮いている木の葉を手で軽くかき出した。
水面が波打ち、落ち葉と共に水が流れ落ちる。
そして彼は、水の状態を見た。
樽の中に、頭上にある木の葉や枝の隙間から入り込んだ昼の日差しが中に差し込んでいた。
(………透明で………綺麗な水だ……)
樽の中全体が見えるほど、水は透き通っていた。
僅かに青味がかっているほどだった。
そして、樽の底に緑色の苔のようなものが生えていた。
その苔全体に小さい気泡が、いくつか付いており、苔は中が黄色く小さい花びらをもった白い花を咲かせていた。
ユラトは、手で水をすくい匂いを嗅いだ。
「………くんくんっ………(変な匂いはしないな………)」
その事を下にいる2人にも告げると、ユラトは更に辺りを調べた。
すると、下にいるジルメイダが、叫んだ。
「そっちはどうだい!こっちは、この風呂に水を入れる樽の栓を見つけたよ!」
「やっぱり、そっちにあったのか………わかった!下りるよ!」
そしてユラトたちは、樽から水を少しだけ入れると、中の汚れを綺麗にした。
掃除にはレクスが教えてくれた木の皮や、家の中にあったホウキなどを使った。
彼らが掃除をしていると、ダリオとレクスがやって来ていた。
「おう!やってるな、お前ら」
3人がいる場所を見たレクスは驚いていた。
「………これは……面白い場所だ………うまく出来ているな……」
家の全体を手で触っていた。
「………あれは……?」
レクスは、大きな樽の存在に気付いた。
そして、先ほどユラトが調べた所へ、一瞬で飛び上がり、たどり着くと、中を見た。
ユラトはレクスに尋ねた。
「レクスさん!その水って使えますか?」
レクスは答えた。
「底に生えているこの苔は、水を常に綺麗に保っておくことの出来るものなんだ!これは、我々も使用しているものだ!」
レクスは、証明とばかりに手で素早く水をすくい、飲んで見せた。
「………うん……いい水だ……」
「井戸から水を持って来なければならないかもしれない」と思っていた3人は安堵した。
「良かった……」
そして、風呂に水を満たすと、彼らはまだ調べ終えていない家の中を調べた。
しかし、これといってお金になるものや、冒険に役立つ物などを見つけることは出来なかった。
どの家にも、小さな足跡があったため、「恐らく、ボーグル達が持っていったのだろう」と、彼らは結論付けた。
全てを調べ終えた時には日が沈み始める時間であったため、ユラトたちは、今日はここで一晩過ごすことにした。
リュシアとジルメイダは、夕飯の用意と先ほど掃除していた風呂にはいる準備のため、忙しく動いていた。
そして、ユラト達は、薪拾いと他に食べられる食材がないか、集落の辺りを歩いた。
ウッドエルフであるレクスは、次々と食材に使える野草を摘み取っていた。
それを見ていたユラトは感心した。
(流石、森の民と言われるだけはあるな………あの草も食べれるのか……覚えておこう………)
そんなユラトの視線に気付いたレクスが話しかけてきた。
「ユラト、お前とダリオの足元に落ちている木の実は、ペリュトンの肉とあえると臭みも消せて美味しくなるんだ。拾っておいてくれ」
ユラトは拾うことにした。
「はい、わかりました」
ダリオは木の実を一粒拾い上げ、顔の近くまで持ってくると眺めた。
薄い斑模様の先の尖った、指先で摘めるほどの大きさしかないの木の実だった。
「ほう………この実……食えるのか……面倒だが拾うか……」
ユラトとダリオは薪を拾いながら木の実も拾い、自分のポケットの中に入れていた。
そして夕日が沈みかけたころ、ユラト達は集落に戻った。
3人の男たちの腕には、周辺で拾ったものが沢山積み上げられていた。
戻ると、すぐにリュシアがやって来た。
「あの!薪もらっていいですか!?お風呂、あとは火を点けるだけなんで!」
「うん、いいよ、リュシア。俺が運ぶよ」
ユラトは薪を風呂のある場所まで運ぶことにした。
そして、薪をくべ終え、水の張ってある部屋へ行くと木で出来た風呂の床の部分が浮き上がっていた。
それを見たユラトとリュシアは喜んだ。
「ははっ!大きい床板だ。こうなっているのか……」
「ふふっ、楽しみ!」
そこでユラトはリュシアに渡そうと思っていたものがあった事を思い出した。
「……そうだ……リュシア、これ……さっき、薪を拾っているときにレクスさんが教えてくれた物で、拾っておいたんだ。良かったら使って」
そう言ってユラトは、腰に下げていた皮袋をリュシアに渡した。
リュシアはそれを受け取ると、すぐに袋を開き、中を見た。
中を見た瞬間、リュシアは嬉しそうにしていた。
「わー!……良い香り……ありがとうございます!」
袋の中身は、赤やピンクや白の花びらが入っていた。
それは、ウッドエルフの女性たちが風呂や水浴びをするときに、水の中に入れる花々だと言うことだった。
これを入れることで、肌に潤いと、体に良い香りを与えると、レクスが言っていた事をユラトは彼女に話した。
リュシアは、顔を綻ばせながら皮袋に顔を入れて、何度も香りを嗅いでいた。
そんな彼女を見たユラトは、嬉しく思った。
(毎日ダリオさんに厳しく教わっているのに、音を上げず、君は頑張っているよ……だから今日みたいな日があっても俺はいいと思うんだ………たまに、故郷を思い出して、寂しそうな顔をしていたのもあったしね……)
ユラトは、そんなリュシアの事を少し心配していた。
だが彼女は、この森の中で、強く生きることを学んでいるようだった。
そして、それは自分も同じだとユラトは思った。
(楽しく冒険が出来ればいいね………そのためにも……お互い頑張ろう……)
そして辺りは、夜の闇と森の静寂に包まれた。
彼らは、集落の広間に木のテーブルを置き、そこに食事を並べ、食べることにしていた。
静かな森で、僅かに虫の声が聞こえるのみだった。
ユラトは、ジルメイダが作ったペリュトンの肉と木の実をまぶして焼いた肉に、野イチゴのソースをかけたものを食べていた。
木の家にあったフォークを借り、肉を刺すと一気にかぶりついた。
分厚く切られた肉だったが、柔らかく臭みの無い肉でもあった。
口に含むと焼いた肉と木の実の少し焦げた芳ばしい香りを感じた。
そして噛むと肉汁が溢れ出てきた。
野イチゴの甘酸っぱいソースの味と相まって、非常に美味しい肉になっていた。
隣りにいたジルメイダが机に肘を突きながら、穏やかな表情で尋ねてきた。
「………どうだい、美味しいかい?」
「うん、美味しいよ!」
「ふふっ、そうかい………野草と木の実を炒めた物も美味いから食べておくれ」
「うん、食べるよ」
満足げに頷いたジルメイダは、正面に座っているダリオに視線を向けた。
「こりゃあ、うめぇな………うめぇぜ!」
ダリオも肉を口一杯に頬張りながら、美味しそうに食べていた。
(こっちのも、ちゃんと焼けているみたいだね………)
そして彼女は、その隣りに目を向けた。
ダリオの隣りには、机の上で作業をしているレクスがいた。
すでに食べ終えていたレクスは、残った肉を干し肉にするために、植物のツルを使い、肉を結び付けていたのだった。
(流石はウッドエルフ………なれたもんだ………ふふ……)
そして、もう1人の事を思おうとした時、ダリオが話しかけてきた。
「………ジルメイダ、ここの家はほとんどが、まだ使える家ばかりだ。ってことは、ここは、新たな『キャンプ地』になるんじゃねぇか?」
「そうだね………ウディル村から、ずいぶん遠くに来ちまったからね……確かにそろそろ補給地が欲しいところだ………わかった、それじゃ、候補地ってことで、ギルドに言っておくか………」
【キャンプ地】
冒険者の補給地となるのが、キャンプ地と言われる場所である。
暗黒世界の黒い霧を払っていく中で、冒険者は食料や戦利品などの売買、休憩をしたり、緊急の情報などを知らせるために、一定間隔の距離で必要な場所だった。
ウディル村もキャンプ地の一つ。
この発見も報酬が貰えることになっている。
ユラト達から少し離れたところにある木の家から明かりが漏れていた。
リュシアは念願のお風呂に入っていた。
彼女が入っている風呂の湯は薬草によって、淡いエメラルドグリーンの湯になっていた。
そして湯面を花びらが広がり、花の良い香りと共に風呂全体を包み込んでいた。
そこはまるで、春の日差しが降り注ぐ花畑のように鮮やかな色の空間を生み出していた。
彼女はパシャパシャと両足をばたつかせ、風呂の端にたどり着くと、両手で頬杖を付き、窓の隙間から見える夜空を眺めた。
空には明るい月があった。
湯気がふわふわと舞い上がっていき、夜空に浮かぶ月に吸い込まれていくようだった。
彼女は、それを何となく見つめていた。
(遠くに来た……ずっと遠くに……みんな元気かな?………ロゼに、ベル……それからベルのお父さんのアラムさん………他にも一杯……)
部屋の中を漂っていた湯気が先ほどよりも濃くなり、彼女の周囲は白い蒸気に包まれた。
視界が遮られ、外の景色があまり見えなくなってしまうほどだった。
そこで彼女は、視界を遮る湯気に向って、軽く息を吹いた。
「フッ―――」
湯気は聖石によって払われた黒い霧のように、一瞬で払われていった。
そして見やすくなった夜空を彼女は再び見ていた。
(ヴァベルの塔………あるのかな………そこにはファルバーン様以外は何があるのか………だけど……塔自体、無い可能性もあるんだよね……)
リュシアは、すぐに顔を左右に素早く振った。
(弱気になっちゃだめ!みんな、ヴァベルの塔にたどり着くから待ってて!)
リュシアが風呂から上がった後、ユラト達も風呂に入り、旅の疲れを癒した。
冒険者は、暗黒世界を旅する時、常に魔物との戦いと危険な冒険をするだけではない。
今日の自分たちのように、過去の人々の思いがけない、様々な恩恵に預かる時も存在するのだ。
ユラトは、木の家のベッドを借り、そこで仰向けに寝ると、目を閉じ、そう思っていた。
そして、すぐに疲れからか、目蓋が重くなっていくのを感じながら、幼馴染のエルディアの事を考えていた。
(エル……もうイシュト村に帰っているかな?……帰っていたら怒っているだろうな………そっちに帰るの、少し遅くなるかもしれない………ごめん………だけど、俺……ここで知り合った人たちと、もう少し頑張ってみたいんだ………この世界は広くて、見たことも無いことが一杯あって………それは俺にとって新鮮な驚きで、凄く面白いんだ!………俺は、自分の目で世界を見て………そして自分の手で、この呪いを解いてみたいんだよ………だから…………)
ユラトは、久しぶりのベッドでの就寝からか、すぐに深い眠りに付いた。
幼馴染みのエルディア・スティラートの事を思いながら。
ユラトが眠った頃、まだ目を開けている人物がいた。
それはリュシア・ヴァベルだった。
彼女は、ユラトがこの集落にたどり着いたとき、一番最初に入った木の家の中にある、天井近くのハンモックの中にいた。
そして外の景色を見ながら、この家にかつて住んでいたと思われる人物の日記を読んでいた。
この家の女性は、ちょうどリュシアと同じぐらいの歳で、戦火を逃れてきた人物のようだった。
両親を失い、そして何とかたどり着いたのが、この村だった。
彼女は、この村で生きるために一生懸命、頑張っていたようだった。
日記には、彼女の様々な感情が綴られていた。
読んでいくうちにリュシアは、自分と共通する部分も多いことから、彼女に親近感を覚えた。
(あたしと同じだ………この人も、ここで頑張っていたんだ……)
また、ダリオの読みどおり、ここはホグミットと人が生活していた場所のようだった。
彼女の日記に友人として、やんちゃなホグミットの事がよく書かれていた。
(このホグミット………ちょっと悪い奴………けど、憎めない……)
そして最後の所に、彼女の夢が書かれていた。
「もっと広い世界へ出てみたい………一番歳を取ったホグミットのルーボンさんから聞いたけど、世界には、もっと穏やかに生きられる場所があるんだって………はあ……あたしも行ってみたいな……こんな森の中だけじゃなくて、もっと広い世界へ……」
日記を読み終えたリュシアは、外の景色を眺めながら考えていた。
(この人………世界を見てみたかったんだ………私は……そんなのあんまり興味ないけど……)
そして、この部屋にあった寒冷地仕様のコートの事を思い出した。
(そうだ………じゃあ、代わりにあのコートを連れて行って………)
リュシアは、コートを買い取ることに決めた。
(うん、そうしよう!一緒に旅をするときは、色々見せてあげるね………)
そして彼女にも睡魔が訪れ始めた。
(一緒に世界を……旅しよ……)
ヴァベルの娘は、静かに寝息を立てると、黒いコート着て、白い息を吐きながら雪原を走る夢を見ていた。
ユラト達が寝静まったころ、1人レクスだけが見張りのため、起きていた。
彼は、ペリュトンの羽を矢羽に使えるように綺麗に水洗いし、干して乾かしていた。
(ここは……良い森だ………)
そして、それも終わったのでコップに水を入れ、少しずつ飲みながら、辺りを何となく見つめていた。
(そう言えば………ダリオからフンババと言う魔物の事を聞いたが……初めて聞く名前の魔物だったな……帰ったら父と兄にも言っておくか………)
レクスは水を飲み干すと、近くにあった木に素早く登り、すぐに太い枝に腰掛け、両腕を枕にして、木にもたれ掛かった。
そして、目を閉じ、夜の森の中で声を上げている小さな虫の鳴声と僅かに吹いている風によって木々の葉が擦れる音を楽しげに聞いていた。
(森は良い……ここの音もまた、我々の住んでいる森と同じぐらい良い音を出す………)
レクスは、そのまま、うとうとしてしまった。
そして彼が浅い眠りについた時、何か音が出始めていた。
それに気付いたのは、少し時間がたってからだった。
ほんの僅かな音であったため、彼の耳をもってしても感じ取ることが出来ないほど、それはゆっくりと、そしてじわじわと現れ、辺りを包み込んでいた。
ウッドエルフの細く長い耳が、ピンと立った。
「―――んっ!」
レクスは目を開けると、すぐに立ち上がり、木の上から周囲を見渡した。
「―――これは!?」
レクスは目を見張った。
すぐに彼は、他の仲間に知らせるために、大声を張り上げた。
「―――大変だ!みんな起きろ!!」
彼のただならぬ声を聞き、すぐに反応を見せたのはジルメイダだった。
彼女は剣を手に持ち、木の家から現れた。
「―――どうしたんだい!レクス!」
ジルメイダは、外へ出た瞬間、ウッドエルフの男の言っていた異変に気が付いた。
「………なんだい、これは……」
そしてすぐに危険を感じ取った彼女は、レクスと同じように、まだ起きていない仲間へ向って叫んだ。
「ユラト!ダリオ!リュシア!起きるんだ!!」
彼女の叫び声でユラトは目を覚ました。
(んっ………何かあったのか?)
ダリオは、すでに外へ出ていた。
そしてあくびをかきながら、ロッドを手に持ち、ジルメイダの声のした方へ、顔を向けた。
「どうしたジルメイダ、何が………って、おい!なんだよこれは!!」
ジルメイダは、すぐに動いた。
「あたしがリュシアを起こしてくる!あんたたちは、周囲を警戒しておくれ!」
そしてユラトが外へ慌てて出てきた。
「ジルメイダ!何かあった?」
目の前の景色に、ユラトも驚いた。
「………なんだ……これは……?」
なんと、ユラトたちがいる集落全体が水で満たされていた。
すぐにジルメイダがリュシアの名を叫びながら水の中に入った。
彼女のふくらはぎぐらいのところまでの深さの水だった。
水面は月明かりで僅かに光り、地面から盛り上がるように水が動いているようだった。
ダリオがウッドエルフの男に大きな声で尋ねていた。
「レクス!この辺りには、川はなかったんじゃねぇのか!?」
レクスは答えた。
「ああ、お前の言うとおり、この辺りには川はもちろん、池さえもなかったはずだ!」
ユラトが木の家から出て、ダリオやレクスのいる所へ歩いたとき、ある事を彼は感じた。
「………これは……」
そして2人に、その事を知らせるために彼は叫んだ。
「―――水位がまだ上がってます!」
ユラトが叫んだ時には、周囲の水の高さはユラトの腰ぐらいまであった。
レクスは川に手を入れ、水を見た。
「この水………一定方向に流れていない……どういうことだ?」
ダリオは何かに気付き、水に手を入れた。
そして、そのまま頭を水に浸け、地面に手を付けると、何かを確認し、すぐに起き上がった。
「なんだこりゃ……水が……地面から湧き上がってやがる!!」
ダリオの話を聞き、レクスは引っかかることがあった。
(突然、地面から大量の水が湧き上がる現象………どこかで………)
ジルメイダは、リュシアの所へたどり着き、彼女を起こしたようだった。
リュシアは眠い目を擦りながら、木の家の天井近くにあった窓を開け、外の景色を見た。
「………あれ……あたし、木のお家にいて、雪の野原を走って……えっと……あれ……溶けた?」
彼女がいるハンモックの下にいたジルメイダが叫んだ。
「リュシア!緊急事態だ!ちゃんと起きな!」
そこで彼女は、はっとなり、起きた。
「え……ええっ!?」
しばらく記憶を辿っていたレクスは、ようやく何かを思い出し始めていた。
「…………これは、確か……そうだ……あれだ………」
そんなレクスを見たユラトは、気になったので尋ねた。
「レクスさん、何か思い当たることでも?」
レクスは叫んだ。
「恐らくこれは、―――『フォレシス』だ!!」
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