第十九話 ヴァルブルギスの夜 (後編)

クフィンは、エレーナの家から出ると、墓地へ向かった。


しかし、その途中で魔女メディアの言葉を思い出していた。


(そう言えば……ヴァベルの者たちに協力を頼んだはずだったが……一向に連絡が無かったな………確か、彼らが住んでいるのは墓地の近くだったか……なら丁度良い……)


そしてクフィンはヴァベルの教会へ向い、その建物の中で祈っている少年を見つけた。


教会の中には、彼以外誰もいなかった。


「……おい、ヴァベルの者を知らないか?」


クフィンは、光の神ファルバーンの神像の前で祈っている少年に近づき尋ねた。


少年は祈るのを止め、立ち上がるとクフィンに答えた。


「……えっと……どう言った、ご用件でしょうか?」


全身を黒い服で身を包み、手には銀のメイスを持っていた。


「アンデッドの魔物が大勢町に現れたそうだ。ここにも、じきに来るはずだ」


その事を聞いた少年は驚いていた。


「ええっ!……島の中央のこの町にですか!?」


「そうだ」


「どうしよう……父は今、東のバルディバの祭りに行ってまして……(まあ、帰ってきても、きっとお酒いっぱい飲んでいるだろうからなぁ……せめて、ロゼさんが居てくれたら……はぁ……)」


「いないのか……」


「はい……すいません……」


「その服装……お前もエクソシストと言う奴か?」


「えーっと……まあ、一応は……だけど、まだ見習いなんです」


「………そうか。悪魔たちと戦ったことはあるのか?」


「父さんの手伝いで、何度かは……」


「ほう、なら心得はあると言うことだな……よし、お前でもいい、来てくれ。俺の名前は、クフィン・ダルグレンだ。自警団にいたがさっき辞めてきた者だ。理由は聞くな、言わんぞ」


「はあ……僕の名前は、『ベルフレード・アルペティ』って言います。よろしく……」


クフィンはアルペティと言う名を聞いて、白銀のアコライトの女を思い出した。


「アルペティ……」


「父が一応、当主なんです。まあ、ほとんど家にはいませんけど……」


「そうか……とにかく、行くぞ。ベルフレード!」


彼は、父親やロゼリィに言われていた事を思い出し、やることに決めた。


「……はい(僕に出来るのか……凄い不安なんだけど……リュシア姉さんにも言われないようにしないと……ね……よし、やってみるか!)」


2人は、教会を走りながら出て行った。



光が落ち着くと、ベルフレードはメイスを左右に素早く引っ張った。


すると、メイスが溶けるように伸び、そして分かれた。


彼の手には、2本の尖った短剣が握られていた。


(何、あの武器……)


シュリンは、見たことのない武器に驚いていた。


デュランは、彼が手に持つ武器の形状を知っていた。


「ありゃ、『スティレット』だ……すげえな、形状が変わりやがったぜ……」



【スティレット】


短剣の一種。


十字架のような形状で、刃が無い。


その代わり、先端が針のように尖っている。


鎧などの隙間に突き刺すことが出来る。


また、騎士に誇りある死を与えるために、止めに使われることもあったと言う。



少年は、その光る短剣を手に持ち、彼の左右にいたゾンビの頭を刺した。


すぐに魔法が発動し、刺さった部分が発光すると、僅かに膨張し、皮袋に空気を入れすぎた時に起こるような「ボンッ!」と言うような爆発音が鳴ると、一瞬のうちに頭部を破壊した。


そして、彼はすぐに左右の手に持ったスティレットの針ようになっている部分を重ね合わせた。


すると銀の短剣は、最初に見た一本のメイスへと形状を元に戻した。


(―――よし、うまくいった!これなら、なんとか出来そうだ!)


ベルフレードと言う名の少年は、再びグレアハンドの魔法を唱えた。


「―――グレアハンド!」


その様子を見たボルウィンは、感心しているようだった。


(なるほど……あのメイス……1回の魔法で2回分の効果を発揮させること出来るのか……考えてあるな……)


シュリンは、彼の戦い方から、何かを思い出していたようだった。


「クフィンさん、あの人ってひょっとして………」


ゾンビを一体倒したところで、クフィンは、シュリンに答えていた。


「あいつは、エクソシストだ……まだ見習いらしいが……ここに来る途中で、ヴァベルの教会に寄ったんだ。そして中に入ったが……」


「彼しかいなかったと?」


「そう言うことだ……心得があると言うことだったから連れて来た……」


「なるほど……(大丈夫なのかな?……)」


不安に思っている妹とは違い、デュランはボルウィンと同じように感心して見ていた。


(……あれがエクソシストか……始めて見たが……面白れぇ戦い方するんだな)


そして彼らは、大勢現れた腐肉の肉体を持った不死者を本格的に倒し始めた。


オリディオール島の中央にある町、レイアークの町の中にある墓地の敷地内の丘で戦っている者たちがいた。


その丘には白い建物があった。


月の光をその白い建物は、反射し、少しだけ辺りを明るくさせていた。


そして、その明るくなったところで、何人かの人が骨の魔物たちと戦っているようだった。


褐色の肌の戦士の女が両手で長剣を握りしめながら、荒い息を付き、仲間に話しかけていた。


「………はあ……はあはあ……ちょっと不味いことになってきたね……体が重くなってきたよ……」


女戦士の隣にいたのは、朱色のクロークを着てロッドを手に持った優男風の魔道師だった。


彼もまた、女戦士と同じような肌と髪の色をもっていた。


そして、疲労した顔つきで、後ろにいる人物に話しかけた。


「私も魔力を使い過ぎたかもしれません……腕が痺れてきました……エルちゃんは、大丈夫ですか?」


白い髪の優男に尋ねられたのは、青い髪の魔道師の女だった。


彼女は、ちょうど魔法を詠唱し終わったところで、その魔法を放つ相手を睨みつけながら、優男に答えていた。


「さっきのファイアーボールで……」


そこで彼女は、しゃがみ込んでしまった。


彼らは、クリスを追って墓地の奥深くへ向かったエルディアたちであった。


「君、大丈夫か!?」


自警団の男がエルディアに駆け寄ろうとしたとき、建物の入り口にいた人物が彼らの周りにいたスケルトンに命令を下した。


「……邪魔な人間め……殺れ!」


エルディアの周りにいたスケルトン達は、手に木の杖を持っていた。


そして、命令を聞いたスケルトンたちは、握り拳ほどの大きさの火の玉を放った。


ミレイが叫んだ。


「―――みんな、来るよ!」


エルディア達は力を振り絞り、立ち上がると、敵の放ったファイアーボールを避けた。


一発が自警団の男の腕に命中する。


彼の腕が炎に包まれ、一瞬燃えた。


「―――くっ!……」


男は苦痛に顔を歪め、地面に手に持っていたショートソードを落とした。


落とした剣の近くには、別の自警団員が倒れていた。


その人物は冷たい体になっていて、命はすでに無いようだった。


しかし、体には傷一つ無かった。


そして、スケルトンメイジの放った火の玉をなんとか避けることが出来たエルディアも、すぐにファイアーボールの魔法を打ち出し、見事相手を倒していた。


「あれがある限り、うかつに近寄れませんね……」


カーリオの目線の先には、クリスが片手で持っている鏡があった。


鏡は禍々しい赤黒い妖気を放ち、そして鏡の部分から青白い手が出ていた。


エルディアはその手の名称を呟いた。


「カロンの手……」


魔女メディアの手紙に書いてあったセット効果の事で、その手に少しの間触れられると、魂を握りつぶされ、即死すると言うことだった。


倒れている自警団員の男は、その効果によって、冥界へと旅立って行ったのだった。


ミレイが、魔法を使用してくるスケルトンを1体倒すと、視線をクリスの方へ向け、隙を伺っていた。


「―――はっ!………あの鏡を破壊しないとダメだね……」


「私が、なんとか隙を作ってみます!」


詠唱を終えたカーリオが魔法を唱えようとしたとき、後ろから叫び声とうめき声を合わせた様な声が聞こえた。


「……ん?」


その声は、この辺り一帯に響き渡った。


するとエルディア達の体が、重くなるような感覚があった。


声を聞いたエルディア達は、顔をしかめた。


「くそっ!またあいつか……」


ミレイは、その魔物を睨んでいた。


魔物は、どうやら若い女のゾンビのようだった。


ボロボロの布を体に巻き、両手を広げ、声を出すたびに、なぜか体が半透明になっていた。


エルディアが敵の名前を口に出した。


「『バンシー』……」


【バンシー】


ゾンビの一種。


若い女性が死ぬと稀に出現することがある。


特に失恋や裏切りなど、強い思いや恨みを持ったまま、命を失った者がなりやすいと言う。


金切り声、叫び声、うめき声などが合わさったような声を出す。


それらは、若くして命を失った彼女たちの心の叫びだと言われている。


声を出すと体が半透明になり、声を聞いた者の足を重くさせ、自身の移動速度が一瞬増す能力がある。


指には鋭く長い赤い爪があり、攻撃を喰らうと、炎症を起こすことがあるという。


また、その声を聞いた者には死が訪れると言うことや、近しい者に死人が出る時などに現れることもあると言う、様々な言い伝えが残っている。


バンシーが複数現れた場合などは、名のある人物が死ぬときだとも言われていた。



「あいつらから倒す!2人は、クリスの相手を頼むよ!」


ミレイは、バンシーの隣りにいた、スケルトンメイジへ一気に近づき、長剣を真横に振りぬいた。


彼女の剣は、骨の魔法使いの体を捕らえた。


骨の魔物はバラバラに砕かれ、そしてその隣りにいたバンシーにも、ミレイの長剣が襲った。


しかし、バンシーは金切り声を出し、体を薄い色にさせるとふわりと一瞬浮いて素早く移動し、バルガの女戦士の攻撃を避けた。


「ゾンビのくせに素早いね!」


ミレイは、すぐに両手で長剣を持ち、今度は走りながら鋭い突きを放った。


「―――はあっ!!」


するとゾンビの女は、またしても声を出した。


そして、声を利用した素早い回避行動をするかと思われた。


だが、バンシーは前へ進み、ミレイの真横に来た。


(―――何!)


そして腕を振り、攻撃を仕掛けてきた。


バンシーの攻撃は、鋭い爪の攻撃だった。


(……やるね。―――だけど!)


ミレイは自らが放った突きを地面へ向け行い、長剣を大地に刺した。


そして彼女は空中へ飛び上がり、バンシーの攻撃を回避した。


着地と同時に、剣を水平に振った。


バンシーは移動しそれを避け、後ろに回り込むと腕を振り、彼女の露出していた腕へ攻撃をしかけた。


「―――うっ!」


ミレイの腕に、鋭い爪で攻撃された痕ができた。


しかし、彼女はその瞬間を逃さなかった。


ミレイはしゃがみ込んだまま、敵に足払いを放っていた。


そしてバンシーにその攻撃は当った。


すると敵は転倒し、地面に片手をついた。


ミレイは、その隙を逃すまいと長剣を首目掛けて振りぬいた。


そこでバンシーは、一番大きな声を張り上げた。


―――ギギャア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!


すると、彼女の体は、ふわりと一瞬宙に浮き、ミレイの攻撃をかわしていた。


若きバルガの女戦士は大きな声に顔をしかめながら、驚いていた。


「……なんて……奴なんだい!」


そして、バンシーは両腕をミレイへ向け、伸ばしてきた。


首を掴れ、爪がめり込んだ。


「う、ううう……」


一瞬、意識を失いそうにミレイはなった。


そして、バンシーが腐って醜くなった顔を近づけてくる。


強い腐臭を感じた。


「―――くそっ!」


そして、バンシーが噛み付こうとした時、ミレイは長剣を手放し、敵の頭を殴りつけた。


「―――はあ!」


ゾンビの女は飛ばされた。


ミレイは匂いと苦痛から不快感をあらわにしながらも、己の未熟さを実感していた。


「はあ……はあ……あたしは、ほんとにまだまだ未熟なんだね……まだ母さんのようになるには程遠いね……」


そして彼女は首や腕から血を流しながら長剣を手に取り、立ち上がった。


「……だけど、必ず……たどり着くよ!」


敵を睨みつけ走ろうとした、その時、爆発音と共に連続で炎が辺りに立ち上がっていた。


「―――これは!?」


振り返ると、エルディアたちがクリスとスケルトンメイジの集団と魔法を撃ち合っている姿が見えた。


(さっさと終わらせないと不味いね……)


ミレイは、再び攻撃を開始した。


今度は、勢い良く回転しながら、敵に近づいた。


案の定、敵は声を出し、後方へ退いた。


ミレイは、その退いた場所へ向け、長剣を投げた。


しかし、僅かに攻撃は逸れバンシーの足元へ剣が刺さった。


そして、ミレイは素手のまま、相手に近づいた。


バンシーは近づいてきたミレイに、爪で攻撃を仕掛けた。


そこでミレイは肩を硬化させ、突撃をかける『チャージ』と言う戦士の技術を使用しバンシーに当たり、敵を宙に浮かせた。


バンシーは声を出した為に、更に宙に浮いた。


そしてミレイは、敵を正確に捉えていた。


(―――これを逃すことはしない!)


彼女は声を張り上げながら、長剣を地面から空へ向けて振り上げた。


「―――はああああ!」


ミレイに向け手を差し出しながら、バンシーは頭部と腕を胴体から切り離された。


そしてミレイは、その時あるものを見た。


(……ん、)


それは飛ばされていくバンシーの顔の表情が、穏やかになっていくのを彼女は見た。


アンデッドになってしまった彼女は、ようやく元の遺体へと戻ることができたようだった。


本人の意思に反して甦ってしまったこの魔物が、再び安らかに眠れることを願いながら、ミレイは家族の事とその宿敵のことを思った。


(悪いね……だけど、あたしは、ここで死ぬわけにはいかないんだ……絶対にね……)


そして、ミレイはすぐに気を取り直し、エルディアと兄のいるところへ向った。


(―――そうだ、2人のところへ……)



バンシーの声の効果が薄れたことによって、エルディアたちは、魔法の撃ち合いに集中することができていた。


足が軽くなったのを感じながら、墓石を利用しながら、敵の攻撃を避け、クリスの周りにいる骨の魔法使いたちを倒していた。


そして、団員の男が当初は3人ほどいたのだったが、1人は魔法を喰らい負傷したため、後方の墓の近くに寝かせ、もう1人は隙を見てクリスに近づいたもののカロン手によって、命を失っていた。


だから団員は、1人になっていた。


彼が上手く敵の攻撃を自分に向けさせていてくれたため、エルディアとカーリオは、魔法を使用することに専念できていたのだった。


しかし、その団員の男もついに魔法を喰らい、後方に下がることになっていた。


そして、カーリオが今、敵の攻撃をひきつけながら戦っていた。


荒い息をつきながら、バルガの魔道師は、必死に逃げながら戦っていた。


「はあ……はあ……クフィンに言われたとおり、鍛えておくべきでしたね……そろそろ限界がきそうです……」


カーリオは、クリスを見た。


スケルトンメイジに守られながら、悪魔に乗っ取られたクリス・ヴィガルは、白い建物の中に入ろうと扉の前で、魔法を唱えているようだった。


エルディアが、ロックシュートの魔法を放ち、カーリオの横に来ていた。


「カーリオ、あの建物の中って何があるの?」


「エルちゃん、ここは危険ですよ……まだ少しぐらいなら……」


「私も、なんとかやってみるわ。カーリオは少し休んで……」


「そうしたいのは、山々なんですが……あなたにもしもの事があったら……」


クフィンのことがカーリオの頭には浮かんでいたが、彼女の事を思い、彼は別の人物の事を尋ねた。


「この事が終わったら、故郷の人に会うのでしょ?」


エルディアは、ユラトを思いながら答えた。


「……うん(ユラト……)」


「でしたら……」


そこで、エルディアは力強く杖を握りしめ、後ろに引く事無く立ち上がった。


「―――だったら、頑張ろう!それに、的は2つあったほうが絞りにくくていいわ」


そして、敵を警戒しながら魔法の詠唱を始めた。


彼女は、カーリオと共に前線で戦いを挑むことに決めた。


「エルちゃん……」


カーリオが、エルディアを後ろに下がらそうとしたとき、ミレイが敵に切り込みながらやってきた。


「2人とも、待たせたね!」


カーリオは、現れた妹を見て、目を輝かせて喜んでいた。


「―――おおおっ、我が妹よ!今日は女神のように見えますよ!」


「狂神フュリスのようだと言って欲しいね!」


「ふふ……そうでしたね……ははっ」


妹の言葉を聞き、カーリオは少し元気を取り戻した。


そして、あの白い建物について話した。


「2人とも、聞いてください。あの白い建物の中には、この町の名士が埋葬さているんです」


「名のある人々………」


「そして、その中には歴代の魔法学院の学院長などが埋葬されていたはずです」


ミレイは、敵の攻撃を引きつけながら、カーリオの話を聞いていた。


「それがどうしたって言うのさ!」


そこでエルディアは、気付いた。


「―――そうか。もし、その人たちが甦ったら……」


「そうです、歴代の魔法学院の学院長は、ラドラー学院長と違い、かなり魔法に長けた人物だったと聞いています。ですから、その人々が甦ったらのなら、とんでもないスケルトンメイジが現れる可能性があるんです」


その事を想像したエルディアは、更に恐ろしい事に思い当たった。


「……下手をすると、『リッチ』が生まれるかも……なんてこと……」


その名前を聞いたミレイは、知らなかったため、兄に尋ねていた。


「……リッチ?なんだいそれは」


その時、スケルトンメイジの放った魔法が、数発地面や墓石に当たった。


辺りには、再び小規模の爆発音と魔法によって生み出された炎が出ていた。


「ふう……おちおち説明もできませんね……」


そこから上手く逃げたカーリオは、妹に短く説明をした。



【リッチ】


アンデッドの魔道師。


非常に高い知性を持ち、アンデッドの中でも最高クラスの力を持つ。


実力のある魔道師が、ある条件を満たすことで成る事が出来ると言う。


ほとんど魔力を消費する事無く、魔法を使用できる存在でもある。


リッチに関しては様々な伝説が残っていた。


共通しているのは、どの伝説でも一瞬で多くの敵を葬り去っている。


特に有名なのは、たった1人で一つの国を滅ぼし、その後その国を乗っ取り、アンデッドの王国を作り上げた、『リッチキング』の話はオリディオールの多くの人々が知っている伝説だった。


「どうやら悪魔の狙いは、この場所だったみたいですね……」


「そんなやばい奴なら、絶対に止めないとだめじゃないか!」


エルディアは、隠れているとこから少し顔を出し、クリスのいる場所を見た。


クリスは、未だその白い建物の中には、入れていなかった。


入り口の扉の前で、右手の手の平をつけ、目を閉じ、何かをぶつぶつと呟いているようだった。


エルディアはそれを見て、なぜクリスが白い建物にまだ入っていないかを理解した。


「入り口に魔法の封印がなされているみたい……」


カーリオもエルディアと同じようにクリスを見ていた。


「……そのようですね。どうやら、その封印の解除に手間取っているようです」


2人の前に隠れているミレイが叫んだ。


「よし、なら打って出るよ!」


「時間がないようですからね……」


2人の話しを聞いてエルディアも、今しかないと思った。


そしてカーリオに話しかけた。、


「わかった……カーリオ、サンドフェッターをやって」


「わかりました」


「ミレイは、周りのスケルトンメイジを」


「ああ、まかせな!」


「私はクリスのところに、魔力を込めて炎を放つわ。彼を殺したくはなかったのだけど……」


「エルちゃん、仕方ありませんよ。やりましょう……」


「そんな事を言っている場合じゃないさ!」


長剣を手に持ち、ミレイは隠れていた墓石から出た。


そしてエルディアたちは、一気にけりをつけるため、行動を開始した。


まずはミレイが先頭に立ち、敵の注意をひくと、彼らが撃ってくるファイアーボールをぎりぎりのところで避けながら、攻撃をしかける瞬間を待っていた。


すぐに、カーリオの魔法が完成し、彼は発動させた。


「―――サンドフェッター!」


墓地の砂が一瞬舞い上がると、骨の魔道師の集団を捕らえ始めた。


クリスの周囲にいた骨の魔道師は、動きを大きく鈍らされた。


「―――行くよ!」


その様子を見たミレイが動いた。


そして、敵に近づき長剣を振ると、何体かのスケルトンメイジの頭の骨が空中へ飛び上がった。


「よし!これはやれそうですね!」


妹の切れのある動きを見たカーリオは、すぐに次の魔法の詠唱に入った。


そして、エルディアが魔法を完成させようとしたとき、真横から彼女を攻撃しようとしているスケルトンメイジがカーリオの視界に入った。


(―――しまった!範囲外に逃れていたのも、いたようですね!)


エルディアは、魔力を多く込める為に意識を集中させていたので気が付いていないようだった。


カーリオは魔法を中断し、エルディアのところへ走った。


敵の杖に炎が宿った。


炎の大きさからすると、少し大きめのファイアーボールのようだった。


(―――これは……)


それを見たカーリオは叫んだ。


「エルちゃん!避けてください!」


敵が魔法を放った。


「―――えっ!?」


エルディアが隣を見ると、火の玉が飛んできていた。


「エルちゃん!」


カーリオは急いで走り、エルディアを抱え込んだ。


「きゃ!」


炎は2人を襲い、小さな爆発が起こった。


「!?」


ミレイは、後方で起こった爆発に驚いていた。


「―――カー兄!エルディア!」


すぐに彼女は兄のいるところへ向った。


悪魔に乗っ取られているクリスは一瞬、視線を爆発があった場所へ向けた。


「………」


敵が攻撃されたのを確認すると、彼は僅かに口元に笑みを浮かべた。


「フッ……」


クリスは再び視線を元に戻し、封印解除のために魔法を唱え始めていた。


爆発が起こった後の炎と煙が去ると、エルディアを抱え込んだままのカーリオがいた。


彼の体から僅かに煙が出ていたが2人は無事だった。


エルディアは近くにあるカーリオの顔を見た。


「……カーリオ……」


彼は微笑を浮かべた。


「なん……とか……マナシールドで……防ぐことができました……」


どうやらカーリオは自身にかけていたマナシールドを発動させ、攻撃を防いだようだった。


しかし、その代償は大きかったのか、彼の顔は青ざめていた。


エルディアは心配になり、彼の頬に手を付けた。


「―――カーリオ!大丈夫!?」


「あなたが……無事でよかった……すい……ません……あとは……」


そう言うと、カーリオは意識を失い、その場に倒れた。


「カー兄!」


ミレイが、エルディアに魔法を放っていたスケルトンを倒し、近くに来た。


彼女は兄の事を心配し、必死の形相だった。


エルディアは、彼女を安心させようと話し掛けた。


「大丈夫、魔力を使いすぎて一時的に気を失っただけよ……でも……(カーリオ、ありがとう……)」


その言葉を聞き、彼女は表情を元に戻した。


「そう……ならいいけど……エルディア、あんたはまだ戦えるかい?」


「ええ、なんとかやれるわ……」


「よし、ならやれところまでやってみよう!」


エルディアとミレイが、カーリオを団員の居るところへ連れて行こうとしたとき、後方から声がかかった。


「魔道師の彼のことは、我々にまかせてくれ……なんとか、守ってみるよ……」


負傷し、体を休めていた自警団員の男が現われ、カーリオのそばに座った。


ミレイは、その男に兄を託すことにした。


「……大切な家族なんだ……だから、頼むよ!」


「……ああ、君たちも頼む……」


「まかせて!」


2人は、クリスのいる場所へ向った。


たどり着くと、クリスは封印を解除していた。


一本の光の柱が夜空へ向って上がっていた。


それを見たミレイは、すぐに長剣を手に取り、切り込んで行った。


「―――入らせはしないよ!」


先ほどカーリオが放った足止めの魔法のおかげで、クリスの周囲にいたスケルトンたちは、ミレイによって倒され、数をかなり減らしていたため、すぐに近づくことが出来た。


クリスは赤い目を輝かせ、ミレイを忌々しげに睨んでいた。


「ちっ、しつこい奴め……これでは建物に入れんな……ん……」


そして、相手が女2人である事を知ったクリスは、先にこの2人を倒してしまおうと思った。


(中に入ったとしても、恐らくまだ魔法を唱えたりしなければならない事が色々あるだろう……そこを邪魔されるわけには……ならば、やはりこいつらを先に倒してしまうか……しかし、この体……思ったほど、魔力のある人間ではなかったな……くそっ!)


アルプに乗っ取られたクリスは振り返ると、手に持っていた死者の杖に魔力を込め、夜空へ向け掲げた。


すると、杖の先端についている4つの髑髏の目が光った。


そして大きく口を開けると、そこから血のように赤い、手の平に収まるほどの大きさの火の玉が4つ打ち出された。


それはすぐに辺りを彷徨うと、今度は墓の中へ入っていった。


すると、地面からスケルトンたちが現れた。


「さっき倒したところだってのに……なんてことだい!」


ミレイは土から這い上がってきたスケルトンを慌てて攻撃した。


スケルトンは、墓から出る前に、バルガの女戦士によって倒された。


そして彼女に向けて、残っていたスケルトンメイジが魔法を放った。


ミレイはすぐに、それを察知すると横に飛び、避けた。


彼女のいたところに、炎が上がる。


(これでは足りんな……ならば……)


それを見たクリスは、今度は杖を地面に刺し、片手で頭の部分を撫でるように魔力を込めた。


すると今度は、4つの骸骨の口が開き、目を光らせ、乾いた音を出しながら辺りの空気を吸い込み始めていた。


ミレイは、クリスに近づこうとしたが、その行動を見て警戒し、近づくのをためらった。


(迂闊に近づかないほうがいいね……カー兄がいないんだ……冷静に……)


地面に刺された死者の杖は音を出しながら、薄い灰色の煙のようなものを吸い込んでいた。


すると、その音に誘われるかのように、この墓地の中であてもなく彷徨っていたゾンビやスケルトンたちが集まりだしていた。


「―――しまった!呼び寄せるためだったのか!」


それを見たミレイは、敵が集まる前に倒そうと動いた。


すると、クリスもスケルトンメイジを伴いながら、ミレイのいるところへ向ってきた。


しかも手には、カロンの手が出た鏡を持っていた。


「フフフ……娘よ、その魂……貰うぞ!」


ミレイは、その言葉を聞き、なぜか高揚感を覚えた。


そして笑みを浮かべ、剣を握りしめ、敵に向かって走った。


「楽しいね!あたしの魂は今、この上なく熱いんだ!そんな手じゃ……火傷するよ!」


クリスは向ってくるミレイを見て、後ろへ飛ぶように下がると、周囲にいるスケルトンメイジに火球を放つよう命じた。


「―――撃て!」


スケルトンメイジは、魔法を放った。


炎の玉が何発か、彼女へ迫った。


ミレイは、そこで走る方向を変え、真横に走った。


このバルガの女戦士は、戦うごとに力や速度を上げていた。


炎の魔法は彼女に当たる事無く、次々地面や墓に当たっていった。


そして、彼女が立ち止まり、再び敵に向かおうと振り返ったとき、背中へ向け、クリスがロックシュートを放っていた。


「―――死ね!」


「―――はっ」


ミレイは驚いていたが、すぐに表情を元に戻すと、気合の入った声を上げ、長剣を両手で握りしめると、縦に叩きつけるように振り下ろした。


「―――はあっ!!」


魔法によって打ち出された小さな岩は、彼女の剣で火花を散らしながら地面に叩き落された。


「こんなのじゃ、あたしは倒せないよ!」


そして、彼女がクリスに向って走ろうとしたとき、エルディアがミレイとは逆の方向から現れた。


彼女の杖は、赤く揺れ動く炎を纏っていた。


そして杖を突き出し、魔法を唱える。


「………炎よ、壁となれ!―――ファイアーウォール!!」


エルディアの魔法は、クリス達ではなく、別の場所へ向けて放たれていた。


炎の壁が「ゴオオオ」と言う、音を立てて現れた。


辺りは、その炎の壁のおかげで、明るくなった。


突如出現した、炎の壁をクリスは歯を食いしばり、悔しがってみていた。


「……やられたか……だが……」


エルディアが炎の壁を出現させた場所は、白い建物の入り口だった。


「エルディア、よくやったよ!」


ミレイは、俄然やる気を出した。


「覚悟しな!」


そして、クリスのところへ向おうとしたとき、重いうめき声が周囲からいくつも聞こえた。


エルディアとミレイは、周囲を見た。


(……これは……!?)


「……なんてことだ!」


彼女たちの周りに、大量のスケルトンやゾンビが群れを成して迫ってきていた。


どうやら、死者の杖で招きよせられているようだった。


「数が多いね……どれだけ甦らせたってんだ!」


エルディアは膝を地面につきそうになった。


(ふう……ちょっと、疲れたみたい……だけど、まだ、あと少しはやれそう……)


エルディアが疲労し始めているのを見たクリスは、周囲にいるスケルトンメイジに、ミレイの相手をさせることにした。


(死者の杖の力を、この辺りに発動させてある……だからカロンの手は、そのまま使えるはずだ……ならば、この女は1人でやれそうだ……)


そしてクリスは鏡を手に持ち、1人で一気にエルディアに近づいた。


エルディアは、重くなった足をなんとか動かし、敵から逃れようとした。


しかし、敵の動きは早かった。


そんな彼女を見たミレイは叫んだ。


「―――エルディア!」


しかし、敵の攻撃が激しく、近づくことが出来そうになかった。


「だめだ、ここからじゃ……」


エルディアは、ユラトの名を心で叫びながら必死に走った。


(―――ユラト!)


だが無情にもクリスが手に持つ鏡から出る、カロンの手が彼女の肩にかかった。


エルディアの綺麗な深い青色の髪がふわっと一瞬浮き、生暖かい風を感じた。


そして覚悟を決めた。


(ごめん……ユラト……約束したのに……あなたの呪いを解いてあげたかった……)


カロンの手がエルディアの肩から体を撫でるように、背中へ移った。


離れたところから、それを見ていたミレイは、大きな声で叫んだ。


「―――くそっ!カー兄!!誰か!!」


エルディアが目を閉じた、その時、夜の闇の中から、この場所には似つかわしくない歌声が響いた。


その声は澄んでいて、広がりを持っていた。


そして、歌声が聞こえた方角から一本のナイフが飛んできた。


シュ―――。


それは、クリスの肩に命中した。


「―――うっ!」


クリスは苦痛に顔を歪め、エルディアから少し引き下がるとナイフを抜き、投げられてきた場所にある闇の空間を見つめた。


(……新手だと?………他にもいるというのか?)


エルディアもその方向を見つめていた。


(……どういうこと?)


すると今度は、厳つい叫び声と共に「ドスドスッ」と何か重いものが、こちらに向って走ってくる音が聞こえる。


「―――うおおおおおおお!」


声を張り上げながら、大きな楯を構えた男がその楯を使い、スケルトンやゾンビを跳ね飛ばしながら、突進してくるのが見えた。


それに気付いたクリスは、エルディアだけでも先に葬っておこうと思い、再び彼女へ向け、カロンの手を近づけた。


しかし、声と共にナイフが飛んで来た。


「―――させねぇぜ!」


クリスは、その攻撃を避けた。


「……ちっ!」


そして、クリスが睨みつけるように見ていた場所に、何人かの人が現れていた。


「………ふう、なんとか間に合ったようだな……」


「一気にここまで来れるなんて……ボルウィンのおっさん、流石だぜ!」


エルディアは、呆然とその人々を見ていた。


(確か、あの男の人は墓地の入り口にいた団員の人……と言うことは、救援が来たってこと?)


大きな楯を持った人物が周囲を見た後、エルディアに向って叫んだ。


「………部下が一人やられておる……他はどこに?……君!ここは我々にまかせて、下がって少し休んでいなさい!」


そしてその男は楯を構え、クリスの前に立ちはだかった。


「お前が乗っ取られたクリスか!ここは我々が来た以上、抵抗しても無駄だぞ。諦めるんだ!」


クリスは苦虫を噛み潰した表情になり、骨の魔道師たちに命令を下した。


「くそっ!一旦距離を取る、スケルトンメイジたちよ、下がれ!」


敵の集団は下がった。


ここでようやく、状況を飲み込めたエルディアは安堵した。


(助かったみたい………)


そしてそんな彼女の元へ、知っている人物が叫びながら走り寄ってきた。


「―――エル先輩!!」


銀色の髪の女の子だった。


彼女はエルディアを見つけるなり、飛び込むように抱きついてきた。


エルディアは、両腕で受け止め、彼女の頭を撫でた。


「シュリン……ありがとう……助かったわ……」


そう彼らは、丘の上にある白い建物を目指していたデュランたちだった。


そしてもう1人、エルディアの名前を必死に叫びながら、やってくる人物がいた。


「―――エルディア!!」


「クフィン……」


クフィンは、エルディアの無事を確認すると、表情を元に戻し、話しかけてきた。


「無事だったか………良かった………」


ひとまず安心したクフィンは、カーリオがいないことに気が付いた。


「………カーリオの奴はどこだ?まさか逃げたのでは……」


その時、火の魔法が飛んできた。


しかし、ボルウィンがシールドソードを使い、魔法を防いだ。


「これは火の抵抗をもった楯だ。その程度の魔法では私を倒すことなどできんよ!」


この辺りに集まってきていたアンデッドたちを倒したミレイが、エルディア達のところへやって来た。


「カー兄は後ろで休んでいるよ!」


エルディアはカーリオの事を話した。


「あたしを守って、魔力を使い果たしてしまったの……」


「そう言う事か……」


スケルトンを仕留めたデュランが、エルディアたちに尋ねた。


「おい、あんた達!魔物たちは、なぜここに集まってきやがるんだ?」


「……え?」


突然声をかけてきた人物にエルディアが驚くと、シュリンがすかさず話した。


「あの人は、私の兄です!」


「そう……あの人が……」


エルディアは赤毛の青年を見た。


(シュリンのお兄さん……あの顔と髪の色、どこかで……)


思い出そうとしたが今はその時ではないと思い、エルディアはすぐに集まってくる理由を説明した。


「建物の近くの地面に刺さっている杖の音が、アンデッドを呼び寄せているみたいなの」


デュラン達はその場所を見た。


「音?……あれか………」


デュランは何かを思いつくと、エルディアとシュリンの近くにいるパールティールの色の髪をもった女性に話しかけた。


「エリーシャ!さっきの歌を頼むぜ!」


「はい!」


彼女はすぐに両手を組み、それを胸元に寄せると目を閉じ、歌を歌い始めた。


突然のその行動に、エルディアは戸惑った。


「歌!?……」


シュリンが顔を上げ、エリーシャについて話した。


「あの人はバードなんです!」


「そう……(良い声……)」


彼女が歌ったのは『蝋涙の歌』と言う名前の歌だった。


蝋涙とは、ロウソクから流れ落ちる蝋を涙に例えたものである。


世界を一本の魔法のロウソクに例えた者が古代にいた。


天動説が世界の主流に思われており、太陽はロウソクに灯された火で、溶けた蝋は海、冷えて固まったのが大地とされた。


ロウソクの下には、更に大きなロウソクがあり、太陽によって蝋が全て溶けると、炎と共に次のロウソクへ世界は移り、徐々に世界は広大になっていくと言われていた。


そして人々は、色々考えた。


蝋が溶け、溢れ出ているのは、何かが増えている証拠だ。


だから溶けたものに含まれているのは、蝋だけではないはずだと。


その狭間で生きる人々の何かも入っているはずだ。


それは血と汗であり、肉や骨でもあり、そして多くの人々が流した涙だろう。


また、全てのロウソクを繋げている一本の糸は、ヴァベルの塔とされた。


そして、その話を詩に書いた詩人の男がいた。


彼は世界を旅するバードでもあった。


その詩人は、その後、人魚の娘と恋に落ちた。


だが、人魚たちは不死の噂を聞いた人間たちによって、狩られ始めていた。


2人は離れ離れになり、男は海を見て、狭い世界が広くなっていけば、人魚たちは助かるだろうと思い、自分が書いた詩を歌にし、その歌を歌った。


海には、命を失った人魚たちの涙も入っていると付け加えて、彼は歌った。


ロウソクから流れ出る一滴の何か。


溢れ出るのは、そこに住む光の種族の思いと涙。


それは世界と言う一本のロウソクから流れ出たもの。


そんな事を彼は考え、歌っていたと言う。


それが、蝋涙の歌と言われるものだった。


時と共に忘れ去られるはずだった歌は、なぜか人魚たちに継承されていた。


そう、人魚の娘は、彼の歌を遠い海から聴いていたのだ。


海に涙を流し、世界を広げながら。



【蝋涙の歌】


人魚たちの間で継承されてきた魔法の歌。


人間たちの世界では忘れ去られてしまっている。


魔力を含み、邪悪な闇の声などからの攻撃を和らげる効果と、声を聞いた光の種族の心を落ち着かせ、呪いの抵抗力を高める効果がある。


人魚の娘の歌声が墓地に響くと、集まってきていたアンデッドたちは突然、動きを止めた後、辺りを彷徨い始めた。


エリーシャの歌は、死者の杖から発せられる音の効果を打ち消していた。


(相変わらず、良い声だ。流石、人魚だぜ!)


デュランは、エリーシャの声を聞き、すぐに攻撃を防いでいるボルウィンに加勢した。


クフィンも剣を抜き放った。


そして、隣りにいた黒づくめの服を着た少年に話しかけた後、周囲の敵に切り込んで行った。


「ベルフレード!お前はデュランやボルウィン自警尉と共に悪魔と対峙するんだ!俺はここを守る!―――はあ!」


ベルフレードは、不安を感じながらも返事を返した。


「……はい……(色々……初めてなんだけど……上手く出来るかな……?)」


エクソシストの少年がデュランたちの所へ着いたとき、ボルウィンが楯を使い、じりじりとクリスに寄っていた。


そして、隙を見てデュランとミレイが攻撃をし、辺りにいるアンデッドたちを倒していった。


そんな彼らを見たベルフレードは、魔法を詠唱し始めた。


(これは魔法を使うか……)


連携を取りながら、デュランたちは、クリスを追い詰めて行った。


また、クリスの後ろには白い建物があったが、入り口にエルディアの放った炎の壁があり、進退谷まっているようだった。


しかし、手にはカロンの手が出た鏡を持っていた。


それに気付いたボルウィンは、ミレイにそのことを尋ねた。


「バルガの女戦士よ、あの鏡から出ている手はなんだ?」


ミレイは、短く説明をした。


ボルウィンやデュランたちは話を聞き、ここのまま進むか迷った。


「迂闊には、飛び込めねぇってことだな……」


敵の魔法を楯で弾き返し、ボルウィンは話した。


「―――ふん!あの鏡をどうにかせんとだめと言うことか」


その時、後ろから声がかかった。


「………私の魔法を使って、倒して……」


デュランたちは、振り返った。


「あんたは……」


エルディアがシュリンやクフィンと共に近づいてきた。


「エルディア、大丈夫かい?」


青白い表情になっていた彼女を見たミレイは思わず聞いていた。


「大丈夫……それより、早くしないと被害が町に広がっていくだけ……」


その時、弓矢が一本飛んできた。


それを、クフィンは剣で素早く叩き落した。


「スケルトンアーチャーも来たようだな……ミレイ、俺はこちら側の敵を叩く、お前は反対側を!」


「わかった!」


2人は、それぞれ単独で敵に向かって行った。


エルディアは、赤毛の青年に話しかけた。


「シュリンのお兄さんの……デュランと言ったわね……」


名を呼ばれ、彼は振り返った。


「……俺か?」


「あなたの短剣に、魔法をかけるわ……それをあの鏡に目掛けて投げて欲しいの……出来る?」


デュランは、敵を見ながら少し考えた。


(この距離か……この距離は……)


そこでデュランは、思い出していた。


(……へへっ、相棒のことを思い出したぜ!)


そうそれは、ユラトから禁呪の魔力が込められた短剣を渡され、投げたときと同じ距離だった。


そのとき、エルディアの近くにいたシュリンが魔法を放ち、近づいてきたスケルトンの頭を飛ばしていた。


「―――ロックシュート!」


そして、すぐに兄に話しかけていた。


「兄貴、迷っていたってだめ!」


妹にそう言われたデュランは、腰から素早く短剣を抜き放った。


「ははっ、そうだな!(あのとき、みたいにやってやるぜ!)」


そして、エルディアに渡した。


「あんた、大図書館にいただろ?」


「えっ……あっ……」


そこでエルディアは、デュランの事を思い出していた。


「ははっ!やっぱりな。妹が世話になっているみたいだな。ありがとよ!」


少し照れながら、エルディアは答えた。


「……そんなことない……」


そして、彼女は短剣を両手で掴むと、目を閉じた。


(そう……いつも、助けてもらっているのは、私よ……シュリン、感謝するわ……)


エルディアは、魔法の詠唱を始めた。


人魚の娘の歌によってアンデッドたちがあまり集まらなくなってしまったため、クリスは死者の杖を手に取り、地面から引き抜いた。


そして、再び杖を掲げ、アンデッドを甦らせていた。


しかし、甦らせてもすぐに、ボルウィンやベルフレードが地面から出てきたところを攻撃し、倒していた。


(だめだ!……不味いことになったぞ……どうする?)


クリスは、後方を見た。


そこには、炎の壁があった。


(ここさえ、どうにかすれば……!?)


そして、何かに気付いた。


(……これは……)


炎の壁は、徐々に勢いを失ってきていた。


(あと少し、待てば入れるな……)


悪魔は、時間稼ぎをしようと思い、何かないか敵を見た。


しかし、正面に居る大きな楯を持った戦士の男が、2体のゾンビの頭をシールドソードの刃の部分で貫き、素早く抜くとバッシュし、相手を吹き飛ばしているのが見えたのみだった。


(……どっちが悪魔だ……時間稼ぎなど……これでは……)


クリスは、このまま残った魔力を使い、死者を呼び出して凌ぐ事に決めた。


そして、エルディアは魔法を完成させた。


短剣を握りしめ、念じた魔法を発動させる。


「太古に錬成されし……猛き炎よ、この刃に宿れ!―――ファイアーエンチャント!」


デュランの短剣に炎が宿った。


初めて見た魔法に、デュランは驚いた。


「……こりゃすげぇ……最新の魔法じゃねぇか………やるな、あんた!」


「流石、エル先輩!」


「暇だったから……覚えただけ……」


そしてエルディアは、めまいを覚え、荒い息を付きながら、手を地面につけた。


「はあ……はぁ……」


「大丈夫ですか!?エル先輩!」


シュリンが駆け寄り、彼女の体を支えた。


「武器を手に持ち、念じれば……炎も撃ち出せるわ……これで、なんとかなるはず……お願い……」


エルディアは、デュランに魔法の炎が宿った短剣を渡した。


デュランは、しっかりと短剣を握りしめ、受け取った。


「……ああ……まかせろ……」


エルディアは、そこでカーリオと同じように、意識を失った。


「……エル先輩……」


シュリンが、彼女を抱きしめていた。


デュランは、すぐに動くことにした。


(さあって……どこから……)


そして彼は、辺りを見回した。


すると、スケルトンアーチャーの一団が左右から現れているのが見えた。


弓矢を数本、すぐに敵は撃ってきた。


「……くそっ!」


デュランとベルフレードはそれを避けた。


そして、一本の矢が先頭で戦っているボルウィンに向った。


デュランは叫んだ。


「ボルウィンのおっさん!」


ボルウィンは、その声を聞き、動きを止めた。


そして矢は、彼の手に向った。


刺さる瞬間に彼は声を上げた。


「―――かあ!!」


すると、彼の手が瞬時に黒に近い灰色になり、矢を手の甲で叩き落とした。


彼は、戦士のアイアンボディの技術を使用し、体を硬くさせ、矢を弾いた。


しかし、僅かに傷がつき、血が流れる。


「やるなおっさん!」


「おっさんではない!」


ボルウィンは僅かに流れた血を見た。


(ふふっ、しかし……私も、まだ感が鈍ってないようだ……冒険者をやれるかもしれんな……)


そして矢を放った集団には、クフィンとミレイが向った。


ボルウィンは、デュランに尋ねた。


「準備は出来たか?」


「ああ、出来たぜ!」


「エクソシストの少年、君はどうだ?」


「ええ……やってみます……」


「よし、では、私が一気に突っ込むぞ!あとは、君たちにまかせる!」


「おう、まかせてくれ!」


「……はい」


「では……」


そして、ボルウィンは、楯を握りしめると、野太い声を張り上げ、敵に向かってシールドチャージを行った。


「―――はああああ!!」


突入を見たクフィンとミレイは、彼らの後に続いた。


「一気に叩く!」


「これで終わらせたいね!」


ボルウィンは、敵を跳ね除けながら、突き進んだ。


クリスを乗っ取った下級悪魔は、驚いていた。


(なんて奴らだ……人間どもを侮っていたか……)


魔法学院の学院長や自警団員を何人か仕留める事ができたため、いつの間にか、人間の能力をやや過小評価してしまっていたことに、気が付いた。


(全て……報告したいところだが……これでは……)


その時、エルディアの放った炎の壁が消えた。


辺りは少し暗くなった。


消えて行く壁の姿を見た悪魔は、心の底から喜んだ。


(―――やったぞ!これで人間どもを始末できる!!)


走っていたボルウィンがクリスの目前に迫ったとき、地面を這っていたゾンビが手を伸ばし、彼の突入を阻んだ。


「邪魔をするんじゃあ……ない!」


ボルウィンは楯を振り回し、刃の部分で攻撃した。


敵が跳ね飛ぶ。


「ブオア!」


しかし次々とアンデッドたちが現れ、彼の行く手を阻む。


クリスはそれを見て、白い建物の中へ向って走った。


(今だ!)


その姿を見たクフィンは叫んだ。


「―――おい!奴は、入る気だぞ!!」


ここで冒険者として長年やってきたボルウィンが、冒険中に自分が行ったことを思い出した。


(―――そうだ!あれを!!)


彼は突然、敵に背を向け、エルディア達の方へ振り返った。


ボルウィンの周囲にはアンデッドたちがいる。


だが彼は周囲を気にする事無く、自分が持っている楯の刃の部分を斜めに大地に刺し込んだ。


「ふん!」


後ろを走っている赤毛の青年とエクソシストの少年に向ってボルウィンは叫んだ。


「デュラン、ベルフレード!!」


彼は楯を両手でしっかりと支えた。


「……私の楯の上を走り……―――飛び越えろ!!」


デュランは彼の意図を瞬時に理解し、走る速度を上げた。


「―――やってやらああああ!!」


叫んだ彼は大きな楯を力強く飛び越えた。


宙に浮く、デュラン・マーベリック。


握りしめた短剣を敵目掛けて投げる瞬間、彼は心で念じた。


(―――炎よ、敵を撃ちやがれ!!)


彼の短剣から炎の玉がクリス目掛けて撃ち出される。


「っ!」


デュランは炎が撃ち出されると、すぐに短剣から手を放した。


「はっ!」


炎と短剣の二段攻撃が、瞬時に生み出された。


クリスは叫びながら飛び上がった敵を一瞬、振り返って見た。


(―――あれはっ!?)


勢い良く炎が飛んでくるのが見えた。


(火球の魔法か!……)


気付いたときには、すでにクリスの体に当たる寸前だった。


(くっ!)


避けられないと思ったクリスは、カロンの杖を片手で強く握り締めた。


彼女は魔法を発動させる。


「―――マナシールド!」


クリスの体に着弾する寸前に水色の膜が現れ、炎の玉を防いだ。


(………フッ……この程度……)


しかし赤毛の青年は地面に着地すると、嬉しそうに叫んでいた。


「………やったぜ!」


アルプにはそれが理解できなかった。、


(……どういう……)


すぐにその意味が分かるときが来た。


炎の玉の後に、短剣がすぐに飛んできていたのだ。


悪魔は驚き、一瞬、体が硬直した。


(―――しまっ!)


デュランの投げた短剣は、ニトクリフの鏡の中心に見事命中した。


魔法の鏡の割れる音が辺りに響いた。


(―――くそっ!こうなったら……)


悪魔は鏡を捨て、白い建物へ入ろうと走った。


(中で、なんとか時間を……)


だがクリスはなぜか、それ以上進むことが出来なかった。


(!?)


アルプは体に違和感を感じた。


(………どういうことだ!?)


悪魔は乗っ取った体を見た。


(これは………)


そこで悪魔は移動できなかった理由を知る。


それは彼の首に赤紫色のストールが巻かれていて、引っ張られていたからだった。


アルプは引っ張っている本人を見た。


(こいつは………まだ子供ではないか!……)


そこにいたのはエクソシスト見習いのベルフレード・アルペティだった。


少年は先ほどとは違う冷たい視線を悪魔に送り、ストールを強く握りしめながら聞いていた。


「一つ……あなたに聞きたいことがあります……」


悪魔は目を細め、口元を歪ませながら答えた。


「………話すとでも?」


エクソシストの少年は冷たく睨みつけた。


「それがお前の答えか?」


アルプは杖を握り締めながら頭を働かせ、隙を伺うことにしていた。


(………甘いな……光の種族の少年よ……クックク……)


辺りに居るアンデッドがベルフレードとクリスに近づかないように戦っていたデュランが、2人を見て叫んだ。


「ベルフレード、油断するなよ!」


ベルフレードはストールを手に持ったまま、やや俯きながら、返事を返さなかった。


そんなエクソシストの少年を見たアルプは、死者を呼び寄せようとした。


(―――今だ!)


しかし、体が痺れて動けなかった。


(……どうした!?なぜ、動かん……)


ベルフレードは、やや俯きながら敵に話しかけていた。


「父さんが言っていた通りだ………」


そして彼は顔を上げ、笑みを浮かべながらアルプを見つめた。


「問いかければ、悪魔は油断するって……」


「しまった!こっちが騙されていたのか!くそっ、動け!」


「無駄だよ。お前はこの法衣で捕らえられたときに、すでに終わっていたんだ」


悪魔は足掻いた。


「私を倒せば、この人間は死ぬぞ。それに聞きたいことがあるのだろ?」


ベルフレードは冷たい顔のまま、静かに尋ねた。


「………魔王はいるのか?」


アルプは表情を曇らせた。


「………この命に代えても……そのような事……言える訳がないだろう……(こいつらも知らないと言う事か………)」


悪魔は、辺りを見回した。


(女だ……女が必要だ……何人かいるな……戦士の女に、歌を歌っている女………ん、あの銀色の髪の女は……―――あいつは!?)


遠くにいるシュリンを見たアルプは、何かに気付いたようだった。


そして、悪魔の心は躍った。


(………こいつはいい……あいつにどうにかして乗り移れないか?……この体は、もはや……)


そのとき、ベルフレードはストールを手に持ったまま、クリスの体に足払いをした。


「―――はっ!」


倒れるクリス。


「ぐはっ!」


「悪魔との交渉に時間をかけてはならない……」


ベルフレードは、父親の教えを思い出していた。


すぐに彼は、倒れたクリスの体にメイスを置いた。


そして、先ほど完成させていた魔法を発動させた。


「太陽神ファルヴァーンの大いなる光輝をここに!!―――『ファルヴァグローリー』!!」


彼がそう叫ぶと一瞬発光が起こり、周囲が明るくなった。


そして赤紫のストールから、倒れたクリスの体に光の煌きのようなものが送られていった。


夜の墓地に、きらきらと光る輝きがクリスの体を包み込んだ。



【ファルヴァ・グローリー】


光の魔法。


人の体に憑依した悪魔や悪霊を魔法の光で相手を包み込み、追い出す事ができる。


より高位な悪魔や悪霊が取り憑いた場合は、術者の技量が問われる。


エクソシスト専用の魔法。



(本当は、このスティレットで手に杭を打つようにするんだけど……)


ベルフレードは、クリスを殺してしまっては色々情報を聞けなくなることを考え、近くにいたデュランに体を押さえるように頼んだ。


「すいません、デュランさん!この人を押さえてもらえませんか!?」


近くにいた、スケルトンを倒したデュランは、すぐに少年のもとへ向った。


「ああ、いいぜ!」


デュランがたどり着くとクリスは声を上げ、苦しみもがき始めた。


「―――ギャアアアアア!」


デュランは暴れるクリスの手腕を押さえた。


「痛てえ!こいつ……俺を蹴るんじゃねぇ!!」


ベルフレードは右手でストールを持ち、その場でしゃがみ込むと左手をメイスの上に置き、そこからクリスの体に光を送り続けた。


(太陽神よ……)


しばらくして、後方のアンデッド達を倒したボルウィンもやって来た。


「大丈夫か!?」


「ボルウィンのおっさん。こいつを押さえるのを手伝ってくれ!」


デュランにそう言われたボルウィンはすぐに近寄り、クリスの足を押さえた。


彼は押さえながら、デュランに話しかけた。


「悪魔はどうにかなりそうなのか!?」


「さあ、俺にはわからねぇ……」


2人が話していると、暴れていたクリスが突然暴れるのを止めた。


「………?」


彼らが黙って見ていると、今度は白目を剥いて大きく口を開いた。


「―――アアアアアーーー!」


ベルフレードは叫んだ。


「―――しっかり押さえてください!!」


クリスが先ほどよりも強い力で、再び暴れ始めていた。


デュランとボルウィンは、それを必死に押さえた。


「てめぇ、暴れるんじゃねぇ!」


「結構な力が出ておるな……」


そして、クリスの叫び声が変化を起こした。


クリスの本来持っていた甲高い声と、低音の重く禍々しい声が2つ重なり合って聞こえ始めたのだった。


そして、今度はクリスの体が一瞬霞がかり、歪んだように見えた。


押さえていた2人は、驚いた。


「………なんだ!?」


「これは……」


そして、暴れていたクリスの体が突然止まった。


「…………ん?」


するとベルフレードが光を送り込むのを止めた。


そして彼は、メイスが置かれたクリスのお腹を、気合いと共に押し込んだ。


「―――幻姿なる悪魔よ、その姿を現せ!」


口を大きく開け、咆哮をあげるクリス。


すると口から、声と共に半透明のアルプが飛び出るように現れた。


姿は、いくつも棘のある長い尾を持ったハエのような姿をしていた。


真っ赤な目を持ち、勢い良く羽を羽ばたかせていた。


その姿を見た、ベルフレードは驚いた。


「―――しまった!羽根持ちか!(もっと詳しく聞いておけばよかった!)」


ベルフレードは、ここに来るまでにクフィンから、虫のような下級悪魔だとしか、聞かされていなかった。


しかも普段、父親と共に戦ってきた悪魔は、羽根の無い下級悪魔がほとんどだったために、今回もそうだろうと彼は思ってしまっていた。


飛翔したアルプ。


悪魔は宿主を失ったかわりに、自由を得た。


しかし、この悪魔は憑依しながら生きているのが基本で、外に体を長時間出すことができない存在だった。


アルプは、すぐにでも宿主を探さなければならなかった。


そして、悪魔はすぐに次の宿主を決めていた。


(―――あの銀色の髪の女に取り憑いてやる!)


羽根を最大限動かし、悪魔はシュリン・マーベリック目掛けて飛んでいった。


デュランの周りにいたアンデッドたちと戦っていたミレイは、少し後ろで同じように戦っていたブルーアッシュの青年に尋ねていた。


「大体は、片付けられたか……クフィン、そっちはどうだい!」


最後の1体のスケルトンを倒したところで、クフィンは、返事を返した。


「……こちらも終わった……あとは……」


そしてクフィンが、悪魔と対峙しているデュラン達の方へ視線を向けたとき、ミレイの近くをアルプが一直線に進んでいた。


バルガの女戦士は、白く束ねられた長い髪を揺らして振り返った。


「……あれは?」


後方から叫び声が聞こえた。


「悪魔がそっちへ行きやがった!」


「誰か、止めてくれ!」


クフィンとミレイは、そこでアルプの存在に気付いた。


「―――はっ!」


「―――何っ!」


気付いた時には、クフィンの近くを通り過ぎていた。


その奥には、エルディアを抱いたシュリンがいた。


「―――くっ!」


2人は、すぐに走った。


アルプは、シュリンのところへたどり着こうとしていた。


(あの気を失っている女なら、すぐに入れそうだが……魔力を失っているのか……ならば、使いものにはならんか……やはり、あの銀の髪の女に!)


走りながら、クフィンはシュリンに向って叫んだ。


「シュリン、悪魔がお前を狙っているぞ!」


「………えっ!?」


シュリンは驚き、そして何か自分に向って飛んでくるのが分かった。


(何……あれ?)


アルプは、彼女の目の前にたどり着いた。


そして大きく口を開け、息を吐いた。


「ハアアアアーー!」


青紫色の煙のようなものが、シュリン目掛けて吐き出されていた。


これは、睡眠効果のあるブレスだった。


起きている者に取り憑く場合に、夢魔でもあるアルプが使用する魔力を含んだ息だった。


シュリンとエルディアをアルプの放ったブレスが包み込もうとしていた。


何かが腐ったような匂いだったため、シュリンは苦しい表情をしていた。


(くっ………エル先輩だけでも守らないと………)


シュリンは、その睡眠の息からエルディアを守るために、マナシールドを発動させた。


魔法の楯は、すぐに展開されたが、辺りの空気を薄めただけだった。


(あんまり効かないみたい……)


どうやら効果は、無い様子だった。


しかし、飛び込んできた虫の姿の悪魔を弾くことは出来た。


アルプは、地面に叩きつけられるように飛ばされた。


「―――くそっ、シールドを張っていたか……」


シュリンは、すぐにエルディアを引っ張りながら後退した。


アルプは、そんなシュリンを見て、何か思い当たる事があるようだった。


「普通の人間ならば、それなりに効いているはずなんだが……しぶといな……(やはり、この女………僅かだが、抵抗を持っているな……)」


アルプは、再びシュリンに近づいた。


そして今度は、シュリンの方へ棘のついた尻尾を彼女へ向けた。


すると、棘が飛び出し、彼女の腕や頬に小さな棘が刺さった。


「―――痛っ!」


シュリンは、すぐにエルディアの持っていた杖を借り、反撃した。


「―――このっ!」


しかし、アルプはそれを軽く避けた。


そして悪魔は、焦りを感じながら、シュリンを見ていた。


(まだか………早く、効け!)


アルプが放った棘には、息と同じく、睡眠効果があった。


だがこれを使用すると、この悪魔の体力が落ちてしまうため、あまり使いたくはなかった。


そして、シュリンは、目蓋が重くなるのを感じ始めた。


(………あれ……なんか、眠いんだけど……これって……)


シュリンは意識を失い、倒れた。


後ろから声がした。


「―――シュリン!」


クフィンとミレイたちが走ってきていた。


(もう来たのか………邪魔な奴らめ!)


アルプは、シュリンに乗移るための準備を始めた。


体から黒いオーラが放出される。


それは流れ落ち、シュリンの耳や鼻、そして口へ入っていった。


クフィンがすぐ後ろに到達していた。


そこで、ベルフレードが叫んだ。


「通常の武器では、悪魔を倒すことは出来ません!何か、魔力を帯びた物でないと!!」


それを聞いたアルプは、笑い声を上げた。


「はははっ!(よし!こいつの体を手に入れて、すぐにこの場を去るぞ!)


悪魔はシュリンに取り憑くために、飛び上がった。


クフィンのすぐ後ろを走っていたミレイが叫んだ。


「―――クフィン、あたしの剣を使いな!」


彼女はそう言うと、手に持っていた僅かに黄色く光る長剣を、シュリンがいる場所目掛けて投げた。


彼女の投げた長剣は柄を先端にして、真っ直ぐに突き進む。


そして、クフィンの頭上を通った。


走りながら、クフィンは飛び上がり、それを手に取った。


そして、この剣の所有者が目指しているものの一つを思い出した。


(冒険者か……悪くない……)


悪魔は、今まさにシュリンの体へ向かって吸い込まれるように入り始めているところだった。


クフィンは、そのまま、上空から地上へ向けて、斜めに剣を素早く振り抜いた。


「………これが俺の……―――旅の始まりだ!!」


悪魔は肩から胴へ向けて、真っ二つに切り裂かれていた。


「―――ギャアアアァァ!!」


少し羽ばたき、移動した後、地面にアルプは落ちた。


後一歩の所で、倒されてしまったアルプは、悔しさで一杯だった。


(く……そう……あと少しだったものを……)


ここにたどり着くまでの事をアルプは思い出していた。


呼び出されたクリスにすぐに取り憑き、その後、人間たちを知るために様々な所へ行った。


そこで人間の営みや考え方を知った。


そして、どうやって人間たちを支配すればいいのかを考え、魔法学院の学院長からカロンの杖を奪い、エレーナからはニトクリスの鏡を奪った。


(………あとは、ヴァルブルギスを待つか……フフッ……)


だが、悪魔の計画は、人間たちによって阻まれた。


アルプは、悔しさを滲ませながら、手を夜空へ向け、誰かに話しかけていた。


「も……申し訳……ございません……バアル……ゼブブさま……あと少しで、この町にある、あれを……レ……ゲ……ン……を手に入れられた……んですが……」


アルプは、そこで血を吐いた。


「……ガハッ!」


そして、再び話を続けた。


「し、しかし……種は……種はまだ、残っております……いずれ芽吹くときが来るでしょう……人間どもよ……その時は覚悟しろ……ハハハ……………」


アルプの手が地面に落ちた。


どうやら、悪魔は死んだようだった。


黒い灰の塊となった後、崩れ去っていった。


ボルウィンやデュラン、ベルフレードも到着し、悪魔の話を聞いていた。


「なにやら、不吉なことを言っておったな……」


「他にも居やがるのか?」


「種……」


周囲を見ながら、シュリンはクフィンに礼を述べた。


「クフィンさん、ありがとう!」


「……気にするな……それより……」


クフィンは心配そうにエルディアを見ていた。


シュリンはそれに気付き、クフィンに話しかけた。


「エル先輩なら大丈夫ですよ!」


クフィンの表情が和らいだ。


「……そうか……(良かった……)」


デュランはいつの間にか、妹の近くに来ていた。


妹の無事を確認すると彼は安堵していた。


「ふう……(大丈夫みてぇだな……)」


デュランは、クフィンに礼を言った。


「俺からも礼を言わせてもらうぜ。ありがとよ!」


「ここまで出来たのは俺1人じゃ無理だった……ここに居るみんなでやったんだ。だから気にしなくていい……」


そのとき後方にいた団員がカーリオを背負ってやってきた。


「君たち……どうなったんだ?」


周囲に敵がいないことを確認したボルウィンが部下に答えた。


「事件は一段落着いた……お前は、良くがんばった。そして……彼もな……」


ボルウィンは、亡くなってしまった部下を見ていた。


「隊長……」


団員の男は安心したためか、その場で座り込むと、カーリオを背負ったまま、倒れた。


デュランが慌てて駆け寄った。


「―――おい!」


「大丈夫だ……疲れただけだ……そのまま休ませてやってくれ。あとで私が運ぶよ」


クフィンとシュリン、そして妹のミレイがカーリオを見た。


「カーリオ……お前も良くやった……感謝するぞ……」


「カーリオさん……」


「カー兄がここまでやるなんて、正直驚いたよ。最初は、どうなるかと思ったけど……ははっ!(きっと母さんやダリオさんも喜ぶだろうね……そして父さんも……)」


歌を歌い終えたエリーシャがデュランの元へやってきていた。


「デュラン!やりましたね!」


「……そうだな。みんなよくやったぜ!ははっ!」


皆が嬉しそうにしている中、エクソシスト見習いの少年が、申し訳なさそうに聞いてきた。


「………あのー……後はどうします?」


周囲にはアンデッドはいなかったが、遠くの方にはまだいるようだった。


クフィンが杖の事を思い出し、少年に聞いていた。


「ベルフレード、あの杖を使ってアンデッドどもを、どうにかできないのか?」


クフィンに尋ねられた少年は、表情を曇らせた。


「うーーん………僕に出来るか……分かりません……まだ見習いなもので……(父さんやロゼさんなら、どうにか出来ただろうなぁ……)」


そして、姉のような存在だったリュシアの言葉を思い出していた。


「―――ベル!!あなたは将来アルペティ家を継がなきゃだめなんでしょ。だったら、ちゃんとしなきゃダメ!」


その言葉を思い出したベルフレードは、両手で頭を抱えた。


(ううっ………こんな時まで、リュシア姉さんの言葉を思い出すなんて……)


どうやら彼は、いつもリュシアに叱られていたようだった。


(……だけど、今日は僕1人で結構やれたし……もうちょっと頑張ってみるか……)


少年がそんな事を考えているうちに、ミレイが杖がある場所へ向って歩き出していた。


「取り合えず、回収だけはしとかないとね」


そして彼らは、カロンの杖を回収し、ベルフレードが杖の能力によって現れたアンデッド達を元に戻そうとしたが、まだ見習いの彼ではできないようだった。


だから仕方なく、彼らは周囲のアンデッドと戦うことにしていた。


そして、しばらく戦っていると、自警団の応援部隊がやって来た。


彼らは、応援部隊に後の事を任せることにした。


そして墓地の入り口へと、彼らは戻ってきた。


「君たち、良く頑張ってくれた。自警団を代表して、礼を言おう!」


ボルウィンが、エルディアやデュランたちに礼を述べた。


デュランは、周囲を見ていた。


「まだ、町にはアンデッドどもがいるかもしれねぇな……」


何人もの団員が来て、墓地の中へ入っていった。


「あとは我々自警団にまかせてくれ、応援も続々来ているようだし、大丈夫だ!」


「そうですか……ボルウィンさん、頑張ってください!」


シュリンは、大きな自警団員のこの男を下から見上げるように話しかけていた。


ボルウィンは楯を持ち上げ、笑顔で答えると、現場へ戻って行った。


彼が去った後、残った者たちも、それぞれの場所へ帰ることにした。



「シュリンと……エリーシャと言ったか、エルディアを頼む」


カーリオを背負ったクフィンが、シュリンとエルディアを背負っているエリーシャに頼んでいた。


2人は元気良く答えていた。


「はい!」


デュランは、側にいたエクソシスト見習いの少年の肩に手を置き、話しかけていた。


「ベルフレード、助かったぜ!」


「いえ……お役に立てたのなら……」


クフィンも彼に話しかけた。


「お前なら、良いエクソシストになれるだろう……突然頼んで悪かったな」


「……だといいんですけど……」


「なんだ、お前、もっと自信をもってやれって!凄かったんだからよ!」


デュランは、ベルフレードの背中を軽く叩いた。


「はい……(ううっ……いつもみんなに言われるなぁ……)」


「んじゃ、とりあえず、ここで解散だ。みんな、またな!」


デュランがそう言うと、みな一斉にそれぞれの場所へ向って歩き出した。


ベルフレードは、「ファルヴァ・ディール」と一言言い残すと、教会へ帰っていった。


クフィンは、カーリオを背負って彼が寝泊りしている研究室へ送りに行った。


ミレイも、それに付いて行った。


そしてエルディアは、エリーシャに背負われ、デュランとシュリンを伴って寮へ向っていた。


運ばれていく中、エルディアは夢を見ていた。


それは、今は亡き両親との再会だった。


2人は喋る事無く、ただ彼女へ向けて微笑むのみだった。


それでも、エルディアは嬉しかった。


そして、彼女は両親と離れてからの自分の辿った道について話した。


楽しかった事、苦しかった事、友人と呼べる人物が何人か出来た事。


今まで、堪えていた感情を表に出し、彼女はひたすら話していた。


父と母は、黙って頷いていてくれた。


そして、2人のところへ近づこうとしたとき、エルディアの両親の全身が薄くなっていった。


彼女は、必死に近づこうと走った。


しかし、なぜか両親に近づくことは出来なかった。


そして今度は、足元から光の粒を出しながら、崩れ去っていこうとし始めた。


そこでエルディアは、自分が夢の中にいることを悟った。


「会いに来てくれて……ありがとう……」


背負っていたエルディアが突然、喋りだしたのでデュラン達は、彼女を見た。


「………ん?」


「エル先輩……」


「大丈夫ですか?」


エルディアは目を覚ました。


そして、周囲を見た。


「………ここは?」


そこは静まり返った町の中だった。


そして少し違ったのは、祭りのためのかがり火があることだった。


そこから、独特の香りと色を持った煙が、夜空へと吸い込まれるように立ち上っていた。


「起きたみたいだな」


「エル先輩、体は大丈夫ですか!?」


シュリンがエルディアの腕に触れたとき、エルディアは体を動かし、エリーシャに話しかけた。


「あの……」


「大丈夫、自分で歩けるから……降ろして……」


最初、シュリンが背負って行こうとしたが無理だったため、デュランがエルディアを背負い込もうとした。


しかし、シュリンがそれを反対したため、エリーシャに頼むことになっていたのだった。


「エリーシャ、降ろしてやれ」


「暗いから、足元気をつけてくださいね」


「ありがとう………」


地面に降りると、デュランが話しかけてきた。


「大丈夫そうみてぇだな」


エルディアは、ここに運ばれてくるまでの経緯を尋ねた。


「ええ、大丈夫……それで、クリスやアンデッドたちはどうなったの?」


「えーっと……ですね……」


シュリンは、彼女が気を失った後について話した。


話を聞き終わったエルディアたちは、再び寮へ向かって歩き出した。


「……そう……じゃあ、もう全て終わったってことなのかな?……」


「それがだな……」


デュランは、悪魔が最後に言っていた言葉をエルディアにも話した。


「………まだ、何かあると見た方がいいのかもしれないわね……」


「その事はとりあえず、ボルウィンさんが自警団に連絡しておくって言ってました」


「そう……」


エリーシャも気になったのか、考えながら歩いていた。


「気にはなりますよねー」


デュランが歩く速度を速め、みんなの前で振り返った。


「ま、あとはあいつらに任せておこうぜ!」


エリーシャはデュランの言葉を聞くと、すぐに考えるのをやめたようだった。


「そうですね」


そして普通に歩き出していた。


「お前……考えてたんじゃなかったのかよ!」


「だって……デュランが任せたほうがいいって……」


そんなエリーシャを見たシュリンは笑い声を上げ、兄がクエストを達成する苦労をなんとなくだが分かった気がした。


「はははっ!エリーシャさん、面白い!(兄貴が大変そうなの、なんとなく分かった気がする!)」


そしてなぜか皆、笑顔になって笑っていた。


そんな中、エルディアも同じように笑顔になって歩いていると、遠くに映った景色に何かを感じた。


「あれは………」


それは夜空に浮かんだ橙色の煙が一瞬、両親を形作ったように彼女には見えたのだった。


彼女は、先ほど夢に見た両親の事を思った。


(お父さん、お母さん。私……ここで頑張っているわ……だから……見守っていて……)


エルディアがそう願うと、煙は星空へ向って吸い込まれるように消え去った。


そして、彼女は父と母の最期を思い出した。


寂しさが込み上げ、心が苦しくなった。


(………っ!)


しかし、すぐに自分だけではない事を思い出し、自分と同じ境遇にある青年の事を思った。


(ユラト……もうすぐ……そっちへ……)


エルディアは歩きながら、遠くにあるかがり火を見つめていた。


それは小さな火に見え、魔女メディアが見せた水晶球の中の光を思い出させた。


(………私は、そんなに強くはないわ……今も、心が折れそうだった……だけど、私なりに頑張ってみる……)


ヴァルブルギスの夜。


それは生者と死者の境を弱くするだけではなく、亡くなった者が会いに来る日でもある。


彼女が見たのは、ただの夢と幻なのか。


エルディアは、亡き両親を思い、感謝し、この日々の中で少しだけ成長した自分を嬉しくも思った。


そして、自分が向うべき場所へ思いを馳せていた。


(エルフィニアへ……)



それから数日が経った。


あの後、アンデッドはクフィンの父親、ジェラルド・ダルグレン自警将、指揮のもと、次々と倒されていった。


アンデッドたちは、町の中央辺りまで現れていたようだった。


そしてレイアークの町は、普段どおりの静けさを取り戻した。


ヴィガル商会は、様々な問題を起こした事で解散にまで追い込まれ、親子で牢に入ることになった。


また、悪魔の言い残した種について、自警団は調べたが、特に何かを見つけることはできなかった。


そして、この町の危機を救ったということで、エルディア達は審議会から表彰を受けた。


この一連の騒動は、すぐに島全土を駆け巡った。


島民たちは驚くと同時に、結界が解けた時の事も思い出し、恐怖した。


「またあのような事に、ならないようにしなければならない」


安全になったと思い、平和ボケしていた島民たちは、再び気を引き締めなければならなかった。


そんな中、無事クエストを達成したことで、エルディアは晴れて学院を卒業できることになっていた。


彼女はユラトのいる、西のエルフィニア大陸へ行く準備をしていた。


卒業の証明を貰うと、すぐに冒険者ギルドへ行き、冒険者の登録を済ませた。


そして寮の部屋の掃除をし、荷物をまとめ、それが終わったので、町へシュリンと買出しに行っていた。


ここで過ごす時間もほとんど無くなってしまったため、最後にシュリンが手料理をエルディアに食べさせたいと言い出したため、2人で食材を買いに店を回って歩いていた。


すると、後ろから声がかけられた。


「あれ、エルディアじゃない!?」


名を呼ばれたので、エルディアは振り返った。


「………え?」


すると、そこには大図書館で出会った、ビーストテイマーを目指している人物、レビア・クレールがいた。


「レビア……」


「やっぱり!」


レビアは人込みを避け、小走りで近づいてきた。


「こんなところでどうしたの?」


レビアは、エルディアに近づくと、すぐに尋ねてきた。


「エルディア!カーリオ知らない?」


「今日は会ってない……」


エルディアにそう言われた彼女は、腕を組み考え出した。


「そう……どこにいるんだろう……」


少し気になったエルディアは、レビアに尋ねた。


「彼に何か用事?」


「うん!実はね……」


するとレビアは、カーリオを探している理由を説明し始めた。


説明によると、彼女は冒険者になって北東の大陸、レムリアへ向うようだった。


どうやら新たに大規模な港町が見つかり、そこには非常に大きな灯台があった。


そして、その町の権力者のいた館にあった資料によると、その灯台の中に、古代の人々が住んでいたと思われる居住の空間が存在するということだった。


また、その空間は町の宝物庫のようにも使われていたようで、そこに大量の金貨や宝石、そして価値のある書物などがあると書かれていた。


そしてその中に、ビーストテイマーに関する本を見たと言う情報をレビアは聞いた。


しかし、灯台の近くに魔物がたくさんいて、なかなか中を調べることができない状況だった。


また、その灯台の入り口には大きな門があり、どうやら魔法の封印が施されていると言う事だった。


「その書物の一覧の中に色々あって、カーリオの見たい物もあるみたいなのよ!」


カーリオと言えば、あれしかないと思ったエルディアは、思わず尋ねた。


「……女の人に関する物?」


レビアは、すぐに答えた。


「違うわよ!石よ、い・し!……石に関する本よ!」


そこでエルディアは、あの男が研究していたものを思い出していた。


「………あ、そうか……」


そんな彼女を見たシュリンは、思わずカーリオを庇っていた。


「エル先輩……流石にカーリオさんもそこまで……」


「そうね……ごめん……」


二人のやり取りを見たレビアは冷静になり、あの女好きなバルガの魔道師のことを考えていた。


「……いや、あの男なら、そう言わないと来ないかも……」


2人の言った事を聞いたシュリンは、思わず吹き出しそうになっていた。


(ぶっ!……カーリオさんって……)


そして、レビアは話を元に戻し、続けた。


「とにかく、色んな書物があるみたいなの。魔法に関する物もあったみたい。特に厳重に保存されているのが、『解呪』のスクロールらしいのよ!」


「………解呪?」


「ええ、詳しくは向うに行かないとダメみたい。それから、灯台へ入るための入り口の門が、一定の周期でしか開かない門らしいの」


解呪と言う言葉が気になったエルディアは、そのことについて尋ねた。


「解呪って、どんな呪いも解くことが出来るの?」


「んー、ディスペルマジック(魔法の効果を打ち消す魔法)なのか……それとも、封印を解除したりする奴なのか……まあ、解呪だし、呪いは消せるのかも?」


エルディアは、そこでレビアの話に興味を持った。


なぜなら、ユラトの左手の甲にある呪いを消せるかもしれないと思ったからだ。


(もし、ユラトの呪いが消せるのなら………)


イシュト村で共に住んでいたとき、たまに彼の呪いの部分が薄っすらと光り、ユラトが痛みに苦しんでいたのをエルディアはずっと見てきた。


そして彼の旅の目的でもあるのをエルディアは知っていた。


「レビア、その灯台の門が開く周期って、次はいつなの?」


「なんかね、魔力溜まりみたいなのが必要らしくて、この前、一回門を開けたときに半分消費しちゃったらしくて、次の二回目で、恐らく無くなっちゃうんじゃないかって言われているみたいなの」


「それが無くなると、どうなるんですか?」


「多分、入れなくなると思う……」


「その魔力は、どうやれば溜まっていくの?」


「さあ、そこまでは、わからないみたいよ。今度を逃したら、何年も待たないといけない可能性もあるみたい。だから2回目の調査でギルドは終わらせたいらしくて、冒険者をたくさん集めて、一気に攻略するつもりみたいなのよ!」


「なるほど、それでカーリオさんですか……」


「うん!パーティーの募集は、ほぼ終わってて、あたしが一応しておいたのよ。向うの大陸じゃ、魔道師がどうやら不足しているみたいなの。魔道師があたし1人だと、少し厳しい局面もあるかもしれないって思って……それで彼を探していたんだけど……」


エルディアは、考えた。


(………どうしよう……。スクロールってことは、一回使ったら無くなるってことよね?……売りに出されても、きっと凄い値段が付きそう……しかも、次はいつ門が開くか分からない………なら……)


どうやらエルディアは、決めたようだった。


(ユラトを待っている暇は、無さそうだし……―――それなら!)


腕を組み、どうすべきか迷っているレビアにエルディアは話しかけた。


「レビア、そこへ私も行くわ!」


隣りにいたシュリンは驚いていた。


「―――エル先輩!!」


レビアは、呆気に取られた表情をしていた。


「えっ………いいの?」


エルディアは念を押す意味で、もう一度聞いていた。


「さっき言っていた解呪のスクロールは、そこにあるのよね?」


「うん……ちゃんと、ギルドの情報に書かれているのを見たから、間違いは無いはずよ」


シュリンは慌てて、エルディアに話しかけていた。


「エル先輩!西の彼の元へ行かなくていいんですか!?」


「行きたいけど……だけど、この機会を逃したら、もう二度と入れないかもしれないの……だったら……」


シュリンは、今一つレビアの情報を信じることができなかった。


そしてずっと側でエルディアを見ていたシュリンは、西に行くべきだと思っていた。


(ずっと、会いたそうに手紙を見ていたの、あたし知っているんだから……だから……絶対に会いに行って欲しい……)


それもあってか、本人も気付かぬうちに力を込めてレビアに聞いてしまっていた。


「えっと……レビアさんって言いましたよね?本当に、入れなくなっちゃうんですか!?」


「あ、あたしに、そんなに強く聞かれても……ギルドに書かれていた情報を読んだだけだし……」


「シュリン……」


レビアが、少しシュリンに気おされていると、近くから声がかかった。


「おっ!声がすると思ったら、そこに居やがったか!」


人込みを掻き分けながら、シュリンの兄であるデュランが、エリーシャを伴って現れていた。


「……あ、兄貴」


そこで、デュランはエルディアにも気付いた。


「おう、あんたもいたのか。丁度いいや」


「どうしたの?」


少し残念そうに、エリーシャが話してきた。


「シュリン、あたしたち、そろそろこの町から他の所へ行くことになりました」


「え、兄貴、調べもの終わったの?」


「ああ、次に行く場所が決まってな。それで出発する前に、お前と世話になったって言うあんたに礼を言っておこうって思ってな」


良く見ると、デュランとエリーシャは、旅に出るための服装になっていた。


「……そう……(みんな、居なくなっちゃうんだ……)」


シュリンは、寂しく思った。


しかし、彼女はその本心を隠して、兄に話しかけた。


「それで、今度はどこに?」


エリーシャが答えた。


「西のエルフィニアへ、行ってきます!」


そこで、レビアがエルディアに話しかけていた。


「エルディア、あたしは、あなたでもいいけど、一応カーリオにも話しておくわね!」


「うん……わかった。あとで連絡を……」


「うん!それじゃ!」


レビアは、カーリオを探しに行った。


そして、エルディアがシュリンたちの方へ視線を向けると、デュランが妹に、説明をしているところだった。


「……あれから、何日か大図書館に篭って、色々調べてたら、西のウッドエルフのいる森の辺りに、目的のものがあるらしいんだ。ま、ウッドエルフに聞いてもいいんだろうけどな……」


エリーシャは、興奮気味に話していた。


「エルフっていたんですね!わたし、物語でしか知りませんでした」


そんな人魚の娘を見たデュランは、慌てて彼女をだまらせようとしていた。


「エリーシャ、あんまり喋るな!」


だがすでに遅く、シュリンは「彼女が何者なのか」と思い、再び疑問を持った。


「えっ……(結構前に見つかったって情報があったと思うんだけど……その話題で島中、持ちきりだったのに……エリーシャさんって……一体……)」


デュランは、そんな妹に誤魔化そうと試みていた。


「こ、こいつあんまり情報の入らない、僻地の田舎にいたんだ!そ、そうだ。エルディアだったか、あんたも学院を出て冒険者になるんだってな」


シュリンは、疑いの眼差しで兄を見ていた。


「………怪しい……」


「な、なんだよ、てめぇ。俺らのことより、そっちはどうなんだ?」


どもりながら兄にそう尋ねられたシュリンの表情が沈んだ。


「エル先輩は、冒険者になって北東のレムリアに行くんだって……」


「ほう……あんまり冒険者に向いているようには思えなかったが……そうか……レムリアか……噂だが、ゼグレムがまだいるとか聞いたな……」


エルディアはあまり興味がないようだった。


「そう……」


「まあ、とりあえず、俺らはもう行くぜ。シュリン、勉強頑張れよ!」


「うん……」


この兄弟は、事件の後の数日間、毎日会って食事を共にとったりしていた。


その時に、色々な話をした。


だから、特に話すことは無いとデュランは思っていた。


元気の無くなったシュリンにエリーシャが近づいた。


「シュリン、またすぐに戻ってきますよ!だから、その時はお料理教えてください!」


「エリーシャさん……」


2人は、名残惜しそうに軽く抱き合った。


そして、デュランとエリーシャは、レイアークの町を出て行った。


「シュリン……いいお兄さんじゃない」


「……いざとなったら、いつもあたしとお母さんに、何かしてくれる兄でした……そう言うの、ちょっとだけ思い出しました……エル先輩、あのエリーシャって人、何者なんでしょうね?」


「シュリン、何か気になることでもあったの?」


「ちょっと変わってるなって思ったんです。良い人なんでしょうけど……」


「大丈夫よ、シュリンのお兄さんってきっと人を見る目はあると思う」


「そうでしょうか……あれから、あたしなりに色々考えたんです……」


「あの2人のこと?」


「はい」


「どんな風に?」


シュリンは拳を握り締め、力を込めて話した。


「きっと、あのエリーシャって人、どこかのお金持ちのお嬢さんなんですよ。それで、兄貴と駆け落ちでもして、逃げて来たんじゃないかって!」


「シュリンには、そういう風に見えたの?」


そこでシュリンは少し目を輝かせて話した。


「きっとそうです!それで兄貴やるなー!って思ったんです!」


「シュリン……」


どうやらデュランの妹は兄とエリーシャと数日間接する中で得た情報から、その様に推測し、自分を納得させているようだった。


「まあ、悪い人じゃないから……どんな身の上だっていいんですけどね……」


「そう……(何か秘密がありそうだったけど……私にはわからない……)だけど、2人とも、真剣に私達を救うために、戦ってくれたんだから、悪い人なわけがないわ……」


「はい……(2人とも、どうか無事で……)」


シュリンは、兄とエリーシャが去っていった方角を見つめながら、2人の無事を祈った。



エルディアとシュリンが買い物から帰ると、寮の近くにカーリオとレビア、そしてクフィンがいた。


「―――あ!帰ってきたみたい!」


レビアが手を振っているのが見えた。


「あの3人は……」


「会えたみたいですね」


そして、そこへたどり着くと、レビアがすぐに話しかけてきた。


「エルディア!カーリオも行くって!」


カーリオは、浮かない顔つきでエルディアに話しかけてきた。


「まさかエルちゃんがレムリアへ行くとは思いませんでした……」


そして、心配そうに話しかけてきた。


「故郷の彼の元へ……行くのではなかったのですか?」


「うん、そうしたいんだけど……」


エルディアの心を読んだかのようにクフィンが呟いた。


「解呪のスクロールか………」


「うん……」


「なるほど……やはりそれですか……まあ、私としては、魅力的な女性方に囲まれる旅も悪くないですが……本当にいいんですか?」


彼女は、本当はすぐにでも行きたかった。


しかし、魔女メディアの占いの結果もあったせいか、エルディアはすぐにでもユラトの体から呪いを解くべきだと強く思うようになっていた。


だから、せっかくの呪いを解く機会を逃したくはなかった。


「出来ることはしておきたいの……」


クフィンは、そんなエルディアを黙って見つめていた。


(エルディア……それほどまでに……ならば……)


そしてクフィンは、決意を秘めた表情で、エルディアに話しかけた。


「俺がその解呪のスクロールとやらを手に入れてやろう」


エルディアは、クフィンに尋ねた。


「……クフィンもレムリアへ?」


「ああ……カーリオだけに、美味しい思いをさせるわけにはいかないからな」


それを聞いたカーリオは片手を広げ、笑みを浮かべた。


「それは残念ですねぇ」


「クフィン……ありがとう」


「気にするな。元々、自警団を辞めた俺はカーリオの研究に付き合ってやるつもりだったんだ。(本当は………ふっ……考えても無駄か……)」


レビアは、パーティーが早くも揃ったことに喜んでいた。


「クフィンも来てくれるってことは、魔道師3人に剣士1人の構成のパーティーが出来たってことね。やったわ!面倒な仕事がこんなにも速く終わりそうなんて!」


エルディアは魔道師が多いこの構成に、少し不安を覚えた。


「この4人で大丈夫かな?」


エルディアに尋ねられたレビアは、表情を元に戻すと腕を組み、人差し指を唇に当て考えていた。


「うーん……そうね……確かにあと1人、前衛が欲しいかも……」


クフィンがカーリオに話しかけた。


「カーリオ、お前の妹はどうした?彼女なら、なかなか腕が立ちそうだが?」


クフィンの質問に、シュリンが答えた。


「えーっと、ミレイちゃんは大地の神殿から北にある道が通れるようになったんで、もうバルガの村へ向いましたよ」


カーリオが更に詳しく話した。


「妹は、バルガの成人の儀式をしに行ったんです」


「そんなものがあるのか……」


「ええ……まあ……」


カーリオは、バルガの儀式を思い出していた。


(特に戦士があれをしないと……我々は……)


そして妹の事を思った。


(まあ、ミレイならすぐに終わるでしょうから、心配はしていませんが……)


レビアは、仕方なくといった感じだった。


「じゃあ、向こうで募集をかけるか……」


「そうだな。まあ、俺1人でもかまわんが……」


そこでカーリオが笑みを浮かべながら、レビアに話しかけた。


「あの、できれば……」


レビアはカーリオを睨みつけ、話しを遮るように叫んだ。


「―――却下!!」


「まだ、何も言ってませんが?……」


「カーリオの言いたい事はわかるから!」


シュリンもレビアの言いたい事がわかったのか、疑いの眼差しで彼に話しかけた。


「カーリオさん……どうせ女の冒険者が良いとか言おうとしたんでしょ」


「あら……良くお分かりで」


「はあ……」


みんなそこで、ため息を付いていた。


そして、エルディアが気を取り戻すと、みんな話しかけた。


「そうだ、みんな食事まだなんじゃない?」


レビアがそれに答えた。


「うん、まだよ」


それを聞いたエルディアとシュリンは目を合わせた。


「じゃあ、エル先輩」


「うん、そうしよう……」


その日、彼らは学園の中庭で、シュリンとエルディアが作った料理を食べた。


本当はデュランとエリーシャと共に食べる予定のものだったが、彼らが旅立ってしまったため、レビアたちと食べることした。


皆、楽しそうに彼女らが作った料理を食べていた。


シュリンが手際よく作ったため、エルディアは少し手伝う程度だった。


シュリンは、笑顔を浮かべているエルディアを見ていた。


(これで、料理を共に作るのも最後かぁ……いつも優しくて、私にとっては本当の姉のような人……本当は西に行って欲しかったけど……でも、元気でいてくれたらそれでいいです……また……会えますよね?)


こうして、エルディアの学院生活は、幕を閉じた。


そして、エルディアは今、東のバルディバの港から出航する船の中にいた。


船には、冒険者や商人、そしてレムリアを開拓するために向う人々などが乗っていた。


港全体が活気に満ちており、その活気に反応するかのように海鳥たちも声をあげ、辺りに響かせていた。


波は穏やかで、空からは日の光が降り注ぎ、船の白い帆をより一層白く、海を青く見せていた。


僅かに強い風が吹き、エルディアのかぶっていた帽子を一瞬、ふわりと浮かせた。


エルディアは、その帽子を手で押さえ、バルディバの町を眺めた。


そして、学院で過ごした日々とシュリンの事を考えていた。


(シュリン……学院での生活が光によって彩られたように見えたのは、あなたのおかげよ……また、島に戻ったら、あなたのいるところに寄るから、その時は、また一緒に雑談をしながら料理でもしよう……本当にありがとう……)


隣りにクフィンとカーリオがやってきた。


「エルディア、そろそろ出港みたいだ。忘れ物はないか?」


「ええ、大丈夫……」


カーリオがエルディアの隣りに来ると、船に手をかけ、話しかけた。


「何かを考えていたみたいですね」


「学院にいた日々のことを……少し……」


カーリオとクフィンは、エルディアと同じ様に、バルディバの町を眺めた。


古い建物が立ち並び、海沿いに宿屋がいくつか存在しているのが見える。


また、近くに魚市もあって、そこに魚介類を求める人が集まっていた。


皆、元気な声を出し、てきぱきと動いているのが見え、町全体が活気に満たされているのがわかった。


カーリオは、エルディアやクフィンと初めて会った時の事を思い出した。


そして、表情豊かになった二人の事を思い、満足げな表情になると、笑みを浮かべ、軽く目を閉じた。


「ふふっ……そうですか……」


エルディアが少し寂しげに見えたクフィンは、話題を変えることにした。


「そう言えば、クリスの奴はなぜ、男にならなければならなかったのか……」


「確かに、良く分からないことがありましたね」


エルディアは、顔を動かすと視線を景色から2人の男へ向けた。


「それ、ずっと考えていたんだけど……一つ思い出した事があるの……」


「……ほう、なんでしょう?」


「2人とも、ニーフェの森で出会ったあの夜盗の男が言っていた事を思い出して……」


―――この稼業ってのは、舐められたら終わりなんでな。―――


クフィンとカーリオは、その言葉を何となくだが思い出していた。


「舐められたどうとか言っていた奴か……」


「……なるほど、若い女の人では裏の世界の人々を束ねていくのは、確かに大変なのかもしれませんね……まあ、同情はしませんが……」


「きっと、そう言う事なんだと思ったの……」


「そうなんだろうな……(いくつもの謎は残っている……俺自身もな……)」


クフィンは、父親が実力で冒険者になる道を邪魔してくるのではないかと思っていたが、ジェラルドは、あの後何も言ってこなかった。


(ふんっ……まあ、いいか……俺はもう決めたんだ……だから今は、この道を行ける所まで行くつもりだ……)


そしてエルディア達が雑談をしていると、荷物を抱えながら船に乗ってきたレビアが3人を見つけ、すぐにやって来た。


「みんな!私達が目指す町のことが少し分かったわ!」


「何か情報が入ったのか?」


クフィンが尋ねると、レビアは行き先について話し始めた。


「えっとね、ギルドにさっき入った情報らしいんだけど、西の大陸エルフィニアの大きな森林地帯でハイエルフの国を探している冒険者たちが、新たな情報を発見したらしいのよ!」


新発見の言葉にカーリオは興味を示した。


「ほう、新発見ですか」


「うん、なんかね。あの有名な冒険者フェイ・ファディアスの本らしくて、そこには『世界の七不思議』ってのが書いてあったらしいのよ」


「七不思議?」


「うん、それでその七不思議の一つが、今度私達が行くことになる場所らしいの!」


「そんなのがあるんだ……」


「七不思議ですから7つもあるんですか?」


「うん、そうみたい。全てを知っているわけじゃないんだけど、とりあえず、あたし達が行く町の名前が『アレクシャ』って言う名前で、そこにある『フヴァル』の灯台ってところが、その内の一つで行き先みたい!」


「どんな町なんでしょうねぇ」


「さあ、そこまでは分からないけど、向こうに着くまで結構時間がかかるみたいだから、気長に行きましょ!」


「うん……」


「西の森の方は人が減っていると聞きましたけど、まだ頑張っている冒険者もいるみたいですね」


「噂だが、ハイエルフの国は無いと聞いたな……」


そこでエルディアはユラトの事を思い出していた。


(ユラト……ごめん……そっちに行くの少しだけ遅れそう……手紙をイシュト村へ出しおいたけど……帰ったら読んでくれるかな……)


その時、出航の合図である、鐘の音が鳴った。


―――カーン!カーン!カーン!


音が鳴ると、船員たちは錨を上げ、忙しそうに動き始めた。


そして船は、バルディバの港から離れていく。


「あっ、出航するみたいよ!みんな、準備はいい?」


「ええ……」


「大丈夫です」


「問題はない……しかし……今さら遅いぞ……」


クフィンにそう言われたレビアは笑い声をあげた。


「あははっ!クフィンの言うとおりね!あたし、景色と鳥たちを見たいから、船首へ行ってくる!」


そう言ってレビアは、元気に走って船の先端へ向っていった。


エルディアはそんな彼女を見送った後、1人船尾へ向い、西の空を見上げた。


そして、心の中でユラトへ言葉を送った。


(ユラト……行って来る……私……頑張るから……あなたもその黒い霧で包まれた世界の最前線で頑張って!)


エルディア達が目指すのは世界の七不思議と言われる場所。


一体どんな事が待ち受けているのか?


彼女は潮風を受けながら、不安な気持ちと少しばかりの高揚感を感じていた。



             ラドルフィア魔法学院編 -終わりー

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