第十八話 ヴァルブルギスの夜 (前編)

レイアークの町は、昼から夕刻へと、時が移っていた。


町の中心部にある広場には、たくさんの人が集まり、祭りの始まりを待っていた。


大きく組み上げられたラオルバの木を囲む人々がいて、彼らは期待に満ちた表情で、これから火を灯す者達を見ていた。


その人々は、公募で選ばれた人たちで、手に火の付いたたいまつを持ち、いつでも火をつけられるように立って待機していた。


そしてその時、杖をついた老人が現れた。


彼は威厳のある顔で、口全体を覆う長い髭を持ち、大地の色である、緑を基調とした色のローブを身に纏った者だった。


彼は大地の神殿の神官長フォルゴン・ゾール。


そして、その隣には、聖女と言われる人物、マテル・ベリトがいた。


フォルゴンは大きな声で、これからかがり火が焚かれる木材が組まれた場所の前で叫んだ。


「これより、毎年恒例の春の豊穣を祝う祭りを執り行う……皆よ、今宵は日々の疲れを癒し、そして今年も実りある年にしようではないか!」


フォルゴンは跪き、両手を大地に付け、目を閉じ叫んだ。


「……地母神イディスよ、今年も我ら大地の民に、豊穣と繁栄を!」


少しの間をおいて、彼は立ち上がった。


手に持った杖を使い、一回だけ強く地面を叩くと、一番大きな声を出して叫んだ。


「―――これより、ヴァルブルギスの夜を始める!!」


「オオーー!」


人々は喜びの声を上げた。


そして何人もの人々が、組み上げられた木材のところへ近寄り、そして火の付いた、たいまつを次々と投げ入れた。


人々はしばらく黙って、その様子を見守っていた。


すると、ラオルバの木に火が付き始めた。


そこから白い煙とラオルバの木が燃えたときに出す橙色の煙、それに炎が混ざり出ていた。


そして更に火は大きくなると、その3色の色が何層もの帯を重ねるかのように、ゆっくりふわふわと煙が立ち昇り、ラオルバの甘い香りと共に、町を覆い始めた。


人々は歓声を上げた。


ヴァルブルギスの夜の始まりである。



町は、沈みゆく太陽から発せられた光と、燃えるラオルバの木から生み出された橙色の煙が混ざり合い、独特の幻想的な雰囲気を作り出し、賑わっていた。


あちこちに小さなかがり火が焚かれ、そこを囲むように座って楽器を奏でる人や、露店を出し、そこから何かを焼いた食べ物の匂いが漂い、それを食する人々。


エールを飲みながら談笑している者。


様々な人が行きかい、皆楽しそうに、春の祭りを楽しんでいた。


シュリン・マーベリックとミレイ・バルドの2人も、そんな人々の1人となって、町の中を歩いていた。


「ミレイちゃん、何か食べよう!」


「エルディアが来るまで、待つんじゃなかったのかい?」


「……あ、そうだった……だけど、匂いを嗅いでたらお腹減ったー!」


「じゃあ、ちょっとだけ食べて待つかい?」


「うん、そうしよ!」


何か食べたい物はないか、町の中を2人は歩いていた。


あの事件があったせいか、町の中は例年とは違い、自警団員の数が多かった。


「あんなことがあったから、なんかちょっと厳重だ……」


「そうだね……ま、何かあれば、それはそれで、あたしは少し嬉しいかもね」


それを聞いたシュリンは、すぐに不安な表情になっていた。


「だめだよ!……何も無いほうがいい……」


シュリンの顔を見たミレイは、笑っていた。


「ははっ!冗談だって、シュリン」


「もうっ!」


どうやらミレイは冗談のようだったが、まんざらでもないようだった。


「(ふふっ、だけど、ちょっとは……ね……)それより、どこの店にするんだい?」


「うん……えーっと、どこがいいかなー」


すると、その時、彼女たちの近くを通りかかった学院の学生らしき者たちの話が聞こえた。


「おい、寮でなんかあったみたいだぞ!寮母のリーネさんが騒いでいたぞ!」


「どうせ、大したことじゃないだろ」


「いや、いつもとは様子が違うみたいなんだ」


「そうなのか?……じゃあ、ちょっと見に行くか!」


学生たちは、寮へ向かって走っていった。


話を聞いていたシュリンとミレイは、顔を見合わせた。


「……ミレイちゃん、何があったんだろうね?」


「さあ、でも……楽しそうな話だったね」


「ひょっとしたら事件と何か関係があるのかな?」


それを聞いたミレイは、にやりとすると背中にある剣に手をかけた。


「……シュリン、あたしらも見に行くかい?あんたは、あたしがこれで守ってやるから安心しなよ」


シュリンは、エルディアに言われた事を思い出した。


(危険だから、あまり近づくなって言われてたけど……でも、ちょっとだけなら……先輩疲れてたし……少しは私もお手伝いしないと……)


そして、シュリンは行くことに決めた。


「ちょっとだけ、見に行こう!だけど、危険だと思ったらすぐに出よう!」


「ああ、わかったよ!」


シュリンとミレイも、学生寮へと向かって行った。



クフィンは、父親のジェラルドと共に、エレーナ・マキュベルのいるパーティーに出席していた。


2人とも自警団の正装である、白と青を基調としたサーコートを鎧の上に着ていた。


そしてエレーナの家の大広間に、多くの人々が集まっていた。


審議会のメンバー、様々な商会の人々、有名な芸術家や学者など、どの人物もそれなりに裕福な者たちだった。


季節の食材を用いた、いろとりどりの料理がテーブルに置かれ、楽器の演奏もあり、優雅な音楽で広間を満たしていた。


中でも一番目を引いたのは、広間の中央に置かれた人よりも大きい、大地神イディスの氷の彫刻だった。


このレイアークの北部にある、島最大の山、アルフィス山にある氷をバルガ族に運ばせ、それを有名な彫刻家に一夜限りの芸術として、ここに作らせていた。


2人が広間に入るなり、すぐにエレーナの父親と母親が声をかけてきた。


「やあ、ジェラルドさん。お待ちしておりましたよ、どうぞ中へ」


「まあ!クフィンも来てくれたのね。とっても嬉しいわ!きっとエレーナも喜ぶはずよ!」


エレーナの父親の名前はチェスター・マキュベルと言い、彼は代々あったマキュベル宝石を受け継いだ人物だった。


口ひげを蓄え、身長の高い、紳士風の品のある男だった。


そして母は、太った体系をしていたが、元々はダンサーだった。


彼女は、アデラ・マキュベルと言った。


厚めの化粧をし、上等そうな服に身を包み、たくさん宝石の付いたアクセサリーを様々な場所に着けていた。


ジェラルドは笑顔で、エレーナの両親に話しかけていた。


「この度は、息子共々お招き頂きまして、ありがとうございます」


そして、クフィンにも挨拶するように、視線を送った。


クフィンは、表情の無い顔で短く挨拶をしていた。


「どうも……」


「……おい、クフィン!」


ジェラルドが、注意しようとすると、それをエレーナの父親が制止させた。


「ジェラルドさん、かまいませんよ。ほとんどの者が私の前では媚びへつらうんです……だけど、彼は違う……思ったことを言えるんだ。それは良い事だよ。ふふっ……はっはっは!」


「そうですよ、クフィンは、私にとっては息子みたいなもの。だから気にしないで下さいな」


どうやら、エレーナの両親もクフィンの事を気に入っているようだった。


そんな夫婦を見たジェラルドは安堵した。


「……そうですか……(この夫婦のおおらかさに感謝するんだな……)」


そして、ジェラルドはエレーナが居ない事に気が付いた。


「……娘さんが、いないようですが?」


エレーナの父親が困った顔になっていた。


「エレーナは、今は準備中なんです……」


そして彼女の母親が、理由について話した。


「あの子、クフィンが来るって聞いたら張り切っちゃって、まだどのドレスにするか悩んでるみたいなんですよ!もう、困ったわ……」


「そうですか……」


そして、アデラは「エレーナを見てくる」と言って、広間から出て行き、ジェラルドとチェスターが、ワインを片手に小さな声で表には出せない話をしていた。


クフィンは、ラプルの果汁の入ったグラスを手に取り、ちびちびと飲みながら、2人の話をなんとなく聞いていた。


(ふんっ!……下らん……)


ジェラルドとチェスターは、それぞれの立場から手に入った情報を出し合い、お互いの利益になるようしていたようだった。


しばらく、クフィンは表情を変えることなく、話を聞いていたが、ある話をジェラルドがしたため、彼は一瞬、目を大きくさせると、すぐに睨むように、父親を見つめながら話を聞いていた。


「……チェスターさん、ここからが重要な話なんですが……」


そう言うと、ジェラルドは軽く辺りを見回した。


そして、小さな声で話し始めた。


「……実は今日、ヴィガル商会に強制捜査を命じたんです」


それを聞いたチェスターの顔から笑みが消えた。


「……ほう、ついに踏み切られたのですか」


「ええ、証拠が見つかりましてな……あの商会、『ベラフォラ』と言う麻薬になる植物を栽培していたんです」


それは、クフィンも知っていたものだった。


(……確か、古代時代の戦争中にあったハイエルフとドワーフが休戦協定を結ぶきっかけになったものだったな)


古代の資料によると、長引く戦争の中、両方の陣営に、この麻薬がどこからかもたらされ、流行った。


そして、多くの中毒者を出した。


この薬は中毒性があり、幻覚、酩酊や多幸感を感じさせるだけではなく、魔法の抵抗力も無くしてしまうものだった。


特に、安全な場所にいる町の中で、流行ることが多かったため、国力は低下の一途をたどった。


あまりの広がりの速さから、「漁夫の利を得ようとした、闇の種族の仕業ではないか?」と言う結論に両国は達し、事態を重く見たそれぞれの王は、休戦をすることになったと言うことだった。


(そんな物を……どこで手に入れたんだ?)


ジェラルドは話を続けた。


「今頃、彼の所有している様々な建物に、団員が向かっているはずです」


「……なるほど……」


「ですから、彼らの権益のいくつかが空くはずです……ふふっ……動かれるなら、お早めに……」


ジェラルドから情報を聞いたチェスターは、満足げな顔になり、再び笑みを浮かべていた。


「……そう言う事ですか……はっは!これはありがたいですな。分かりました。早々に部下に申し付けておきましょう」


そして、エレーナが姿を現した。


彼女は、髪を結い上げ、花の髪飾りをし、マキュベルの宝石を身に付け、そしてこの空間で一番目立つ、深紅のイブニングドレスを着ていた。


この場を支配する女王のような、そんな雰囲気をエレーナはもって、悠然と歩きながら部屋に入ってきた。


彼女が現れると、すぐに若い男たちが何人か近づき、話しかけていた。


「おおっ!これはまた、お美しい……」


「エレーナさん、今宵は私と踊っていただけませんか?」


「あたなのために、曲を作って参りました」


皆、彼女に取り入ろうとしていた。


しかし、エレーナは、そんな男たちに、澄ました顔で軽く挨拶をしただけだった。


「ごきげんよう……(ふんっ!どうせ、家のお金目当てなんでしょ……どうでもいい男たち……それより……)」


そして、周囲に目を配り、クフィンを見つけると、表情を一変させた。


「クフィン!」


エレーナは、笑顔を浮かべ、彼に近づいた。


クフィンは、先ほどの父親がしていた話を考えていた。


だが、エレーナに声をかけられられると、仕方なくといった感じで彼女を見ていた。


「ん……エレーナか……」


エレーナは、クフィンが来てくれたことが嬉しかったのか、はしゃいでいた。


「クフィン、パーティー楽しんでる?あなたの好きな料理もあるはずよ、たくさん食べて!」


クフィンは気の無い返事を返した。


「ああ……」


そこで、エレーナはクフィンの目の輝きが失われていることに気が付いた。


(……クフィン……どうしたの?……すごく落ち込んでいるわ……何かあったみたい……)


いつもクフィンを見ていた彼女には、分かった。


最近の彼は、目に輝きがあった。


(……エルディアと何かあったのかしら……今度、デニスの奴から……いや、カーリオから聞いた方がいいかしら?……だけど、あの男……こういうことに関しては口が堅いのよね……とにかく、誰かから聞いた方がいいわね……)


そして、エレーナはクフィンの目の前で両手を広げ、回って見せた。


「どう、クフィン!ふふっ、このドレス!」


ジェラルドの視線を感じたクフィンは、先ほどと変わらぬ表情で、エレーナに答えていた。


「(ちっ……面倒なことだ……)……ああ、似合っているぞ……」


それを聞いたエレーナは、嬉しそうにしていた。


「ふふふっ……そう、良かった!(長い時間をかけて選んだ甲斐があったわ!)」


娘の笑顔を見たチェスターは、ジェラルドからもたらされた情報もあってか、満面の笑みを浮かべていた。


そして手を叩き、叫んだ。


「さあ、みなさん!好きな物を食し、良いお酒を飲み、今日は大いに盛り上がってください!我々のヴァルブルギスの始まりです!」


マキュベル邸でのパーティーは本格的に始まったようだった。



一方、寮を出たエルディアは、そこでカーリオと合流し、クフィンがエレーナのパーティーに出席するために、来ることができない事を聞くと、2人で大図書館へと向かっていた。


「……カーリオ。私達のクエストは、この事を報告するだけで終わりだったけど……」


そこでカーリオが、話しかけてきた。


「ええ、分かっていますよ。最後まで見届けたいんですよね?ふふ、私もそうなんです」


「そう……」


「まあ、きっとクフィンもそう思っているはずですよ……とにかく、私が調べた限りでは、この町以外で、鑑定を頼んでいたみたいですね。どこで聞いても分かりませんでした」


「あの部屋に杖もなかったし……」


「そうです……恐らく、犯人が持ち去ったのでしょう……」


「何か手がかりがないか、大図書館へ行こう……」


「ええ……あるといいですが……」


そして、2人は大図書館の中へ入った。


中は、入るとすぐに円形の大きな広間のような場所になっていて、上を見上げるとステンドグラスの大きな天窓があった。


そして光が当たることで、ステンドグラスの絵が大図書館の床に、鮮やかな色と共に出現していた。


絵は、エルガイアの神々をモチーフにしたものだった。


そして奥へ続く通路を見ると、木で出来た丈夫そうな本棚に、所狭しと様々な書物があった。


書物は元々あった物や、暗黒世界で冒険者が旅をする中で見つけた物だった。


そして、書物だけではなく、調べ終わった資料やグリモワール(魔道書)なども、閲覧することが出来た。


エルディアとカーリオは、すぐに奥へ進んだ。


中を進むと、いくつもある窓から夕日が差し込み、天井には神々の戦いを描いた絵が一面にあった。


そして館内が暗くなってきていたので、所々ランプが置かれ、中を照らし明るくしていた。


入り口の広間からいくつも通路があったことから、かなりの広さがありそうだった。


しかし、場所によっては、本の無い場所もあるようだった。


どうやら、これから見つかったときのための空間として、残されているようだ。


地下にも資料などがあったが、厳重な警備で守られている物もあるようで、一般の者は入ることはできなかった。


政治、経済、歴史、他種族の文化、音楽や芸術、宗教、魔法、武器や防具、自然や動植物、モンスター、料理に関するものなど、様々な書物があった。


エルディアたちは、アイテムに関する場所へ向かっていた。


「エルちゃん、確かアイテム関連は、こっちでしたよね?」


「カーリオ、こっちよ……」


エルディアが、指を指した場所へ歩いていると、本をたくさん手に持った人物と遭遇した。


顔が見えないほど、その人物は本を積み上げ、移動していた。


そして、その人物とぶつかりそうにカーリオがなった。


「―――おっと、これは失礼……」


本が崩れ、床に何冊か散らばった。


「ああ、ごめんなさい!」


その人物は、編みこまれた髪に緑がかった青色の鳥の羽飾りをしていて、草色の革の服に身を固め、メガネをかけた女性だった。


背丈は、エルディアよりも少し低いぐらいだった。


そして、カーリオとその女性、エルディアも加わり、すぐに落ちた本を拾っていた。


すると、カーリオがその人物が誰なのか、すぐに気が付いた。


「……ん、よく見ればあなたは……レビア、『レビア・クレール』じゃないですか」


そう呼ばれたその女も、少しずれたメガネを元に戻し、彼を見た。


そして相手がカーリオだと分かると笑顔になっていた。


「……カーリオ!珍しいわね、あなたがこんな所にいるなんて」


「ははっ、そうですね。普段の私なら書物よりも実際に見る方が好きですからね。ですが、今回は少し用事がありましてね」


「そうなんだ」


「それより、あなたの方こそ、西のエルフィニアへ調査に行っていたのではなかったのですか?」


「そうよ!それなんだけど……」


「あ、エルちゃん。紹介しますね、彼女は、私の研究室の隣の部屋の人です。名前は、レビア・クレールと言います」


「レビアって呼んで!」


レビアは、明るい声でエルディアに手を差し出した。


「エルディア・スティラートです。よろしく……」


エルディアも手を差し出し、2人は軽く握手を交わした。


そして、カーリオがレビアについて話出した。


「彼女は、かつて古代に冒険者として存在したクラス……『ビーストテイマー』と言われた者たちが扱っていた技術を研究しているんです」


「ビーストテイマー……確か、魔獣を操る……クラス……だったかな……?」


聞き覚えのあったその名称をエルディアは、呟きながら思い出そうとしていた。


「そうね……大体そんな感じかしら」


彼女の呟きを聞いたレビアは、軽く頷いた。


そして、それだけでは満足できなかったのか、ビーストテイマーについて説明を始めた。



【ビーストテイマー】


正確には、魔獣だけでなく、様々な魔物たちを従えることが出来るクラス。


このクラスが使う特殊な魔法の契約を、対象となるものと交わすことで、自らの支配下に置き、冒険や生活を共にすることが出来る。


伝説によれば、小さな小動物から大きな火を吹く魔獣、翼を持ち、大空を飛翔する幻獣、海の魔物たち、そして上級者になれば竜を従えた者も存在したと言うことだった。


しかし、このクラスの情報に関しては、現在、何も見つかってはいなかった。



説明をしているレビアは、目を輝かせていた。


「人以外のものたちと、生活できるなんて、素敵だと思わない?」


エルディアもイシュト村にいるときは、白いウサギを飼っていたことがあった。


だから、彼女の言いたいことも理解できた。


「……そうですね……わかります」


「そうでしょ!……あ、エルディア、私には普通に喋って!」


「うん、わかった……」


そして、彼女はビーストテイマーの魅力について語っていた。


人は、「自分の好きなことを話すときは、皆、ああなるものだ」と、カーリオはレビアを見て思った。


(……ふふっ、レビア……相変わらず、この話題になると嬉しそうですね……私も石の時はあんな感じなんでしょうか?……)


そして、一通り話し終えた彼女は、穏やかな表情になった。


「今日は朝から色々ここの本や資料を見ていたんだけど……特に目新しいものはなかったわ……ふぅ……やっぱり、ここじゃだめみたいね……」


「その様子だと、あまり進展はなかったみたいですね」


「うん……西の大陸で、ユニコーンを見たぐらいかな。他は、これといってなかったかな」


「ほう、ユニコーンですか……」


「レビア、角はあった?」


「うん、あった、あった、あったわよ!たてがみも綺麗でさー」


彼女の話が長くなりそうだと、思ったカーリオは、ここで話を切り上げることにした。


「レビア、申し訳ないんですが、我々は、これから調べものでしてね……」


「……あ、そうだったね。ごめん、私、喋りすぎたね……」


「また今度、話を聞かせて……」


「うん、いいよ!私はお腹が減ったから、この本仕舞ったら、何か食べに行くね。2人とも、それじゃ、また今度!」


レビアは笑顔で、山のように本を抱え、どこかへ向かっていった。


「元気な人……」


「ええ、いつも彼女は、あんな感じですよ。彼女は小さなときから動物に好かれると言っていましたけど、きっと、あの人柄が好かれる理由なのかもしれません」


「そう……(ちょっと羨ましいかも……)」


そしてエルディアとカーリオは、しばらく何か手がかりになる本がないか、探していた。


武器や防具などのアイテムは、まだまだ未知な部分が多いようで、本格的なものは、あまり無いようだった。


「新しい物も、ほとんど入っていないみたいですね……うーん、これでは……」


「そうね……」


2人の視線の先にある本棚は、空いていた。


そして、エルディアが隣の本棚に移動し、本を手にしようとしたとき、突然、隣に歩いてきた人物が彼女が手にしようとした本へ手を伸ばした。


そして手が、ぶつかりそうになった。


「―――あっ……」


「―――おっと、すまねぇ!」


その人物は、赤い髪をもった青年だった。


男は、手を引っ込めると、エルディアに話しかけてきた。


「……あんたも、その本読むのか?」


その本は、『海の魔物』と書かれていた。


エルディアは、今調べている事とは関係ないと思い、男に譲ることにした。


「いえ、どうぞ……」


「そうか、悪いな!」


そう言うと、赤毛の青年は軽く笑顔を見せ、本を手に取った。


そして、ページをパラパラとめくりながら、呟いていた。


「これじゃないな……くっそー……なかなかないもんなんだな……」


本を閉じ、また次の本に手を出そうとした。


すると、横から声が聞こえた。


「デュラーン!これに、載っていました!」


珊瑚色のポンチョを着た女性が現れ、赤い髪の青年に話しかけていた。


「一つ目の魔物の事なんですけど、多分これだと思うんです……」


この2人は、デュランとエリーシャだった。


デュランは、隣で本を見ているエルディアを気にしながら、小さな声でエリーシャに話しかけた。


「……おい、ここは大きな声を出しちゃいけねぇ場所だって言っただろ、静かに話しかけろ!」


「……あ、そうでした……ごめんなさい……」


「とりあえず、向うに行くぞ」


デュランは、モンスターに関する本を手に取り、エリーシャと共に机と椅子がある場所へ向かった。


そして、そこへたどり着くと、今日集めた情報から、どうするか考えていた。


分かったことと言えば、水の神殿のある島にいた魔物のことだった。


そして魔物に関しては、弱点などの見つかるものもいた。


しかし、問題のダゴンに関しては、これといった打開策があるわけではなかった。


「ローレライの奴らは、俺たち人間が、お前の住んでいた海域まで、行くことが出来れば、なんとかなるはずだが……問題はダゴンとハイドラって奴らだ……」


「今のところ、何も分かりませんでしたね……」


デュランは、顎を指先で弾きながら考えていた。


「何か、別の方法を考えたほうがいいのか……」


そしてその時、エリーシャのお腹が鳴った。


その音を聞いたデュランは、エリーシャを睨み付けた。


「おい……お前……さっき、露店で食べただろ……」


「ううっ……あれじゃ、足りません!」


「はぁ……お前らってそんなに食う種族なのか?……」


「……足を維持するのに、魔力を使うんです……」


「そうか……そうだったな……わかった。俺も腹減ったし、行くか!」


「はい!」


元気に返事をしたエリーシャは、何かを思い出した。


「……あ、そうだ。シュリンと食べませんか?」


「……ん、ああ、そうだな……」


「私、シュリンともう少しお話したかったんです……だめですか?」


デュランは、少し考えてから、エリーシャに答えた。


「………わかった。だけど、余計なことは喋るんじゃねぇぞ?」


「はい!」


「よし、んじゃ、行こうぜ!」


2人は、本を仕舞うと、シュリンと食事を取るために、外へ出て行った。



エルディアとカーリオは、その後、様々な本を見てみたが、特にこれと言ったものは見つけることが出来なかった。


そして、時間が経ったため、「食事を取りに行こう」と、カーリオが言ってきたので、エルディアは承諾し、2人は大図書館から外へ出た。


外は、すでに暗くなっていた。


そのため、かがり火から出た炎と橙色の煙が、夜の闇に美しく現れていた。


耳を澄ますと、どこからか、楽器の演奏と共に歌声が聞こえ、人々の声も聞こえた。


カーリオは目を閉じ、満足げな表情なった。


そして、祭りの音を味わうように聞いていた。


「祭りは、いいですね……心がはしゃぎます」


「そうね……」


エルディアも、なんとなくその風景や音を聞いていた。


そして、シュリンとの約束を思い出した。


「……そうだ……カーリオ。シュリンと会う約束をしているの」


「ええ、確かミレイもいるんでしたね?」


「うん」


「わかりました……はぁ……しかし、本当は……」


「分かってる……出会いを求めたいんでしょ……」


「ははっ!ばれてましたか……」


2人は歩き出した。


そして、エルディアが話しを続けようとしたとき、夜空から一羽の黒い鳥が、羽音を立てることなく、2人の前に突然舞い降りた。


「……ん?」


「……おや……?」


それは見覚えのある鳥だった。


全身を真っ黒な羽で覆われ、そして青く澄んだ星空のような輝きのある大きな瞳をもったフクロウだった。


思わずエルディアは驚き、その鳥の名前を叫んだ。


「―――ラウルス!」


カーリオも驚いていた。


「……これは……!?」


「どうして……ここに?」


そして、エルディアがあることに気が付いた。


「―――あ、カーリオ、見て!……ラウルスの足」


カーリオは、エルディアが言った場所を見た。


するとラウルスの足に手紙が括り付けてあった。


「……手紙ですね……我々にでしょうか……」


エルディアは、ラウルスに近づいた。


「とにかく、見てみよう……」


そして、手紙を手に取った瞬間、後ろから声がかかった。


「エルせんぱーーい!」


エルディアは、名を呼ばれたので振り返った。


すると、シュリンとミレイが必死の形相で走って来るのが見えた。


「シュリン……」


「ミレイもいますね……」


そして、シュリンとミレイが二人のもとへたどり着いた。


シュリンは、息を切らせていた。


「……はあ……はあ……はぁ……エル先輩……大変です……」


ミレイはあまり疲れていないようだった。


シュリンの背中を擦りながら、落ち着いて話しかけていた。


「シュリン、少し落ち着いてから喋りなよ」


「はあはあ……うん、寮からずっと……走っていたから……」


そして、息を整えると、シュリンは話し始めた。


「……なんか、クリスの父親が麻薬になる植物を栽培してたとかで、学生寮にある、息子の部屋にも自警団の人が来て、あの人が1人で独占して住んでいる部屋を調べたんです……そしたら……」


そこで、シュリンは息を呑み、そして大きな声で話した。


「……先輩、あのクリスって人………―――女だったんです!!」


その事実にエルディアとカーリオは驚いた。


「……えっ!?」


「―――なんと!」


「部屋から、女物の服やら色々出てきたみたいで、父親も認めたらしいんです」


そこで、エルディアはあることに気が付いた。


「……ということは……呼び出された悪魔は、クリスに最初から取り憑いていたってこと?」


「男は、銀製品などを身につけなくていいですからね」


ミレイは、怪訝な顔をして話した。


「だけど、なんですぐに悪魔の奴は、行動を起こさなかったんだろうね?」


カーリオは、腕を組みながら考えていた。


「うーん、そこは分かりませんね……」


シュリンは、話を続けた。


「それで、捕まった父親がクリスが、居なくなったって言っていたんです」


「どう言う事?……」


「悪魔に乗っ取られた、クリスは……」


そして、カーリオが手紙の事を思い出した。


「エルちゃん、なんだか悪い予感のようなものを感じます……手紙も読んでみましょう」


「……そうだった。読んでみよう……」


手紙は、魔女メディアからだった。


エルディアは、みんなに聞こえるように読み上げた。


「大地の迷宮に行くことばかり考えていて、あんた達に言うのを忘れていた事があったよ。クフィンって奴がニトクリスの鏡を見たってことを何となく、迷宮に入る前に思い出したんだ。そしてその時に、カロンの杖の鑑定ってのを学院長に頼まれていた事も思い出したんだ。カロンの杖ってのは、レジェンドユニークアイテムで魔力を使って、死者を呼び起こす事ができる『死者の杖』とも呼ばれるもんだ。そして、他にも強い霊力を持つ物から、『カロンの手』と言われるものを出すことも出来るんだ。これは、特に注意しなければならないよ!この手には、魂を砕く、即死効果があるんだ。だから少しの間、触れられると、すぐにあの世行きさ。鏡と合わさることでセット効果のようなものを生み出すんじゃないかって、ふと思ったから、あんたたちに、この手紙を書くことにしたのさ。これを悪魔が利用してなきゃいいけどね……。あたしは、これから大地の迷宮に挑むから、協力はできないよ。あとは、あんた達でなんとかしな。それじゃあね!」


手紙を聞き終えたカーリオは、自分の頭の中にあった断片が、いくつも合わさったようで何度も頷いていた。


「……なるほど、なるほど……エレーナ嬢から鏡を奪い、学院長からも杖を奪ったのは、クリスだったと言う訳ですか……そしてラドラー学院長は、カロンの手で殺害されたと言うことですね……その後、鏡の強い霊力に反応し、呼び寄せられたか、もしくは、ニトクリスの鏡の中からか……ポルターガイストが現れ、あの部屋に漂っていたと……」


「……と言うことは、学院長を殺したのは、アルプに乗っ取られたクリスと言うこと?」


腕を組み、鋭い目で話を聞いていたミレイが答えた。


「そうだろうね」


ようやく落ち着いたシュリンは服や髪を整えると、エルディア達に聞いていた。


「じゃあ、死者の杖は、クリスが持っているってことですよね?」


シュリンの問いにカーリオが答えた。


「恐らくは……しかし、何をするつもりでしょうか?」


「当然、死者を甦らせるつもりじゃない?」


「クリスが居なくなったってことは、もう行動に移しているってことよね……」


皆の話を聞いて、シュリンは楽しみにしていた祭りが台無しされたように思えたようだった。


かがり火を見つめながら嘆く様に呟いた。


「なんか物騒なことになりそうですね……。あ~あ、せっかく今日は、祭りだったのに……」


シュリンの呟きを何となく聞いたカーリオが、そこで何かに気が付いた。


「―――あっ……そう言う事ですか!エルちゃん、これは不味いことになりそうですよ!」


妹のミレイが、エルディアの代わりに聞いていた。


「突然どうしたんだい、カー兄?」


「今日はヴァルブルギスです。ヴァルブルギスの夜には、豊穣の祭りだけではなく、生者と死者の境が弱くなるときでもあるんです」


そこでエルディアもカーリオの言いたいことに、気が付いたようだった。


「……そうか……今日は死者を甦らせるには、うってつけの日……」


「少ない魔力で、死者を呼び出すことが出来るってことですよね……」


「つまり、悪魔は、この日を待っていたってことかい?」


「そうです!」


「じゃあ、どこに行ったのさ?」


エルディアは考えた。


「死者の多い場所……」


そこで全員、気が付いた。


「―――あっ!」


そして、同時に叫んだ。


「―――墓地だ!!」


「とにかく、急いで行きましょう!」


「シュリンは、自警団に連絡をお願い!」


エルディアにそう言われたシュリンは、両手の拳を握り締めて、答えていた。


「はい!」


ミレイは背中に背負った長剣に触れ、叫んだ。


「じゃあ、あたしは2人に付いて行くよ!」


「そうですね……戦士である、あなたの力を借りなければならないかもしれませんからね……(そんな事態にならなければいいんですが……)」


「それじゃ、行こう!」


「3人とも気をつけて!」


エルディア達は、シュリンを見ると、無言で頷いた。


すると彼女は、急いで自警団のいる場所まで、走っていった。


エルディアが、走り去るシュリンを見送ると、今度はラウルスが飛び去った。


彼女は、館に帰る盲目のフクロウに、礼を述べた。


「ラウルス、ありがとう……」


ラウルスは、エルディアの言葉に反応したのか、「ホー」っと一回だけ鳴くと、速度を上げ、夜空に吸い込まれるようにこの場を去った。


それを見た彼女は表情を引き締め、杖を手に持ち、歩き出した。


「墓地は、町の西だったわ……行こう!」


そして、エルディアたち3人は、墓地へ向かって走った。



レイアークの町の至るところから、橙色の煙が立ち昇り、ぼんやりとその色で町を包み込んでいた。


そして走りながら、カーリオは辺りを見ていた。


町の中は、彼らの思いとは違い、賑やかで和やかな雰囲気だった。


人々が、エールを片手に歌い、踊り、そして、楽しそうに、みな笑顔で話をしたり、食事をしていた。


「呑気なものですねぇ……」


「知らないのだから、当然さ」


「それに、まだ、決まったわけじゃないわ」


エルディアたちが、走ることで、煙の帯に穴が開いたようになり、形を変えていた。


そして、そんな中をしばらく走っていると、カーリオが突然、2人を止めた。


「エルちゃん、ミレイ、そろそろ墓地に着くはずです。ここからは、歩いていきましょう」


この辺りは人気がほとんど無い場所で、薄暗く、森の木々が見えていた。


慎重に行動したほうが良いと、バルガの若き魔道師は、そう判断したようだった。


「うん……(ちょっと疲れた……息を整えないと……)」


「あたしが、前に出るよ」


ミレイを先頭に、エルディアたちは進んだ。


進む方向の右には森があり、左には古い石造りの家が連なる住宅街があった。


彼らは、その間にあった石で出来た道を慎重に歩いていた。


この辺りの家には、人気がないようで、どうやら空き家が多い場所のようだった。


そして、そこを進んでいくと、大きな木の板の柵で覆われている場所が見え始めた。


この辺りには、かがり火は無いようで、明かりといえば月明かりしか無いような場所だった。


しかし、今日の夜空は、雲がほとんど無かったため、月や星々の光がその場所を照らしていたため、真っ暗と言うわけではなかった。


そして、入り口が見え始めた。


すると、先頭にいたミレイが何かに気づき、無言で後ろにいた2人の歩みを止めさせた。


そんな妹の姿を見たカーリオは、すぐに小さな声で尋ねていた。


「ミレイ、どうしたんですか?」


「早速、入り口に何かいるよ」


「……え?」


ミレイは、2人の手を引っ張った。


「隠れて、様子を見よう!」


3人は、近くの木に隠れた。


そして、入り口の様子を伺った。


入り口には、2本の大きな白い石の柱があって、その柱にらせん状に穴が開けられていて、そこに火の灯ったロウソクが入っており、入り口付近をその光でぼんやりと照らしているのがわかった。


そして、その光は近くにいる、白い大きな何かを照らしていた。


それは良く見ると、人の骨で構成され、金属の鎧を着ていた。


エルディアは、それが何であるか知っていた。


「―――あれは……スケルトン!……だけど……」


「そのようですね……」


「ふーん、あれがスケルトンって奴か……聞いたことがあるけど、ほんとに骨だけだね……」


そして骨の魔物を良く見たエルディアは、何か違和感を覚えた。


「……?……あの柱って……カーリオより、大きかったよね?」


「ええ……そのはずです……」


「ってことは、あいつ……」


エルディアたちの視線の先にいるスケルトンは、入り口の柱よりも頭2つほど大きかった。


「何あれ……相当大きいわよ……」


カーリオは、他にも気づいたことがあったようだった。


「何か武器を持っていますね……」


スケルトンは、何か剣のような物を持っていた。


そして、ほとんど微動だにせず、入り口を守っていた。


それは、まるで、この墓地の番人のように見えた。


骨の番人を見ながら、カーリオは更に詳しく敵について考えていた。


「……しかし、あの大きさから考えると、恐らく、昔、闘技場で活躍したグラディエイター(剣闘士)の骨の可能性が高いですね」


「スケルトンウォーリアーってこと?……」


「聞いた事があるんです……はるか昔の闘技場で名を馳せたと言う、巨漢の戦士のことを……」


「じゃあ、不味いんじゃないのかい?」


エルディアは、この町でずっと眠ってきた人々の事を考えた。


「もし……あそこの墓に眠っている人々が、全て出てきたら……」


エルディアの呟きを聞いたカーリオは、ロッドを握りしめ、敵を見つめた。


「……これは、自警団を待っている暇は、無さそうですね……」


ミレイは束ねられた長い髪を揺らし、振り向くと、背中にある剣の柄に手をかけた。


「カー兄、やろう!」


「乗っ取られたクリスを、止めないと……」


「まずは、あの入り口を守るものをどうにかしますか……」


エルディアは、スケルトンの対処法を知っていたので、そのことをミレイに話すことにした。


「ミレイ、スケルトンの頭を砕けば、とりあえずは、活動を停止させることができるわ……やれる?」


それを聞いた、バルガの若き女戦士は、嬉しそうに答えていた。


「ああ、大丈夫、やってやるさ!母さんに買ってもらったこの剣は、少しだけど、光の属性が付与されているんだ。だから、他の物よりは砕きやすいし、あとはあたしの腕で、なんとかするよ!」


「それで、少しだけ黄色に光っていたのね……」


妹の表情を見たカーリオは、なぜか困ったような表情になっていた。


「母がミレイが学校に入ったときに買った、レアアイテムなんですよ……。普通はみんな、可愛らしい服とか言うんですがね……」


兄を見たミレイは、小さな声で笑っていた。


「ははっ!あたしは、早く母さんのような戦士になりたかったのさ!」


「はあー……困った妹です……」


軽くため息ついたカーリオは表情を元に戻すと、ロッドを両手で握りしめ、軽く息を吐き、心を落ち着かせた。


「ミレイ、私が魔法をかけたらあなたは、敵に向かってください。エルちゃんは、援護を頼みます」


「わかった……」


兄にそう言われたミレイは、獲物を捕らえる肉食獣のような目で、敵を見ながら柄に手をかけ、厚めの唇の端を僅かに歪ませ、笑みを浮かべながら答えていた。


「ああ……わかったよ」


そんな妹を見たカーリオは、心で呟きながら目を閉じた。


(……全く、母と同じ反応をするんですから……年頃の娘が剣を振り回すことに喜びを感じるなんて……兄としては……おっと、今は戦いに……)


そして、彼は戦いに意識を向けると、魔法の詠唱を開始した。


カーリオが詠唱するのを見たエルディアも、魔法の詠唱を始めることにした。


(まずは……ロックシュートで……)


辺りは、スケルトンがいなければ、いつもと変わらぬ平和な夜の町の光景が広がっていた。


そして、カーリオが魔法を完成させた。


「まずは、敵の動きを鈍くします!」


カーリオは、隠れていた場所から飛び出た。


それに、合わせてミレイも剣を両手に持ち、敵に向かった。


そして、少しの間をおいてエルディアも魔法を完成させ、後に続いた。


かつて、闘技場を賑わせていたと言う大きなスケルトンウォーリアーとの戦いが始まった。


敵の視界に、エルディア達は入った。


そして、スケルトンが頭を動かし、3人を見た。


頭蓋骨の目の部分の奥に僅かに赤く光る鬼火のようなものがあった。


そして、その目で捉えた人間たちを、墓地へ侵入する敵だと、認識した。


スケルトンは、動き出した。


しかし、カーリオが、すぐに魔法を唱えた。


「―――サンドフェッター!」


すぐに効果は現れ、骸骨の戦士は足元から膝ぐらいにかけて、纏わり付く砂で、覆われた。


すぐに仕留められると判断したミレイは、敵に一気に近づいた。


するとスケルトンは、その砂を引き剥がした。


ミレイとカーリオは驚いた。


「―――なんだって!?」


「まさか!?」


そしてスケルトンは、手に持った剣でミレイを攻撃した。


ミレイは、すぐに長剣で、その攻撃を受け止める。


しかし敵の攻撃が思いの外、重い一撃であったため、ミレイは軽く膝を落とした。


「―――くっ!見た目より、重い攻撃だ……カー兄、どうなってるのさ!」


敵の武器をカーリオは、よく見た。


この巨漢のスケルトンが持つにしては、細く短い剣に思えた。


「あの武器は……あの形状……どこかで………どうやら、抵抗を持っているようですね……」


そのとき、エルディアが叫んでいた。


「スケルトンの後ろを見て、誰か倒れているわ!」


2人は、彼女の言う場所を見た。


すると、そこには戦士風の男がうつ伏せに倒れていた。


カーリオは、その男をよく見た。


「この男は…………」


どこかで見たことがあった。


そしてその男を見ながら、カーリオが記憶を辿っていると、スケルトンが再び攻撃をし始めた。


スケルトンの重い、横になぎ払う攻撃を後ろに飛びながらミレイは、剣で受け止めた。


金属のぶつかる音と、小さな火花が出た。


後ろに滑るように着地すると、エルディアがロックシュートを放った。


「魔弾を解き放て!―――ロックシュート!」


スケルトンの骨が、むき出しになっている肩に命中した。


かつての剣闘士は、僅かによろめいた。


しかし、特にダメージを与えているようではなかった。


そしてミレイに近づき、間合いを詰めようとしていたスケルトンは、進むのをやめ、警戒しながら剣を構えた。


そして倒れている男を見ていたカーリオが思い出していた。


「あの武器、シャムシールですね……それに良く見れば、倒れている人物の片腕が無い……―――思い出しました!……クフィンの同僚の方ですね。名はデニスだったか……」


彼が思い出している中、ミレイは再び切り込んでいた。


そしてエルディアも次の魔法の詠唱を始めていた。


「レアな武器だと、クフィンに自慢していたのを思い出しました!」


「それは、少し厄介だね!―――はあ!」


ミレイは、連続で何度か切りつけた。


しかし、スケルトンウォーリアーは、その攻撃の全てを、シャムシールで弾いた。


すると、今度はエルディアが、炎の魔法を放った。


「敵に炎の一撃を!―――ファイアーボール!」


魔法を放った時には、骸骨の戦士はすでに動いていた。


ぎりぎりのところで、それをかわすと、近くにいたミレイに切り込んだ。


ミレイは、長剣でそれを受け止めると、今度は力強く前へ踏み込み、シャムシールを持っている相手の右手を上へ切り上げた。


再び火花が散り、スケルトンの腕が打ち上げられ、体に隙が生まれた。


ミレイは、その隙を逃さなかった。


(―――逃さないよ!!)


鋭い目つきで、口元に笑みを浮かべ、両手で長剣を握りしめ、敵の頭に向かって素早く突きを繰り出した。


しかし、敵は左手で彼女の体を殴りつけていた。


(―――何っ!?)


敵の顔に剣が届く寸前でミレイは飛ばされた。


「―――くっ!」


思わずエルディアはミレイの名を叫んだ。


「―――ミレイ!」


ミレイは、すぐに答えた。


「これぐらい、なんともないよ!」


その時、ミレイに近づこうとしたスケルトンにカーリオがファイアーボールを放ち、牽制していた。


全てを防がれたのにもかかわらず、ミレイは先ほどと変わらぬ表情をしていた。


「ふふっ……やるねぇ……あたしも段々調子が出てきたよ」


敵は隙を見せる事無く、再び武器を構えた。


妹の攻撃を一発も喰らっていない相手の強さに、カーリオは驚いていた。


「骨の戦士となっても、この強さとは……やはり、名のある剣闘士だったんでしょうね……」


エルディアも同じく、なかなか倒せない相手に驚き、そして墓地の奥へ、進めない事に焦りを感じていた。


(……まだ、入り口にさえ入っていないのに……不味いわ……)


そして、カーリオが石の地面にロッドを突き立て、両手で握りしめると目を瞑った。


「少し魔力を消耗しますが、あれを使いますか……」


エルディアは、特に策が思いつかなかったため、カーリオに任せることにした。


「カーリオ、まかせる……」


「エルちゃんは、援護を!ミレイは、注意をひきつけて下さい!」


「わかった!」


「……あたし1人でこいつと決着をつけたかったけど……時間がないんだったね……わかったよ!」


そして、ミレイは切り込んでいった。


「―――はっ!」


スケルトンウォーリアーは、その攻撃を受け止めた。


そしてすぐに、ミレイを押し返した。


ミレイは注意を引くために、横へ飛んだ。


しかし、スケルトンは、ミレイを見る事無く、真っ直ぐに進んだ。


その先にはエルディアとカーリオがいた。


「―――しまった!」


エルディアは、魔法を詠唱し、それを終わらせた瞬間だった。


すぐに、彼女は魔法を使用するかと、思われた。


しかし、エルディアは片手で杖を構えた。


そして、敵が近づいてきた。


彼女は杖で突きを放った。


スケルトンは横に回転し、シャムシールでエルディアの杖を水平になぎ払い、回転した力を利用し、もう一度切りつけようとした。


ミレイが叫びながら走っていた。


「―――エルディア!」


骸骨戦士の刃が、彼女を襲う。


しかし、エルディアはそこで、もう一方の空いた手で自らの体に触れ、魔法を発動させていた。


「―――マナシールド!」


淡い水色の半透明の膜を幾重にも重ねたようなものが現れ、エルディアの体を包み込んだ。


そして、スケルトンの放った刃は、その膜にあたると、一瞬止まり、その後、振り回す速度を落とし、弾かれた。


エルディアは、すぐに敵から離れた。


(……あぶなかった……)


追いついたミレイが、敵を後ろから攻撃していた。


「―――喰らいな!」


しかし、スケルトンは横に飛び、それを回避する。


―――ブンッ


そして、敵はカーリオを攻撃しようと近づいた、そのとき、彼は魔法を完成させた。


カーリオもまた、バルガの血を引いているためか、母や妹と同じように嬉しそうに笑みを浮かべながら、魔法を発動させようとしていた。


「(今宵は祭りの夜……舞い踊るのも……また……ふふ……)……大地よ、跳舞せよ!」


そう唱えると、彼の持っていたロッドの赤い玉の部分が、黄緑色の光を放った。


そしてカーリオは、敵の足元へ飛び込んだ。


飛び込むと同時に、光るロッドの玉の部分を地面へ押し付け、彼は叫んだ。


「―――『グラウンド・ライジング』!!」


すると、カーリオの周囲の地面が揺れた。


そして、彼の周りの地面が盛り上がり始めると、今度はそこから無数の円柱状の土の柱が空へ向かって突き出るように、道に敷き詰められた石を打ち出しながら出現していた。


カーリオの背と同じぐらいの高さの、いくつもの土の柱がスケルトンを襲った。


顔や体、足や腕など、様々な場所に柱は現れては砂となって崩れ消え、敵の体全てを、殴りつけるように骸骨の戦士に、容赦なくダメージを与えていた。


なんども体制を立て直そうとするが、次から次へと襲ってくる土の柱の前に、為す術もなかった。


そして剣闘士だった骸骨の戦士は、もがきながら、魔法の効果範囲外へ出ようと試みた。


しかし、その時ミレイが飛び上がり、長剣を敵の頭目掛けて、振り下ろしていた。


「……古代の英雄よ、安らかに眠りな!」


かつて名を轟かせた闘技場の英雄は、白い髪のバルガの女戦士によって、頭蓋骨を真っ二つに割られた。


割れた部分から、黒に近い青紫の気体があふれ出ていた。


そして、それはカーリオの放った魔法の効果と共に、消えてしまった。



【グラウンド・ライジング】


大地の魔法。


術者の周囲に、土や石の柱を出現させる事ができる。


柱の攻撃は、打撃に近いダメージを与えると言われている。


また、込める魔力の量によって、範囲や効果時間などが変わる。



敵を倒したミレイのもとに、エルディアとカーリオは近づき、その亡骸を見ていた。


かつて闘技場で名を馳せた英雄の骨は、バラバラになって地面に散らばっていた。


それを見たエルディアは、哀れに思った。


「静かに眠らせてあげたいけど……」


「……そうですね。しかし、今は……」


ミレイは、奥に倒れているデニスを調べていた。


「……だめだね……この男……死んでるよ」


「……そうですか……あまり面識はありませんでしたが……」


カーリオは、彼に近づくとデニスを仰向けに寝かせ、片手をみぞおちあたりに添えさせた。


そして目を閉じ、3人はこの自警団の男の冥福を祈った。


すると、墓地の奥から、何か音が聞こえ始めていた。


「―――何!?」


エルディアは、音のする場所を見つめた。


音は、乾いた木の棒同士を擦ったり、軽く叩き合ったりしている時に出るような音だった。


ミレイが何かに気づき、叫んだ。


「2人とも、奥からたくさん何か来るよ!」


3人が武器を構え、警戒しながら見つめていると、墓地の奥からぞろぞろと、スケルトン達が現れていた。


そしてその数は、列を成すほどだった。


「……これは、また……多いですね……」


「だけど、どれも普通のスケルトンみたい……」


「これは元を断たなきゃ、だめみたいだね!」


「自警団がじきに到着するはずですが……」


「待っていたら、増えていくだけだわ……ここは本来、故人が安らからに眠る場所……」


「なら、ここを強行突破して、一気にクリスの元へ行こう!普通のスケルトンなら、3人で倒せるよ!」


ミレイの提案に、エルディアは反対した。


「……だめよ、危険だわ!何が甦らされているか分からないのよ?」


反対されたミレイは、敵の群れを睨みながら、長剣を握りしめ、墓地の奥へと歩き出そうとしていた。


「待つのは、あたしの性分じゃない!」


カーリオがすぐに妹に近づき、肩に手を置き、諭す様に話しかけた。


「ミレイ……逸る気持ちは分かりますが、エルちゃんの言うとおり、ここは、町に広がるのをここで抑えながら、自警団の到着を待つべきです。あなたの欲望を満たすために、我々はここに来たのではないはずですよ……」


2人から言われたミレイは、渋々といった感じで承諾した。


「………わかったよ。(さっきのスケルトンと戦って、少し遅れをとったから、ちょっと熱くなったみたいだ………戦いにおいて、冷静さは、何よりも必要だったね……特にあたしには……)」


ミレイは母親のジルメイダに、よくそのことについて指摘されていた事を思い出していた。


そして、「常に冷静である兄を少しは見習わなければ無いらない」、と彼女は思った。


ミレイは落ち着きを取り戻すと、今度は落ち込んだように表情が少し沈んでしまった。


(母さんみたいになるには、まだまだだね……)


そんなミレイを見たカーリオは、冗談交じりに両腕を広げ、話しかけていた。


「……ミレイ、兄の腕の中で泣いてもいいんですよ?私の腕は美女を抱擁するだけのものではありませんからね、さあ!」


そんな兄の姿を見たミレイは、すぐにカーリオを睨み付けた。


「……叩き切るよ?」


妹の表情が元に戻ったのを見たカーリオは、笑顔でそれに答えた。


「おー怖いですねぇ……ふふっ(あなたは、その表情の時が一番、実力を出せるはず……本当は、何気ない笑顔がいいんですが……)」


どうやら、兄として彼なりに元気付けたようだった。


そして、エルディアが何かに気づき、バルガの兄弟に向かって叫んだ。


「―――2人とも、骨の集団が来るわ!」


カーリオはロッドを、ミレイは長剣を構えた。


「はぁ……たくさんいますね……」


気持ちを元に戻したミレイは、仕返しとばかりに兄に話しかけていた。


「カー兄、美女だった人がいるかもよ?ははっ!」


妹の言葉を聞いた彼は、骨の集団を眺めた。


「元美女ですか……見る影もありませんね……」


そしてエルディアが、敵の集団にファイアーボールを放っていた。


「―――ファイアーボール!」


炎の玉は勢い良く飛んでいくと、集団の先頭にいたスケルトンに命中し、小さな爆発が起こった。


炎と煙が出て、辺りの草を焼いていた。


どうやらエルディアは、通常よりも魔力を込めて放っていたようだった。


エルディアの魔法の威力を見たミレイは感心していた。


「やるね、エルディア!」


「なんとか、ここを守らないと……」


「私も、援護します!ミレイ、前衛を頼みますよ!」


「ああ、まかせなよ!」


3人の戦いが、再び始まった。



場所は変わって、ここは、クフィンやエレーナ達がいるマキュベル邸。


様々な場所から明かりが漏れているこの豪邸から、光だけではなく、優雅な曲も溢れ出ていた。


その豪邸の中で、クフィンはエレーナの手を握り、音楽に合わせて踊っていたのだった。


ゆったりとした、緩い曲調の音楽が響き、2人以外にも男女がペアとなって、会話を楽しむかのように舞い遊んでいた。


エレーナは、終始嬉しそうに目を輝かせ、この時間を楽しんでいた。


「フフッ、クフィン!この曲は男性が女性を優しくリードする曲よ、がんばって!」


対照的にクフィンは、相変わらず無表情だった。


そして、目の前にいる女のことを思った。


(………こいつは、なぜそこまで楽しめるんだ?……今日の俺の態度を見れば、分かるだろう……こんな所に来たくは無かったのを、お前は知っているはずだ……悪魔のような女め……)


そこで、クフィンは奇妙なことを思った。


(―――まさか……こいつ!……悪魔に取り憑かれているのか?)


クフィンは、エレーナの手を強く握り、彼女の顔へ自分の顔を近づけ、そして深紅のドレスを着た女の目を強く見つめた。


「―――えっ!ちょっと、どうしたのクフィン?」


突然のことでエレーナは驚いた。


そして恥ずかしさから、顔を少し赤らめ、愛する男の視線から逃れるように顔を背けた。


エレーナのそんな態度を見たクフィンは、自分の考えが杞憂だった事を悟った。


(そんなはずは、無いか……)


そして、部屋の入り口から、慌てた様子の自警団員が入ってきた。


「ダルグレン自警将!大変です!」


音楽の演奏が止まった。


ジェラルドは、入ってきた部下を睨みつけた。


「もう少し、静かに入って来れんのか?」


「……あっ!これは申し訳ありません!しかし、緊急事態なのです!」


「……どうかしましたか?」


団員の慌てふためく姿を見たチェスターが、表情を曇らせ、ジェラルドに尋ねていた。


ジェラルドは、部屋にいる人々を安心させるために笑顔で叫んだ。


「部下が驚かせようで申し訳ありません。ですが、みなさん、ご安心ください!ここは特に治安の良い、安全な島の中央の町です。起こることなど、たかが知れています!そして、私はこの地域の安全を守る最高責任者でもあります!みなさんの安全は、この私、ジェラルド・ダルグレン自警将が保障致します!ですから、どうかご安心を!」


そして、楽器を持っている者のところへ行き、演奏の再開を頼んでいた。


曲が再び奏でられ、部屋を満たした。


人々は、不安な表情から解放され、元の賑わいを取り戻していた。


「ちょっと失礼します……」


チェスターにそう言うとジェラルドは、部屋の隅に部下を呼び寄せ、話を聞いていた。


団員の表情から胸騒ぎを覚えたクフィンは、エレーナから離れ、小さな声で話している二人に近づいた。


「―――あ、クフィン!(……もうっ!)」


(………何かあったのか?)


近づくと、冒険者を引退した初老の団員が、興奮気味にジェラルドに話しかけていた。


「先ほど、通報が何件かありまして……内容は町の西側で魔物を見たと言うことです!」


その報告を聞いたジェラルドは驚いていた。


「―――モンスターだと!?この島の中央のレイアークの町でか?」


「はい、話によると、スケルトンが多数だと言うことです!」


「大勢いるというのか?」


「はい!」


「この島に……信じられん……どういうことだ?……」


ジェラルドは目を左右に揺らし、動揺しながら考えていた。


そして、あることに気が付いた。


「………町の西側と言ったな?」


「はい!しかし、それが何か?」


そのやり取りを聞いたクフィンも気が付き、思わず口に出していた。


「西には、墓地がある……」


ジェラルドは、息子を見た。


「そうだ……お前の言うとおりだ。そこ以外に特に思いつかんが……しかし、どうやって……」


「それなんですが、通報者の1人にシュリン・マーベリックと言う、魔法学院の学生がいまして、その者が話していたんですが……」


その名を聞いたクフィンの表情が変わった。


そして、その団員のもとへ近づいた。


「―――おい!その話、詳しく聞かせてくれ!」


「ああ、かまわんよ」


自警団の男は、話し始めた。


その人物が言うには、ヴィガル商会のクリス・ヴィガルが死者を甦らせる事ができる杖『死者の杖』を持ち、墓地へ向かった可能性が高いと言うことを、その女の子の学生が話していたとの事だった。


そして、自分の仲間がそこへ向かったと。


クフィンは、その説明を聞いて、すぐにエルディアの事が頭をよぎった。


「―――エルディア!!」


クフィンは、すぐに歩き出した。


しかし、後ろから声がかかった。


「クフィン!お前はここに居ろ!」


父親のジェラルドだった。


彼はすぐに、クフィンに近寄り、小さな声で話しかけた。


「お前はここに居て、このマキュベル邸を守り、エレーナを安心させてやれ」


「ここには、入り口に団員が守りに付いているでしょう……俺は必要ないはず……」


「クフィン、マキュベルの人々は、お前に守って欲しいと思っているんだ。……少しは点数を稼ぐ事を覚えろ」


クフィンは、すかさず反論していた。


「しかし、スケルトンが確認されたのは西です。つまり、この東の端にある場所に魔物の姿が現れたならば、もうそれは、町全体が魔物に占拠されているのと同じではないのですか?」


いつの間にか、エレーナがクフィンの隣にいた。


「クフィン、お義父さまの言う通りよ。あなたは、ここに居て……そうしてくれれば、みんな安心するわ!」


「エレーナ、俺は自警団員だ。町を守るのが俺の仕事だ」


「そんな危険で泥臭い事、他の人に任せればいいじゃない。クフィンが怪我をしたらどうするの!?」


「エレーナ、町の西には、仲間がいるんだ。恐らく、戦闘状態にあるだろう……だから、俺は行く」


エレーナは去ろうとするクフィンの手を掴み、尋ねた。


「エルディアの名前を叫んでいたけど……もしかして、そこにいるの?」


振り返るとクフィンは、その問いかけに迷う事無く答えた。


「ああ、そうだ。いるはずだ!」


「(―――またあの女……)………だめよ……クフィン……行ってはだめ……」


「離せ、エレーナ……」


エレーナは、手を掴んだまま離さなかった。


そして、彼女は心に秘めていた思いを語った。


「クフィン!私達と彼らじゃ、生きる場所が違うのよ。食べる物や着る物、住んでいる場所。そして生活する中で生まれる価値観や物の見方、全部違うのよ!……彼らはみっともなく、その日その日を生きるだけの人々……でも、あたし達は違う!なに不自由なく絢爛豪華で豊かな毎日を送りながら、世の趨勢を眺めることができるわ!それは、より高きに立つということ……つまり、選ばれた人なのよ!ここ以外にあたなが満たされることなんてないわ!だから、あんなラーケルの田舎娘なんて放っておいて……」


エレーナの熱い思いに答える事無く、クフィンは冷たく言い放っただけだった。


「手を離せ、エレーナ……」


強引にエレーナの手を離したクフィンに、父親のジェラルドが、息子に向ける目とは思えない冷酷な目を向けながら近づき、叫んだ。


「クフィン・ダルグレン自警曹!………君は、このマキュベル邸を魔物から守る任に就きたまえ!―――これは命令だ!」


「………」


しばしこの親子は睨み合った。


(俺は……俺は、どうしたいんだ?……)


クフィンは自問していた。


様々なことを考えた。


今まで生きてきた事やこの流れに身を任せた後の事、これまでに出会った人々。


色々な言葉や映像が脳裏をかすめる。



「……あなたが、満たされることなんてない」



そして、先ほどのエレーナの言葉の中に、クフィンの心に変化をもたらす言葉があったことに、彼は気付いた。


(………俺は……)


クフィンは、漠然とだが自分の進むべき道を見たような気がした。


ブルーアッシュの髪を持つ自警団員の青年の目に、僅かだが光が戻った。


彼は、その目でエレーナを見つめ、話しかけた。


「エレーナ、お前の食している物や身に着けているものは、誰かが一生懸命、汗を掻いて作り上げた物だ……より高き者ならば、それを忘れるべきではないはずだ。そして、この町の治安が維持されているのもそうだ。命を賭け戦っている者がいるからだ……最後にお前から良いことを聞いた……それは、俺の心が何によって満たされるのかと言うことだ。俺は、お前が言う暮らしで満たされることはないんだ……俺が満たされるのは………あの女の笑顔を見た時だ……」


クフィンは、今回のクエストのことを思い出していた。


(……そうだ……俺は、彼女といることで、初めて満たされたんだ。理屈じゃない温かい何かで、心が埋まり、そして満たされたんだ……だから………俺は……)


この時、クフィン・ダルグレンの心は決まった。


彼の目に、クエストから帰ってきた時のような、力ある生気の宿った鋭い眼差しが戻った。


そしてクフィンは、その眼差しを父親に向けた。


「父よ、俺は今をもって、自警団を辞める……」


彼は、サーコートの胸元に付いていた自警団の証である、『ガーゴイル』と言われる魔物をかたどったバッジを外し、テーブルに置いた。


ジェラルドは、表情を変える事無く、息子に尋ねていた。


「クフィン、生活はどうするつもりだ?」


クフィンは、近くの壁へ向かって歩いた。


「生活か……俺と俺の愛した人と……あと、1人2人が食べていけるだけの糧は、俺自身が稼ぐさ……これでな!」


そして彼は部屋の隅の壁に、かけていた自らの剣を手に取り、父に見せた。


「クフィン!」


エレーナの声を無視し、彼はそのまま、部屋を出て行った。


部屋には、泣き崩れるエレーナがいた。


そして、ジェラルドは、エレーナに近づき、彼女の肩に手を置き、話しかけた。


「エレーナ、大丈夫だよ……」


「うう………でも、お義父さま……彼は……ううっ……」


泣き続けるエレーナとは違い、ジェラルドは笑みを浮かべていた。


「あいつは必ず戻ってくるよ……ふふふ……私には分かるんだ……あいつは、戻ってくる……」


エレーナは泣くのを止め、ジェラルドを見た。


「………本当ですか?」


「ああ、本当さ。私と彼は同じ血を持った親子だからね。あいつの事はわかるんだ」


「……でも……」


「エレーナ、クフィンと君は、まだ若い。だから、少しだけ、あの男に時間を与えてやってくれないか?」


「クフィンが戻ってくるのなら……」


渋々承諾したエレーナを見たジェラルドは、静かに立ち上がると、息子が去っていった場所を見つめていた。


(我が息子よ……暗黒世界へ赴き、絶望して来るがいい……それまで、お前は自由だ……ふふ………)


そして、ジェラルドも部下を伴い、部屋を出て行った。


自ら陣頭指揮を執り、レイアークの町を魔物から守るために。


町の中央辺りで、デュランとエリーシャは、歩いていた。


「おい、エリーシャ……お前、さっき言ってた事、嘘だろ?」


エリーシャは、振り返った。


「ふぇ、にゃにがべふか?」


「食いながら喋るんじゃねぇ。何言っているか分からねえだろ!」


彼女は、かぶりついていたパンに揚げた肉とハーブが挟まった物を口から離した。


「あ、すいません……それで、何がですか?」


「お腹が減るのは魔力を使うってやつだ」


「本当ですよ、本当です!」


「単に腹が減ってるだけだろ?」


「そんなことないです!」


彼女は、この人間の世界が珍しいらしく、様々な物に興味を示していた。


特に、食べ物に興味があるようだった。


露店で、美味しそうな物を見つけては、デュランにせがんで買ってもらっていたのだった。


力強くデュランを睨んできたため、彼はこれ以上言うのを諦めることにした。


「……ああ、もうわかった。面倒くせえし、そう言うことにしておいてやるぜ……」


それを聞いた人魚の娘は表情を元に戻すと、頭を左右に振り、辺りを見ていた。


「そう言えばデュラン。シュリン、見つかりませんねぇ」


「……そうだな。寮に行っても居なかったし……あいつ、どこに居やがるんだ?」


「あのシュリンが居た建物。なんだか騒がしかったですねー」


「……ああ。学生どもが、騒いでいたな……ありゃ、祭りで騒いでいる感じじゃなかったな……」


そして、2人が、西の方へ向かって歩いていると、遠くの方から走ってくる者がいた。


その者は、デュランとエリーシャに気付いたらしく、大きな声で叫びながら、2人のところまで走ってきた。


「あーにきー!」


デュランは、その人物が誰なのか、声で分かった。


「……シュリンだ。あいつ、どこに居やがったんだよ……兄として、ちょっと説教でもしてやるか……」


そして、シュリンが荒い息を付きながら、2人の所へやって来た。


「……はぁ、はぁ……」


「おい、お前……そんなに走って……えらく楽しんでいるな、この祭り……」


能天気な言葉を聞いたシュリンは、キッと兄を睨みつけ、叫んだ。


「―――そうじゃないわよ、馬鹿!」


デュランは突然、妹に喧嘩腰で言われたために怒った。


「……なんだと、てめぇ!」


シュリンは、そんな兄のことを気にする事無く、必死の形相でデュランに話しかけた。


「兄貴、大変なの!」


妹に、何か言おうとしたデュランだったが、彼女の普段とは違う真剣なその表情から、彼は何かを感じ取っていた。


(……シュリン……こりゃあ、何かあったな……)


デュランは緊急の事態を察知し、すぐに尋ねた。


「シュリン、どうした。言ってみろ!」


「実は……」


シュリンは、ここに来るまでの事を短くまとめて説明した。


それを聞いたデュランは驚いていた。


「―――本当かよ!それは、不味いな……」


「自警団には連絡したの!だけど、到着を待っていられないのよ!エル先輩が……」


「……先輩?お前の大切な人か?」


「一緒の部屋の人で、いつもとても良くして貰っているの……だから!」


「よし、分かった!俺もそこへ行くぜ!」


デュランの隣にいたエリーシャもまた、真剣な表情でシュリンに尋ねた。


「シュリン、場所はわかりますか?」


「うん!だけど、エリーシャさんは……」


2人が離れられないことを知らないシュリンは、エリーシャには、ここに残るように言おうとしたが、エリーシャは、パンをすぐに食べ終え、水の入った皮袋で喉を潤すと、決意に満ちた表情で、デュランの妹に話しかけた。


「いいえ、行きます!あたしでも、何かきっと役に立てることがあるはずです!」


「……そうだな……悪いが、エリーシャも来てくれ!」


いざとなった時、いつも必死に何かをしてくれた、変わらぬ兄のことを思い出したシュリンは、笑顔で感謝の気持ちを述べた。


「兄貴、ありがとう!エリーシャさんも!」


「すぐに、行こうぜ!場所を教えろ!」


「―――こっちよ!」


叫ぶと、彼女はすぐに走り出した。


そしてデュランとエリーシャは、シュリンの後に付いて行った。


しばらく、道を進むと、目の前に森があり、左右に道が分かれた場所が見えてきた。


そして、人の悲鳴が聞こえた。


「きゃああーー!」


声のした場所を見ると、そこに白い骨の魔物がいた。


そして他にも大量にその魔物は、森の木々の隙間から続々と町の中へ姿を現しているところだった。


それを見たシュリンは、エルディアの事を思った。


「もう、あんなに出てきてる……エル先輩……」


デュランは、その魔物の正体を知っていた。


「スケルトンってやつか……見たところ、動きはそれほどでもなさそうだな……(俺でも十分やれそうか?……)」


エリーシャは、始めて見るスケルトンに驚いていた。


(……骨の魚は見たけど……あんなのもいるんだ……)


デュランは、腰から短剣を抜き、骨の集団に襲われそうになっている女性に近づくと、声をかけた。


「―――おい、町の東へ逃げろ!」


「は、はい!」


女性はデュランの声で我に返り、急いで逃げて行った。


デュランは、辺りを見た。


「結構居やがるじゃねーか!」


「兄貴、墓地の入り口は、こっち!」


シュリンは、左右に分かれた道を左へ曲がった。


2人はそれに付いて行った。


そして、3人はしばらく無言で辺りを警戒しながら、走っていた。


左側には、古民家のある場所で、右側は森の広がる場所だった。


そして、町の北西の森の中を切り開いて出来たのが、この町の墓地のある場所だった。


走っていると、向かっている先の方から、人の声が聞こえた。


どうやら、誰かが戦っているようだった。


「くそ!増援はまだか!?」


「隊長!スケルトンウォーリアーが3体、そして後方にスケルトンアーチャーが5体いるもようです!」


「他はいないのか?」


「その様です!」


「よし!殲滅するぞ!―――団員、前へ出ろ!!」


「―――オオォー!!」


5人ほどの武装した戦士風の男たちが、スケルトンと戦っていた。


どうやら、自警団員たちのようだった。


団員たち3人が楯を構え、骸骨戦士のとこまで走っていた。


そして彼らは、放たれた矢を弾きながら突進すると、後ろの2人が左右に分かれ、後方にいる弓矢を持ったスケルトンに攻撃を仕掛けた。


すると、前の3人も構えを解き、骸骨の戦士をこん棒や剣で頭を殴りつけ、頭を飛ばすと踏み付け、一撃で粉砕していた。


そして、残った弓矢を持ったスケルトンも、すぐにその5人によって倒されていた。


彼らは一息つくと、団員の1人がデュランたちに気が付いた。


「ボルウィン自警尉どの!東の道から誰か来ます!」


「……ん」


名を呼ばれた厳つい顔の大きな男が振り向き、東の道を見ていた。


この男は団員の『ボルウィン・ハーシュ』と言う男だった。


彼は元冒険者で、『シールドソード』と言う、楯の先に鋭い刃が付いた楯を武器に戦う戦士だった。


全身を金属の鎧で身を包み、自分の背丈と同じぐらいの大きなシールドソードを構え、先頭に立って戦っていた。


そしてその楯を良く見ると、僅かに赤色のオーラが流れ出ていることから、どうやらレアな楯のようだった。


また彼は、高齢のため、現役の冒険者を引退したところだった。


デュランたちは、墓の入り口に辿り着いていた。


「……ここが入り口か……」


3人が近づくなり、ボルウィンが野太い声で話しかけてきた。


「君たち!ここは魔物が現れて危険だ!町の東か、北にある大地の神殿へ行きなさい」


デュランがボルウィンに説明をした。


「悪いが、この奥に仲間がいるんだ。そして、そいつらを助けたいんだ!」


ボルウィンは、「仲間」という言葉に反応した。


「……仲間?………ああ、君たちは、彼らの知り合いか……」


シュリンがすぐに尋ねていた。


「知っているんですか!?」


「我々の団員と共に、悪魔に取り憑かれたクリス・ヴィガルの元へ行くために、墓地の奥へと向かったよ」


それを聞いてシュリンは少しだけ安堵した。


(……良かった!とりあえず、今のところは無事みたい!)


「よし、んじゃ、俺たちもそこへ行くか!」


「うん!」


「はい!」


デュランたちは門を通り、墓地に入った。


すると、ボルウィンが声をかけてきた。


「―――待つんだ!」


ボルウィンは、楯を持ち上げ、3人に近づいてきた。


「君たちだけだと、危険だろうからな。この辺りのスケルトンは、粗方倒したし、ここは部下に任せて、私もその場所まで行くことにしよう!」


「いいのかよ、おっさん」


デュランにそう言われた、ボルウィンはその言い方が気に食わなかったのか、眉をひそめ叫んだ。


「わたしは、おっさんと言う名前ではない!ボルウィンと言う名前があるんだ!」


すかさず妹のシュリンがボルウィンに謝っていた。


「すいません、ボルウィンさん。うちの兄が礼儀知らずで……」


「てめぇ、シュリン!」


ボルウィンは豪快に笑っていた。


「わはっはっは!良い妹さんを持っておるな、お前さん。わたしは、ちゃんと名前を読んで欲しかっただけだ、構いはせんよ。それより、早く行くことにしよう!」


「はい!」


「デュラン、行きましょう!」


「わーかったよ!」


少しだけ、膨れっ面になり、デュランは3人の後に続いて行った。



墓地の中は、いつもなら手入れがされており、あたり一面に故人が眠る場所の上に、白い石や木を十字にした物が綺麗に並べられて置かれ、整然とした場所であった。


しかし、悪魔によって故人たちが墓から呼び出されたため、木や石で出来た墓は壊され崩れ、荒れ果てていた。


その景色を見たデュランは、思わず呟いていた。


「酷いもんだ……」


辺りに散らばった骨を、ボルウィンは悲痛な表情で見ていた。


(全てが終わるまでは……どうか許されよ……)


そんな場所を進んでいくと、今度はなだらかな丘が見え始めた。


木の一本も生えてない丘で、丈の短い草が生えている場所だった。


そしてそこに墓がたくさんあるのが見えた。


彼らはそこへ向かって歩いた。


すると月の光の差し込む丘の上に、一階建ての白い建物が見えた。


ボルウィンが、その白い建物を指差した。


「あそこが、確か一番奥の場所だったはずだ」


ボルウィンは、レイアークの町の西のエリアを中心に巡回することが多かったため、墓地の内部まで詳しく知っていた。


「あれか……すぐに着きそうだな!」


デュランは、そこを見つめながらすぐに歩き出そうとした。


すると、建物のある場所から、光と共に爆発音が聞こえた。


ボルウィンが叫んだ。


「―――誰か戦っておるようだ!」


シュリンは、不安げな表情でその場所を見ていた。


「………きっと、エル先輩たちだ」


「よし、行こうぜ!」


「行きましょう!」


そして、進もうとしたとき、彼らの進む道を阻むように、スケルトンたちが、近くの森の中から、ぞろぞろとたくさん出てきていた。


「くそっ、邪魔だぜ!」


デュランは、目の前にいたスケルトンに攻撃を仕掛けた。


手に持った短剣で、首をはねた。


頭蓋骨は、ボルウィンの近くに転がり落ちた。


ボルウィンは、大きな楯を頭蓋骨の上に乗せた。


「御免!」


すると、骨の砕く音がし、一瞬で頭蓋骨は粉々になっていた。


エリーシャとシュリンは、感心していた。


「凄い楯……」


「ほんと……」


「このボルウィン、この楯がある限り、誰にもやられはせんよ!」


「……だがボルウィンのおっさん。敵は、あの丘まで、結構いるみたいだぜ?」


デュランの言うとおり、丘には目的なくうろついているスケルトンたちがいるのが見えた。


彼の言葉を聞いたボルウィンは、楯を構え叫んだ。


「私が先頭に立つ!君たちは、付いて来なさい!」


「わかった!」


「はい!」


そして、彼らが進もうとしたとき、シュリンの叫び声が聞こえた。


「きゃああ!」


デュランたちは、慌てて振り返った。


「―――シュリン、どうした!?」


シュリンを見ると、彼女の足に地面から出た手が纏わりついていた。


それは、死人の手だった。


「……こいつは、『ゾンビ』だ!」



【ゾンビ】


腐敗した肉体を持ったアンデッドの総称。


肉が無くなっていないまま、アンデッドとして甦ったもの。


人が死に、肉体が朽ち果て、そして肉が無くなって骨となったときに甦ったものは、スケルトンとなる。


動作はスケルトンよりも遅く、そして知能も低い。


しかし腐肉がある分、スケルトンよりは耐久力がある。


生者の匂いに反応し、その肉を求めて攻撃してくる。




すぐにデュラン達は、妹を救うために動いた。


エリーシャは、シュリンの手を握り、引っ張った。


「シュリン!」


デュランは、短剣でゾンビの手に攻撃を加えた。


「妹から離れやがれ!」


敵の手首が切れ、シュリンはゾンビの手から逃れることが出来た。


しかしゾンビは、そのまま土の中から低いうめき声を上げながら這い上がってきた。


―――ウー……ウー………ウウッ……。


「こいつから、倒しちまうか」


デュランとボルウィンが、そのゾンビに近づいたとき、彼らの周りから同じようなうめき声が聞こえ、地面から何体ものゾンビが現れ始めていた。


シュリンがデュランの後ろに隠れ、周りを見ていた。


「ここ辺りは、新しい死体が埋めてある場所みたい!」


「まずは、ここからやるしかねぇな!」


デュランは、そう叫ぶとすぐに、投げナイフを腰のポーチから取り出し、一本をゾンビへ目掛け投げた。


彼のナイフは見事にゾンビの額の中心に刺さった。


しかし、ゾンビには特にダメージを与えているようではなかった。


腐った肉体を持ったアンデッドは、その歩みを止める事無く、デュランたちに近づいてきた。


近づいてくるゾンビに、シュリンは兄に抗議の声を上げた。


「うわっ!ちょっと、兄貴!全然、効果ないじゃない!」


「タフな野郎だぜ……」


そしてボルウィンが動いた。


彼はシールドソードの刃の部分でゾンビの頭部を刺し、そして間を置かずに肘を使い、楯の部分を押すと敵を殴り飛ばした。


ゾンビの肉体が砕け散り、そして倒れた。


「ここは私に任せて、君たちは……」


ボルウィンがそう言おうとした時、何体かのゾンビが突然倒れた。


「―――どうした!?」


皆、驚いた。


そして、ゾンビが倒れた場所の奥を見ると、そこはデュラン達がやって来た道で、そこから誰かがやって来ていたようだった。


人の気配を感じたデュランは叫んだ。


「―――おい、誰だ!?」


暗闇の中から、2人の人物が現れていた。


1人は、黒い髪で全身をその髪と同じ黒い色の服で身を包み、首に赤紫のストールを巻き、そして手には握る所と先端が十字になった銀製のメイスを持っていた。


丁度、成長期に入ったぐらいの年齢の少年だった。


そしてもう1人は、ロングソードを手に持ち、青いスケイルメイルを着たブルーアッシュの髪の青年だった。


そう彼は、クフィン・ダルグレンだった。


クフィンに気付いたシュリンは、すぐに彼の元へ駆け寄った。


「クフィンさん!」


クフィンは、シュリンがいたことを知るとすぐにエルディアの事を尋ねていた。


「シュリン、エルディアやカーリオはどこだ?」


「恐らくですけど……あそこだと……」


シュリンは、丘の上にある白い建物を指差した。


クフィンは、そこを見つめた。


「あそこか……」


ボルウィンもこの町を守る同じ自警団員だったため、クフィンの事を知っていたようだった。


「……ダルグレン自警曹!君は確か、自警将殿とマキュベル邸のパーティーに出席していたのではなかったのか?」


クフィンは、先ほどのやり取りを思い出しながら、忌々しげに答えていた。


「ボルウィン自警尉……団員は、さっき辞めて来ましたよ……だから俺はもう、誰の命令も受けなくていいんだ……」


ボルウィンは、驚いていた。


「―――なんと!?」


ボルウィンは、その訳を聞こうとしたとき、クフィンと共にやって来た少年が遠慮しながら、話しかけてきた。


「えっとー、あの……とりあえず、このゾンビをみんなでどうにかしません?」


すでに、デュランは、ゾンビと戦っていた。


「あんたら、喋ってないで戦ってくれ!」


赤毛の青年は、素早く動き、ゾンビの首や頭に短剣を突き立てダメージを与えていた。


「……そうだったな」


「クフィンさん、あの子は?」


シュリンが尋ねていた。


「見れば分かるはずだ」


クフィンはそう言うと、少年に話しかけた。


「ベルフレード!俺たちで、奴らの動きを鈍らせる。止めは、お前がやれ」


デュランやボルウィンから攻撃を喰らい、ふらついた足取りのゾンビに、その少年はぼやきながら、近づいて行った。


「はぁ……酷いよ、父さん……帰ってきたところだったのに……まいったなー。それにまだ僕は見習いみたいなもんなんだけど……いいのかなぁ……でも決めたんだし……やるか!」


そして少年は、魔法を唱え始めた。


「シュリン、とにかく、今はここをどうにかするぞ!」


「はい!」


クフィンとシュリンもゾンビに攻撃を開始していた。


デュランやボルウィン、クフィンは、それぞれの武器でゾンビを攻撃し、相手の体の部分を切り落とし、動きを鈍らせていた。


シュリンは、魔道師として魔法を使っていた。


エリーシャは、水の魔法を使うか決めかねていた。


(どうしよう……デュランに、あまり使ってはいけないって言われたけど……だけど、みんなが戦っているのに……私だけ……)


人魚の娘がおろおろしている内に、ベルフレードと言う名の少年の魔法が発動していた。


しかし彼は、ゾンビに向けてではなく、自身が持っているメイスに魔法を発動させていた。


「―――グレアハンド!」


両端にある十字架の部分を左右の手でそれぞれ握りしめていたため、メイスが浄化の光で包まれた。

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