第十六話 占いの館

古来より人間たちは、自身の身に吉事や凶事があるか知りたいと思ったとき、または自分の進むべき道に迷ったとき、占いと言うものを利用してきた。


黒い霧に包まれる前の古代世界には、今にはない様々な占い方法があったと言う。


動物の骨や甲羅を使ったり、夜空の星を見たり、カードなどの様々な道具を使ったりすることもあれば、人の顔や手などを見て判断するものもあった。


さらに上級者にもなれば、霊を自らの体に憑依させ、予言めいた言葉を発することができる者がいた。


オリディオール島に住む人々が利用する占いには、ほとんど種類がなかった。


しかし、暗黒世界へ冒険者が行くようになってから、占いに関する本もいくつか見つかっていた。


そして、そういった本の何冊かが、エルディアたちが今向かっている館にもあると言うことだった。


しかも、それだけではなく、占い以外の古代の資料や書物もそこにあるらしい。


湖の中を進むエルディアたちは、召喚された悪魔の詳細を知るためにその場所へ向かっていた。


3人は無事にクエストを達成できるのか?


島への上陸が始まろうとしていた。



エルディア、クフィン、カーリオの3人は、2匹のレイクタートルに船を引かれ、占い師ビルハッド・ギンチェスターのいる島を目指し、ニーフェの森の中にあるラルセニア湖の中を進んでいた。


そして、今、彼らの目の前に、島があった。


ジャック・オー・ランタンのジャックが、エルディアたちの方へ振り向くと、元気に話しかけてきた。


「お客さん!もう島に着くよ!」


3人は、やれやれといった感じだった。


「ようやくか……」


「ほんとうですね。島が見えてきましたね」


「あれが……」


エルディアは、その島を見つめた。


島の船着場にも、ランタンの火があるようで、ぼんやりと明かりが灯っているのがわかった。


それ以外は暗くて、あまりよくはわからなかった。


(とにかく、着けばわかる……)


しばらくして3人は、無事に島へ上陸を果たした。


クフィンが最初に島へ降りた。


「ここがそうなのか……」


続々と降り立った彼らは、木の板で出来た船着場を周囲を見ながら歩いた。


「………」


辺りは暗く、大きな木が茂り、その中を一本の道があって、そこは草を掻き分けるように島の中心部へ向って伸びていた。


そして、それ以外は特に何も無い場所だった。


クフィンが、霊体の少年に尋ねた。


「おい、ジャック……そこの道を行けばいいのか?」


亀の頭を撫でながら餌をやっていたジャックが、3人のいる場所へふわふわと飛んできた。


「館までの道のりは、簡単さ!あんたの言うとおり、その道を真っ直ぐ行けばいいだけだよ!」


エルディアは、この少年に礼を述べた。


「……そう……色々ありがとう。助かったわ、ジャック」


ジャックは屈託のない笑顔で答えた。


「気にする必要はないさ。おいらは、楽しかったからね!それじゃ、夜の間はここで、待ってるから。さっさと済ませてきなよ!」


彼に礼を述べたエルディア達は、島の中心へと伸びている道を進んだ。


道はどこまでも続く一本道だった。


周りに僅かな草が茂り、針葉樹が辺りを覆うように生えていた。


上を見上げると夜空が見えるため、木はそれほど密集して生えているわけでもなく、高くもないようだった。


しばらく3人が無言で歩いていると、何かの鳴声が聞こえた。


「ホー……ホー……」


声のした方へエルディアは目を向けた。


(何の声?……)


彼女の視線の先には木の枝に止まった黒いフクロウがいた。


わずかに光る大きな目で瞬きをすることなく、3人を夜の闇の中から、じっと見ているように見えた。


(なんだろう……?)


よく見ると、その目は青く透き通っていて、夜空に浮かぶ星座のようにきらきらと輝くいくつもの小さな点の輝きを持った瞳をしていた。


(見たことのない瞳のフクロウね……)


カーリオも、そんな森の哲学者の存在に気が付いたようだった。


彼はなぜか少し驚いていた。


「……ほう……これは珍しいですね……」


エルディアは彼に尋ねた。


「カーリオ、あのフクロウ何か知ってるの?」


「ええ、あれは盲目のフクロウですよ。目が見えなくなるものが稀にいて、あのように美しい輝きを持った瞳になると聞いたことがあるんです」


それを聞いてエルディアは、可哀相だと思った。


「そうなの……」


「まあ、私も知り合いから聞いただけですがね……(ダリオさんの冒険の話からなんですが……ふふ……)」


どうやらカーリオはダリオが冒険からジルメイダと共に帰ってきたときに、色々話を聞いていたようだった。


話を聞いていたクフィンは、不思議に思うことがあった。


「よく生きていられたな……」


「非常に聴覚などの感覚が優れているそうですよ」


「そうか……凄い奴だ……厳しい自然の中で……」


そして彼女とその見えない目がしばらく合った後、フクロウは羽音を立てることなく、その場から飛び去った。


鳥を見送った彼らは、再び足元に僅かな夜霧を感じながら、島の中央へと続く一本道を歩いた。


道を少し進むと、今度は違う景色が見え始めた。


白い柱が道の左右に立っている場所だった。


その場所を良く見ると、柱と柱の間に松明があり、周辺が明るく照らされているのが見えた。


道の先には、古いドーム状の赤いレンガ造りの建物が見える。


苔の生えた丸い屋根と思われる部分にツル状の植物が這い回り、小さな白い花を付けて大量に咲いていた。


そしてその部分にはいくつか窓があり、そこから明かりが漏れていた事から、彼らは人が住んでいると思った。


先頭を歩くエルディアは、建物を見た。


「あそこが……占いの館?」


クフィンは周囲を警戒しながら答えた。


「どうやら、そうらしいな」


「しかし、館と言うには……随分と小さい気がします……」


確かにカーリオの言うとおり、普通の家よりは大きいというぐらいの大きさしかなかった。


3人はその場所へたどり着く為の道をひたすら歩いた。


徐々に建物に近づいていく。


かなり近づいた所でクフィンが何かに気づく。


「おい……誰か入り口にいるぞ」


彼の後ろにいたエルディアは、隣にたどり着く事で気づいた。


「ほんと……誰かいるみたい……」


入り口の前で黒いローブを羽織り、真っ白な手袋をして杖をついた老人が、3人を真っ直ぐ見つめているのが見えた。


「とにかく行ってみよう……」


老人の姿が詳しく分かるところまで彼らが近づくと、エルディアは屋根に咲いている花の香りを感じた。


「……これは……ジャスミンね……いい香り……」


謎の老人は良く見ると、自身の肩の上に先ほどここに来る途中で見たフクロウが乗っていた。


彼は口ひげを蓄え、長い眉毛を持った人物だった。


3人は、その老人の前までたどり着いた。


カーリオが最初に話かけようとしたとき、老人の方から話しかけてきた。


「えーっと……」


「フフッ……お嬢さん、よく知っていますね。あなたの言うとおり、ジャスミンの花ですよ。お気に召したようで良かった」


「どうも……」


エルディアがそう答えると、カーリオが話しかけた。


「夜分に失礼します。我々は、ここから北にある町のラドルフィア魔法学院の学院長の使いの者でして……実は……」


カーリオが話し終わる前に老人は優しい笑みを浮かべ、そのまま彼に話をした。


「ええ、大体は分かっています……緊急の伝書鳩が来ておりました……それで待っていたんです」


それを聞いたエルディアは、待たせてしまった事を申し訳ないと思った。


「すいません……あの……ずっと、ここで待っていたんですか?」


「いやいや……ついさっきまで中にいました……建物から出たのは、先ほどです……ですからお気になさらず……」


老人は肩に乗っているフクロウの頭を撫でながら話した。


「到着は彼が教えてくれたんです……名は、『ラウルス』と言いましてね。目は見えないんですが、非常に感性の優れた良きフクロウなんです……フフッ……」


そう言って老人は目を細め、嬉しそうにフクロウの頭を撫でていた。


ラウルスは先ほど見たときと変わらず、青い大きな瞳で、じっとエルディアを見ているように見えた。


(……ちょっと不思議……)


彼女とフクロウが見詰め合っていると、老人は何かを思い出し、少し慌てたように話し始めた。


「―――ああ、そうでした。まだ名前を名乗っていませんでしたね……申し遅れました……私の名はビルハッド・ギンチェスターと言います。一応、ここの家主となっております」


エルディアはまさか、すぐに会いたかった本人に会えるとは思っていなかったため、思わずもう一度、老人の事を尋ねてしまっていた。


「……あなたが、あの占い師の?」


老人はゆっくりと、そして優しく微笑みながら答えた。


「ええ……そうです」


クフィンはカーリオから弟子がいると聞いたので、家主が待っていたことが意外だった。


(ビルハッド・ギンチェスター、自ら待っていたのか……)


エルディアたちも身分と名を名乗った。


そして彼女は早くも本題に入ろうとした。


「着いたばかりで申し訳ないんですが、あなたに見ていただきたいものがあるんです……」


エルディアが懐から素描しておいた絵を見せようとしたとき、ビルハッドが突然、微笑みながら建物の方へ歩き出した。


彼はある程度進んだ所で、すぐに立ち止まって振り返った。


「御三方……ここで立ち話もなんですから、どうぞ中へ入ってください……」


エルディアたちは、この占い師の老人の後へついて行った。


そして、建物の中へ入った。


石のタイルが敷き詰められた床を歩いた。


中は大きな空洞になっており、建物に入るなり、ビルハッドの肩にとまっていたフクロウが飛び上がった。


そしてドームの天井の中心部に、横に広がり、ぐにゃっと曲がった木の枝が吊るされてある場所があり、その枝にとまった。


どうやら、あそこがラウルスの住処のようだった。


エルディアは視線を天井から、この謎の空間へ向けた。


部屋の中は、特に何かがあるわけではなかった。


しかし、部屋の中心の石畳の地面に、この部屋の半分以上を占める、大きな彫りこまれた人の顔を思わせる形をした、灰色の石で出来たものがあった。


それは目を閉じ、口を見ると2本の牙を持った顔だった。


3人は、怪訝な顔になっていた。


どう考えても、人が住んでいるとは思えなかった。


そしてエルディアがその表情のまま、老人に尋ねていた。


「……ここが、あなたの家なんですか?」


クフィンはその大きな顔を見つめていた。


「あれ以外は、何も無いな……」


「これでは生活の香りがしませんね……」


ビルハッドは、ほんの少し笑いながら話した。


「ふふっ……ここに始めて来た方は、皆そう言います。無理もありません……ここは、まだ入り口なんですよ」


そして彼は杖をつきながら、石の顔のところまで歩いた。


ある程度近づいたとき、突然その顔の目が開いた。


そしてなんと、低く重い声で占い師の老人に話し始めた。


「ビルハッドよ、もう用事は済んだのか?」


老人は、この不気味な石の顔に友人と話すかのように会話をしていた。


「ああ、済んだよ。これから部屋に戻るところさ」


「そうか……では……」


すると口の辺りが緩み、大きく開けようとした。


しかしその時、この石の顔はエルディアたちの存在を感じ取り、開けるのを中断した。


「―――ん!?……お前以外の人の気配を感じるのだが……まさか攻略者か?」


「いや彼らは、我々のお客さんだ。だから、通しておくれ」


「……ほう、こんな時間にか?」


「少し急な用事さ」


「……なるほど、それで彼女が帰ってきていたと言うわけか……」


そして石の顔の目の部分が動き、3人を順に見ていった。


「……魔道の者がいるな……冒険者に見えなくもない……」


石で出来た顔は何かが気になったのか、エルディアとカーリオを交互に見ていた。


エルディアは不気味に感じ、恐怖した。


体が硬直し、身がすくんだ。


(……なんなの、一体……)


そしてその顔は、すぐに何かを感じ取ったのか、見るのをやめた。


「……よかろう。ビルハッドが言うなら信じよう……」


ビルハッドは、小さな笑い声を出した。


「ははっ、そうか……じゃあ、そろそろ、入らせてもらえるかね」


「了解した……」


そう言うと、石の顔は目を閉じ動かなくなった。


そして少しの間をおいてから、今度は目をカッと開くと、叫んだ。


「では向かうといい……世界の深淵の一つ、―――『大地の迷宮』へ!!」


すると、口を大きく開いた。


口を開くことを止めることなく、徐々に口は大きく広がっていき、それは、顔のほかの部分を消し去っていくほどだった。


そして、彼らの目の前にあった石の顔は、完全に跡形も無く消え去っていた。


3人は驚いた。


「―――これは!?」


そんなエルディア達にかまうことなく、ビルハッド・ギンチェスターは歩き出した。


「ふっふ……少し驚かれましたか……それより、さあ、みなさん、ここから中へ行きますよ……」


そしてエルディアたちは、顔があった場所を見た。


するとそこに、地下へと続く、螺旋階段が現れていた。


そしてビルハッドは、階段のところで3人を待っていた。


待たせるわけにはいないので、3人は緊張した面持ちで、その場所へと向かった。


(見たこともないことばっかりだわ……)


「……変わった仕掛けですね……」


「魔物かと思ったぞ……」


そしてエルディア達が階段まで着くと、この場所の主である老人は謝ってきた。


「ちょっと、驚かせてしまったみたいですね。申し訳ない」


すぐにカーリオが、説明を求めていた。


「いえ……ですがあれは一体?」


「歩きながら説明するとしますか……」


4人は地下へと続く、螺旋階段を歩き始めた。


歩き始めると、ビルハッドが説明をしてきた。


「あれは古代の『ドワーフ』達が作ったものです」



【ドワーフ】


人間よりも、背は低いが体格は人よりも良い、光の種族。


団子鼻、短い手足、寸胴で樽のような体系で、男は若くして長い髭を持つ。


酒が好きで、その樽のような体は非常に強靭で力もある。


難点があるとすれば、光の種族で一番、歩いたり走ったりする速度が遅い。


しかし、その見た目とは違い、繊細で器用な技術を持っている。


彼らの得意な技術は、鍛冶、錬金術、工芸技術などである。


まだ人間たちは、その存在を知るのみだった。


「ドワーフたちがですか……」


「ええ、そうです」


そして、彼らはマナトーチの魔法を使い、中を照らしながら、下り始めた。


中を照らして見ると、幅は人が2人ほど並んで降りることが出来るぐらいで、しばらく続いていそうだった。


その階段を下りながら、エルディアは先ほどの石の顔が言っていたことで気になったことがあったようだった。


階段を恐る恐る下りながら、そのことについて呟いていた。


「大地の迷宮と言ってたけど、ここって一体……」


彼女の呟きを聞いたビルハッドは、魔法の青白い輝きの灯った杖をつきながら話した。


コツコツと杖をつく音が辺りに響いていた。


「みなさん、エルガイアの古代史はご存知ですかな?」


「学校で習うことぐらいは知っていますが……」


「では、光と闇の神の戦いの前に存在した世界を知っているはずですね」


「ええ、そのぐらいは……」


「この島は、その時代からあったと言う事です」


「そんな前から……」


「そして、まだ暗黒世界になる前の世界。つまり、魔王と戦っているぐらいの時に、この場所が発見されましてね。中を調べてみると、誰が造ったのか、地下深くへ続く迷宮があったんです。しかも、中には金銀財宝がたくさんあったとか……そして、その財宝を求めて多くの冒険者で賑わったと、文献に載っていましてね」


カーリオは腕を組み、右手の親指と人差し指で顎をつまみながら、聞いていた。


「ふむふむ、なるほど……」


「しかし、この迷宮の最下層にたどり着いた者は、誰もいなかったとか……。下の層へ行けば行くほど、強力な魔物たちがいるらしいんです」


しばらく話を黙って聞いていたクフィンは、驚いていた。


「この安全な島に、そんな場所があったのか……」


「そして、地上に地下にいる凶悪な魔物たちが出てこないように、ドワーフたちがあの石の顔を作ったということです。あの当時は、様々な種族が冒険者として、世界で旅をしていましたからね」


カーリオはその当時を想像しながら、階段を下っていた。


「きっと、名のある光の種族の冒険者たちで溢れ返り、活気があったんでしょうね……」


そして、この占い師の老人は、意外な人物の名を口にした。


「ちなみに……ふふっ……あのフェイ・ファディアスも、この迷宮へ挑戦したらしいですよ?」


「フェイ……ファディアス?……誰だそいつは」


クフィンは知らないようだった。


しかし、エルディアとカーリオは知っていた。


「ホワイトロータス……」


「……ほう。あの偉大な氷の魔法剣士も、ここへ来たんですか……」


「ええ、ですが……彼でさえも、ここの最下層へたどり着けなかったみたいなんです」


それを聞いたエルディアは、底知れぬこの場所に対して、悪寒のようなものを感じた。


「彼でさえも……」


そして、階段を下っていた彼らの目の前に、新たな景色が見え始めた。


「―――おお、これは……」


「吸い込まれそう……(怖い……)」


彼女が怖がっているのを見たクフィンがすぐに近づき、話しかけた。


「エルディア、壁へ寄って下りるんだ」


それは突然、階段の螺旋が非常に大きくなっており、そして、階段の間に地下深くへ続く、大きな円形の闇の空間が広がっていた。


家一軒程度なら、簡単に飲み込んでしまいそうな程だった。


まるで大きな円柱の塔の内側の壁に沿って、螺旋階段を下りているような感じでもあった。


また、エルディアの言うとおり、しばらく見ていると、その大きな闇に吸い込まれそうになるのも無理はなかった。


真っ暗な、何も見えない大きな穴がそこあった。


彼らは、1人ずつ壁に手を添えて、下りることにした。


移動を再開すると、クフィンが下る時に階段に落ちていた小さな石が、彼の履いている皮のブーツに当たった。


すると、その小石は闇の中へ吸い込まれるように落ちていった。


そして耳を澄ますが、一向に地面に落ちた音がしなかった。


それを見た3人は、思わず息を呑んだ。


―――ゴクリ……。


もし、今いる階段が崩れてしまえば、確実に深い闇の中へ落ちてしまうだろう。


3人は、心の中でそう考えていた。


(どれだけ深いの……足がすくみそう……)


(これは気をつけないといけませんね……)


(……なんて場所だ……)


そんなエルディアたちを気にすることなく、この占い師の老人は先ほどと変わらぬ口調で話かけてきた。


「この空間は、先ほどの石の顔の者と関係がありましてね。彼が冒険者だと認めた相手に『アースブレス』と言う、大地の補助魔法をかけ、そして、今まで冒険者が到達した層まで、すぐにたどり着けることが出来る魔法の大きな岩を、この闇の空間から呼び出すんです」


カーリオは慎重に階段を一段一段、確かめるように下りながら、話していた。


「つまり、ここから冒険者たちは行くと言うわけですか……」


「ええ、そうです……そして、私たち夫婦は、ここの管理を審議会から任されているのです」


「夫婦?」


エルディアの問いに対して、ビルハッドは長い毛のある眉を寄せ、謝った。


「ああ、そうでした……またまた申し訳ない……今日、私があそこで待っていたのには理由がありましてね……実は今日あなた方が来ることはなんとなくですが分かっていたんですよ」


それを聞いたクフィンの目つきが、やや鋭くなった。


そして彼は、老人に尋ねた。


「……なぜわかったんだ?」


「それは……」


何かを閃いたエルディアが、ビルハッドが答える前に聞いていた。


「……占いですか?」


エルディアの質問に、ビルハッドは軽く笑いながら答えた。


「ふふっ……そうです」


カーリオは、素直に驚いているようすだった。


「そんなものまで分かるなんて、凄いものなんですねぇ……」


「いやいや……いつもやっているわけではないんです……今回は、私達にも、関係がありましてね……それで今日は、あなたたちの相談に乗るのは、私ではなく、妻が是非と申しましてね。それで、申し訳ないんですが、妻と会って頂けませんでしょうか?」


カーリオは、戸惑った。


無駄話をしている暇はないからだ。


「奥様……ですか……しかし……」


エルディアも同じことを思っていた。


「私達が必要としている知識を持った方でないと……」


「道草を食っている暇はないぞ……悪いが……」


クフィンが断ろうとしたとき、ビルハッドが、彼らを安心させることを言った。


「その点は大丈夫です。我が妻の名は『メディア』と言いましてね……こういったことは詳しいのです」


その名を聞いた、エルディアたちは驚いた。


「―――魔女メディア!?」


【魔女 メディア・バルフロイ】


オリディオール島にある古い書物に載っている人物。


古代世界に存在したと言われる3賢者の一人、ベルキフォール・ラディンガーの弟子。


魔王と戦った光の戦士の一人、大魔道師ウィハル・レイアークが本来は一番弟子になるはずだったが、彼は魔王と戦うために、魔道の道を究めることを辞めた為に、2番目だった彼女が繰り上がる形で、一番弟子になったと言われている。


元々は、どこかの国の王女だったと言う。


他にも彼女が何かを探して、世界を彷徨っている中、様々な人々と出会い、そこで事件に巻き込まれ、それを解決した話などが、いくつか存在していた。


彼女は魔術に長け、黒い服を好んで着ていたことから、『魔女』とよく呼ばれていた。


またフェイ・ファディアスに氷の魔法を教えたと言う逸話が残っている。



その名称を聞いたビルハッドは、しばし無言で階段を下りた。


そして、急に立ち止まり、すぐそばの暗黒の空間を見つめながら話した。


「………多くの者が、そう言いますね……しかし、本当の彼女は、とても優しく、知的で明るくて、素敵な女性なんです……少なくとも私にとっては……」


それを聞いてエルディアは、少し羨ましいと思った。


自分も相手も歳を取ったとしても、いつまでもお互いを思いやり、そして穏やかでいたい。


そうありたいと思った。


「いいご夫婦なんですね……」


エルディアにそう言われた、ビルハッドは杖を持っていない方の手で頭を掻き、笑い声を上げた。


「はっはっ、これは年甲斐も無く惚気てしまいましたか……申し訳ない……ふふっ」


そして、しばらく彼らは無言で階段を下りていた。


すると、階段の終わりが見えてきた。


占い師の老人が杖を上に掲げ、少し先を照らした。


そして、その場所を指差した。


「みなさん、あそこが我が家になります……」


ビルハッドが指差した場所の先は、階段が途切れ、そのすぐ隣に横穴が見えた。


どうやら、そこが目的の場所のようだった。


3人とも、緊張から解放され、表情を緩めた。


(結構あった……)


「ようやくか……」


流石のカーリオもくたびれた様子だった。


後ろを振り返りながら話していた。


「興味深い場所ではありましたが……ふぅ……」


そして、3人は階段の先にある横穴へ入った。


中を見た。


細い通路が続いているのがわかった。


少し休めるのかと思ったが、まだ道は続くように思われた。


その道を見たカーリオは、やれやれといった感じだった。


そして力なく、その場で座り込むと、彼は呟いた。


「……まだ、通路がありますね……」


そんなバルガの魔道師の青年を見たビルハッドは、笑いながら中のことについて話した。


「ふふふっ、ここは元々迷宮ですからね。この階層だけ、人が住めるように改装したんです。ですが、全てを変えたわけではないので……まあ、すぐそこですよ」


その場に座り込んでいたカーリオにクフィンが近づいた。


「カーリオ。お前の妹も言っていたが、もう少し体を鍛えろ」


「私は、戦士や剣士じゃないんです……ですが、ちょっとは鍛えますかね……」


「当たり前だ、この程度で疲れてどうする。まだ帰りもあるんだぞ。それに同じ魔道師であるエルディアは、お前のように疲れていないぞ!」


クフィンがそう力強く言い放った。


それを聞いたカーリオは、突然何かに気づくと顔に笑みを浮かべ、クフィンの後ろを指差していた。


クフィンは振り返った。


「……ん」


すると、ぐにゃっとくの字に曲がった杖を両手で持ち、壁に寄りかかりながら階段に座っているエルディアが見えた。


「…………」


それを見たクフィンは、すぐに体勢を元に戻し、無言で横穴の中に入っていった。


そして、バルガの魔道師の名を呼んだ。


「おい、カーリオ!行くぞ……」


それを見たカーリオは、呆れるのを通り越し、笑い声を上げていた。


「……無かったことにしようと言うんですか……はははっ!なんて人なんですか……あなたは……」


エルディアは、謝っていた。


「……みんな、ごめん。ちょっと疲れたみたい……」


「いいんですよ。ここに来るまでに魔法を何度か使用しましたし、私達は、彼のような鍛え方をしていませんからね……少しだけ、休んでから行きましょう……」


そして、少し休んだ後、彼らは進むことを再開させた。


進んでいくと、今度は道の先が明るいのがわかった。


どうやら、大きな空間に出そうだった。


そして、その部屋へエルディアたちは着いた。


「ここが……?」


ビルハッドは、両手で杖をつきながら軽く会釈した。


「ええ、そうです……ようこそ、我が家へ」


彼らは辺りを見回した。


高い天井に、結構な広さのある部屋で、明るい黄緑色の壁になっており、僅かに壁がぼんやりと光り、部屋を明るくさせているのがわかった。


そしてさらに壁を良く見ると、大きな窪みがたくさんあって、そこに風景画や人物画、そして豪華な装飾が施された花瓶があり、そこに手のひらほどの大きさの純白の花が飾られていた。


また、壁が発する光だけでは暗いのか、天井に視線を向けると、見るからに高価そうな大きなシャンデリアが吊るされていた。


そして、そこに無数の淡い黄色の蝋燭があって、火が灯されていた。


また、床に目を向けると、落ち着いた色の赤いふかふかの絨毯が敷かれ、いくつもの通路があった。


そして、ここにいる4人以外、誰もいない場所だった。


エルディアはぽつりと感想をもらした。


「凄い豪華な部屋……」


「ふふ、自慢の部屋の一つです。……ここは、元々は冒険者たちが、迷宮に挑む前にパーティーの募集をしたり、休憩をしたりする、準備のための場所だったようです」


「そうなんですか……」


「そして我々が、この迷宮の第一層を、住みやすいように改装したんです……まあ一部名残りがあって、通路が入り組んでいる場所がありますが……それから暗い場所が多いので、日々住む部屋ぐらい、明るく豪華にしようと思いましてね」


カーリオも辺りを見回していた。


「おや……誰もいないようですね……確か、お弟子さんもいらっしゃると……」


ビルハッドは、入って正面にある通路へ向かって歩き出していたが、振り返った。


「弟子たちは既に休んでおります。妻は弟子たちの前にも、あまり姿を現すことがないんです……ですから今日は、私が1人で待っていたんです」


それを聞いたクフィンが、珍しく顔に笑みを浮かべ、カーリオに話しかけていた。


「ふふっ、期待していたようだったが……残念だったな、カーリオ」


彼の顔を見たカーリオは目を薄くさせ、睨んでいた。


「……クフィン……あなたは私がいつも残念がると、なぜか凄く嬉しそうですね……」


クフィンは自信を持って答えた。


「当然だ……」


そして、老人の後について歩いていたエルディアも振り返った。


「2人とも行こう……」


それを聞いたクフィンが、すぐに彼女の後について行った。


「……わかった。カーリオ、行くぞ。俺たちに無駄な時間はない」


「はいはい……わかっていますよ……。しかし、酷い友人を持ったものです……」


カーリオは、渋々2人の後を追った。


そして、彼らは薄暗く、長く真っ直ぐに続く通路を歩いた。


暗いため、先があまり良く見えないほどだった。


そこをしばらく歩くと、今度は通路の両方の壁にあった燭台のロウソクが突然「ボッ!」と言う音を出した。


そして、そこに火が灯った。


いきなり起こったことに、エルディアたちは驚いた。


「―――これは……」


老人にとってはいつもの事らしく、平然と話していた。


「ふふっ、驚かしてしまったようですね……これは、元々あった仕掛けらしいんです。一定の距離まで近づくと作動する魔法の燭台と言われるものです。使えるので、そのまま使用してるんですよ」


エルディアは、この下にある迷宮の事が少しだけ気になったようだった。


「これは、下の階層にも?」


彼女の質問にビルハッドは、柔らかな笑みを浮かべ答えた。


「ええ、あるみたいですよ……ふふっ、お嬢さん、大地の迷宮に興味がおありですかな?」


「いえ、ちょっと聞いてみただけです……」


「……そうですか……」


なぜかビルハッドは、残念そうな表情になっていた。


そして、通路に火を灯しながら歩いていると、彼は立ち止まった。


前を見ると、彼らの目の前に木の扉があった。


どうやらここで行き止まりのようだった。


「みなさん、ここが私の妻の部屋です」


そして、彼はドアをノックした。


「………メディア、彼らを連れてきたよ」


すると、扉の奥から声が聞こえた。


「ああ、待っていたよ。さっさと入りな!」


そして、4人は部屋へ入った。


入った途端、彼らは匂いの含んだ煙に包まれた。


それは、良い香りがした。


(……何かのお香なのかな?)


視界が悪い中を彼らは進んだ。


そして白い煙の中から僅かに見えたのは、本がぎっしりと詰まった本棚が、いくつもあるのが見えた。


本棚は全て、ここにいる誰よりも大きい棚だった。


(知らない名前の本ばかり……ちょっと見てみたいかも……)


それらを見たエルディアは、興味を惹かれたようだった。


そして、本棚の森の中を進むと、ようやくランタンの置かれた大きな机のある場所に辿り着いた。


(……ここなのかな?)


机の上には、本や資料が山のように積み上げられていた。


また、よく見ると、目の前にある椅子に座り足を組み、煙管(キセル)を吸いながら本を読んでいる、エルディアよりも背の低い老婆の姿が見えた。


(この人が?……)


エルディアは、その人物を見つめた。


やや癖のある白髪の人物で、鋭い大きな目をしていて、真っ赤な唇に、しわのある手を見ると、大きな宝石のついた指輪をいくつもしており、体には無数の星のある夜空を連想させるような柄の黒いローブを着ていた。


そして、そのローブは風も無いのにふわふわと揺れているのだった。


最初に夫であるビルハッドが話しかけた。


「メディア、お客さんを連れてきたよ」


そして、本に目を通していたその人物は、エルディア達へ視線を向けると、話しかけてきた。


「やっと来たのかい、遅いよ!あたしゃ、暇じゃないんだからね」


カーリオがすぐに謝っていた。


「これは申し訳ありません。私の名前は……」


彼が名前を名乗ろうとしたとき、メディアが口を挟んできた。


「知っているよ。カーリオって名前だろ、そっちの目つきの悪いのはクフィン。魔道師の女はエルディアってんだろ」


カーリオは驚いた。


「なんと……ご存知でしたか……しかし、それも占いで?」


「そんな細かいことまで分かるわけないだろ。外で黒いフクロウを見ただろ」


「……ラウルスのことですか?」


「そうさ、あのフクロウの目や耳はあたしが魔法を使うことで代わりに見聞きすることが出来るのさ」


エルディアは驚いた。


「そんなことが出来るんですか……」


彼女は、あのフクロウが自分を見ていたように見えたのも納得がいったのだった。


そして魔女メディアが、話を変えてきた。


「あたしは、大地の迷宮にすぐにでも行きたいんだよ。師匠からクエストを出されてね。それを達成しなければならないのさ」


師という言葉が気になったクフィンは尋ねた。


「師匠……と言うことは……あの大賢者も存在しているのか?」


吸っていたキセルを近くにあった灰皿に置き、魔女メディアは話した。


「……うちの師匠は、あまりこういったことは喋って欲しくないから少ししか話さないけど、3賢者全てがいるかどうかは、あたしでさえ分からないさ……だけど、少なくとも我が師、ベルキフォール・ラディンガーは存在するよ」



【ベルキフォール・ラディンガー】


エルガイアの古代世界に、あらゆる魔道の道を極めた者達がいた。


それが3賢者と言われる存在だった。


その内の1人が、この人物である。


現存する資料によると、彼はハイエルフの男で、古代の秘術により不老不死になったと言われている。


また、ハイエルフ達が創り上げた魔法の王国とドワーフ達の国との永きに渡る光の種族同士の戦いの時代があった。


その時に彼は、宮廷魔道師であり、軍師でもあった。


そして、その戦争の最中、彼は突如として姿を消したと言われている。


そして、夫であるビルハッドが、何か飲み物でも持ってくると言って部屋から出て行った。


先ほどメディアが話したことから、クフィンが気になったことがあったようだった。


「魔女よ、あなたは1人で迷宮に挑んでいるのか?」


クフィンの問いにメディアは、彼らから顔を逸らすと、天井を仰ぎ見た。


するとそこには、夜空の絵が一面に描かれており、星座がたくさん記されていた。


その天井を見ながら、遠くを見つめるような目になり、何かを思い出しているようだった。


「……そうだよ。もう随分も前から、この迷宮にずっと篭りきりさ……あたしは不死になったんだ。だけど、それは師匠のように完璧じゃないのさ」


それは魔法の契約によって、伴侶となる人物と同じ年齢の肉体になると言うものだった。


そうやって彼女は、この世界を生きていた。


「今の夫で12人目の夫なのさ。だけど、ちゃんとその人が死ぬまでは新しい夫は作らないんだ。それがあたしなりの礼儀ってもんでね。そして、その人を看取ったら、また新しい若い男と契約をして、若い肉体に戻り……それを繰り返し……そうやって、今日まで生き延びたんだ……我ながら欲深いと思うさ、はははっ!」


彼女は笑っていたが、目は笑っていなかった。


それは気の遠くなるような時間だった。


そして出会いと別れが、少なくとも11回はあったはずだ。


エルディアには、そこまですることの意味がわからなかった。


「そうまでして……一体何を?」


若い女魔道師の問いに、メディアは再び煙管に手を伸ばし、手に取ると答えた。


「……ん、4人目の賢者になることさ。そして……ふふっ……あとは秘密だよ」


そして、彼女は口と鼻から、煙を吐いた。


魔女の周りが煙で満たされた。


部屋の中は彼女の出した煙と焚かれている、お香の香りとが混ざっていた。


そして、魔女は先ほどより落ち着いたのか、表情を緩め、彼らに話しかけてきた。


「あんた達の話しを聞く前に……どうだい、そこのバルガの男。あたしの13番目の夫にならないかい?若返ったあたしは、とびっきりのいい女だよ、どうだい!」


クフィンは、フッと笑うとカーリオに話しかけていた。


「カーリオ、相手が見つかって良かったな。お前の求めている美人だそうだぞ」


そう言われたカーリオは、頭を掻きながら、遠慮がちに答えた。


「あははは……13と言う数字があまり好きではないので……それに暗い場所に篭りっきりは、性に合わないので遠慮しておきます。石の研究もありますし……」


この世界において、13と言う数字は忌み数(人々が住む社会において忌み嫌われる数)であった。


それは、古代の教典に13番目に書かれていたのが邪神だったからだと言われている。


「そうそうある話ではないぞ。遠慮するな、カーリオ」


自警団の青年にそう言われたカーリオは、小声で叫ぶと、クフィンの腕を肘で突付いた。


「……クフィン!」


魔女は少し不機嫌になったようだった。


「ふん、そうかい……」


それを見たエルディアは、魔女がクエストに協力してくれなかったらまずいと思い、カーリオに小声で話しかけた。


「カーリオ、ここは堪えて……そういう事には無理かな?……」


カーリオは、目を見開いて、驚いていた。


まさかエルディアからも言われるとは思わなかったからだ。


「エルちゃんまで……酷い……お2人とも他人事だと思って、あんまりじゃないですか……冗談の通じる相手ではありませんよ!」


すると、魔女は再び煙管を吸っていた。


そして、クフィンの方を見た。


「じゃあ、そっちの男はどうだい。悪くない面構えじゃないか」


だが、クフィンは迷うことなく、メディアに向かって答えていた。


「悪いが、俺には心に決めた女がいる……だから無理だ」


2人から断られた魔女は、さらに機嫌悪くしたようだった。


煙管の灰を灰皿に、叩き付けるように落としていた。


「へんっ!なんだい、魔女を自分の女しようって言う、肝の据わったのはいないのかい。昔は、たくさんの男どもが言い寄ってきたってのに、あたしが迷宮に篭っている間に腑抜けばかりになっちまってるみたいだね……甲斐性のない男たちだよ!」


その時、夫であるビルハッドが部屋に戻ってきていた。


「飲み物を持ってきたよ、メディア」


彼は飲み物を白いティーカップに入れて持ってきていた。


カップから白い湯気がでていた。


ビルハッドが持ってきてくれたことが嬉しかったのか、彼女は少し機嫌が戻ったようだった。


表情を緩ませ、彼に礼を言っていた。


「ありがとう、ビル。あんたはやっぱりいつも優しいね」


頼み事をするのは今だと思ったエルディアは、ローブの内ポケットから素描していた絵を取り出し、メディアに見せた。


「……あの、これが何か分かりますか?」


魔女はエルディアから、その絵を受け取った。


「……ん、これが、言っていた奴かい…………」


そして彼女は、しばらく黙って、その絵を食い入る様に見つめていた。


そんな魔女の姿を見ていたエルディアは、出されたティーカップを手に取り、口をつけた。


知っている香りのする飲み物だった。


(爽やかで、とても口当たりが良い……これって、さっきの……?)


そして、エルディアはそれが何かに気づいた。


そんな彼女を見たビルハッドは、話しかけてきた。


「……気づきましたか、お嬢さん。それは、この島で取れたジャスミンを使って作った、ジャスミンティーです。美味しいだけでなく、気持ちを落ち着かせる効果もありますからね」


そう言って、彼は優しい笑みを浮かべ、片目を瞑って見せた。


どうやら、妻が気分屋であることを知っていて、タイミングを見計らって、飲み物を持ってきてくれたようだった。


エルディアは、それを理解し、礼を述べた。


「とても、美味しいです。ありがとう……」


「いやいや、お気に召したのなら、なりよりです……ふふっ……」


ビルハッドは、紳士的な優しさを持った人物のようだった。


きっとそう言う部分を気に入って、メディアは彼を12番目の夫にしたのだろうと、エルディアは思った。


そして、エルディアが渡した絵を見ていたメディアが、何かを呟いた。


「……見たことのない魔物だねぇ……だけど、デビルスター(五芒星の上下を逆さにしたもの)が無いところを見ると、恐らく下級の悪魔族だろうね」


それを聞いたカーリオが残念そうにしていた。


「そうですか……魔女の知識を以ってしても、わかりませんか……」


しかし、魔女は何か方法があるようだった。


「安心しな、それに関連する本は持ってるよ。……どこだったかねぇ……ちょっと探して来るか……」


そう言って彼女は、席を立とうとした。


その時、先ほど彼女が読んでいた本の中が見えた。


そこに描かれていた一つの絵に、クフィンが思わず声を出した。


「……あれは、どこかで見たな……」


魔女が振り返り、クフィンに話しかけた。


「……ほう。あんた、これをどこかで見たのかい?」


クフィンは思い出したようだった。


「―――思い出したぞ!それは、ここに来る前にエレーナが持っていた鏡だ」


魔女メディアが読んでいた本に描かれていた絵は、エレーナが持っていた鏡と同じ物であった。


クフィンは気になったのでメディアに尋ねていた。


「メディアよ、その鏡は一体なんなのだ?」


彼女は、絵が描かれたページを手で押さえながら話した。


「こいつはね、北東の新大陸で発見され、元々あたしの所に送られるはずだった物さ……だけど、盗賊団に奪われちまったって聞いたね」


「……と言うことはエレーナの奴、闇市に行っていたな……あいつ……」


クフィンは苦々しくつぶやいていた。


そして魔女は鏡について話した。


「これはね、『ニトクリスの鏡』ってもんだ」


その名前を聞いたエルディアとカーリオは、驚いた。


「―――ニトクリス!」


「……魔物が鏡の中にいると言う、あの鏡ですか!?」


「そうだ。……だけど、レプリカがたくさんあってね。あたしも何枚か持っていたんだけど、全部複製品だったんだ……本物は中々見つからないのさ」


「では、マキュベル嬢が持っている物も、その可能性が高いですかね?」


「さあ、どうだろうねぇ。複製品であっても、霊力が強いのがあるし、色々な効果を持たせてあるみたいだよ。今あたしが、攻略している迷宮の階層に、必要でね。出来ればそのお嬢ちゃんから譲ってきて欲しいねぇ。金はいくらでも払うよ」


そう言って魔女は、1人で魔族に関する本を取りに行くと言い残し、奥の部屋へ向かって行った。


そして、ビルハッドも寝ると言って部屋から出て行った。


残された3人は、エレーナの事を話していた。


「帰ったら、俺がエレーナの奴から、あの鏡を取り上げることにする」


「しかし、なぜ、あのような危険な物を、彼女は……」


「エレーナには、分からなかったんだと思う……ただの鏡に見えたんじゃないかな?」


「俺が見た限りでは、少し薄気味悪い程度の物にしか見えなかった……」


「とにかく、マキュベル嬢からは、遠ざけた方がいいですね」


「ああ、分かっている……」


そして、しばらくしてから、魔女はエルディアたちのいる部屋に戻ってきた。


彼女の手には、一冊の本と淡い青色の布に包まれ、片手で持てるほどの大きさの物があった。


魔女は部屋に入ると、すぐに椅子に座った。


「……よいっしょっと……ふう……言っとくけど、この本に載ってなかったら、あたしにもわからないね。悪いけど、その時は帰ってもらうよ」


エルディアが答えた。


「はい、分かっています……(あるといいけど……)」


そして魔女は本を手に取った。


表紙には、『闇と邂逅した者』と書かれていた。


著者のところは、なぜか消えていた。


そしてメディアは、その本をめくり始めた。


エルディアたちも魔女と一緒になり、その本の中を見ていた。


中は黄ばみ、所々破れていて、かなり古い書物のようだった。


そして本の中には、様々な悪魔の絵が描かれていた。


鋭い爪を持った者、大きな漆黒の翼を持った悪魔や長い舌を持ち、たくさんの眼を持った者、人と変わらぬ姿をした者など、大きさも姿かたちも違うものが、かなりの数存在するようだった。


エルディアとカーリオは、関心しながら見ていた。


「これが、魔族……」


「結構色々いるんですねぇ……」


「そりゃそうさ、光の種族と同等に戦ったんだからね。それなりにいるさ……あたしも遥か昔に何度か戦ったことがあるんだ」


そんな2人とは対照的に、クフィンは険しい顔で本の中を見ていた。


「そうなのか……」


「残忍で無慈悲な奴らだよ。だからこそ、悪魔と言われるのさ……」


そして、ついに、エルディアが描いた絵と同じ、姿が描かれたページに彼らはたどり着いた。


最初に気づいたのは、エルディアだった。


指を指し、思わず叫んだ。


「―――あ、それかも!」


皆、彼女が指差した絵を見た。


カーリオとクフィンもそれを見て、確信をもって言っていた。


「……これですね……」


「間違いない……」


「なるほど、これかい……」


名前のところを読むと、『アルプ』と書かれていた。



【アルプ】


ドワーフとエルフの間に生まれ、闇に堕ちた霊体の下級悪魔。


上位の悪魔バアル・ゼブブに仕え、その時に忠誠の証として虫のような姿になった。


夢魔の一種でもあり、主に寝ている女性に取り付き、その者を意のままに操ることができる。



魔女は絵を見ながら腕を組み、彼らに話した。


「こいつ自体は大したことは無いみたいだね。だけど、強い者に取り付いたなら、少々やっかいなことになるかもしれないよ」


下級悪魔の説明を見た3人は、新たな疑問にぶつかることになった。


「女に取り付くのか……」


「そうなら、クリス・ヴィガルが呼び出した後、誰かに取り付いたの?」


「うーん、その可能性が高いのかもしれませんね……」


「しかし、取り付いて何かすることでもあるのか?」


「それはその悪魔に聞いてみないとわからないだろうさ。まあ、ろくでもないことに変わりはないはずだよ」


呼び出された後の、アルプは一体どこへ行ったのか?


そのことに考えを巡らせるが、今の情報だけでは分からないのが現状のようだった。


そして、クフィンがどうすればいいのか、皆に聞いていた。


「問題は、もし誰かに取り付いていたのなら、対処をどうする?……」


「取り付いた者を見分ける方法とかってあるのかな?」


本には、対処の仕方や弱点などは、書いていなかった。


「魔女様、何かご存知でしょうか?」


カーリオに尋ねられたメディアは、夫の淹れたジャスミンティーの残りを飲み干してから答えた。


「……一番簡単なのは、『エクソシスト』に頼むことだね。レイアークには確か、ヴァベルの一族がいただろ」


【エクソシスト】


様々な魔法や道具、技術などを使い、悪魔や魔族、悪霊に立ち向かう、対悪魔及び悪霊専門のクラス。


悪魔や悪霊に対してのみ、有効な技術や技を使うため、冒険者になることはあまりなく、主に審議会やギルドの依頼を受けている。


祓魔師(ふつまし)とも言われる。



クフィンが、ヴァベルの事について魔女に話した。


「あそこには、今はほとんど人はいないみたいだぞ」


「なんでだい?」


「黒い霧が晴れたために、皆、一族の悲願である、ヴァベルの塔を探しているらしいんです」


「……ああ、そう言えばそんな事言ってたね……」


「……あの、他には何か対処する方法はないんですか?」


エルディアに尋ねられたメディアは、目を閉じると、右手で目頭を押さえ、考えていた。


「……そうだねぇ……確か、遥か前に読んだ祓魔法典には、紫の頸垂帯(ストール)を首にかければいいとか、書いてあったねぇ……あとは、十字架に弱いとか、銀製品にも弱いと聞いたね。まあ、ヴァベルの教会に行って借りてくればいいさ」


「なるほど……」


「分かりました。そうしてみます」


「しかし、またヴァベルの人ですか……」


カーリオは、先ほど会ったアコライトの女を思い出していた。


(またしても、ヴァベルですか……何か運命のようなものでもあるのでしょうか……エクソシスト……いるといいんですが……それと……その方も魅力的な方だと……ふふっ)


そんな彼の顔を見た魔女は、エルディアたちと出会ったことを悟ったようだった。


「あんた達も、ゼグレムの仲間と会ったみたいだね」


「はい、ここから帰る途中の2人に会いました」


「そうか……丁度ここに、あの2人が持ってきた物があってね。これを使って、あんたを見てやるよ。そのためについでに持ってきたんだ」


魔女はエルディアを見つめると、淡い青色の布で包まれた物を見せていた。


エルディアは、魔女の手元にあるその布に包まれたものを見ていた。


(一体何が中にあるの……)


そんな、彼女を見たメディアは、机を軽く叩いた。


「なーに、ぼけっと突っ立ってんだい!この机にある物を全部片付けるのを手伝いな。そうじゃないと、やってやらないよ!」


3人は何のことだか一瞬分からなかったが、すぐにカーリオがその意味を理解し、魔女に尋ねていた。


「……と言うことは魔女メディア、自ら、占って下さると?」


「当たり前だよ。わかったのなら、さっさとおし!」


魔女は会ったときから、ずっと面倒くさそうに話していたように見えただけに、エルディアは、なぜ見てくれる気になったのか分からなかった。


そして思わず、彼女に聞いていた。


「……あの、なぜ私だけ……?」


エルディアが聞くと、すぐにカーリオも自分も占って欲しいと頼もうとしていた。


「私も、恋などの占いを……」


それを聞いたメディアは、彼をジロリと睨んだ。


「あんたは今まで通り、適当にやってればいいんだよ」


運命の人を知りたかったバルガの魔道師は、ここまではっきりと断られるとは思わなかったのか、驚いていた。


「ま、魔女さま……そんな、ご無体な……」


呆然としているカーリオにクフィンは近づき、彼の肩に手を置いた。


「……だ、そうだ。カーリオ、諦めろ。早く片付けるぞ」


そんなカーリオを見たメディアは、ふんっと鼻を鳴らし、エルディアに話しかけた。


「話は後だよ。このメディア様、直々に見てやるんだ。しかもただで。気が変わらないうちに、やりな」


そして、彼らは魔女に言われるがまま、机の上を片付けた。


結構な数の本や資料があった。


しかも、埃をかぶっているものもあったため、少し咳き込みながらの作業だった。


そして、ある程度片付いたところで、メディアは満足したようだった。


「よし!こんなもんでいいよ……そこに座りな」


エルディアは、言われた席に着いた。


すると魔女は、先ほど持ってきていた包みを解いた。


淡い青色の布の中から出てきたのは、手のひらに収まるほどの大きさの水晶球だった。


メディアは、それを両手で包み込むように持ち、そのまま机に敷かれた淡い青色の布の上に置いた。


「この水晶は、ただの水晶じゃないんだよ……この深く青みがかった色は、通常の物じゃ出ないんだ」


その説明を聞き、3人はそのクリスタルの玉を見た。


「確かに見たことのない色ですね……普通は無色透明が多いですからね……」


「カーリオ、お前でもわからんのか?」


「今、記憶を辿っているところです……うーん」


カーリオは腕を組み、眉を寄せ、天井を見上げながら考えていた。


そして、そんな彼らを待ちきれなかったのか、メディアはこの水晶について話した。


「知らないのかい……女ばっかり追っかけてるからだよ、全く……いいかい、これはね、北東の新大陸で発見されたもんなんだ」


「北東の……」


「そうさ、そして、これは『レムリアン・クリスタル』って言うんだ。これで見ると、もう他のは使えないね……非常に魔力や霊力を投影させるのに抜群の力を持っているんだ」


その名称を聞いたカーリオは、ようやく気づいたようだった。


「……なるほど、これがそうなんですか……本でしか読んだことがないので、実物は初めて見ました……そうですか……これが……」


「どうやら、鉱山もあって、そこでもこの水晶が採れるって話さ」


魔女は顔を綻ばせ、そのクリスタルの玉を手でさすっていた。


「それで、あの北東の大陸は『レムリア大陸』と、これからは呼ばれるらしいよ」


「レムリア……」


「そして、西の新大陸の方は、エルフが見つかったことから『エルフィニア大陸』と審議会の連中が名づけたって、あの2人がここに来た時に話していたね」


どうやら2つの新大陸は、それぞれ名が付いたようだった。


ユラト達のいる、西の大陸を『エルフィニア大陸』と呼び、北東の新たに発見された場所を『レムリア大陸』とこれからは、呼ばれることになりそうだった。


「それじゃ、見るかね……ああ、そうだ。言っておくけど、あたしのは未来を見るものじゃないからね」


通常、占いと言えば、未来を見るものではないのか?


しかし、魔女はそうではないと言った。


そのことにエルディアは困惑し、彼女に尋ねた。


「……え、どういうことですか?」


「あたしのは 未来を占うものじゃないのさ。その者の現在の立ち位置を見るんだ」


「……立ち位置?」


「人によってその立ち位置は様々さ。男と女、若人と老人、富む者と貧しき者、知者と愚者、美しき者、醜き者、幸運、不運の者、その者が住んでいる場所、目指す先、どんな経験をし、何を思い、何を感じ、積み重ねてきたか。実に多種多様なのさ」


「なるほど……」


「そう言った人の現在の立ち位置を、あたしは漠然とだが、ある程度見ることができるんだ……あたしの夫は占い師として未来を。そして、あたしは現在を見ることができるのさ」


未来・現在ときたので、カーリオは魔女に尋ねた。


「では過去は誰が?」


若き魔道師の問いに、魔女は珍しく笑顔で答えた。


「ん……ふふっ、そりゃあ、決まってるじゃないか。今もこの暗黒世界で旅をしている者達さ」


エルディアは、すぐにユラトのことが頭に浮かんだ。


「……冒険者……」


「ふふ、そう言うことさ。何もあたしは神じゃないのさ。3つの内一つぐらい、他人がやってもいいだろうよ……それに彼らは中々優秀だ……」


そう言って笑みを浮かべた魔女は、レムリアンクリスタルで出来た水晶球を撫でていた。


そして、すぐに表情を元に戻し、エルディアを見つめた。


「……じゃあ見るかね」


魔女は、レムリアン・クリスタルで出来た玉を両手で持ち上げた。


「エルディア、両手を広げて、机の上に置きな」


エルディアが言われたとおりにすると、魔女は水晶球を彼女の手の上に乗せた。


そして、自分の両手を玉に触れるか触れないかのところで止めると、今度はクリスタルを静かに見つめ、何かを強く念じているようだった。


「うーむぅ……見えてきたよ……一本の光の柱が見えるね……小さな光だ……恐らく、これはあんただ」


そして、今度は水晶球の近くで両手を強く握り締めた。


どうやら、魔力を送り込んでいるようだった。


「……色々浮かび上がってきてるねぇ……」


水晶球の中に、光の粒がたくさん現れてきていた。


そして、中心辺りに強い光を放ち、闇を飲み込むような渦が出来始めた。


メディアは、それを見て驚いていた。


「……ほう……こいつは、凄いね……あんたをラウルスを通して見たときから、普通じゃない何かを感じたんだが……それは、あんたじゃなかったんだね……」


エルディアには、何が起きているかさっぱり分からなかった。


(どう言う事?……)


「水晶球の中を見てみな……一際大きい光の渦があるだろ?」


「はい……」


「あんたには、大切な人がいるね?」


唐突な質問に彼女は、ややうろたえた。


「え……(ユラトのこと?)」


魔女は、急かすように聞いてきた。


「どっちだい」


エルディアは、少し恥ずかしそうに答えた。


「います……」


彼女の表情から、メディアは感づいた。


「それは男だね……」


そう言われた彼女の頬に、僅かだが紅がさした。


そしてエルディアは、無言で頷いた。


そんなエルディアの顔を見たクフィンは気になり、誰なのか考えているようだった。


(手紙を出していた……故郷の者か?……俺では……ないのだろうな……)


そしてメディアは占いを続けた。


「……ん、この渦は、奇妙だねぇ……」


魔女の言うとおり、よく見るとその渦は、光と闇を吸い込み、そして両方を生み出してもいた。


「こんな渦……見たこともないよ……しかも、この大きさだ……これは世界に影響を及ぼすほどの何かを持っている大きさだ……ここでは何が起きても不思議じゃないよ。多くの命が奪われることだってあり得る場所さ」


それを聞いたエルディアは驚いた。


「えっ……彼は、ただの冒険者です……ちょっと好奇心が旺盛なだけの……(もしかして、ユラトじゃない、誰かってこと?……)」


「あんたの言う者と、この人物が同じかどうかは、直接会って視て見ないと分からないね……だけど、この人物は、かなりのものになる可能性があるね」


しばらく黙って聞いていたカーリオが、気になった事があったのか魔女に尋ねていた。


「可能性ですか?」


「そうさ、この渦はまだ不完全だ。つまり、こいつはまだ決めていないんだ……そこまで到達していないのさ……だけど、もうすぐさ……もう、ほんの少し歩けば、どうするか……まあ、どこを歩くにしろ、相当変わった道を歩むことになるだろうね……」


「そんな……」


平凡な冒険者としての日々を想像していた彼女は、暗澹たる思いになった。


そして、彼女は彼の左手の甲にあった呪いの事を思い出した。


(もしかして……あの模様が関係あるの?……ユラト……)


そんなエルディアの思いを知ることの無い魔女は話を続けていた。


「一本の糸がその大きな渦とあんたを繋いでいる……その者にあんたは、引っ張られて……いや……そうじゃあないね……あんたから、そこへ行こうってんだ……かぁー!泣かせるねぇ……良い女じゃないか!」


メディアは、なぜかエルディアの事が気に入ったようだった。


「この水晶に映っている、あんたの光は小さいが、早々折れることの無い、真っ直ぐな光だ。それはあんたが強い信念を持った女であることを示すものでもあるんだ……一途な強い女だ……まるで、若いころのあたしを見てるようだよ……あたしゃ、この娘が気に入ったね!いいかい男ども、良く聞きな。嫁にするならこんな女がいいのさ。汚い色気ばっかりの女なんかに惑わされるんじゃないよ!とくにバルガのあんただよ、いいね?」


そう言って、メディアはカーリオをぎろりと睨んだ。


魔女の気迫にカーリオは、慌てて返事を返していた。


「―――は、はい。肝に銘じておきます……」


クフィンはそれを聞き、腕を組みながら嬉しそうにしていた。


(エルディアの魅力を理解するとは……流石、魔女と言われるだけのことはある。分かっているな……このばあさん……ふふっ)


魔女は水晶球を楽しげに見ていた。


「なるほど、それで今日、あんた達に会わなければならない、占いの結果が出たんだね……何となく分かったよ……(これは、きっとあたしにも繋がっているんだ……ふふふっ……面白そうな、絵じゃないか……)」


そしてメディアは、優しい顔になり、エルディアに話しかけた。


「あたしゃ、いつか4人目の賢者になるつもりだ。そうなれば、ここを離れることになる。だからどうだい、あたしの後を継ぐつもりはないかい?」


「……えっ、わたしがですか?」


「ああ、そうだ。あたしはね、あんたが気に入ったってだけじゃないんだ。あんたには、才能がありそうだ……あたしにゃあ、わかるんだ」


メディアは、真顔で真っ直ぐ彼女を見つめていた。


突然のことでエルディアは驚いたが、自分の目的をすぐに思い出していた。


「……私には行く場所が……」


彼女の言葉を遮る様に、魔女は話した。


「それは、わかっているさ。それが終わったらでいいよ……まあ、ゆっくり考えな」


魔女の気分をこれ以上害したくないと思ったエルディアは、考えるだけなら構わないと思い、すぐに答えた。


「……はい、一応考えておきます……」


そんな彼女を見たメディアは、嬉しそうにしていた。


「そうかい、そうかい……ふふっ……気長に考えな。まあ、ダメでもいいさ……他にも候補はいるからね」


そして、魔女メディアは水晶球を包んでいた布を手に取ると、再び包み直していた。


どうやら、占いはここまでのようだった。


「今日はもう1人、最後のお客さんが来るんでね。あんた達にはそろそろ、ここから出て行ってもらうよ」


自分たち3人で最後だと思っていただけに、意外に思ったカーリオは尋ねていた。


「……ほう、まだここに来る方がいらっしゃると?」


「あたしも会うのは初めてさ。まあ、これ以上は喋らないよ。ここに、しかもこんな時間に、あたしに会い来るってことは、普通じゃない奴だろうからね」


魔女にそう言われ、益々気になるカーリオだった。


(その言い方……気になりますねぇ……だけど、見せては頂けないんでしょうね……)


魔女は椅子から立ち上がった。


それを見たエルディアたちは、部屋から出ることにした。


そして、帰り際にメディアはエルディアに話しかけていた。


「あたしは、あんたが気に入ったよ。だから、何か困難に出会ったのなら、ここに来な。あんたは、下らない事で人に頼るような女じゃないからね。あんたがもし来たのなら、その時は会ってやるよ。覚えておきな、若く優秀な魔道師よ」


エルディアは、お辞儀をして礼を言った。


「色々、教えてくださって本当に感謝しています……ありがとうございました。ビルハッドさんにも、感謝していたと、お伝えください」


「ああ、わかったよ。さあ、行っておくれ」


クフィンとカーリオも礼を言い、エルディアと共に部屋を出た。


その時、後方から魔女の独り言が聞こえた。


「さっさと、もう一つも終わらせて……大地の迷宮の攻略に……戻るか……あいつをどうにか……しなきゃ……だねぇ……」


どうやら、魔女メディアは4人目の賢者を目指し、再び大地の迷宮に挑むようだった。


そしてエルディア達は、人々から占いの館と言われる場所から出た。


辺りは、まだ暗い夜だったが、あと少し時間が経てば朝になりそうな時刻だった。


来た道を帰り、3人はここに来るまで出会った人物のことを考えていた。


(考えてみれば、ほんの少し移動しただけなのに、凄い人たちと会う事が出来たわ……どれも大切な出会い……)


彼女の言うとおり、どの人物もなかなか会うことの出来ない者達だった。


(……後は、ラドラー学院長に報告をして終りよね……そしたら、私も西のエルフィニアへ……)


クフィンは、考え事をしているエルディアを見つめていた。


(とりあえず、エルディアに何も無くて良かった……それに悪魔の事は聞けたから、よしとするか……)


カーリオは、船から腕を出し、湖面に指先をつけながら考えていた。


(もう少し、色のある出会いが私としては、欲しかったですかね……それにしても、少し眠くなってきました……)


そして、彼らが帰りの船の中で、今後についてどうするか話し合っていた時、ジャック・オー・ランタンのジャックが、突然何かに気づき、空の方を指差していた。


「ちょっと、お客さん!あれなんだろ!あれ!」


しかし、3人はジャックの言葉をすぐには信用しなかった。


先ほど、驚かされたからだった。


エルディア達は、彼の指差す方向を見ることなく、疑いの眼差しを彼に向けていた。


「ジャック……」


「また、私達を驚かすつもりですか?」


「おい、ガキ、その手には乗らんぞ」


しかし、ジャックは必死になって、彼らに話しかけていた。


「いや、本当だって!あれって魔物じゃないの!?」


魔物と聞いた3人は、見ないわけにはいかないと思い、渋々彼の指差す方向を見た。


「はあ、ちょっとだけ、付き合ってあげますか……」


すると、エルディア達がいる、湖の上空を大きな翼を持った何かが、かなりの速度で飛んでいった。


3人は驚いた。


「―――あれは!?」


それはすぐに後方へ移動していた。


そして夜空に出ている月に、その謎のものが重なった。


シルエットが見えた。


それを見た3人は驚いた。


「あれって……」


「まさか、しかし……」


「ワイバーンか!?」


クフィンが叫んだ通り、それは大きな翼を持った飛竜に見えた。


そして、さらにエルディアが何かに気づいた。


「人が……乗っている……?」


彼女の言葉を聞き、クフィンとカーリオも、目を凝らして月を見た。


「……本当だ。誰かいるな……何だあれは……」


(人?……そんな……どうやって……?)


呆然と飛竜を見つめているエルディア達とは違い、ジャックは興奮気味に叫んでいた。


「あっちって、ビルの爺様の館がある方向だよ!もしかして、会いに行ったのかな?」


ジャックの話しから、エルディア達は魔女メディアの言葉を思い出した。


「確か、私達以外にも今日はもう1人来るって言ってた……」


「そんな事を言っていたな……」


「この島の住人ではないでしょうね……聞いたことがありませんよ……飛竜を駆る者なんて……」


エルディアは、今回の学院からのクエストによって、普段見ることの無い大きな力をたくさん見たために、それが心に大きな不安となって現れていた。


(あの占いといい、何か大きなことが起き始めているのかな?……何もないといいけど……)


そして飛竜は、魔女のいる島へ向かって飛んでいった。


「とにかく、私達は報告に行こう……」


「ああ、そうだな。これ以上は、考えても無駄だ」


「ええ、早く帰って……ぐっすり眠りたいものです……」


エルディア達は、クエスト達成のため、レイアークの町へ向かった。


暗黒世界は、今、何か大きな力が現れ始めたのだろうか?


エルディアは、何も起こらないことを祈りながら、ユラトの元へ辿り付く事を考えていた。

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