第十五話 ニーフェの森
オリディオール島の中で最も大きい森。
ニーフェの森。
中には大きな湖が森の奥に存在する。
そこに有名な占い師『ビルハッド・ギンチェスター』なる人物がいると言う。
果たしてエルディア達は、魔法陣に描かれた悪魔の存在を知ることができるのか?
エルディア、クフィン、カーリオの3人はレイアークから南へ馬に乗り、そこへ向かっていた……。
エルディア達は馬を走らせ、レイアークから南へ行き、オリディオール島で一番大きな森、『ニーフェの森』の入り口へ、たどり着いていた。
東西に広がる大きな森が3人の目の前にあった。
彼らのいる場所からでは、東西にある森の終わりが分らないほどの広さだった。
時は真夜中で、遥か上空にはやや雲のある夜空が広がり、ぼんやりと光る綺麗な月も出ていた。
いくつもの小さな虫の声が聞こえ、風はほとんど吹いていなかった。
ひんやりとした風が森の奥から草木の香りと共に、僅かに運ばれてくる程度だった。
そして月の光に照らされた森を良く見ると、遥か先に木が盛り上っている見える場所があったため、高い木は奥に進むほどあるようだ。
クフィンが森を見つめ、感想を呟いた。
「ここがそうか……かなり大きな森だな……」
隣にいたカーリオは、ここに来たことはないか、2人に尋ねた。
「誰か……ここに来たことはありますか?」
「……ない」
「俺もないぞ。カーリオ、お前はどうなんだ?」
「……あらら、私を含めて誰もないんですね……」
この大きな森は町からも離れているため、島民たちは、何か特別な用事がない限り、誰も近づくことは普段しない場所だった。
だから辺りは人の気配が全くなかった。
「道は俺達の目の前にある。この道を進めばいいだけだろ……とにかく行くぞ」
この自警団の青年の言うとおり、3人の目の前には、一本の道が森の中へと続いていた。
幅は結構あり、3人が馬で横に並んで走っても余裕があるほどだった。
クフィンが森の中へ馬を走らせようとしたとき、エルディアが呼び止めた。
「……待って!ここから先は、きっと暗くて視界が悪いから、マナトーチの魔法を使おう……」
「エルちゃんの言う通りですね」
エルディアとカーリオはマナトーチの魔法を使い、自分の杖とロッドに魔法の青白い光を宿らせた。
2人の手に持っている物が光り、辺りが一気に明るくなった。
魔法を終えたカーリオはクフィンに向って、やや恩着せがましそうに話し掛けた。
「ああ……そうでした……あなたにも必要ですよね?しょうがないですから、友人である私がクフィンのその剣の鞘にかけてあげ……」
クフィンはカーリオの言葉を遮るようにエルディアに馬を寄せ、話し掛けた。
「エルディア、俺の剣の鞘に頼む」
それを聞いたエルディアは、すぐに魔法を詠唱し始めた。
「分った……」
カーリオは口をあけて沈黙していた。
「………」
やがてクフィンの方にも魔法の光りが宿り、森の中へ馬を進め始めた。
「はっ!」
しかし彼は途中で振り返り、固まっているバルガの魔道師に向かって叫んでいた。
「おい、行くぞ、カーリオ!」
エルディアも後へ続いた。
「行こう、カーリオ……」
2人は馬を走らせ、森の中へ入って行った。
カーリオは呟きながら渋々2人の後を追った。
「やれやれ……軽い冗談でしたのに……」
3人はニーフェの森の中へ入った。
森の中は木の間隔の広い場所だった。
道は草のない、地肌の見えた道で月の光が所々入り、地面を照らしていた。
その道を3人は、話しをしながら進んだ。
「思ったより明るい……」
「この森の先に確か住んでいるんだったな……」
「ええ、母がよくここに来ていたそうなんです」
「何を占ってもらっていたんだ?」
「そう言えば、お2人には、まだ話していなかったですね……」
カーリオは、デュラハンの事について簡単に話した。
父親が殺され、自分たち家族の仇でもあることも。
二人はその事実に驚いた。
「……なるほど……そんな奴がいるのか……」
「そうだったの……カーリオ……」
エルディアの沈んだ表情を見たカーリオは、すぐに彼女に気にしなくて良いと短く言った。
そしてエルディアは、故郷で聞いた物語のことを思い出していた。
(昔にウェン爺からユラトと一緒に聞いた話……懐かしい……だけど、本当の話だったの?……)
「ですから、もし、目撃することや有力な情報があったら、私かミレイに教えて頂けませんか?報酬も払いますよ?」
クフィンもこの事に関してはカーリオを気遣い、短く答えるのみだった。
「分った……覚えておこう……(お前にもそんなことがあったのか……何かが取りついたように石や女を求めているのは、そのためもあるのか……?まさかな……)」
「カーリオ、分った……覚えておく……」
その後3人は、しばらく何も喋ることなく、馬を走らせた。
しばらくして、道が2つに分かれている場所へ着いた。
馬の歩みを止めたクフィンは忌々しげに二つの道を見た。
「道が分かれている……どっちだ?……」
「道しるべも何もないですね……」
カーリオがそう言うとエルディアは、馬に乗ったまま、2つの道が繋がっているいる場所へ近づき、何かを見つけた。
「こっちに倒れてる……」
彼女が指を指した場所の道の分かれ目にある草むらに、半分朽ちた木の道標が折れた状態で転がっていた。
カーリオは馬から降り、その道標を拾うと、書かれた文字を読もうとした。
「うーん……随分時間が経っているみたいで、文字が殆ど消えていて読めませんね……これでは……」
彼の言葉を聞いたクフィンはすぐに決めていた。
「よし、こうなったら二手に分かれるか……カーリオ、お前だけ、左の道を行け」
それを聞いたカーリオは頭を左右に何度か振り、クフィンに話しかけていた。
「……友人に対して酷い扱いですね……クフィン……」
「さっきのお返しだ」
クフィンはレイアークの森の調査の時のことを言っているようだった。
カーリオは呆れた様に言葉を返した。
「やれやれ……あなたが行くという手もあるんですよ?」
「それはダメだ。お前のような奴は危険すぎるからな」
見かねたエルディアは2人の会話に割って入った。
「(もう……この2人は……)誰かが一人になるのはやめておいた方がいいわ、3人で行こう……」
彼女の言葉を聞いたクフィンは、すぐにさっきとは正反対の事を言った。
「よし、3人で行くぞ、カーリオ」
「はあぁ……」
カーリオは、珍しく深いため息をついた。
クフィンはそんな彼を無視して、エルディアに尋ねた。
「とにかく、ここで時間を潰すわけには行かないな……どうする?」
「私はどっちでもいい……」
エルディアがそう答えると、クフィンはカーリオに話しかけた。
「カーリオ、喜べ、お前に選ばせてやろう」
「なんですか……それは……ふぅ……まあ、いいでしょう……」
カーリオは腕を組み、眉を寄せて二つの道を良く見た。
「う~~ん……」
右の道は左の道に比べると広いように思えた。
そして更に左の道は、草や木も茂り具合が多いようにも見えたため、彼は右の道を選択した。
「右にしましょう。右の道の方が利用者が多いように思えます。有名な占い師なら客も多いはず……ならば人通りが多い分、道も開けていると思いますからね」
クフィンは少し考えたが、すぐに彼の言う事に納得していた。
「そうだな……無難な選択だな。それでは行こう、エルディア」
エルディアは返事をするとカーリオに礼を言った。
「わかった。カーリオ……ありがとう」
「いえいえ、お礼はまだ早いですよ、合っているかまだ分りませんからね」
「じゃあ、とりあえず、右へ行こう……」
「ええ、そうしましょう」
3人は右の道へ馬を走らせた。
ほぼ真っ直ぐに伸びた静かな夜の森の道を、エルディアたちは無言でしばらく進む事になった。
だが、いくら進んでも景色は変わることなく、ひたすら似たような景色の道を走っているだけだった。
(しかし……何もないところだな……)
クフィンが心の中でそう思い、辺りを見回した。
それに気づいたカーリオは、クフィンに何かあったのか聞いていた。
「どうしました、クフィン?何か気になることでも?」
「いや、いい加減、この景色に飽きただけだ」
「……そうですか、まあ、森の道なんてこんなもんですよ」
エルディアも辺りを見回し呟いていた。
「……あとどれぐらいあるのかな?……」
森の奥に潜む黒い闇を気にしながらカーリオは彼女に答えた。
「ん~……どうでしょうねぇ……まだ先はあるのかもしれません。母に聞いた話だと、この先に大きな湖があって、そこの小島に館はあるということですが……」
「一人で住んでいるのか?」
クフィンに尋ねられたカーリオは、記憶を思い出しながら答えた。
「いえ……確か……お弟子さんが何人かいるとか聞いた気がします……」
クフィンは、そこで何かに気づいた。
「フッ……そう言うことか……カーリオ……その中に女がいるんだろ?」
カーリオはやや驚いた表情になり、ブルーアッシュの髪の青年に尋ねていた。
「えっ……なぜ分ったんですか?」
「やはりな……占い師に若い女が多いのは誰でも知っていることだからな」
クフィンの言葉を聞いたエルディアは呆れ、バルガの魔道師を軽く睨んだ。
「もしかして……それが目当てだったの?……カーリオ……」
図星を指されたのか、やや動揺しながらカーリオは答えていた。
「さ、さあ……なんのことでしょうねぇ……きっとたまたまですよー」
クフィンは彼を睨み付けた。
「こいつ……絶対に知っていたな」
「そんなことありませんよー。私だって……」
カーリオがとぼけると、突然エルディアが前方を指差した。
「2人ともあれを見て!……馬車が止まっている……」
男二人は話しを中断し、彼女が指差した場所を見た。
「………」
前方の遥か先に、馬車らしき黒い塊が見えた。
クフィンとカーリオは、目を細めてそこを注意深く見た。
「……本当ですね……しかし、また……」
「こんなところになぜあるんだ?」
「とにかく、行ってみよう……」
3人が馬で近づいて行くと、人の姿が見え始めた。
エルディア達が更に奥へ進むと、向こうの一人がこちらに気づき、馬車の中へ声をかけた。
「おい!来たみたいだぞ!」
どうやら他にも人がいるようだった。
3人がそれなりに詳細が見える距離に近づくと、先ほど見えていた人物は、若い短髪の男だった。
薄茶色の皮の鎧を着ていて、ナイフをいくつも肩や腰にぶら下げていた。
しばらくしてエルディアたちがそこへ到着すると、さらに2人の男が馬車から出てきた。
2人の男は中年の男で最初に見た男と同じ装備でフードをかぶり、2人とも頬や顎に切り傷のある、目つきの悪いガラの悪そうな感じの人物だった。
一番若い男が下卑た笑みを浮かべながら、エルディアたちに話し掛けてきた。
「へへへっ……待っていたぜ、金はちゃんと持ってきたんだろうな?」
3人には、なんのことだか分らなかった。
クフィンが馬に乗ったまま近づき、思わず尋ねていた。
「………? お前ら、一体何を言っている?」
そんなクフィンの問いに対して、謎の男の一人がすぐに返してきた。
「……あん?お前ら、俺らの取り引き相手だろ?」
怪訝な表情になったエルディアは、彼らに尋ねた。
「………取り引き?」
男は、いい加減にしてくれと言わんばかりに両手を広げ、話しかけてきた。
「おいおい……慎重なのは分るが、こんな時間にこの森に人なんか来ねぇぞ、安心しろって」
「……あれ、合言葉とか決めていたか?……誰か、覚えてねぇか?」
「俺は聞いてねぇぞ……お前は?」
「さあ、どうだっただろうな……」
謎の男達は、3人で話し合っていた。
カーリオはすぐに相手の風貌や会話から、この3人を如何わしい者達と判断いていた。
(この方達は……)
彼はクフィンが相手と話している間に馬を動かすと、馬車にさりげなく近づいて中を見た。
すると、高級そうな壺や絵画、椅子などの調度品が入っていた。
カーリオはそれらを見た瞬間、ピンと来るものがあった。
(―――!?……これは……盗品?……でしょうね……なるほど、そういうことですか……)
カーリオはすぐに、エルディアに近づき、相手に見えないように自分の持っているロッドで、軽くエルディアの肘を叩いた。
エルディアは、カーリオの方を見た。
カーリオは、彼女に目配せした後、顎で馬車の中を見るように促した。
そしてエルディアもカーリオと同じように馬車の中を見た。
それを見たエルディアは、目を大きく一瞬開け、カーリオの言いたかった事を理解した。
そして、すぐに元の表情に戻り、カーリオを見ると彼は既に、魔法の詠唱を相手にばれないように開始していた。
(……戦いたくはないけど……しょうがない……)
エルディアも、すぐに魔法の詠唱を開始した。
そして、噛み合わない会話から、怪訝に思ったこの3人の男達は、よくやく気づいたようだった。
「……おい、こいつら……ここをただ通りかかっただけの奴らじゃ……」
「なるほど……そういうことか……へへっ」
「見られちまったってことか……」
クフィンは、相手が殺気を放ち始めたことを感じ取った。
「……なんだ、おまえらは」
その時カーリオが、叫んだ。
「クフィン!彼らは盗賊ですよ!ここは盗品の取り引き場所だったみたいです!」
「……そういうことか……まあ、最初から胡散臭いとは思ったが……」
クフィンは馬から降り、腰の剣を素早く抜き放った。
夜盗たちが武器を手に持ち、下品な笑い声を出しながら、近づこうとしていた。
「金は持ってなさそうだが、身包み置いていけ!そうすれば命は助けてやろう」
男の一人が、冷静にエルディア達のパーティー構成を見ていた。
(目つきの悪い前の男は剣士か?あとは光る杖を持った奴が2人だから……魔道師2人か……面倒だな……だが……)
そして、男は叫んだ。
「おい!後ろの魔道師からやるぞ!」
3人は武器を腰にあったナイフに切り替え、魔道師に投げようと構えた。
それを見たクフィンは、相手を睨みつけながら、武器を構えた。
「ふん!下衆どもが!」
盗賊の男が目を細め、口に笑みを浮かべながらクフィンに話し掛けた。
「なんだ、やるのか?言っとくが俺らは、それなりに場数を踏んでるんだぜぇ、死ぬだけだぞ」
クフィンは表情一つ変えることなくロングソードを構え、答えていた。
「ただの冒険者崩れだろ、人の物を奪った方が効率が良いと思って、まっとうな人々から毟り取っているんだろ。罪を犯しているクズが!」
男の一人がそれに反論した。
「冒険者も似たようなもんだろ!彼らの戦利品もかつては誰かの物だったはずだ!」
相手を睨み付けながら、クフィンは夜の森の中で叫んだ。
「何百年も前の持ち主は、もはやいない……その人とって大切なものや墓にある物などは、普通の冒険者なら取ったりはしてないだろ。だが、お前らは今この世界で生きている他人を傷つけ、本能のまま行動しているだけだろうが!そんなものを同列に並べて正当化するな!」
「うるせぇ!」
男の一人がクフィンに向ってナイフを投げた。
クフィンはそれを片足で横に飛び、かわした。
そして、それを見た、他の2人も立て続けにクフィンに向ってナイフを投げた。
二本のナイフが正面と側面からクフィンに迫った。
彼は一本目を剣を使い弾くと、間をおかずに横からから来たナイフを今度は後ろに跳び、回避した。
だが、今度は最初に投げた相手が二本目のナイフをクフィンが後ろに跳んだ場所目掛けて投げていた。
「ははっ、俺らを舐めんなよ!」
クフィンは、相手が投げたナイフの軌道から、着地点を狙っていることを跳んだ瞬間に気づいた。
(相手はスカウトか……投げる位置が正確だ……だが!)
クフィンは、空中で剣の持ち方を変え、地面に自分の足ではなく、剣を突き刺した。
そしてナイフが、剣に当った。
金属がぶつかる音がする。
キィィィーン!
そして彼はそのまま、剣の柄へ乗り、後方へ更に跳んだ。
彼が着地すると同時にカーリオが魔法を完成させていた。
「クフィン、時間稼ぎありがとうございます……」
「早くしろ、カーリオ!」
「(ふふっ、ダリオさんから教えてもらった、この魔法をまずは使いますか……抵抗があったとしても、少しの間だけでも止めることが出来れば、それでいいですからね!)―――サンドフェッター!」
すぐに魔法の効果が現れ、盗賊たちの足に地面から砂が集り、彼らの足に纏わりついた。
それを見たクフィンは、剣を手に取り、敵の元へ走った。
男たちは、魔法の効果に驚き、体をくねらして抵抗してみるが、ほとんど動けないようだった。
「やべぇ!動けねぇ!」
「くそっ!……なんだ、これは!?」
「やはり、まずは魔道師を狙え!」
腕はなんとか動いたため、男の一人がナイフを取り出し、投げた。
そして、今度はエルディアの魔法が完成した。
「―――ロックシュート!」
エルディアに投げられた1本のナイフが、打ち出された魔法の岩に弾かれ、敵の顔面に向った。
しかし、敵も上半身はなんとか動かす事が出来たため、頭を動かし、それを避けた。
それを確認した、ブルーアッシュの髪の青年は体制を低くし、一気に敵に近づいた。
そして、敵の腹に素早く、拳を叩き込んだ。
鈍い音がし、男は苦痛に顔を歪めた。
「ガハッ!……」
そのまま男は、腹を抱え、その場でうずくまった。
そして今度は一瞬の間を置くことも無く、もう一人の敵へ彼は向った。
敵である賊の男は、ちょうどナイフをエルディアの方へ、再び投げようとしていたところだった。
(―――させはしない!)
クフィンは目一杯走り、敵のところへ滑り込んだ。
着いたとこきには、彼女へナイフを投げる瞬間だった。
それを見たクフィンは、咄嗟に敵の手元へ滑りながら近づくと、夜空へ向けて剣を振り上げた。
再び、金属の衝突する音が鳴った。
敵のナイフは、彼の剣によって飛ばされ、近くの木に刺さり、「ビィィーン」と音がし、震えていた。
「―――なんだと!?」
男は驚いていた。
「―――くそっ!こいつ、強い!」
そして、そのままクフィンは一気に近づき、剣を相手の首に押し当てた。
彼はその格好のまま、男に顔を少しだけ近づけると、冷たく睨み、囁いていた。
「……金の必要の無い所へ送ってやろうか?」
盗賊の男は、顔を青ざめさせ、手に持っていた武器を地面に捨てると、両手をあげ叫んでいた。
「お、俺の負けだ!……だから、命は……勘弁してくれ!」
そしてすぐにクフィンは、最後の一人の方へ視線を向けると、その男は、カーリオによって取り押さえられていた。
「クフィン……あまり挑発しないでください……」
クフィンはカーリオの言葉を無視し、エルディアに向って叫んだ。
「エルディア!悪いが馬車の中に何か縛るものがないか見てくれ」
「分った……」
彼女はすぐに盗品を縛っていたロープを見つけ、クフィンとカーリオに渡した。
そして、盗賊たちの手首と足首をロープで縛った。
「ふぅ……とんだ厄介ごとに巻き込まれてしまいましたねぇ……」
(どうしよう……)
エルディアは考えていた。
このまま、いったん森を出て、町へ連絡をしに行くか、それともこのまま、この男たちを放置して占いの館へ向い、そのあと森の外へ出るか。
一瞬、そう考えたが、やはり、連絡をしに戻った方がいいと彼女は思い、そう伝えようとしたとき、クフィンが2人に話しかけてきた。
「俺は自警団員だ。だから、俺が一人で町まで連絡に行ってくる。2人はそのまま、占いの館へ行ってくれ」
「……クフィン、いいの?」
「ああ、本当はカーリオの奴とエルディアを2人きりには、したくはないんだが……」
それを聞いたカーリオは、口元に笑みを浮かべた。
「ふふっ、いいんですかね……何かあるかもしれませんよ?」
そしてカーリオはわざとらしく、にやけて見せた。
それを見たクフィンは、すぐに冷酷な目になり、手に持った剣をカーリオに向けた。
「……その時は、お前を罪人として容赦なく切り捨ててやる」
「おお、怖いですねぇ……」
エルディアがすぐに2人に割って入った。
「カーリオは、こう言うときには変なことはしない人よ……」
「ええ、そうです。私は正々堂々とする人間ですからね」
クフィンは、カーリオと付き合うなかで、そういう人物では無いことを知っていたので、自分も行きたかったが諦め、2人に任せることにした。
「ふんっ!まあ、そこはそうだな……とにかく、さっさと行って終わらせてくるか……」
そして、クフィンが馬に乗ろうと歩みだした時、魔法の魔力を3人は感知した。
「―――!?」
「―――これは!?」
カーリオが、その正体について叫んだ。
「マナサーチです!」
驚いているエルディアたちを、尻目に賊の男の一人が、笑っていた。
「ふふふっ……やっと来たか……」
「……他にも仲間がいたのか?」
もう一人の男が、それに答えた。
「はははっ!俺達の取引相手に決まってんだろ!」
「そう言うことですか……」
そして、腹に拳をクフィンに入れられた男が、苦痛に顔を歪ませながら、嬉しそうに話していた。
「残念だったな……お前らは、俺達と取り引きする奴等に殺されるんだな!ははっ!」
クフィンは笑っている男たちに近づいた。
「……果たして、そうかな。今ここで、俺がお前らを始末してもいいんだぞ?そうすれば、取り引きは中止だ……」
彼は剣を抜き放ち、男の一人の顔の前で剣の刃を見せた。
思わず男は悲鳴をあげた。
「ひぃっ!」
それを見たエルディアが、すぐに止めに入った。
「クフィン!殺しちゃだめ!」
クフィンは冷静に答えていた。
「分っている……」
そしてカーリオは、今、自分が何をしなければならないかを思い出した。
「……とにかく、敵の数を知るためにも、こちらもマナサーチをして見ますね」
「カーリオお願い……」
2人が見守るなか、カーリオはすぐにマナサーチを唱えた。
「……マナサーチ!」
光の青白い矢のようなものが、四方に凄い速度を出し、散っていった。
彼は目を閉じ、相手の状況を調べた。
「……ん!……」
すぐに反応を感じたカーリオの表情は曇った。
「―――これは……」
彼の表情を見たエルディアは不安な面持ちでバルガの魔道師に尋ねた。
「どうしたのカーリオ?」
珍しく緊迫した声でカーリオは叫んだ。
「2人とも!すぐに馬に乗ってください!」
「カーリオ?」
「おい、何を感じた?」
二人が尋ねる中、カーリオはすぐに馬に飛び乗った。
「ヒヒィィーーーン!」
突然、荒っぽく乗られたため、少し馬は驚いていた。
「どう、どう!」
カーリオは慌てて馬の気持ちを鎮めた。
そんなカーリオを見た2人もとりあえず、馬に乗ることにした。
そして、2人が馬に乗ったのを確認したカーリオは、相手について話した。
「相手は15人以上います!」
その数にエルディアとクフィンは驚いた。
「―――なんだと!」
「そんなに……」
「この賊の男たちは、諦めて森の奥の道へ進みましょう!」
クフィンは自分なりに、この場に留まり戦えるか、一瞬考えたが流石に無理だと判断したようだった。
「……そうだな……それだけの数だと、流石に……厳しいか……」
そしてエルディアが、2人に声をかけ馬を走らせた。
「どうこうできる数ではないわ……2人とも行こう!」
「ええ、行きましょう!」
「……ちっ、しょうがないか……」
3人は馬を走らせた。
すると、後方から、声が聞こえた。
「へへへっ……覚悟しろよ、お前ら!」
「絶対に逃がさねぇぞ!はははっ!」
先ほどの盗品を扱っていた賊たちの笑い声を背中で受けながら、3人は逃げるように、その場を後にした。
月明かりが差し込む森の中を、2人の人物が徒歩で歩いていた。
全身をフード付きのマントで覆っており、外から見ただけではどんな人物なのかは、わからなかった。
そして2人のうちの一人が、もう一人に強い口調で話しかけていた。
「ギル!あなたは少し、間が抜けすぎてるんじゃないかしら?」
そう言ったのは女で、言われた方は男だった。
「す、すいやせん……ちゃんと縛ったと思ってたんですがねぇ……『ガリトラップ』があったんで、恐らく『ピクシー』に持っていかれちまったのかと……」
【ピクシー】
悪戯好きの小さな風の妖精。
薄い赤い色をした髪を持ち、青白い肌に尖った小さな耳を持っており、大きさはノームと同じぐらいである。
夜目も良く効き、背中に小さな羽根を持っており、ぼんやりと光る鱗粉を撒きながら自由自在に空中を飛び回ることができる。
人間などに悪戯をするのが好きで、地面や壁に輪を描くことが良くある。
飛び回りながらでもあるし、馬に乗って描くこともある。
その時に出来る輪の模様を『ガリトラップ』と言う。
ガリトラップはピクシーの鱗粉が含まれており、僅かに光る。
この光る輪がある場所には、ピクシーがいると言われていた。
そして男のフードから顔が少し見えた。
男の方は具合が悪そうな土色の肌をしていて、やや出っ歯で、目は一重の鋭い目をしていた。
女の方は、深い青紫の髪をした凛とした顔立ちの女性だった。
「いい?ギル、そんなこといって、いつも色々な失敗をあなたはしてるでしょ!今日だってちゃんと確認をしていれば、こんなことにならなかったのよ!」
「へ、へい……ほんとに申し訳ねぇです……」
男はただひたすら謝っていた。
どうやら力関係は、女の方が上のようだった。
そして女は何かを思い出し、深くため息を付くと、男に話しかけていた。
「はあぁぁ………ここって、町まで結構な距離あったんじゃない?」
「そ、そうですね……馬だとそんなに感じなかったんですが……」
どうやらこの2人は、馬を失い、徒歩で歩いて町まで行くつもりのようだった。
女が辺りを不安そうに見ていた。
「どの辺かしら……」
「まだ、もう少しあるかと……」
それを聞いた女は苛立ち、声を荒げると、男を叱っていた。
「……全くもうっ!今度からはちゃんとしなさい!」
男は背筋を伸ばして返事をしていた。
「わ、わかりやした!」
「じゃあ、行くわよ……はぁ……」
ため息を付くと、2人は再び歩き出した。
そしてしばらく歩いていると、地面から振動が伝わってきた。
それは地面を叩いたときに起こるような振動だった。
「………ん?」
そして、男は目を細め、道の先を見た。
真っ直ぐ伸びた道を彼らは歩いていた。
辺りは先ほどと変わらず森の中で、明かりと言えば月明かりが僅かに差し込んでいる程度だった。
しばらくすると、奥の方から誰かが近づいてくるのがわかった。
黒い影のような塊が音と振動を出しながら、こちらへ向けて来ていた。
どうやら、振動の大きさからすると馬に乗っているようだった。
「姐さん、なんか向こうから馬に乗った人が来るみたいですぜ?」
それを聞いた女は表情を一変させ、明るい声で隣の男に話しかけていた。
「あら!それじゃあ、乗せて行ってもらえないか、聞いてみましょ!」
女の機嫌が少し治ったのが嬉しくて男は元気に返事を返していた。
「へ、へい!わかりやした!」
そして徐々に、その姿が分かり始める。
塊は、3つあるようだった。
2人はその向かってくる者たちを、やや警戒しながら見ていた。
「ギル……一応、いつでも戦えるようにしておくのよ」
女は警戒を促した。
こんな夜の森の中、通常の町の人が通ると考えられないのは、当然と言えば当然だった。
戦いと聞いた男は不気味な声を出して笑った。
「ケケッ!わかってますよ」
その声を聞いた女は、男を冷たく睨んでいた。
「ギル!!その笑いは不気味だからやめなさいって、いつも言ってるでしょ」
「す、すいやせん……癖なもんでして……へへっ」
男はフードの上から頭をかいて謝っていた。
しばらくして、相手の姿が見えてきた。
「あいつらは……」
彼らの前に現れたのは、夜盗に追われて逃げている真っ最中のエルディア達だった。
謎の2人組みに最初に気づいたのは、先頭にいたクフィンだった。
「―――おい、誰か前にいるぞ!」
「他にも仲間がいたの!?」
マナトーチの魔法の効果はきれており、再びかけようと思ったが、森の中が思いのほか明るかったため、彼らは再使用していなかった。
そのため視界が悪く、ある程度近づかなければ分からないほどだった。
カーリオは眉を寄せ、前方を見ていた。
「2人ですね……待ち伏せでしょうか?」
「エルディア、少し離れていろ!……俺が話してみる……」
クフィンを先頭に3人は、ついに謎の2人組みのところへたどり着いた。
3人は少し離れて警戒しながら近づいた。
「………」
どうやら向こうも警戒しているようだった。
2人は固まったように動いていなかった。
フードを深くかぶり、喋りもしない。
そして、顔が見えるところまでクフィンが近づいた時、相手の一人が僅かに顔を上げ、こちらを見た。
顔が見えた。
顔色の悪い男だった。
すぐに男の方から話しかけてきた。
「おめぇえら、こんな夜更けにどこに行くつもりだ?」
この男が放つ異様な雰囲気から、3人は警戒を強めた。
「やはり夜盗どもの仲間か!」
クフィンは腰の剣に手をかけた。
カーリオもロッドを握り締め、叫んだ。
「エルちゃん魔法の準備を!」
「わかった……」
しかし、男は状況を理解していないようだった。
「俺たちが賊だと!?何を言ってやがんだ……?」
彼はただ呆然とエルディア達を見ているだけだった。
一瞬両者の間で、無言の間があった。
「………」
クフィンが怪訝な表情をし、謎の2人に尋ねていた。
「……違う……のか?」
「やはり、ギルだと人相が悪くて、交渉事はダメね……」
今度はもう一人の人物がフードを上げ、エルディア達に話しかけてきた。
相手は女だった。
そして女は平然と話しかけてきた。
「あなた達、こんな夜更けに、どこへ行くつもり?私たちは、占いの館を出た後、戻ったら、馬をピクシーに持って行かれて仕方なく徒歩で町へ戻るところよ。だから普通の冒険者よ?」
相手が妙齢の女性であったのが分かった瞬間、カーリオが素早く近づき、話しかけていた。
「ほう……これはこれは、またお美しい方が……私は出会ってしまったんですね……闇夜の森の中に咲く、一輪の美しき月光の花に……その花の美しさは、愛と美の女神も嫉妬するほどですね……どうです、今度私と食事でも……私自身が月となり、あなたを照らしつづけますよ、あなたがずっと美しくあるために!」
女の隣にいた謎の男は顔をしかめ、呆れていた。
「姐さんに、お前……怖いもの知らずだな……」
エルディアとクフィンも呆れていた。
「カーリオ……」
「こんな時まで……お前と言う奴は……いい加減にしろ!」
クフィンに怒られたカーリオは、今、自分たちがおかれている状況を謎の2人組みの冒険者に話し始めた。
「……ああ、そうでした。実は我々、盗品の取引現場に遭遇しまして、その後彼らが襲ってきたもので倒してしまいましてね。そうしましたら今度は取引相手が大勢やってきたんです……それで追われることになりまして……もうすぐ、ここにも来るはずですから、逃げられたほうが良いですって……そういや、馬が無いのでしたね……よろしければそちらのお美しいご婦人だけでも、私の馬でお望みの場所へ連れて差し上げますが?」
カーリオの言うことにギルと呼ばれた男は、再び呆れていた。
「なんて野郎だ……」
謎の女の方は、口元に僅かに微笑をたたえながら答えていた。
「へぇ……望みの場所へ連れて行ってくれるの?……それはありがたいわね……だけど、そこは大勢の魔物が蔓延る地獄のような場所かもしれないわよ?それでも付いて来て下さるのかしら?軽薄そうな優男さん」
そう言われてもカーリオは、諦めていないようだった。
謎の綺麗な女の目を見ながら、彼も口元に笑みを浮かべ、返していた。
「ええ、あなたとなら、地獄へも参りましょう。そうすれば軽薄などとは言われなくて済みますからね」
そう言うとカーリオは真剣な目で彼女を見ていた。
想定した返答とは違っていたため、謎の女は少し以外に思っていた。
そしてそれは、彼女の心にほんの少しだけ刺激を与えていたようだった。
しかし、この謎の女は、こういったことに慣れているのか、先ほどと変わらぬ表情で短く答えただけだった。
「あらそう……(ふふっ、思ったより、いい目で返してくるのね……)」
そして女は、カーリオを良く見た。
すると何かに気づいた。
「あなた……よく見れば狂神フュリス、縁の者かしら?その髪と肌の色……」
「ええ、そうです。ですから、私と付き合えば、あなたを狂えるほど、愛と言う美酒で酔わせてあげますよ? ふふふっ……」
「ふうん……ま、そういうのも嫌いじゃないわよ?」
エルディアとクフィンは良く目にした光景であったため、ただ呆れていた。
「よく口のまわる奴だ。これに関しては誉めてやる……」
(いつものカーリオ……)
その時、2回目のマナサーチの魔力をその場にいた5人は同時に感知した。
「―――!?」
クフィンがバルガの魔道師を睨み付け、すぐに叫んだ。
「―――ちっ!おい、カーリオ!お前が下らん話を追加したせいで、捕捉されたぞ!」
「あらら……」
「やっぱり、追ってきたみたいね……」
謎の男も、目つきが鋭くなり、小さな声で隣の女に話しかけていた。
「姐さん、どうやら、こいつらの言ってることは本当なのかもしれませんぜ?」
「……そうみたいね」
姐さんと言われた女は落ち着いた表情のまま、バルガの魔道師に尋ねていた。
「相手は馬に乗っているのかしら?」
「かなりの速度で移動していましたからね。そのはずです」
それを聞いた女は、冷たい笑みを浮かべ、隣の男に話しかけていた。
「そう……ふふっ……じゃあ、彼らの馬を借りることにするわよ、ギル」
一瞬、彼女が残忍な表情をしたのを、ギルと呼ばれた男は見逃さなかった。
「(ふー、おっかねぇ……これだから姐さんは……)へい、わかってます」
謎の2人組が夜盗たちを倒せることを前提に話をしているのを見たエルディアは信じられなかった。
「5人じゃ、無理よ……相手は20人以上もいるのよ?」
エルディアにそう言われた2人は、厳しい表情をするかと思ったが、逆に余裕を見せていた。
「夜盗たちが20人以上……それならば私とギルだけでも、いけそうね」
「へへへっ、そうですね」
「だけど、時間がかかりそうだから、あなたたちも手伝いなさいな」
クフィンもまたエルディアと同じように、謎の2人組みの言うことが信じられなかった。
「話を聞いていたのか?相手はたくさんいるんだぞ!?」
謎の女は、臆することなく答えた。
「ええ、聞いていたわ。だけど、大丈夫よ。心配なら自分たちのことを心配しなさい」
そう言われてもクフィンは信じることはできないようだった。
(倒す自信があるほどの腕前なのか?……しかし……)
信じられないといった表情をしていたクフィンの顔を見たギルと呼ばれた男は、淡々といった感じで彼に話しかけていた。
「若造、この道は一本道だ。だから逃げ切れるものではないぜ。相手はサーチも使えるんだろ?だったらどの道、どこかで戦わないといけねえんじゃねぇのか?」
エルディアは謎の男の言う事にも一理あると思った。
「確かに……だけど……」
カーリオは2人組みの言うことに早くも納得しているようだった。
「ここでやるしかなさそうですね……エルちゃん、クフィン、ここで彼らと戦ったほうがいいと私も思います。そこのお2人の力を借りればいけないことはないと思いますよ(もっとも、あの2人に実力があればの話ですが……)」
クフィンは、ここで戦う事を決めていた。
「そうだな……やるしかないようだ……エルディア、安心しろ。お前だけは俺が何があっても守ってやる」
そんな2人を見たエルディアは、ここで戦う覚悟を決めたようだった。
「カーリオの言うとおりね……わかった。だけど、私も最後まで戦うわ。2人を置いてなんてことはしない……」
そんなエルディアの事を見たクフィンとカーリオはお互い目で合図し、無言で頷いていた。
(……もしもの時は分かっているな?……カーリオ)
(ええ、エルちゃんだけでも……ふふっだけど、そうならないような気がしますし、そんな事態は勘弁してもらいたいですねぇ……)
ギルと呼ばれる男が話しかけてきた。
「バルガの優男とそこのねーちゃんは、魔道師だろ?」
「はい……」
「ええ、そうですが?」
「なら俺たちの後ろから援護を頼むぜ。青い鎧を着たお前は戦士か剣士だな?」
「……そうだ」
「なら俺と前へ出ろ。姐さんはどうしやす?」
ギルと呼ばれた男は周囲を警戒しながら女に尋ねた。
「私は、相手を見てからどうするか考えるわ」
「わかりやした」
「作戦でもたてますか?」
カーリオがそう尋ねたとき、謎の女が敵の到着を告げた。
「……駄目みたいよ、相手がきたわ」
女の言うとおり、エルディア達を追いかけていた集団が彼らの前に現れた。
そして次々と馬から降り、エルディアたち5人に近づいてきた。
皆、ニヤついており、目をギラつかせているように見えた。
ギルと呼ばれた男は敵を知ろうと、鋭い一重の目を薄くさせ、全体を観察していた。
「……こいつらか……」
続々と現れた夜盗たちは、全員武器や防具を装備していた。
ハチェットと言われる片手で扱える小さめの手斧や短剣にショートソードなどを持っていた。
エルディアは、ガラの悪い者たちにここまで囲まれそうになったことはなかったため、恐怖に心が支配されそうになった。
(流石にあの謎の2人が手練れだったとしても、やっぱりこの数じゃ……ユラト……)
ユラトのことを思い、必死に恐怖に対して抗った。
(大丈夫……こんなところで………)
自分は冒険者になって彼の後に付いて行くのではなかったか?
そのために魔法学院に入り、様々なことを学び、そして体得してきたはずだ。
また、話の通じない獰猛で邪悪な姿かたちをした魔物たちとも、命を懸けて渡り合わなければならないのだ。
(そう……何のために、魔道の道へ進んだの?……覚悟を決めないと!)
そして杖を強く握り締め、彼女はいつでも魔法ができる状態に入った。
エルディアは、見事に恐怖に打ち勝ったようだった。
そして相手の集団の中から1人の中年の男が出てきた。
どうやらこの一団を率いている者のようだった。
鎖かたびらに、ロングソードをぶら下げ、顔には傷がいくつかあった。
男も他の者達と同じように顔をニヤつかせ、話しかけてきた。
「知り合いが世話になったみたいだな」
クフィンは普段と変わることなく、相手を睨み付けながら答えていた。
「知り合い?……ああ、あのクズどもか」
慌ててカーリオが小さな声でクフィンに話しかけていた。
「クフィン、挑発してはいけませんよ!」
男は笑っていた。
「ははっ、そうだな。お前らにとっちゃあ、そうなのかもなぁ」
そして今度は謎の女が澄ました顔で、クフィンと同じように挑戦的な言いまわしで男に尋ねていた。
「自覚があるのね。なら、少しはまともに生きてみたらどうかしら?」
しかし、男はその挑発に乗ることなく、普段どおりの口調で答えた。
「それはできんなぁ……こんな旨い稼業は早々ないからな。ははっ!」
話をしながらこの頭目の男は、相手の構成を見ていた。
(魔道師2人……それから、戦士か剣士が2人……あとは……あの女のクラスは……なんだろうな……あれではわからんな……)
謎の女だけ、顔しか見えなかったため、どんなクラスなのか分からなかった。
(しかし、こちらが有利なことには代わりはないか……ふふっ)
男は心の中でほくそ笑むと、余裕を持ってエルディアたちに話しかけた。
「まあ、俺も基本的には殺しはしたくはないんだが……見られちまった上に、刃向かったそうじゃねぇか。大人しく金目の物を渡してりゃあ、お前らも命ぐらいは失わずにすんだだろうになあ……この稼業ってのは、舐められたら終わりなんでな。悪いが、ここで死んでもらうぞ」
謎の女がギルと呼ばれた男の後から少しだけ前進すると、夜盗のリーダー格らしき男に再び話しかけた。
「今のうちに言っておくけど、馬を2頭ほど貸してくれるなら、見逃してあげてもいいわよ、どうかしら?」
女の提案に男は笑い声を上げた。
「はははっ!この状況で、よく言えるな、あんた」
しかし、男はすぐに女の言う事に一抹の不安を感じた。
(よほど自信があるのか?警戒はしとくか……)
「やっぱり、無理みたいね……はぁ……」
女は軽くため息を付くと、腰から武器を取り出した。
それは先端が膨らんでおり、そこに細かいルーン文字と言う古代の魔法の印が彫り込まれ、全てが銀色に輝くメイスだった。
そして右手でそれを持つと、顔の前まで持っていき、縦に構えると叫んだ。
「光の神ファルバーンの名において、あなた達の心に巣食う、黒き野心を浄化します!」
それを見た、頭目の男は、すぐに相手を倒す計画を立て終えた。
「(―――あの女、クレリックか!!なら簡単だ!!)ギディン、バズ、リガー、ビーゴ!お前らは、前の前衛どもの相手をしろ、俺は魔道師どもを始末する!あとは半分に分かれて……」
そのとき謎の女が突然、夜盗たちが一番集まっている場所へ向け、単身走り出した。
「―――女が来たぞ!?」
「―――馬鹿な、クレリックが!?」
頭目の男は驚いた。
女は口元に微笑を浮かべ、走りながら自分の背中へ左手を伸ばした。
するとそこから銀色に輝く豪華な装飾が施された大きな楯を取り出していた。
「―――!?」
楕円形で表面には馬に乗り、槍を持った戦乙女と言われる『ヴァルキリー』が色鮮やかに描かれている楯だった。
【ヴァルキリー】
この世界においては、戦の神『ヴォーディン』の娘を言う。
光の霊体になった、デミゴッド(半神)。
戦場で死んだ優秀な者を、神々の戦いに備えるために、天界の宮殿へ導く役目を負っていると言われている。
黄金の長い髪と鎧を着た、凛々しい顔の美しい女性で描かれることが多い。
彼女が着ていた外套が脱げた。
すると女の全身が見え始める。
彼女の全身は楯と同じように、豪華な装飾が施された輝く銀色の鎧に包まれていた。
そして、そのまま楯を構え、女は敵の集団の中へ突っ込んだ。
「―――はあ!」
それは『シールドチャージ』と言う、楯を構え、敵に当たる近接戦闘クラスが使う技術だった。
頭目の男は驚き、そして気づいた。
「しまった!!こいつ、クレリックじゃねぇ!アコライトだ!!」
そして彼女が構えた楯に接触した者たちの手に持った武器が地面に落ちた。
「―――なんだこれは!?」
「―――腕が痺れやがった!」
そして、その効果に気づいた者が叫んだ。
「これは、―――パラライズ(麻痺)効果だ!!」
「あの楯、パラライズ効果があるのか!!」
「―――遅い!!」
女は、銀色に白く輝くメイスを素早く真横に振りぬいた。
近くにいた賊3人に、メイスが直撃する。
ドンッ―――
鈍い音がし、3人の男が吹っ飛んだ。
「ぐはっ!」
「ぎゃああああ!」
「骨が……いてぇ……」
男たちとは違い、アコライトの女は澄ました顔でさらりと言ってのけた。
「あら、ごめんなさい。だけど、殺されなかっただけでも有難いと思いなさいな。あなた達が魔物だったら、もっと強く叩いていたわよ?」
「その女からやっちまえ!」
女のもとへ賊たちが何人か向かった。
アコライトの女は、もう1人の仲間の男へ向け叫ぶと、再びシールドチャージを行った。
「ギル!!あなたも手伝いなさい!―――はっ!!」
何人かの男たちが弾き飛ばされ、麻痺効果によって一瞬だが、楯と接触した部分が痺れていた。
そしてチャージのあと、彼女はメイスに魔力を込め、横になぎ払った。
再び辺りに男たちの悲鳴が響いた。
「へいへい……わかってますよ」
渋々といった感じでギルと呼ばれた男は、ゆっくり敵に近づいた。
そしてある程度近づいた所で立ち止まり、ほんの少しの間俯くと今度は顔を上げ、一重の鋭い目と口を大きく開き、嬉しそうに叫んだ。
「許可が出たぜぇ!お前ら覚悟しろよ、ケケケッ!」
笑い声を上げながら、男も敵の集団へ向かい、飛び上がった。
空中で腕を交差させ、腰の左右にあった2本の剣を引き抜いた。
剣の刀身が見える。
カーリオはそれを見て驚いた。
「―――あ、あれは!」
鞘から引き抜かれた2本の剣の形状は、『チンクエディア』と呼ばれるもので、特に印象深いのは両方とも色が違った事だった。
濃い茶色と深紅の色で、それぞれ異なった模様が付いており、茶色の方はまるで木で出来ているように見えた。
ギルと呼ばれた男は空中で、その2本の剣を投げ、2人の賊の足に命中させていた。
「……ぎゃあ!」
投げ終え、地面に着地すると同時に、男は叫んだ。
「アッシュ!!」
声が周囲に響くと、彼が投げた剣の刀身に刻まれたルーン文字が光った。
すると夜盗の足に刺さっていた2本の剣は、灰となって地面に崩れ落ちた。
すぐにギルと呼ばれた男は敵の下へ向かうと、今度は素手のまま横に回転しながら飛び上がった。
敵に近づきながら彼は再び叫んだ。
「リロード!!」
すると今度は、地面に落ちた灰が彼の両手に一瞬のうちに吸い込まれいった。
ギルと呼ばれた男の両手の中で、謎の剣が凄まじい速度で再び形作られていく。
そして彼の両手を見ると先ほどの2本の剣が投げる前と同じ状態のまま、元通りに復元されていた。
そのまま彼は、2本の剣を手に持つと回転切りを行い、敵を圧倒していた。
夜盗たちは愕然とした。
「なんだ!?こいつの武器は!!」
「どうなってんだよ!」
見たことのない戦い方に、エルディアは驚いていた。
「凄い……」
クフィンもまた、驚きを隠せなかった。
そして、武器だけではなく、ギルと呼ばれた男自体の強さにも驚いていた。
「武器も凄いが相当の使い手だな……完全に自分の体の一部のように使いこなしている……言うだけのことはあったな……」
カーリオは、なぜか特に興奮しているようだった。
「―――おおお!!これは凄いですよ!」
そして、エルディアとクフィンに武器に使われている材質について説明をしていた。
「あれは、私が捜し求めている石の一つ、『ダマスカス鋼』と言われる物です!」
「なんだ、それは?」
エルディアは、本で読んだことがあった。
「あれが、ダマスカス……」
【ダマスカス鋼】
この世界では独特の木目調のある、茶色い鉱石のことを言う。
非常に強靭性のある石で、武器や防具などに利用すると強くてしなやかなで、かつ、ルーンを入れなくとも錆びる事が無い物ができると言われている。
しかもその強靭性から、たくさんルーン文字を入れてもその強靭性は失われないと言われていた。
ダマスカスは、加工することで、いくつかの種類が出来る。
謎の男が持っている物は、一つは普通のダマスカスで、もう一つの赤いダマスカスは、よく見ると木目調ではなく、深紅のバラの花びらを幾重にも重ねたように見えることから、『ローズパターン・ダマスカス』と呼ばれていた。
これを武器に用いると、攻撃された場所の傷が治りにくくなる効果が付くと言われている。
また、防具に使用すると、火の抵抗を持つことが出来る。
しかし、人間たちはこの鉱石のある場所も、加工の製法も見つけてはいない。
あるのは、古代の人々が作った物だけだったが、それもほとんど見つかっていなかった。
カーリオはやや興奮気味に説明していた。
「そして、あのアコライトの女性が装備しているメイスや防具は、恐らく『ミスリル銀』で出来ていますね……今日はなんて幸運な日なんでしょう!……まず見ることができない物が2つも見れるなんて……」
【ミスリル銀】
ダマスカスと同じく希少性のある白銀に輝く銀。
聖なる光の属性を持つ。
軽くて強靭で錆びる事もなく、その輝きが失われることも無い。
破邪の効果があるとも言われている。
それ故、特にアンデッドに良く効くと言われていた。
敵を何体か倒したところで、ダマスカスの剣を持つ男がエルディアたちの方へ振り向き、叫んだ。
「おい、てめぇらも手伝えってんだ!お前らが呼び込んだんだろ!」
クフィンが、すぐに反応し、ロングソードを腰から抜き放ち、敵に向かって切り込んでいった。
「エルちゃん、私たちも魔法で!」
「ええ、わかった!」
謎の2人組みは強かった。
ひたすら相手を卓越した技で圧倒していた。
アコライトの女は、シールドチャージの後、素早く楯で殴りつける技、シールドバッシュを連続で素早く繰り出し、夜盗たちの意識を失わせていた。
そしてチャージを避けた者もダマスカスの剣を持つギルと呼ばれた男が、次々と倒していった。
エルディアたちは、余った敵を倒す程度で済んでいた。
しばらくすると、賊の1人が2人組みについて何か思い出したようだった。
「ミスリルの装備で固めたアコライトに、双剣のダマスカスの武器を持つ戦士……」
「ん、どうした?」
そして、男は叫んだ。
「―――思い出した!……こいつら……ゼグレムの仲間だ!!」
「―――なんだと!?」
驚いたのは、夜盗だけではなかった。
クフィンは戦いを中断し、謎の2人組みを見ていた。
「……そういうことか……」
カーリオも、すんなりと納得していた。
「なるほど、どうりで強いわけですね……」
そしてエルディアも驚き、思わずカーリオに尋ねていた。
「ゼグレムってあのゼグレム・ガルベルグ?」
「あの強さから見て、間違いはなさそうですね。(それに、あの武器や防具も……見たことも聞いたこともない物ですしね……)」
ダマスカスの剣が復元されていく中、持ち主の男はニヤつきながら答えていた。
「へっ!ばれちまったか……ケケケッ」
そして、完全に戻った剣を握り締め、辺りの者たちに聞こえるように男は叫んだ。
「そうだ、俺の名前はギルヴァン・ゾルヴァだ!お前の言うとおり、ゼグレムの仲間だ。だから、死にたくなかったら、とっとと馬だけ寄越しやがれ!」
その叫びを聞いたリーダー格の男は、女の方の正体にも気づいた。
「……と、言う事は、あの女は、ロゼリィ・アルペティか……どうりでこの人数でも勝てそうにないわけだ……」
夜盗の男は、心で舌打ちをした。
自分が今まで生き残り、そして、ここまでのし上がれたのは相手の強さや財力など、様々な実力を直感で感じ取ることが出来たからだ。
そして確実に勝てる戦いしか、してこなかった。
しかし、今回の自分はどうだったか?
男は最近つきにつきまくっていたため、慢心していたようだった。
(ちっ……くそっ、相手を見誤ったか!不味いぞこれは……せっかく俺は……ここまでのし上がれたってのに!)
手に持ったロングソードを強く握り締め、歯軋りをしていた。
しかし男の思いとは関係なく、周りにいた手下たちは、それを聞いた途端、心が動揺し、みな浮き足立った。
「おいおい、冗談じゃないぜ……」
「西の英雄様の仲間だったのかよ……」
「んなもん、勝てるわけねぇだろうが!」
そして、夜盗たちは、戦意を完全に失った。
「……命あっての金だ。俺はこれ以上は知らねぇぞ!」
「お、俺もだ!冗談じゃねぇ!」
すると1人の賊の男が倒れている仲間を見捨てて逃げ出した。
雪崩を打ったように、彼らは、我先にと逃げ出し始めた。
「お、おい!お前ら!俺の言うことも……」
ミスリルの防具に身を固めた女が静かに男に近づいた。
「ふふっ、最後までやるのかしら、いいわよ?まだ浄化し足りないし……そういう男は嫌いじゃないわ」
そう言うとロゼリィは冷たい笑みを浮かべ、頭目の男に銀色に輝く、自らの楯を見せつけた。
ギルヴァンは、横でそれを見ながら心で呟いていた。
(まーた始まった……ロゼ姉さんの悪い癖だ……)
そして、辺りを見回していた。
(どこが、浄化なんだよ……一方的な暴力じゃねぇか……ま、俺も加わったんだけどな……)
そんなギルヴァンの姿を見たロゼリィは、彼の表情から何かを感じ取ったのか、名を叫んだ。
「ギル!!何か言った?」
「い、いえ、何も!!(―――やっぱり、おっかねぇ!!)」
男はそれを見た瞬間、敗北を悟り、戦意を完全に失った。
(―――む、無理だ、絶対に!)
完全に彼の頭の中は、恐怖のみが支配することになり、そうなると一刻も早く、この場から去ることしか考えられなくなった。
「か、勘弁してくれ。俺も馬鹿じゃねぇ……これ以上は……ひぃぃ!」
男は、顔を青ざめさせ乗ってきた馬に飛び乗ると、すぐにこの場から消え去った。
リーダー格の男が逃げ出すと、残っていた夜盗たちもすべて逃げ去った。
そして辺りに残されたのは、深い傷を負い動けないでいる者と意識を失った者のみとなった。
ギルヴァンは、ダマスカスの双剣をしまうと独り言を言っていた。
「なさけねぇ野郎どもだ。仲間を置いていきやがった。ま、しょせんは損得だけで動く、覚悟のねぇ雑魚どもの集まりか……」
そしてロゼリィは、すぐに傷を負った者に近づいた。
「光の神ファルバーンに感謝しなさい」
そう言うとヒーリングの魔法をかけ、ある程度回復させた。
そして、残された全ての夜盗たちの両手足をギルヴァンやエルディア達3人に縛らせた。
治癒を終えた彼女は、一息つくと立ち上がった。
「ふぅ……こんなものかしら……」
「姐さん。こいつら、どうしやす?」
そう言ってギルヴァンは、反抗的な目で彼らを見ていた者に蹴りを軽く加えていた。
ロゼリィは腕を組み、そんな彼らを見ていた。
「そうね……ちょっとめんどくさいことになったわね……」
その時、クフィンが2人に近づき話しかけた。
「俺は自警団の者だ。だから俺が戻って連絡してくる」
「あなた達、この先にある占いの館へ行くんでしょ?」
「ええ、そうですが?」
「確か……戻る途中に馬車があるのよね?」
「はい」
「じゃあ、いいわ。私とギルでどうにかするわ。今はなぜか気分がいいしね」
「姐さんいいんですかい?」
「どうせ、通るんだからいいわよ」
しかし、クフィンは一応自警団員としての自覚があったようだった。
「あの馬車には、高価な品がある。だから……」
彼はまだ完全に、この2人の事を信じていなかった。
「もしこの2人が持ち去ってしまっては問題だろう」と、そう考えた。
クフィンの言葉にロゼリィは、少しばかり気分を害したようだった。
すぐに自警団員の青年を真っ直ぐ見つめ、話しかけていた。
「そんなせこい事するわけないでしょ。顔も名前もばれてるのよ?私は、ファルバーンを信じ、そしてヴァベル家で育てられた女……だから誓ってそんなことはしないわ」
エルディアはその名前を何かの本で読んだことがあった。
「ヴァベル……(どこかで……)」
クフィンは、そんなエルディアを一瞥すると自分が知っていることを皆に聞こえるように呟いていた。
「レイアークの町の西側にある、あのでかい教会と館のある一族か……確か、ある場所を探しているとか、自警団の同僚が言っていたな……」
「ええ、そうよ。ヴァベルの塔と言う場所を探しているわ。あなた達も何か情報を聞いたら、教えてくれるとありがたいわね」
ロゼリィは、ヴァベルの教会の前で置き去りにされた赤子だった。
彼女の入れられていた籠に、手紙があり、そこにロゼリィと名前だけ記されていた。
そして、ヴァベル家に代々仕えているアルペティ家に引き取られ、そこでヴァベルの人々とともに、生きてきた。
彼女は、そこでリュシアの母ソフィアと姉のエリスに特に可愛いがられた。
そんな日々の中、彼女はヴァベル家の目指している場所の事を知り、お世話になったこの家の人たちに恩返しがしたいと思うようになった。
そして、体を動かすことが得意だった彼女はアコライトの道を目指したのだった。
ロゼリィは、アコライトとしての技をエリスから学んでいた。
彼女の成長は目を見張るものがあった。
それはまるでアコライトとして生まれてきたと思わせる程の成長ぶりだった。
(……リュシアお嬢様。ヴァベルの塔とエリス様の所在は私が必ず見つけます……ですから、お嬢様はその森の中でヴァベルをいずれ継ぐ者として強くなってください……)
ロゼリィはアートスの冒険者ギルド職員ミラン・シュミットと親しい友人関係にあった。
そして今回の森での冒険に、リュシアが如何わしい者たちとパーティーを組まないようにしてくれと、ミランに頼んでいたのだった。
(ミランのことだから、きっと良い人と巡り会わせてくれているんだろうけど……大丈夫よね?ミラン、あなたを信用してるわよ……)
そして、西の大陸でハイエルフを探す冒険をしているヴァベルの娘のことを思った。
(お嬢様、目的を果たしたら、また2人で教会の裏の森で木の実を拾い、その実を使ってクッキーを焼きましょう。そして、よく日差しが入り、緩やかな風が流れるヴァベル家の館のテラスでミルクでも飲みながら2人で焼いたクッキーを食べ、他愛もない話をしましょう。またそんな日々が来ることを、ロゼは待ち望んでいます……)
ロゼリィは楯を拾い、背中に背負った。
(……そう……私には帰るべき場所がある……)
リュシアを旅に送り出した時の彼女の不安げな顔を、ロゼリィは忘れることができなかった。
いくら掟とは言え、非情だと思った。
自分はその意思も能力もあったが、リュシアは心優しい女の子だった。
だからこそ、自分がやらねばならないのだとロゼリィは強く思っていた。
(身寄りのない私を引き取り、生きるための力を授けてくださり、そしてそのことで、光ある人生に変えてくださった、あの2人の姉妹のためにも……必ずやり遂げてみせるわ!)
そしてロゼリィは、柔らかな表情から凛とした表情に戻った。
その顔は、まるで彼女が所持している楯に描かれている、戦の神ヴォーディンの娘のようだった。
「ギル、そろそろ、行きましょ。こんなところで時間を無駄にはできないわ」
「へい、行きやしょう。……しかし、ゼグの旦那の名前を出したのは不味かったですかね?ケケッ」
「いいわよ。こんな役目を私たちに言ったんだから、存分に使ってやりましょ」
ロゼリィの答えに、ギルヴァンは軽く肩を揺らして笑った。
「ケッヘヘヘ……旦那も嫌われたもんだ」
馬に向かって歩き出そうとした2人に、カーリオが近づき話しかけていた。
「おお……我が月光の花よ。行かれるのですか……名残惜しいですが、また、会えることを楽しみにしています」
ロゼリィは、振り返った。
「ファルバーンは太陽神でもあるのよ?だから、せめて陽光の花と言って欲しいわね……それよりあなたたち、ゼグレムは、今、人材を集めているのよ。多かれば多いほどいいわ。あなた達の動きは見せてもらったけど、そこそこやりそうだから、もし良かったら来なさいな」
クフィンが聞き返していた。
「ゼグレムが人を集めているのか?」
「ええ、そうよ。詳しくは言えないけどね。知りたかったら、来ることね」
「そうだぜ、面白しれぇことを考えてるのさ」
それを聞いたロゼリィは、ギルヴァンの名を呼び、睨み付けた。
「ギル!」
「おっと、こりゃあ、失礼……へへッ」
ギルヴァンは頭をかいて謝った。
そして、エルディアたちとロゼリィたちは、それぞれ馬に乗った。
「助かりました……ありがとう……」
エルディアが、2人に礼を言った。
「気にすんな、俺らも困ってたわけだからな」
「ギルの言うとおりよ。それに邪悪な心を正すのも私の役目だしね」
そう言って彼女は微笑み、片目を閉じた。
その笑顔をカーリオは見逃さなかった。
(……ほう、そのような表情も出来るんですね……なかなか……これは……ふふっ)
エルディアは短く返事を返した。
「はい……」
そしてロゼリィとギルヴァンは手綱を手に取り、馬の頭をエルディア達が来た方角へと向けた。
「連絡はちゃんとしておくから、安心しなさい。それから、まだ夜は続くわ、だから気をつけて行きなさいな……それじゃ、ファルヴァ・ディール………はっ!」
馬のいななきが聞こえた。
そして2人は、この場から去って行った。
2人が去って行った方向を眺めながら、クフィンが何かを思い出し、呟いた。
「あのギルヴァンと言う男……今、思い出したが、『レヴナント』のギルヴァンとか言われていなかったか?」
エルディアはその名を聞き、少し驚いた。
「あのアンデッドの?……まさか……どう見ても人だったわ……」
カーリオの方は、どうやら知っていたようだった。
「それは、あの男の名前を聞いたときに、すぐに思い出しました。しかし、噂ですからね。まあ、あの顔色を見ればそう思うのも無理はないのかもしれませんが……」
【レヴナント】
アンデッドの一つ。
この世界では、何らかの強い思いを持ったまま死んだ者が、腐敗した肉体になる前に、再び生き返った者を言う。
そして強い思いは、主に復讐などが多い。
生前の記憶や技の一部を持ち、見た目もゾンビなどのアンデッドとは違い、腐敗もしていない。
ただ、聖なる力などに弱く、触れたりするとその部分が土のようになり、崩れることがある。
しかし、その思いを果たすまでは、崩れ去った部分が時間が経過することで再び元に戻り、その思いを果たそうと再び動き始めると言われている。
そして、アンデッドの中でも上位に位置する能力を有している。
辺りは、彼らが来た時と変わらず、たくさんの月明かりが地面に差し込んでいる森の中だった。
手綱を手に取るとカーリオは、エルディアに話しかけた。
「それじゃ、エルちゃん、私たちも行きましょう」
「ええ……」
エルディアは、先ほどのことを少しだけ思い出した。
(あの2人が居なければ危なかったわ……あの2人に感謝しないと……)
エルディアたちは、目的の場所へ向かうため、馬に乗り、さらに森の奥へ進んだ。
ゼグレムの仲間、ロゼリィ・アルペティとギルヴァン・ゾルヴァと別れた、エルディアたち3人は、森の奥にあると言う、占いの館を目指し、再び馬を走らせていた。
そして、しばらく森の中を進んでいると、クフィンはエルディアの顔が少しだけ青ざめていることに気がついた。
(生死を分ける戦い……お前は初めてだったな……無理もないか……ならば……)
するとクフィンが冗談交じりに、カーリオに話しかけていた。
「……ふっ、カーリオ。さっきのミスリル・アコライトの女に付いて行かなくてよかったのか?」
前方を見ていたエルディアも、カーリオを見ていた。
「人を集めているって……」
森の木々の隙間から差し込んでくる月の光が、彼らをたまに照らしていた。
僅かに砂ぼこりが上がり、髪や着ている服を揺らしながら、彼らは走っていた。
そして、カーリオは自分たちの頭上にある森の葉を見つめながら、少し間をおいてから答えた。
「んー、少しだけ考えたんですけど、あの不気味な男やゼグレムと上手くやっていく自信はありませんねぇ。それにあの方に近づくことは難しそうですよ。抱きしめることも無理でしょうね……すぐにバッシュされては一溜まりもありませんよ……だから、もう少しおしとやかな女性と愛を享受しますかね、ははっ……」
そう言ってカーリオは苦笑いしていた。
「そんなことだろうと思った……」
「聞いた俺が馬鹿だった……」
2人は呆れていたが、大よその見当はついていた。
このバルガの優男はいつもそうだったのだ。
変わることがなかった。
エルディアは、なぜか少しだけ安堵した。
それはシュリンと出会ってからの変わることのない日常を思い出したからだった。
腕まくりをし、食材を洗ったり、切ったりしているデュランの妹の姿が思い浮かんだ。
その表情は2人とも笑顔で、一緒に出来た試作料理を食べている場面だった。
(それは、とてもありがたいこと……)
そして、自分たちの町で起きた事を思った。
(変な悪魔じゃなければいいのだけど……シュリンとミレイも無事でいてね……)
エルディアの表情が、少し元に戻ったのを見たクフィンは安心し、自分の心も少し軽くなった実感を同時に得ていた。
(少しは、落ち着いたか?……それでいい……お前は……そんな顔のお前が好きだ……)
どうやら、クフィンはエルディアの落ち込んだ気持ちを元に戻そうと自分なりにしたようだった。
そんなクフィンをカーリオが見ていた。
(エルちゃんのために、なれない事をしたのですね……ふふっ、クフィン……誰かを思う事は、やはり良いことなんですね……あなたが人として他人の痛みを感じ、それを癒してあげようとする……友人として嬉しく思いますよ……)
そしてカーリオは、自分自身の事を考えた。
(……しかし、私は誰を思えばいいのでしょうか……)
そんなカーリオの思いを知らないクフィンが、再び彼に冗談を言おうと思ったとき、エルディアたち3人は、白い靄(もや)によって視界が遮られ始めた。
最初に気づいたクフィンが、カーリオに話しかけるのを中断し、前方を見つめながら呟いた。
「……ん、……夜霧か……」
「この辺りから霧が出ているみたいね……」
「2人とも気をつけて下さい。どんどん濃くなっていくみたいですよ」
カーリオの言うとおり、森の道を進むに連れ、視界が悪くなっていった。
「2人とも、少し速度を落として、行きましょう」
「そうね……」
「俺が、先頭になる……カーリオ、後ろを頼むぞ」
「ええ、分かりました」
そして、3人は走る速度を落とし、霧の中を進んだ。
霧は奥に進むにつれ、次第に濃くなっていき、いつの間にか、前方がほとんど見えなくなってしまうほどだった。
一瞬、3人は立ち止まってしまった。
「ずいぶん、見にくくなってしまいましたね……」
「道がちゃんとあるのが唯一の救いね……」
「……とにかく、先ほどのような輩が、いないとも限らないからな……慎重に行くか……」
そして再び、濃霧の中をエルディアたちは進んだ。
進んでいくと、今度は肌にひんやりとした冷たい空気を感じ始めた。
「少し、この辺りは冷えるな……エルディア、寒くないか?」
「大丈夫よ……それより、湖が近いのかも……」
「恐らく、そうでしょうね……ようやくですか……」
そして、馬を走らせていると突然、ほんの僅かだが、風の膜のようなものを突き抜ける感覚を3人は感じた。
それはまるで蜘蛛の巣を顔で突き破ったような、纏わり付く感覚でもあった。
すぐにエルディアは、自分の髪に手を伸ばした。
(……ん、なんだろ……今の……)
特に何も無かった。
そしてカーリオは、顔に触れ、クフィンは肩に手を付けると、手のひらに何か付いていないか確認していた。
(はて……気のせいですかね?)
(何も付いていないな……)
そして3人は突然、霧の無い空間に出た。
目の前や周囲にあった霧が一瞬で晴れたため、エルディアたちは驚いた。
「―――これは!?」
エルディア達の目の前には、湖らしき場所の景色が広がっていた。
湖の奥の遥か遠くの景色は暗くて良く見えなかった。
しかし、かなりの広さがありそうだった。
「……ここは、湖なの?」
「ラルセニア湖……だと思いますが?」
夜空が見え、月も見えた。
そして振り返ると白い霧の壁が見え、そして湖全体をその壁が囲むように存在しているのがわかった。
上空から見ると恐らく、湖の場所だけ霧をくり貫いたようになっているようだった。
そして湖のある方を見ると、霧は晴れていたが、足元を見ると完全には晴れておらず、くるぶしぐらいの高さで、もくもくと辺り一面に広がっていた。
また、彼らのいる場所から少し行った先に、木製の船着場らしき場所も見えた。
そして、そこに小船が止まっていた。
その景色は、まるで雲海に停泊する船のように見え、音もなく静かな場所だった。
3人はしばし黙って、その景色を見ていた。
(不思議な場所……あそこから行けばいいの?……)
(あの世のようだ……)
(どうやって霧を……んー……)
そして、カーリオが最初に口を開いた。
「恐らく、結界か何かで霧を押さえつけているんでしょうね……」
クフィンは信じられないようだった。
「そんなことができるのか?」
エルディアは、見たことも聞いたこともなかった。
「私は知らない……」
「そう言うことが出来ると、何かの本で読んだことがありましてね。まあ、とにかく行きましょう」
そして、3人は船着場へ向かって歩いた。
船着場の周りには木の柱があり、そこにランタンが吊るされ、そこから柔らかな光が出ており、辺りを照らしていた。
そして小さな船に、3人は近づいた。
木製の船で、近くで見ると思ったより大きく、大人が5~6人ほど乗れそうな大きさだった。
舳先に鉄の棒が刺してあり、先端がアーチ状になっていて、そこに火の灯ったカボチャの形をしたランタンが吊るされていた。
「これに乗って行くのよね?」
「オールのような物はありませんね……」
「中に置いてあるのかもしれん……とりあえず、乗ってみよう」
そして、エルディアたちは、船に乗り込んだ。
中を調べてみるが、棒切れ一つ無かった。
「何もないわ……どういうこと?」
「これでは進めんな……」
「クフィン、何かないか探しに行き……」
カーリオが、そう自警団の青年に話しかけた時、船の舳先にあるランタンが突然カタカタと音を立て始めた。
そして、くるりと回転すると、くり貫かれた部分が顔のようになっていて、すぐに彼らに話しかけてきた。
「やあ、やあ!お客さん!こんな夜更けに、ビルの爺様の所へいくのかい?」
3人は驚くと同時に警戒し、咄嗟に武器を構えた。
「―――?!」
「―――エルディア下がれ!」
「これは……」
驚いた様子のエルディアたちを見たランタンは、すぐに自らの名前を名乗ってきた。
「おいおい、おいらは魔物じゃないぜ……『ジャック・オー・ランタン』って存在さ、みんなはおいらのことをジャックって呼ぶのさ!」
すると、カボチャのランタンの隣に、青白い火の玉が現れ、それは破裂すると、今度はそこからゆらゆらと空中に浮遊する足の無い小さな幽霊が現れた。
その姿は、町にいる普通の少年のようであった。
【ジャック・オー・ランタン】
この世界では、嘘つき、遊び人、そして堕落した人間の霊が、天に召されることなく火の玉となり、この世を彷徨っている存在。
嘘をついたり、人を驚かせたりすることを好む。
なぜかランタンの炎に宿り、時々人間のいるところに現れては、軽い悪戯や人が一瞬驚く事をする。
それが彼らにとって至上の喜びとなるらしい。
そして、それ以上のことをすることは無く、比較的無害な存在。
ジャックと名乗った少年は笑みを浮かべ、楽しそうに話しかけてきた。
「昼は普通の人がやってるんだけどね、おいらは夜専用なのさ!」
「そうですか……少し驚きましたよ……昼に行くことが出来ていれば良かったですね……」
そしてジャックは、早くもエルディア達に船を出すか聞いてきた。
「運賃は貰ったし……それじゃ、早速行くよね?」
「……お金を取るの?……」
クフィンは、払った覚えがなかったため、すぐに尋ねていた。
「―――おい、まだ払っていないぞ?」
ジャックは、笑いながら答えた。
「あんたたちの驚いた顔が運賃さ、はははっ!」
3人は緊張の解けた表情になり、とりあえず小船に座り込んだ。
(ちょっと苦手かも……)
「カーリオのように面倒な奴だ……」
「クフィン……私は、どういう風にあなたに見られているんですか……」
そしてエルディアは、この船をどうやって動かすのか分からなかった事を思い出し、少年に尋ねた。
「だけどジャック、どうやってこの船を動かすの?」
「ん、ああ、大丈夫さ!」
するとジャックは、船の最後尾へ一瞬のうちに飛ぶように移動すると、そこに置いてあった金属製の片手で摘んで持てる程の大きさのベルを取ると、再び船先へ戻った。
「おーーい!夜遅くだけど、頼むよー!」
そして湖面へ向けて叫んだ彼は、手に持ったベルを軽く何回か鳴らした。
―――チリリイィィィーン
涼しげで、どこか神秘的な音色が雲海のように霧が広がっている湖に響き渡った。
エルディアは黙って、その音色聞きながら、様子を見ていた。
(……何かを呼んだの?)
カーリオは目を閉じ、その音の響きを楽しんでいるようだった。
「いい音色ですね……」
そしてしばらくすると、湖面から2匹の人よりも大きな、薄っすら黄味がかった白い亀が2匹顔だけを出し、現れた。
するとエルディアたちをつぶらな瞳で少しの間、見つめていた。
そして何かに納得したのか口を開き、声を出すと、今度は体全体を水面から浮上させた。
水しぶきが上がり、亀の全体が見える。
見た目は、色や大きさ以外はウミガメとほとんど変わりは無かった。
そして亀を良く見ると首に鎖が付いており、船の先端と繋がっていた。
どうやら、この亀を利用して館のある島まで行くようだった。
ジャックは、すぐに2匹の亀に話しかけた。
「悪いね、グールマ、ケローネ。お客さんだよ、あの島まで頼むね!」
カーリオとエルディアは、興味深く亀を見ていた。
「珍しい姿をした亀ですね」
「見たことのない色……ウミガメみたいにヒレね……」
最初、興味の無かったクフィンだったが、2人が楽しそうに見ていたので、彼も興味に惹かれ、いつの間にか亀を見ていた。
そして何かに気づき、亀を指差した。
「あの亀の背中の甲羅を見てみろ、何か模様が付いてるぞ」
クフィンの指差した場所を見てみると、甲羅の中心辺りに、太陽と三日月を連想させる模様があった。
そんな3人を見たジャックは、亀について軽く説明をしていた。
「つがいのレイクタートルさ。元々は砂漠のオアシスとかに、よくいたらしいんだけど、昔の人がここまで運んできたんだって。そんな風なこと、ビルの爺様が言ってたよ。おいらが分かるのはこんなもんさ。それより、行くよ!」
ジャックが叫ぶと、亀は「キュイ」と声を出し、泳ぎ始めた。
すると、エルディアたちの乗った船も、亀の移動に合わせて動き始めていた。
「……お、結構、速度が出るんですねぇ」
「ほんと、思ってたよりも早い……」
カーリオとエルディアは、思ったよりも速度が出ていたので喜んでいた。
「そりゃ、そうさ。この亀は普通の亀より力強くて、早く泳ぐことができるんだ。たまに、鎖を外して自由にしてあげるんだけど、その時はもっと早いんだ!」
ジャックはその時を思い出しながら、両手を広げ、嬉しそうに話していた。
それを聞いたクフィンは、安堵していた。
「そうか……これならば、思ったよりも早く着くことが出来そうだな……」
そして、彼らの乗った小船は、夜霧の雲海の中を掻き分けるように進んだ。
湖亀が泳ぐたびに僅かな波ができると、音と波紋になって辺りに広がっていった。
そして、船の後ろ側を見ると、船によって霧が分断されたため、その部分の霧が晴れ、湖の中が見えた。
ラルセニア湖の水は非常に透明度が高いようで、月の光が水中に差し込むと、かなりの深さまで見えていた。
そして、水中の景色が広がりをみせ、中の様子が分かり始める。
「……ん」
それに気づいたクフィンがエルディアに教えていた。
「エルディア、後ろの景色を見てみろ……」
エルディアは振り返り、船の後ろの景色を見た。
すると水の中に白い花を咲かせた、木のようなものが見えた。
「……変わったところね……」
それを聞いたジャックは、すぐに説明をし始めた。
「あれはカルハーベと言う木なんだ。月の光を浴びることで、赤い部分は白くなる木なんだよ。それから葉っぱは、この亀たちの餌さ!」
カーリオは何度か頷きながら、興味深くジャックの説明に聞き入っていた。
「へえ、そうなんですか。面白い木ですねぇ」
そして、しばらく景色を見ていたエルディアは、気になったことがあったのでジャックに尋ねた。
「あの木、相当大きいみたいね。……と言うことは、この湖……相当深いのかな?」
確かにエルディアの言うとおり、月明かりを浴び、水の中で縦横無尽に枝を広げているカルハーベの木は、この船よりも遥かに大きかった。
そして霊体の少年は、無邪気に答えていた。
「うん、かなり深いらしいよ。前にこの湖を調査に来た、魔道師の人が言ってたよ。糸に重りを付けて湖に沈めたけど、全く糸が足りなかったって……だから、落ちないようにね!」
「そんなに深いのか……」
クフィンは、まじまじと湖の中を見ていた。
(底は闇だな……。深い……深い……闇の底から、もがくように光を求め、生える木か……)
それはまるで、自分の生き方のようだとクフィンは思った。
(……あの木が俺なら、月は……)
クフィンは景色を眺めているエルディアの横顔を見た。
僅かに吹いた風で彼女の髪が揺れ、それを直そうとしている仕草をしたエルディアを見た。
幻想的なこの場所のせいもあるのか、彼女はいつもよりさらに魅力的に見え、クフィンは自分の例えが間違ってなかったと思った。
(エルディア……)
しかし、彼は途中でその考えを止めた。
(いや……まて……)
なぜなら、隣にいるバルガの魔道師が、先ほど自分は月になると言って、ロゼリィを口説いていたことを思い出してしまったからであった。
クフィンは、カーリオを睨み付け呟いた。
「こいつのせいで台無しだ……」
睨まれる覚えがなかったカーリオは、きょとんとした顔で、ブルーアッシュの髪の青年に尋ねていた。
「……はて、どうしました、クフィン?」
彼は少し、ふてくされるように湖を見ていた。
「なんでもない……」
カーリオは理由が分からなかった。
(何かしましたかね?……)
月明かりの下、2匹の亀に船を引かれ、様々な思いを抱きながら湖を進むエルディアたちであった。
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