第十四話 調査開始

「どうだい、兄ちゃん!うちは良いもん置いてるよ!」


ユラトはウディル村で月に一度ぐらいの周期で来る、露天商の商品を見ていた。


(今回は種類が豊富な気がするな……)


この森の中で旅をすることで彼は宿泊や食事以外に、あまりお金を使わなかったため、そこそこ貯まっていたのだった。


そこでユラトは、旅で役に立つ良い装備があれば、思い切って値の張る物でも買おうと思い、色々見ていた。


露天商たちは、この森で見つかった物だけでなく、西の大陸全体で新たに見つかった武器や防具、装身具、他にも調合された薬草、非常食や果実なども並べていた。


「これなんてどうだい?」


見せられたのは、深く落ち着いた赤い色の鞘に入った剣だった。


ユラトは手に取り、鞘から剣を抜いた。


「これは……サーベル?……じゃないな……見たことの無い剣だ……」


片刃で刀身は傷一つ無く、独特の反りをもっていた。


よく見ると鍔が凝っていて、顔は竜で体は鱗を持った鹿のような体で黄金の角と蹄をもった4本足の魔物が彫られていた。


「これはね、ベニグレンと言う名前のカタナだよ」


「カタナ?」


「古代の世界の遥か東の方に存在した、他の国とは違う、少し特殊な国があったらしい。そこに凄い鍛冶師がいたらしくてねぇ。その人物の作品なんだよ」


「へぇ……」


「値段は張るが、切れ味は抜群だよ!なんせユニークレアだからね!」


ユラトはカタナを手に持ち、軽く振ってみた。


「凄い……軽い……」


「軽量化のルーンが付いてるからね!それに、防腐処理とか色々あるよ!……あ、そうだ!鞘に入れて、一気に抜いてごらんよ。鞘にもルーンがあるんだよ、それ」


「え、そうなんですか?(珍しいな……鞘にか……)」


ユラトは、言われたとおりカタナを鞘に戻し、柄に手をかけ、一気に横に刀を抜いてみた。


すると、音を立てることなく凄い速度で空気を切り裂きながら、カタナが鞘から抜き放たれていた。


しかも、刀身から風が出た。


「―――これは!?」


「兄ちゃん……こっちに向けて抜くのはやめてくれないか?……」


「あっ……すいません……その果実買います……」


店の果物がいくつか切れて転がっていた。


「……で、買うかね?」


「いくらなんですか?」


値段を見て彼は驚いた。


「えええっ!!そんなにするのか……」


ウディル村の日常より。



魔法学院からのクエストによって、エルディア、クフィン、カーリオの3人は、調査を早速始めていた。


3人で話し合った結果、まずは学院で聞き込みをしようということになった。


生徒に声をかけ、噂話を集める役目には、カーリオが自ら進んでやると言いだした。


しかし3人で聞いた方が効率が良いと思い、2人にとって苦手な事だったが、なんとか聞いて回っていた。


そして初日は、特にこれといった情報を得る事は出来なかった。


日が沈み、夜になったので初日の調査は終了ということになった。


エルディアが寮の部屋に戻ると、シュリンが待っていた。


部屋に入るなり彼女は、学院長と何を話したのか尋ねてきたので、エルディアはシュリンに全てを話した。


シュリンは興味深くエルディアの話を聞いていた。


「うんうん……それでそれで!」


話しを聞き終えた彼女は、自分も調査に協力すると言いだした。


両手の拳を握り締め、熱の篭った声でエルディアに話しかけていた。


「エル先輩、あたしも協力しますよ!なんかわくわくします!」


「シュリン……遊びじゃないの……それに危険かもしれないのよ?……あなたには学業があるでしょ」


「大丈夫ですよ、ちゃんとやってます!」


「ほんとに?大変な思いをして、あなたのお母さんが学費を出してくれているんでしょ。だったら一番優先すべきは、勉強のはずよ」


「はい!だから、合間に聞き込みだけしときますよ。それだったらいいでしょ?だって、あの2人……特にカーリオさんだけだと、不安ですしね……」


「……そうだけど……」


シュリンは先ほどとは違い、声を落とし、真剣な表情でエルディアに話した。


「……ほんとに大丈夫ですって、聞くだけですから」


そんな彼女の表情を見たエルディアは少し考えた後、シュリンの申し出を受けることにした。


「(シュリンは言い出したら聞かないところがあるから……)……わかった。だけど、絶対に無理はしないでね?」


エルディアが了承したのを見た瞬間、彼女は表情がまた元の明るい顔に戻っていた。


「はい!まあ、知り合いから、聞いてみますよ。だけど、聞いたことないなぁ……」


「シュリン、ありがとう……助かるわ……」


「いえいえ、そんなお礼なんていいですよー。あたしも先輩にはお世話になってるんですから!」


そう言って彼女も協力してくれることになっていた。


そして、翌日から、4人で聞き込みを始めた。


エルディアとクフィンもなれなかったが、2人だけに押し付けるわけにいかないと思い、聞き込みを始めていた。


聞いていく中で、いくつか情報が集まっていた。


どうやらレイアークの町を覆っている森の中で、妖しげなまじないなどを行っている者がいると言う情報を、いくつか入手していた。


そして夕方ごろ、町の料理屋『マルキーの料理店』で、少し早めの夕食を取りながら4人は集り、情報について話していた。


この店の料理は安く量があり、それでいてそこそこの品質の料理を味わうことができるため、学生達が多く利用している場所だった。


中に入り、席に着くと、料理をすぐに頼んだ。


夕食の時間に近かったため、彼らの周囲には、この店自慢の出来立てのスープの湯気がいたるところから立ち上がり、多くの人で賑わっていた。


時間を気にして一心不乱に食事を取る者、仲間と雑談をしながら料理が来るのを待っている者、友人と白熱した議論をしながら食事をする者など、様々な人々が店の中にいた。


また、店の中はスープの香りや焼いたソーセージの煙、西の大陸で発見されたハーブの香りなど、様々な匂いも混ざり、辺り一面に立ちこめていた。


和気藹々とした雰囲気の中、エルディア達4人も食事をしながら、今日あったことについて話していた。


運ばれてきた食事に手をつけながら、シュリンが他の3人に話した。


「今日は昨日よりは、情報が入ったみたいでよかったですねぇ……全く無かったらどうしようかと思いましたよ」


噂自体聞いたことがなかったエルディアは半信半疑だったが、実際に噂を耳にすることになったので少し意外に思っていた。


「ほんとうに噂話はあったのね……」


「俺以外の3人が、森での噂を聞いたと言うことは、明日は森を調べたいが……」


クフィンの言ったことに、シュリンは無理だと主張していた。


「広すぎますよー!かなりの面積ありますよ?」


森は町だけではなく、学院や大地の神殿まで覆っていたため、かなりの面積があった。


3人の意見を聞いたカーリオは、水の入ったコップを見ながら、考えていた。


「うーん……レイアークの町を覆っているだけでは、ないですからね……魔法学院に大地の神殿の方も森で囲まれていますから……」


エルディアは自分の考えを述べた。


「だけど、学生ってことは、学院の周りの森じゃない?……」


「……そうですねぇ……大地の神殿の周りの森の範囲は狭いですからね。そうなると、エルちゃんが言う通りか、町の方か……」


エルディアの考えを聞いたクフィンは、すぐに決めようとしていた。


「エルディアの言う方にしよう、それが当りだ」


皆、一瞬彼を見て、呆れた表情になっていた。


「クフィン……あなたの個人的な感情を入れてはダメですよ」


カーリオにそう指摘されたクフィンだったが、すぐに睨み付ける様に反論していた。


「それを言うなら俺は今日、お前が後輩を口説いているという噂をたくさん聞いたんだが?」


それを聞いたエルディアは驚き、呟いた。


「えっ……それ、わたしも聞いた……」


更にシュリンも聞いたのか、驚いていた。


「ええっ!?お二人も聞いたんですか?あたしも聞きました!」


クフィンはカーリオを睨みつけ、彼を問いただした。


「……おい、お前……今日ほんとに聞き込みをやっていたんだろうな?」


カーリオの視線は泳いでいた。


「み、みんなで、何を言うんですか!酷いなぁ……聞き込みのついでですよー」


「やはり、こいつは外した方がいいんじゃないか?」


エルディアはカーリオをやや呆れ気味に睨んでいた。


「カーリオ……調査に関係の無いことは聞かないの……」


シュリンは完全に呆れているようだった。


「そうですよー……全く……男って奴は……」


クフィンは、カーリオと同じには見られたくなかったのか、自分は違うんだと主張していた。


「こいつと一緒にしないでくれ。俺は一本道だ!」


「うわぁ……それはそれで、なんか聞いてるこっちが……」


シュリンがそう言うとエルディアは話を元に戻した。


「話がそれてる……本題に戻すわよ……」


「そうそう、本題は私のことではありませんよ!調査のことを話ましょう!」


カーリオがそう発言したとき、後ろから声がかかった。


「話中、悪いんだけど、ちょっといいかい?」


4人とも、その人物の方へ視線を向けた。


皮鎧の上にカーリオと同じ深い朱色のマントを羽織っている女性が、そこにいた。


髪や肌もカーリオと同じ白い髪に褐色の肌をもった人物だった。


そして背中まであろうかと言う髪を後頭部の高い位置で一つにまとめ垂らしていて、綺麗な二重の鋭い赤い目とやや厚めの唇が印象的な女だった。


また耳にも、その目の色に似た小さなイヤリングをしていた。


背丈はクフィンやカーリオほどはないが、エルディアやシュリンよりは大きかった。


背中に自分の背丈に近いぐらいの長剣を背負っていて、その剣は、ぼんやりと黄色く光っていた。


その女性を見たカーリオは驚きの声をあげていた。


「―――ミ、ミレイ!なぜ、あなたがここに!?」


ミレイと呼ばれた女性は、くたびれた様子だった。


眉を寄せ、ため息をつき、カーリオに話し掛けていた。


「はぁ……探したよ、カー兄……」


「あなたは、西の冒険者学校に行っているはずではなかったんですか?」


カーリオの問いかけに、彼女はやや気だるそうに答えていた。


「学校の許可を貰って、バルガの成人の儀式に出ようと思ったんだけど……村への道がこの前の大雨で塞がっているみたいでさ……復旧にはもう少しかかるみたいなんだ。だから、それのついでにこっちにも寄ってみたってわけさ」


「……そうでしたか。あっ!紹介が遅れましたね……彼女は妹の『ミレイ』と言います」


彼女は、カーリオの妹でもあり、ジルメイダの娘の『ミレイ・バルド』と言う名の人物だった。


エルディアはバルガの戦士を見るのは初めてだった。


(バルガの女戦士……)


シュリンは、興味津々のようだった。


身を乗り出して聞いていた。


「ってことは、カーリオさんと同じ、バルガの方なんですか?」


「ああ、そうだよ。今はアートスのファージア冒険者学校に行っているんだ」


「西のラーケルの方の学校ですかー」


「ああ、そうだよ」


その学校名を聞いて、エルディアは、驚いた。


(―――!?ユラトの行っていたところ……だけど、この子、戦士よね?……ユラトは剣士だし……知っているわけない……)


カーリオはシュリンに話しかけた。


「彼女はシュリンと同じ歳ですよ、良かったら友達にでもなってあげてください」


「へぇ……あたしよりも随分大人びてますね……カーリオさんも戦士になれば良かったのに……そしたら、もっともてたかもしれませんよ?」


シュリンにそう言われたカーリオは表情を曇らせて答えた。


「あの村の人たちは血の気が多くて……合わなかったんですよ……私はあんな野蛮なことは嫌いなんです」


そんな兄を見たミレイは少しだけ笑みを浮かべた。


「ふふ……あたしの家はバルガの中でも特殊だからね。それに父も母も、なりたいものになればいいって言ってくれてたから……まあ、だけど、魔道師になるとは、父以外は思わなかったみたいだけど……」


「ミレイ、それで、私に何か用事でも?」


「母さんから、カー兄に渡すように言われたんだ。これ……」


そう言って、ミレイは腰にぶら下げていた手のひらに収まるぐらいの大きさの袋をカーリオに渡した。


それを受け取り、袋を開けて中を見たカーリオは喜んだ。


「おおおっ!やはり、持つべきものは良き母ですね!これだけあれば、研究を進める事が出来そうです!」


どうやら袋の中身は、お金のようだった。


「無駄遣いはするなって言ってたよ。あと、ダリオさんからお金借りてないだろうね?」


妹からそう言われたカーリオは突然、苦悶の表情を浮かべ、お腹を両手で押さえた。


「ん……うっ、お腹が痛い!」


それを見たクフィンは、横目でカーリオを見ながら呆れていた。


「都合の良い腹痛だな、カーリオ。まだ、ほとんど食べてないだろ」


シュリンやエルディアも、すぐに見抜いていた。


「カーリオさん、誤魔化しても、無理ですよー!」


「カーリオ……嘘が下手……」


兄の下手な演技を見たミレイは呆れていた。


「……呆れた……あれだけ母さんに言われていたのに……」


お腹を抱えていたカーリオは突然顔を上げ、必死に弁明をし始めた。


「ち、違いますよ!あれは……ダリオさんの方からですね……」


両手を動かし、あたふたしながら彼は妹に話した。


「そ、それでまあ……ちょっと……借りるぐらいなら良いかなと……」


そんな兄の姿を見たミレイは、疑いの眼差しを向けながら兄に聞いていた。


「じゃあ……その事、母さんに言うよ?」


ミレイに母に言うと言われたカーリオは動揺を隠せないでいた。


「い、妹よ、あ、兄を脅すんですか!……もし、ばれたら……」


ミレイは涼しい表情で兄に言った。


「顔の形が変わるまで殴られるだろうね……そりゃあもう、ボコボコにさ……」


その言葉を聞いたカーリオは、頭を抱え、思わず悲鳴を上げた。


「ひぃ!」


彼は母が、よほど怖いのか、顔を青ざめさせながら呟いていた。


「……あ、あの人なら……絶対にそうしますね……なんと恐ろしいことか……」


クフィンは不思議そうに尋ねていた。


「お前の母親は一体どんな人物なんだ?」


カーリオは困った表情なって答えていた。


「母は戦士なんです……それもかなり腕の立つ……」


そんな兄とは対照的にミレイは嬉しそうに、そして誇らしげに、母について話した。


「はははっ、そうさっ!強くて優しくて……あたしが憧れ、そして目標でもある、凄い戦士なんだ、母さんは!カー兄は相変わらず、母さんが怖いんだね!」


カーリオは怒りを込めて妹に話していた。


「当たり前です!ミレイ、私がずっと大変な思いをして、あの村で生きていたのを、あなたは知っているでしょう!」


「あたしが知っているのは、母さんが苦労していたことだけさ。そして、よく殴られているカー兄を見て、自分はああはなるまいと思っただけだよ、ははっ!」


ミレイは昔のカーリオを思い出して笑っていた。


「全く……あなたは相変わらずですね……ミレイ……」


カーリオは目を細め、ミレイの顔を見ながら、父親が亡くなった日のことを思い出していた。


(父が死んだと分ったとき、あなたは凄く落ち込んでいたのを今も覚えていますよ……だけど、あなたはすぐに涙を拭いて立ち上がった……そして母がいない時に、私に言ってきた……)


《カーにぃ……あいつを、倒したい!そのためにあたしは、母さんのバルガの剣を受け継いで強くなるよ!誰よりも!》


《……ええ、そうですね、ミレイ、わたしもそう思います……だから、あなたはあなたのやり方で、私は私のやり方でお互い進みましょう》


(そして共に復讐を誓った……あの日の事を私は今もしっかりと覚えています……あなたも私も……そして母も。その後、みんな忙しい日々を過ごし、いつしかあの悲しみから少しだけ解放され、またもとの笑いのある家族に戻れて良かった……だけど、その笑いは心の底から来る笑いではないんですよね……だから、いつの日か……)


その日から、この2人の兄弟は、いつかデュラハンを倒そうと心に決めていた。


父の仇を討ち、母をこの憎しみにまみれた世界から解放してあげようと。


(……そのためにも……あれを……)


カーリオが自分の考えに深く入ろうかと思ったとき、クフィンが彼を現実に引き戻すことを皆に聞いていた。


「……で、目的の調査の方はどうするんだ?」


シュリンが良く煮込まれたスープを木製のスプーンで一口飲むとそれに答えた。


「今日は、ここまでにするとしても明日からですよねぇー……うーん、相変わらず、ここのは美味しい!」


エルディアは懐から小さな布を取り出し、シュリンに近づいた。


「シュリン……口の周りに少しスープが付いてるわ……」


皆のやり取りを聞いていたミレイが興味を持ったのか、兄に尋ねていた。


「調査?カー兄、一体何をしているんだい?」


カーリオはミレイに今回のクエストのことについて話した。


「……と言う訳なんです……」


彼女は興味深く、話しを聞いていた。


「……なるほど、そんなことがあるんだね……ちょっと面白そうじゃない」


そんな妹を見たカーリオは、皆に提案をした。


「……あなたは昔から好奇心がありましたからねぇ……どうです、みなさん……ミレイもしばらくは村に行けないみたいですし、調査に加わってもらうというのは?」


エルディアは少しだけ考えると、カーリオの提案に同意した。


「……そうね……人が多い方が早く調べられそう……それに前衛はクフィンだけだし……もう一人ぐらい前衛がいた方がいいのかも……それにカーリオも真面目にやると思う……」


エルディアがカーリオの提案を同意するのを見たクフィンも、少しの間をおいてから渋々了承していた。


「この町は島の中央だから魔物なんていないはずだ。だから俺一人でも前衛はかまわないが……そうだな、エルディアの言うとおり、少しはまともにクエストを、こなしてくれるかもしれんな……」


そんな2人とは違い、シュリンは嬉しそうだった。


「ミレイちゃんって呼んでいい?私はいいと思いますよ!戦士だなんてかっこいい!」


「ん、好きに呼んでくれていいよ、あんたのことはシュリンって呼ばせてもらうよ」


「うん!それでいいよ、よろしくミレイちゃん!」


どうやら2人は、すぐに打ち解けたようだった。


そして、クフィンが明日の予定について話した。


「それじゃあ、明日は学園の西の森から、調べるか」


「私は、それでいいですよ」


「はい、そうしましょう!」


エルディアは、少し心配した表情でシュリンに話し掛けていた。


「でもシュリン、あなたには勉強があるでしょ……それにパン屋の店番も……」


シュリンは母に出来る限り負担をかけたくなかったため、学校が終わった後、パン屋の店番を週に何日かしていた。


「はい、でも、それもちゃんとやった上でならいいですよね?」


「そうだけど……」


カーリオもまた、シュリンが一度決めたら最後までやる人物だと分っていた。


柔らかい表情でエルディアに話し掛けていた。


「エルちゃん、彼女はどうしてもやりたいみたいですよ。やらせてあげましょう」


「………」


シュリンの真剣な眼差しを見たエルディアは、反対するのを諦め、承諾する事にした。


「わかったわ……だけど、ほんとに出来る範囲でいいから……ね?」


シュリンは嬉しそうに、元気に答えていた。


「はい!そうします!」


クフィンは本日の調査の終わりを告げた。


「じゃあ、今日はここまでにしよう……」


こうして2日目の調査は終わった。



そして3日目の朝、エルディアたちはシュリンを除いた4人でパーティーを組み、魔法学院の敷地の西の森にいた。


大きな木が茂る森で、鳥達はなぜか殆どいない場所だった。


森の木々の隙間から日の光が僅かに入る程度で暗い森だったため、丈の高い草は、ほとんど生えていなかった。


そんな中をエルディアたちは歩いていた。


彼女は魔法が必要になる場合もあるだろうと思い、先がぐにゃっと、くの字に曲がった木の杖を持ってきていた。


この杖は魔法学院に入学が決まった時に、村長が買ってくれた物だった。


そして更に広いつばを持った紺色の帽子も被っていた。


被る先の尖った物で、中心には三日月の刺繍が施されていて、文字などを読むときのために眼鏡も持ってきていた。


またカーリオの方は、ダリオに買ってもらった赤い玉の付いたロッドを持ってきていた。


それ以外のクフィンとミレイは、昨日と同じ装備だった。


4人は辺りを見回しながら、歩いていた。


たまに、杖や剣で低い木の茂みのあるところを押さえたり、払ったりしながら、森の中を進んでいた。


辺りを見回しながらクフィンは呟いた。


「やはり……闇雲に探しても、これだけ広い範囲となると厳しいな……」


ミレイがあることを閃き、他の3人に聞いた。


「そうだ、マナサーチ!ここなら、人もいないだろうし、いいんじゃない?」


カーリオは妹の言葉を聞いて頷いた。


「そうですね……ミレイの言う通り、この辺りなら使用できますね」


「……じゃあ、私が範囲を絞ってやってみる……」


そう言うとエルディアは、マナサーチを静かに唱えた。


「……マナサーチ……」


基本的にマナサーチやマナフラッグなどは、人の多い場所での使用は禁止されていた。


なぜなら、マナサーチが使用された場合、範囲に入った全ての人が、その魔力を一々感知してしまうためである。


そのため、街中や人の多い場所では使用しないことが共通のマナーとして存在した。


エルディアは瞳を閉じて、辺りの情報を探った。


「…………ちょっと絞りすぎたかも……何もないみたい……」


サーチの結果を聞いたカーリオは、少し考えていた。


「そうですか……んー、どうしますか?……とりあえず、二手に分れて調べましょうか?その方が効率がいいですからね」


珍しくクフィンがカーリオの意見に同意していた。


「これだけ広いと……そうだな……この島には、どうせたいした魔物なんていないからな。その方がいいだろう……」


「じゃあ、エルちゃんと私で!」


カーリオが突然、エルディアと行くと言いだした。


それを聞いたクフィンが、カーリオの発言に敏感に反応した。


「―――おい!魔道師2人で行ってどうする!」


カーリオはとぼけて見せた。


「あっ、そうでしたね……」


「お前と言う奴は……」


カーリオを睨み付けた後、今度はクフィンが分ける構成について提案した。


「俺とエルディア、カーリオとミレイ、これでいいだろ」


すると今度はカーリオが、呆れ顔でブルーアッシュの髪の男に話しかけていた。


「クフィン……ちょっと露骨すぎやしませんか?」


クフィンはすぐに反論していた。


「何がだ!両方ともバランスがいいだろ」


「やれやれ……あなたと言う人は……」


しかし2人のやり取りを聞いていたエルディアは、別の組み合わせで行くと言った。


「あたしとミレイ、クフィンとカーリオでもバランスがいいわ……それで行く……」


それを聞いた男2人は、すぐに顔をしかめ、抗議の声を同時にあげた。


「ちょっと待ってください!最悪の組み合わせじゃないですか!」


「こんな奴とは組みたくない。エルディア、俺の方が腕は確かだぞ!」


それを聞いたミレイはクフィンを睨みつけ、叫んでいた。


「待ちなよ!あたしの腕が未熟だって言いたいのかい!?」


クフィンはミレイを一瞥し、言い放った。


「……悪いが、そういうことだ……」


彼の言葉を聞いたミレイは静かに冷たい目を見せ、僅かに微笑をたたえると、クフィンに話し掛けた。


「……へぇ、じゃあ……どっちが上か……試してみる?」


ミレイが背中から長剣を抜き放つと、クフィンも腰にあるロングソードに手をかけた。


「かまわんぞ……相手をしてやろう……俺は、お前の兄のように口だけの男ではないからな……それを見せてやろう」


「酷い言われようですねぇ……私だって……」


カーリオが反論しようとしたとき、エルディアが二人の間に割って入った。


「―――いい加減にして!」


彼女は2人を睨みつけると、ミレイの手を引張った。


「あたしとミレイで行く。嫌なら、あたし一人で行くわ……」


カーリオがやれやれと言った表情でクフィンに話し掛けていた。


「はぁ……クフィン……ここは諦めましょう……時には引くことも大事ですよ?」


カーリオにそう言われたクフィンは苦虫を噛み潰したような表情をし、剣をすぐにしまっていた。


「ちっ、しょうがないか……だが、元はといえば、お前が下らない提案をするからだぞ、カーリオ!」


カーリオは気にすることなく、軽く笑った後、エルディアに話しかけていた。


「ははっ、ばれましたか……エルちゃん、何か見つけたらフラッグをお互い出しましょう」


「わかった……そうする」


エルディアが返事をすると、クフィンは心配そうに話しかけてきた。


「エルディア、何かあればすぐに魔法を使って知らせるんだ。何があっても俺は、駆けつける!」


「はいはい、そこまでですよ、クフィン。行きましょう」


カーリオはそう言って、クフィンの背中を押した。


「俺に触るな!」


クフィンはカーリオの手を払いのけ、エルディアに背を向け歩き出した。


「さっさと終わらせるぞ!」


「はいはい……分っていますよ……」


カーリオとクフィンの2人は、お互い文句を言いながら別の方へ向って行った。


それをやれやれといった表情で見送ったエルディアは、自分たちも行こうとミレイに話しかけた。


「ミレイ、私たちも行こう……わたしのことはエルディアって呼んで……」


ミレイは先ほどとは違い、笑っていた。


「はははっ!わかったよ、エルディア!だけどあの2人、いつもあんな感じなの?」


「……ええ、そうよ……」


「はははっ、カー兄の奴、全然変わってなくて、なんか安心したよ」


エルディアは目を閉じ、呟いていた。


「2人ともちょっとは、成長して欲しい……」


どちらか片方に会うだけならば、二人とも静かに話すことが出来ていた。


しかし、クフィンとカーリオが一緒になると、先ほどのようなことがいつも起こっていた。


(……でも、何も無い日常よりは……いいのかな……?)


エルディアがそんな事を考えた時、ミレイが少し真面目な表情になって話し掛けていた。


「エルディア……さっきは止めてくれて、ありがとう。あたしってちょっとしたことで熱くなってしまうんだ……よくそれを母さんに怒られるんだよ……」


「気にしなくていい……わたしはただ普通に、このクエストをこなしたいだけ……」


エルディアがそう言うと、ミレイが尋ねてきた。


「そういや……あのクフィンって男……剣の腕は、どんなもんなんだい?」


「相当出来るわ……何度か見たことがある……」


「へぇ、そうなんだ……まあ、見た感じだけど、そこそこは出来そうだね」


エルディアは、何度か戦っているクフィンを見たことがあった。


高価な物が学院の敷地内の博物館にあり、強盗団がそこを襲撃したことがあった。


その時クフィンは3人の強盗と戦い、見事倒していた。


そして他にも暴漢と戦ったりしているのを町の中で見たこともあった。


どれも一瞬で彼は相手を倒していた。


クフィンの腕前をエルディアから聞いたミレイは、他にも気になった事があったようだった。


「あの男……あんたのこと気に入ってるみたいだね。目はきりっとしてて背も高いし、中々いい男じゃない。付き合ったりしないの?」


「……興味ない……」


「……ふーん」


エルディアは何度もクフィンに、あなたとは付き合えないと断っていた。


そして、これから先も好きになることはないと言っていた。


だがクフィンはエルディアに対する思いを変えることはなかった。


「お前は、それでいい……俺がお前を好いているのは、いつも変わらず故郷の男を思っている……そんなお前が好きだからだ。すぐに気持ちを変えるような女は好かん……それに、俺自身が誰を思おうと俺の勝手だ。お前に迷惑をかけるつもりもない」


そう言っていた。


学園や町で会っても挨拶や今日の天候の話など、ちょっとした会話程度しか、しなかった。


また、彼がしつこく迫ってくることもなかったので特になんとも思っていなかった。


自分はとにかく、今はこのクエストを終わらせて冒険者になり、ユラトのもとへ行くことしか頭になかった。


「じゃあ、あんたって他に思ってる人でもいるの?」


気が緩んでいたところにいきなり、鋭い質問がきたのでエルディアは、ややうろたえた。


「えっ……別に……あなたに関係ないでしょ……」


エルディアの驚いた顔を見たミレイは、少しにやけていた。


「はっは~ん。こりゃ、いるね」


エルディアは、少し動揺しながら答えてしまっていた。


「ミレイ、今はクエストに集中して……」


「ははっ!そうだね、悪かったよ。(あんたのこと大体分ってきた……ふふっ)」


どうやらミレイは、話を通じて、エルディアがどんな人物か探っていたようだった。


(シュリンと同じ事言わないで欲しい……わたしって……顔に出やすいのかな……)


そして、2人は、しばらく無言で歩いていた。


辺りは相変わらず薄暗く、大きな木が茂っており、そこをエルディアとミレイは見渡しながら歩いていた。


そして、先ほど使用したマナサーチの範囲外へ来ていたので、エルディアが再度、魔法を発動させた。


「マナサーチ……」


杖の先端が光り、青い矢のようなものが、四方へ飛ばされる。


彼女は、目を瞑った。


そして、辺りを探る。


すると、何か反応があった。


「―――!?何か……いる……けど、これは……」


ミレイの目つきが鋭くなった。


「―――どういうこと?この島には、魔物はいないんじゃなかったの?」


ミレイは剣を両手で握り締め、エルディアを守るように辺りを警戒した。


「どこだい?」


「こっちの方……」


エルディアが指差した方へ、2人は慎重に向った。


茂みの奥へ入り、その先で見たのは切り株の上に仰向けに倒れている小人だった。


大きさは手のひらに収まるほどしかなかった。


「あれは……?」


戸惑っているエルディアへ向ってミレイは、その小人の名を告げた。


「あっ……あれ、知ってる……『ノーム』だよ」


赤く先が尖った帽子とチョッキを着ていて、顎に長い髭を持った老人の姿をした小人だった。



【ノーム】


4元素の精霊のうちの一つ、大地を司る精霊。


非常に小さく、人間の手のひらに、軽く乗ってしまうほどの大きさしかない。


見た目は、真っ赤な尖った帽子をかぶっており、その姿は立派な白い髭を生やした老人のような風ぼうをした小人である。


大地の力が強いところに、よく出現する。


また、4元素の精霊の中で最も高い知性を持っている。



2人はノームのところへ近づいた。


「寝てるみたい……」


エルディアの言う通り、小さな老人は、すやすやと寝息を立てて寝ているようだった。


「こいつは、山にもいるからね……あたしのいた村でも、よく見るんだ」


「そう……」


しばらくして2人の話し声に気づいたノームは目を覚ました。


「ん~……―――!?なんじゃ、お前さん達は!」


ミレイは彼に近づいた。


「じいさん、安心しな……あたし達は、ただ通りがかっただけだよ。危害を加えるつもりはないさ」


「……そうか、ならいいが……」


ノームは少し気が立っている様子だった。


顔を険しくさせていた。


「機嫌があんまり良くないみたいだね。なんかあったのかい?」


ノームは赤い帽子を手に取るとかぶり直し、立ち上がった。


「ん……お前達人間がやったんじゃろ。大地を汚したのは……」


老人の言葉を聞いたミレイは怪訝な表情になった。


「大地を汚した……?」


ノームは両手を握り締め、怒っていた。


「そうじゃ、あんなのは人間にしか出来んぞ!」


「……なんのこと?」


エルディアの質問にノームは、その情景を思い浮かべながら答えた。


「何か変なものが描かれた奇妙な儀式じゃよ。そのために大地の力が失われよったわ……わしらは、大地の力のあるところしか存在できんのに……なんてことをしてくれるんじゃ!」


彼の話を聞いたエルディアとミレイの表情がやや強張った。


「―――儀式?!」


「じいさん、その場所へ案内してくれないか?」


「あんなもん見てどうするんじゃ、もう終わった後じゃぞ?」


「あたし達は、それを探しているの。だから、お願い……」


ノームは、あまり言いたくないのか、案内を渋った。


「しかし……のぅ……」


そんな大地の小人を見たミレイは、彼に近づくと背中から赤い服を指先で持ち、つまみ上げた。


「さっさと教えな」


ノームは体や手足を動かし、抗議の声を上げた。


「な、なにをするんじゃ!?年寄りは大切にするもんじゃぞ!」


二人のやり取りを見たエルディアは、すぐに仲裁に入った。


「ミレイ、落ち着いて」


ミレイは自分の顔の近くまでノームを摘み上げ、彼に話し掛けた。


「……分ってる。だけど、じいさん、あたし達にとって重要なことなんだ。だから、早めに頼むよ」


ノームは彼女の真剣な瞳を見て抵抗するのを止め、言うことに従う事にした。


「……わかったわい、せっかちな奴じゃ……じゃあ、そこの魔道師の姉ちゃんの肩に乗せてもらえるかのぅ……ふぉふぉ」


「いいわ……」


エルディアは笑っているノームを手のひらに乗せると、今度はそのまま、自分の右肩へ乗せた。


そして2人はノームの指差した方角へ歩き出した。


「やはり、若いおなごはええのぅ……ふぉふぉ」


大地の精霊は先ほどより表情を緩め、喜んでいるようだった。


それを見たミレイは剣を抜き放ち、ノームを睨みつけた。


「じいさん、変な事したら、これで叩き切るからね」


ミレイの迫力に押され、ノームの顔は少し青ざめた。


「な、なんと言う恐ろしい、おなごじゃ……女と言うものはな、もう少し慎み深くじゃな……っ!……ありゃ、よく見れば、お主、バルガの者か?」


「ああ、そうだよ。だから、容赦はしないよ」


彼はバルガ族の恐ろしさを知っていた。


「狂神フュリスに魅入られた部族……バルガの戦士……誰もが恐れる者の一つじゃな……おおっと、今度はそっちの方角じゃ」


2人は、この小人の老人の言う通り方角を変え、辺りを警戒しながら歩いた。


辺りは相変わらず薄暗い森の中だった。


ノームの言う通り森の中を進んでいた2人の目の前に、しばらくして目的の場所が見え始める。


先ほどより開けた場所で、木の間隔が広く、日が僅かに入っている場所だった。


「そこがそうじゃ。ほれ、そこじゃ!」


ノームが指差した場所には、朽ちた切り株があった。


僅かに日の光が当たり、ぼろぼろで原形を保っていないほどで、苔が生え、その苔から小さな花が咲いていた。


そしてその切り株の辺りに、いくつも枝分かれした禍々しい形の根が、辺りに這うように盛り上って生えているのが見えた。


近づくと、広がった木の根の上に何か模様の様な絵が描かれていた。


人が両手を広げたより、一回りほど大きいものだった。


エルディアとミレイは真剣な眼差しで、それを見つめた。


「―――これは!?」


「……魔法陣ね……」


その魔法陣は外側が赤い円の形で描かれており、その円の中に、奇妙で色鮮やかな羽と刺がたくさん付いた長い尻尾を持った虫のような絵があった。


ノームは魔法陣を見詰める二人に話しかけた。


「この魔法陣は、この木の力を使って行われたんじゃよ。この木は、魔力が他の木よりも高い木じゃからのぅ……」


エルディアは眼鏡を取り出し、朽ちた切り株に近づき、しゃがみ込むと魔法陣に軽く手で触れ、香りを嗅いだ。


彼女は、あることに気づいた。


「少しツンとして苦味を含んだ、この香り……この木は『ラオルバの木』ね……それに何か別の物も……何かな……これ……」



【ラオルバの木】


魔力が他の木に比べて高い木。


年に一度のヴァルプルギスの一番最初のかがり火に使われる木でもある。


そのままだと苦味のある独特の香りがする。


しかし火によって燃やされると、深みのある柔らかで甘い香りが出て、赤に近い橙色の煙と灰が出る木。



木の存在を当てたエルディアの事をノームは感心していた。


「そうじゃ、さすが魔道師じゃ!よー知っとるわ……ふぉふぉ」


ミレイはノームを見た後、魔法陣へ視線を戻した。


「噂は本当だったのか……これは、やばいかもしれないね……」


彼女の言葉を聞いたエルディアは、如何するべきかすぐに決めた。


「ミレイ、あの2人を呼ぶわ!呼び出された後みたいだから、一応警戒を!……」


エルディアは、クフィンとカーリオを呼ぶための魔法の詠唱を開始した。


「わかった!」


ミレイは剣を抜き放ち、周囲を警戒し、武器を構えた。


「……大気を踊り、風振るう魔力の印よ、大空へ飛翔し、光源の御旗となり、一天に轟け……そして我が魔力の叫びに応じよ……」


エルディアは魔法の詠唱を済ませると、杖の先端に黄色い魔法の火の玉を宿らせた。


彼女はそれを左手のひらで上空に打ち上げるようにやや強めに叩いた。


「……―――マナフラッグ!」


するとその火の玉は黄色い一本の筋を作りながら、一気に上空へ上がると膨張し、すぐに弾け飛び、強い光を放った。


周囲に空気の振動が起こり、音と光が広がっていく。


ミレイは初めてのマナフラッグの感覚に眉をひそめ、耳に手を当てた。


「……―――くっ……これがマナフラッグか……嫌な感覚だね……」


耳の中に小さな針で刺されたような感覚がやって来ていた。


ノームも耳を両手で塞いだ。


「年寄りには、こたえるわい……」


エルディアは、苦痛に耐えながら二人に話しかけた。


「少しだけ我慢して……これでも範囲を押さえてあるの……もっと広い範囲だと、もっと響くわ……」


そして彼女は続けてマナサーチの魔法も使用したが、辺りに反応は何も無かった。


ノームを含めて3人は、無言で辺りを警戒しながら待つことにした。


「………」


待っている間にエルディアは、持っていた紙に魔法陣を粗描しておいた。


しばらくしてクフィンとカーリオが、エルディアたちのいる所へ駆けつけて来た。


彼は血相を変えて来ていた。


エルディアを見るなり、叫んでいた。


「エルディア!大丈夫か!?」


少し遅れてカーリオが荒い息をつきながら現れた。


「待ってください、クフィン!……はぁはぁ……全く、あなたは……エルちゃんの事となると他は何も見えないんですねぇ……」


ミレイは待ちくたびれていた。


腕を組んで大きな石に腰掛け、退屈そうに兄に話しかけていた。


「やっと来たか、カー兄……普段から体を鍛えないから、すぐにばてるんだよ」


疲労で顔をしかめ、汗を拭いながらカーリオは妹に答えた。


「はぁはぁ……あなたたち戦士や剣士と違って、私は魔道師なんですよ? 体力なんてこんなもんです……全く……ふぅ……」


一方エルディアは、クフィンを落ち着かせようとしていた。


「クフィン、落ち着いて……敵はいないし私もミレイも無事よ……それより、2人とも、あれを見て……」


エルディアが無事だと分ると彼は、いつものように鋭い目をもった無表情な顔に戻った。


「……そうか……ならいい……」


エルディアの指差した場所を2人は見た。


「……なんだこれは?」


「……ほう、これは魔法陣ですね……」


エルディアはカーリオに尋ねた。


「カーリオ、これ何の魔法陣だか分る?」


カーリオは魔法陣に静かに近寄るとしゃがみ、赤い円の部分を調べ始めた。


「ふーむ……これは……」


彼は魔法陣の赤い部分を指でつまみ、匂いを嗅いだ。


「恐らくですが……召喚は成功させている可能性が高いですね……」


その言葉を聞いたクフィンは驚いた。


「なんだと!?」


「だーからワシが、さっき言ったじゃろうが!もう終わった後じゃと」


クフィンとカーリオは突然、老人の声が聞こえたエルディアの右肩を見た。


「……おや……この声はどこから……」


「―――っ!?魔物か!?エルディア、お前の肩に魔物がいるぞ!叩き落せ!」


クフィンは素早く剣を抜き放ち、構えた。


「なんじゃ、なんじゃ! 怖いのぅ……」


ノームは驚き、エルディアの首の後ろ側へ隠れた。


すぐにエルディアは、クフィンに説明をした。


「クフィン、大丈夫よ!これは大地の精霊ノーム……魔物ではないわ」


カーリオはその存在を知っていた。


「エルちゃんの言う通りですよ、これはノームですね。クフィン、大丈夫です」


二人の説明を聞いたクフィンは警戒を解き、剣をしまった。


「なんだノームか……」


安心した彼は無表情になり、何事も無かったかのように静かに魔法陣を見つめた。


「………」


そんなクフィンの態度を見たノームは小さな拳を振り上げて怒った。


「謝りもせんのか! 全く、礼儀を知らん奴ばかりじゃ!」


エルディアは自分の肩に乗っているノームの方へ顔を向け、クフィンに代わり謝った。


「ノーム……私が謝るわ、ごめんなさい……」


「ふんっ!……」


ノームは不機嫌な顔で腕を組み、エルディアの肩の上にあぐらをかいて座った。


ミレイは辺りを警戒しながら兄に魔法陣の詳細について聞いた。


「……で、カー兄、これは何なのさ?」


カーリオは魔法陣の近くで匂いを嗅いだまま答えた。


「ああ、そうでした……赤い部分はラオルバの木と灰ですね。それに何か動物の血を混ぜてありますね……中の絵は何かはわかりませんが……様々な色のある石を砕いて砂状にしたもので描いてあります……」


彼の説明を聞いたクフィンはノームの方へ近づき、尋ねた。


「おい、ノームの爺さん。こいつが呼び出されたのは間違いないんだな?」


彼は普通に尋ねていたが、小人の老人には睨んでいるように見えた。


ノームは、まだ怒っていた。


「ふんっ!ふんっ!お前には言わんぞ!」


大地の精霊はそう言うと、腕を組んだままクフィンから顔を背け、何も言わなくなった。


クフィンはノームを一瞬チラリと見てから視線を魔法陣に戻し呟いた。


「ふん……しょうがない爺さんだな……」


それを見たカーリオは呆れながら、目つきの悪い男に忠告していた。


「はぁ……クフィン……あなたはもう少し他人の気持ちというものをですね……」


クフィンはカーリオの言葉を無視し、腕を組みながら魔法陣を調べているエルディアを見守った。


しばらく魔法陣を調べていたエルディアは、何かに気づいた。


「これって……赤い円状の部分に薄く焦げ目が付いてるから……ほんとに呼び出された後の可能性が高いわ……」


彼女の言葉を聞いたクフィンは忌々しげに呟いた。


「そうなると……悪魔がこの辺りにいるかもしれんと言うことか……」


全員周囲を警戒し、息を呑んだ。


「………」


辺りは相変わらず、静かな暗い森が広がっているだけだった。


「……とにかく、町に戻ろう」


そう言ってエルディアは立ち上がった。


「そうですね……そして戻ったら学院長へ報告をしますか。クフィンは自警団へ連絡を」


カーリオが、そう言いながら地面にホークスアイを埋めた。


「……これでよし!っと……さあ、戻りましょう!」


すぐに彼らは無言で引き返した。


そして森の入り口へたどり着くと、ノームがエルディアの肩から地面へ向って飛び降りた。


「よっと!……お嬢ちゃん、ワシはここらでいい……まあ、あとはお前さん達で頑張ってくれ。ワシはこの辺りにおるからのぅ、何か聞きたいことがあるなら尋ねてくると良い……そこの目つきの悪い奴以外は歓迎するぞ、ふぉふぉ」


「クフィンが変なことするからですよ……」


カーリオが先ほどの事を言うと、クフィンは顔を背けた。


「……ふんっ!別にかまわん……」


彼の態度を見たノームは拳を振り上げて怒っていた。


「最後まで失礼な奴じゃ!」


その後エルディアたちはノームと別れ、すぐに学院の敷地に戻った。


戻ると、時は既に夕方になっていた。


彼らが寮の建物の近くまで来ると、学生達が寮へ出入りしているのが見えた。


エルディア達は、ここでパーティーを解散させた。


「じゃあ、俺は自警団へ知らせてくる……」


「ええ、お願いします、クフィン」


「それじゃあ、私たちは学院長の所へ……」


「後で……いつもの料理屋で会いましょう!」


「ああ、わかった!」


クフィンと別れたエルディアたちは学院長室へ行き、その事実をオイゲルに知らせた。


「学院長……実は……」


事実を聞いた彼は椅子から立ち上がって驚いた。


「―――なんだと!?本当だったのか!……面倒だな……だが……放っておくわけにも……」


彼は腕を組み、視線を書類が積まれた机へ向け、どうするか考えていた。


「う~~ん……」


クエストの報酬が欲しいカーリオは動揺しているオイゲルを、そのままにして部屋から出ようと歩き出した。


「じゃあ、報告はしましたから私たちのクエストは、これで終わりと言うことで……」


学院長は、すぐにエルディア達を呼び止めた。


「いや!すまんがこれで終わってもらっては困る!」


声をかけられた3人は振り返った。


「しかし……どうしろと?」


「エルディア君が描いた魔法陣について、悪いが調べてくれないか? どんな悪魔か知っておきたいんでな……」


「それは、自警団に任せては?」


「そうしたいのは山々なんだが、向こうも人数が足りんのだよ……この町には今、最小限の人数の人員しかおらんのが現状だ……だから、応援が来るまで、こっちである程度調査を進めておきたい。何かあっては遅いし、私の責任になってしまう……せっかく学院長になれたと言うのに……」


エルディアは、いくつか魔方陣に関する本を読んだことがあったが、今回のは見たことがなかった。


それだけに、どうすればいいのか分からなかった。


「あの魔法陣は、大図書館の本には載っていないものだと思います……」


彼女の言葉を聞いた学院長は困っていた。


「本当か!……まいったな……どうすれば……」


彼はカーリオの方へ視線を向け、話しかけた。


「………何か他に知る方法はないのかね?」


オイゲルに助けを求められたカーリオだったが、彼も知らない物だった。


「私も見たことがないですからねぇ……誰か別の……こういった事に詳しい人物でなければ……うーん……」


部屋にいる者達で何か方法はないか考えたが、なかなか良い案は思いつかなかった。


そして、ここまで黙って話しを聞いていたミレイが口を開いた。


「ここ以外の地域とかにも知っている人はいないのかい?」


彼女の言葉を聞いたエルディアは、ある人物を思い出した。


「そうだ……カーリオ……南の占いの人は?」


カーリオはエルディアに言われた人物について考えた。


「……確か……有名な占い師……『ビルハッド・ギンチェスター』と言う人物でしたね……」


ミレイも知っていたようだった。


「そこって……母さんもたまに行っていた場所だね?」


「ええ、そうです。結構当ると評判ですよ。あそこにしか無い本がいくつかあると聞いたことがあります……その中に、まあ……風の噂程度ですが、召喚関係の本もあるとか……」


カーリオの言葉を聞いたオイゲルは机の引き出しを開け、紙とペンを取り出し、エルディアたちに話しかけた。


「その人物は知っておる!あそこは予約制だったが緊急事態だ!私から手紙を書いておこう。それを持って行ってくれ、そうすれば会ってもらえるはずだ」


エルディアは、レイアークから南にあるニーフェの森の湖にあるという占いの館について考えた。


「南の森……」


その場所で占ってもうらうには、それなりの額の費用がかかると言う事を噂で聞いたことがあった。


オイゲルは机の前を行ったり来たりして、やや急かすように話した。


「悪いが、すぐに行ってもらえるか?」


どうやら彼は、すぐにでも解決して欲しいようだった。


カーリオは表情を曇らせ、やや難色を示した。


「今からですか?……向こうに着くのは早くても深夜ぐらいになりそうですねぇ……私は睡眠はしっかり取りたい方なんですが……」


カーリオの表情を見たオイゲルは焦りを募らせていた。


「た、頼む!何かあっては……私の……問題に……そ、そうだ!その分、報酬も弾むぞ!」


報酬を弾むと聞いたカーリオは先ほどとは打って変わって明るい表情になり、即答していた。


「行きましょう! いざ、学院のために!」


カーリオの豹変振りに2人は呆れていた。


「カーリオ……分りやすすぎ……」


「全く……カー兄は……」


呆れている2人を見たカーリオは、どもりながら弁明していた。


「な、何を言うんですか! 私は本当に学院の事を一心に思ってですね……」


そんな兄を見たミレイはため息を付くと、エルディアに話しかけた。


「はぁー……まあ、このままだと、良くないことが起こりそうだしね。エルディア、行くしかないんじゃない?」


エルディアは渋々頷いた。


「……そうね、ミレイの言う通りかも……カーリオ、クフィンと合流して行こう……」


3人とは違い、自分の未来がかかっていた、オイゲルは真剣だった。


エルディアを見つめ、真顔で尋ねていた。


「では、ダルグレン君と3人で行ってくれるか?」


「はい……行ってきます……」


「本当は彼には町の警備についてもらいたいんだが……」


「あの森周辺は、あまり治安が良くないとか、聞いたことがありますね……」


「そうだったな……魔道師2人では、心もとないか……しょうがないな……」


「ミレイは、どうします?」


カーリオは妹に付いて来るか聞いた。


彼女は背中にある長剣に手をかけ、口に笑みを浮かべると楽しそうな表情で兄に答えた。


「あたしは、この町にいるよ。何か起こるとしたら、こっちだろうしね。魔物とまだ戦ったことないから、こっちの方が楽しそうだ!」


この状況を楽しんでいるかのような妹の姿を見たカーリオは、呆気にとられていた。


「そうならないために私たちは行くんですよ……全く……あなたは、母さんに似て血の気が多いですね……」


ジルメイダに似ていると言われてミレイは嬉しそうにしていた。


「ははっ、カー兄は誰に似たんだろうねぇ……父さんもカー兄ほど、女癖は悪くなかったって母さん言ってたよ」


妹にそう言われたカーリオは、疲れたような表情で答えていた。


「私は、私ですよ……」


「じゃあ、ミレイ、悪いけど何かあったらシュリンのこと頼んでいい?」


エルディアに頼まれたミレイは、自信に満ちた表情で胸に手を当て、答えた。


「……ん、ああ、まかせな!何かあったら、シュリンをあたしが守るよ、バルガの名に賭けて!」


彼女の返答に安心したエルディアは、バルガの若き女戦士に礼を言った。


「ありがとう……」


「……じゃあ、頼むぞ。あと生徒達には言わんでくれ、この件は出来る限り早急に、そして、秘密裏に終わらせたいのでな……」


学院長の困っている顔を見たカーリオは彼の言いたい事を理解し、心の中で呟いた。


(生徒がやった不祥事なら、自分に責任が行く可能性があるということですね……せっかく就くことができた学院長の座……すぐに手放すわけにはいきませんからね……ふふっ、まあいいでしょう……)


カーリオは、笑みを浮かべて返事をした。


「ええ……わかりました……」


「とりあえず……クフィンと合流するために、いつもの料理屋へ行こう」


「ええ……」


3人は部屋から外へ出た。


そして外へ出ると、すぐに町の方へ向い、歩き出した。


歩きながらカーリオはエルディアに話しかけた。


「しかし、大変なことになりましたねぇ……」


「そうね……(何も無いといいのだけど……)」


しばらく歩いていると、ミレイが何かに気づいた。


「……ん!?……なんか人が集まってる……なんだろうね……あれ……」


エルディアとカーリオは、ミレイの指差す場所を見た。


すると学生の一人が中庭の近くで大きな声を上げ、熱のこもった演説をしているのが聞こえた。


「……聖石で我々の生存圏は、広がった!そして、それらはほとんど、審議会やギルドのものになってしまっている。諸君 このままでいいのか?我々はそう言った勢力から独立した場所を作るべきだと思っている!そうではないか!彼らは、腐敗しきっている。先日、東のバルディバで調査した者の話では、彼らは、冒険者や市民、開拓者などから吸い上げた税で別荘を建て、そこに愛人をおいて好き放題しているのを目撃したとの報告があった。一部の者たちが我々の利益を搾り取り、好き勝手に貪っているのだ!そんなことが許されるはずはない!そこで我々は、冒険旅団を作り……」


どうやら、審議会などの島の有力者の腐敗を正そうとしているようだった。


結構な数の学生の聴衆が集まっていた。


その集りを眺めながら、エルディア達は町へ向って歩いた。


カーリオは懐かしそうに彼らを見ていた。


「なかなか熱心にやってますね……最近はあまり見なかったんですが……東の大地が発見されてからまた活発になってきたみたいですね」


ミレイが不思議そうに彼らを見ながらエルディアに尋ねた。


「……なんだい、あれは?」


エルディアは質問に簡潔に答えた。


「いつの時代も権力を持つ者は、全てではないんだろうけど、腐っていることが多いってこと……長く、その座にいればいるほど……」


ミレイは、それ以上興味を持たなかったようだった。


気の無い返事で返した。


「ふ~ん……」


「学生達が昔からよくやっているんですよ。まあ、我々は彼らの演説できる場所を守るために、今出来ることをしましょう」


カーリオがそう言うと、エルディア達はラドルフィア魔法学院からレイアークの町へ向った。


一方、自警団の本部へ連絡を終えたクフィンは、待ち合わせの場所へ向っていた。


(やはり、人数が足りないようだな……ここは島の中心地だから、その分警備も薄いのが裏目に出たな……とにかく、俺はエルディアたちと共に南へ向うか……カーリオだけだと不安だからな……色んな意味で……)


そして歩いていると、後ろから声がかかった。


「クフィン!」


クフィンは名前を呼ばれたので、後ろを振り返った。


(誰だ?……)


そこにいたのは布で包まれた何かを持った、エレーナ・マキュベルだった。


クフィンはいつものように無表情で、彼女の名前を呟いた。


「なんだ……エレーナか……」


エレーナは嬉しそうに表情を緩ませ、小走りで近づいてくると、クフィンに話し掛けた。


「町の外へ出て、買い物に行ってきたの。それでさっき、レイアークへ着いたところなの!」


エレーナは先ほどよりも、さらに嬉しそうに、白い布の包みから鏡を取り出していた。


その鏡は、牙を出した2匹の銀で出来た蛇が、鏡の外側で交差しあっているもので、目には紫の宝石がはめ込まれていた。


その姿は見た者に、不気味な印象を与える鏡だった。


「そうか、それは良かったな……」


「あっ!そうだ、クフィンにも……これ……」


彼女は嬉しそうに照れながら小さな木の箱を差し出した。


だがクフィンは、それを一瞥だけして受け取らなかった。


「エレーナ……俺は今忙しいんだ。お前と話している時間はない」


そこで彼女は表情を変えた。


「……え、どういうこと?町にいるってことは、お仕事終わったんじゃないの?」


「俺はクエストをやっている。内容は言えないが……つまりそういうことだ」


「クエスト?……それって、2、3日前に受けていたやつ?」


クフィンは面倒くさそうに答えた。


「……ああ、そうだ」


「それって一人でやっているんじゃないんでしょ?確か……カーリオもやっていたって……」


「……そうだ」


「じゃあ、全部彼にやらせとけばいいじゃない……それより……」


彼女の言ったことが気に入らなかったのか、クフィンは苛立っていた。


「エレーナ!俺は、このクエストを最後までやりたいんだ」


そんなクフィンを見たエレーナは驚き、そして切なげに彼を見つめ、話し掛けた。


「クフィン……どうしてそこまで……」


いつも自警団の仕事をつまらなそうにしていた彼が、クエストをそこまで熱心にする理由が彼女にはわからなかった。


(いつも面倒くさそうにしてたのに……一体どんなクエストなのかしら……クフィンが成し遂げたいほどの……)


そこで彼女は何かに気づいた。


(―――はっ!)


一瞬驚いたような顔をした彼女は、すぐに表情を元に戻し、流し目のような目で彼を見つめると、静かに、そしてゆっくりとした口調で尋ねていた。


「……もしかして、そのクエストって……カーリオ以外にもいるんじゃ……」


クフィンは、そんなエレーナを気にすることなく、いつもと変わらぬ口調で答えていた。


「ああ、そうだ。だが、お前には関係ない」


(……まさか……)


彼の答えに深い疑念を抱いたエレーナは、更に尋ねていた。


「……ひょっとして、エルディアも……そのクエストやってるんじゃ……」


なぜこの女に自分の全てを、いちいち話さなければならないのか?


クフィンは、うんざりしていた。


「ああ、そうだ!それで、そうだとして、お前に何か関係があるのか?」


「―――やっぱり!(あの女!!)」


エレーナの思い人とは、クフィンのことだった。


だが彼はエルディアに夢中だったため、エレーナは完全に無視されていた。


小さな頃から、ずっとこのレイアークの町で共に育ち、父親同士、仲が良かった両親は、よくエレーナとクフィンを会わせていた。


クフィンはエレーナには興味を示さなかったが、彼女はその頃からずっと彼を好きだった。


一目見て、なぜか自分の心がときめいた。


そのときめきはやがて恋へ、そして、さらに年月を経て愛情へと変わっていった。


だがクフィンは相変わらず彼女に何の興味も示すことは無かった。


そんな時に彼が、いつもと違うことに気がついた。


それはエルディアといるときだった。


いつもと違うクフィンがそこにいた。


必死にエルディアと話そうとする彼。


それを見て、一瞬でエレーナは悟った。


(クフィンは、エルディアに好意を寄せている……)


なんでもほしい物は、親から買い与えてもらっていた。


(だけど……これだけは、お金じゃ買えない……でも、どうしても……欲しい……なんとしても……)


諦めるか諦めないか。


エレーナは、諦めない選択をした。


(そんなのは嫌!……私が何年彼と過ごしたと思うの?……エルディア……あなたはほんの一瞬彼と出会っただけじゃない……彼の事……何を知っているって言うの?……私は知っているわ……クフィンは、渡さない!絶対に!)


クフィンはこれ以上は、エレーナとは話せないと判断したのか、行く素振りを見せた。


「エレーナ、悪いが俺はもう行く」


冷たく、表情を変えることなく去っていく彼の名前を呼ぶと、エレーナは話し掛けた。


「―――クフィン!……だけど、ヴァルプルギスのパーティーには来てくれるわよね?あなたのために美味しい料理を、うちの料理人に頼んであるの!それに新しいドレスだって……」


クフィンは少しだけ顔をエレーナの方へ動かして答えた。


「エレーナ、今は内容は言えないが、これは俺達だけの問題ではないんだ。この町全体……いや……ひょっとしたら島全体の問題になるかもしれない……だからクエスト次第だ」


「……そ、そんな……」


「それじゃあな」


クフィンは去って行った。


エレーナは怒りに震えていた。


(……―――あの女!ほんと邪魔!……これは本格的にどうにかしないとね……)


エレーナは去っていくクフィンの背中を見ながら考えていた。


(―――そうだ!お父様にあれをお願いしましょう……ふふっ、エルディア……あなたにクフィンは渡さないわ……)


不敵な笑みを浮かべながら彼女は、その場を去った。



エルディア達はクフィンとシュリンを加え、いつもの料理屋『マルキーの料理店』で合流していた。


シュリンが今日一日、学院の中で集めた情報を皆に話していた。


「あのクリス・ヴィガルって人が怪しいらしいですよ。一人で森の中へ入っていくのを見たって言ってる人がいたんですよ!」


クフィンは彼を知っていた。


学院を巡回している時に、ガラの悪い連中を引き連れて町へ向っているのを何度か見たことがあった。


「ヴィガル商会のあの男か……」


シュリンは話を続けた。


「友達に聞いたんですけど、闇市で怪しげなアイテムをよく買っているって聞きました。それに、この前ぶつかったときに、あの人が持っていた本、あれなんだったんでしょうね?」


それを聞いたエルディアは思い出していた。


「……わからない……だけど、怪しいのは確かみたいね……」


「わたしがみなさんが帰ってくるまで監視しときましょうか?」


シュリンの提案に、エルディアは敏感に反応した。


「ダメよ、シュリン、危険だわ。絶対にダメ」


カーリオもエルディアの意見に賛同していた。


「そうですよ、エルちゃんの言う通りです。あなたは彼に近づかないようにしていてください」


クフィンも2人と同じ意見だった。


「俺達に任せておけばいい」


話を黙って聞いていたミレイは、シュリンの肩に手を置き、皆に言っていた。


「シュリンには、あたしが付いているから安心しなよ」


顎を指で摘み、考える仕草をしながらカーリオは呟いた。


「それに、まだ彼が呼び出したと決まったわけではないですからね……」


「あとは……特に学院で変わったことは聞いてないです」


そう言ってシュリンは、今日手に入れた情報の報告を終え、水を飲んだ。


考えていたカーリオが一つの疑問を口にした。


「呼び出された悪魔は、一体どうしているんでしょうね?」


ミレイが漠然とそれに答えた。


「シュリンの話だと、今のところ何も起こっていないみたいだけど……」


「……」


皆、それぞれ想像を巡らしてみたが、何も思いつかなかったようだった。


クフィンは、これ以上考えても無駄だと思ったのか、話を切り上げた。


「ここで、これ以上考えても無駄だ。とにかく俺達は、それを確かめるためにも南へ行ってくる」


「はい!3人とも気をつけて下さい!」


最後に残った僅かなスープをスプーンですくい、それを飲み干し、ラシの葉で口元を拭くと、カーリオは立ち上がった。


「腹ごしらえも済みましたし、そろそろ行きますか……ほんとはベッドでぐっすり休みたかったんですが……」


兄の言葉を聞いた妹のミレイは、茶化すように呟いた。


「元気に行きます!って答えてたのは、誰だったかねえ……」


「あの時は、すぐに反応してしまいましたからね……思わず……はぁ……」


エルディアも眼鏡をポケットにしまうと立ち上がった。


「この町にとって重要なことになるかもしれない……だから、行こう……」


クフィンはカーリオの肩に手を置いた。


「エルディアの言う通りだ。カーリオ、諦めろ、行くぞ!」


エルディア、クフィン、カーリオの3人は、レイアークから、馬に乗り、少しばかりの不安を抱きながら南へ向うこととなった。


向かうは、オリディオール島で一番大きな森『ニーフェの森』。

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