第十話 成長と苦悩
カーン!カーン!
木の叩き合う音がしている。
ウッドエルフ達の村の中で、戦っている者がいた。
「もっと、脇をしめるんだ!」
「わかった!」
そして、バルガの女戦士が木剣を若い剣士の青年に向け、振り下ろした。
剣士は、それを木製の盾で受け止めた。
「盾をもっとしっかり握り構えるんだ!それじゃ、すぐに体勢を崩されるよ!」
「くっ!……重い一撃だ……」
戦っていたのは、ジルメイダとユラトだった。
どうやらジルメイダに鍛えてもらっているようだった。
そしてその近くでは、もう一人鍛えてもらっている者がいた。
ダリオとリュシアも外に出て、修行をしていた。
「おい、もっと集中しろ!雑念を捨てるんだ!」
「はい!(うう……お腹減った……)」
ダリオは、真剣に教えていた。
「いいか?光を集めるようなイメージを持つんだ」
「はい!」
リュシアが手に意識を集中させると、光の粒が集まりだした。
それを見た彼女は、一定量集まったところで軽く握った。
「よし!今だ、今度は形状を想像しろ!」
「はい!(やっぱり、お腹減りすぎて……)」
更に意識を高め、集まった光が短い投槍のような物に変化しようとした瞬間、空腹によって消滅してしまった。
「ああっ!くそっ、惜しいな……」
「うう……残念です……」
ダリオは、リュシアの心を見透かしたように話し掛けた。
「……お前、腹減ってると、集中力が全く無くなるな……いいか?冒険中は腹が減ってても敵が襲って来やがるんだぞ!」
しかしリュシアは、ふくれっ面になり反論した。
「分ってますよー。だけど、お腹減っちゃってるんだもん……」
それを聞いたダリオは、怒ると練習を再開させた。
「てめぇ……ダメだ!もう一回だ!」
「はーい……」
彼女は少し、しゅんとなり、練習を再開していた。
一方ユラトの方は、そろそろ終わりそうだった。
「よし、剣術は、この辺でいいかね」
「ほんと?」
「だけど、あとは基礎体力をつけるために、この村の外側にある川を10往復するんだ!それが終わったら……」
「はぁ……頑張るか……」
ウディル村で鍛えられている2人のある日の日常風景より。
ユラトはウディル村に戻ってきていた。
あのあと聖石を使ったが、黒い霧が払われた範囲は僅かだったのだ。
その範囲はユラトの家程度の面積しかなかった。
ダリオは怒って説明していたが、どうやら聖石の中でも一番品質の悪いものを今回、支給される石に混ぜているようだった。
「一人一個って聞いていたから、随分気前がいいなって思ってたら、やっぱり、こういうことかよ!ギルドめ、せこいことしやがる!」
ユラトは聖石の範囲が、ここまで違うのかと驚いていた。
「威力の低いのはここまで低いんだね……知らなかったよ」
ジルメイダも、過去に騙されたことがあったようで、諦めの表情でユラトに話した。
「凄く安い聖石には注意するんだね、大体こんな感じさ」
こうしてユラト達のこの日の探索は終わった。
そして村に着くとすぐに、ユラトとリュシアはそれぞれジルメイダとダリオに鍛えてもらっていた。
また、レクスは村に帰ったところで、村のウッドエルフに呼び止められていた。
「レクス様、レファート様がお呼びです」
「―――兄が?」
「はい、族長の家へお願いします」
「……わかった。すぐに行く」
レクスは、すぐに兄のいる族長の家へ向った。
ウディル村のちょうど真ん中辺りにある二本の大きなユグドの木の間に族長の家はあった。
木のまわりに魔力を回復し易くさせる植物、ディスキースがたくさん茂っていた。
その植物の花が発する甘い香りに誘われて、スプライト達が光る鱗粉を撒き散らしながら集まってきているのも見えた。
族長の住まいは二本のユグドの木と同化しているような木の根を複雑に絡み合わせ、空間を作り出し、そこを生活のために利用する部屋にしていた。
ユグドの木自体がかなりの大きさであったため、利用できる根の部分はかなりあり、いくつもの部屋を作り出していたため、結構な大きさの家だった。
家の中に入ると、族長が外出する予定だったらしく、やや険しい顔をした族長に遭遇する。
ガルーヴァは家の中に入って来たのがレクスだと分かると表情が少し緩み、やさしい眼差しをレクスに向け語りかけてきた。
「……レクスか、帰ってきておったか。無事で何よりだ」
「はい、族長……ですが今回も、ハイエルフの国は見つけられませんでした……申し訳ございません」
「はっは、そう堅苦しく言わんでもよい、我が息子よ……」
そう言われたレクスは、やや表情を崩し、先ほどとは違う話し方に変えた。
「……わかったよ、父さん。兄さんに呼ばれて会いに来た」
ガルーヴァ・ウッドボルグはレクスの父だった。
ウッドボルグの名前は族長のみが名乗れる、神聖な名前であった。
彼らウッドエルフの社会では森の力を一番強く引き出せる力を持った者で、かつ、心も優れている者が族長になれることになっていた。
血の継承はしないことになっている。
あくまで実力者でなければならない。
ガルーヴァは若くしてウッドエルフの民に認められ、彼等を率いてきた実力者だった。
族長である彼は、時にやさしく、時に厳しい、良き父親だった。
また、レクスの母親は既に病気で他界し、この世にはもういない。
だから、この家で父親と兄と三人で暮らしていた。
ガルーヴァは父親の顔でレクスに話しかけた。
「そうか、ゆっくりしていくと良い。私は少し出かけるのでな。この森を出てオリディオール島へ行ってくる。人間たちの生活もどんなものかこの眼で見ておきたいのでな。我々も、この世界が開かれ始めたように、ある程度は外の世界も知っておかねばならんだろうからな……森を頼むぞ、レクス」
「はい、どうかお気をつけを」
「では、行ってくる……」
ガルーヴァは出て行った。
そして族長を見送った後、レクスは兄のいる部屋へ向った。
兄のレファートの部屋は一番奥にあった。
部屋に入るとベッドに横たわる兄の姿があった。
レクスより4つほど年上の兄だった。
彼は、肩にかからないぐらいまでの髪を後ろで束ねていて、ウッドエルフにしては少し太い眉が印象的な男だった。
レファートはレクスが部屋に入ってくるなり、嬉しそうに話し掛けてきた。
「レクス!よく無事に帰ってきたな、人間達との冒険はどうだった!?」
レクスはユラト達といるときよりも、穏やかな表情をしていた。
「ただいま、兄さん。人間達は思ってたよりも、話の分かる連中だったよ。理解できないこともあったけど、それでも思ったより、分かる連中だったよ」
それを聞いたレファートは表情を変え、両手の手のひらを広げ、忌々しげに虚空を見つめ、呟いていた。
「そうか、俺もこの体さえ良ければ……」
レファートは、最近あまり体調が良くないようだった。
まわりの者の話だと、ディスキースの使い過ぎだと言っていた。
ユラト達人間がやって来る少し前、ウディル村に大規模な魔物の群れがやってきていた。
4本足で歩く、大きな緑色の魔物だったらしい。
夜であったため、青白い人の頭ほどの大きさの空中に浮いている霊体の化物も大量にいたと言う。
そのときレファートは、村を守る為に次期族長として先頭に立ち、戦っていた。
だが、村の戦士達だけでは人数が足りないほどの敵の数だった。
そこで、彼はウッドエルフの中でも一部の者しか使用できないドルイド魔法『フォレスト・ブレス』という魔法を使い、敵を追い払うことに成功したのだった。
この魔法は、森に属するものに森の女神の祝福を与えると言われ、ウッドエルフ達の儀式にも使われる魔法である。
森の力を最大限に引き出し、活性化させることができる。
そうすることで、森に関する様々な物や魔法の威力を底上げすることができるのだ。
しかし、この魔法を使用するには多くの魔力を必要としたため、彼はディスキースを多量に使用していた。
ディスキースは、魔力の回復能力を高める働きがある植物だが、大量に使用すると肉体や魂まで消費して魔力に変えてしまうと言われていた。
レファートは敵を追い払うことに成功したが、同時に体調を崩していたのだった。
レクスは兄を気遣い、休むように勧めた。
だが、レファートはレクスに話があったようで、それを拒否し、レクスに話し掛けた。
「レクス、休むのは後でいい。それより、お前にやって欲しいことがある」
「なんですか?」
「もしものことが俺や父にあった場合、お前がこのウッドエルフの民を率いていかなければならないからな……だからお前にも、フォレストブレスを覚えてもらおうと思うんだ」
レクスは静かに少し間を置いてからレファートに質問した。
「……私にできますか?」
レクスは過去にやらされたことがあったが、全く出来る気配がなかった事を思い出していた。
兄は出来たが自分は出来なかった。
その事がなぜか、ずっと心に残っていた。
他のウッドエルフ達も族長になるのはレファートの方だから出来なくてもよいと思っていたが、常に兄と比較され、民を率いる資格も才能もない、というレッテルをレクスは幼い頃貼られていた為、ずっと劣等感を持ちながら生きてきた。
(誰か他の実力ある者が族長になれば良いのだ……私である必要はない……だが、なぜできんのだ……)
父と兄はそんな自分を信じて、ずっと出来ると思っていてくれた。
それに答えようと、狩りの腕や戦いの力、そして知識も頑張って身につけて来た。
だが、フォレストブレスだけが出来ない。
他の実力は持っているつもりだった。
(だから、あとはこの魔法だけなのだ、これさえ覚える事が出来れば……)
そのことを考えると息苦しく、もどかしい感覚に襲われる。
それが彼にとって、凄く苦痛だった。
そして最近は、諦めかけていた。
そんな時に人間たちがやってきた。
(何か、得られる、もしくは変えられるきっかけになるかもしれない……)
そうなんとなく考えた彼は冒険者の登録をし、ユラト達と出会ったのだった。
レファートは真剣な表情で答えた。
「お前が、この部屋に入って来たときに、お前の表情を見て、出来るかもしれないって俺はそう直感したんだ」
「そんなことで……」
自分の言ったことに理解できないでいる弟の顔を見たレファートは軽く笑うと、思ったことをそのまま口に出した。
「ははっ、俺にはそれで十分だったさ。冒険に出る前のお前は、もっとこう余裕と言うものが無く、張り詰めている感じがしているように見えたんだ。だけど、今のお前は……そう、何かこう、活力や覇気に満ちているように俺には見えたよ」
「そうでしょうか……この村を出たときと変わらないように思いますが……」
「いや、お前は変わったよレクス、前より明るくなったさ。そして、それは良い事だよ」
レクスは考えた、その理由を。
(人間たちとの冒険が私をいつの間にか変えていたというのか……ふっ、馬鹿な……)
その考えを否定しようとしたレクスだったが、先ほど父親に会ったときのことを思い出していた。
(だが、父も私を見たとき何か言いたげだった気がする……変わったのか?私は……)
レクスはその答えを出せずにいた。
レファートはレクスがしばし沈黙し考え事をしているのを黙って見ていた。
それは家族として弟を思いやる、やさしい兄の表情だった。
(もっと、悩むといいさ、お前も……俺も……そして共に成長していこうじゃないか、レクス……)
そして、レクスは結局、色々考えを巡らせて見たものの、答えを見つけられなかったようだった。
「まだ、私にはわかりません。もう少し時間をかけて考えてみたいと思います」
レファートは表情を戻し、レクスに話した。
「それでいいさ、だが、フォレストブレスの習得はしてもらうぞ。父がいない間、私が教えるように、父に言われているからな。そして俺も父の考えと同じだ」
「体は大丈夫なんですか?兄さん」
レファートは右の拳をレクスに素早く突き出して見せ、力強く答えた。
「大丈夫だ!心配するな、お前がハイエルフ探索の冒険からこの村に帰ってきた時はやるぞ、いいな?」
レクスは考えた。
(これは、いい機会だととらえた方がいいのだろうな……確かに人間たちといることで何か変われるかもしれないと思ったからこそ、私も今回冒険者の登録をしたのではなかったか?変わることで新たな部分を成長させてくれるかもしれないと……そうすることで……)
レクスは素直に兄の申し出を受けることにした。
自分の心の底にあるわだかまりを消すために更なる成長をしなければならないと彼は思った。
「はい、分かりました。よろしくお願いします、レファート兄さん」
このときのレクスの表情は、いつもより少しだけ、晴れやかな顔をしていた。
ユラト達は日が落ちる寸前までは探索、村に帰ったら特訓をしていた。
この間も特に新しい発見はなかったが、金貨などは、それなりに手に入れることが出来ていたため、ダリオやジルメイダは、そこそこ満足しているようだった。
そして、更に数日経った、ある日、ユラト達のパーティーはマナフラッグを感知し、別のパーティーの救援に向かうことになっていた。
その日は、聖石を早々に使い果たし、引き上げて村に戻るところだった。
ユラト達が手に入れたその日の報酬は、白くて細長い花をいくつも重ね、両端のところを円く歪ませて描かれた絵がある壺一つだった。
ダリオの見立てでは、古代の有名な職人が作った物だと、花の絵から判断していた。
この花を好んでよく描いていた職人がいたらしい。
さらに、この花とよく似た壺を、オリディオール中央ゾイルの骨董屋で見たことがあるとも言っていた。
その骨董屋で見たとき、値段はかなり高かったのをダリオは覚えていたようだ。
だから、これは相当するに違いないとダリオは強く信じていた。
またレクスは、この花をどこかで見たことがあった気がするとだけ言っていた。
そして、道を引き返している最中、ダリオとリュシアが同時にマナフラッグの魔法を感じた。
「―――っ!?」
しばらくして、少し遅れて他の三人にもマナフラッグの感覚が来る。
「―――!」
奥歯で銀製のスプーンを噛んだような、キーンっとする感覚がパーティーを襲った。
「……なんですか、今の!?」
ダリオがすぐに叫んだ。
「フラッグだ!誰かが上げやがった!」
ジルメイダも、すぐに叫んだ。
「救援要請のフラッグだ!方角は向こうだね。ダリオ、おおよその距離はわかるかい?」
ダリオは目を閉じ、さっきの感じた場所を探っていた。
「―――今の感じだと……そこそこの距離だな……急いで行けば夕方前には着けるぐらいか……恐らく、それぐらいだろう……どうする?」
ユラトは初めて実戦で感じたマナフラッグの感覚を、しっかりと覚えておこうと思った。
(これが実際の感覚か……方角は向こうだな……学校で感じたものより強く、そして嫌な感覚だけど、よく覚えておこう)
ジルメイダはダリオの情報を聞くと、すぐに自分の考えを決め、パーティーメンバーにも聞いてきた。
「なら決まりだ!助けに行くよ!みんなそれでいいかい?」
レクスが最も早く答えていた。
「私の仲間もいるだろうからな、私は行くぞ!」
続くようにユラトとリュシアも即答していた。
「俺も行きます!」
「私も、頑張ります!」
ダリオも行くことを既に決めていたようだった。
「こりゃあ、行くしかねぇだろ」
ユラト達はマナフラッグが発動された場所へ、急いで向うことになった。
森の中をいつもより早めに歩いた。
完全に疲れてはいけないので、休憩を挟みながら移動する。
そして、その場所へはダリオの予想した通り、日がまだ昇っているときに着くことが出来た。
平らな地面に所々地肌が見え、木々の隙間から昼の太陽の光が差し込み、鳥の鳴き声も僅かにしていて、風は殆ど吹いていなかった。
ユラト達は辺りの様子をうかがい、慎重に武器を構えながら進むことにした。
(何もないといいけど……)
そして、ある光景が見えてくる。
(―――あれは!?)
人の姿に似ていて肌が赤く、目と口が大きく、下から上へ大きな牙が二本生えていて、大きさは人間の幼児ぐらいの身長で木の皮で出来た服を着ている魔物が大量に倒れていた。
ジルメイダは魔物のことを知っているようだった。
「……『ゴブリン』だね。だけど、こんなにたくさんいるのは初めて見たよ」
【ゴブリン】
ボーグルの一つ。
大きさは最大でも人間の幼児ほどしかない。
真っ赤な肌、大きな顔に大きな目と口、そして大きな牙を2本持っている。
一匹の戦闘能力はそれほど高くはない。
そしてあまり知能は高くはないが、一応下級の魔法を使えるものもいる。
ゴブリンマジシャン、ゴブリンシャーマンなどがいる。
人と比べて小さな体だが、攻撃するときは自分の身長以上飛び跳ねることもできる脚力も持っている。
群れて行動することが多い。
ゴブリンよりも一回り大きく、額に大きなこぶがあるものは『ホブゴブリン』と言われる。
魔力の反応に対して敏感な部分もあるようだ。
ダリオは倒れている、ゴブリンの数に驚いていた。
「……なんつう数だ!こりゃあ、相当やばいんじゃねぇか?」
ここから見えるだけでも、その数は数十はいるように見える。
レクスもこの数のゴブリンを見るのは初めてのようだった。
「一匹一匹は弱いが……これだけの数を相手にするとなると、状況は変わってくる……」
ユラトは初めて見たゴブリンの姿と数に驚いていた。
(何があったんだ、一体……)
いたるところに足跡と争った形跡があった。
よく見ると、ゴブリン達は手に種類の違う武器を持っていた。
槍であったり、短剣であったり、中には杖を持っている者もいた。
ゴブリンの遺体の辺りは所々、黒く焦げている所があったり、小さな若い木は折れ、倒されていた。
リュシアが倒れている冒険者を発見し、皆に叫んでいた。
「こっちに冒険者の方がいます!」
ユラト達は急いでそこに集まり、倒れている冒険者の状態を調べて見た。
中年の男で、装備からすると剣士か戦士であるようだった。
そして、皮の鎧を着ていて栗色の髪に無精ひげを生やし、腕にはサソリの刺青があった。
体中に切り傷や刺されたようなあとがあった。
息をしていなかった。
それに気づいたジルメイダは呟いた。
「ダメだ、死んでいるよ……」
「そ、そんな……」
ジルメイダはすぐに気持ちを切り替え、周囲を見ながらダリオにマナサーチを頼んだ。
「ダリオ!まだこの辺りに生存者か魔物がいるかもしれない、こちらの位置がばれてもいいから、マナサーチをやっておくれ!」
「わかった!周りの警戒頼むぜ!」
ダリオはマナサーチの魔法を唱えた。
「……マナサーチ!」
そして、辺りの様子を探った。
ユラト達のいる周辺は、先ほどと特に変わりは無く、静かだった。
ユラトは他の人達のことを考えた。
(他のパーティーメンバーはどこにいるんだ?)
すると、すぐにダリオは何かを見つけたようだった。
「向こうの方角にホークスアイの魔力を複数感じる……恐らく、冒険者のバッジの魔力だな……この集団は動いてねぇな。それから……北の方で二つの魔力を感じる。一つは恐らく冒険者だな、もう一つは多分魔物だ!戦っているのかもしれんぞ!」
ジルメイダは、すぐに仲間に指示を下した。
「なら動いていない方はリュシアが行っておくれ、まだ生きている可能性があるかもしれないからね!レクスもリュシアの護衛として、付いて行ってくれるかい?」
リュシアはメイスを両手で強く握り締め、険しい表情で返事をしていた。
「はい、行きます!」
ジルメイダは少し成長したリュシアを見て内心嬉しく思っていた。
「(少しは冒険者らしくなったね、いい顔だ!)いい子だ、頼んだよ!」
レクスは了承したが、何かすることがあるようだった。
「わかった、だが、ちょっと待ってくれ」
そう言うと、落ちている木の枝と落ち葉などを急いで集めていた。
そして木の枝を一本握り締め、魔法を唱え始めた。
「……イディスの娘、森の女神ミエリよ、森の眷属たる我らに聖なる恩恵を……森を守りし者へ、堅牢なる守護の盾を与え給え!……『ウッドシールド』!」
彼が叫ぶと、握り締めた木の枝に次々と先ほど拾い集めた木の葉や木の枝などが集り、組み合わさり、盾の形状を作り出していった。
また、組み合わさった所に草のツルが這い回り、更に強固な盾を形作った。
瞬く間に木をベースに作られた盾が出来上がった。
その盾をレクスはユラトに投げて渡した。
「ユラト、これを使え!」
ユラトはその盾を受け取った。
「―――これは?!……盾?」
レクスは説明する。
「ドルイド魔法の一つ、『ウッドシールド』の魔法だ。その盾は炎には弱いが、弓矢や軽い衝撃ぐらいなら、なんとかなるはずだ。気休め程度かもしれんが、持っていって損は無いだろう」
「レクスさん、ありがとう!ありがたく使わして貰うよ!」
レクスはしゃがんだまま、ジルメイダのいる方へ顔を向け、盾がいるか聞いた。
「ジルメイダもいるか?もう一つぐらいなら出せるぞ」
彼女は、笑みを浮かべながらレクスに話し掛けていた。
「あたしはいいよ。それより、なかなか気が利くじゃないか、ふふっ」
それを聞いたレクスは、ジルメイダに背を向け、立ち上がった。
「フッ……これ以上犠牲者を出したくないだけだ」
準備が整ったのを見たダリオは歩き出し、皆に呼びかけた。
「よし、行こうぜ!」
ユラトはレクスから渡された木で出来た盾をしっかりと持ち、レクスとリュシアに注意を喚起し、ダリオの後をついて行った。
そしてジルメイダも歩き出し、ダリオ達に追いつこうとしたが、途中で止まると後ろを振り返り、叫んだ。
「リュシア、レクス、危険だと思ったら、すぐにこっちに来るんだよ!」
それを聞いたリュシアは、返事をし三人を気遣った。
「うん!わかった!そっちも気をつけて!」
レクスは無言で頷いていた。
「まかしときな!じゃあ、行ってくるよ」
ジルメイダはそれに答えると、ダリオとユラトを追いかけるために走り去った。
レクスが走り去った彼女を確認するとリュシアに話し掛けた。
「リュシア、私たちも行こう!」
「はい!」
レクスとリュシアは、冒険者たちが固まっている場所へ向った。
ユラト達は、生き残りの冒険者と思われる者がいる場所へ急いでいた。
森の中を警戒しながら、通常よりも早い速度で歩いていた。
荒い息をつきながら到着したときに敵に襲われれば、一溜まりも無いからであった。
そして目的の場所へ、そろそろ着こうかという時に、ユラト達の目の前に暗黒世界の黒い霧が現れていた。
ダリオが黒い霧を見つめながら、マナサーチで感じた場所を話した。
「こっち側は黒い霧だ……この黒い霧に沿って行った場所に、目的の場所があるはずだ。もうすぐだ!」
ジルメイダは黒い霧の無い場所を見ながらダリオに話しかけた。
「そうかい……ダリオ、すぐに魔法を使えるようにしておいておくれ」
ダリオはロッドを手に取った。
「わかった」
「ユラトは、あたしの少し後ろで盾を構えながら前に出るんだよ。いいね?」
「うん、わかった!」
「よし、それじゃあ……―――!!」
その時、何か甲高い叫び声が頭上に響き、それと共に風が吹き抜けた。
ピィエェェー!
大きな鳥がユラト達のすぐ上を翼を広げ、風を巻き起こしながら飛んでいった。
そして声がした後、風で落ち葉や土煙がユラト達の所へ運ばれてくる。
髪やマントが吹き上がった。
声と土煙のせいで聴覚と視界が遮られ、片腕を思わず顔の方へ持っていき目を隠し、三人とも顔をしかめた。
「―――くっ!」
そして再び大きな鳥は声を出しているようだった。
辺りに声が響き渡る。
ユラトは震える空気を肌で感じながら苦しげな顔をしていた。
「これは……頭に……響いてくる……」
ダリオが警戒を呼びかけた。
「気をつけろ!この声に魔力を感じるぞ!」
ジルメイダは顔を苦痛に歪めながら、ユラトに対処方法を教えていた。
「気を張りな!それで耐えるんだ!」
「うん、わかってる!」
ユラトは気を張り、その声に抗った。
魔法や魔力を帯びた攻撃に対して、気を張ることで体内の魔力を活性化させ対抗することが出来るのだった。
だが、全てを回避できるわけではない。
そして、声が止み再び進もうかと思った矢先に、森の茂みの中から矢が放たれた。
それはユラトの右の腰あたりをかすめ、近くの木に刺さった。
「……ん、―――!?」
ジルメイダはすぐに武器を構え、ユラト達に叫んだ。
「―――敵襲だ!!何かいるよ!」
茂みの中から、続々と赤い肌の魔物が出てきた。
ダリオはその姿を見ると、すぐにロッドを構え、その魔物の名前を口にした。
「ゴブリンどもか!」
現れたのは、先ほど見た魔物と同じ姿のものたちだった。
「ゲゲッ」と小さな言葉でもない声を発すると小さな弓を構え、矢を二体のゴブリンが放ってきた。
ジルメイダはすぐに木に隠れるように二人に言い放った。
「近くの木に隠れな!」
ユラトとダリオはジルメイダが発言している最中に、既に木に身を隠していた。
ゴブリンの放った矢がユラトの隠れた木に刺さった。
通常の矢より、はるかに小さい矢だった。
だがダメージを喰らう事に変わりは無く、最悪、毒が塗られている場合もある。
ユラトは仲間に向って叫んだ。
「これじゃ、救援に向えない!」
再び別の矢が放たれ、隠れている木をかすめた。
隣りの木にいたジルメイダがユラトに叫び返した。
「数が多いね……こいつ等から先に倒すよ!」
「わかった!」
「ダリオ!援護を頼むよ」
ダリオは木に隠れた瞬間に魔法を詠唱していたようだった。
彼は魔法を完成させていた。
「……魔を宿すものよ、戒めの砂を纏え……―――『サンドフェッター』!」
彼が魔法をロッドの先から光を放つと、ゴブリン達の足に周辺の砂が纏わり付きだした。
「グゲ!?」
ゴブリン達は一瞬で足を引きずるようにしか、歩けなくなった。
(ゴブリン達の動作が凄く遅くなってる……これなら……やれるか?)
【サンドフェッター】
大地の魔法。
対象者に戒めの砂の足かせを纏わせる。
砂が纏わり付き、足の動作が鈍くなる。
一度に大量の敵にかけることが出来る。
魔力の消費と効果のバランスが良い魔法でもある。
ダリオが叫んだ。
「―――今だ!まずは弓を持った奴を倒すんだ!」
ダリオの叫びを聞き、すぐに隠れていた木から飛び出し、ユラトとジルメイダは左右に分かれ、ゴブリンアーチャーを見つけると、剣で突き刺し、一撃で仕留めた。
そして、次々何体もの弓を持った赤い肌のボーグルたちを倒していった。
遠距離の敵を倒したところで、ジルメイダが周囲を見渡すと、今度は黒い霧の方からも、ゴブリンの新手が現れていた。
「まだいるのかい……面倒だね」
だが、相手の武器を見ると、すべて近距離の攻撃しか出来ないようだった。
それを見たジルメイダが、ユラトに叫びかけた。
「時間がもったいないね!一気に片付けるか、ユラト!あれを試すよ!」
「わかった!」
彼女の声を聞いたダリオが次の魔法の詠唱のため、サンドフェッターの魔法を解除する。
彼がロッドを軽く振り、下の部分を地面にトンッと音をたてて叩き付けるようにすると、纏わり付いていた砂が、さらさらと流れるように地面に落ちた。
ゴブリン達の足は自由になった。
「!?」
彼らは一斉に集り、飛び跳ねたりしながら、ジルメイダとユラトに襲い掛かってきた。
ユラトは、盾を上手く使い、敵の攻撃をかわしながら、的確に反撃し倒していた。
ジルメイダは、剣を振りながらゴブリンの周りを走り、敵の注意を自分にひきつけていた。
(敵全体の数はこんなものか……なら……)
そして彼女は、敵の最も集まっている場所を見つけると、そこを指差しユラトに向って叫んだ。
「ユラト、あの場所だ!」
それを聞いたユラトは、小さな短剣で襲ってきたゴブリンを盾で押し返し、敵がよろめいたところで剣で切りつけ倒すと、その場所を見た。
(……あの場所だな、よし!)
ゴブリンたちが集まっているところへ、ユラトは盾を構えながら思いっきり走り、勢いが出てきたところで敵の中へ滑り込み、突っ込んだ。
「うおおぉぉー!」
何体かのゴブリンが弾き飛ばされる。
ジルメイダもその後に続く。
すぐにユラトとジルメイダは背中合わせで、敵の真っ只中で立ち上がるとユラトは盾を置き、二人とも両手で剣を握った。
「グゲェア!」
ゴブリン達が声を上げ、手に持った武器で一斉に襲い掛かってくる。
ジルメイダはすぐに「いくよ!」と掛け声をかけると二人は同時に右から左へ水平に剣を振りぬいた。
風が起き、落ち葉が僅かに揺れ動く。
二人の息は合い、二本の剣はそれぞれ弧を描き、回転し、円をなした。
森の木々の隙間から差し込んだ太陽の光が、2人の剣に当たるたびに光り輝く。
そして煌いた2本の刃は大勢いたゴブリン達に次々当たり、魔物達は宙を舞った。
ユラトとジルメイダは、連続でそれを何回か続けた。
剣の振る角度を変え、変化をつけ敵に当てていく。
ゴブリン達は次々小さな悲鳴をあげながら、倒されていった。
そしてほとんど敵を倒したのを確認すると、背中合わせで剣を振っていた二人はすぐに、別の方向へ分かれ、残った敵に向って真っ直ぐ走り出した。
ユラトは盾を拾い、しっかりと握ると短い槍を持った、ゴブリンの頭を木の盾で殴りつけた。
『シールドバッシュ』と言われる戦士の基本技術である。
これは盾で相手を殴りつけ気絶させたり、意識を朦朧とさせたりすることができる。
また、殴る力加減や殴る場所、それから盾に特殊な魔法のルーンなどが付いていた場合などは、その力を引き出してシールドバッシュする必要が出てくるので、単純なようで奥の深い技術と言われている。
ユラトは朦朧としているゴブリンを剣で斬り、倒した。
ジルメイダは、短剣を持ったゴブリンを上へ素早く蹴り上げ、自分の顔の近くまで落ちてきたところをブロードソードの柄頭を使いゴブリンを近くの木の方へ飛ばした。
ゴブリンは木に激突し、そのままずり落ち、倒されていた。
「ユラト!なかなか良かったよ!教えたとおりに良く出来たね」
ジルメイダは、少し成長したユラトを見て満足しているようだった。
「うん、ありがとう。思ったより、うまくいって良かった!ジルメイダのおかげさ」
ユラトは自分の腕が上がっている実感を感じていた。
(やれば出来るもんだな、早く一人前の冒険者にならないとな!)
ユラトは辺りを見回し、敵がいないか見ていた。
「……ふう、これで全部倒せたのかな?」
その時、安心したユラトの背中に向って茂みから杖を持ったゴブリンが出てきた。
それを見たジルメイダがユラトに敵からの攻撃があることをすぐに知らせていた。
「―――ユラト、後ろだ!」
ユラト目掛けてファイアーボールの魔法が放たれていた。
彼女の声を聞いたユラトは、すぐに後ろを振り返り、盾を構えた。
「―――っ!」
すると、そこにファイアーボールの魔法がウッドシールドに当たり、木の盾は燃えた。
ユラトは、すぐに盾を地面に捨てた。
「うわあ!」
炎に包まれた盾は半分以上が墨となり、ボロボロと崩れだしていたのでユラトは盾を諦めた。
「これは……もう使えないな……」
レクスが言っていた通り、火にはかなり弱いようだった。
そしてユラトとジルメイダがゴブリンマジシャンに向おうとしたとき、ダリオが魔法を完成させ、撃ち放っていた。
「―――ロックシュート!」
人間の拳2つ合わせたほど大きさの岩が凄い速度で敵に向った。
魔法の岩は敵の頭に直撃し、ゴブリンは即死した。
ダリオは帽子のツバを少し上に上げ、辺りを見回すとユラトに近づき、指摘してきた。
「ユラト、甘めぇぞ!ここは森だ、もっと注意深く回りを見ろ!」
「はい!すいません(敵はまだいたのか……)」
ユラトが謝ると、ジルメイダがやって来た。
「今のは、あたしも寸前まで気づかなかったよ。お互い気をつけて行こうじゃないか」
彼女の言葉に納得できなかったダリオは反論した。
「ジルメイダは、こいつに甘いんだよ。こういうのはな、びしっと言ってやってだな……」
ジルメイダは剣を鞘に収め、辺りを見渡すと、すぐに歩き出した。
「ダリオ、説教してる暇はないよ!すぐに救援に向うよ!」
ダリオも目的をすぐに思い出し、気持ちを切り替え、ジルメイダに付いて行くことにした。
「ちっ!そうだったな……よし、ユラト行くぞ!」
「はい!」
ユラト達は、生き残りの冒険者がいると思われる所へ向った。
3人は、しばらく無言で周囲を警戒しながら歩いていた。
先を進むと目的の場所が見えてきた。
ユラトは泥臭い、湿った空気を感じた。
(なんか生臭いような、匂いがするな……)
茂みをかき分け、進んでいく。
するとそこには、大きな円形の沼があった。
沼の淵には、薄っすらと水草が生え、ユラト達の立っている場所から沼の奥までが見えていた。
その沼の中心には陸地があり、その真ん中辺りに大きな鳥の巣があった。
その巣は大量の枯草や木の枝を使って円形に作られていた。
人間の大人が何人か寝転がることが出来るほどの大きさがあった。
また巣の中には、薄い青緑で、まだら模様の大きな卵が一つ見えた。
そして、その巣の近くで戦士と思われる出で立ちの者が一人、大きな鳥の魔物と戦っていた。
ユラトは、その戦士と思われる者を目を細め、詳しく見ていた。
(あれは……綺麗な人だな……女の人?)
一瞬そう思ったが、その人物が動き出し、着ていたマントが捲れる。
その人物の体の部分が見えた。
体つきはどう見ても男だった。
頭の髪の毛はジルメイダと同じで、真っ白な肩ぐらいまである髪を持っていて、顔立ちは男にしては女性かと思うほどの美しさを持っている者だった。
切れ長の二重の目に長いまつげ、鼻筋の通った鼻、美しい顎のライン。
その顔に沼の泥水が少しかかっていたため、水滴となって頬から顎にかけ伝い落ちている。
また、肌の色はユラトと同じで普通であったため、どうやらバルガ族ではないようだった。
特徴的なのは唇が髪と同じく真っ白な事だった。
そして彼の体は美しく端整な顔立ちとは対照的に、広い肩幅と無駄の無い筋肉質な肉体を持っていた。
手には、その顔には似合わないグレートソードと言う非常に大きな大剣を持ち、体には両肩を露出させた銀色のブレストプレートと呼ばれる金属で出来た鎧を装備し、その上に深紅のマントを羽織っていた。
ユラトはすぐに助けに行こうとしたが、それをジルメイダとダリオが止めた。
「待ちな、行く必要は無いかもね」
「こりゃあ、大丈夫だろ。やばそうだったら行くことにしようぜ」
ユラトは驚き、本当に助けに行かなくてもいいのか二人に確認した。
「ええっ!?助けに行かなくていいんですか?」
彼がそう聞くと、ダリオは呆れた様子で答えた。
「お前……あいつが誰だか知らねえのか?」
「……はい、知りませんけど?」
ジルメイダがやや呆れ気味にユラトに説明した。
「あんた……名前だけ知ってたのかい……あいつがラグレス・オリュムだよ。あいつは自分の戦いを邪魔されたくない奴なんだよ。手を出すと怒るからね……まあ、ダリオが言った通り、あいつの手に余りそうだったら行くことにしようじゃないか」
それを聞いたユラトは驚いた。
(―――!!あの人が……ラグレス!思ってたのと全然違うな……もっと、こう無骨な戦士を想像してたけど、あんな人なんだ……ゼグレムより随分若いな……俺よりは年上なんだろうけど……)
そして、今度はラグレスと戦っている魔物の方へ視線を向けた。
ラグレスと戦っていたのは、大きな鳥だった。
鳥は翼を広げると三人が手を広げた範囲よりも大きかった。
先端の曲がった鉤爪のような青味がかった緑色のクチバシと鋭い爪をもっていた。
鳥は羽を広げたときに、人の目のような赤い模様が両翼の翼と背中にかけて描かれていて、さらにその模様のまわりを深い緑色の羽が覆っていた。
ユラトはその鳥に気づいた。
「あ、あれは、さっき俺達の上空を飛んでいった奴だ!」
「どうやら、そうみたいだね。ダリオ、あの鳥の化物、どんな魔物か分かるかい?」
彼女に聞かれたダリオは目を細め、しばらく無言で見ていた。
彼はある特徴に気づいたようだった。
「あの鳥の羽……相当硬いみてぇだな……見てみろ……あの鳥が翼を羽ばたかせて羽を飛ばして攻撃しているとき、その羽がラグレスの剣に当たって、火花が出ているぞ!」
「ほんとだ……なんだあれは…」
どうやら大きな鳥は自らの羽を魔力を使い、硬くすることができるようだった。
ジルメイダは鳥の特徴をまとめると、呟いた。
「硬い羽と同じように、硬いクチバシや鋭い爪を持った、深緑の大きな鳥の魔物か……」
ジルメイダの呟きを聞き、自分の記憶を辿っていたダリオが突然、敵の事を思い出した。
「―――思い出した!ゾイルの大図書館の本で見たことがある。名前は確か……『スタンファロス』……こりゃあ、新発見の魔物だな!」
【スタンファロス】
大きな鳥で羽、クチバシ、爪と言った部分、全てが硬く、その硬さは青銅のように硬いため、『青銅の怪鳥』とも呼ばれる。
硬い羽を飛ばし、攻撃をしたり、鋭い爪とクチバシでも攻撃をする。
戦いは拮抗しているように見えた。
スタンファロスはラグレスに近づかれそうになると上空へ飛び、羽を飛ばして攻撃をしていた。
それをラグレスは大きな剣を盾のように使い、回避し、敵の攻撃が終わった瞬間を狙って一気に近づいて行く。
しかし、それを察知したスタンファロスは、すぐに上空へ飛び上がって逃げていた。
緑の怪鳥は、その度に鳴き声を上げ、ラグレスを威嚇していた。
鳥は上空から一気に地面の方へ下降すると、鋭いクチバシや爪でラグレスを捕らえようとしていたが、ラグレスは体を少しだけ動かし、それを最小限でかわしていた。
ラグレスはそこから反撃に転じていたが、鳥を覆っている硬い羽が彼の攻撃から身を守っていた。
ラグレスが剣を敵に向って振ると、鳥は素早く体を動かし軌道をずらした。
すると彼の振った剣と鳥の体が掠れた部分から火花が散っていた。
(凄い、動きに無駄が無い!全て、しっかりと敵の攻撃を見極め、回避し、反撃している……しかし、あの鳥の魔物も……)
戦闘を見ていたユラトは、ジルメイダやダリオが言う通り、ラグレスは一人で戦えそうな気がした。
だが、敵がすぐに上空へ逃げるのを見ると、流石のラグレスも攻めあぐねているようにも見えた。
ラグレスがあの大きな鳥の魔物に対して、今一つ決定打を打てないでいるのを見たダリオは、心配そうに呟いた。
「ラグレスの野郎、倒されることは無いだろうが、倒せるのか?」
ジルメイダは違う意見だった。
呆れ気味に二人に話し掛けた。
「あいつの顔を良く見てみな、楽しんでいるみたいだよ……全く、どうかしてるよ……あいつは」
ユラトはラグレスの顔を良く見ようとした。
するとそのとき、スタンファロスが声を上げ、ラグレスの近くへ急降下し、彼に向って突進すると思われた。
しかし、ラグレスの数歩前で羽を大きく何度も羽ばたかせ、止まって見せた。
大量の強い風がラグレスへと放たれていた。
砂ぼこりが舞い上がった。
流石のラグレスも両腕を使い顔を隠した。
彼の髪は逆立ち、深紅のマントは飛ばされそうな勢いがあった。
その姿を見た青銅の怪鳥は、大量の羽をラグレスに向け飛ばした。
それを察知したラグレスは素早く大剣を縦に地面に刺し、マントで身を包み、しゃがみ込むとわずかな隙間から敵を見ていた。
「………」
彼が大地に刺した剣に羽が当たると、またしても大量の火花が出ていた。
大量の鋭い矢じりが金属の壁に当たるような音を出し、辺りに響いている。
しばらくしてラグレスの頬に軽くスタンファロスの羽が一つ掠った。
「っ!」
頬に小さな傷が付き、血が少し垂れ落ちた。
彼は親指でそれをすくってなめると、白い唇が赤色に染まった。
そしてそのまま笑みを浮かべ、大剣の方へ顔を隠した。
「………」
隠れたラグレスを見て、倒すチャンスだと思ったスタンファロスは、動けないでいる彼の側面へ、翼を羽ばたかせながら移動し、一気にけりをつけるために、羽の一斉攻撃を開始した。
大量の深緑の羽がラグレスの深紅のマントに突き刺さる。
ラグレスは動かなくなった。
ユラト達のいる所からは、大剣が、邪魔になってラグレスの姿が良く見えなかった。
ユラトはラグレスが動かなくなったの見て、倒されたと思った。
「まずい!動かない……やられたのか?」
だがダリオは、全く心配していなかった。
先ほどと変わらない表情でユラトに話し掛けていた。
「大丈夫だ、あの程度ではラグレスを倒すことなど出来ん」
ユラトは信じられなかった。
(ほんとに大丈夫なのか?……どう見ても倒されているみたいなんだけど……)
そしてスタンファロスがラグレスの生死を確かめる為に、自分の巣に舞い降りた。
風で巣や周りに生えている草などが、この鳥の翼から出る風によって押され、しなっていた。
怪鳥は、巣の中でうずくまっているラグレスに近づき、クチバシでマントごと彼を引張り上げようとしたその時、ラグレスが突然マントをひるがえし立ち上がった。
「―――!?」
スタンファロスの深い緑色の羽が大量に宙を舞った。
ラグレスは無傷だった。
ユラトは驚いた。
あれだけ大量の鋭い羽の攻撃を喰らったのに、一枚もラグレスの肉体にダメージを負わせていなかった。
「ダメージを喰らっていない!」
ジルメイダがその理由を知っていたため、ユラトに説明していた。
「『アイアンボディ』っていう、戦士の技を使ったんだよ」
【アイアンボディ】
この世界にいる生物はなんらかしらの魔力を持っている。
それは人間も同じで魔法使い達、魔法を使用する者は、体内の魔力を放出する技能を持っている。
しかし戦士たちは魔力は体内にあるが、放出することは得意ではなかった。
彼ら戦士が得意なのは、体の中にある魔力を筋肉や肉体で消費させることが得意であった。
筋肉に魔力を消費させることで、様々な技能を使う事が可能なのだ。
そして、アイアンボディのスキルは、体内の魔力を消費し、全身の筋肉を鉄のように硬くすることが出来る技である。
ただし、この技を使用している間は、ほとんど動くことはできない。
ダリオは技を知っていたが、彼の技の技術の高さに驚いていた。
「だが、あれだけの硬度を、しかも全身に出すのは容易なことじゃあねぇ……なんて硬さだ!」
ラグレスの体は黒に近い灰色になっていたが、それをマントで隠し、スタンファロスが巣に降り立った瞬間、アイアンボディの技を解き、いつでも動けるようにしていたのだった。
マントをひるがえした時、まだ十分に動ける状態ではなかったが、彼にはそれで十分であったようだった。
深い緑の羽が舞い落ちる中、彼は剣を手に取り、鋭い突きを放った。
すると、スタンファロスのクチバシの中に入り、そのまま頭を貫いた。
怪鳥スタンファロスは、声を出すことも無く、ラグレスに一撃で仕留められた。
彼は、剣に刺さったスタンファロスを沼の方へ、そのまま蹴り上げた。
すると大きな怪鳥は、意識を失っているにもかかわらず2回ほど、羽ばたきをし、沼の中へ仰向けに倒れた。
大量の羽が宙を舞い、沼の水面がしぶきを上げる。
そして怪鳥スタンファロスは、動かなくなった。
どうやら、毎回このような戦い振りなのだろうか、ダリオがラグレスの戦い振りを見て忌々しげに呟いていた。
「相変わらず、恐ろしいやろうだぜ……あの突きを見たか?あの鳥の化物が口を開けたのはほんの一瞬だぜ?それを逃さねぇんだからな……敵に回したくは無いぜ、全く……」
ユラトもラグレスの戦士としての能力の高さに驚いていた。
(早すぎて、見えなかった……あんな大きな剣なのに……凄い人だ……さすが最強と言われるだけはある……)
ラグレスはスタンファロスの羽を一枚取り、人間の頭より一回りほど大きい卵を片手で抱え、沼から出ると泥が付いた髪に手をやり、指で挟んで泥を梳くっていた。
そしてユラト達が近くにいたため、彼の視界に入った。
ラグレスからユラト達に声をかけてきた。
「おや、知っている顔が二人ほど……いるね……この辺りは僕たちのパーティーの場所のはず……まだ、ホークスアイは埋めていないよ?」
ジルメイダが答えた。
「あんたのいたパーティーが、フラッグを出していたんだよ。それで近くにいた、あたし達が救援にきたのさ」
それを聞いたラグレスは、きょとんとした顔になっていた。
「……フラッグ?……ああ、そう言えばそんなもの上がっていたかもしれないね」
ダリオは呆気にとられていた。
「相変わらずだな……お前は……」
ジルメイダも呆れ気味に話し掛けていた。
「恐らくだけど、あんたのパーティーはあんたを除いて、全滅していると思うよ」
ラグレスは辺りを見回した。
「そういや、他のメンバーがいない……君達が言うように倒されたのかな?」
「だから、いねぇって、言ってるだろ!」
ダリオが苛立って答えたが、彼は先ほどと変わらぬ口調で話した。
「あの鳥の化物と戦うのに夢中だったからね、他は知らないし、自分のことは自分で守ってもらわないとね」
ジルメイダは仲間の重要性を説いた。
「仲間は助け合うものだよ、あんたもマナサーチのおかげでここまで来れたんじゃないのかい?」
しかしラグレスはジルメイダの問いかけに簡潔に答えると、卵を誇らしげに見せてきた。
「また、別の魔法使いを探すさ。それより、これを見なよ。いいだろ!?この卵はかなり高値が付くんじゃないかって思ってるんだ」
ダリオは呆れていた。
「お前なぁ……」
その時、レクスとリュシアの声がし、ユラト達に近づいてきた。
リュシア達は、走ってここまで来たようだった。
荒い息をつきながらユラトに話し掛けてきた。
「はぁはぁ……ユラトさーん!そっちは、どうでした!?」
「こっちは片付いたよ、そっちはどうだった?」
リュシアは沈んだ表情になり、答えようとしたが、答え難そうにしていた。
「それが……」
隣にいたレクスがリュシアの代わりに答えた。
「ダメだった……全員やられていた……」
レクスの話を聞いたラグレスは無表情でユラト達に話し掛けてきた。
「……そうか、だめだったのか、残念だね」
レクスはラグレスに視線をやると、手に持っていた卵を見つけ、驚いていた。
「―――その卵は!?」
ラグレスは片手で卵を持ち上げて見ていた。
「さあ、僕は何の鳥かは分からなかったけど、でも、かなり珍しい物には違いないと思うね」
「そいつは……恐らくだが、スタンファロスって言われる魔物だ」
ダリオはレクスやラグレス、リュシアに簡単な説明をした。
レクスは知っているようだった。
彼は怒りを込めてラグレスに話し掛けた。
「知っている。葡萄の丘で見た鳥がいただろう。あれはスタンファロスのオスだ。メスはオスより倍以上大きいんだ……あの鳥達はこちらから何もしない限り、襲ってくることはないんだぞ!なぜ襲った!」
「言っとくけど、最初に襲ったのは僕じゃないよ。ここに来る途中で会わなかったかい?」
ユラトは思い出していた。
「そういや、ここに最初に来たときに一人だけ離れて亡くなっている人がいたけど、あの人が?」
「髭を生やした剣士の男で、腕にサソリの刺青をしている男さ」
ダリオが思い出し、呟いた。
「あいつか……確かに、いたな……」
ラグレスは自分が知っていることを話し始めた。
「彼が、最初にあの巣を発見したんだよ。そして、卵を取ろうとして、あの鳥の巣に入ったんだ。そして、あの鳥が襲ってきたみたいでさ、僕は丁度その時、昼ご飯を食べてたのさ。そしたら、叫び声が聞こえてきて……」
ラグレスは説明を続けた。
どうやら、その剣士の男が問題だったようだった。
単独でこの男は巣に入り、鳥が帰ってきた来たところで、戦闘になり、それに気づいたウッドエルフがすぐに仲裁に入った。
しかし、この時期のスタンファロスの特にメスは気性が荒く、ウッドエルフは襲われ深手を負った。
このままではまずいと思った剣士の男はマナフラッグを使った。
このときのマナフラッグがユラト達が感じたものだった。
そこで他のメンバーも気づき、救援に駆けつけようとした。
だが助けに向う途中で、スタンファロスの鳴き声の魔力に反応し、興奮したゴブリン達の集団に遭遇することになった。
そして戦闘が行われ、敵の数の前にパーティー達は倒されてしまったようだった。
また剣士の男は深手を負ったウッドエルフを見捨て、一人逃げたところを別のゴブリンの集団に襲われ命を落としていたようだった。
ラグレスは最初、このゴブリンの集団と戦おうとしたが、当初はゴブリンの数が少なかったため、「俺達でなんとか対処できるからラグレスは巣に向って欲しい」と言われたため彼は巣に向った。
そして巣に向ったところで、巣の中で戦う剣士を発見し、戦闘になった。
剣士の男はウッドエルフを助けに行くと言い、その場所から逃げたようだった。
ラグレスは一度戦いを挑まれれば、勝敗を決するまで戦う男だった。
常に強い者を捜し求め、旅をしていた。
それが彼の生きがいだった。
怪鳥と戦う中で彼は、スタンファロスを最後まで戦うべき相手だと認識した。
(なかなか、強そうじゃないか……あの卵もお金になりそうだ……いいね……久しぶりだよ、こういうのは……嫌いじゃない)
そうなると他のことはどうでもよくなっていた。
そして、今に至るのだとラグレスは語った。
「ま、そういう訳さ」
話を聞いていたレクスは静かに、そして力強くラグレスに話し掛けた。
「……そうか、訳は分かった……だが、その卵は置いていってもらおうか……」
ラグレスは表情を変えることなく、それを拒否した。
「嫌だね。これは僕の戦利品だよ、なぜ渡さないといけないんだ?」
「それは、別の巣に置いてやれば、共に育ててくれるんだ。だから、持っていく必要はない……」
だがラグレスはそれを無視し、ここから去ろうとした。
それを察した、レクスはラグレスを呼び止めた。
「―――待て!」
しかしラグレスは応じることなく歩き出した。
「………」
レクスは冷酷な眼差しをラグレスに向け、槍を構えると、静かに言い放った。
その言葉は有無を言わさない意志を感じさせるものがあった。
「渡せと言っている……」
殺気を感じ取ったラグレスは歩みを止め、ゆっくりと振り返った。
「………」
殺気を持って槍を構えるウッドエルフの姿を見たラグレスは、妖しげな色気を纏った笑みを浮かべ、レクスに答えた。
「……僕とやろうってのかい?……あの鳥じゃつまらなかったしね……ふふっ、いいね……君……結構やりそうだし、いいよ……」
ダリオが慌ててレクスを止めようとした。
「待て!レクス!こいつには勝てん。殺されるぞ、やめておけ!」
レクスは無言で槍を構えたままだった。
リュシアは、二人を止めようと思ったが、あまりの殺気に押され躊躇していた。
(あわわ……ど、どうしよ!あのラグレスって人、怖い!)
それはユラトも同じだった。
(まずい……こんな所で争っている場合じゃないのに……だけど安易に声をかけられる雰囲気じゃない……)
ラグレスが相手を敵と認識しようと卵を置き、武器に手をかけようとしたとき、ジルメイダがラグレスに向って叫んだ。
「ラグレス!その辺にしといてくれないか?同じバルガのよしみで頼むよ」
ラグレスの動きが止った。
彼は顔を上げ、ジルメイダを睨むと話し掛けた。
「その名を出すなよ、ジルメイダ……」
「そうかい、悪かったね。だけど、無駄な戦闘は避けたいんでね。あんただってそれは同じだろ?」
「無駄になるかは、やってみないと分からないさ。それにウッドエルフの方も僕と同じ気持ちみたいだよ」
レクスは槍を構えたままだった。
ジルメイダはレクスの方へ顔を向け、戦うのを止めるように叫んだ。
「レクス!あんたの気持ちも分かるけど、今は耐えるんだ!」
ユラトはラグレスの話から、ウッドエルフの仲間のことを思い出した。
「―――そうだ!レクスさん、ウッドエルフの瀕死の方が、まだ生きているかもしれない、探さないと!」
レクスはユラトの言葉で、自分のやるべきことを悟り、武器を構えるのをやめた。
そしてラグレスを睨み、叫んだ。
「そうだったな……すぐに行こう……リュシア!悪いが付いてきてくれないか?魔法が必要になるだろうからな……」
リュシアは、すぐに力強く返事をした。
「はい!行きましょう。レクスさん!」
レクスはリュシアに感謝の言葉を述べると、ラグレスに顔を向け、厳しい表情になり、自らの決意を言い放った。
「ラグレスとやら……今度この森におかしなことをしているところを見つけたならば……私は容赦せん……覚悟しろ!」
ラグレスは不気味な笑みを浮かべたまま答えた。
「その時は楽しみだね……ふふっ、全力で相手してあげるよ」
レクスはラグレスの言葉を聞くと言葉を返すこともなく、すぐにこの場から去っていった。
そして、リュシアも後に付いて行った。
「おや、彼は冷静な男だね。もう少し駆け引きを楽しみたかったのに残念だよ」
ラグレスの顔から殺気が消え、普段の表情に戻っていた。
だが、この場には緊張感は残っていた。
殺気が消え、安全であるのを感じ取ったダリオがラグレスに言い放った。
「もうここには用事はないんだろ?だったらとっと行きやがれってんだ、全く……」
ダリオの言葉を無視するかのように、ラグレスは呟いていた。
「……彼もいなくなったし、僕は村に帰るかな……」
ラグレスはユラト達に背を向け、卵を片手で拾うと、歩き出した。
ユラトはそこでようやく、この場に漂っていた緊張感から解放され、自由な意識を取り戻したように感じた。
そして、レクスを追いかけようと2人に言った。
「俺達もレクスさんを手伝いに行きましょう!」
「……そうだな、行こうか」
「はい!」
3人がレクスを手伝いに行こうとした時、ラグレスが再びこちらへ振り向いた。
彼は何かを思い出したようだった。
ユラト達に声をかけてきた。
「……あ、そうだ。君達さ、ゼグレム見なかったかい?」
ジルメイダとダリオがそれに答えていた。
「今のところウッドエルフの村じゃ、見てないね」
「俺も知らねぇな……村にいるときに他の冒険者と情報交換する時にも、そんな話は聞かなかったぞ」
「そうか……てっきりこっちに来ているのかと思って来てみたんだけど、いないのか……もう半年以上会っていないのさ」
それを聞いたユラトは一月ほど前にアートスの商店街で見たことを思い出した。
言うか言わないかで一瞬迷ったが、ユラトはラグレスに言うことにした。
「ラグレスさん!あの俺、一月ほど前ですけど、アートスの商店街でゼグレムを見ましたよ」
それを聞いたラグレスは、ユラトの方へ視線を移し、端正な顔を少し歪め、妖しげな笑みを浮かべた。
だが、先ほどとは違い、殺気は感じなかった。
好奇心や楽しそうな表情であったが、他人にとっては不気味な妖しさを感じさせる表情だった。
「ほう……君は……?」
ユラトはやや緊張気味に答えた。
なぜ自分はそんなことを言ったのか、ユラトは自分でも驚いていたが、心の中には、不安や恐怖以外にもラグレスに対して好奇心というものがあったのかもしれないと彼は思った。
最強の戦士と話してみたいと言う欲求や好奇心が不安や恐怖より勝ったのだと。
「俺はユラト・ファルゼインと言います」
ラグレスは、ユラトの顔をじっと見つめ、質問をしてきた。
「ユラト・ファルゼイン……君の名前と顔は覚えたよ……いい情報だ……それで、彼は一人だったかい?」
「いえ、魔法使いの人がいました。名前は……確か、ファリオール・カルキノスだったかな……確かそんな名前でした」
それを聞いたラグレスは、忌々しげに呟いた。
「……ちっ、あいつも一緒にいるのか……面倒だね。他には見なかったかい?」
「俺が見たのはその人だけです」
「そうか……ギルヴァンとロゼリィはいないのか……なら……いや、すでに合流しているかもしれないね……」
(誰のことだろう……全くわからないや……)
ラグレスは、ユラトから視線を横へそらし、手を顎に当てしばらく考えていた。
どうやらゼグレムには、付き従っている者が他にもいるようだった。
「いい情報を聞いた、ありがとう……君に貸しが一つできたね」
「いえ、貸しだとは思ってません。たまたま見ただけですよ」
ユラトがそう言うと、ラグレスは真面目な表情になった。
「いや、これは貸しだ。だから1回だけ……君に力を貸す事を約束するよ。いつでも言ってくれよ……必ず……力になるよ……」
ラグレスは力強くユラトを見つめて言ってきた。
(うっ……なんか凄く有無を言わさない圧力を感じる……)
断るわけにはいかない空気をユラトは感じ取り、素直にその約束を受けることにした。
「分かりました。何かあったらギルドに連絡します」
ユラトの返答を聞いたラグレスは、なぜか嬉しそうだった。
無邪気な笑顔を浮かべ、満足げに何度も相槌を打っていた。
「うんうん、厚意は素直に受けておくべきだよ」
ユラトはそんなラグレスの表情を見ながら少し考えていた。
(最強の戦士の力を借りることが出来るなんて、そうそうあることじゃない……ここは、そういうことにしておくか……力を借りるのはちょっと怖いけど……必要になることがあるかもしれないしな)
二人のやり取りを見ていたダリオがラグレスに話し掛けた。
「お前、ゼグレムを探してどうするつもりだ?」
「ん……決まってるじゃないか……戦うんだよ」
当然の如く彼がそう言うと、ジルメイダは言った。
「戦う事に意味なんてあるのかい?……今は冒険者同士、協力してこの暗黒世界を開拓していくことの方が重要じゃないのかい?」
「魔王が存在しているのなら、それもいいね。だけど、今強いのは魔物よりゼグレムだろ?」
ダリオは呆れていた。
「やれやれ……お前はそればっかりだな……どうかしてるぜ……」
「ははっ、そうかもね……だけど、君はお金ばっかりだろ?それと似たようなもんさ」
そう言われたダリオの頭の中によぎったのはデュラハンのことだった。
目の前で亡くなった親友、クライスの最後。
何も出来なかった自分。
ジルメイダの悲しむ顔。
ジルメイダの二人の子供達。
子供達は太陽のように、いつも明るく眩しかった。
純真な目で捻くれた、この俺なんかを分け隔てなく見ていてくれた。
その時の自分は救われ、癒されていた。
その笑顔を、あいつは奪っていった。
それらの事が一瞬、走馬灯のように駆け巡った。
そしてラグレスの言ったことをダリオは小さい声だったが、思いつめた表情でそれを否定した。
「……俺は……それだけじゃねぇよ……それだけじゃ……」
ダリオの沈んだ表情を見てラグレスは思い当たることがあった。
(そういや、前にジルメイダが仇を探しているとか……聞いたな。ふふっ、そういうことか……)
ジルメイダはダリオの表情から何かを察したのか、すぐに先に行った仲間の所へ向うことをラグレスに告げた。
「ラグレス!悪いけどあたし達は、仲間の所へ行かせてもらうよ!」
「ああ、わかったよ。僕はオリディオールに帰るよ。ここにはもう、何もなさそうだ……ゼグレムはきっと東に行ったのかもね。僕は彼を追うよ……それじゃ」
ラグレスは、ユラト達のいる場所から去っていった。
そして彼は去っていくときに、色々考えていた。
左手に卵をかかえ、右手の手のひらをぼんやり見つめていた。
(まただ……なぜこうも自分は歪んでいるのか……いつもそうなんだ、分っていても最後はこうなってしまう……)
彼は自分の心が歪んでいる事を自覚していた。
(どうしようもなく歪んでいるんだ!そして僕は、その先も考えなきゃいけないんだ!……なのに……)
彼はその原因も知っていた。
(誰か……この苦しみから解放してくれないかな……)
ラグレスは切なげな表情をし、森の木々の隙間から見える空を眺めていた。
ラグレスが去った後、ユラト達はすぐにレクスとリュシアを追った。
追っている途中でユラトは、ジルメイダに先ほどのことで疑問に思った事があったので聞いてみることにした。
「ジルメイダ、さっきラグレスさんに、同じバルガ族だって言ってたけど、どういうこと?」
ユラトに話し掛けられたジルメイダは、何か考え事をしていたのか、一瞬戸惑いを見せたように見えたが、すぐに答えていた。
「ん……ああ、そうさ。あいつはバルガ族の血が半分入っているのさ」
「ええ!?そうなのか……」
ジルメイダはラグレスの出生について知っていることを話してくれた。
ラグレスの父親がバルガ族の者であった。
名前を『ガイゼル』と言った。
ガイゼルはバルガの中でも、かなりの強さを誇る戦士だった。
だが彼は、狂神フュリスに精神を一部取り込まれてしまった。
バルガ族は皆、フュリスの影響を少なからず受けて生きている者達だった。
そしてバルガ族の中で産まれて来る者の中に、稀に狂神の影響を強く受けすぎる者が出る事があった。
フュリスの影響を強く受けるとどうなるかと言うと、壁画に描かれているフュリスと同じく、唇が白くなるのである。
ガイゼルもラグレスと同じく、唇が白かった。
二人とも生まれながらに狂神の影響を強く受けていた。
そして、ある日、バルガの村の者をガイゼルは半殺しにさせてしまう事件が起こった。
狂神の影響のせいで、彼は突然暴走してしまうことがあった。
それに巻き込まれたのだった。
この事件により、ガイゼルは村から追放された。
そして、あてどなく向った先にたどり着いたのは、オリディオール島東のマルティウス地域の北東にある、貧しい小さな漁村だった。
彼はそこで、一人の女性と出会い、彼女と結ばれた。
そして、産まれたのがラグレスだった。
また、ラグレスも産まれたときから、唇がガイゼルと同じく髪のように真っ白だった。
ガイゼルは自分の子供が自分と同じ道を歩まなければならないことを知り、嘆いた。
(こいつも俺と同じ……なんて……ことだ……だが、こいつを俺と同じ道に進ませるわけには……)
両親は、ラグレスを狂神に飲まれないようにするために、肉体だけではなく精神も鍛えようと思い、ラグレスに厳しく接していた。
決して狂神の影響に飲まれてはならないと。
意思を強く、心の奥に強い芯を持てと。
ラグレスの日々はそこから、いや既に生まれたときから、狂神との戦いの日々だったのかもしれない。
成長していく中で彼は、自分の心の中に狂神が常にいることを悟った。
(……これに、抗わなくてはいけないのか?強大な……この強い衝動に……)
そしてある日、ガイゼルはまたしても、狂神に身を委ねてしまうことがあった。
母は無残にも父に刺されていた。
夜の寝ている時に。
ラグレスは自分にも襲ってくる父に対して必死に抵抗し、なんとか逃げることができた。
そして、父親はラグレスが逃げた後、正気を取り戻したが、自分の行いにすぐに気づき、狂ったように声を上げ、そのまま家を出ると消息を絶った。
ラグレスは母のことを思い出し、すぐに家に戻った。
中に入り、母を見つけると、慌てて彼女のもとへ近づき、手を握った。
既に母親は瀕死だった。
そして最後の力を振り絞り、冷たくなった手を彼の頬に寄せ、ラグレスに言葉を伝えると息を引き取った。
ラグレスは今でも、その時のことを夢に見ることがあった。
彼の容姿は母親似だった。
母は美しく、物静かな人だった。
彼女は実家が貧しかったため、その美しさを買われ、マルティウス地域にある娼館で働く予定だった。
しかし、ラグレスの父親と知り合い、結ばれてしまった。
報酬を期待していた家族は怒っていたが、ガイゼルは気にしなかった。
そしてあの日、母は、いつもより大きな声で自分に何かを言っていた。
夢の中では、いつも母が最期の言葉を発し始めたときに、目が覚める。
確かにラグレスは聞いた覚えがあったが、なぜか思い出せないでいた。
(母さん……あなたは最後、僕になんて言ったんだ?……)
ラグレスはユラト達から、かなり離れた森の中にいた。
突然、右手で額を押さえ、よろめいた。
そして、近くの木にもたれかかった。
(―――くっ!……また、破壊の衝動だ……狂神に身を委ねるわけにはいかない……)
父親、ガイゼルは狂神に身を委ねた。
心の強い人ではなかった。
だが、この衝動に耐えられるほど人は強くないのかもしれない。
そして、あんな結末になった。
しかしラグレスは絶対に父親の様にはなりたくはなかった。
(僕は……死んでも……あいつのようには……ならない……よ、母さん……)
選択肢は2つ、身を委ね、狂人となるか、抗うか。
ラグレスは父とは違う道を選んでいたのだった。
それは辛く厳しい、心の戦いの日々を意味していた。
拳を握り、歯を食いしばった。
(ゼグレム……君と戦っているときだけさ……全てを忘れられるのは……それに、君に勝つことが出来れば何かが変わる気がするんだ……だから、君には悪いけど、相手をしてもらうよ……)
ゼグレムと戦う事を考えると、衝動をなんとか押さえられた。
そしてラグレスは、先ほどまで高ぶっていた衝動が押さえられ、小さくなっていった。
彼は衝動を押さえることに成功した。
心が落ち着きを取り戻し、視界が広がっていく感覚があった。
ラグレスは、ふとあることを思い出していた。
(ふう……そういや、さっきのユラトとか言う子の左手にあった模様……どこかで見た気がするな……何か気になる子だったね……まあ、今はゼグレムと戦うことだけを考えるか……)
彼は表情を元に戻し、再び歩き出した。
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