第九話 禁呪とおとぎ話
それは、昔の記憶。
ある家の中の暖炉の火が、勢い良く燃えていた。
外は雪景色だった。
夜になって、雪がたくさん降リ始めていた。
「ウェン爺、早くお話聞かせてよ!」
「ユラ坊、そんなに聞きたいのかい?」
「うん!」
「……お前さんが思うような、楽しい話じゃないぞい。それでもいいのかい?」
「うん、いいよ!だって騎士の話なんでしょ?」
「そうじゃが……恐ろしくも悲しい話じゃぞ、エルディアも聞くのかい?」
エルディアは、人形を両手で顔のところまで持っていき、抱きしめ、小さな声で話した。
「……ユラトが聞くなら、私も聞く……」
「なんだよ、エル。聞きたくないなら聞かなくていいんだぞ!」
ユラトに聞かなくていいと言われ、少しむっとした表情で、彼女は答えた。
「……絶対聞く……」
「こりゃ、こりゃ、喧嘩をするでない。仲良く話を聞くんじゃぞ、いいな?」
2人は、静かに話しを聞くことにした。
「うん、わかった!」
「……うん」
2人がおとなしくなったのを見た、ウェン・プロスは、ユラトにせがまれていた話をすることにした。
「じゃあ、話を始めるぞい。ちょっと刺激があるかもしれんからのう。夜中、一人で用を足しに行けなくなっても知らんぞ、いいな?」
「大丈夫!」
「………」
2人は、ウェンに近づき座った。
ユラトは目を輝かせて、話が始まるのを待っていた。
エルディアは、少し不安な面持ちでウェンを見ていた。
そんな2人を見たウェンは、少し微笑んだ。
そしてゆっくり椅子に座り、目を閉じ、静かに語り始めた。
「じゃあ、始めるかの……むかーし、昔の話じゃ………」
森の中を探索していたユラト達は、かつて葡萄酒を造っていたと思われる廃屋を発見した。
その廃屋の奥に地下への階段があり、そこを下りていくと、そこは葡萄酒の貯蔵庫だった。
そこでユラト達は、スケルトンと言う骨の魔物と交戦することになった。
そして、リュシアが見事にスケルトンの浄化に成功していた。
また更に奥へ進むと、そこには木の箱があり、その中に大量の銀貨と共に謎のスクロールが入っていた。
ユラトはスクロールを確認の意味も込めて、見せてもらおうとダリオに近づいた。
「ダリオさん!そのスクロール見せてもらっていいですか?」
慌てた様子のユラトを見てジルメイダがユラトに話し掛けた。
「どうしたんだい?ユラト、そんなに慌てて」
「なんとなくですけど、予感がするんです!」
スクロールに興味の無いダリオはユラトに巻物を渡すことにした。
「いいけどよ、こりゃあ、まだスクロールに何も書いていない状態のやつだぞ?……ほらよっ」
ユラトはそのスクロールを受け取った。
スクロールの裏側にはユラトの左手の甲に描かれている模様と同じものが描かれていた。
「ゴクリッ……」
ユラトは息を呑み、緊張しながらスクロールをゆっくりと開いた。
スクロールの中身が見えていく。
(……やっぱり!……またしても俺だけに見えた!これは―――)
そこには初めて禁呪を覚えたときを同じように絵と文字が書かれていた。
イメージがユラトの頭の中に入り込んで来る。
彼は、その禁呪の名を告げる。
「……サモン……ソード……」
ユラトが名を告げると、スクロールは音を立てることなくバラバラになり、溶けるように消え去った。
しばらくしてユラトの左手の青い謎の模様が赤黒く光りだした。
「ズンッ」っと言う刺すような痛みが彼の左手にやって来た。
「うっ……」
ユラトの手に、あの時と同じ痛みが走り、思わずよろめく。
それに気づいたジルメイダとリュシアが駆け寄った。
「ユラト!大丈夫かい!」
「ユラトさん!」
ダリオとレクスもゆっくり近づいてきた。
「おいおい、なんだ今のは……」
「どうした?」
ユラトはみんなを安心させる為に左手の甲を押さえながら、自分は大丈夫であることを静かに伝えた。
「……大丈夫……前にもあったから……」
そんな彼の姿を見たジルメイダは、心配そうに尋ねた。
「本当だろうね?さっきの光はなんだい?」
ユラトは禁呪のことについて、自分が知っていることを説明した。
「実は俺……」
みな黙って彼の説明を聞いていた。
そして、説明が終わると最初に口を開いたのはダリオだった。
「……なるほど……つまりお前は、またしても禁呪とやらを覚えたってことだな?」
「……はい、そうだと思います」
ジルメイダは腕を組み、静かにユラトに質問した。
「どんな魔法なんだい?」
「ソード(剣)を召喚できるみたいですけど……」
それを聞いたダリオは驚いていた。
「―――剣の召喚だと!?『召喚魔法』さえ、まだ一つも見つかってないんだぞ!……どうなってやがるんだ……一体……」
リュシアも驚いていた。
「召喚魔法なんて存在したんですね……」
【召喚魔法】
術者と対象のものが契約することで様々なもの等を呼び出すことが出来ると言われている古代の魔法。
呼び出したものを使役し、戦闘に参加させたり、移動の手段に使うことができたりと用途は色々あるようだ。
まだ人間達は、一つも見つけてはいない。
恐る恐る、リュシアがユラトに聞いていた。
「……それって……もう使えるんですか?」
ユラトは少し不安もあったが、強い力を持ちたいと言う気持ちや好奇心もあり、どんなものなのか見てみたいと思う自分がいることを自覚していた。
彼は思ったことを口にした。
「……出来ると……思う……」
ダリオは、それを聞いて何かを閃いたようだった。
彼はロッド腰にかけると、ユラトに近づいた。
「新たな戦力になるかもしれんからな。よし!外へ出ろ。そして使って見せろ」
「……いいんですか?」
ここまでの話を黙って聞いていたレクスは慎重だった。
「危険はないのか?……禁呪と言われる物なのだろ?」
ダリオは好奇心の方が勝っているようだった。
魔道師として、魔法に関するものは見ておきたいと思っていた。
「魔物とかじゃないんだ、剣を召喚するだけなら大丈夫だろ。古代の書物を読んだことがあるんだが、悪魔や魔物を呼び出す以外は比較的安全だとか書いてあったな……まあ、物の召喚なんて初めて聞いたけどよ……それから、術者には逆らえないらしいぞ」
ユラトはジルメイダに判断を委ねることにした。
「ジルメイダ、やってもいいかな?」
ジルメイダは目を瞑って考えていた。
(占いの強い魔力ってのは、このことだったのか……いや、まだあるかもしれないね……ふふっ、しかし、色んなものが今回の旅で見れそうだ……世界は広い……か……)
彼女は目を開くと静かに、そして最後の方はニヤリとし、ユラトに言い放った。
「……やりたいならやりな。まあ、やばくなることもないだろ、もしなりそうだったら……この拳であんたを気絶させるだけさ」
ユラトはジルメイダの目が本気だと分かると恐怖を感じた。
「う、うん、わかった。慎重にやるよ……(失敗は絶対に出来ないじゃないか……)」
ダリオはすぐにでも、この場から離れたいようだった。
眉をひそめ、ここから外へ出ようとユラト達に促してきた。
「よし、とりあえず、このカビ臭せぇところから出ようぜ。臭くてかなわん」
彼らは廃屋から出て、ユラトに禁呪を使わせることにした。
ダリオは嬉しそうに叫んでいた。
「やばいかもしれねぇからな、ちょっと離れて見ようぜ!」
彼はそう言ってユラトから離れていった。
「え、ダリオさん……さっきやばくないって……」
「んなもん、見てみなきゃわからねぇだろ!」
ジルメイダもダリオの考えに賛同しているようだった。
「悪いね、ユラト!他のみんなも、そうさせてもらうよ!」
「なんだよ……酷いな……まあ、俺もどんなのか分からないし、しょうがないと言えば、しょうがないんだろうけどさ……あっ、ちょっと!離れすぎじゃないですか?」
他のメンバーは全員かなり遠くまで離れ、木の陰に隠れてユラトを見ていた。
「レクスさんやリュシアまで……」
「すまんな……ユラト、私には大切な目的があるんでな」
「ごめんなさい、ユラトさん……けど、やっぱり怖いです!」
「まあ、そんなもんだユラト、諦めろ!そして、早くやれ!」
「はぁ……みんな調子いいことばっかり言って……酷いや……」
ユラトは気持ちを切り替え、静かに深呼吸をすると鞘に入った剣を左手で持ち、禁呪の詠唱に入った。
「ふう……やるか、確か剣を手に持って……こうかな……剣よ、強大なる魔を払う凶刃となり、我が支配に、そして我が肉体の一部となれ!アブゾーブ!」
「………」
ユラトの体に変化はなかった。
(……あれ、これでいいのか?)
ユラトは中断するか一瞬迷ったが、とりあえず継続することにした。
「……わが身に宿りし、いにしえの魔剣よ、我がマナを喰らい、万物を切り裂く魔刃となり、現世に形を成せ!―――サモン・ソード!」
やはり、ユラト自身に変化はない。
(おかしいな……やり方は間違っていないはず……)
それから何度か試してみるが特に何も変わることも無く、時だけが過ぎて行く。
業を煮やしたダリオが隠れるのを止め、文句を言いながらユラトに近づいてきた。
「おいおい……なに1人で叫んでんだよ……お前滑稽だったぞ?……それで、禁呪の方はどうなったんだ。何も変化が無いように見えるんだが?」
他の者たちもぞろぞろと木の陰から姿を現し、ユラトの下へ来る。
集まったところでユラトは説明をした。
「それが、どうも発動しないみたいなんです……」
ジルメイダが腕を組み、眉をひそめ、ユラトの左手を見ながら話す。
「……一体、どう言うことだい。あんた禁呪を覚えたんじゃないのかい?」
「覚えたことは確かなんだ……だけど、まだ他にも条件があるのかもしれない。何も反応がないんだ……」
レクスは顎に手を当て、考えてみたが、特に思い付かなかったようだった。
「他の条件か……思いつかんな……」
パーティーは条件を色々考えてみた。
「違う剣で試してみるとか?」
「魔力の強い剣とかが必要なのか?……だけど、誰も持っていないからね……」
「お前の魔力じゃ、足りないのかもしれんな」
「それなら、覚えられないんじゃないのか?」
「ユラトさん!気持ちをもっと、こう、奮い立たせて燃やしちゃいましょう!」
「おめぇは黙ってろ、リュシア……」
皆、口々に思ったことを述べていた。
その後、しばしユラト達は無言になり、色々試してみたが特に解決することは出来なかったため、この禁呪はしばらく様子を見るということで落ち着いたのであった。
そして、ジルメイダが探索の再開を告げる。
「とにかく、今は聖石を使って探索しようじゃないか。ありがたいことに黒い霧はすぐそこさ。みんな行くよ!」
その時、リュシアがある提案をパーティーにしてきた。
「あの……さっきのスケルトンの人のお墓を作ってあげてもいいですか?」
レクスが珍しく、その意見に素早く賛同してきた。
「それはいい考えだ、私も手伝おう」
森と共に正しく生きた者は、静かにその森の中で眠らせてやると言うのがウッドエルフ達の考え方らしい。
他の者も墓を作ることに異論はなかった。
すぐに皆行動に移った。
ユラトは住居の近くに穴を掘り、リュシアとジルメイダが骨をその穴に埋め、ダリオが土を盛った。
また、調査済みの印であるホークスアイも近くに埋めておいた。
そしてレクスが、どこからか拾ってきた木の枝に草のツルを使い、枝をクロスさせたのを盛られた土の上に刺し込んだ。
ウッドエルフ達の森での埋葬法らしい。
リュシアが最後に花をそえた。
その花は住居の裏に人知れず咲いていた小さな黄色い花で、墓にそれをそえた彼女は、膝を折ってしゃがみ、組んだ両手を顔の辺りまで持ってきて目を閉じた。
(あの暗く冷たい地下室でずっと……1人で……いたんですもんね……また泣きそうになっちゃう……)
あの父親は、きっと最後まで家族を思っていた。
リュシアは早くに亡くなってしまった父親の事を思っていた。
彼女の父は、娘が産まれてからすぐに向ったヴァベルの塔探索の冒険中に命を落としている。
だからリュシアは、父親と言うものを知ること無く育った。
自分の父も「きっと、あんな風に自分を思っていてくれた事だろう」と思い、親に感謝すると共に、この名前も分からない人が、あの世で家族と会えるようにと、心から思いを込め祈った。
「ファルバーン……ディール……」
それは短い言葉だったが、古代の言葉で光の神ファルバーンと、そして『光と共に』という意味の言葉だった。
(……家族の方とこれでようやく会えますね。安心して眠ってください……)
ユラト達も同じように目を瞑り祈った。
(……遥か昔、この地で精一杯生きた、名もなき人よ……どうか、安らかに……)
まるで天に魂が召されていくかのように、墓に添えられた花の辺りに小さな木漏れ日が当たり、静かに揺らいでいた。
墓を去ったユラト達は次の聖石を使うため、黒い霧の場所まで移動していた。
そこへは先ほどの廃屋からは、目と鼻の先であったため、すぐに到着することが出来た。
そして聖石を埋め、その力を発動させる事にした。
ユラトが石の力を発動させる。
「……イディスよ、邪気を払い給え!」
光りが石から生み出されると、目の前に先ほどまで存在していた黒い霧が払われていく。
(この先は……)
目の前に現れたのは、なだらかな丘だった。
そして、その丘には葡萄が大量に実っている葡萄の木が、そこら中に生えていた。
周囲には腰ぐらいまでの草が辺り一面に生え、葡萄の木には、大量のつる草も巻きついていた。
みな一瞬、さきほどのスケルトンになってしまった男と家族を思い出していた。
ユラトも思わず呟いた。
「この葡萄から葡萄酒を造っていたんだな……」
リュシアが青空の見える丘の頂を見つめながら静かに答えた。
「はい、そうだと思います……」
彼らは葡萄を近くで見ようと思い近づいた。
葡萄の実を見たレクスが驚きの声をあげた。
「……あれはっ!?……―――白葡萄!!」
葡萄の実は良く見ると皮の表面が、薄く黄緑がかった白い色をしていた。
レクスは葡萄に駆け寄り、実を一つ取り皮をむき、臭いを嗅いで安全であるのを確認すると口の中に入れ、味を見た。
彼は驚きの声をあげた。
「―――こ、これはっ!恐らく『シュナーブ』と言われる品種だ!」
他の者も次々レクスの近くに寄り、同じように葡萄の実を取ると口にする。
リュシアがその味に喜び、声をあげた。
「甘くて、美味しい!」
ユラトも、この葡萄の実を美味しいと思った。
「酸味に刺がない、すっきりとしていて、まろやかな甘味だ」
味をみていたレクスは興奮しながら、彼らにとって嬉しい情報をもたらした。
「この葡萄はまだ見つかっていないはずだ!つまり新発見だ!我々ウッドエルフが森で狩りをしたときに得た動物の腹の中に、この白い葡萄が入っていた事があった程度だ。だから直接、実になっている姿を目にするのは初めてなんだ!」
それを聞いたダリオは喜んだ。
「ほんとか!?やったぜ、今日はついてやがる!」
ジルメイダも笑みを浮かべ、レクスに質問していた。
「これは良いワインが造れるのかい?」
土を触りながら、レクスは嬉しそうに答えた。
「ああ、土地が水はけの良い土だ。ちょうど丘になっていて日が良く当たっているみたいだし、ここは寒暖の差もありそうだ。だからちゃんと手入れしてやれば、今実っているものよりも甘くて品質の良い葡萄が出来るはずだ。しかも、この葡萄はかなり良い『高貴なる腐敗のワイン』が出来るんだ!」
それは貴腐ワインと言われるものであった。
葡萄の実が菌に感染することによって糖度が高まり、強い芳香を帯びる現象が起こる。
それを貴腐化と言う。
そして、その貴腐化した実を用いてワインを造ったものが貴腐ワインと言われるものになる。
甘味や香りの強いワインで、食前、食後に飲まれたりすることが多い。
レクスの嬉しそうな表情を見ると、どうやらウッドエルフ達の大好きなワインのようだった。
ダリオは何か思いついたようでジルメイダに話を持ちかけた。
「ジルメイダ、この土地を買って、さっきの施設を再利用してワイナリー(土地、建物、生産施設など、ワインに関わる事業のこと)を造れば大儲けできるんじゃねぇか?」
だがジルメイダはため息を付き、ダリオを諭すように言い放った。
「はぁ……ダリオ、忘れちまったのかい?残念だけど、聖石で霧を払った森の土地に関しては全てウッドエルフに属するって審議会がそういう盟約を結んだはずだっただろ」
ダリオはジルメイダに言われて、その事実を思い出した。
「そうだったな……くそっ!ウッドエルフどもが全部持っていっちまうのか……」
レクスはニヒルな笑みを浮かべ、ダリオに話し掛けた。
「ふふっ、悪いな。我々もこれからは外の世界にも目を向けなければならないからな、そうなると貨幣も必要になる。従来の物々交換では厳しいだろうからな……それから……あの亡くなった者の為にも、我々ウッドエルフが責任を持って、ここを元の素晴らしい葡萄畑に戻し、最高のワインを造り、毎年あの墓に供えることを誓おう」
ウッドエルフの村では、これまで物々交換で物が取引されていた。
しかし、冒険者としてやっていくことや、人間達の作った良いものも手に入れる為には貨幣が必要になる。
そこで族長はウッドエルフの社会にも貨幣制度を導入することにしたのだった。
今は混乱が生じているが徐々に落ち着いていくだろうとレクスはそう前向きに貨幣について思っていた。
ダリオは悔しさを滲ませた表情でレクスに話し掛けていた。
「発見したのは俺達なのにな……ちっ、しょうがねぇか……レクス、俺が村に行った時は、たらふく飲ませろよな!」
「ふふっ、いいだろう。わたしが村にいるときは安く飲ませてやろう」
リュシアはたくさん葡萄を食べていた。
そしてお腹をさすり、座った。
「はぁ……もうおなかいっぱい……」
それを見たジルメイダは呆れていた。
「……リュシア、あんた食べ過ぎるんじゃないよ!聖石は、後一つ残っているんだからね。全く、ピクニックじゃないんだよ……」
リュシアは口元を尖らせて反論した。
「……だって、お腹減ってたし…お昼まだだし……」
「このガキんちょめっ!いい加減にしろ!……はぁ……全く、いらんことで疲れさすんじゃねぇ」
リュシアはダリオに怒られる事に慣れてきたようで、あまり気にしている様子はなかった。
また、彼女の言うように昼の時刻は、とうに過ぎていた。
だからユラトは、リュシアの言うことも理解できたのでジルメイダに昼食を取るように提案した。
「そういや、昼ご飯まだだったね。ジルメイダ、リュシアの言う通り食べようよ」
ジルメイダは辺りを見回しながら少し考えた後、答えた。
「……そうだね、だけどその前に、この葡萄の丘にお宝とか魔物がいないか調べてからにしようか。ダリオ、悪いけどマナサーチ頼むよ」
ダリオはわかったと、短く言うと、マナサーチの魔法を唱えた。
「魔力を感知せよ……マナサーチ!……」
彼は何か反応が無いか調べたが、葡萄の丘には何もないことがわかると確認済みの印であるホークスアイを埋め、周辺の景色が見える所まで移動する事にした。
リュシアは嬉しそうに、丘を駆け上がっていた。
彼女は、たまにユラト達の方へ振り返り、楽しそうに叫んでいた。
「みんなー、はやくー!」
リュシアの後をユラト、ジルメイダ、レクスが続き、最後にダリオが帽子を押さえながら、辺りを見回して登っていた。
「全く……元気な奴だ……こっちは疲れてるってのによ……」
丘の上は木が殆ど無く、青い空と白い雲が見え、太陽の光が良く当たる森の光景が広がっていた。
丘の頂上には大きな木が一本だけ生えていて、その木陰に小さな岩がいくつかある場所があったので、そこでパーティーは昼食を食べることにした。
ユラトは小さな岩の上に座り、ウッドエルフの村で採取されて作られた野イチゴのジャムが塗られた細長いパンをかじっていた。
勢いよくかじると、たくさん中に入っていたので、少しはみ出してくる。
(おおっと!)
ユラトは慌てて、こぼさないように、すぐにかぶりついていた。
赤い色の甘酸っぱく、酸味が丁度良い味のジャムだった。
(美味しい!ここは黒い霧さえなければ、豊かな土地なんだな……)
眼下にはユラト達が今日霧を払ってきた場所が見えていた。
ユラトは、ぼんやりと景色を眺めていた。
「………」
時折り、穏やかな風が吹き、ユラトの前髪と鎧の上に羽織っているマントが僅かに揺れていた。
上空を見ると、ユラトがパーティーを待っているときにウッドランドの町の空で見た、黄色と濃い緑色をした大きめの鳥が遠くの方で旋回しているのが見える。
食事を終えたレクスが、近くに生えている長細い草の葉を1枚取ると口元へ持っていき、二本の指で葉を押さえ、息を吹きかけると高い音が鳴った。
音は、この辺り一帯にまで広がった。
飛んでいる鳥に向って呼びかけているようだった。
すると鳥は、その音に答えるかのように、ユラト達のいる場所の上空に飛来し、旋回をし始めた。
「あ……」
ユラトは空を見上げ、その鳥を良く見た。
(この鳥……)
鳥は、たまにユラト達と同じ目線のところまで来ては高度を上げたり、下げたりもしていたため、姿を良く見ることが出来た。
長い尾羽を持ち、トサカの部分や羽先は鮮やかな明るい黄色で、それ以外の部分は深い緑色だった。
また鳥の背中に人間の目のように見える赤い模様があり、クチバシや爪は青く鋭かった。
翼を広げた姿は、ユラトが両手を広げるよりも遥かに大きかった。
レクスが、この大きな鳥を草笛で呼んでいるのを見ていたリュシアは、声をあげ喜び、自分もレクスと同じように葉を取り、口に当て音をたててみるが、なかなか出ないようだった。
「あれ……出ない……」
それを見たダリオは、リュシアを馬鹿にするような目で見ると自分も葉を取り、同じように鳴らして見るが掠れた音しか出なかった。
「……ありゃ……出ねえ……」
ダリオが苦戦している中、リュシアはすぐに慣れたのか、口に当てた草の葉から音が出始める。
リュシアは得意げな表情になり、音を鳴らせないでいるダリオを横目で見ていた。
(ふふ……ダリオさん……)
そして、そのまま草笛を誇らしげに鳴らしていた。
それに気づいたダリオは怒り、リュシアの葉を奪い取ると、両手で葉を丸め、投げ捨てていた。
「!?」
リュシアは突然のことで驚き、両目を開き、口をぱくぱくさせ、両手は開いたままだった。
それを見た、ダリオは満足げな顔をし、ゆっくり座ると再び音を出そうと試みていた。
「へっ!」
しかしリュシアはすぐに気を取り直し、ダリオに負けじと再び葉を取り、音を出していた。
そんな二人に構うことなく、レクスは涼しい顔で鳥と会話を楽しんでいるようだった。
そしてレクスが先ほどより、強めに音を出した。
すると鳥も、それに答えるかのように、大きめの声で返してきた。
鳥の鳴き声と共に、少し強めの風がユラト達のいる丘の上に吹き付けた。
風で草が揺れ、いくつか草の葉が舞い上がった。
ユラトは、2人をなんとなく見ていたが、ダリオの大人気ない行動に呆れていた。
(あの2人、仲がいいのか悪いのか……だけど、ダリオさん……もう少し、大人になって下さいよ……)
そんなユラトにジルメイダが、軽く笑いながら近づいて来た。
「ははっ!ダリオに呆れているようだね」
ユラトは自分の思ったことを、そのまま口にした。
「そりゃあ、あんなの見せられたらね……」
それを聞いたジルメイダは、ひとしきり笑った後、少し真顔になりユラトに話し掛けた。
「はははっ、あの男は昔からあんな感じだからね。あんたがそう思うのも無理はないかもね……だけどユラト、あんたダリオに礼は言ったのかい?」
ユラトは、何の事だか分からなかった。
「―――え、なんのこと?」
「あんた、さっきの事思い出してみな」
(ダリオさんに……俺が?……良い事なんて、全然思いつかないんだけど……)
ユラトは考えを巡らしてみたが、思い当たるところは無かった。
(うーん……何かあったかな?)
「こりゃあ、何も分かってないって顔だね……」
ジルメイダはユラトに説明をし始めた。
「さっき、あたし達、ナイアードと戦っただろ?」
「うん、戦ったよ」
「その時、あんたの背中に向けて魔法が放たれて……」
そこで、ユラトは思い出した。
「ああ!そう言えば、あの時なんで無事だったんだろ?……」
「やっぱり、忘れてたのかい……あれはね、ダリオがあんたに『マナシールド』の魔法をかけてくれていたからなんだよ」
【マナシールド】
この魔法は魔法使いが使う魔法である。
魔力で、見えない魔法の膜を全身に張ることができる。
魔力を消費することで込めた魔力の度合いにもよるが、敵の攻撃を軽減、もしくは無効化することができる。
しかし、一回ダメージを喰らうとシールドは無くなってしまうため、かけ直さなければならない。
魔法使い達は魔法の詠唱中に、どうしても無防備になってしまうため、このマナシールドをあらかじめ戦闘が始まる前に自分にかけておくことで敵の攻撃を一回軽減したり、無効化できる。
この一回の軽減や無効化は、あるのと無いのとでは大きく生存率が変わってくる。
そのため、魔法使いが最初に覚える魔法でもある、重要な魔法。
また、仲間に一人だけかけることも出来るが、術者の一定の範囲内にいなければならない。
しかも術者はその間、自分にかけることはできないため、無防備になる。
だから基本的には魔法使いが自分だけに、かける魔法だった。
また、魔力の消費も魔法が発動した場合、相手の攻撃の威力に比例して魔力の消費も大きくなる。
そのため、無効化するには相当の魔力の消費を覚悟しなければならないために、一日に何度も使用できるわけではなかった。
それをダリオはユラトにかけていたのだった。
ユラトは驚いた。
「ええっ!そんな魔法いつの間にかけていたんだろ……」
「あたしも最初分からなかったけどね、恐らく、あんたとダリオがさっき、じゃれていただろ、あのときだと思うよ」
それは、ユラトがダリオに向って気のない返事をした時の事だった。
ダリオは、その返事が気に入らなかったようで、ユラトのこめかみの辺りを両手の拳でぐりぐり擦りつけた。
訳もわからず、ユラトは抵抗したがダリオは構わずやってきた。
その時の事だと、ユラトはすぐに思い出した。
「あの時に……やっていたのか?」
「それしかないね、マナシールドは対象者に触れなければならないからね」
ユラトは、ダリオがマナシールドの魔法を、なぜ自分にかけてくれたのか分らなかった。
森の探索をしているときや、村にいるときも文句を言ってきたり、野次を飛ばして来ることが多かった。
だから、好かれていないと言う事は分っていた。
「なんで……してくれたんだろ……かなり嫌われていると思っていたんだけど……」
ジルメイダは、ユラトの呟きに対して、さも当然であるかのように答えていた。
「そりゃあ、決まっているじゃないか。このパーティーで一番死にそうなのは、あんただからね」
ユラトは、その言葉を聞いて少し考えた。
このパーティー構成で戦闘を行うならば前衛に立つのはジルメイダ、レクス、ユラトの三人になる。
ジルメイダはベテランの戦士であったし、レクスは森の専門家であり、優秀なドルイドの戦士。
リュシアは後衛になるため、ユラトより安全であるし、ダリオもいる。
そうなると、前衛の中で一番弱い存在はユラトだけであった。
(そうか……言われてみれば、そうかもしれない……)
ダリオは、それを長年の経験から予想し、自分よりもユラトを守ることを優先させたのだった。
ジルメイダは、やさしさと寂しさが入り混じったような表情でユラトに喋り始めた。
「パーティーを組むとね、一番最初に死ぬのは、大体あんたみたいな半人前の前衛クラスがやられちまうのさ……そういうのを何人も見てきてるからね。それであたしたち一部のベテラン連中で話し合ったのさ。若い冒険者を出来る限り育ててやろうってね……それはあたし達ベテランの冒険者の為にもなるからね。それなりの数の冒険者が賛同してくれてるのさ。あんたもあたし達以外に何か言われなかったかい?」
ユラトはガリバンが声をかけてくれたことを思い出していた。
(ガリバンさんが、俺に色々教えてくれたのはそう言うことなのかな……)
「そしてダリオも一応この考えに賛同している者の一人なのさ」
「それだったら、あんなことしないで、ちゃんと言ってくれれば……」
それを遮るようにジルメイダが話してきた。
「あいつがそんな素直に言うと思うかい?」
ユラトはジルメイダに言われてなんとなく理解は出来たが、納得はできないでいた。
「……はぁ、確かにそうだね……全部は納得できないけど……」
再び彼女は笑うとユラトの方にも一定の理解を示していた。
「ははっ!まあ、全部受け入れろとは言わないさ。あんたの言うことも分かるからね。それに今日の戦い振りを見ていれば、前衛もなんとかやっていけそうだとダリオも思ったんじゃないかね」
「そうだといいけど……ジルメイダも大変だね……だけど、ダリオさんってジルメイダにはそういうこと言わないよね、なんで?」
「ん、あたしにかい?」
「うん」
「あんたに言ってなかったね、そういや……」
ジルメイダの顔から少し明るさが消えた。
「あの男はね、あたしの旦那と親友だったのさ」
「だった?」
「旦那はもう、死んでいないのさ……」
「そうだったんだ……ごめん」
ジルメイダは自分の過去を思い出し、丘の上から遠くの景色を見つめ、ユラトに語りだした。
「いや、もう昔のことさ……大丈夫だよ。あたしにはあの人、『クライス』との間に子供が2人もいるからね。寂しくはないのさ。男の子と女の子で、女の子の方はあんたより少し年下なんだけど、剣の腕はかなりもんだよ。バルガの同年代の男よりも強いしね。昔のあたしに似て美しい、良い女に成長したと思ってるよ。性格も似ていてなんでもはっきり言う、さっぱりとした粋な女さ。今はあんたと同じファージア冒険者学校の戦士育成のクラスにいるのさ」
それを聞いたユラトは少しだけ、ジルメイダとその娘に親近感が沸いていた。
「そうなんだ、じゃあ、俺の後輩ってことか」
ジルメイダは軽く笑って頷き、話を続けた。
「男の方はあんたより少し年上で、あの人にそっくりでね、中身まで似てるんだよ。石なんて眺めて何が楽しいのか、あたしには全くわからないけどね。クライスと同じ鉱石の専門家になるために色々その辺をうろついているはずだよ」
ユラトは、その話を聞いて奇妙に思った。
(うろついているって……ちょっと変わった人なんだろうか……)
そして彼女は、そんなユラトに気づかず、懐かしそうに話をしていた。
「あの人は鉱石の専門家になりたかったんだけど、島の外にも研究に行かなきゃならないから、先に魔法使いの勉強をして、そして冒険者になってから研究に没頭したいと思っててね。それでダリオとは魔法学院時代に知り合ったのさ。性格は違ったけど、お互いやることが同じだったって良く言ってたね」
「へぇ、そうなんだ」
「それであたしは魔法学院に、鉱山で採掘された石を運ぶ仕事で良く行くことがあってね。その時、あの人と出会ったのさ」
当時の事を思い出しているジルメイダは、少し嬉しそうだった。
「最初に惚れたのはあたしじゃなくて、あの人だったよ。あたしはバルガ以外の人なんて全然考えたこともなかったけど、何度もあたしのいる村まで訪ねてきてくれてね。それでいつのかにか、そう言うことになっていたのさ。それからダリオの奴、最初は魔法学院の教師になる予定だったんだよ」
ダリオの意外な一面を知ったユラトは驚いた。
「ええっ!……(悪いけど、あんまり想像できないな……)」
「ふふっ、だけど、あの性格だろ?だから諦めて魔法使いになって冒険者になる道を目指したって本人は言ってたけど、あたしに言わせたら、教師だって向いてると思うよ。あいつはずっと否定してるけどね。それで、あの人が学院を出て冒険者となって行くと決めたもんだから、あたしも仕事に付き合うために、戦士になって良く三人で冒険したもんさ。だけど、ある日……」
ジルメイダは、そこで少し黙ってしまった。
ユラトはジルメイダが話をしづらそうな表情をしていたので、「これ以上聞くべきではない」と思った。
「ジルメイダ、辛いなら言わなくていいよ。俺……」
彼女は深く落ち着きながらも、強い意志を感じさせる顔でユラトに話した。
「いや、聞いておいて欲しいことがあるのさ」
ユラトは静かに答えた。
「(なんだろう……)うん、わかった」
ジルメイダは表情を元に戻し、話を再開した。
「ある日、ラスケルクから西に少し行ったところにある岩山の洞窟の探索にパーティーを組んで4人で行ったのさ……その日はついてなくてね、大きな洞窟で、魔物がたくさんいたのに宝箱は一つだけ。あの人、クライスの探してた鉱石もなくてね。仲間の一人がハッグの宝箱のトラップにかかって怪我をしたんだよ。そして、これ以上は長居しても無駄だと判断して洞窟の外に出たんだ…外は既に暗くなっててね、その日の夜は綺麗な月が出ていて、その月明かりを背にして奴はいたんだ!……」
「……奴?」
ジルメイダは、少し間を置いてからユラトに質問をしてきた。
「……あんた……『首無し騎士』の話って知っているかい?」
ユラトは、記憶のどこかで、その名前を聞いたことがあった。
昔の記憶を頼りに思い出してみる。
(えーっと……首無し騎士……確か、小さい頃にエルと2人でウェン爺から聞いた覚えがある……)
そして、ユラトは思い出した。
「『雨の国』だったかな……確か……首無し騎士の名前は『デュラハン』……」
――――――【デュラハンの物語】―――――――
はるか昔、三つの国が、ある地域にあった。
一つは人間の住む国。
建国の時に王が、この地にいた『闇の水使い』と言われる魔女を倒した。
その時に雨の呪いを受け、頻繁に雨が降ることから『レインランド』と名づけられた。
二つ目の国も人間の住む国でレインランドと敵対していた国、『アルジール』。
三つ目の国は『ダークドワーフ』と言われる醜い容姿の闇の種族が住む国、『ヴォルム』。
レインランドは二つの国に挟まれていた。
ある日、ダークドワーフの夜盗がレインランドの小さな村を襲撃した。
そのとき、その村で一番美しい人間の女がダークドワーフの国に連れて行かれた。
女は売られ、ダークドワーフの国の貴族に買われた。
そして、買われた先で女は、子を孕ませた。
子供を身ごもったことを知った、ダークドワーフの貴族はレインランドの村に、女を捨てた。
そしてレインランドの建国の王が死んだ日に、女は男の子を産んだ。
子供の名前は『デュラハン』と言った。
産まれた時から、すでに不幸だった。
母親は子供の顔を見ると呪われた定めにある事を知り、自分と子供の未来を悲観し、デュラハンを置き去りにしたまま、すぐに自ら命を絶った。
村の中で彼は、なんとか生き延びた。
デュラハンは、母親に似て、体格は細身で足が長く、髪の毛も艶のある美しい髪に肌や指先までもが白く美しかった。
しかし、顔だけがダークドワーフに似ていて、醜かった。
顔全体に吹き出物があり、特に酷いのは大きな団子鼻で、そこにただれたような痕があり、毛深く、目はギラギラしていて落ち着きが無かった。
デュラハンはその醜い姿だけではなく、闇の血も半分受け継いでいるため、人間の社会で迫害されて生きなければならなかった。
だから彼は前髪を伸ばし、できるだけ顔を隠すようにしていた。
そして実力をつければ、この厳しい現実から逃れられるだろうと思い、体を鍛え、剣術や学問を学び、必死に努力した。
その努力の甲斐あって、デュラハンはレインランド国の騎士の試験に合格し、騎士になることができた。
また彼は、醜い顔を隠すため、フルプレートアーマーと言う、全身を金属の板で覆う鎧を好んで着ていた。
そして、騎士になった彼は王城で、その国の姫に出会った。
姫の名前は『レーミア』と言った。
レーミアは十代後半であったが大人びていて、透き通るような白い肌に、腰まである綺麗な黒髪を持ち、目鼻立ちの整った美しい女性だった。
性格も良く、まわりの者への感謝や配慮を忘れない、やさしく清楚さと気品を持ち合わせた姫だった。
デュラハンはレーミアを見た瞬間、初めて恋と言うものを知った。
体が熱くなり、胸の鼓動は激しく、気が付けばずっと、誰かに注意されるまで彼女を凝視していた。
思えば、ずっと周りの人間に虐げられる少年時代だった。
そして強くなる為に、ひたすら人以上に努力し、生き続ける日々。
いつの間にか体も心も成長してしまっていた、ハーフダークドワーフの青年がそこに存在したのだ。
しかし、彼の過酷な生い立ちは、心に歪みをもたらしていた。
世の中を恨み、妬み、いつの日か自分の手で幸せに生きている者たちから奪ってやりたいと思うようになっていた。
デュラハンは社会に捨てられ、独りで生きてきた。
そんな中で無邪気に笑いながら幸せに生きている者達がいることが妬ましく羨ましかった。
それは騎士になれた今も同じだった。
(誰か……安らぎと温もりを、俺に……手に入れる方法は……誰も教えてはくれない……ならば!……)
そうした日々の中でデュラハンは、レーミアに対して恋だけではなく、どす黒い感情と野心を持つようになっていた。
この女を独占し、自分の物にしたい、そして、あわよくば、この国も手に入れてしまいたいと。
そうすれば、俺を見下してきたやつ等を始末できる。
いや、そんな事は今の自分ならば出来るはずだ。
(闇討ちしてやればいい……俺には、その実力がある)
もっと大きなことをするべきだ。
人のためではなく、自分のために。
そこでデュラハンは自分にとって邪魔なレインランドの重鎮達を次々殺害していった。
最初は隣国の間者に、やられたのだろうと人々は噂していた。
デュラハンのいるレインランド国と隣国のアルジール国とは度々、ちいさな小競り合いが続いていたため、多くのものがそう思っていた。
だが、時が経つにつれ、重鎮達が暗殺される事件が減ることは無く、余りにも頻発したため、内部の犯行ではないかと、多くの者が考えを変え始め、犯人探しが始まった。
殺害された事件が多すぎたため、犯人の手口や傾向が見えてくる。
そして、犯人像は絞られていった。
デュラハンは、その間にも頻繁に姫に近寄り、気を引こうとしたが姫はデュラハンに全く興味を示すことは無かった。
むしろ、デュラハンにあまり良い印象を持たなかった。
いつも、鉄の兜をかぶっていて、容姿はわからなかったが、話をすると物腰は柔らかかったが、会話の中からたまに見せる黒い野心や欲望をレーミアは感じ取っていた。
(この男は危険だ……きっと将来、この国に災いをもたらすかもしれない)
デュラハンはレーミアとの仲が一向に縮まらない事と犯人捜査が早くも自分に来る事を知り、焦っていた。
そんな時、レーミアと隣りの国のアルジール国の王子との婚約が発表される。
レインランドの人々は喜んだ。
多くの者が「これで平和が来るだろう」と。
レーミアとアルジールの王子『アルスト』は、出会った時に、お互い惹かれ合った。
アルストは、争いごとを嫌う、温和なやさしい男だった。
6つほど年上で、そのやさしさはレーミアを包み込むようだった。
レーミアは、この人の国ならば嫁いでも良いと思っていた。
花を愛で、楽器の演奏を好み、その日も美しい白い花が咲き乱れる庭園でレーミアのために曲を演奏していた。
花の香りに、甘く切ない音色の曲。
彼女は、うっとりとした表情でアルストの引く曲に聞き入っていた。
そして、レーミアの護衛として近くにいたデュラハンは、惹かれあう二人を見たとき、確信した。
(もはや……猶予は無い!)
彼に時間は無かった。
どうにかしてレインランドとアルジールの仲を裂く方法がないか彼は考えたが、なかなかいい方法が思いつかない。
そして、誰かの力を借りたいと思った。
その時、思い出したのは、自分の父親のことだった。
昔、村の人間に聞いた噂だと父親はダークドワーフの国でもかなり地位の高い人物だと聞いていた。
村に捨てられたときに、手に握らされていた家紋の入った指輪を彼は肌身離さず持っていた。
捨てられた身で、断られる可能性があったが、僅かな希望を頼りに彼は死を覚悟してヴォルム国へ向った。
彼の賭けは成功する。
父親は後継者を欲していた。
後を継ぐ者が居なかったのだ。
そして、アルジール国に見せかけレインランドを襲わせた。
レインランドの王はレーミアの兄の『ウェイド』王だった。
祖父が建国の王で、デュラハンが生まれた日に死に、その後を継いだのが父親であったが、病気で最近亡くなってしまった。
そして、その後を継いだのが、20代そこそこのウェイドだった。
襲撃の報を聞いたウェイドは、怒りに震えていた。
「おのれアルジールめ!……計られるとは……」
レーミアは、再びアルジールと戦うことは避けたかった。
「待ってください!お兄様!アルストさまは……」
「うるさい、黙れ!女が政に口を挟むな!我がレインランドを甘く見るとどうなるか教えてやる!デュラハン!大臣や各騎士団長を呼べ!」
「はっ!」
彼はまだ若く、経験も浅かったため、アルジール国に違いないと思い込み、レーミアとの婚約を破棄させた。
犯人捜査も中断され、デュラハンは捜査の手から逃れられた。
デュラハンは、ほくそ笑んだ。
(ククッ、手に入るぞ、もうすぐだ……だが、焦るな……慎重にやるんだ!)
そしてその頃、彼の心の中はレーミアの事で一杯だった。
決して手に入らないもの。
それは、願い望むことから、渇望へと変わるのに時間はかからなかった。
それ故、野心は小さくなっていた。
ただし、上へ上がらなければ彼女は手に入らない。
だから、彼は王にアルジールへ兵を送ることを進言した。
取り巻き達への根回しも、抜かりは無かった。
そして、王のデュラハンに対する信任は元々厚かった。
日々の中で抜け目無く、落ち度無く、着実に小さないくつもある階段を上って行くように、多くの者の信用を勝ち取っていた。
デュラハンの言葉を鵜呑みにした王は、決断する。
「アルジールへ、血の雨を降らせるぞ!」
かくして、レインランドの若きウェイド王は、アルジール国へ攻め入った。
しかし、アルジールは強かった。
アルジールは、荒涼とした大地の国だった。
更にその奥には広大な砂漠地帯があった。
それだけに、生きていくには過酷な場所だった。
その環境の中で生きる人々は、勤勉で冷静な人たちが多かった。
兵士達もレインランドの豊富な水や資源を手に入れられるならと必死に頑張っていた。
また王も、戦略眼に長けた人物であった。
次第にレインランドは劣勢になっていった。
このままでは、この国は負けてしまうだろうとデュラハンは思った。
そうなると、レーミアはどうなってしまうのか?
そう考えると、恐ろしかった。
(ならば、レーミアだけでも……いや、そもそもレーミアさえいれば後はどうでも良かったはずだ…ならば……)
デュラハンは、父親のいるダークドワーフのヴォルム国へ行き、レインランドへ攻めて欲しいと、父親に頼んだ。
父親はヴォルムの王の許可を貰い、レインランドへ攻め入った。
そして、2つの国から攻められたレインランドは、あっけなく陥落した。
その日の夜のレインランドは、赤く染まっていた。
至るところに撒かれた火は炎となって、町の建物や木々を焼いていた。
絶望に声を上げる人や泣き叫ぶ声、怒号などが響き渡っていた。
デュラハンは燃える町を見つめ、呆然としているレーミアを城から連れ出し、用意していた馬車に乗せ、その場を後にした。
デュラハン、レーミア、そして、姫の幼き日より、姉妹のように仲が良かった付き人の『パルミ』、護衛の騎士が一人だけだった。
デュラハンは逃げていく途中の中でレーミアと二人っきりになりたかった。
(後の二人は邪魔だな……消すか……)
だから、あとの二人を夜の闇に乗じて、休憩時間ごとに殺していくことに決めた。
まず最初に狙われたのは、護衛の騎士だった。
夜の森の中に入ったときに、偵察に一人で行かせ、そこを父親の部下の暗殺専門の間者に殺させた。
そして残るは、付き人パルミだけになった。
(この女は用心深いし、なかなか姫のもとを離れようとしない……しかも、こいつは俺がダークドワーフの国と通じていることを知っている可能性がある。そのことを姫に話していないか聞いておく必要があるな……)
レインランドがヴォルムに攻められる何日か前の日に、父の放った間者とデュラハンは会っていた。
そして、父親の息子であることを証明するために、彼は鉄兜を脱ぎ素顔を見せ、息子であることを証明した。
そのとき、部屋の近くで音がし、デュラハンは慌てて辺りを調べたが、誰もいなかった。
だが、誰かに見られた可能性があることをデュラハンは考えていた。
(不味いな……誰だ……?一体……)
デュラハンは捕まるかもしれないと思い、逃げる準備はしていたが、その後、誰かに咎められる事はなかった。
(気のせいだったのか?……いや、そんなはずはない!)
その時は誰であったのか分からなかったが、その後、パルミと会った時に彼女の態度が明らかに今までとは違うことにデュラハン気づき、その時に彼は「あれを聞いていたのは、こいつに違いない」と思っていた。
そこでデュラハンは、睡眠薬を姫の食事に入れ、姫だけを眠らせた。
その夜は、急に大雨が降り出していた。
今いる長い森の中を抜けると、ダークドワーフの国まであと少しの距離だった。
そして、姫が薬で眠らされた事に気づいたパルミは、デュラハンがやったことであることをすぐに悟った。
彼女はデュラハンを睨みつけ、尋ねた。
「―――!?姫様!……デュラハン、あなたがやったのね?」
彼は余裕をもって、それに答えた。
「……ふふっ、そうだ、俺がやった。お前に聞きたいことがある……馬車から降りろ」
「あなた……こんなことやっても、意味なんてないのに……」
「それは俺が決めることだ、いいから出ろ!」
パルミは姫を心配そうに一瞬見たあと、馬車を降り、外へ出た。
デュラハンはパルミの手を強引に引き、森の奥へ連れて行った。
暗い森の中、木々を避けながら歩いた。
僅かに生えた草や雨によって濡れた落ち葉を踏みしだくかのように歩き、そして力強く彼女の手を握り、進んだ。
パルミは不安な面持ちで、もう片方の空いている手を胸元まで持っていき拳を握り締め、辺りの暗い景色を見ながら強引に歩かされていた。
(どうなってしまうの?……)
デュラハンはダークドワーフの闇の血が半分入っているため、夜目が普通の人間よりも効いた。
そして夜の森の中は先ほどより、強めの雨が降り出し、黒い雲が空を覆っていた。
(ここまで来ればいいか……)
木々の間隔が少し広い場所があった。
空に広がっている黒い雲が、良く見える場所だった。
デュラハンは立ち止まった。
そして、手を離すと彼女の方へ振り返り、聞きたかった事を口にする。
「パルミ、お前は俺の正体を知っているのか?」
パルミは覚悟をしているようだった。
決意を込めた表情で短く答えた。
「ええ、知っているわ」
それを聞いたデュラハンは、パルミを絶対に生かしてはおけないと思ったが、なぜ姫や他の者たちに言わなかったのか、疑問に思ったので聞いてみることにした。
「お前は、それを知っていて誰にも言わなかったのか?」
「そうよ、言わなかったわ……」
「……なぜだ?」
「あたしも聞きたい事があるの……いい?」
「俺の質問に答えろ、と言いたいが、いいだろう……言ってみろ」
パルミは真剣な表情でデュラハンの鉄兜の目がある辺りを真っ直ぐ見つめながら聞いてきた。
「あなたは、レーミア様を愛しているのですか?」
デュラハンは言うか言わないかで迷ったが、言うことにした。
「(どうせこの女は殺すんだ、言ったところで影響はないはずだ)……ああ、そうだ……俺の全てだ!」
そして、雷が鳴った。
それを聞いたパルミは目を閉じ、ため息をつき、デュラハンに諭すように話し掛けた。
「デュラハン、あなたは一介の騎士に過ぎないのよ?しかもレーミア様はアルジールと戦いになっている今も未だにアルスト様を思っていらっしゃるわ……あなたの入る余地などないのよ」
それを聞いたデュラハンは感情を高ぶらせ、パルミを睨みつけ叫んだ。
「あいつは今どこにいる?姫がこんな状態なのに、どこにいる!!」
デュラハンの殺気に、やや押され気味にパルミは答えた。
「それは……すぐにきっと……応援に駆けつけて下さるわ!」
「馬鹿な、そんなことがあるものか!姫は俺のものだ……あいつにはやらん……」
パルミは強い口調で答えた。
「無理よ!諦めなさい!あなたは身のほどを知るべきだわ!」
(身のほどだと!その為に俺は努力を惜しまなかったのだ!……もういい、この女は鬱陶しいだけだ……)
デュラハンは腰から剣をゆっくり抜き放った。
それを見たパルミは恐れることなく、睨みながらデュラハンに言い放った。
「いいわ……殺すなら殺しなさい。だけど、あたしに手をかけた時点で、あなたは永遠にレーミア様と結ばれることは無くなるわよ……」
デュラハンは両手で剣を握り締め、一気にパルミに近づいた。
「……死ね!」
デュラハンはパルミの胸を刺した。
貫通した剣の先が木にも刺さっていた。
パルミは苦痛に顔を歪ませ、時に血を吐き、時に血を飲みながら、力なく震える両手をデュラハンの鉄兜の方へ持っていき、兜を脱がせた。
そして、鉄兜が地面に落ちるのと同時に、雷が近くに落ちた。
その時の雷光が兜を脱いだデュラハンの顔に当たり、素顔がパルミの両目に映る。
「醜い顔ね……ガハッ……まるで、あなたの心の底を反映させたよう……ふふっ、ありがとう……これで、あなたを……になる事が出来るわ……」
パルミはデュラハンを愛していたのだった。
あるとき、パルミは嫌いだった騎士にしつこく言い寄られていることがあった。
そして、腕をつかまれ悲鳴をあげた時、デュラハンは馬に乗って颯爽と現れた。
その騎士の腕を強く掴み、「やめなさい」と一言。
騎士はデュラハンのことを知っていたので、ばつが悪そうにすぐにどこかへ去っていった。
そのときパルミは、足を挫き、歩けないでいた。
デュラハンはパルミを素早く馬に乗せると医者のいる所まで連れて行ってくれたのだった。
そのことがきっかけで彼女はデュラハンを意識し始め、度々彼を城の中で見つけては静かに、そして気づかれないように見ていた。
彼は話すと、紳士的でどこか影があって、孤独なようにパルミには見えた。
人知れず努力をしているところも、ずっと見てきた。
国のことを思って頑張っているのだろう、と彼女は勝手に考えていた。
周りの者の噂だと、醜い顔をしていて邪悪な人物だと言うことを聞いたことがあったが、彼女はデュラハンのやさしさや努力を惜しまず、周りの者への気配りも良かったことから、嘘の噂だろうと思い、あまり気にしなかった。
(でも兜をいつもかぶっているのは、そういうことなのかもしれないわね……だけど、それがなんだって言うの……みんな彼の何を知っているって言うのよ……)
時折り見せる影と紳士的なやさしさや様々な事に対する、ひたむきさに惚れていたのだった。
そんな日々の中でパルミは、デュラハンが頻繁にレーミアに話し掛けている事から姫を好いていることを感じ取っていた。
(今、デュラハンに思いを告げても、あの人は絶対に振り向いてはくれない……姫様をほんとに愛しているのね……だけど、どう考えても無理なのよ……デュラハン……)
だが、彼女はレーミアとは、叶わぬ恋である事を知っていたので、いずれ諦めるだろうと思っていた。
また自分はデュラハンを思っている事を姫に話したが、レーミアは違うとらえ方をしているようだった。
「あの男はやめなさい」と一言冷たく言い放っただけだった。
だが、パルミは諦めることなくデュラハンを思いつづけていた。
そんな時に、デュラハンの真実の一端を知ることになったのだった。
部屋の中でダークドワーフの間者と会い、その素顔を見せる彼の真の姿。
彼女はデュラハンの事を知り、混乱し、動揺した。
噂で聞いたことがあったが、実際にそれを目の当たりにすると、穏やかではいられなかった。
(醜い容姿をしていると聞いていたけど……それより、驚いたのは……ダークドワーフと繋がっていたなんて!)
色々考えたが、どうしていいのか、自分では判断できなかった。
悪い夢だと思いたかった。
パルミは誰かに言おうとしたが、言えない自分がそこにいることを知った。
彼女は彼に対する思いの深さを、その時思い知った。
そして、言えない日々のなか、今日のこの日に至ったのだった。
デュラハンは剣を素早く抜いた。
パルミは木の根元に倒れた。
彼女の体から流れ出る血と雨が地面で混ざり合っていた。
そしてデュラハンは血がついた剣を空の方へ掲げ、しばらく雨に打たせていた。
剣に雨が降り、雨と血が混ざり、水滴となって地面に落ちる。
デュラハンは、その水滴を見つめ、パルミの事を考えていた。
(パルミ……お前はなぜ、俺の事を誰にも言わなかった?……まあ、いいか。ここはまだ雨の国レインランドだ……雨の加護と共に、ここで眠るがいい……)
デュラハンは、剣に付いた血が雨によって洗い流されたのを確認すると、剣を鞘に収め、兜をかぶりなおし馬車へ向った。
三度目の雷が鳴った。
彼の仮面の中の顔は、邪悪な笑みを浮かべていた。
そして、デュラハンにとって念願の時が訪れた。
彼は高揚した気持ちのまま、馬車に乗り込んだ。
すぐに馬車の中の様子を窺った。
「………」
するとレーミアは、さっき馬車を出て行った時と同じく、薬によって眠らされたままだった。
(フフフ……そう言えば、雨の国の姫から、眠りの国の姫へと変わっていたんだったな……姫様、その眠りから目を覚ます役目は、どうかこの私めにお任せ下さい……ハッハハ!)
彼女の顔を見ると、静かな寝息をたて、横たわっていた。
(ようやく、これで……俺の目的が達成される!クックク……)
デュラハンは眠っている彼女に近づき、頬を触ろうとした。
しかし、その時、馬車の外から声がかかった。
「デュラハン様!あなたのお父上の命令でお迎えに参りました!」
(ちっ!余計なことを……まあいいか……邪魔者など、もはやいないのだからな……)
どうやら父親のダークドワーフの部隊が到着したようだった。
そして2人は、ヴォルムの国へと行くことになった。
レーミアは憔悴しきっていた。
だが、デュラハンは、時が経てば治るだろうと思っていた。
レインランドを巡る戦いは、終わった。
そして、雨の国レインランドに粛清の血の雨が降った。
ダークドワーフは容赦無かった。
ウェイドは殺され、重鎮や取り巻きたちも殺された。
皆殺しに近い状態だった。
デュラハンは、「レーミアは助けて欲しい」とあらかじめ言ってあったため、殺されなかった。
そして、レーミアが手に入ると思った時、アルジールの王がヴォルムの王に交渉を求めてきた。
漁夫の利を得たヴォルムを許せなかったのだった。
そこで、アルジールの王はレーミアが生きていることを知った王子が、姫と結婚したいと申し出てきた事をヴォルムの王に告げ、レーミアだけでも渡して欲しいとヴォルムの王に頼んだ。
ヴォルムの王は女一人で済むのなら、構わないと思い、その条件を呑んだ。
アルジールの王は、レーミアがこちら側に来ることを喜んだ。
それは、レインランドの粛清の嵐の話を聞いて塞ぎ込んでいた王子の喜ぶ顔が見たかっただけではなかった。
(姫は、正統なるレインランドの血を引いていることは誰もが認める事実。……この事実がやがて、醜いドワーフどもに支配されたレインランドの民の希望となり、その希望は我がアルジールの物となるだろう。そうなれば、あの土地を奪い返すことなど容易いわ!王が国を作るのではないのだよ……まあ、せいぜい貸しておいてやる、醜い蛮族の王よ……)
そして、デュラハンは抵抗していたが、その抵抗も空しくレーミアはアルジールに引き渡されることになった。
デュラハンはレインランドの生き残りとして、また護衛としてレーミアに付いて行き、機会をを探ることにした。
(まだ時間はある……必ず好機は訪れるはずだ……)
そして、レーミアは無事アルジールの国に着くことが出来た。
城門を開いた時、アルジールの王子アルストが護衛を伴い、待っていた。
レーミアに会うのが待ちきれなかったのだろう。
王子は笑顔を見せ、今か今かと待ちきれないといった様子だった。
(―――あれは、アルスト様!)
彼女もそれを見て、馬車から降りた。
レーミアは、少しだけ救われたと思った。
そして、まだ完全に深い悲しみから解放されたわけではなかったが、その表情には、久しぶりの笑顔が戻っていた。
彼女は、その時、優雅な深い青色のドレスを着ていた。
レーミアが降り立つ様は、まるで、この国の荒涼とした大地に、一滴の美しく清らかな恵みの雨を降らしたかのようであった。
それを見た人々は、口々に言った。
「アルジールに恵みの雨が降った」と。
人々は喜び、歓声を上げた。
そして、アルストの元へ駆け寄ろうとアルジールの城門を通ろうとしたとき、後ろから声がかけられた。
知っている声だった。
皆、後ろを振り返った。
女が荒い息をつき、傷口を押さえ、立っていた。
それは、姉妹同然の仲のだった、付き人パルミだった。
彼女は生きていた。
デュラハンが去った後、彼女の勇気ある思いに反応した1頭のユニコーンが現れ、癒しの魔法を使い、パルミをすぐ死ぬことから回避させたのだった。
デュラハンは鉄兜の中で目を見開き、口を開け、心底驚いた。
(―――あの女!!……生きていたのか……)
そしてパルミは、青白い顔だったがレーミアとアルストに向って叫んだ。
「そのデュラハンと言う男に、わたしは殺されかけました!護衛の騎士も殺したのはそいつです!しかも、それだけではありません。その男はダークドワーフの国と繋がっていたのです!証拠はその男の顔です、見れば分かります……」
最後の力を絞って叫んだパルミは、倒れた。
(私とあなた……両方とも思いを告げることは、ついに出来なかったわね……三人全ての思いを知っていたのは私だけ……ふふっ……これで、姫様とは結ばれることは無くなったわ……あなたは、あの世であたしと結ばれるのよ……これがあたしに出来る最後の事……ずっと愛しているわ……デュラハン……そして、先に待っているわ……)
デュラハンに、あんなに酷いことをされてもパルミは結局、全てを嫌いにはなれなかった。
ここに来るまで、ずっとデュラハンのことを考えていた。
呪われた生い立ちを考え、騎士になるまでの道のりを思った。
彼女のたどり着いた思いは、彼に対する哀れみだった。
そして、パルミは最後までデュラハンに対する思いは言わずに、この世を去ることになった。
しかし、その死に顔を見ると後悔はしていないようだった。
安らかな顔だった。
その話を聞いた王子は、デュラハンを捕らえるように護衛に命じた。
デュラハンは捕らえられ、顔全体を覆っている兜をみんなの前で脱がされた。
醜いダークドワーフの男の顔だった。
その顔を見た瞬間、レーミアは悟った。
(危険だと、感じたあの時に、この男をどうにかしていれば…あぁ……)
レーミアは頭の中が真っ白になり、眩暈を覚えた。
この男が全ての元凶だったのだと。
しかし、それが全てではなかった。
デュラハンの姫に対する長年の思いが原動力となっていたことを彼女は知らなかった。
また、デュラハンもパルミの思いを知ることはなかった。
パルミは果たして、レーミアを思って言ったのか?
デュラハンと結ばれることを許せなかったのか?
もしくは両方なのか、他にあったのか?
この部分の真実は、誰にも分からなかった。
そして、デュラハンの野望は潰えた。
彼は呆然と立ち尽くしていた。
抵抗することも無く、釈明することもなかった。
デュラハンには、独自の美学があり、甘美な空想に耽ることも良くあった。
彼は、ある意味ロマンチストだった。
それだけに大勢の前で、みっともなく振舞うことはしたくなかった。
パルミを見た瞬間から、既にデュラハンは終わりを悟っていた。
国の者たちだけではなく、家族同然だったパルミを殺そうとしたことが、ばれた時点で二度と彼女は振り向いてくれないだろうと。
レーミアへの思いを生涯告げることなく、秘めたまま、彼は断頭台にかけられた。
デュラハンの首が飛んだとき、突然黒い大きな鳥が現れ、その首を掴むとどこかへ飛んでいってしまった。
レーミアはデュラハンが死んだ事を自分のために与えられた部屋で聞き、涙の雨を降らせた。
亡くなっていった人たちを思い浮かべ、辛い日々を過ごしたことを思い、ずっと泣いていた。
そして、デュラハンが処刑された日の翌朝、今度は、木に逆さにロープで吊るされていた彼の遺体が、地面に血だまりだけを残して消えていた。
デュラハンの頭と体は、父親の所へ送られていた。
父親が間者などを送り、回収させたのだった。
そして、父親はダークドワーフ達が得意とする『キメラ』と言われる、合成魔獣を産み出したりするときに使う、闇の錬金術を使い、彼を再び蘇らそうとした。
だが、父親は思い出していた。
息子が生前、この醜いダークドワーフの顔を死ぬほど嫌っていたのを。
特に鼻の部分を嫌っていた。
そこで、鼻以外の部分を父は、デュラハンの着ている鎧に意志を持った魔法のアーティファクト(身に付ける物や道具などの人工遺物)として取り込まさせた。
鎧の範囲内であれば、どこにでも目や口、耳を移動させることが出来るのだった。
そして、デュラハンは遺体と合成され、キメラとして蘇った。
(―――ここは……?確か、私は死んだはずではなかったか……!?……何かがおかしい……)
冷たい石の台から起き上がり、自分の手でなぞるように体全体を触った。
(―――!?頭がない……どういうことだ?……それに思い出せない事がいくつかある……)
だが、不完全な部分もあるようだった。
それは、彼の記憶の一部が、どうやら欠如しているようだった。
それでも父は喜んだ。
そして、未だに現状を理解できていない茫然自失の状態にある息子に、これまでの経緯を説明し、更に自分の思いも話した。
「……という訳だ……お前には、今まで何も父親らしいことは、ほとんどしてやれなかった。だからお前は、キメラとなったその新しい体で自分にふさわしい頭を探す旅に出ろ、良い頭があったら奪い、そしてその口で取り込め。そうすれば、いつの日か、お前は理想の顔に出会えるだろう」
そして、「理想の顔を得た暁には、わたしの元へ帰り、後を継げ」と言ってきた。
それを聞いたデュラハンは怒った。
(……勝手な男だ!邪魔になった母と私を捨てたくせに、今度は必要になったからと言って、また私を……こんな奴がいるから……こいつこそが……)
彼はあの時、死なせて欲しかったのだ。
疑いの余地無く愛する人に嫌われ、もはや生きる意味など無かったのに。
しかも、この様な邪悪な術まで用いて……。
しかし生き返ったならば、あの人に会おうとデュラハンは思い、向おうとしたとき、父がそれを察したのか、冷たい声で言い放った。
「あのレーミアとか言う姫のところに向うのか?」
「……あなたには関係の無いことだ」
父は冷笑してデュラハンに告げる。
「ふふっ……あの女はお前がギロチンにかけられたあと、すぐに死んだよ……」
デュラハンに衝撃が走った。
「―――!?……どういうことだ?……まさか、あなたが殺したのか?」
デュラハンの父親は、レーミアが生きていたらきっと、こっちには帰ってこないだろうと思い、間者にレーミアの暗殺も頼んでいたのだった。
彼女は涙の雨を降らせた後、殺されたのだった。
彼はショックの余り、その場で立ちすくんだ。
(……そんな!……そんなことが…………)
しかし父は、更に息子の気持ちを逆なでするようなことを当たり前のように言い放った。
「女など他にたくさんいるだろう、適当に買えば良いのだ」
それを聞いたデュラハンは我に返った。
「―――!?……なん、だと?……貴様!!」
そして彼は、怒り狂った。
この醜いダークドワーフの貴族の男にとって常に女と言うものは、使い捨ての道具でしかなかった。
思えば母にしてみてもそうだった。
だが、デュラハンにとっては母もレーミアも、この世でたった一人のなにものにも代え難い大切な存在だった。
(それを、この男は!……こいつだけは許さない!)
父親を近くにあった剣で刺し殺し、自分と同じように首をはねた。
そして、騒ぎを聞きつけた兵士たちから、急いで逃げた。
外に出ると、虫の鳴き声が聞こえる、綺麗な満月の夜だった。
デュラハンの体は特殊な金属のアーティファクトの銀色の鎧に包まれていて首の無い状態で、他は全て揃っていた。
キメラになったことで、力が人間であったころより何倍にも膨れ上がっていた。
握力、走る速度、跳躍力、全ての力が凄まじいものになっていた。
(これが、キメラの力……なんと凄い……だが、こんなもの……)
彼はバルコニーから飛び降りると、ダークドワーフの騎士から凄い速度で馬を奪い、父親の城を出ると、夜の闇に紛れた。
そして、彼女が本当に死んだのかを確かめたくて、アルジールへ向った。
丘を下り、森を抜け、草原を走った。
その間、彼はずっと父の言ったことが嘘であって欲しいと、願いつづけた。
そして、アルジールへ着いた。
彼は着いた途端、父親が言ったことが真実であったのを悟った。
彼女の葬儀が盛大に執り行われていた。
アーティファクトになってしまった鎧の部分の胸の辺りに目があり、腹の辺りに口があった。
その光景を見ながら、デュラハンは振り返っていた。
自分の呪われた出生。
迫害されつづけた日常。
やっと掴んだ騎士としての栄光。
恋も知った。
だが、現実は過酷だった。
産まれてすぐに母はこの世を去り、変わり果てたこの姿に実の父親にされ、その父を自分が殺し、愛する人はもうこの世にいない。
デュラハンは丘の上から、送られていくレーミアの棺を眺め、力の限り声を出して泣いた。
思えば母の声や温もりさえ知らなかった。
最後まで唯一愛した女性に一度も直接触れる事すら出来なかった。
その日の夜、多くの者が魔物の悲しげな咆哮を聞いたと言われている。
そして、泣き続けたデュラハンは、やがて泣くのをやめた。
悲しみの心が、いつの間にか無くなっていた。
そして、彼の心に残ったものは、この体にふさわしい顔を手に入れる欲望だけになった。
(もはや、他のことなどどうでもいい……私の中に唯一残った欲望を満たすことが私の最後の楽しみだ!……手に入れてやるぞ…必ず…クククッ…長い旅になりそうだ。時は無限にある……)
デュラハンの永い、顔探しの旅が始まった。
これがデュラハンと言われる魔物が誕生した瞬間だった。
また、この話には実は続きがあった。
それは、闇の水使いの魔女を放ったのはヴォルムの王だったのだ。
レインランドを手に入れる為に放ったのだった。
そして、雨の呪いとは、血の雨や悲しみの涙の雨など、様々な負の雨を降らせる呪いだった。
この呪いを受けた者が死ぬと、その時にその国で新しく産まれた者へ呪いが移る。
だから、レインランド建国の王が死んだ日に産まれた、デュラハンに呪いが移っていたのだ。
これこそが、真の元凶であった。
そして、デュラハンが断頭台にかけられ、死んだ場所はアルジールだった。
その後、アルジールも負の雨の呪いに包まれ、滅んだと言われている。
ユラトは物語を思い出し、あの時自分が感じた事を口にしていた。
「救いの無い、おとぎ話だと、エルが言ってたな……俺はかわいそうだと思ったところもあったけど、自分勝手なところもあったし、色々考えたかな」
ジルメイダは真剣な目つきでユラトを見つめ話した。
「あいつは、おとぎ話なんかじゃないんだよ……実在するのさ」
ユラトは驚いた。
「ええっ!……」
ジルメイダは右手を強く握り締め、怒りの表情で話した。
「あたし達のパーティーが洞窟の外で出会ったのが、そのデュラハンだったのさ!」
ジルメイダは静かに目を閉じ、そのときの様子を思い出しながら、話し出した。
「あいつは何かを探しているようだった。顔も無いのにどこからか声がして、人の言葉を喋るんだ。「良さそうなのが二つある」って……そして、奴は目が真っ黒で後は全身ダークブルーの馬に乗っていたんだ。後で調べたんだけど、あの馬は『シェイダー』と言われる闇の馬らしい」
「シェイダー?聞いたことないな……」
【シェイダー】
闇の種族が好んで乗ることが多い、闇の馬の一つ。
この馬は、日中は速度は遅いが、夜になると人間達が乗る馬よりも早く走ることが出来る。
一番特徴的なのは、この馬の影に入った魔力を持つ生物は、その魔力を吸われるのである。
そして、吸収した魔力を騎乗者に与えると言われている。
特に吸収能力が高まる影は、月明かりで出来た影が一番強力であると言われているため注意が必要だった。
彼女はシェイダーの能力についてユラトに説明した。
「って言う馬がいるのさ……」
「そんな馬がいるのか……」
ジルメイダは話を再開させた。
「あたし達は、シェイダーの影の中に入っていたのさ。しかも怪我人もいたからね。そしてあたし以外に、もう一人いた戦士の男が、最初にやられたんだ……。あいつは、血のような真っ赤な剣で襲ってきたんだ。あたしらも怪我人をかばいながら戦ったんだけどね……戦士の次に……クライスがやられたよ……」
そこでジルメイダは一番辛そうな顔をしていた。
(あんなジルメイダの辛そうな顔、初めてだ……これ以上は聞かない方がいいのかな?……)
ユラトは、これ以上話を続けない方がいいのかもしれないと思い、中断しようとしたが、ジルメイダは聞いて欲しいと言ってきたため、黙って最後まで聞くことにした。
「魔力を吸われながらの戦いだったからね、みんな洞窟の探索のあとの疲れもあって、余計厳しかったんだ…そして、あたし達は魔力を吸われすぎたのと疲労で動けなくなってね…死を覚悟したんだ…だけど、あいつは二体の死体に興味があったみたいで、その遺体の首をはねて、頭だけ持ってどこかに行ってしまったんだよ……あたしは、ただ見ているしかなかった…最後の言葉も交わせなかったよ……そして奴は、去るとき何も言わなかったね……何も!……」
ユラトはジルメイダの話を聞き、恐ろしくも思ったし、悲しくもあった。
「そんな……」
ジルメイダの表情は怒りに満ち満ちていた。
強い殺気も感じた。
そして、遠くを睨みながら、ユラトに話し掛けていた。
「あたしが今、旅を続けているのは、あのデュラハンの野郎を倒すことが目的なのさ!だから、もし、あんたもあの首無し騎士を見つけたら手を出さずに、あたしに連絡だけしてくれないか?報酬はちゃんと出すよ!」
彼女は決して、その光景を忘れることは出来なかった。
今も夢に見ることが何度もあった。
夫を失ったことによる、怒りや悲しみ、悔しさ、そして寂しさが、今日までの生きる糧となり、冒険者として旅を続けることができた。
彼女にとってデュラハンは不倶戴天の敵だった。
ジルメイダの殺気に、やや押され気味にユラトは答えた。
「……わかったよ……ジルメイダ。覚えておくよ、絶対」
「あいつだけはあたしの手で倒してやりたいのさ。あのおとぎ話が本当なら、哀れに思う部分もあるだろうさ、だけどね、だからってあたしの旦那がやられてやる義理なんて全くないからね!あたしにとってはただの憎むべき仇以外の何者でもないね!」
ユラトはジルメイダの気持ちを理解するとともに、デュラハンの事やこの世界のことを考えていた。
(ジルメイダの怒りも当然だ。確かにおとぎ話がそうだとしても彼女の言う通りだ……しかし、頭を持っていったってことは、物語にもあったように、デュラハンは未だに頭を探しつづけているのか?……あのジルメイダやダリオさん達でも疲れてたとは言え、倒されてしまうぐらいだから、かなりの強敵だと思った方がいいな……やはり、この世界には恐ろしい魔物が一杯いるんだな。デュラハンを見つけてたら必ず、教えてあげよう……必ず……)
ジルメイダは、ユラトに全て言えた事で少し落ち着くことが出来たようで、普段の表情に戻っていた。
「それで、ダリオの奴は助けられなかった事を今でも悔やんでいてね。あたしの子供達にも、よく気にかけてくれるんだよ。その時のあいつはあんな感じじゃないんだよ。それに、あたしは純粋な戦士だから、魔道師がいた方がいいだろうってことで、よくパーティーを組んでくれるのさ。クライスの仇を取るときは俺にも同行させて欲しいって言ってたのもあるしね」
ユラトは少しだけ、ダリオを理解したが、やはり受け入れられない部分もあった。
(なるほど、そんな事があったんだ……だけど、お礼は……今は言いたくない自分がいる……まだ心が子供なのかな……俺……)
程なくしてジルメイダが立ち上がり、探索再開を告げた。
「さあって……休憩も終わりにしようか……みんな!聖石があと一つ残っているからね、そろそろ行くよ!」
ユラトとレクスは、すぐにジルメイダの後をついて行った。
そして、丘の上にはリュシアとダリオがいた。
どうやらダリオは最後まで音を鳴らすことが出来なかったようだった。
草の葉を地面に叩き付け、悔しそうな顔で呟いていた。
「くそっ!俺が、ガキんちょに負けるなんて……」
リュシアは、ご飯を食べ満足できたのと、音を鳴らせることが出来たことに満足していたため、元気に答えていた。
「はーーい!すぐに行きまーす!行きましょ、ダリオさん!」
「ケッ!」
ダリオは帽子をかぶりなおすと、ロッドを手に取り、渋々立ち上がり、黒い霧のところへ向い、歩き出した。
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