第八話 森の冒険



ここはウッドエルフ達が昔から住んでいる広大な森林地帯。


暗黒世界の黒い霧が、ずっとこの地帯を覆っていて、ウッドエルフ達でさえ、どこまでこの森が続いているのか分からないと言う。


冒険者となり、初めてパーティーを組み、ユラトはこの森に挑む。


彼に一体どんな冒険が与えられるのか。


新緑の植物がたくさん生えている冒険の森にユラトは足を踏み入れた。


わくわくした感情と共に。



翌朝、ユラト達は、まだ太陽が昇っていない時間に起床し、ウッドエルフの村を出て東に向かい、黒い霧が目の前にあるところまで来ていた。


その場所はウディル村から目と鼻の先であったため、まだ朝日は昇っていなかった。


ユラトは、こんなにも黒い霧の近くにきたことは無かったので、心の中は好奇心からくる興奮があったが、現実と言う面では緊張と不安が存在していた。


(これが……昔からずっと遠くに見えていた、黒い謎の霧か……)


この黒い霧のせいで、世界は暗黒世界と言われることになった。


霧はゆらゆらと静かに揺れている。


ユグドの木のお陰で、こちら側には来ていない為、この辺りの空間は綺麗に色分けされていた。


そして、こちら側に霧が風によって運ばれてきても、砂浜で寄せてはまた打ち返す波のように、元の場所に戻っているのが見えた。


霧を良く見ると、禍々しい真っ黒な色をしていた。


この霧の先は全く見えない。


太陽の光も差し込まないと言う。


ユラトは触ってみたり、匂いがあるのか、嗅いでみたりしたが特に何も無かった。


(んー、特に変わったところはないな……不思議だ)


それを見たジルメイダがユラトにやや呆れ気味に話し掛けていた。


「なーにやってんだい!嗅いでも意味なんて無いよ。影響が出てくるのは長時間この霧の中にいるときさ。だからあんたも、この霧の中には入らないことだね……昔、仲間が一人、この霧の中に入っていって気が変になっちまったよ……」


「……え、そうなんだ……ごめん、こんなに近くにきたのは初めてだったから……」


ダリオもその時に居たようで暗い表情で話してきた。


「もう、随分前のことだ、あんまり、思い出させるんじゃねぇ……」


「ダリオ、よしな!ユラトは悪くないさ……」


二人の表情から何かを察したユラトは、それ以上何も言えなかった。


(きっと……なんか色々あったんだろうな……)


パーティーに少し重い空気が漂った。


それを察知したレクスが気持ちを切り替えようとメンバー全員に聞こえるように言った。


「まだ1日が始まったところだ。今は、ハイエルフの国を探す事に集中するべきだ……違うか?」


ジルメイダは彼の言う事に同意した。


「レクスの言う通りだ!みんな始めるよ!」


彼女の言葉を聞いたパーティーメンバーは気持ちを切り替え、探索を開始した。


まずは聖石を埋めるため、ユラトは黒い霧のすぐ近くで跪き、辺りに落ちていた木の枝で地面に浅く穴を掘った。


そしてジルメイダが、リュシアに聖石を埋めるように言ってきたのでリュシアは眠い目を擦りながら、ユラトが浅く掘った地面の穴に片手で、ぽいっと投げ入れた。


軽く土をかけ、聖石を埋める。


「……これで……よしっと……」


ユラトは埋められた場所に右の手のひらを地面につけ、目を瞑り、黒い霧を払うために聖石の力を発動させる言葉を呟くように発した。


「大地の神イディスよ……我ら光の民に力と加護を……そして邪悪なる闇の霧を払い給え……」


フワッっと僅かな風が発生し、ユラトの頬を伝った。


そして彼らの周りにあった空気が聖石の方へ、一瞬吸い込まれるような感覚があった。


(風が!?)


すると今度は、聖石を埋めた場所が、わずかに一瞬光りを放つと同時に一塵の風が吹いた。


フワワァァ――――!


パーティーメンバーの髪や着ているマントが揺れる。


すると、先ほどまでユラト達の目の前に存在していた黒い霧が凄い勢いと速さで森の奥の方へ押されていった。


辺りは、霧が払われていく中で出た風によって揺れた木の葉の擦れる音と、流れた風の音がしていた。


霧が払われていくと同時に、早朝の僅かな光が入り込み、森の景色がユラトの目の前に姿を現した。


彼は初めて見た聖石の力に驚いた。


(―――これが聖石の力か!この力を見るとイディスは、やっぱり復活していて存在しているんだなって感じる……)


ジルメイダは満足そうにダリオに話し掛けていた。


「まあ森の中だから、どこまで払われてるのか、奥まで行って見ないとわからないんだろうけど、そこそこの範囲の霧を払うことが出来てそうだね、ダリオ!マナサーチを頼むよ!」


「ああ、任せておけ!」


ダリオはすぐにマナサーチの魔法を唱えるため、ロッドを左手で地面に軽く刺したまま直立する。


そして今度は軽く握った右手の拳を顔の前までもっていくと目を瞑り、人差し指だけをぴんと立て魔法の詠唱を開始した。


「我が体内に宿るマナよ、四散し、魔力を感知せよ……マナサーチ!」


すると、彼のロッドにはめ込まれた青い石から光の矢が四方へ放たれた。


しばらく目を閉じたまま無言でダリオは、この辺りの情報を探っていた。


(さあって……どうなってやがるかな……)


リュシアもようやく眠気から開放されたようで真剣な表情でダリオの言葉を待っていた。


「………(どきどき……)」


しばらくして結果が分かったダリオは、感知した情報をメンバーに告げた。


「……まずは、大きな魔力を持った魔物はいねぇみえてぇだな……あとは魔力を帯びたアイテムなんかも感じなかったな……だが、金属の反応はあったぜ、ここを真っ直ぐ行った所とさらに奥の場所の2箇所だな」


ジルメイダはそれを聞き、少し安心したようにダリオに話しかけた。


「……そうかい、とりあえず、やばい魔物がいないのならありがたいね。この面子でいきなりは勘弁して欲しかったからね。あとはお宝だ、良い物だといいけどねぇ」


「とにかく、行ってみようぜ」


ユラト達は、すぐに一つ目の場所へと向うことにした。


日が昇り始めたらしく、森の木々の間から朝日が差し込んできていた。


また、鳥達の鳴き声も活発に響いている。


彼らは所々、足首あたりまで生えた草や降り積もった落ち葉を踏みしめながら目的の場所へ向かって歩いた。


その場所へは、すぐにたどり着くことが出来た。


「この辺りだな……俺が感じたのは……」


辺りの景色は、特に今までの森の景色と変わらないため、どこにダリオの言う金属の物があるのかは分からなかった。


「ダリオ、マナサーチ、もう一度頼むよ」


「……ああ、わかった」


返事をしたダリオは再びマナサーチを唱えた。


「―――マナサーチ!」


魔法で周囲を探っていた彼は何かを感じ取った。


(……そこか……)


ダリオは無言で、近くにある場所を指差した。


「………」


そこは落ち葉が少し不自然な形で盛り上っている場所だった。


ユラトがその場所に一番近かったため、ジルメイダはユラトに頼んだ。


「ユラト、そこを調べておくれ!」


「わかった!」


ユラトは、枯れ葉を落ちていた木の枝を使って、少しずつ丁寧に払いのけていった。


すると、出てきたのは錆びて朽ち果てたショートソードであった。


ユラトは、その剣を拾い上げ、皆に見せた。


「どうやらこれみたいだね……」


ダリオが残念そうに言った。


「なんだよ外れかよ……」


ジルメイダは気にすることなく、次の場所へ行こうとパーティーに促した。


「ま、こういう事は良くあることさ、次の場所に期待しようじゃないか。行くよ!」


そして、ユラト達はすぐにこの場所を離れ、ダリオが感じたもう一つの場所へと向った。


しかし、その場所にあったのは銀製の食器が二つあるだけだった。


その後の探索もこれといった変化は無く、魔物に遭うわけでもなく、何日かそういった日々が続いていた。


その間にユラトとリュシアは鍛えてもらい、パーティーにも連携が生まれようとしていたが、ダリオの尊大な態度は相変わらずだった。


そして、一週間ほど経った頃、変化は訪れ始めた。


その日は、一つ目の聖石を使い、マナサーチで二つ反応があったので一つ目を調べた。


そこは枯れ葉がたくさん落ちていて、そこに朽ちた小さな木の箱があった。


皆、期待に胸を膨らませ、箱を調べる。


だが、入っていたのは、銅貨が1枚だけだった。


ダリオはイライラしているようだった。


周囲の木々に向って叫んでいた。


「ケチな森だなあ、おい!」


ユラトも特に何も無い事に、少し焦っていた。


(これじゃ、いくらただで聖石が手に入るって言っても、厳しいんじゃないだろうか?)


ここ数日、お金になる物は特に見つかっていなかった。


しかしジルメイダは、なれているようだった。


「こういった日が何日も続くことってのは、よくあるんだよ。まあ気長にやったほうがいいのさ。さあ、次に行こうじゃないか!」


そして二つ目の場所へ彼らは移動していた。


今度も先ほどと似たような場所であったため、マナサーチを唱えようとした時、リュシアが何かを見つけたようで仲間に叫んだ。


「あっ!あれじゃないですか?あれ!」


リュシアが指を指した場所は木の根元に拳が2つぐらい入るほどの穴が空いていて、そこに何枚かの金貨が入っていた。


ユラトは感心し、リュシアを誉めた。


「古代の金貨だね、リュシアよく見つけたね」


リュシアは金貨を拾い、それを見つめながら、故郷での出来事を思い出しているようだった。


目を少し細め、嬉しそうにユラトに話し掛けていた。


「昔、よく森の中で木の実を拾っていたんです。それでこういうの得意みたいで、他の誰よりもたくさん木の実を拾う事ができたんです、あたし……」


ダリオが安堵した表情で2人の会話に入ってきた。


「やっとまともな報酬が手に入ったか……ま、俺様のサーチの精度のおかげが、でかいんだけどな!」


ダリオの度重なる偉そうな態度に、うんざりしていたユラトは無表情でそれに答えた。


「……ええ、そうですね」


ダリオはそれが気に食わなかったようだった。


文句を言いながらユラトに近づいて来る。


「てめぇ……明らかに俺様のおかげだろうが……このやろう……」


そういってユラトのこめかみの辺りを拳でぐりぐりと押し付けてきた。


「痛い!痛いですってダリオさん!やめてくださいよ!」


「うるせぇ!このやろう!すいませんでした、ダリオさんのおかげですって言え!このやろう!」


ユラトは痛さのあまり、ダリオの命令にすぐに従った。


「……わ、わかりましたよ!い、痛い!す、すいませんでした、ダ、ダリオさんのおかげです!」


ダリオは、まだ納得いかないところがあったのか、少し口を動かし、もごもごさせると再び、先ほどの行動を繰り返し始めた。


「……まだ、心が篭ってねぇな……ダメだな!」


「そ、そんな!痛い!」


リュシアは2人を見て慌てていた。


「あ、あの……どうしよ、あの……」


冷めた目で見ていたレクスは二人を気にすることなく、ジルメイダに話し掛けていた。


「次の探索しなくていいのか?」


ジルメイダは呆れ顔で二人に言い放った。


「……全く、いい歳して二人とも何やってんだい!次の探索に行くよ!」


「ちっ、てめぇのせいでジルメイダに怒られただろうが!」


ダリオは体に付いた落ち葉や砂を払いながら立ち上がり、ジルメイダの後へ付いていった。


ユラトは理不尽さに、怒りを覚えた。


「なんなんですか!……ちゃんと謝ったじゃないですか……」


リュシアは呆然とし、座っているユラトの腕を引張った。


「置いて行かれちゃいますよ!さあ、行きましょうユラトさん!」


リュシアに引張られ、渋々付いて行くユラトだった。


(このパーティーでやっていけるのだろうか……)


ユラトはこのまま、やっていけるのか不安になっていた。


そして、ユラト達は本日2個目の聖石を使う為に黒い霧の見える場所へ再び向かった。


ユラト達は黒い霧のある場所まで移動していた。


森の中は先ほどから景色は相変わらずで、延々と木々が生えている場所を歩いていた。


ダリオの話によると、どうやらマナサーチでは植物など、魔力を殆ど感知できない物は目視で確認するしかないと言う事であった。


パーティーメンバー達は、新しい植物等の発見が無いか、周りを見ながら進んでいた。


しかし、植物や虫のようなものを発見したとしても、価値のあるものでなければ報奨金は出ないことになっている。


また、森の植物はレクスが詳しいため、メンバーは見たことが無い植物を見るたびに彼に聞いていたが、今のところ目新しい発見はなかった。


そして、周りをキョロキョロ見回しながらリュシアがジルメイダにさっき見つけた金貨の事を聞いていた。


「ジルメイダ、なんであんなところに金貨なんてあったのかな?」


「……ん、あんた学校とか親から聞いたことないのかい?」


「えっと、妖精がどうとかは聞いたかも……」


ジルメイダは困った表情をしていた。


「はぁ……しょうがないねこの子は……ユラト、あんたは大丈夫かい?」


ユラトは、知っているようだった。


「知ってるよ、『ボーグル』達でしょ?」


「ああ、そうだ。悪いがあたしは警戒しながら歩きたいからね、ユラト、あんたがあたしの代わりにリュシアに説明してやりな」


「わかった」


ユラトはリュシアにボーグルについて説明した。


『ボーグル』とは、主に黒い霧の中にいると言われている悪戯好きの妖精の総称である。


大きさは人より小さい。


人の拳ぐらいの大きさのものから、幼児ぐらいまで大きさのものがいる。


今現在、冒険者が発見しているだけでもブーカと呼ばれる全身を黒毛に覆われた小さいものから、ゴブリンやホブゴブリンと言ったものまでもがボーグルに入る。


光る物や魔力を帯びたアイテム等に目が無い彼らは、そういった物を見つけると、自分のお気に入りの場所に隠しておく習性がある。


そして彼らは知能はあまり高くないため、隠す場所は単純で宝が無くなってもまた同じ事を繰り返すだけであった。


また、ユラトが前に戦ったブラックアニス等のハッグと言われる闇の精霊の老婆たちは、知能の高さは人間並みであるため、洞窟の奥深くや迷宮の中など、発見され難い場所に隠すことが多いと言われている。


そしてボーグルやハッグ達が集めた宝は冒険者達にとっては貴重な収入源になっていた。


ユラトが説明し終わったすぐ後、再びユラト達の前に黒い霧が現れた。


ジルメイダがユラトに聖石を埋めるように促した。


「ユラト、そこの木の辺りに聖石を埋めてくれるかい」


「うん、わかった!」


ユラトが聖石を埋めようとその場所に近づいた瞬間、黒い霧から何かが現れた。


それは羽音をたてた、黄色と黒の2色の色で構成された生物であった。


大きさは鶏の卵ほどの大きさだった。


それを見たレクスがユラトに警戒を呼びかけた。


「ユラト!下がれ!そいつはキラービー(殺人蜂)だ!」


ユラトはそれを聞くや否や敵を見ることなく、すぐにパーティーのいる場所へ向かった。


(うわぁ!いきなり現れるなんて!とにかくみんなのところへ行こう!)


黒い霧から次々キラービー達が現れた。


それを見たジルメイダは呟いた。


「蜂どもか……剣じゃ少々倒し難いね。しかも、結構な数いるじゃないか」


ジルメイダは本来は大剣類を扱うのが得意であったが、森の戦いであるため、木や枝が邪魔になると思い、今回は短めで、かつ、幅広の剣であるブロードソードを持ってきていた。


ダリオの魔法に頼もうとジルメイダが話し掛けた瞬間、蜂の一匹がリュシアを襲ってきた。


「……きゃあ!」


近くにいたレクスが素早い動きで槍を蜂めがけて投げた。


「(蜂たちよ……すまぬ……)はっ!」


槍は見事に蜂に当たり、木に蜂ごと突き刺さった。


彼はすぐに槍を引き抜くと仲間に語りかけた。


「この蜂達は黒い霧のせいでおかしくなっているだけで、本来は人に危害は加えない奴らなんだ……だから……聖石で霧を払って、そのまま放っておけば、また邪気が抜けて普通の蜂に戻ってくれるはずだ。だから、ここは下がって他の場所で石を埋めて欲しい……恐らくこの霧の向こう側に蜂の巣があるはずだ。近づいたのは俺達の方だ……」


ウッドエルフ達は森の木々だけでなく、そこに住んでいる生き物も大切にしていた。


だから彼らは、狩りをするときは必要最小限に留めていた。


この蜂たちもまた、この森に住む権利を持った生き物であると思っていた。


ダリオがそれに答えた。


「……それは別にいいんだがよ、周りを囲まれてるぜ?」


蜂たちは一瞬のうちにユラト達を包囲していた。


ジルメイダが叫ぶ。


「躊躇している暇は無いよ!ダリオ魔法でやっておくれ!」


「ああ、わかった。少しの間だけ来ないようにしてくれ!」


その時、キラービーが2匹固まって襲ってきた。


ジルメイダはそれを察知すると、ブロードソードの幅広の部分を使い、切るのではなく蜂を2匹とも叩き落した。


「フンッ!」


蜂はバチバチッっと音を立て潰れ、地面に落ちた。


倒したのを確認したジルメイダはレクスに話しかけた。


「レクス、諦めな!こうなったらやるしかないよ。みんな、やるよ!」


ユラトとリュシアもジルメイダに同意し、ダリオを囲んで円陣を組み武器を構えた。


(レクスさんには悪いけど、こりゃあもう、やるしかないよ!)


レクスは諦め切れなかった。


悲痛な表情でユラト達に向って叫んだ。


「……待ってくれ!」


レクスが叫ぶと同時に蜂達が攻撃を仕掛けてきた。


キラービーの針には毒があり、喰らうと、その場所が麻痺を起こす。


一匹の毒はたいしたことは無いのだが、刺されれば刺されるほど、毒の濃度が増していき意識が朦朧としたり、最後には意識を失ってしまう。


毒の濃度によっては死に至る場合もあるのだ。


ユラトは襲ってくる蜂を持っている剣で的確に切っていた。


(……思ったより、当てられる!慎重にやれば、なんとかなりそうかも……)


レクスは蜂達に対処する魔法は自分に使用させて欲しいとダリオに話し掛けていた。


「ダリオ、おまえの魔法だと蜂を皆殺しにしてしまいそうだ。だから私が代わりにドルイド魔法で蜂の動きを一時的に止める!それを使わせてくれ!」


ダリオは、ジルメイダに判断してもらおうと、すぐに聞いていた。


「ジルメイダ!どうする?」


ジルメイダは蜂を3匹まとめて切り捨てると、振り向き叫んだ。


「どっちでもいいさ!とにかく早くしておくれ!」


リュシアも悲鳴を上げながら、ユラトの後ろでメイスを振り回していた。


「きゃあ、こないで!」


ダリオはレクスの案を受け入れた。


「……わかった、早くしてくれ。だが、襲ってくる奴は倒させてもらうぞ!」


ダリオは魔法を中断し、ファイアーボールの魔法に切り替え円陣に加わった。


レクスはお礼を言い、魔法の詠唱に入った。


「ありがとう、では……」


レクスは両手で槍を持ち、膝をついて身をかがめた。


「大地の神イディスの娘……森の女神ミエリよ、森の眷属たる我らに聖なる恩恵を……森の大地よ、言霊と共に叫べ!」


森の戦士は槍を地面に突き刺すと同時に魔法を発動させた。


「―――リーフストーム!」


すると、ユラト達の周りの地面に落ちていた落ち葉が突然、螺旋状に吹き上がる風とともに舞い上がった。


ユラトは砂が目に入りそうになったので、腕で顔を隠した。


「くっ……」


辺りに生えている木々も吹き上がる風のために大きく揺れ、いくつもの葉が舞い上がっていた。


蜂達が一斉に上空へと誘われて行く。


ユラト達は吹き上っていく蜂達を眺めていた。


「これが、ドルイド魔法か……凄いな」


だが、レクスは起き上がるとすぐにパーティーメンバーに向って叫んだ。


「今だ!この魔法は一時的なものだ!さあ早く、ここから去るんだ!」



【リーフストーム】


ドルイド魔法。


森の力と自らの魔力を使い、地面から上空へと螺旋状の風を発生させ、落ちている枯れ葉などを舞い上がらせ、敵の目を欺いたり、鳥や蜂などの飛んでいるものの進路を阻んだりすることができる。

ウッドエルフ達が森で狩りをするときに使用する魔法。



ユラト達はレクスの言う通り、すぐに蜂の来ない所まで後退し、別のほうへ進路を変え黒い霧のところまで来ていた。


日はかなり上がっているようで、森の中に所々出来ている陽だまりは暖かかった。


ダリオが周りを見回し安全を確認し、その場に座り込んだ。


「ふう……災難だったぜ……ここなら大丈夫だろ」


ジルメイダがダリオに同意し、レクスに話かけた。


「そうだね、周りを見たけど、敵も出てこないし、ここなら大丈夫そうだね……レクス、今回は被害がなかったからいいけど、次は、やばいと思ったらすぐに行動に移させてもらうよ。その場合、敵を殺す事だってある。すぐにやらなきゃこっちがやられちまうからね」


ダリオは近くの草を毟り、指先でくるくる回しながら話していた。


「ま、俺達は冒険者であって、森を保全する役目なんてないしな」


「それに朝あんたが言ったようにハイエルフの国を探す事が一番の目的だからね」


レクスはジルメイダやダリオが話すことは分かっていた。


だが、あの場合「ドルイド魔法で避けることが出来る」と言う確信が彼にはあった。


「……ああ、わかっている。だが、私がすぐに先ほどのように対処するならば文句はないだろ?」


ダリオは草を捨て、帽子をやや斜めにかぶり直すと立ち上がった。


「まあ、止めろとは言わねぇよ……どこまで出来るか…まあ、頑張ってみるんだな」


リュシアがレクスを励ますように言う。


「レクスさんの思い、わたしは分かります!森は大切だと思います!」


ユラトは、このやり取りから現実的に考えていた。


(まあ、レクスさん達ウッドエルフが森を大切にする事は分かるけど、やっぱり、みんなが危険な時は、俺もジルメイダが言ってるように動くことを考えた方がいいだろうな……)


そして、一息ついた後、彼らは探索を再開した。


「じゃあ、ここに穴を掘ります……」


リュシアが黒い霧の近くまで行き、持っていたメイスで小さい穴を掘った。


「ユラトさん……聖石、お願いします」


「わかった」


ユラトは周りを見回したあと、聖石を埋め、浄化の力を発動させた。


霧が晴れ、そこから新しい森の景色が見える。


彼らは新しく現れた森へ視線を向け、警戒しながらダリオにマナサーチをさせることにした。


「マナサーチ!」


ダリオが魔法を唱え、この辺りの情報を探っていた。


「おっ!結構反応があるな……小さい魔力が固まって大きな魔力になっているところがあるが……ありゃあ、さっきの蜂どもの巣だな。あとは……凄く小せえ反応を含めて3つほど反応ありだな、そのうち2つは金属だな、それから後一つは……魔力の反応と、これも金属なのか?行ってみねぇとわからねぇな…奥の金属反応と魔力の反応の場所は近い……」


「よし、早速、行こうじゃないか!」


ジルメイダの声と共にパーティーは移動を開始した。


そして彼らは一つ目の金属反応のあった場所へ、すぐにたどり着いていた。


そこは落ち葉の上に木の枝がたくさん落ちている場所だった。


そのなかに小枝が焚き火をするときのように組まれた場所があり、そこを調べると短剣のような物があった。


ユラトがそれを拾い、確認する。


「―――この形状は……ただの短剣じゃないな…しかも錆びていない……」


ダリオが近づき、その短剣らしき物をユラトの手から取り、帽子のツバを少し上に上げ、短剣を眺めながら説明をし始めた。


「こりゃあ、『チンクエディア』だな、作られたのは、この溝の掘り方からすると古代ギルアニア時代中期あたりの代物だろう。錆びていないのは防腐処理のルーンが刻まれているからだ……まあ、これ以上詳しいことは町の鑑定士に聞いてみた方がいいだろうが……値段は…そうだな、あんまり珍しい物じゃねぇからな……凝った装飾もねぇし、ルーンもそれだけだから……まあ、期待は出来ねぇな」


ジルメイダがダリオの説明に一つ付け加える。


「この武器は二刀流に向いているのさ」


「なるほど……そうなんだ」


『チンクエディア』とは刀身の部分に溝が掘られた短剣である。



裕福な者が装飾の凝らした物を作らせることがよくあったため、発見される物には高値の付く場合がある。


扱い易く、二刀流に使われることが多い。


ダリオは反応が複数あったことが嬉しかったようで、次の場所へ行こうとすぐに促してきた。


「まだ他の場所もあるからな、次に行くぞ!」


ユラト達は次の場所へと向かった。


再び周囲を警戒しながら、パーティーは進んだ。


そして、2つ目の反応があった場所へ何事も無く、たどり着くことが出来た。


そこには川が流れていた。


幅は両腕を広げた大人2人分ぐらいで流れは緩やかで深さは膝ぐらいまでだった。


所々、苔が付いた大きな石や川の中に水草があり、小さなピンク色の花を咲かせ、水の流れに沿ってゆらゆらと揺れていた。


ジルメイダがダリオに場所の確認をする。


「ここは確か2つとも近い場所だって言ってたところだね?」


「ああ、そうだ。川の近くを探して見てくれ、その辺りだったはずだ」


「みんな行くよ!」


川の水は先ほどまで黒い霧に包まれた場所とは思えないほど澄んでいた。



どうやら水の中までは霧は入り込んでいなかったようだ。


ユラトは川の水を手ですくい飲んだ。


「冷たくて美味しい……」


他のメンバーもみな水を飲もうと川に近づいたとき、リュシアが川の中に光る物を見つけた。


「あっ!ダリオさん!あれってあたし達が探してる物じゃないですか?」


ダリオは、その場所を見た。


「……ん、おっ!よく見つけたな、お前……こういうことは才能あるな」


リュシアは嬉しそうな表情になって照れた。


「えへへ……拾ってきますね!」


リュシアがその光る物を取ろうと近づいたとき、川の水面に変化が起こった。


「!?」


水が小さな泡を立てながら徐々に盛り上っていく。


それは人の成人女性を連想させる形へと変化した。


その光景を近くで見ていたリュシアが驚き、叫び声を上げた。


「……きゃあ!なんですかあれ!?」


レクスがすぐに反応し、リュシアへ呼びかけた。


「リュシア、離れろ!それは『ニンフ』の一つ『闇の水精ナイアード』だ」


この世界にいるニンフとは山や川、森、海などにいる若く美しい女性の姿に偽ることができる闇の精霊達の総称である。


女性が近くにいた場合、効果はないので、本来の姿で攻撃などを仕掛けてくる。


また、ナイアードは主に川や泉、湖など淡水に生息している闇に属する水の精霊である。


少量の泡と川の水で出来た体で美しい女性の形をしている。


近くを歩く旅人や冒険者に対して突然、水中から出現し攻撃を加えたり、引きずり込んだりすることもあれば、その姿に幻影の魔法をかけ、美しい女性が水浴びをしているように見せ、冒険者が近づいたところを水の中に引きずり込み、魂を喰らうことも出来る。


また下級の水の魔法も使用することも可能である。


ナイアードはリュシアを水の中へ引っ張り込もうと両腕を伸ばしてきた。


リュシアはすぐに後退し、メイスを両手で持ち構えた。


「こ、来ないで!」


急いでユラト達は、リュシアがいる所まで走った。


その間にナイアードはリュシアに向けて水の魔法を放っていた。


ナイアードが右手でリュシアに人差し指で、リュシアを指すと、拳ほどの大きさの水の塊が2個ほど空中へ浮き上がり、槍のような形状に変化した。


そしてそれは小さな泡の出るような音を立てながらリュシアに向かって飛んでいく。


リュシアは顔の辺りに飛んできたその魔法をメイスを振り叩きつけて回避したが、もう一発はリュシアの左肩に命中する。


「―――きゃあ!」



リュシアが痛みで肩を抑えながら跪いた。


急いでユラト達はリュシアのところへ集まった。


ユラトはリュシアに近づき声をかけた。


「リュシア!大丈夫か!?」


リュシアは肩を押さえながら苦痛に耐え、傷はたいしたことは無い事を伝えた。


「……大丈夫です……肩を軽く擦りむいた程度の痛みですから……」


ダリオはリュシアを守るようにロッドを構え、ジルメイダはレクスにナイアードの対処法を聞いていた。


「あいつの弱点はわかるかい?」


レクスは、すぐに答えた。


「ナイアードには火の魔法は、ほとんど効かない。効くのは土の魔法か上半身を切って川から離してやれば倒せるはずだ」


「じゃあ、あたしがこの剣で斬っちまおうかね」


そう言ってジルメイダがナイアードに近づいたとき、闇の水の精は突然、甲高い声で咆哮を上げる。


「アアア゛ア゛ア゛ッ!!」


ユラト達の頭の中に敵の声が痛みとなって走った。


ユラトは、顔を少ししかめた。


「うっ!……なんだ、今のは!?」


ダリオは瞬時に魔力を感じたことを、皆に告げ、警戒を促した。


「―――魔力!?幻惑の魔法かもしれんぞ!気をつけろ!」


「さっさとやっちまったほうがいいね……はあっ!」


ジルメイダが走って一気に間をつめ、剣をナイアードに向かって振る。


「ブンッ!」と言う風を斬る音がなった。


彼女の攻撃を察知したナイアードは、素早く川の水と同化し、女戦士の剣をかわした。


ジルメイダは悔しそうに川を見詰めながら叫んだ。


「かわされたか!……みんな一旦川から離れるよ!」


「わかった!」


ユラト達が川から離れようすると、森の木々の中から木の姿をした生物と思われるものが現れ始める。


「―――何か来た!?」


現れたものは、木と人を併せ持った姿をしていた。


髪がある部分には枝分かれした木々が覆い茂り、顔の部分には二つの赤い目と大きな裂けた口があり、体からは木で出来た腕と足が2本出ていて、一部を苔の様な短い草と蔓で覆っていた。


また、手と思われる部分は4つに割れていて、指先は鋭く尖っていた。


ユラトは目を凝らして、その木を見ていた。


「トレントじゃ……ないな……なんだ、あれは!?」


ダリオは何かに気づくと叫んだ。


「―――しまった!さっきの咆哮は仲間を呼ぶためのものだったのか!」


ジルメイダはレクスに近づくと、魔物について尋ねた。


「レクス、あの木の化物は何か分かるかい?」


レクスは細く形の整った眉をひそめ、少しの間を置いてから答えた。


「……あれ……は……恐らく『ドリュアス』だな」


その名を初めて聞いたジルメイダは、表情を険しくした。


「ドリュアス?……何だい、それは……」


ドリュアスはナイアードと同じく、ニンフの一種で闇に属している木の精霊だった。


彼らが戸惑っていると、ドリュアスが群れをなして、ぞろぞろと現れ始めた。


ダリオは敵を睨みつけ、警戒の声を上げる。


「おい、やべぇぞ!囲まれそうだ、気をつけろ!」


一体のドリュアスが、こちらに向かってゆっくりと歩いて来た。


それを見たレクスは槍を構え、左右を警戒しながら説明を続けた。


「あいつの弱点は火だが……本体を倒さなければ意味は無い……」


ユラトは周囲を見ながら尋ねた。


「本体?……」


「どこかの木にヤドリギがあって、その木からマナを吸い、寄生して生きている魔物だ。自らを守る為に周りの木や草を取り込んで魔物に変えるんだ。取り込んだ植物によって能力が変わるらしい。植物によっては毒の花粉を撒くものもいるらしいから気をつけるんだ。そして、そのヤドリギが本体だ」


ダリオは倒す相手を決めた。


「なら、木の化物は俺に任せてもらおうか。ユラト、お前も来い!」


「はいっ!」


ユラトが敵に向かい始めると、レクスが槍を投げ、近づいてきた一体のドリュアスの足に見事命中させていた。


ドリュアスはバランスを崩し倒れた。


レクスは振り返り、ダリオに告げた。


「数も多い、私もドリュアスをやることにしよう」


ダリオは、ファイアーボールを倒れたドリュアスに放ち、止めを刺すと、ジルメイダにナイアードのことを頼んだ。


「ジルメイダとリュシアはナイアードを頼む!」


ユラトとダリオはドリュアスの方へ向かった。


「わかったよ、要はあいつを川から離しゃいいんだろ!」


レクスは、やや挑発的にジルメイダに問うた。


「そうだ、できるのか?」


ジルメイダはそれを聞くと笑みを浮かべ、答えていた。


「ふふっ、そっちこそ森の精を倒しちまっていいのかい?」


レクスは冷たい眼差しをドリュアス達に向け、ジルメイダに言い放った。


「奴らは、この森には必要の無い敵だ。構うことなど無い……」


「……そうかい、じゃあ、さっさとやっちまうかい!」


ユラトが走り出した瞬間、突然、川の中にいたナイアードが上半身部分だけを形作り現れ、ユラトの背中へ向け水の攻撃魔法を放ってきた。


それは先ほどリュシアへ放ったものよりも、大きな塊であった。


水の塊はすぐに槍状へ形を変え、水しぶきを上げながらユラトへ向け、飛んでいく。


細かい泡が大量に弾ける様な音が周囲に響き渡る。


「―――っ!?」


それを見たリュシアがユラトへ叫んだ。


「ユラトさん!避けて!」


それはユラトの背中へ命中したと思われたが、寸前で薄い水の膜のようなものが現れ、ダメージを受けることはなかった。


ユラトは進行方向へ押され体勢を崩し、そして驚いた。


「―――うわぁ!……あれ……痛くない?……」



それを見ていたダリオは叫んだ。


「説明はあとだ!ユラト、敵をやっちまうぞ!」


気を取り直し、ユラトはそれに答えた。


「はい!(ダリオさんの言う通りだ!敵を倒すのが先だ!)」


ジルメイダは、この瞬間を逃していなかった。


(―――チャンスだ!逃さないよ!)


現れたナイアードにすごい勢いで走り寄り、剣を横になぎ払った。


「要は水から切り離しゃあ、いいんだろ!ハッ!!」


ナイアードの上半身を根元から切った。


切り離されたナイアードは一瞬、宙に浮く。


ジルメイダは横になぎ払ったときの力を利用し回転すると、間をおかずに切り上げられたナイアードに、そのまま回し蹴りを放った。


パァーン!


水面を手で強く打ったような音がし、ナイアードの上半身は地面へ叩き付けられた。


釣り上げられ、地面でもがいている魚のようにしているナイアードにリュシアがメイスで一撃を加えた。


「えい!」


ナイアードはぶくぶくと音を出しながら、弾ける泡となって地面に吸い込まれていった。


ジルメイダはナイアードを倒したのを確認するとリュシアに話しかけた。


「ふう……やったようだね……リュシア!まだ他にも居るかも知れないからね、川を少し調べるよ!あんたは、あたしの後ろで後方を注意深く見ていておくれ!」


リュシアは倒した後も、まだ生きているのではないかと思い、ジルメイダに名前を呼ばれるまでずっと濡れた地面を見つめていた。


「……(ほんとに死んだの?)」


「リュシア!」


「っ!」


ジルメイダに呼ばれることで我に返り、魔物が倒されたと認識することが出来たようだった。


彼女は慌てて返事をしていた。


「―――う、うんっ!(怖かった……)」


ユラト、ダリオ、レクスの男3人は、大勢現れたドリュアスに半包囲されつつあった。


先ほどいた川から少しだけ離れた場所で、木々は今までいた森の中よりも間隔が離れていて、地面は落ち葉の降り積もった所と地肌が見えている場所もあった。


そこに10体前後のドリュアスと言われる木の魔物が、無言でユラト達を包囲しようとしていた。



「ダリオさん、結構な数いますよ、どうします?」


ユラトはそう言うと、包囲されないようファイアーボールの魔法を唱え牽制していた。


「我が体内に宿るマナよ、火弾となりて敵に炎の一撃を!ファイアーボール!」


ドリュアスの肩の部分に火の玉が当たる。


小さい爆発の音が鳴り、当たった部分が黒く焼き焦げ、脆くなっていた。


ユラトはショートソードを両手で持ち、ドリュアス達を警戒しながら構えた。


(あの部分を狙えば倒せそうだ!)


ドリュアスはやや後退し、警戒を強めた。


ダリオは本体の場所をレクスに聞いていた。


「レクス、ヤドリギの場所、わかるか?」


「……恐らくあそこだ……」


レクスが槍で指し示した場所の木に、赤紫のヤドリギが広範囲に絡み付いているのが見える。


ダリオは目を細めその場所を見る。


「―――あれか……この位置からのファイアーボールじゃ届かんな……この木の化け物どもをまずは、どうにかせんとだめだな」


「隙を作ってくれれば、私一人ならばなんとか走ってヤドリギにこの槍で一撃を食らわすことぐらいはできるが?」


彼はそう言って自慢の槍を見せた。


「一撃で……倒せるのか?」


「……どうだろう……恐らくバラバラにするか焼き払うかしなければならないだろうな……」


「なら、目の前のこいつらから倒すか……」


そのときドリュアス達は地面から小さな小石を拾い、ユラト達に投げつけてきた。


「―――っ!」


ユラト達は武器とフットワークを活かして、それをかわした。



「くそっ!面倒だな……」


投げられた小石の一つがダリオのロッドを持っていた右手の甲に当たる。


「いてえっ!……このやろう……俺様を怒らせやがるとはな!焼き払ってやる!ユラト、レクス!魔法をする間、しばらく頼むぜ」


「はい!」


レクスは、ダリオの魔法に任せることに同意したが、森の事も気にしているようだった。


「……いいだろう。だが、あまり焼かないでくれ……森に罪は無い」


ダリオが魔法の詠唱に入ると、ユラトは剣を強く両手で握るとドリュアスが2体固まっているところへ斬り込んだ。


「はあっ!」


そして、1体のドリュアスの腕に剣が当たる。


ガンッという固い音がした。


(くぅ……手が少し痺れる。こりゃあ結構固いな……やはり脆くなっている場所を狙ったほうがいいな)


ユラトが剣で斬った場所には一応少しだが切り傷が付いていた。


動きはそれほど速くは無いようだ。


のっそりとした動きで敵は一斉に迫ってきた。


ユラトが後退し、ダリオの守りに付くと、今度はレクスが槍を横にして持ち、柄の部分を使い、複数のドリュアスを押し返した。


「はあ!」


レクスが後退するとユラトが前へ出ていた。


「来るな!」


二人は交互にダリオを守りながら、ドリュアスを奥へ押しやっていた。


ユラトもレクスのように剣と蹴りでドリュアスを押し返していた。


しかし、ドリュアスの数は多く、いつのまにか側面にいた1匹の一撃がユラトの左肩の後ろ側に鈍い音を立ててヒットする。


ドンッ!


ユラトは少し苦痛で顔を歪め、敵を睨みつけた。


「……くっ!やはり数が多すぎる…」


敵の動きが遅いとは言え、やはり二人では厳しいようだった。


ユラトは左肩を触り、まだ動かせるのを確認すると気合を入れなおし、再び両手で剣を持ち、敵に斬り込んでいった。


「ハアッ!」


そのとき、ダリオが魔法を完成させていた。


辺りに纏わり付くような炎のオーラが漂っていた。


ダリオの左手に持っていたロッドの先に赤々とした炎が宿っていた。


ダリオは帽子を斜めにかぶっていたため、片目だけが見えていたが、その眼光は鋭かった。


ピンっと右手の人差し指を立て顔の近くに持っていく。


炎のオーラを纏ったロッドは左手で持ち、今にも魔法を放つことが出来そうだった。


それを察知したレクスがユラトに呼びかける。


「ユラト、下がれ!」


ユラトはすぐにレクスの叫びの意味を理解し、ダリオの所まで下がった。


彼が戻ると同時にダリオは魔法を放った。


「……炎よ壁となれ!―――ファイアーウォール!」


ダリオは辺りに魔法の炎が宿ったロッドで半円を描きながら撒くように火を放った。


「ゴオオォォ!」っと言う勢いのある炎の音がした。


そして火が撒かれた場所に炎の壁が出現した。


高さはレクスの身長ほどあった。


一瞬にして炎が広がり、そこにあった草や枯れ葉が焼かれていく。


ユラトはダリオが放った魔法の威力に驚くと共に、彼の魔法使いとしての能力の高さに感心していた。


(凄い……これが魔道師の火の魔法か!ダリオさんって口だけの人じゃなかったんだ……)


そして炎の壁が現れた場所はユラトとレクスがドリュアスを押しやって敵を集めていた所であったため、ドリュアス達は炎に包まれ、焼かれていく。


小さな重低音の効いた声を上げながら、ドリュアス達は灰となっていった。


ダリオは自慢げに笑い声をあげながら、敵に言い放った。


「だはははっ!どうだ!ダリオ様の魔法は!」


レクスは呆れていた。


「(……この男は……)森をあまり焼かないでくれと言っただろ……」


残りのドリュアスは3体ほどしか残っていなかったので、ダリオとユラトのファイアーボールでドリュアスを焼き、脆くなった部分を武器を使い、倒すと、すぐに3人はヤドリギの場所へと向っていた。


ヤドリギは3人の目の前にあった。


ユラトはその奇妙な色と形に戸惑っていた。


(これが本体か……ちょっと気持ち悪いな……)


ヤドリギは赤紫でいくつも枝分かれしていて一本の若い木にぐるぐると螺旋状に張り付いていた。


朱色の葉を持ち、少し中が透けていて、青い血管のような物が中に張り巡らされていた。


僅かだが脈打っているようにも見える。


ダリオは顔をしかめ、呟いた。


「うぇ……なんじゃこりゃ。こんな気色悪いやつ、さっさとやっちまったほうがいいな……」


レクスは寄生された木を調べた。


ドリュアスのヤドリギに寄生された木は灰色に近い色になっていた。


「……この木はもはや助からんな……」


ダリオはヤドリギがドリュアスを産み出したり、何かしてきた場合を考え、いつでも魔法を発動できるようにロッドを構えながらレクスに確認をしていた。


「じゃあ、焼いちまっていいんだな?」


「……残念だが……広がる前にやったほうがいい……やってくれ……」


ダリオはファイアーボールを静かに唱え放った。


ヤドリギが炎に包まれる。


するとドリュアスの本体は炎の中、蛇のように動き、のた打ち回った後、木ごと灰となって消え去った。


そして、ジルメイダとリュシアの2人のことが気になったユラト達は、すぐにジルメイダのところへ向おうとしたとき、リュシアが1人で3人のもとへ小走りで現れた。


「あっ、いた!」


ユラトがリュシアに声をかけた。


「俺達の方は片付いたけど、リュシア、そっちはどう?」


呼吸を軽く整えながらリュシアは答えた。


「はぁはぁ……あたし達もあれから川の辺りを探しましたけど……ナイアードはさっきのしか、居なかったみたいです」


ユラトは安堵した。


「そうか、よかった……」


「あの、それで川でさっき光ってたのは、これなんですけど……ジルメイダがダリオさんかレクスさんに見せろって……」


リュシアはダリオに川で拾った物を見せた。


ダリオが帽子のツバを上にあげ、渡された物を空の方へ向け、仰ぎ見た。


「指輪か……綺麗な宝石がはまってるな……見たことねぇ石だな……」


その宝石を見たレクスが説明をしてきた。


「それは『アマゾナイト』……この森一帯で産出される石だ。ギルドには報告がしてあるはず」



【アマゾナイト】


エメラルドグリーンの色に乳白色が混ざることによって明るく淡いエメラルドグリーンの色になっている石。


森に堆積する様々な物によって青くなる場合もあり、色の種類がいくつかあると言われている。


精神と体のバランスを整える作用があるらしい。


その明るい色から希望の石『ホープストーン』とも呼ばれる。



「なんだ、新発見じゃねぇのかよ……この石は見つかり難いのか?」


レクスは腕を組み、少し考えてからダリオに答えた。


「……そうだな、我々ウッドエルフでも見ることは稀だ」


それを聞いたダリオは喜んだ。


「おおっ!なら結構な値段が付きそうだぜ!」


「……この石は我々にとっては儀式で使用したり、お守りになる重要な宝石だ。だから私に売って貰えないか?」


「買い取りか、ならその指輪の値段分の報酬は俺達で分配させてもらうぜ?」


「ああ、それでかまわない」


ダリオは指輪をレクスに投げて渡した。


「そうか、それじゃ決まりだな……じゃあ行く……あっ、そうだ!」


そこで彼は何かを思い出し、リュシアに話しかけた。


「リュシア!ユラトが少しドリュアスから一撃をもらいやがったから傷を見てやってくれ」


「はい!ユラトさん攻撃された場所を見せてください」


リュシアはユラトに近づいた。


ユラトは特に痛みを感じなかったので、大丈夫だと思っていた。


「大したことはないと思うけど……」


「いいから見てもらえ!」


ダリオに強く言われたユラトは仕方なくといった感じで左肩の場所をめくって見せた。


「……じゃあ」


その場所は軽く出血していた。


ユラトは思ったよりも傷が大きかった事に驚いていた。


(思ったよりダメージを喰らっていたんだな……ダリオさん、良く分かったな……)


「じゃあ、回復魔法をかけるので動かないで下さい」


リュシアはユラトの後ろに回り、左手をユラトの肩の傷口に乗せ、クレリックの回復魔法を唱えた。


「……主たる光の神ファルバーンよ、我に力と加護を……我がマナを供物とし、主に捧げます……神の御愛と慈悲を!ヒーリング!」


リュシアの手が光り、その光がユラトの肩を照らした。


「これは……」


ユラトの傷が徐々に小さくなり、癒されていく。


ダリオはリュシアがちゃんと回復魔法が使えるか試した部分も実はあった。


「ちゃんと回復魔法は使えるみたいだな……よしよし……(こいつは村で鍛えてる時も思ったが、魔力は高そうだな。流石はヴァベルの一族……か)」


ユラトは礼を言った。


「リュシア、少しあった痛みは消えたよ、ありがとう!」


リュシアは小さく首を横に振った。


「いえ、それがわたしのこのパーティーでの主な役割ですから、気にしないで下さい」


ダリオはリュシアの回復魔法に満足したのか、辺りを軽く見回した後、歩き出そうとしていた。


「まぁ、そう言うこった。そろそろここから移動するぞ」


ユラトは例え役割であったとしても、やってくれたことにはちゃんと感謝をしながら冒険をしたいと思っていた。


(全く、ダリオさんは……)


ユラトはリュシアにジルメイダのいる場所を聞いた。


「リュシア、ジルメイダはどこにいるんだい?」


リュシアは宝石の話を夢中になって聞いていたため、忘れていたようだった。


役目を思い出し、慌てて説明をし始めた。


「……あっ!そうでした。ナイアードと戦っていた、さっきの川に沿って歩いていたら、途中に廃屋があったんです。それでジルメイダがユラトさん達を呼んできて欲しいって言ってジルメイダは廃屋の中へ入っていきました」


ダリオが歩みを止め、リュシアに道案内を頼んだ。


「じゃあ、俺達もそこへ行くか!リュシア、案内してくれ」


「はいっ!こっちです!」


リュシアは元気良く返事を返し、ユラト達をジルメイダが入って行った廃屋へ案内するため先頭に立ち、歩き出した。


彼らは、先ほどナイアードがいた川に沿って歩いた。


この川の先に目指す廃屋は、あるようだった。


川が近くにあるせいか、たまに頬に当たる風は少し冷たかった。


ユラトの周りは、木々が生い茂っていた。


木の周りに雑草が生え、淡く小さな黄色い花を咲かせているのが見え、鳥たちの鳴き声もまばらに聞こえていた。


ユラトはそんな景色を眺めながら歩いていた。


(綺麗な森だな……ここは……)


レクスは先ほどの指輪を見ながら歩いていた。


どうやら気に入った様子だった。


時折り、口元が緩んでいるのをユラトは見ていた。


(レクスさん、うれしそうだ……)


そして目的の場所へは、すぐに着く事が出来た。


ドリュアスと戦った場所からそう離れた場所ではなかった。


ダリオは、たどり着いた場所を見回していた。


「……ここが、そうか……ちょうど、俺がマナサーチで感じた場所の一つだな」


リュシアは、すぐに到着するとメイスを両手で持ち、頭を左右に素早く動かし、ユラト達を連れてきた事を伝える為にジルメイダを探し始めていた。


彼女の名を叫んだ。


「ジルメイダ~!みんなを連れてきたよー!」


ユラトは辺りを見た。


(ぼろぼろだな……あんまり期待は出来ないかもしれないな……)


廃屋は2つあり、両方とも一階建ての平屋で一つは人が住むための建物、もう一つの建物は規模は大きく住居の方と比べると2倍から3倍ほどの大きさがあった。


建物の屋根は朽ちていて、草のツルが壁から屋根かけて撒きついて茂っており、屋根の残骸が室内に入っているほどであった。


リュシアの声を聞いたジルメイダが大きな方の建物から姿を現した。


白く束ねられた長い髪を頭だけ動かすことで軽く振り、体についた埃を手で払いながら、話し掛けてきた。


「やっと来たかい、住居と思われる場所の方の調べは済んだよ。めぼしい物は何も無いね」


辺りを調べていたダリオが、建物から出てきたジルメイダに顔を向け、尋ねていた。


「もう一つの建物はなんの建物なんだ?」


「さあね、なんか木製の樽とかそういうのがあっただけだね。奥に地下室があるみたいなんだ、こっちに来ておくれ」


ユラト達は建物の中へ入った。


所々、苔が生えている場所があった。


ダリオが見たまま、感じたままを素直に呟いた。


「汚ねぇし、カビ臭えな……長居はしたくないぜ……」


辺りはジルメイダの言った通り、木製の樽に大きな平べったい石の真ん中をくり抜いた物などがあった。


それらを見た、レクスが軽く説明をした。


「ここは、恐らく葡萄酒を造る場所だな。圧搾機や貯蔵する樽がある」


ウッドエルフ達は葡萄酒を作っているのでどうやら、この建物がどういったものなのか、分かるようだった。


ユラトは、道具を見ながら納得していた。


「へぇ、そうなんだ」


そして、ユラト達は奥へと進んだ。


奥の真ん中辺りに来たところでジルメイダが止った。


顎でその場所を指し、皆に話し掛けた。


「ここが、さっき言っていた場所さ」


そこには地下へ続く階段があった。


リュシアが恐る恐る階段の奥を見ようとするが暗くて見えなかった。


「真っ暗……」


「こりゃ、明かりがないと無理だね。ダリオ、頼むよ」


「おう、まかせろ」


ジルメイダがダリオに、武器や道具に明かりを灯す『マナトーチ』の魔法を頼むとダリオのロッドとリュシアのメイスに魔法の青白い明かりが灯った。


リュシアは少し嬉しそうだった。


「わあ、明るい!」


光るメイスをクルクル回していた。


それを見たダリオがリュシアを叱った。


「おい、遊ぶんじゃねぇ!ガキんちょめ……」


そしてパーティーは階段を慎重に下りていく。


その時、小さなネズミが階段を凄い速さで駆け上っていった。


一瞬、リュシアとユラトは驚いたが、ネズミだと分かると胸を撫で下ろした。


「はあ……」


「ネズミか……」


ダリオがネズミを一瞥し、2人に言った。


「ただのネズミだ、こんなもんでビビんな……」


ジルメイダも、動じることなく話していた。


「目が真っ赤だったから、恐らく霧の邪気がまだ抜けていないみたいだけどね。まあ、あの程度じゃ害はないさ」


彼らは気を取り直し、再び階段を下りていく。


地下の空気にユラト達は、次々触れていった。


進むにつれ、地下の空間が冷たい空気で満たされているのが分かる。


そして全員が地下へと下り、ダリオがロッドを高くかざすと少しだが部屋の様子がうかがえた。


「―――ここは……やはりワインの貯蔵庫だな」


声が少し木霊していた。


周囲には木の樽がたくさんあったが、全て朽ちていたり、壊れていた。


ユラトは少しの間、顔をしかめ、鼻を押さえた。


(さっきより、カビ臭いな……)


ダリオは辺りを見回すと残念そうに呟いていた。


どうやら飲めるワインがあるかもしれないと、期待していたようだった。


「……ちっ、飲めそうなものは、全くなさそうだな……ちょっとは期待したんだがな」


ジルメイダもこの匂いのせいで顔を少ししかめ、周りを見ながら仲間に呼びかけた。


「奥の方も一応調べるよ。まだサーチで感じた物は見つけてないんだからね」


光るメイスを持ったリュシアが奥に向おうとしたとき、奥の暗闇にぼんやりと、白い人のような形のものが見える。


それは、ゆらゆらと不安定な状態で、たたずんでいるように見えた。


リュシアは詳しく確認しようと少し近づいた。


(あれ、なんだろ……)


それはリュシアを見つけるや否や、こちらに向って走りだしてきた。


「ひぃぃ、骸骨!」


やって来たのは人間の骨だけで出来た魔物であった。


魔物は短剣を武器としてリュシアに向け、振り下ろしてきた。


「リュシア!」


それをすぐに察知したレクスが、リュシアと骨の魔物の間に入り、槍でそれを受け止めた。


攻撃が阻まれた骨の魔物は、すぐに後ろへ後退し、再び突撃しようと武器を構え、その機会を伺っているようだった。


レクスは表情を変えずに敵を見ながら、リュシアの安全を確認した。


「大丈夫か?」


「は、はい!ありがとうございます!」


リュシアはレクスの後ろへまわった。


ユラトとジルメイダも剣を抜き放ち、敵の前へ向った。


ユラトはその姿を見て、冒険者学校で学んだ本の中に書いてあった魔物の名前を叫んだ。


「『スケルトン』か!」



【スケルトン】


骨で出来た魔物。


人間の骨だけではなく、他にも鳥や獣など骨と魂を持っている生き物が死を迎え、その後、供養や埋葬されることなく放置されていると、その場に留まっている魂と悪霊などが結びつき、その骨に宿るとスケルトンになると言われている。

光の魔法に弱い。


種類も様々あり、スケルトンアーチャー、スケルトンメイジなど、生前のものが、どういったものであったかで、その能力は変わる。


スケルトンを目にしたダリオは、特に驚いた様子はなかった。


「こいつは、よく遭遇する敵だからな、なんの新鮮味もねぇな……」


レクスはスケルトンを見るのは初めてであったため、対処の方法を求めた。


「どうやって倒せばいいんだ?」


「こいつは、バラバラに砕いてやるか、魔力の宿ってる場所をだな……」


ダリオの説明を待てなかったジルメイダが攻撃を仕掛けた。


「こうやりゃあ、いいのさ!」


ジルメイダはスケルトンに側面から近づくと押すように蹴り、スケルトンがよろめき体勢を崩したところで力を込めて剣を振り、切るのではなくスケルトンの頭蓋骨を叩いた。


剣を振ったときに生じた風がユラトの頬をかすめた。


ユラトは彼女の剣の力強さに驚くと同時に自分もあのようになりたいと思った。


(ジルメイダの力は凄いな……正確な剣、しかも剣を振るのに迷いが無い、俺もあれぐらい強くなりたい……)


頭蓋骨が地面に音を立て、叩きつけられ転がった。


「ここにいるのも大した事はないね……」


ジルメイダはリュシアに光の魔法で止めを刺すように促した。


「こいつは、砕いても魂を浄化してやらないと辺りを彷徨って他の骨なんかに取り憑いてしまうのさ。だからリュシア、光の浄化の魔法を頼むよ、これも経験の一つさ」


リュシアは魔物に触れることさえ、したくは無かったが、これも経験だと思い渋々承諾した。


「……う、うん、やってみる……(凄く、嫌だけど……)


リュシアが使う光の魔法はアンデッドと言われる不死の魔物に特に良く効く魔法だった。


「じゃあ……」


彼女が頭部に近づいた時、スケルトンの頭蓋骨以外の部分が動き出し、落ちた頭を取りにいこうとしたのをレクスは察知し、槍を使って壁の方へ追いやった。


「ひっ!」


ダリオは怖そうにしているリュシアを見て呟いた。


「頭を砕いちまった方が、いいんだがな……しょうがねぇか」


ジルメイダには思うところがあるようだった。


「同じ事を言わせるんじゃないよ、ダリオ。必要なことさ(この子にも、前へ出る勇気や経験を少しずつでもいいから、積ませてやらないとね……)」


ジルメイダは普段とは違う、少しやさしい表情をしていた。


ユラトはジルメイダの顔を見て考えていた。


(また、あの表情だ……俺も村でジルメイダに鍛えてもらっている時に、たまに見せるんだ……いつもと違う、どこかやさしい顔……どこかで見たことがあるんだ。随分前に……温かい……そう、どこかで……)


ユラトは思い出せないでいた。


それはユラトの両親が彼に向けていた、我が子を思う、やさしい眼差しだったのかもしれない。


だが今の彼には、冒険者としてリュシアを鍛えているのだろうということしか思い浮かばなかったようだった。


(まあ、クレリックとして、敵と対峙する事と浄化してやることの両方ってことなのかな……)


リュシアは心を落ち着かせメイスを両手で持ち、祈るようにアンデッドを浄化させる魔法を唱えていた。


「(あたし……頑張ります……ファルバーン様……お母さん……)……浄化の光を与えたまえ!……」


リュシアの右手が光りを帯びる。


彼女は、その光る手で頭蓋骨を掴もうとする。


すると、頭蓋骨は切り離されているにもかかわらず、カタカタと音を出し、下あごの部分を動かし威嚇してきた。


(―――ひぃっ!……大丈夫、これくらい……こんなことじゃ母さんの頼みも果たせないし、ヴァベルの塔だって探さないとだめなんだから、こんなことぐらいで!)


一瞬リュシアは驚き、中断しそうになったが、なんとか恐怖に耐え、一気に頭蓋骨のこめかみの部分を光る手で掴んだ。


そして魔法を発動させた。


「―――『グレアハンド』!」


魔法が発動すると一瞬、頭蓋骨が強く光り、小さい音を立てながら濃い紫色の煙が骨から出現し、それはすぐに天上に上がる前に、光の粒子となって消え去った。


焚き火の木が燃える様な音を出しながら骨も砕けていく。


立ち昇っている光の粒子がリュシアに触れた。


すると何故か、リュシアの脳裏に映像が流れてくる。


それは、このスケルトンの生前の記憶であった。


断片的で全てが良く分かる内容ではなかった。


分かったのは、このスケルトンがかつてこの家の住人であった事だった。


(これって……)


豊かな実りある森の中、声が響いていた。


家族がいて、みな仲が良く、額に汗をかき一生懸命、葡萄酒を作る。


笑い声が絶えることはなく、時間が過ぎて行く。


家族は成長し、森の木々も大きくなっていった。


そしてそんな中、なぜか家族は1人になっていた。


この幸せな一家に何があったのか、理由は分からない。


1人、この家に残ったのは父親だった。


彼は葡萄酒作りを止めていた。


毎日、酒を浴びるように飲み、椅子に座り外の景色を眺め、涙を流していた。


その時の切なく、そしてどうしようもないと言う思いが、その映像を見ていたリュシアにも伝わり、彼女の頬にも同じものが流れていた。


父親は居なくなった家族を思い、その後、地下室へ向った。


そこで映像は終わっていた。


スケルトンの頭蓋骨の部分は灰となり、それ以外は活動を停止し、その場で垂直に体は崩れ落ちた。


涙を突然流したリュシアに驚いたユラトは、すぐに駆け寄っていた。


「どうしたんだい、リュシア?」


リュシアは自分が見た映像の内容をユラト達に話した。


「……という訳なんです……この魔法、実戦で使ったの初めてで、何がなんだか……」


リュシアの話を聞いていたダリオが呟いた。


「『ソウルメモリー』……」


ジルメイダはそれを聞き驚いた。


(流石はヴァベルの娘だ。死者の記憶を感じることが出来るなんてね……)


ダリオもリュシアの持つ才能に驚いていた。


(ソウルメモリーは、人並みはずれた感受性と高い魔力を持った者が、死者や強い思いのある物に触れたときに、稀に感じることがあるというものだ……そうそうあるもんじゃねぇぞ。俺もこの稼業それなりにやってるが、こんなこと今回が始めてだ……高い感受性は魔法のセンスの高さの現れ。それに、こいつには高い魔力もある……クレリックにしておくには惜しいな。こいつは鍛えれば相当の使い手になるぞ……面白しれえ!)



【グレアハンド】


対アンデッド、対悪魔用魔法。


アンデッド(幽霊やスケルトンなど、かつて生命を持っていたものが死を迎え、すでに生命が失われているにも関わらず様々な姿で活動をすることが出来る存在になったもの)などに対して威力を発揮する浄化の光を生み出し、術者の手に光を宿らせ、不死の魔物に宿った闇の存在を消し去ることが出来る、光の魔法。


手で直接対象に触れなければならないのが、この魔法の難しいところである。



恐怖に打ち勝ったリュシアをジルメイダは誉めた。


「よくやったよ、その調子だ!」


涙を拭き、リュシアは立ち上がった。


「うん、ありがとう……ちょっと泣いちゃったけど……(今度は泣かないようにしよう……)」


ユラトは感心し、羨ましくも思った。


(リュシアは凄いんだな……そんなことがあるなんて……俺もがんばろう)


ダリオが内心を隠し、澄ました顔で発言していた。


「ま、後方にいるだけじゃ、だめだからな。優秀な奴はメイスとかでバシバシ敵を攻撃するからな」


ジルメイダが、それに反論した。


「リュシアはクレリックだよ。『アコライト』じゃないんだから、それでいいのさ」



【アコライト】


光の神ファルバーンに仕える侍者。


メイスや棍棒などの打撃武器を得意とし、光の魔法もそれなりに使えることが出来、魔物との戦闘においては戦士や剣士と同じく前衛も兼ねることができるクラス。



「はい!……今度は1人で出来るようにがんばります!」


話を聞いていたレクスがアコライトになったリュシアを想像しようとしたが出来なかったようだった。


腕を組み考えるような動作をし、呟いていた。


「リュシアが雄たけびをあげ、棍棒を振り回している姿は想像できん……」


ダリオはそれを聞いて、珍しく素直に笑っていた。


「ハハッ、そうだなレクス、ちげえねぇや」


ユラトも想像できなかった。


(ふふっ、本当だよ)


パーティーに軽い笑いが起こった。


リュシアだけがきょとんとした表情で、なぜ笑いが起こったのか分からないでいた。


(え、どういうことだろ……?)


その後、ユラト達は地下室全体を調べた。


広さは、上の建物と同じぐらいの面積であった為、すぐに調べ終えることが出来た。


そして、ユラト達は地下室の奥に生まれたての赤ん坊が入る程の大きさの蓋付きの木の箱を見つけた。


箱の表面は生命の果実(フルーツ・オブ・ライフ 13個の円で構成されていて9つの円で×を作り、その×に4つの円を縦に上と下に2つづつ追加した模様 端的に言えばアスタリスク『*』を13個の円で表現したようなもの)と言われる幾何学模様が彫られていた。


また箱の表面全体は火で焼かれていたため、真っ黒であった。


レクスの説明によると虫食いや腐ることを防ぐ為にする加工であるとのことであった。


ジルメイダが箱をのまわりをじっくり観察し、罠が仕掛けられていないか調べていた。


箱を木の枝で突付き、触っても安全なのを確認すると、箱をゆっくりと持ち上げ、裏側を調べたり、蓋との継ぎ目をゆっくり舐めるように見ていた。


ジルメイダは簡単な罠判定と解除技術を持っていた。


冒険を進める中で冒険者は宝の入った箱などを見つけることがある。


その箱を開ける際には注意が必要な場合がある。


箱に罠が仕込まれている場合があるのだ。


罠の種類は様々で酷い場合だと死に至ることもあるので注意しなければならない。


ユラトは冒険者学校で、初歩の罠判別しか習っていなかった為、実際の罠判定を興味深く見ていた。


(基本的には、教えてもらった事と同じなんだな……何もないといいけど……)


リュシアは、この冒険で見るもの全てが新鮮に映り、初めての事が多かった。


そして好奇心も相まって、ジルメイダの近くでメイスを両手でしっかり握りながら、目を輝かせて箱を見ていた。


ジルメイダが、それに気づき、下がるように促した。


「リュシア、危険かもしれないから少し下がってな」


ジルメイダに下がるように言われたリュシアは、残念そうな表情で少し下がって見ていた。


「う、うん……」


「これは、恐らくハッグのお宝だね……罠は……無いみたいだね、ダリオも一応見てくれるかい?」


一通り調べ終えたジルメイダは、ダリオにも箱を調べるように頼んだ。


「ああ、いいぜ……」


ダリオも木の箱を調べたが特に警戒すべき魔力は感じなかったようだ。


「じゃあ、あたしが開けるよ」


安全であるのを確認したジルメイダが箱をゆっくり開けた。


すると、中には大量の銀貨が入っていた。


それを見たダリオが、喜びの声をあげた。


「おおっ!銀貨だが結構あるじゃねぇかよ!」


ジルメイダもやっと報酬らしい報酬を手に入れられたので嬉しそうだった。


「みんなで分けたとしても、なかなかいい収入になりそうだね」


そして、箱から銀貨を取り出していると、箱の底に魔法のスクロールがあるのをダリオは見つけた。


「……ん、なんだこれは!……スクロール!新しい魔法の発見か!」


ダリオは嬉しそうにスクロールを手に取り、広げてみる。


しかし、そこには何も書いていなかった。


「ありゃ、なんにも書いてねぇぞ……どうなってるんだ?」


それを聞いたユラトは思うところがあった。


(―――何も書いていないスクロールって……まさか!)

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