第108話 ゴミの再利用
人からクズと呼ばれるのと、ゴミと呼ばれるのと、どっちがマシか考えたことありますか?
クズとは人の役に立たない低レベルな人間のこと。
ゴミとは不要な人間のことだけど、周りを巻き込んで
そして世の中にはゴミみたいな人間が一定数存在している。
わたしは毎日、父が死ぬことを願っていた。
物ごころついてから、父がまともに働いているのを見たことがない。怠け者、無気力、不潔と三拍子そろった人間、それがわたしの父である。
我が家は母が朝から深夜までフルタイムで働いて家計を支えていた。その間、父は何をしてるかといえば、毎日家の中でごろごろしている。
鬱病とか身体が弱いとかいうわけではなく、ただ働くのが嫌いなだけだ。そして家に一日中いても家事も炊事もいっさいやらない。
父の身体からはすえたゴミの臭いがして、いつも死んだ魚の目で天井を見つめているだけだった。
わたしが中三の時に、母が過労で亡くなった。
働かない夫のために身を粉にして働いた、その結果が過労死ってやつ。
これでやっと父も働き出すかと思ったら、「かあさんが死んだから、これからはおまえが働いてくれ」中三の娘にそんなことをいう、ろ・く・で・な・し!
中学の卒業式の日、わたしは家出した。
あんなゴミみたいな父と暮らすのは真っ平だ。とりあえず風俗でも、援交でも、何でもして生き延びるつもりだった。
未成年だったけど、小さなカラオケスナックで雇ってもらえた。
歌は好きだったし、お客さんも近所のおじさんやおばさんたちでアットホームなお店だった。
みんなには父親がDVで母親はそのせいで早死にして、わたしにも暴力をふるうので怖くて家から逃げてきたと話した。
小さいころ自転車でこけて、二の腕に傷痕が残っている。「この傷は父にビール瓶で殴られてガラスの破片が刺さったものです」みんなに傷痕を見せて、まことしやかに説明した。
たしかに父はゴミだったけれど、暴力をふるうほどの活発さはなかった。
わたしの身の上話をみんなが信じ、同情して親切にしてくれた。
時々、お店にくる三十代半ばの男性客がいた。
病院のレントゲン技師をしてるとかきいた。真面目で大人しい感じ、どうやらわたしに興味を持ったようだ。
薄幸の少女というシチュエーションは男心をそそるものらしい。「この子を苦境から救ってやりたい!」そういうお人好しは利用させてもらおう。
持ち家があるから一緒に暮らさないかと誘われた。収入も良さそうだし悪くない話だと思って男についていった。
わたしも父と同じで働くのは大嫌いだ。養ってもらえるなら、その方が助かる。こういう善意な人間こそがゴミの喰い物にされる。
男なんて、夜の相手さえしてやればチョロイもんさ。
三食昼寝とおやつ付き、小遣いもくれる。
男が仕事でいない間、ごろごろして一日中部屋で過ごす。掃除も洗濯も食事も作らない怠惰な生活、またたく間にゴミが溜まり、足の踏み場もなくなった。
ついゴミの本性がでてしまった。なにしろゴミの娘なのだから――。
それでも男はひと言も文句を言わず、ダメなわたしを憐れんでくれる。
ゴミはゴミの中では育たない、善良な環境でこそ悪臭を放つのだ。
久しぶりに、ゴミ父はどうしているかと様子を見に行ってみたら、母の保険金のお陰で働かないで暮らしていけてるようだった。
なんて悪運の強いゴミだとつくづく感心させられた。
わたしが物ごころついてから、ずっと住んでいる古いアパートの部屋は、天井近くまでゴミ袋が堆積して、ひどい悪臭を放っていた。
その中で父は万年布団に包まって、かろうじて息をしている。
「とうちゃんがゴミか、ゴミがとうちゃんか、見分けがつかないよ」とわたしがいうと、父は「ゴミと同化して生きている」と、むしろゴミである自分を誇っていた。
その数ヶ月後、父の住むアパートの管理人から「お父さんが倒れた」と連絡があった。病院にいったら、すでに父は亡くなっていた。崩れてきたゴミ袋に埋もれて死んだらしい。
父は完全にゴミになった。「ゴミになっても、人間は捨てられないよ」父の遺体なんか引き取りたくない。
すると男が「医学の進歩にも貢献できるし、病理組織検体として病院に寄付したら」とアドバイスをくれた。
おおっ!『ゴミの再利用』その手があったのか。
生前、ゴミだった父がホルマリン槽でぷかぷか浮いてる姿を想像しただけで笑える。
病理組織検体として『ゴミの再利用』だ。死んでから、やっと父は人様の役に立てた。
解剖の後、人体骨格見本として使ってもいいよ。どうせ、こいつは生きてるとき、ゴミ野郎だったし――。
肉親に対して、冷淡な感情しか持てない、このわたしもしょせんゴミ虫ですから――。
ゴミは溜まる生活を脅かす怖い存在になります。
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