第109話 逃げろ
誰かが耳元で囁いた“逃げろ”と、おそらくその声は俺の中に潜む野性の勘ってやつだ。
俺はその声に従い走りだす。
やはり俺の勘は当たっていた、校舎から飛びだした俺の姿を、三階の教室の窓からアイツが見ていた。
ヤバイ! 早く逃げないと捕まってしまう。
昔から逃げ足が早いといわれた、この俺よりもアイツの方が駿足なのだ。
とにかく学校から逃げだし、駅まで逃げ延びて電車に乗ったら俺の勝ち、今日こそアイツに捕まらず、無事に帰宅したい。
だってぇ〜俺は帰宅部なんだぜぇ!
そんなことを考えていたら、背後から足音が聴こえてきた。しかも全力疾走の足音だ! 俺は追跡者から逃れるため、さらに必死で走った。
学校の通用門を抜けて、四角を曲って細い路地に入ったら、ゴミ箱の裏に身を潜める。このままアイツが通り過ぎてくれることを、神さまに祈りながら……アーメン。
「ナオト見っけ!」
あっけなく見つかってしまった。小癪にもアイツが得意そうに笑ってやがる。
一ノ
俺のいくところには当然のように香奈が居る。周囲からもカップルみたいに思われているが、断じて違う! 香奈は彼女ではないし、俺も彼氏じゃない。――てか、無人島に二人で流されたとしても……こいつの彼氏だけは願い下げだっつーの!!
どこが嫌いかというと、いつも俺につきまとって、オカンみたいでウザイところ。おまけに成績もスポーツも俺より上だし、容姿だって悪くないくせに、この俺にめっちゃ執着してやがるから、キモチワル。
こいつがいるせいで、学校の女子が誰も寄ってこない。まあ、アマゾネス(香奈)と戦ってまで、俺を彼氏にしようとする勇者はうちの学校にはいないだろう。
香奈がいる限り俺の青春は真っ暗だ! だれか助けて!!
「なんで隠れてても見つかるんだ?」
「絶対に逃げられないわよ。ナオトにはGPSが……」
「えっ!?」
「なんでもなぁ〜い」
香奈は慌てて口を押さえて誤魔化したけど、いつも監視されてるような気がする。
「もう俺につきまとうなっ! ストーカー女めぇー!!」
「なんで? 香奈とナオトは“運命のカップル”でしょう」
「ちげぇーよ!」
こいつとは同じ日に同じ産院で生まれた。乳児室のベッドが隣同士だったせいで母親同士が友達になって、今では家族ぐるみのお付き合いだ。
毎年、俺らの誕生日にはお互いの家で二回お祝いして貰っている。バースデーケーキのろうそくをいつも二人で吹き消してきた。それが両家では当たり前の行事みたいになってしまっている。
香奈は一人っ子で、俺には五歳下に弟がいるが物心ついてから「お姉ちゃん」と香奈のことを呼び、兄貴の俺よりも懐いている。うちの母親も香奈が気に入っていて、週末には二人でご飯を作ったりして、嫁姑ごっこをして楽しそう。
将来、俺たち二人が結婚して家族になることに、なんの疑問も持っていないようで……怖い。てか、大人になったら嫁くらい自分で探すから、勝手に話を進めるなっ!
アニメじゃあるまいし、幼馴染だから最後は結ばれるなんてフラグを勝手に立てられたら、こっちが迷惑なんだ。
「運命とか関係ない」
俺はそんなの認めないからっ!
「ねぇ、知ってる? 自分の意思では変えられないから運命っていうんだよ」
まるで信仰のように“運命のカップル”だと信じてやがる。これ以上の議論は不毛だ!
「あっ、香奈の頭に毛虫がついてる」
「嘘っ? ヤダ、取って、取ってぇーっ!」
「よっしゃ〜」
毛虫を取ると見せかけて、デコピンをお見舞いしてやった。
香奈が驚いて尻餅をついた隙に、ふたたび逃走する。わき目も振らず全力疾走だぜ。
いつの間にか、周りが創りだした、俺らの“未来のビジョン”に全力で抵抗してやる。そのために俺は今日も香奈から逃げて、逃げて、逃げ続ける。
俺が逃げると香奈が追いかける。香奈が追いかけるから俺は逃げる。無限ループでそれを繰り返す日々なのだ――。
「はぁはぁ……やっと逃げ切った……」
俺は息を切らし、駅の改札を抜け、階段を下りてホームへ向かう。やれやれ、これで逃げ切ったと安心していたら――。
「ナオト遅いよぉ~」
アイツがホームで手を振っている。
「嘘だろう? 俺の方が先に駅に着いてるはずなんだ」
「アタシ、近道しってるもーん」
「チートかよ!」
「へなちょこ」
「もうぉ~イヤだぁ――!!」
俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「ナオトって、昔から鬼ごっこ好きだよね? また明日もやろう!」
嬉しそうな顔で香奈がいう。
俺の逃走劇って、香奈からしたら鬼ごっこだったわけ? ありえねぇーっ!!
つーか、俺と香奈の鬼ごっこは、このまま一生死ぬまで続くかもしれない。もしも、香奈の方が俺から逃げようとしたら、今度は俺が鬼になって全力で追いかけてやるっつーの! 逃げろ! 逃げろ!!
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