第101話 消えた少女
山間の小さな村で十二歳の少女が失踪した。
人口千人に満たないこの村では、ある宗教団体が全ての権限を握っていた。代々この地で生まれた美しい少女を
失踪したのは、次の姫巫女に選ばれた
義務教育だから仕方なく学校には通っているが、俗世界からは隔離された神殿の中で、
久しぶりに登校した亜矢は下校時、学校に忘れ物をしたと言い出した。「取ってきましょうか?」お付きの者が言ったが、自分で取りにいくからとすぐさま学校に戻って行った。そのままいくら待っても出てこない。学校中を捜し回ったが亜矢の姿はなく、翌日には村中で山狩りまでしたが見つからなかった。
二日目の山狩りの時、沢近くに亜矢のランドセルが落ちていて、下流では履いていた靴が見つかった。
失踪、誘拐、事故の線で捜査するため、県警から刑事や警察犬がやってきた。
そして僕は、この村の駐在所に勤務する二十七歳の警察官であります。
今まで事件とは無縁だった、この村では「駐在さん」と呼ばれる本官が一人で業務をおこない、独身者なので駐在所の二階に住んでいる。
とにかく、この事件は姫巫女様という信仰の対象で中心的存在だったから、村では大騒ぎになった。村人たちは姫巫女の「ご
村の因習とはいえ、一生村から出ることも、結婚することも叶わない、みんなに
村祭りで神楽を踊る姫巫女は、凛として
神代亜矢が失踪してひと月が過ぎた。
なにひとつ手掛かりもなく、事件は迷宮入りしそうな
神殿では新しい姫巫女候補を養女にむかえたという噂が広まった。そうなると村人たちの亜矢への関心は一気に冷めてしまった。ご神託で、姫巫女不適合者として神に召されてしまったということらしい。
そして本官も人事異動のため、この村を去ることになった。
新しい駐在先はここよりずっと遠くの都会の町なのだ。そこでは住居を借りて暮らすつもりだが、ただ心配なことは最近買った大きな洋服ダンスが、その部屋に入るかどうかである。
警察犬が駐在所の建物の前にくると、いつも激しく吠えるのには困った。何しろ、ここには神代亜矢に関する遺留品などが多く置かれているせいではないかと……そう説明すると県警の刑事たちもあっさり納得してくれる。
二階の本官の住居に刑事が上がってくることはほとんどないが、中央にどんと据えられた大きな洋服ダンスを見て、「ずいぶん衣装持ちなんだね」と冗談をいう。そう、そこには僕の大事なモノをしまってあるのだから――。
タンスは特別製で扉に付けられた鏡はマジックミラー、中から外がよく見える。しかも内側から施錠できるし、人ひとり隠れるには丁度いい大きさなのだ。
本官が神代亜矢と出会ったのは一年ほど前だった。
バイクで夜の巡回をしていると、神殿の外に人影が見えた。近づいてみると、少女が暗がりに一人で泣いていた。本官が事情を訊ねてみると、姫巫女なんかに成りたくない、この村を出て自由に生きたいというのだ。
神事の修行は厳しく、亜矢には殴られた
今の状況を考えてみれば、姫巫女様と
どうかこの村から連れ出してくださいと亜矢に泣いて懇願された。本官もこの閉塞した村から救い出してやりたいと思った。この美しい少女に、本官は心を奪われてしまったのだ。
そして本官の異動が決まったひと月前、ついに作戦を決行する。
学校に戻ったと見せかけて亜矢は山に入った、沢でランドセルと靴を捨ててから森の中に身を潜めている。日が暮れてからパトカーで亜矢を迎えにいき、そのまま駐在所の二階に身を隠した。誰かきたら、すぐに姿を隠せるように洋服ダンスを置いた。
灯台もと暗し、まさか失踪中の少女が駐在所の二階にいるなんて、誰も想像できないはずだ。
本官の引っ越しの日に、洋服ダンスに入った亜矢と一緒にこの村から出ていく、新しい町でふたりの新生活が始めるのだ。
十二歳の少女の失踪事件が、実は二十七歳の警察官とのかけおちだったと、この村の誰がしるだろう。
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