第102話 貧乏神にもらった財布

 当時、高校一年生だった私は部活帰りでお腹が空いていた。

 家に帰るまで、この空腹に耐えられそうもないので、コンビニでパンと飲み物を買うことにした。

「325円になります」

 コンビニの店員が金額を告げた。

 お金を払おうと財布の中身を見たら、なんと5円玉が足りなかった。ポイントカードも忘れてきたし、仕方なく買ったものを返そうかと思っていたら……。

「ほい。5円玉」

 後ろから、誰かが5円払ってくれた。

「あ、すみません」

 振り向いて見たら、痩せて貧相ひんそうなおじいさんが立っていた。

「あのう、5円いいんですか?」

「いいの、いいの」

 こんな貧乏くさいおじさんに、たった5円でも出してもらうのは気の毒に思えるが、本人が「いいの、いいの」というので、お言葉に甘えることにした。


 コンビニから出てきたら、さっきのおじさんが店の前に立っていた。

「さっきはありがとうございました」

 お礼を言って帰ろうとしたら、「お嬢ちゃん、ちょっと待ちなさい」と呼び止められた。

「5円は、明日ここでお返ししますから」

 ぼろぼろの服を着たおじいさんから、お金をもらうのはやっぱり気が引ける。

「いやいや、5円はお嬢ちゃんにあげる。それより小遣いに困ってるんじゃないかい?」

「そ、そうですが……?」

 いつもだってこと、なんで知ってるんだろう?

 私の場合は部活やってるのでバイトができないし、親がケチだし、毎月お小遣いが足りなくて、いつもお金に困っていたのだ。

「お嬢ちゃんにいいものをあげよう」

 おじいさんはポケットから、何かを取り出して私に手渡した。

 それは薄汚れた灰色の財布だった。真ん中に『貧』という文字が書いてあり、冗談かと思うくらい趣味の悪いがま口である。

「けっこうです!」

 私はおじいさんに財布を返して、その場から立ち去ろうとした。

「ちょっと待たれよ。この財布はただの財布ではない! 毎日お金を生みだす魔法の財布なのじゃ」

「はぁ? 嘘くさい」

「嘘は言わんよ。わしは神様だから、お金に困っている者を助けたいだけじゃ」

 神様って? こんな貧乏くさい神様なんかいるものか。もしかして妄想癖のあるおじいさんなのかしら。

「じゃあ、どんな神様なんですか?」

 私が質問すると、おじいさんはニヤリと笑った。

「貧乏神じゃよ」

「えっ!?」

「この財布には一日千円の小銭を貯める」

「こんな汚い財布なのに?」

「ふむ、貧乏神の財布には神通力があるのじゃ」

 その財布を私の手に握らせると、おじいさんは目の前から、まるで煙のように消えてしまった。 

 

 まさか、貧乏神が財布をくれるなんて信じられない。

 だが、その財布には使っても使っても毎日千円分の小銭が入っていた。一日千円でも月にすれば3万円のお金が湧いてくるのだから有難い。ただ、難点といえば百円玉以下の硬貨ばかりという点である。

 小銭ばかりだとかさ張って重いし、高価な買い物ができない。そこで私は考えた、まず銀行に小銭を持って行き「貯金します」と言って通帳に入金させると、その後、ATMで紙幣に替えてから使うことにしたのだ。

 貧乏神の財布のお陰で、私はリッチな学生生活を三年間送ることができた。ところがある日、財布の中に一枚の紙が入っていた、そこにはこう書かれてあった。


『貧乏神の財布をご利用ありがとうございます。

 限度額を超えましたので、サービスを終了します。

 返済方法は、あなたの出世払いとさせていただきます。

 

                       - 貧乏神 - 』


 その日から、貧乏神の財布には一円の小銭も貯まらなくなった。いつの間にか、その財布すら消えてなくなっていた。

 

 貧乏神の財布が消えてなくなった時には、あてにしていたお金が入らなくなり、かなり貧窮したが、いつまでも良いこと続かないものだと諦めて、大学に入ってから真面目にバイトもした。

 そして大学を卒業すると、会社に勤めて自分でお金を稼ぐようになった。

 すると……どうだろう? 私の財布から毎日小銭が消えていく――。

 千円札を崩すと、百円以下の硬貨が、いつの間にか財布からなくなってしまっている。財布を替えても、貯金箱に入れても、どうやっても小銭がなくなるのだ。どんどん小銭が消えていけば、当然、私は貧乏になってしまう。

 働いても、働いても……私の財布にはお金が貯まらない。

 まるで貧乏神に魅入られたような、とういか貧乏神にたたられているのだ。あの時、コンビニで貧乏神から五円貰ったせいで、ご縁、いやくされ縁ができてしまったのかもしれない。

 出世払いというのは、自分でお金を稼ぎ出したら返済させるという意味だったのか。初めに甘い汁を吸わせて、後からじっくり搾りとる――ああ、なんと狡猾こうかつな方法なのだ。

 貧乏神の財布、あれが罠だったのだと気づいたが、もう手遅れだった。

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