第95話 竜宮島
ネット上で自分のことを浦島太郎だと
おとぎ話のキャラに成りすまして、どんなメリットがあるのだろうか。――まず、そこが気になった。
どうせ成りすますなら、もっと歴史上の偉人とか、有名人を
だが、その男はTwitterやFacebookで、盛んに自分が浦島太郎だとアピールしているのだから、ただのバカなのか?
どんな奴か見てみたいと、Twitterからメッセージを送ってみた。
『浦島太郎と名乗るあなたのことが気になるので、せひ取材させてください』
こういう内容で送信したら、三分も経たない内に返信がきた。
『取材OK!! どうせ暇なのでいつでもどうぞ♪ 浦島太郎』
なんか
言い遅れたが、俺はネットなどに記事を書いているフリーライターで、『
――ともあれ自称浦島太郎さんから、面白い話が聴けることを期待して、俺は待ち合わせ場所へ向かった。
その男は時間ピッタリに現れた。
スタバの店内をキョロキョロしながら歩いてくる、背中に『海人(うみんちゅ)』の文字入りの青いパーカーを着てくると言っていた。
俺は手を振って、ここだと示すと男はいそいそとやってきた。
「フリーライターの
「どうも浦島太郎です」
浦島太郎は初老の男だった。
「もっと若い人かと思ってましたが……」
「僕、いくつに見えますか?」
「う~ん……パッと見、五十くらい?」
「いいえ、先月二十歳になったばかりの大学生です」
たしかにキャラい感じはするが、絶対に二十歳には見えない。顔の皺から察しても五十から六十の間だろう。
「はぁ? 乙姫さまの玉手箱で急に老けたんですか?」
俺が笑いながらいうと、男は真剣な表情でこたえた。
「あの島から戻ったら、三十年以上も時が流れていました。その間に両親は亡くなっていたし、大学も退学になってる。戸籍も抹消されて、僕は死んだことに……みんなに忘れ去られた存在なのです」
「現代の浦島太郎はボッチってことですか」
俺の勘だと、この男はフューグ (Fugue)という
強いストレスを溜めていると、突然、自分のいる環境から逃げ出し、知らない土地で別の人格になって暮らし始める。そして自分が誰なのかという記憶まで、すべて失くしてしまうという病気である。
「あっちから戻って三ヶ月になりますが、こっちには僕の居場所がない」
ん? この男には失踪中の記憶があるのか? じゃあ、ただのホラ吹きなのか、もっとよく聞いてみよう。
「あなたが浦島太郎になった
「大学の友人たちと伊豆へ釣りに行ったときです。岩場で釣りをしていたら大波にさらわれて、あっという間に僕は沖に流されてしまって……気がついたら、あの島へ流れついていた」
「あの島とは?」
「
乙女が九人とか、ワルキューレか? しかも海に流されて異世界へいくなんて……まるでラノベ展開だと失笑した。
「さぞ竜宮城の乙姫さまにモテモテだったでしょう?」
「真珠やサンゴ礁で造られた美しい宮殿で、海神の娘、九人の乙女たちの夜の相手をしました」
男は瞳を輝かせてそう語る。
「おやおや、それは男として羨ましい話ですね」
「那由他さん、信じていないでしょう? これを見てください」
男は手の甲を見せた、そこには十円玉くらいの赤い痣があった。
「あっちから戻ったら、この痣がありました」
「なぜ自分が浦島太郎だとネットで宣伝してるんですか?」
「捜しているんです。僕みたいに竜宮島から戻ってきた人間を……」
「あなたはどうやって戻ってきたんでしょう?」
「毎夜、違う相手と契り、九人目の乙女が僕に言ったんです。あなたが私を抱いたら、この儀式は終わり。この後、小舟に乗せられて海に流されてしまうのだと、それで彼女が僕を逃がしてくれたのです」
「
「違います! 極楽浄土は竜宮島だ。用済みなので僕は廃棄される運命だった」
「要するに、乙女たちの慰め者ですか?」
「はい。……ですが男なら誰でも夢見る、ハーレムのような日々でした」
途中から、録音も撮っていない、こんなヨタ話は記事にもならない。単なる好奇心から、この男の話を聞いているだけの俺――。
「僕はあっちの世界に戻ります」
取材を終えて、別れ際に男がいった。
「えっ?」
「いや、絶対に竜宮島に戻るんだ!」
「どうやって?」
「もう一人の浦島太郎を見つけたんです。彼は九十歳で老人施設にいます、そこの介護士さんが浦島太郎の話をする老人がいると教えてくれたから会いにいった。彼にも僕と同じ痣があります。……そして戻る方法を教えて貰った」
「本当に?」
「僕が釣りをしていたのは、亀岩という引潮にしか出ない、あの岩はあっちに繋がるなにかが……」
そこまで話して急に口を
一瞬、虚空に目を泳がせて、「九人目の乙女が僕を待っている」と呟いた。
俺に向かって「どうも」一礼すると男は走り去っていった。
その日を最後に、浦島太郎と名乗る奴はネット上から消えた。
*
それから数日後、伊豆の海岸に若い男の溺死体があがった。
年齢は二十歳代、青いパーカーとジーンズ、手の甲に十円玉くらいの痣があった。
この男がいったい誰なのか、知る者はおそらくいない――。
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