第85話 優しさの裏側

半年前まで、ボクらは恋人同士だった。

それが今ではボクのお姉さんか、まるで母親みたい。


「ああ~またこぼしてる」

朝食のトーストを食べるとき、ほんの少しパン屑をこぼしたら、

キミは目ざとく見つけて、ふきんで拭きとろうとする。

「あら、ネクタイがまがってる」

横からボクのネクタイを直そうとするんだ。

そうやって四六時中しろくじちゅう、なにかをただそうとしている。


「ねえ、コーヒーのお代わりいかが?」

コーヒーカップの中まで、いつも気を配っている。

それがキミにとって、ボクへの愛もしくは、

優しさだと思っているのかい?


最初はキミの優しさが好きだった。

とても気が利くし、いつも気配りしている人。

相手を大事にする、その姿勢にとても好感がもてた。

だからキミと一緒に暮らしたら、

ボクらは幸せになれると思っていたのに……。


そうじゃなかった!

キミは自己満足の優しさを押しつけてくるし、

ひとり合点して、なんでも通そうとするし、

優しさに対する感謝の言葉を求めるようになった。

キミの愛が重たい!


ああ、正直めんどくさい。

なんだか、いつも監視されているようで息が詰まる。

キミの優しさが、ボクから自由を奪っていく。

まるで蜘蛛の糸のが絡みついたようだ。


本当の優しさなんて伝わらない。

言葉を尽くせば、尽くすほど……

優しさから遠ざかって――。

剥き出しのエゴが牙をむく。


「ねえ、コーヒーのお代わりいかが?」

またボクに訊く。

コーヒーのお代わりはいらないさ。

この部屋からボクは出ていくから、

おそらく、二度と、ここへは戻らないだろう。


なぜ、出ていったのか?

残された者は考えることだろう。

優しいキミが傷つかないように、

その理由はあえて言わないでおくよ。

それがボクの優しさだと気づいてほしい。


優しさには、いつも表と裏がある。

見える優しさと、見えない優しさと、

本当の優しさは、月の裏側みたいに、

目を凝らしても見えないけれど、

いつの日にか、その想いは伝わるだろう。


グッバイ マイ ハニー

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