第79話 偏食者のカタストロフィー
「こんなまずい飯が食えるかっ!」
テーブルの上に並べられた料理を見るなり、夫の口からそんな捨てゼリフが吐き出される。そして家から出ていってしまった。行き先はどこかわかっている、ここから歩いて十五分先にある、夫の実家に決まっている。
そこへいけば、彼の母親が好きな料理ばかり並べて待っているのだ。
結婚して一年、夫とはうまくいっていない。
主な原因は私の作った料理が気に入らないことだ。一緒に暮らしてみてわかったことだが夫には偏食がかなり多い。野菜や魚をほとんど食べない、肉をメインに油っこい料理が大好き、味付けも濃い目の甘めだった。
生活習慣病のリスクなど健康のことを考えて、私が野菜の煮つけや焼き魚などヘルシーな料理をつくると、きまって不機嫌になって、自分の実家へ帰ってご飯を食べさせてもらうという、駄々っ子ぶり。
ひとり息子を盲愛する母親は、彼が食べたいといえば真冬だってスイカをさがすような人――。いつだって息子が好きなものだけを食べさせてきた。そんな母親に育てられた夫は、甘えん坊で自己中な子どもっぽい性格になってしまった。
おまけに半年前に舅(夫)を亡くしてから、姑はひとり暮らしは寂しいからと、なんだかんだと用事をいいつけて夫を実家に呼びつける。だが、嫁である私には来なくてもいいという。
このふたりの親子関係がコア過ぎて……とても入り込めない状態なのだ。
夫は週に三、四日は実家で暮らし、夫婦のマンションにはあまり帰ってこない。ふたりの将来に夢を描いて結婚したはずなのに、こんなはずじゃなかった、夫は母親べったりのマザコンだった。
なんども話し合ったが、夫は「おまえの料理がまずいからだ」というばかり、姑には「大事な息子にまずい料理を食べさせるなんて、あんた嫁失格よっ!」と怒鳴られた。
その上、親戚中にメシマズ嫁だと風評してまわったので、みんなから冷たい目で見られている。
夫の健康を考えて作っている料理なのに、なぜそこまで悪口をいわれなきゃいけないの?
――ほうとうにバカらしくなってきた。
好きな料理しか食べない、嫌いな食材が入ってるだけで、ふくれてすねる……それが、だいの大人のすることか? 私への当てつけか、実家でご飯を食べてくる夫と、それを歓迎する姑にも心底幻滅した。
結局、料理をめぐる『嫁姑戦争』で敗北したのは私の方だった。
マンションに帰らないからと生活費も入れずに平然としている夫に、ついに堪忍袋の緒が切れた。どうせ賃貸だし、こんな広いマンションの家賃は私には払えない、ついに自分の荷物だけまとめて一人で引っ越しする。
その後、離婚の話しあいをしたが夫も姑も「離婚したら、世間体が悪い、出世にもひびくから……」と、それを理由に断固拒否された。
別居したまま、私は自立した人生のために、正社員として働ける仕事に就いた。
――もういいや、こんなクソ親子は放っておこう!
あれから十年の歳月が流れた。
私は若者向きのキャラクターグッズを取り扱う大型店舗の店長をしていた。みじめだった結婚生活に終止符をうって、その後は仕事に打ち込んだ、その成果が認められて出世した。
年俸も一流企業の課長クラスもらっている。マンションも買った、外車にも乗ってる。年に二、三回はバカンスで海外旅行だ。
そんな私の元に、いきなり夫から連絡があった。
どこで調べたのか私の店舗に電話があった、店員から「店長にお繋ぎします」といわれて驚いていたようだ。
大事な話があるというので、渋々ファミレスで会うことになった。
わざと遅れていったら、夫は分厚いステーキにかぶりついていた。しばらく見ない間にかなり肥っている。たぶん20キロは体重が増えてるだろうか? おまけに顔が脂でギトギトして気持ちの悪いおっさんだ、奴を見た瞬間、鳥肌が立った。
さっそく用件を訊いたら、「おふくろが脳梗塞で倒れて寝たきりになった。実家に戻って姑の介護をしてくれ」という。脳梗塞? 息子の方も血糖値、中性脂肪、コレステロール、血圧とぜんぶ高そうだ。「おまえは嫁なんだからやってくれ」マザコン亭主が勝手なことをいっている。
元気なときは母親べったりで病気になったら人任せか……なんて薄情な息子なんだ。昔、私にやった仕打ちは忘れない、その後はひとりで生きてきた。どの面さげて『嫁』なんて言葉がいえるんだ!? 私はあまりの怒りに総毛立つ。
今こそ、この男に長年腹に溜めていた、このセリフを吐き出してやる!
『マザコンのくせに、母親の介護もできないかっ! 偏食ばかりやってる、あんたも成人病で倒れるよ。そんとき私はしらない。自業自得ってやつだ!』
そういって、さっさっと席を立った。
この先、なにをいってきても聞く耳もたない。こっちは有能な弁護士を立てて、離婚の話しを勧めるつもりなのだ。今こそ積年の恨みを晴らしてやる。
偏食、マザコン亭主、ざまぁーみろ!
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