第76話 愛のサンタ♪

「メリークリスマス」

 いきなり暗がりから声が聴こえてきた。

 僕はバイト帰りの道を一人で歩いていたが、その声は僕以外の誰かにかけたものだろうと思って無視して歩いていた。

「ちょっと、三輪守みわ まもるくんだよねぇ?」

「はぁ? そうだけど……だれ?」

 自分の名前を呼ばれて驚いた。振り向くと若い女が立っていた。

「あたしサンタだよん」

 見れば、真っ赤なサンタ風の超ミニスカートをはいて、頭にはサンタ帽を被っている。化粧の派手な女で居酒屋の客引きか、キャバクラ嬢かもしれない。

 ひょっとしたら悪質なキャッチセールスかも、あんまり関わりたくないので僕は足早に歩いた。

「ちょっと、ちょっと待ってよ。シカトはないでしょう?」

「な、なんですか? 僕は急いでるんです」

「嘘つけ。彼女もいないくせに帰っても部屋でボッチじゃん」

 うっ! 図星だ。だが、ムッとした。

「そんなの関係ないでしょう? 君は……知り合いでもないのに馴れ馴れしくしないでくれ」

 僕が怒るとその女はニヤリと笑った。いけすかない奴だ!

「守くんって、彼女いない歴三年だったよね」

「うるさい!」

「あははっ、あんたって2ちゃんねるで『クリスマス爆発しろ!』とか書き込むタイプでしょう」

 いったい、こいつは何者なんだ。

「……だれかに頼まれたイタズラですか?」

「だから、あたしは愛のサンタだよ。クリスマスに彼女のいない、さみし~い男の子に愛を運んでるんだってばぁ~」

 どうもメンヘレみたいなので、これ以上相手にしないでおこう。

「あっ、手に持ってるの、それケーキ?」

「そうだけど……」

 僕のケーキをギラギラした目で狙っている。


 僕の実家は祖父の代から老舗のケーキ屋である。

 上京して大学で勉強していたが、中退して、今はお菓子作りの専門学校へ通っている。元々勉強よりケーキ作りが好きだったし、ある理由で大学を辞めようと決心した。それは当時付き合っていた彼女のひと言だった。

 彼女はスレンダーなスタイル美人で、嫌われないように必死だった。家業がケーキ屋なので『門前の小僧』の僕はケーキ作りが得意だし、スイーツ好きの彼女のためにデートの度にケーキをプレゼントした。

 僕の焼いたケーキは美味しいと大喜びの彼女だったが、ある日――。

「守とは別れる!」

 いきなり言われた。

「えっ! どうして? 僕のどこが嫌いになったの?」

「あなたのケーキが美味しくて、私、5キロも肥ったのよ!」

「まさか?」

 そういえば、付き合い始めた頃に比べてポッチャリしてる気がする。

「気にするほど肥ってないよ」

「いいえ! 守の焼いたケーキは女の子をブタにするのよ」

「そんな言い方はひどいなあー」

「もうお別れよ! 私、これ以上肥りたくないの」

 そんな理由で僕はフラれてしまった。それなら大学中退してお菓子の専門学校に通うことにした。僕の焼いたケーキは女の子を肥らせるくらい美味しいのだという自信があったからだ――。


「メッチャ美味しかったぁー」

 僕から引ったくったケーキを全部平らげて女サンタは満足そうだった。眉つばだが、彼女はサンタクロースの孫娘らしい。

 僕がバイトしているティー&スイーツのお店のマスターにクリスマスだからとケーキを持って帰らされたが、自分で焼いたケーキを自分で食べるのもなんかなぁ~と思っていたから食べてくれる人がいて良かった。

「ホントに守くんのケーキは最高だよ」

「そうかい」

「お礼に素敵なプレゼントあ・げ・る」

「なに?」

「それはひ・み・つ」

 いちいち勿体つけたがる、ウザイ女だ。

「教えろ!」

「じゃあね。バイバーイ」

 女サンタがスッと目の前から消えてしまった。

 どこかでシャンシャンと鈴の音が聴こえたような気がしたが……僕は首を傾げながら自分の部屋へ帰っていった。

 ドアの前でポケットから鍵を探していると、背後で人の気配を感じた。


「あの……」

 若い女が立っていた。その人はティー&スイーツのお店の常連客のひとり。二十歳くらい、色白で化粧気もなく、ちょっとポッチャリ系だけど純朴な感じがする人だ。

「三輪守さんですか。私、あなたのケーキの大ファンなんです」

「そうだけど、ありがとう」

 ケーキを褒められると嬉しい。

「実はクリスマスケーキを作って欲しくてお願いにきました」

 マスターに住所を訊いて、僕に直接注文にきてくれた。

「予算は幾らくらい?」

「ちっちゃくていいんです。だって、私ひとりで食べるんですもの」

「そうですか」

 その返答に熱く彼女を見つめてしまった。

「僕もクリスマスはひとりです」

「もし良かったら、ご一緒にケーキ食べてくれませんか?」

 そう言った後に、彼女の顔が見る見る桜色に変わった。なんて可憐な乙女なんだ!

 僕らはティー&スイーツのお店で一緒にクリスマスを祝う約束をした。もう来年からボッチのクリスマスは来ないような気がする。

 なぜだか、彼女が僕の『運命の人』って感じがするんだ。


                      *


「あのふたり上手くくっつきそうだぜぇ」

 咥えタバコにグラサン姿のやさぐれトナカイが言うと、

「女の子は性格も良いし、守とはお似合だよ。――けど結婚したら、彼女が『幸せ激肥り』するってことは、ナイショさ」

「あははっ、ボッチでよりマシだろう」

「世の中には恵まれないガキより、モテない男の方がずっと多いんだ。あたしからのプレゼントは愛だよん」

「愛のサンタ♪ イェーイ!」


 降誕祭の夜、超ミニスカートの女サンタは、相棒やさぐれトナカイのソリに乗って、ボッチ男子に愛のプレゼントを届けてゆくのです。

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