第75話 深夜専門タクシー

「びっくりしました! ヘッドライトに白い影が浮かび上がった時には、もう悲鳴をあげそうでした」

 一台のタクシーが思いがけない場所で客をひろった。 

「こんな時間に、あんな場所で……人が歩いてるなんて驚いた」

 真夜中のトンネルの中を人が歩いていたのだ。

「手を上げて、お客さんに呼び止められたけど……本当は乗車拒否しようかと思ったくらいですよ」

 タクシーが止まると、若い女がスーッと乗ってきた。

「山の中のトンネルに若い女性がいたなんて……幽霊かと思った」

 そこはめったに車の通らない廃墟のような古いトンネルだった。

「いったい何があったんですか?」

 タクシー運転手の問いかけにも、女は項垂うながれたまま返答しない。

「もしかしてドライブの途中で彼氏とケンカしたんですか? 前にそういう女性を山の中でひろったことがあります」

 女は終始無言である。

「あ、余計な詮索ですよね? どうもお喋りなもんで、よくお客さんにペラペラうるさいって叱られます。あははっ」

 いたたまれない沈黙に、運転手はお客に話しかける。

「わたし、十三年前に脱サラして個人タクシー始めたんですよ。元々運転が大好きだったし、こういう狭い空間にいるとホッするタイプでしたから。天職かと思うくらいこの仕事が気に入ってます」

 黒いセドリックのタクシーは、最近は見かけない古いタイプの車種だった。

「……ところでお客さん、行先はどちらでしょう?」

 小さな声で「最寄りの駅まで……」と女が答えた。

「ここから駅までなら20分ほどで着きます。もう少ししたら夜が明けるので始発電車に乗れますよ」

 その言葉に女は安堵したように頷いた。

「まあ、運よくわたしのタクシーが通りがかったからよかったものの……この辺りは怖い場所なんですよ」

 少し声をひそめて運転手がいう。

「特にあのトンネルは、出るって……運転手仲間のあいだで有名な場所だから、霊スポットってやつ」

 後部座先の女は脅えたように身をすくめた。

「この辺りは戦国時代の古戦場だったから、霊がうろうろしてるんだ」

 フロントガラスの向うの闇を凝視しながら運転手が話す。

「……実はわたし……なんです」

 えっ! 女の驚いたような声が聴こえた。

「いや、本当は見たくないんですが……いろいろ見えちゃうんです、怖いモノが……」

 ふいに運転手が黙ってしまった。


「……今、車の前を横切った。落武者たちの霊が……血塗れで矢が刺さった者や首のない武者もいます。皆恨めしそうに、こっちを見ていきました」

 後ろの客は急に落ち着きなく、体を震わせている。

「ああ、スミマセン! 別にお客さんを怖がらせようとしていったわけじゃない」

 慌てて運転手は話をつくろう。

「そうだ! 音楽でも聴きましょうか? 若い女性ならジャニーズとか好きでしょう? SMAPもありますよ。『世界に一つだけの花』あれはいい曲ですよね」 

 女が小さな声で何かを告げた。すると運転手は驚いたように――。

「ええぇ―――っ! 解散!? 本当ですか? 知りませんでした……」

 今、世間では一番の話題なのである。

「うちの女房がSMAPファンです。さぞガッカリしてるだろう。わたしには大学生の息子と高校生の娘がいましてね。とっても仲のよい家族でした。……が、もうずいぶん長く会ってないなぁ……」

 そういうと運転手はションボリと肩を落とした。


「あそこ見てください。大きな桜の木があるでしょう? 女の子がひとり泣いています。あの子は三年前に誘拐犯に殺害されました。木の根元に死体を埋められて、いまだに発見されず、家に帰りたいと泣いています」

 ヘッドライトに照らした先に、女の子の姿など見当たらない。

「お客さん、帰ったら、あの場所に女の子の死体が埋まっていると警察に通報してくれませんか? ずっと土の中は不憫ふびんですから……どうか、お願いしますよ」

 運転手が真剣な声で、そんなことを頼んだ。

「……実はね、怖がらないでくださいよ」

 少し間をあけてから――。

「わたし、五年前にタクシー強盗に殺されちゃったんです。後部座席から犯人に首を絞められて、売上金を奪われましたが……死んでからも、この仕事が好きで成仏できず、わたしタクシーの自縛霊になって深夜に流しています。幽霊も乗せますが、時々あなたのような自殺志願者も乗せています」

 この女は死のうと山中を彷徨っていたが、死ねずにあのトンネルにいたのだ。

「すぐ駅に到着しますから……二度と死のうなんて考えちゃダメですよ。死んだら家族にも会えないし、幽霊になって彷徨さまようだけだ。生きてることに感謝しなさい」

 運転手の言葉に、女は素直に「はい」と答えた。幽霊の説教は心を動かし、怖い体験をして生きたいと思った。


「もう夜明けだから、深夜専門の幽霊タクシーは消えますね」


 駅前に女を降ろして、タクシーはスーッと夜の闇に消えていった。





   〔 おしらせ 〕

いつも読んでくださりありがとうございます。

「夢想家のショートストーリー集」は只今75話目なりました、また再開する予定ですが、いったんここで筆をおきます。


このつづきとして、「時代小説掌編集 桜の精」へ繋がります。

この作品集は、2000文字~3000文字くらいの短いストーリーばかり。

あやかしや鬼など摩訶不思議な世界と、歴史の新しい解釈に基づいた

時代小説などです。


どうか、引き続きご愛読くださりますように、よろしくお願いしますO┓ペコリ


泡沫恋歌 『時代小説掌編集 桜の精』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882067814

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