第74話 マリアージュ
――どうして私がこんな席に座ってなきゃいけないの?
今日はいとこの
彼女は純白のウエディングドレスに身を包み、誇らし気に笑みを浮かべている。そして、その隣でデレデレ笑っている新郎が、私の元カレの
親戚でなければ、こんな結婚式には絶対に出席したくなかった。怒りでグラスを持つ手がブルブル震えた。
美帆は父の妹夫婦の娘で私より一歳年下。叔母は夫婦喧嘩する度に美帆を連れて、実家である我が家に長期里帰りをしていた。
そのせいで美帆とはまるで姉妹のように育ったが、わがままな美帆にはいつも迷惑をかけられていた。欲しい物は手に入れないと気が済まないという性格、私のお気に入りのぬいぐるみやアクセサリーはいつも美帆に横取りされてきた。
そして、今度は恋人まで……。
ああ、美帆に和貴を会わせるんじゃなかった!
後悔と悔しさでほぞを噛む思いだ。選りに選って、同性からみても最悪の女である美帆に恋人盗られるなんて……。
私と和貴は付き合って二年目のカップル、そろそろ結婚も視野に入れての交際だった。和貴は起業家でIT関連の会社を経営していた。業績も順調らしく、デートに高級レストランでディナーを奢ってくれる。
その日、デートの帰りに寄ったレストランで、偶然、美帆が男と食事をしていた。私は彼女に気付いたが素知らぬ顔で奥のテーブルに着いた。――思えば、あの時イヤな予感がしたのだ。
自称モデルの美帆はスレンダーなボディに派手なファッション、完璧な化粧美人。舌足らずなしゃべり方がセクシーだと男にはよくモテた。
私はというと地味で特徴のない娘だと思う。美帆の輝くオーラの前では、私なんかただ霞んで見えるだけ……。
私たちが奥のテーブルで食事をしていると男女のいい争う声が聴こえてきた。――女の声は美帆だった。男の声もするが、美帆のヒステリックな声に掻き消されて何をいっているのかよく聴こえない。
和貴は振り向いてチラチラ見ている。ケンカしている美人が気になるようだ。
私の前でも、すぐ他の女性に目移りする、彼のそういう浮気な性分が前から、ちょっと気になっていたのだが……この日の彼の反応がそうだった。
いつの間にか、店内が静かになって美帆の姿が見当たらない。たぶん、もう帰ったのだろうと安堵した。
だが、食事を終えてレストランを出たら駐車場で煙草を吸っていた。
今まで恋人がいることは美帆には内緒にしていたのだが、仕方がなく、和貴を美帆に紹介して、挨拶したら立ち去ろうとすると、
「ねぇ、ムシャクシャするの。一緒に飲みにいかない?」
いきなり美帆の方から誘ってきた。
私は乗り気ではなかったが、和貴は気軽に誘いを受けた。
三人で近くのショットバーにいったが、和貴が美帆に見惚れてばかりで不愉快だった。お酒の弱い私は二人のペースに付いていけなくて、十二時過ぎに眠いからとタクシーで先に一人で帰った。
その日を境に和貴の態度が一変した。
メールを送っても返信がない。電話をかけても今忙しいとすぐ切る。デートは仕事が忙しいからと断られた。
どうも和貴の様子が変だと思っていたら――ある日、叔母が美帆が今度結婚すると父に伝えにきた。その相手の名前を聞いて私は絶句した。なんと! それが和貴だった。
そして、今、二人の結婚披露宴の招待客の席に座っている。
本来なら美帆が座っている新婦の席に私が座るはずだったのに……。悔しくて、許せない、
腹の中でどす黒い怒りのオーラが渦巻いていた。
その時、披露宴会場の照明が消えた。今から、新郎新婦によるキャンドルサービスが始まるようだ。
ふと浮かんだ、この手に持った赤ワインを純白のウエディングドレスにぶっかけてやれ! と、悪魔が私の耳元で囁いた。
キャンドルに火を付けながら招待客に挨拶をして回る。――幸せの絶頂の二人が近づいてきた。
やってやる、やってやる……。純白のドレスを赤いワインで汚してやるんだ。
並々に注いだワインを持って、ふたりがやってくるのを待つ。さすがに、和貴は私を見てバツの悪い顔をして目線を
ちくしょー! グラスを持って立ち上がった瞬間、いっきに酔いが回って腰がフラつき、バランスを崩し、隣に座っていた男性に頭からワインをかけてしまった!
「す、すみません!」
「僕は大丈夫。ずいぶん飲んでいたから大丈夫かと心配しながら見ていたんです」
「ホントに申し訳ありません……」
「あははっ、ヘーキ、ヘーキ」
私の失敗に動じる風もなく、男性は
連絡先を訊いて後日あやまりにいった。
彼は和貴の大学時代の友人で話している内に気が合って、自然に交際するようになった私たち。――彼は真面目で誠実な人柄の持ち主だった。
一方、美帆たち夫婦は半年経たずに離婚した。
原因は妻の浮気と借金とかで……。派手で浪費家の美帆は半年間の結婚生活で多額の借金を作っていた。そのせいで和貴の会社まで左前になったという噂を耳にした。……気の毒とは思うが、美帆を妻に選んだのは和貴自身なのだから仕方ない。
半年後、私は純白のウエディングドレスに身を包み、幸せに頬を紅潮させていた。そして、その隣で屈託なく笑っている新郎が、ワインを頭から被った男性――。
捨てる神あれば拾う神あり、運命とは不思議なもの。
マリアージュ、こんな流れもあるのです。
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